個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア!   作:波間こうど

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★神野事変

 

新幹線に乗り、長野から神奈川県まで移動すること約二時間。緑谷たちが神野区に辿り着いたのは午後10時を回った頃だった。高校生である緑谷たちが警察官に見つかったら補導されてしまう時間である。

 

夜10時と言っても場所は横浜だ。人通りは多く、その中で活動するとなる以上隠密行動は必要不可欠な条件だろう。その条件をクリアするには八百万の『創造』で変装アイテムでも作り出せば良いのだが、そこはピュアセレブ八百万百。ドンキに入るために個性の使用を固辞、ドンキで変装グッズを手に入れるに至る。

 

そして変装した彼らは街中の大型テレビジョンにて、雄英高校の謝罪会見の一部を見ることになる。そこで彼らが目にしたのは市民の不平不満、空気が澱み、人が簡単に強い場所から弱い立場を踏みつける様であった。

 

「悪者扱いかよ‥‥!」

 

その反応に緑谷は憤りを感じる。彼らが悪いわけではない。彼らは最善を尽くした、最善を尽くした結果、怪我人数名と行方不明者一名に抑えたのだ。しかし、それを抑えたと見るか、不手際だったかと見るのは世間の目。そして抑圧され、ストレスの溜まっている社会は悪く、澱んだ方に傾いていく。

 

その、非情なまでに刹那的な快楽主義で、病んだ社会を彼らは知らない。雄英高校などという有名な進学校に進むことができる彼らは、社会的な経験が少なく、知識的に社会について弱すぎる。

 

例えば舞妓譲葉であったのなら

 

「悪いのはヒーローじゃなくてヴィランでしょ。そんなこともわからずにヒーローを責め立てる会見に何の意味があるのかをわからない人ばっかりだから日本は落ちぶれるんだよ。どう考えても悪いのは僕らでしょ」

 

くらいは言いそうなものであるが、そんなことは助けにきた誰にもわからない。それはひとえに社会経験の少なさ故に。

 

「‥‥ここか」

「木を隠すなら森の中、廃工場を装ってるんだな」

 

人通りの多い街の中。発信機の反応はそこを示していた。電気もついていない、一見使われていない廃倉庫。その中に反応があるのだ。

 

「ウチが中を確認しようか?」

「どこか開いてるなら私が潜入するよ!」

「耳郎さんお願いできる? いや、いくら葉隠さんの個性が潜入向けだからと言ってそんなことまではさせられないよ。相手はヴィラン。見えないような‥‥それこそ赤外線トラップとか、その手の罠が敷き詰められているって考えた方がいい。慎重になりすぎるくらいが丁度いいんだ。僕たちは助けにきたわけであって戦闘をしにきたわけじゃない。僕たちは戦闘をすべきじゃない。今はゆずくんを助ける中でも最低限の行動で最大限の結果を手繰り寄せなくちゃ‥‥何ができるか考えろ‥‥考えるんだ‥‥」

「出た、ブツブツ」

「緑谷さんって感じがしますわ」

「なんか懐かしい感じすらするね‥‥」

 

どこか気の抜けた会話をしながら廃倉庫についての捜査を始める。耳郎のイヤホンジャックで中まで捜査した結果わかったのは『活動的な人はいない』ということと『生き物の反応がある』ということくらいなものであった。

 

「‥‥どうにかして中の様子が探りたいね」

「おい! あの窓なら上から覗けるんじゃないか!?」

 

切島の言葉を聞いてすぐさまガタイのいい男子組が組体操のように協力して上の窓から中を覗く、下に轟と飯田、それに乗るような形で緑谷に切島、といった形だ。

 

「切島、中とか見える?」

「中が暗くて見えないなら暗視鏡を創りますわ」

「いや、俺持ってきてんだ。俺には耳郎や葉隠みたいな諜報の力はないから、必要になるものを考えたらこれかなって‥‥」

 

ポケットから取り出した暗視鏡を見て切島はそう呟く。そしてそれを握りしめながら下にいる爆豪や耳郎たちに目を向けた。

 

「俺が先に見る。それから中に入るか、どうなってるのかを確認して、みんなで対策を考えよう!」

「さっさと見ろよ」

 

爆豪に急かされて切島は暗視鏡に目を当てる。そして、中を見渡した上で一つ、声を漏らした。

 

「あ‥‥‥は?」

 

驚愕、それから絶望を滲ませたその声が上から降り注いだ。口からものが逆流しそうになるのを片手で抑える。今すぐに吐き出して楽になってしまいたいが、下にいる飯田たちに特大の迷惑がかかるのは目に見えていた。ゆっくりと息を整えながら荒い呼吸のまま緑谷にその鋭い視線を向ける。

 

「‥‥‥緑谷、見るな」

「切島くん‥‥‥?」

「いいか‥‥! お前ら全員、舞妓のことを想うのなら絶対に見ない方がいい、苦しみたくないだろ‥‥舞妓もきっと見られたくないはずだ、だから、見るな」

 

飯田から降りた切島はそう言うと我慢できないというように座り込んだ、ゆっくりと息を整えながら心臓のあたりのシャツを掴む。

 

「ユズはいたの? ねぇ、切島、早く答えてよ‥‥!」

「切島くん! お願いだよ!」

 

苦しむように口にした切島に耳郎と葉隠がそう迫る。その顔には早く彼に会いたいという彼女たちの強い想いが滲み出ていた。‥‥まぁ、葉隠のその顔は見られないのだが、それでもその声色から心配と、恐怖は色濃く感じられた。

 

「落ち着いてください!」

「そうだ! 切島くんの呼吸が整ってからでいいだろう!」

 

飯田と八百万に抑えられて少し冷静になったのか二人が大人しくなる。

 

「‥‥‥中は廃工場になってる。ただ‥‥」

「‥‥ただ?」

 

「中に、脳無工場みたいなのがあって‥‥その試験管の中の一つに、舞妓が‥‥‥!」

「‥‥‥え?」

 

言葉は要領を得ない。チグハグでバラバラでなんとか形をなしているだけの言葉が切島の口から放たれた。

 

文法も何もないめちゃくちゃな言葉だったが、その切島の言葉がわからないような人間はここにはいなかった。しかし、その言葉はどうしようもなく、彼らの脳を焼き、彼らに絶望という二文字を突きつける。

 

「‥‥切島くんの勘違いだよ、きっと」

「そ、そうだよね? 切島くんってばこんなときにお茶目だなぁ‥‥」

「冗談を言っていい場面ではありませんわよ? 舞妓さんがまだ見つかっていないんですから」

 

切島の発言を未だに理解しきれない。否、理解したくない緑谷、葉隠、八百万が次々に言葉を発するも、切島の顔は暗い。

 

「‥‥‥‥」

「‥‥‥冗談、だよね?」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥ッ! 冗談だって言ってよ!」

 

耳郎が声を荒らげて切島に詰めかかろうとするのを咄嗟に飯田が止めた。口と体を押さえている飯田の顔も険しく、唇を噛み締めている。

 

「耳郎くん! 気持ちはわかるが‥‥ッ! ここは我慢したまえ! 俺たちは隠密行動をしに来ているんだ!」

「‥‥‥ッ」

 

耳郎が大人しく手を下げるのを確認してから拘束を解いた。そして、ゆっくりと振り返る。その顔には絶望が染み付いていたがそこはそれ。絶望をこの数ヶ月で何度も経験した彼女には並大抵のことでは狼狽えないだけのメンタルの強度がついていた。

 

それはまるでダイヤモンドのようだ。一つ一つの舞妓が用意した曇らせを引っ掻き傷とするのならばきっとこの程度では曇らない。まだ、耐えられる、それくらいにメンタル面で急成長している。

 

「ごめん、飯田」

「気持ちはわかるからな! 今回限りにしてくれよ!」

 

飯田はにこりと笑うとそう言って、廃工場へと目を向けた。先ほどの目も笑ってない、なんとか自分に大丈夫だと言い聞かせているようである。

 

「‥‥‥どうする? 舞妓のことを考えると今すぐにでも突入するべきだぞ」

「何を言っているんだ轟くん! 正面切っての戦闘はしないと約束しただろう!」

「ユズが脳無になるかもしれないってタイミングでそんなこと言ってる暇あるの‥‥!?」

「ですが正面を切って突っ込んでは敵の思うツボですわ‥‥‥!」

 

冷静に物事を見ようとしている飯田、八百万、そこにいち早く舞妓を助けたいと冷静さを欠いている轟や耳郎の意見がぶつかる。議論が白熱しそうになる前にボン! というここ数ヶ月で聞き慣れた爆発音が彼らの頭を冷やした。

 

「テメェら落ち着けや‥‥女男助けんだよ、駄弁ってる場合かッ!」

「でも!」

「でもじゃねぇ耳女! 頭冷やしてあっち見ろや!」

 

爆豪が指を指した先は巨大化したマウントレディが足に軽トラを嵌めて踵落としを廃工場に叩き込む丁度その瞬間であった。凄まじい風と衝撃が壁を挟んだ緑谷たちを襲う。

 

そこからは早かった。突入した警察とNo.4ヒーロー、ベストジーニスト。そしてギャングオルカ、プッシーキャッツの虎などのヒーローによって目にも止まらぬ速さで脳無たちが拘束されてしまう。

 

「脳無格納庫制圧完了」

「おい! 舞妓を解放しよう! マウントレディ! 彼を覆っているガラスを破壊してくれ!」

 

現場はまるで皆が自分の役割をしっかりと理解しているように動き、解放へと進んでいく。迅速かつ決定的だ、これで全てが丸く収まる。舞妓が収められた試験管のようなガラスをマウントレディが破壊し、中から彼が助け出されたその姿を見て緑谷たちはそう思えた。

 

そう、思えたのに。

 

「‥‥譲葉を解放されるのは困るなぁ‥‥」

「止まれ、動くな!」

「ちょっ! ジーニストさん! 民間人だったら!」

「状況を考えろ、敵には何もさせるな!」

 

頼もしい会話が途切れ、爆音が響いた。それだけだ。それだけのことだ。だが、

 

誰も。理解できなかった。

 

何が起こったのか。誰も。

 

「せっかく弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。できれば邪魔はよして欲しかったな」

 

一瞬、一秒。そんなものにも満たない刹那の瞬間。そのたった一瞬で、彼は‥‥緑谷たちに死を予感させた。ゾッとするほどの恐怖。

 

「‥‥‥いけないな。譲葉を巻き込んでしまうところだった。それにしても素晴らしいな、ベストジーニスト! 僕は全員吹き飛ばしたつもりだったんだ! 判断力、技術、並大抵の精神力じゃない!」

 

拍手をしながらベストジーニストを称賛する彼の言葉は明るい。子供が無邪気に賞賛するような、そんな色が滲んでいた。しかし、一転。まるで虫でも払うかのような声に変わる。

 

「だけど‥‥君のはいらないな。少なくとも弔には性に合わない個性だ」

 

ヒーローチャートNo.4。名実ともに日本のトップヒーローの一人、ベストジーニスト。そんな彼が完封されてしまった。その認め難い事実が物陰で隠れている彼らの体に絶望となってにじり寄る。

 

「‥‥‥譲葉を裸にしておくのは良くないね。風邪を引いてしまう」

 

巨悪、それは全裸の舞妓譲葉に自身のスーツの上着をかけるとなんらかの個性でふわりと持ち上げた、風が舞妓を纏い彼を持ち上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

緑谷は直感する。助けに飛び込みたいが、無理だと。今目の前にいる、気取られていないが動けば、確実に自分たちの息の根を止めることができる存在こそが、AFO‥‥オールマイトすら追い詰めた巨悪なのだということを。

 

「‥‥‥さて、やるか」

 

そのプレッシャーは語っている。その強さを、その圧倒的なまでの強さを。死を予感させるほどの強さを、語っているのだ。

 

 

  × × ×

 

 

脳無生産工場がベストジーニストによって制圧される五分前、敵連合のアジトでは死柄木たちによる会話が行われていた。

 

「‥‥‥そろそろか?」

「舞妓譲葉の予想ではその予定ですね」

「譲葉ちゃんの言ってた時間までは大体あと2分‥‥ピッタリってことはないわよね?」

「いや、マグネ。譲葉の作戦はほとんどジャストだと思っていい」

 

足をだらんとしたままの死柄木はそう言うと最後の一杯をグイッと煽った。グラスを崩壊でバラバラにしてしまうと地面に粉を打ち捨てる。

 

「‥‥そろそろ壁から離れておけよ。怪我したくないだろ」

「‥‥‥この後オールマイトが突撃してくるとはとてもじゃないが思えないな」

「オールマイトだけじゃないよ、スピナーくん。なんかいっぱい来るってゆずくん言ってた! ‥‥名前忘れちゃったけど!」

「‥‥おめでたい頭だな? エンデヴァーにエッジショット、シンリンカムイとグラントリノ‥‥どいつもこいつも有名ヒーローだろ」

「私グラントリノって名前だけ知らないのよねぇ‥‥」

「そのグラントリノも速いだけだからそんなに警戒しなくていいって舞妓が言ってたぞ」

「舞妓の速いだけ、は信頼していいのか?」

「いや、十中八九速いだけじゃないな。譲葉基準だとオールマイト以外は余裕で勝てるって言ってたから警戒しとかねぇと意識持っていかれるぜ?」

「あの子本当になんなの‥‥‥?」

 

さぁな、と死柄木が笑う。その声はどこか楽しそうだ。

 

「ゆずくん褒められてるときの弔くん嬉しそうです!」

「トガにもそのうちわかるさ、この気持ちがな」

 

ヘラリと、死柄木が笑った直後、インターホンが鳴り響いた。そして全員がピリついた緊張感を走らせる。それが合図になることも舞妓から教えられていたからだ。

 

「来るぞ」

 

その言葉を死柄木が言い終えるか言い終えないかというタイミングで壁がぶち破られた。それと同時に飛び出してきた木によって体を拘束される。

 

「もう逃げられんぞ敵連合! 何故かって!? 我々が来た!!」

 

「きゃっ!」

「お」

 

トガと荼毘が間の抜けた声を上げる。それをぼんやりと見てから死柄木は視線を前へと向けた。もちろん、舞妓の言っていた通り。そこに立っているのはNo.1ヒーロー‥‥‥

 

「よぉ、オールマイト。USJ以来か? もてなしてやるからドアから入れよ」

「‥‥‥驚いていないようだな死柄木弔」

「まぁな、優秀なブレインがいるんでね」

 

オールマイトが顔を顰める。それにニヤついた笑みで死柄木は返した。

 

「どうした? 心当たりでもあるのか?」

「舞妓少年はどこだ?」

「おいおい、会話しよーぜオールマイト。寂しいじゃねぇか」

 

拘束された状態でも変わらずヘラヘラと笑う死柄木にヒーローたちの顔が曇る。何故ならここにいると思われていた誘拐された被害者、舞妓譲葉の顔が見えないからだ。

 

「‥‥‥ユズなら今は先生のところだよ」

「‥‥! AFO! あいつはどこにいる!?」

「おいおい、焦るなって‥‥会わせてやるわけねぇだろ?」

 

黒霧、と彼が短く名前を呼ぶよりも早く、黒霧が素早く無力化される。無力化したのはNo.5ヒーロー、エッジショットだ。

 

「きゃぁぁ!? やだもう何!? 殺したの!?」

「殺してないさ、少々体の中を弄り気絶させただけのこと。この男はこの中でもっとも厄介。眠っていてもらう」

 

エッジショットが得意気に話すのを聞きながらオールマイトが前に出る。その目は悪を砕き、光を放つ、ヒーローの瞳だ。

 

「引石健磁、迫圧紘、伊口秀一、渡我被身子、分倍河原仁。少ない情報と時間の中でお巡りさんが突き止めてくれたわけだ、わかるか? もう逃げ場なんてねぇよ」

「敵連合、君たちは舐めすぎたのだ。警察のたゆまぬ捜査を、そして! 我々の怒りを!!」

 

制圧されているのにも関わらず、死柄木たちの顔には笑みすらあった。緊張していないわけでもないが、どこか現実味がないようにすら見える。

 

「逃げ場はないぞ! さぁ! 舞妓少年を返せ! 敵連合!」

「‥‥‥フフ」

 

オールマイトの言葉に反応して、死柄木が笑う。それはそれは楽しそうに、愉快に、まるでお笑い番組でも見たみたいに、まるで自分の番号が載っている合格掲示板でも見たかのように、大声をあげて笑った。

 

「フフフ、ハハハ!! なんだよ! その速さで解決できるんじゃないか! ヒーロー! アイツの言う通りだ!! お前たちは助ける人を選んでる!!」

 

死柄木はそう言うと大きく声を荒らげて笑った。狂気じみて、支離滅裂なその言葉にヒーローたちが一歩後ずさる。血走った目はオールマイトを見据え、離さない。

 

獰猛な獣の目だった。

 

「やっぱり俺は! お前が! お前らが嫌いだ!!」

 

その死柄木の言葉に応答するように、黒い液体が死柄木を挟んで現れる。その中から白い脳無が顔を出した。

 

「エッジショット!」

「黒霧は気絶している! こいつのせいじゃないぞ!」

 

ドンドンと溢れる脳無に現場が混乱する中で、死柄木だけが笑う。否、敵連合だけが笑っていた。まるで計画通りであると言うように。

 

「‥‥‥ここまで計画通りかよ、アイツおかしいんじゃねぇの?」

「もう、荼毘くんってばそんなこと言っちゃダメよ? むしろ褒めてあげなきゃ」

 

この拘束された状態でお喋りに興じている余裕すらあるのだ。

 

「オールマイト。お前は勘違いしているよ」

「おい! トガたちが連れていかれるぞ! シンリンカムイ! 離すな!」

 

敵連合が連れていかれる中、一人、まるで午後のティーブレイクに風が吹いた程度であるかのように笑いながら死柄木は笑う。その顔はどこか嬉しそうだ。

 

「俺たちは負けない。お前たちとは“覚悟”が違う」

「おんのれ! 私も連れて行け!」

 

オールマイトが死柄木に掴み掛かろうとするのをまるで嘲るかのように彼は言葉を紡いだ。

 

「残念ヒーロー、また救えなかったな」

 

敵連合が逃げおおせたその吹き抜けになった空間に、その声だけが残響のように残った。

 

 

  × × ×

 

 

おぉ‥‥なんかすごいことになってるなぁ‥‥と、僕は一人場違いなまでに気の抜けた感想を持っていた。なんでちょっと腕を動かしただけでトップヒーローを含めたヒーロー数名と機動隊を吹き飛ばしてついでにビルを五棟くらいぶち壊すんだよ。なんなんだこいつ、人間じゃないって。弔くんたちをこっちに転送する片手間でこれだぜ? 笑えてくるよな。

 

「‥‥譲葉寒そうだな」

「弔くん! ヒーローみんな気絶してるからってゆずくんのこと名前で呼んだらダメだよ!」

 

ラスボス先生によりこっちに飛ばされてきた弔くんが開口一番に僕の方を見てそう口にした。それにトガちゃんがツッコミを入れる。あ、みんなも僕くらい緊張感なかったわ。あまりにも無さすぎない? びっくりしちゃうぜ。一応オールマイトたちとやり合ってるんだけど?

 

「‥‥‥来ているな」

 

ラスボス先生がそう言ってから数秒もしないうちにオールマイトがすっ飛んできた。お互いの拳と手のひらがぶつかり合い、地面にめり込んでいく。つか衝撃すごいんだけど! 僕一応びしょびしょなのよ! 寒いって!!

 

「ずいぶん遅かったじゃないか、バーから5キロ、30秒以上経っている‥‥衰えたね」

「貴様こそなんだそのマスクは! 工業地帯みたいだぞ! 無理してるんじゃあないか!?」

 

衰えてるって5キロ30秒は早いだろ。馬鹿じゃないの? 人類の次元で話をしてくれよ。あと先生? 寒いって、コート一枚じゃどうしようもないくらい寒いんだけど? 風邪引いたらどーすんのさ!

 

「5年前と同じ過ちは犯さん! 舞妓少年を取り戻す! そして貴様を敵連合諸共刑務所にぶち込む! 逃しはしない!」

「それはやることが多いね、お互いに」

 

撃ち合いにもならず、ラスボス先生がオールマイトを弾き飛ばす。おい、さっきのベストジーニストに向けたのよりもえげつない火力を予備動作ほぼなしで出すなよ。今軽く1キロ以上吹っ飛んでいかなかった? オールマイトが1キロ飛んでいくってそれ村の一つや二つ潰せる火力じゃない???

 

「‥‥‥さて、弔。これからの展開は理解しているね?」

「あぁ、譲葉を連れて行けってことだろ? わかってるって」

 

‥‥‥うん。わざとらしい会話だね。でも仕方ないじゃん。わかりやすい隙が必要だったんだ。だってこれ以上隙もなく僕が手渡されて逃げられたらヒーロー側に何もすることができない。

 

ここまでの隙があれば飛んでくるよね? そうなるように、僕が仕込んだんだからさ。

 

ね? 僕のヒーロー?

 

「ゆずくん!!」

 

フルカウル。出久くんの必殺技たるそれを使って出久くんが突っ込んでくる。そして僕のことを強奪してラスボス先生と弔くんから数メートル単位だけど距離をとった。

 

「‥‥‥やはり来てるか」

「ここまで計画通りだと怖くなるなぁ‥‥」

 

首をボリボリとかきながら弔くんが出久くんを睨む。そして足を広げて両手をだらんと垂らすと完全に戦闘態勢に移行した。

 

「‥‥‥緑谷、出久」

 

出久くんが咄嗟に後ろに向かって跳ぶと今さっき、一瞬前まで出久くんがいた地面に弔くんの五指が触れる。そしてその瞬間、まるで地面にヒビが入るように地面が陥没した。あれ? 当たり前のように崩壊が『伝播』してない?

 

「おい、何逃げてるんだよ。次会ったら殺すって言ったろ? 殺すから来いよ。ユズをおいていけ」

「死柄木‥‥!」

 

弔くんから距離を取るようにするとそんな出久くんに向かってナイフが飛んできた。それにかっちゃんが爆破で対処する。

 

「かっちゃん!」

「なに油断しとんだクソデクッ! 飛び出すなボケ!」

 

油断などはしていない。ただ、目の前で自身に向けられる強烈なまでの殺意が、隠れた殺意を感知させてくれなかったのだ。トガちゃんなんかブチギレてない?

 

他のみんなは飛び出さないから‥‥‥立派だね。誰が来てるのかは知らないけど‥‥流石にみんなここで参入できるほど好感度上げてなかったか。それか飯田くんとかヤオモモちゃんが止めたかな? 立派にヒーローしてるよ。

 

「出久くん、久しぶり。前はかっこいいなって思ったけどごめんね、刺すね」

「何言ってるんだこの子!」

 

何故か殺意バチバチの敵連合と出久くんたちによる戦闘が始まる。おいおい、殺す気でやるのはいいけどみんな殺さないでくれよ? この子達にはまだ役割があるんだからさ。一応説明したはずなんだけどみんななんか本気で殺意向けてない?

 

「ッチ! おいクソデク! 譲葉落としたら殺すぞボケ!!」

「傷一つつけたりしないよ!」

 

うん。出久くん。それはありがたいんだけどね? 避けるためとはいえ僕のことを振り回すのもやめて欲しいな。いや、僕のことをお姫様抱っこしたまま動き回んなって言ってんの。ちょ、酔う酔う。死んじゃうって。吐いちゃうから。

 

弔くんたち敵連合相手に二人揃って大健闘する。何サラッと渡り合ってんの‥‥? 強すぎない? 一応その人たち即死レベルの攻撃放てるんだけど‥‥弔くんもコンプレスさんも触れられたら終わりなのになんでいい勝負してんのさ。しかも出久くんは僕を抱き抱えた状態でだよ? いくらみんなが僕に攻撃を当てないように躊躇してるとは言え頭おかしくない?

 

「悪いけど譲葉は返してもらうよ」

 

そうやって敵連合と渡り合っていた二人の前に、まるで空間を消し飛ばしたような速さで出久くんたちの前にラスボス先生がやってきた。そして目にも止まらぬ速さで僕を奪い取るとそのまま出久くんとかっちゃんを吹き飛ばす。‥‥あの、その二人一応原作での主人公たちなんですけど‥‥まぁ、ラスボス先生には関係ないだろうけどさ‥‥

 

「油断も隙もないなぁ‥‥長野からここまで来たのかい?」

 

ラスボス先生は僕についた埃を払うとまたしゅるりと僕を風で纏った。‥‥これ持つのが面倒なのかと思ってたけどもしかして裸が見えないようにって配慮? まさかの? 紳士じゃないか‥‥男は顔じゃないってことだね!

 

「緑谷少年! 爆豪少年! 何故ここに!」

「オールマイト!」

 

吹っ飛ばされたオールマイトが飛んできて開口一番にそんな言葉を口にする。その顔は怒りよりも焦りを含んでいるように見えた。それか心配かな? まぁ、こんな戦闘のど真ん中に二人がいたら心配にもなるか。

 

「生徒の教育がなってないなぁ‥‥オールマイト」

「‥‥‥‥ッ」

 

言い返せよ。流石にそこで黙ったらラスボス先生の方が優勢であることを認めるようなもんだぜ? なんか原作読んでる時から思ってたんだけどオールマイト口喧嘩弱いよね。ラスボス先生が強すぎるって言えばそれまでのことなんだけどさ。

 

「まぁ、僕からしたらありがたいことだけどね、だって君の弱点がわざわざ自分から顔を出してくれているんだから」

「‥‥‥!? 爆豪少年!!」

 

ラスボス先生が腕を伸ばす指の先から伸びた黒い鞭のような棘がかっちゃんに向かっていくのをオールマイトが庇った。体を貫かれ、吐血する。そしてまるで手についた泥でも払うかのように手を振る。

 

「グッ!!」

「オールマイトッ!!」

 

かっちゃんを庇ってオールマイトが吹き飛んでいった。それを見てつい頬が緩んでしまう。ダメだ‥‥笑っちゃダメだぞ‥‥気絶してるって思われなきゃ‥‥気がついてると僕の個性柄すぐに逃げれちゃうからね。

 

「ダメじゃないか‥‥大人に任せないからこんなことになるんだ」

 

ラスボス先生がニヤニヤと笑いながら手を伸ばす、そして腕を振るおうとしたところをオールマイトが拳を捩じ込むようにして止めた。‥‥吹き飛ばされてすぐに帰ってくるなよ。なんなんだあいつ‥‥‥

 

「New Hampshire SMASH!!」

 

拳を振りかぶり大きく地面に打ち付ける。その風圧で瓦礫を飛ばして弔くんたちにもついでと言わんばかりに攻撃した。僕に飛んでくるのはラスボス先生が緩く弾いてくれるが‥‥弔くんたちにも少し当たったのかコンプレスさんが頭を押さえている。

 

「おい! 緑谷! お前なんでこんなところにいるんだ!!」

「グラントリノ!!」

 

飛んできたグラントリノが人差し指で出久くんの頬をズビズビズビ!! と突く。怒っているが、どこかその目は昔を懐かしむようだ。

 

「おいオールマイト!! 緑谷だんだんお前に似てきてるよ!! 本当に悪い方に!!」

「保須市の経験を経て来ているとは‥‥10代‥‥!」

 

オールマイトが口元の血を拭うようにしてラスボス先生と出久くんたちの間に立つ。それが当たり前であるかのように背中に二人を隠しながらラスボス先生の一挙手一投足に警戒心を強める。まぁ、今攻撃されたら二人のことを怪我させちゃうもんね。

 

「‥‥‥緑谷少年、爆豪少年。逃げろ。舞妓少年は必ず私が連れ帰る」

 

オールマイトが出久くんとかっちゃんのことを後ろに隠しながらそう口にした。まぁ、二人がいたら邪魔でしかないだろうしね。

 

「でも!」

「今の君たちではまだ早いと言っているんだ!!!!」

 

うわ、オールマイトがガチ焦りしてる。なんか新鮮だな‥‥原作でもあの空からかっちゃんを連れ去るルート以外を選択してたらこうなってたのかな? 顔に滲んでるよ? 邪魔だってさ。折角のNo.1として保ってきた自信も全部どっかいっちゃったのかな? まぁ、相手が悪いし仕方ないんだけどねぇ〜‥‥

 

「‥‥‥舞妓少年は必ず、必ず連れ帰る。だから、逃げなさい。グラントリノ! 二人を頼みます!」

「素直に邪魔だと言えばいいのに‥‥」

 

ラスボス先生が茶々を入れるのをギロリと睨む。おーおー、まるで威嚇する親鳥だ。可愛いねぇ‥‥いや、警戒してるのか。そりゃまぁ、今までどんなヒーローでもバッタンバッタン薙ぎ倒してきたようなラスボスが逃げるのを見逃すなんて思えないもんね。でもラスボス先生はその二人に手を出せないんだよね。僕との契約があるから。

 

‥‥‥それに計画上1番と2番に曇ってくれる曇り顔のスペシャリスト(受動態)だぜ? 殺されるのは流石に困るわけ。ラスボス先生が本気出せばまだまだひよっこの二人を殺すのなんて水道の蛇口を捻るのよりも簡単だろうからね。‥‥実際水道の蛇口捻れるのかな、先生。赤外線で周りを見てるってことは人のことは感知してるけど物のことはあんまりだったりしない?

 

「‥‥‥ゆずくんのこと、お願い、します‥‥オールマイト‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「何を落ち込んだ顔をしてるんだ! ちゃんと連れ帰るから待ってなさい!」

「緑谷! お前後でしっかり怒られろよ!」

 

カッコよくグッと親指を立ててポーズを決めるオールマイトは立派だ。うん‥‥‥さてはかっこいいな? この人。いい大人の見本じゃん。出久くんとかっちゃんがグラントリノに猫の子供のように首根っこ掴まれて連れて行かれるのを見届けながらラスボス先生も後ろを振り返って弔くんたちに向き直る。

 

「それならこちらも逃げさせてもらおうか。弔。譲葉は後で連れて帰るから先に逃げてなさい」

「‥‥‥わかった。待ってる」

 

弔くんが素直に頷くとそれを見越していたのか黒霧さんが個性を発動する。それにみんなが今すぐに飛び込めるくらいの距離まで移動して行って足を止めた。なんでみんな足止めるの? さっさと逃げればいいのに‥‥というかなんでこっちをチラチラ見てるの?

 

黒霧さんの個性で弔くんたちが撤退していくのを眺める。すると弔くんとばっちり目があってしまった。なんかUSJのとき思い出してちょっと恥ずかしいな‥‥あのときはちょっと手を振ってやろうかとか思ったっけ? 今手なんか振ったら余裕でバレちゃうぜ‥‥‥なんでみんなこっち名残惜しそうに見るの? 曇らせたくなるから早く逃げてくれない? どうせ近々会いに行くって。僕が参加しないと話拗れるの分かりきってるんだからさ。

 

弔くんたちが黒霧さんに連れられて逃げていく。オールマイトはヒーローだからここで追撃なんて真似できないよねぇ〜‥‥流石にさ。一応チラホラヘリが来てるのが見えてるしさ。

 

「‥‥‥やれやれ、生徒が可愛くて仕方ないよ。君もそうかい? オールマイト」

「初めて貴様と意見があったな‥‥だからこそ舞妓少年は返してもらう‥‥!」

 

改めて身軽になった二人が構える。‥‥まぁ、身軽になったとはいえラスボス先生は後ろに僕を携えてるんだけどね。ふふ、ここからはほとんど原作準拠の流れになるはずなんだよね。だからつまり、最高の曇らせが見られるってわけさ。

 

「弔たちがせっせと切り崩してきたヒーローたちへの信頼‥‥‥僕が折ってしまっていいものか‥‥‥」

「抜かせ‥‥! この程度で折れん!」

 

オールマイトが距離を詰めて拳を打ち込む。それを軽々と受け止めながらラスボス先生は息を吐いた。それはまるでため息のようで、やれやれという声が聞こえてくるようだ。

 

「少しくらい話してもいいと思わないか?」

「貴様と話すと頭がおかしくなりそうになる‥‥ッ!」

「酷いなぁ‥‥お友達のようにとはいかなくとも嫌な上司の話を聞くようなものだと思えよ。お前が守ってきた一般人はみんなそうして暮らしてるんだぜ?」

 

打撃の応酬の中で彼はそう言って笑う。あのね、オールマイトも流石に貴方に一般人を説いて欲しくないと思うの。一番貴方がその日常を奪ってきたでしょうに‥‥酷いこと言うぜ。

 

オールマイトを煽る。‥‥‥オールマイトイライラさせてるときが一番楽しそうなんだよなぁ‥‥ウッキウキじゃん。こんなに笑顔なの僕がオールマイトが嫌がることを教えたときくらいじゃない? 好きな子に嫌がらせする中学生男子かよ。

 

「譲葉はね。特別な脳無にしようと思ったんだ。弔の友達にどうかなってね。ここまで頭がキレる子もそういないから、やっぱり頭脳は残して、だけど感情は排除して、その力を一番綺麗に引き出すために個性まで付与したんだぜ? いいところだったのに邪魔しないで欲しいよ」

「人でなしがッ!」

 

オールマイトの拳がラスボス先生に突き刺さる。それを片手で難なく止めながら嘲笑うようにラスボス先生は左手を肥大化させていく。‥‥増強系の個性って足し算するだけであんなことになるんだ‥‥あれもうなんかタンクローリーとかくらいない?

 

「おいおい、そんなに怒るなよ。弔に友達を作ってあげたいっていう僕なりの慈愛の心だろう?」

「貴様のそれは慈愛などではない! もっと悍ましく! 邪悪な何かだ!」

「自分が個性を譲渡するのは棚に上げてそんなことを言うのか、それは虫が良すぎるんじゃないか?」

「黙れ! 貴様と私は違う!」

「同じさ、意志を繋げるためだ」

「私たちと貴様を同列に扱うな!!」

「酷いなぁ、差別主義者だったか? それは異形型個性の方々に一緒にするなと言っているみたいなものだぜ?」

 

オールマイトと当たり前のように殴り合うラスボス先生をぼーっと見下ろしながら改めてこの人のおかしさについて考える。なんなんだこいつ‥‥こんな煽り方したらオールマイトは曇ってくれると思いますよ? みたいな話したら「それはいいね」とか言って乗ってきてくれたんだけどヌルッと僕に個性を譲渡したこととかも話しながらオールマイトのこと曇らせてくれてるのマジですごいだろ‥‥天才か? 師匠と呼ばせていただきたい。あ、お師匠様とかの方がいいかな? オールマイトリスペクトで。

 

右手の大振りがオールマイトに突き刺さる。弾き飛ばされたオールマイトが転がるのを愉快そうに笑ってからダメ押しとばかりに『空気を押し出す』個性を連打で投げかけ、オールマイトに休憩の隙を与えない。後ろに瓦礫に挟まれている人がいるのはお互いにわかっているだろう。チャージさせずに掻き消させてから大ぶりの一撃をオールマイトにぶつける。

 

「くっっ! おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

それを無理矢理パワーで相殺したことによって生まれた土煙が晴れた頃、オールマイトは痩せこけていた。ボロボロの状態で身体中から血を流し、その枯れ木のような足でなんとか体を支えているだけだ。つまりトゥルーフォームを世に晒したというわけである。

 

「それが君のトゥルーフォームなんだろう?」

 

‥‥今頃テレビカメラで映されて、オールマイトのトゥルーフォームは世間にリアルタイムで放映されているのだろう。さっきからヘリ飛んでるし。つーか、そこまでヘリ飛ばす余力あるならヒーローの数人でも送り込んでくれたら瓦礫に埋まってる人とかすぐに助けられるだろーに‥‥これだからこの世界のマスコミはダメなんだよ。大局が見れてない。

 

そんなんだから相澤先生に向かって喧嘩腰でコメント投げかけられるんだよ。記者会見は滑稽だったぜ‥‥お前らが今拘束してるヒーロー三名を解放するだけでたくさんの人を救えるんだけどなぁ‥‥なんて思いながら見たよ♡ ま、そのテレビはマウントレディがぶち壊したので証拠はしっかりと隠滅されただろうけどね。

 

「そうそう、話を戻すけど、弔に友達ができるということは君にとっても喜ばしいことなはずだけど?」

「何を言っている‥‥!」

「何って‥‥‥」

 

ラスボス先生が少しだけ息を吸う。そしてそれが当たり前であるかのように言葉を吐き出した。原作とは少し違うけど、それは、平和の象徴を、平和の象徴で長年居続けた彼の心を叩き折る。そのための、一言だ。

 

 

「弔は先代、志村奈々の孫だよ」

 

 

紡がれる事実にオールマイトが呆然とするのが見える。無様にトゥルーフォームで口を開けている彼を見て笑みがこぼれそうになるのをなんとか抑えていた。ラスボス先生はニヤニヤしてるけど僕が笑ってたら角度的にバレちゃうからね。

 

「君が嫌がることをずぅっと考えていた」

 

その一言で、オールマイトが明らかに曇るのが見えた。震える口でなんとか言葉を紡ぐ。

 

「嘘を‥‥‥」

「嘘じゃないさ、僕がやりそうなことだろう?」

 

絶望は、身近な場所から現れる。絶望は、大切な人の形をしている。

 

絶望は、大切な人の残り物だからこそ、人の心を折るのだ。

 

「どうした? 笑えよヒーロー」

 

うわぁ〜!! ラスボス先生すげえ!! ここまでオールマイトを!! 平和の象徴として! 何十年も! 何十年間もその姿を維持し続けたその! 平和の象徴としての絶えない笑顔を!! たった一つの事柄でかき消した!! すごいよ! 何あの曇り顔!! 絶望にひれ伏したその顔!! 最高じゃん!! やっぱりマッスルフォームよりもトゥルーフォームの方が良い味出してるよ!! その顔で曇ってこそだぜNo.1!! それでこそいい曇り顔だぜオールマイト!! 最高だ! 最高だよ!! しかも何がすごいって「こうしたらさらに曇ってくれますよ」って言った僕の人差し指で頬を持ち上げる志村奈々の笑顔ポーズを早速取り入れてるところだよね!! 思い出がトラウマに侵食される姿は見てて最高だよ!! じわじわと蝕まれていくね!! 貴方が一番大事にしていた思い出も!! 記憶も!! このとき壊されるためにあったんだよ!!

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

可哀想に顔を曇らせて俯くことしかできない彼を見ながら笑ってあげる。もちろん心の中でだけだけど。やっぱりマッスルフォームよりもトゥルーフォームの方がいいなぁなんて呑気に考えながら彼のことを見つめる。その雲は分厚くそう簡単に晴れそうにない。

 

でも、ここで折れるのはトップヒーローではない。ここから立ち上がって、勝ち上がるのが、トップヒーローなのだ。だから、彼はNo.1なのだから。

 

「‥‥‥救けて、オールマイト」

 

その声は、オールマイトが守った女性の声だ。後ろの瓦礫に挟まれて、身動きの取れない彼女の声だ。ずっとオールマイトとラスボス先生の戦闘にギリギリ巻き込まれなかった、オールマイトに救けられていた女性の声だ。

 

その彼女の声こそが、消え掛かったオールマイトという。平和の象徴の心に再度、火を焚べた。

 

「お嬢さん。もちろんさ」

 

あぁ、いいね。これが最高のヒーローだ。輝いて、未だに衰えない象徴だ。だから、ここは、この名シーンは削るわけにはいかない。

 

「あぁ‥‥! 多いよ‥‥! ヒーローは、守るものが多いんだよオール・フォー・ワン‥‥!」

 

‥‥‥これが、No.1ヒーローだ。

 

「だから、負けないんだよ」

 

オールマイトの言葉は力強い。震えてもいなく、絶望してもいない。それは前を向いた男の声だった。

 

「‥‥‥なるほど、折れないか」

 

ラスボス先生がボソリと呟く。そして右手を無造作に振って飛んでくる炎をまるで火の粉でもかき消すように打ち消した。何それ‥‥どういうこと? なんで当たり前みたいにエンデヴァーの炎掻き消してんだよ‥‥え? それエンデヴァーのだよね?

 

チラリと細目で下を見る。そこにはここに駆けつけたエンデヴァー、エッジショットなどのヒーローたちの姿があった。応援に駆けつけるのには遅いけど‥‥脳無を全部潰してきたのなら順当なのかな?

 

「オールマイトォォォ!! なんだその情けない背中は!!」

「すべて中位とはいえあの数の脳無を無力化してきたのか‥‥流石はNo.2、上り詰めた男‥‥‥」

 

エンデヴァーが炎を飛ばしラスボス先生に牽制する。それを片手で軽々と掻き消しながらラスボス先生はオールマイトのことをまるでその目に焼き付けるように顔を向けた。

 

‥‥‥目は見えてないはずなんだけどな。

 

「‥‥‥皆、貴方の勝ちを望んでいる、皆が貴方を応援しています‥‥この戦いに参入できなくとも、貴方の重荷を少しでも、少しだけでも取り除けたら‥‥‥」

 

オールマイトの後ろにいる女性を助け出しながら虎さんがそう口にする。うんうん。足手纏いは邪魔だよね。その上で人まで救助してオールマイトのことを励ましてる。虎さんが今この場で一番ヒーローしてるよ‥‥‥

 

「煩わしい!」

 

オールマイトやベストジーニストたちを弾き飛ばす時に使った『空気を押し出す』個性を身体中から発動する。それによってエンデヴァーの炎なんかを掻き消しながらラスボス先生が右手を振り翳した。

 

「理想ではなくて、現実の話をしよう‥‥筋骨バネ化、瞬発力×4、膂力増強×3、増殖、肥大化、鋲、エアウォーク、槍骨‥‥今僕が掛け合わせられる最高・最適の“個性”たちで、君を殴る。確実に殺すためにね」

 

‥‥‥なんかさっきよりも拳太くなってるんだけど? おかしくない? おかしいよね? なんだあれ、見てるだけで痛そうなんだけど‥‥あんなので殴られること想像したくないや。

 

「緑谷出久。譲渡先は彼だろう? 安心していい、彼のことも率先して殺すから。後悔だけをおいて死ね」

 

振りかぶる。オールマイトの拳と、ラスボス先生の拳がぶつかる。その瞬間を僕は後ろから眺める。原作通りならこのまま放っておいてもオールマイトが勝つだろう。でもそれじゃあ意味がない。日本を曇らせのどん底に落とし込むために。僕は、ここに残ったんだ。この先のプランニングのためにもここで目立つ必要があるからね。大体本当に弔くんたちと一緒に逃げることだってできたわけだし。

 

それをしなかったのはラスボス先生が人質にとっているように見せるため、オールマイトがラスボス先生と対等くらいの戦闘力があったから、僕が出久くんたちを殺さないように言ったから。様々な条件をクリアした上で、僕が一番目立つためにここに来たのだ。

 

この場で、今この場で僕だけが、手を叩く。オールマイトとラスボス先生のその戦いに、僕だけが、参入する。出久くんとかっちゃんが、弔くんたちが足手纏いだと言われた戦いに、ベストジーニストが敵わなかった相手に、エンデヴァーすら参戦できなかったラスボス先生とオールマイトの戦いに、僕が参戦する。

 

それは見ている人に、この戦いの目撃者全員に知れ渡り、僕というヒーローがいることを根強く頭に叩き込むきっかけになるだろう。それだけでいい。それで、十分だ。

 

今回の目的は、ヒーローが未だに優勢だと人々に印象づけ、僕というヒーローを皆に、本当の意味で頭に叩き込むためにあるのだから。メインプラン的に必須事項なんだよね。

 

ラスボス先生の個性で僕を纏っている風から手を無理矢理出して、手を叩く。一度目でラスボス先生の右手が空を切った。オールマイトと適当な瓦礫の場所を入れ替えることで完璧な反撃体勢の整っていないラスボス先生と右手だけの歪なマッスルフォームを維持したオールマイトが完成した。腰を入れろ、一撃でぶちのめせ!

 

再度手を叩いてラスボス先生の足元の瓦礫とオールマイトの立ち位置を入れ替えた。

 

「‥‥いけ、オールマイト」

 

「ぅ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

拳がラスボス先生の顔面に突き刺さる。そしてそのまま地面へとぶち込まれていった。‥‥‥なんでこの人残り滓程度の力で地面陥没させるくらいの拳叩き込めるんだよ。最早人間辞めてるだろ‥‥‥何その拳。ラスボス先生だから生きてるけど普通の人なら死んでるんじゃない?

 

「‥‥‥‥ハハ、カッケェ‥‥」

 

だからこそ、そんなにかっこいいところを晒した貴方だからこそ。貴方が折れるときは、貴方が死ぬときは、きっと、世間一般が絶望するんだろうな。

 

『オールマイト! 勝利のスタンディングです!!』

 

まだ、誰も知らない。その絶望のときは身近に迫っている。あと半年もすれば、全て、全てを絶望に叩き落とす事件が幕を開ける。

 

そのときに見られる曇り顔が、僕は早く見たくて仕方ないんだ。早く、時間が進んで、その時が訪れることを祈っているよ。

 

「‥‥‥次は、君だ」

 

その言葉の意味を知っているのは出久くんと僕だけ。その事実がたまらなく嬉しい。だって、メインプランが予定通り動いてるってことだもんね。

 

僕が全てを絶望に落とすまで、あと半年。そのことを未だに誰も知らない。

 

‥‥‥ところでラスボス先生気絶して僕裸なんだけど? ちょっと? 誰か助けに来てくれない? 勝手に動いたら元気なのバレちゃうじゃん。それは困るわけ。ちょっと? 全世界に全裸を公開されて喜べるほど変態じゃないんだが? 誰か? もしもーし!

 





今回は初のカラーイラスト! ‥‥‥週刊誌だってこれくらいのお色気は許してるし? まぁ? ほら、ジャンルライトノベルなら大丈夫だと思うし? あ、それにほら! 譲葉は男だから! 問題ないね!! んこにゃ様ってこのレベル毎回上げてくるの何者?????
今回はいつもよりも投稿スパンが長くて申し訳ない‥‥文量多いから許して‥‥ね?
いつも皆様の感想や誤字修正、評価に助けられております。貴方の声がこうやっていつまでも私たちのことを応援してくれる声がある限りは、書き続けて行きます! ‥‥それにしても感想毎回100件超えはすごい。ありがたい悲鳴です。
今後も譲葉たちをよろしくお願いしますね!!

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