TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~   作:折本装置

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「日常の味」

「いやあ、まさかこんなにたくさんお客さんが来てくださるなんて助かりますよ」

 

 

 シャーレのおじ、ムスカの夫はバルと言った。

 ムスカ同様ふっくらして、コック帽をかぶっている。

 この旅館のシェフであるというのは間違いないようだった。

 

 

「おじさん、恩人だからそういうのは……。私のお小遣いから払うから」

「いえいえ、ちゃんと料金は払いますわ」

「ああ、そうだな。我としても子供にたかるつもりはない」

 

 

 ただでさえガンドックというリスクがあるのだ、料金すら踏み倒すのは暴利が過ぎる。

 右隣に座っていたアインスが、ヴェーセルの耳元で囁いてくる。

 余談だが、アインスの右隣はシャーレである。

 

 

「ヴェーセル、我は」

「ああ、お金ならワタクシが全額出すから気にしなくていいですわよ」

 

 

 一応伯爵家の令嬢であり、自由に動かせるお金はかなりある。

 そうでなくても、仮面騎兵は遠征関連の費用は大抵国に請求できる。

 まあ、アインスはたぶんやったことすらないのだろうけど。

 オリジナルのアインスも仮面騎兵になる前に死んだから、そういう申請方法などは把握しておらず、記憶も引き継がれていないのだろう。

 

 

「いただきます」

「はい、召し上がれ!」

 

 

 アインスはシャーレに見守られながら、カルパッチョを箸で摘まんで食べる。

 『ドラゴンライド・アルブヘイム』は中世ヨーロッパをモデルにしているが、箸があったり黒電話があったりと、部分的に日本の文化も盛り込まれている。

 

 

「うまい」

「それはよかった」

 

 

 バルはにこにことほほ笑んでいる。

 

 

「世界で一番おいしいんだよ!おじさんのカルパッチョ」

「そうか、ならば初めてがこれでよかったというべきなのだろうな」

「あら、カルパッチョを食べるのは初めてですの?」

「ああ、前にも機会はあったが、食べ損ねてしまったからな」

「前?」

 

 

 言われて思い出した。

 以前ガンドックにはめられて殺されかけた時。

 彼のおすすめだった料理店で、カルパッチョを待っている間に十字砲火を喰らったのだった。

 

 

「あれからまだ二日なんですわよね」

「そうだな……」

「そういえば、オデュッセイアでは漁ができないと聞いていましたが、もしかして遠方から仕入れているのですか?」

 

 

 安全上の観点から、漁は禁止されているはず。

 

 

「いえ、先日ゴレイムが討伐されたということで漁は解禁されたんですよ。まあ、またすぐに禁止されちゃいましたけど。これは、その時の魚です」

「……そうか」

「アインス?」

 

 

 アインスは、ぼんやりと虚空を見つめている。

 やはり様子がおかしい。

 疲れているのだろうか。

 

 

「いや、大したことはない。ただ、少し心が落ち着いたのと、思うところがあって、意識が飛んでいただけだ」

「思うところ?」

 

 

 シャーレが尋ねた。

 アルやジニーも意図がわからないのか、首をかしげている。

 

 

「我らがゴレイムを倒したことで、一瞬だけ取り戻せたものがある。それは、こんなにも美しく、美味であり、きっとこの街の人にとっての日常なのだろう」

 

 

 確かにそうかもしれない。

 内陸ならともかく、海に生きる人間にとって生魚というのは珍しくもなんともないありふれたものだろう。

 二年前にゴレイムによって奪われる前までは。

 

 

「ヴェーセル、それにメイド三人。我に対して何を感じようとかまわない。だが、これをうまいと思ってくれたのなら、同じことを感じてくれたなら、我に協力してほしい。日常を取り戻すために」

「もちろんですわ」

 

 

 ヴェーセルがうなずく。

 

 

「かまわない」

 

 

 アルが、眼帯を抑えながら肯定する。

 

 

「わ、私達はヴェーセル様にお仕えするだけですから」

 

 

 ジニーはあら煮をつつきながら、消極的な賛成を告げ。

 

 

「ヴェーセル様に危害を加えないならば、問題ありません」

 

 

 ルーナは、絶対に譲れない条件を掲げた。

 

 

「ありがとう。バルさん、ムスカさんにも、二つだけお願いしたいことがある」

「「どうされました?」」

「もしも、蟻の面をかぶったものや、髭面の男が我やヴェーセルについて聞いてきたら、知っていることはすべて話して欲しい。そのほうがお互いのためだ」

「それは、姪の恩人を売れ、ということですか?」

「そういうことではない。シャーレや貴様らが危険にさらされることを、我も望んでいないということだ」

 

 

 どこまでも、アインスを、人間を思いやる気持ちをバルやムスカもまた感じ取った。

 これを拒絶することは、彼女の心と人格を否定してしまうことにつながるだろうと結論付けた。

 

 

「わかりました、その代わりと言っては何ですが聞かれない限りは話したりしません」

「ああ、それで十分だ」

「いいの、それで、本当に?」

 

 シャーレはまだためらっていた。

 だが、この条件はこちらとしても譲れない。

 ガンドックのことを考えると、関わることでさえ迷惑となりうるのだ。

 無人の店で襲撃してきたあたり、むこうも人的被害は最小限に抑えたいと望んでいるはず。

 つまり、シャーレたちに危害を加えることはない、と思いたい。

 だがそれも、シャーレたちがガンドックたちの敵に回らなければの話である。

 ガンドックたちに民間人(シャーレたち)を殺させないためには必要なことだった。

 

 

「わかりました、それでもう一つのお願いというのは?」

 

 

 恐る恐る尋ねるバルに対し、アインスは。

 

 

「カルパッチョの皿が空になった。お代わりを所望する」

「かしこまりましたあ!」

 

 

 バルは元気いっぱいで応えた。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 ヴェーセル達は、白い目でアインスを見ていた。

 

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