個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア!   作:波間こうど

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GW2本目


★『テメェの個性の話だ』

 

出久side

 

「かっちゃん……! どこまで行くんだよ。マズイよ、こんな夜中に出歩いて……! ねぇ……!」

「…………」

 

かっちゃんに呼び出されて夜道を歩く。ふわりと通る風が僕たちの髪を靡かせた。寮を深夜に出ることなんてもちろんだけど禁止されていて、確認はしていないけどみんな寝ているだろう。そんな時間に外に連れ出されるのは妙な背徳感があった。

 

かっちゃんは僕の言葉に耳を傾けない。何も聞いちゃくれない。そのまま、足を進めていくとしばらくしてかっちゃんの足が止まる。

 

「グラウンドβ……」

「初めての戦闘訓練でテメェと戦って、負けた場所だ」

 

彼の表情は窺い知れない。が、どこか笑っているように見えた。

 

かっちゃんが何を言おうとしているのか、なんとなくわかっていた。

 

「ヘドロん時から、いや、オールマイトが街にやってきたあの時から……」

「カスだと思ってたやつが、どんどんどんどん登ってきやがる……」

「しまいにゃ仮免、テメェは受かって俺は落ちた。なんだこりゃあ? なぁ?」

 

かっちゃんが振り返る。その顔には自分の考えが正しいと確信した色が浮かんでいた。

 

「神野の一件でなんとなく察しがついた」

 

射殺すようないつもの鋭さはない。

 

「オールマイトから貰ったんだろ、その個性」

 

ただ、その事実を突きつけてくる色をしていた。

 

「……!!」

「ヴィランのボスヤローは人の個性をパクったり与えたりする。ネコババアの1人が個性を失って、クソ女男に押し付けられた」

 

足が一歩、地面を踏み締める。

 

「個性の移動が現実としてあって、お前はオールマイトと出会ってから近しい個性を発現した……女男の方は知らねぇが、お前の個性は親の個性から離れすぎてる」

「オールマイトとボスヤローには面識があった」

「オールマイトと会って、テメェが変わって、オールマイトは力を失った…」

「テメェだけが違う受け取り方をした」

 

オールマイトが答えてくれなかったから、僕に聞くと、そう言った彼の目はいつもの獰猛な目ではない。どこか悲しみを含んだ……

 

「聞いて、どうするの……?」

 

かっちゃんに訊ねる。初めての戦闘訓練の後、『個性』についての約束を守らずに話してしまった僕が悪い。バレてしまうとは思っていた。だが、こんな風に直接的に尋ねてくるなんて思ってもみなかった。

 

「テメェも俺も、アイツもオールマイトに憧れた。なァ、そうなんだよ」

「ずっと石ころだと思ってた奴らがさぁ、知らん間に憧れた人に認められて、知らん間にここまできてる……」

「だからよ」

 

かっちゃんの目が悲しみを帯びたまま、沸々と内側から湧き上がる怒りに呼応するようにギラついた。そして右手を前に差し出しながら口を開く。

 

「戦えや、ここで 今」

 

「何で!! 待ってよ! ここにいること自体まずいのにこれ以上はダメだよ!! トレーニングルームとか借りてやるべきだよ!!」

「ガチでやると止められンだろが」

 

舌打ちが僕の言葉を止める。そして虚とも言える瞳が僕をとらえた。

 

「テメェのなにがオールマイトにそこまでさせたのか、確かめさせろ」

 

ゾッとする。それは……

 

「テメェの憧れの方が正しいってンなら、じゃあ俺の憧れは間違ってたのかよ」

 

その、雰囲気の変容は、まるで……

 

『何出久くんに手出してんだよボケ!!』

 

いつだかの彼のようだった。

 

「怪我したくなけりゃ構えろ、蹴りメインに移行したんだってな?」

「やっぱりダメだよ! 話し合おう!」

 

僕の言葉を聞くよりも早く爆破音が爆ぜた。右手を大きく振りかぶりながら、かっちゃんが接近してくる。いつもの、右の大振り。

 

いや、違う。以前に見破られてる。だから、次は右、フェイント……

 

そんな僕の思考は一瞬で瓦解することになる。

 

「深読みするよなテメェはよォ!!」

 

瞬時に回避したのに爆破が右足を掠める。チリついた熱さと痛みが僕を襲った。

 

「来いや!!」

「マジでか、かっちゃん……!」

 

爆破の土煙が舞う。かっちゃんから先に仕掛けてきたのに、彼の目には余裕なんて一つも浮かんでいなかった。

 

「待ってって! 本当に戦わなきゃいけないの……!? 間違ってる訳ないじゃないか! 君の憧れが間違ってるなんて誰も……!!」

 

僕の説得なんて聞くつもりがないというような爆発が行われる。その目は、憎しみと、怒りと、悲しみと、どうしようもない切なさがあるみたいだった。

 

「逃げんな!! 戦えや!!」

 

幾度かの爆発が僕を襲う。手や足を上手に使ってかっちゃんの爆破をいなしながら、戦闘を回避し続ける。

 

右の大振りを避けて左の爆撃を右足で払った。すると体勢を崩しているのにも関わらずかっちゃんの足が正確に僕の顎を捉えて蹴り上げる。バランスを崩しながらもその両腕を蹴り上げて追撃を避け、動きやすいように着地した。かっちゃんの方を見ると僕の迎撃が思ったよりもタイミングが良かったためかよろけて尻餅をついている。

 

「……! だ、大丈夫……!?」

「俺を心配すんじゃねぇ!!」

 

僕が差し伸べた手を払って、かっちゃんが立ち上がった。

 

「なんだよ! なんで戦わねぇ!!」

「なんでずっと後ろにいたお前らの!! 後を追いかけるようになっちまった!!」

「オールマイトに!! 他の連中に認められていくお前らを見て!! 置いていかれてるのがわかった!!」

「個性が発現したら勝てねェなんてふざけんじゃねぇ!!」

 

かっちゃんが自身の胸元のシャツを掴むようにして、泣きそうな瞳を向ける。

 

「お前らはオールマイトに認められて!! なんで俺がオールマイトに怪我させてんだよ!!」

 

「…………!」

 

かっちゃんが言っているのは『神野事変』その最中でのことだろう。ゆずくんを助けようとして、二人でAFOの前に飛び出したときにかっちゃんを庇ってオールマイトが大怪我をしたその様を指していっているのだ。

 

『役立たず』そのレッテルが、『怪我をさせた』その罪悪感が、彼を蝕んでいる。

 

「オールマイトが怪我をした!! なんの役にも立たなかった!! 譲葉も助けられねぇ!! 何しに行ったんだよ!! なァ!! クソが!! 譲葉はオールマイトを手助けしてた!! なァ!! 俺はなんなんだよ!!」

 

苦しんでいたんだ。彼は、悩んでいたんだ。

 

ずっと、上にいると思ってた。ずっと前にいると思ってた。ヤな奴だけど。ゆずくんとは違って、鮮明に、鮮烈に生きる彼が眩しかった。

 

ずっと、ずっと身近なすごい人。そんな彼は、知っている僕じゃなくて、知らなかった彼だからこそ、悩んでいたのだ。

 

「『来んな』って言われたんだぞ……!」

「……!」

 

それが誰に言われた言葉かなんて、すぐにわかった。

 

「クソが……! ずっとムカついてたんだよ……! お前ら2人が! 無個性のカスの癖に……! 道端の石ころのくせに……! 俺よりも先にいるって面したお前らが!!」

 

手を大きく払って土埃を切り裂く。そしてその涙目にも見える悲痛の瞳がこちらを見つめた。

 

「ずっと俺を馬鹿にしてるみたいで! それを感じてる俺がガキみたいで! 心底腹立つんだよ! なんで譲葉はお前の側にいんだよ!!」

「同じヒーローに憧れて! 同じ奴に救われて!」

「なんでお前が全部持ってくんだよ!! 道端の石ころだったろーが!!」

 

子どもの癇癪にも見える。そう言われても納得する。

 

地団駄を踏むように爆破の勢いを乗せた拳が僕の腹に刺さった。

 

「うぐっ……ッ!」

「なんでテメェばっかりッ!」

 

地面を転がって体に走った衝撃を殺してから立ち上がる。心の奥底からしんどそうな顔をしているかっちゃんを見て、心の奥底で湧き上がるものがあった。

 

「そんな風に……思ってたのか……」

 

次の爆破を避けた僕の口から溢れたのはそんな言葉だった。僕が『無個性』で劣等感を持っていても耐えられたのは、紛れもなくゆずくんがいたからで、そのゆずくんが居ないまま。むしろ、居たのにその優しさに一度は触れたのに、離れてしまった彼はどれほどまで耐え難い悩みを持ち続けてきたのだろうか。

 

僕がなんでかっちゃんばっかり個性も、才能も、運動能力も、センスも、勉強も、なんで全部できるんだって僻んだように。かっちゃんも僕にそう思うようになっていた。

 

それを、経験したことのある僕だけは知らなくちゃ、気づかなくちゃいけないのに。

 

「がァッ!!」

 

かっちゃんの爆破を避ける。そして空いた右頬に蹴りを叩き込んだ。

 

「……丁度いい機会だ、シュートスタイルが君に通用するか確認したかった……! やるなら全力だ……! サンドバッグになるつもりはないぞ……!!」

 

どうしようもない気持ちを闘うことで発散させたいだけなのかもしれない。そうだとしても、勝手だと一蹴することはできなかった。思えば歪だ、幼稚園、小中高、付き合いは長いけどこれまで僕らは本音を話し合ったことがない。

 

爆破の衝撃で上に飛んだかっちゃんの攻撃を避ける。僕に考えさせまいと爆破の強行は地面を抉りながら向かってきていた。

 

動きを予測してから行動を決める僕のやり方じゃ間に合わない……! ゆずくんならなんとかするのかもしれないけど、僕の予測は彼ほどの精度も速度もない。

 

(できるだけ早く! 見てから動く! 反応を研ぎ澄ませろ……!)

 

「でも……ゆずくんほど勝てないとは思わない……!」

「何笑ってんだぁ!? サンドバッグにならねぇんじゃねぇのかよ!!」

 

また爆破。それを避けるように飛び上がってビルに飛び移る。ビルからビルに飛び移るようにしてかっちゃんの動く場所を制限するように動き回る。

 

「何考えてるのかわからねぇ! どんだけぶっ叩いても自分の意見を曲げねぇ!! 譲葉を奪い去って行く!! 何もねぇ野郎だった癖に!! 俯瞰したような目で見てきやがって!!」

 

瞳の色がまた変わる。その色が恐怖の色であることを、僕はよく知っている。何度も鏡で見たことのある瞳だからだ。

 

「本気で俺から全部奪い取ろうとしてるその目が目障りなんだよ!!」

「そんな風に思ってたのか……」

 

そりゃ、普通は…バカにされ続けたら関わりたくなくなると思うよ……

 

「でも、今言ったみたいに、何もなかったからこそ……嫌なところと同じくらい、君の凄さが鮮烈だったんだよ」

 

体に力を込める。電撃が走るように伝達された情報が体を駆け抜けていくイメージ……

 

「オールマイトより身近で、ゆずくんよりは遠い、凄い人だったんだ……ッ!」

 

体がどれだけ鍛えられているのかなんて、案外自分じゃわからない。そのときの僕の体は、もうずっと、全身常時身体許容上限の5%を維持してきていた。

 

感情が昂って少しコントロールが乱れても、問題ないくらいには鍛えられていたらしい。

 

かっちゃんのガードを崩して顔に蹴りを入れる。かっちゃんが反応できない、ガードの上からでも叩き潰せる脚力。

 

フルカウル10%。

 

「君たちを! 追いかけてきたんだ!!」

 

爆破、衝撃、足に掛かる重み、ダメージ。

 

ぐるぐると視界が入れ替わる。目まぐるしく目の前の相手との距離感が変わる。ギアを上げてもかっちゃんはそれに対応する。ついてくる。

 

(そんなこと、わかってるだろ……!)

 

「こんなもんかよ!!」

「あぁぁ!!?」

 

これは、気持ち悪いから言わないけど。

 

僕の中で優しさの象徴がゆずくんであるように、勝利、勝つことのイメージは君なんだ。だから、僕は優しくするときはゆずくんみたいになっちゃうし、勝とうとすると口が悪くなっちゃう。このことはきっと、ゆずくんすら知らない。僕だけの秘密だ。

 

「あァァァァァァ!!!」

 

シュートスタイルは拳を、腕を酷使しないための戦い方。

 

「使えないとは……! 言ってない……!!」

 

勝利の権化である君に勝ちたい。

 

『次は君だ』

 

僕を選んでくれたオールマイトに応えるために。

 

『君がヒーローになったら僕を救ってね』

 

僕を支えてくれたゆずくんを次は僕が助けるために。

 

僕の拳が顔に突き刺さる。勝った、と思った。

 

「敗けるかァァァァァァ!!!!!!」

 

顔にオールマイトの1/10とはいえ、拳が打ち込まれているのにも関わらず、かっちゃんは雄叫びをあげて空中へと腕を投げた。そして爆破の勢いを利用して僕のことを掴み、地面へと叩きつける。背中に大きな衝撃、一瞬の眩暈が治る頃には僕が今かっちゃんに馬乗りにされていて、腕も足も動かせないようにされていることを理解した。

 

「俺の勝ちだ……」

 

顔に押し付けられた手から爆破を打たれたらその時点で大怪我を負うのは必至だろう。僕は全力を出したその上で、かっちゃんに敗北したのだ。

 

「オールマイトの力、テメェのモンにしても……俺に敗けてんじゃねぇか……なァ、なんで敗けとんだ……」

「そこまでにしよう二人とも」

 

かっちゃんが僕に向かって言った言葉に対して、奥から声が届いた。この一年で、ありがたいことに聞き慣れさせて貰った声。

 

「オールマイト……」

「気づいてやれなくて、ごめん」

「今……更……」

 

フラつきながらかっちゃんが口を開いた。そしてその言葉の先をグッと飲み込んでからもう一度開口する。

 

「何でデクだ。ヘドロん時からなんだろ……? 何でこいつだった」

「非力で、誰よりヒーローだった。君は強い男だと思った。既に土俵に立つ君じゃなく、彼を土俵に立たせるべきだと判断した」

「俺だって弱ェよ、弱ェから! あんたにその怪我を負わせたんだ!」

 

かっちゃんがグッと涙を堪えるようにしてオールマイトを睨む。具体的に言うのなら未だにギプスに吊られたその腕を、だが。

 

「コレは君のせいではないさ、アレと戦う以上大怪我をしない方が無理なんだよ。君のせいで出来た傷じゃない」

「君は強い、そのことに今の今まで甘んじていた」

「すまない……君も少年なのに」

 

オールマイトがギプスに吊られていない方の腕でかっちゃんを抱きしめる。それをバッと恥ずかしそうに振り払ってから、かっちゃんが少し照れたようにオールマイトを睨んだ。

 

「長いことヒーローをしていると思うんだよ、爆豪少年のように勝ちに拘るのも、緑谷少年のように助けたい気持ちに拘るのも、どちらの気持ちが無くてもヒーローとして己の正義は貫けない」

「もうお互いを曝け出した今ならわかるだろう?」

「互いを認め合い、真っ当に高め合うことができれば、勝って助ける、助けて勝つ、最高のヒーローになれるんだ」

 

「……………………そんなん聞きてェわけじゃねぇんだ」

 

かっちゃんがドカッと地面に腰を落とした。そして頭をガシガシと掻いてからため息を吐いた。

 

「お前、一番強ェ人にレール敷いて貰って敗けんなよ」

「…………強くなるよ、君に勝てるように」

 

僕の言葉が気に入らなかったのか、かっちゃんがまたため息を吐いた。

 

「デクとあんたの関係を知ってんのは?」

「リカバリーガールと校長、生徒では君だけだ」

「……クソ女男には言ってねぇのか」

「それは……」

 

かっちゃんが僕を睨みつけながらそう言った。まぁ、普通に考えたらゆずくんに教えるのは当たり前の道理であるように思える。ただ、僕はいまだに言えていなかった。

 

「舞妓少年にも言わないようにしてくれているよ」

「……バレたくねぇんだろ、オールマイト。あんたが隠そうとしてたからどいつにも言わねぇよ、クソデクみたいにバラしたりはしねぇ……ここだけの秘密だ」

 

そう言ったかっちゃんにオールマイトはそこまで協力させるのなら然るべき話をしなくてはいけない、それが筋だと、口にした。

 

そして、オールマイトは話した。巨悪に立ち向かうために受け継がれてきた個性だと言うこと、その力で平和の象徴になったこと、傷を負い限界を迎えていたということ、そして……後継を選んだということ。

 

かっちゃんが何でバラしてんだコイツみたいな目を向けてきた。いや、全くもってその通りだと思う。でも、あのときの僕の選択が間違っていたなんて思ったこともない。

 

だけど、未だにゆずくんに言えていないことは後悔している。彼に言うことは義務じゃないし、寧ろ言うべきではないんだけど……それでも、隠し事をしていると言う事実は、僕たちの間に壁を作っているような気がしたから。

 

そして、三人で寮へと帰った。

 

僕も、かっちゃんも、オールマイトですらこのとき気づかなかった。カメラが僕たちを捉えていたことを。

 

そのカメラの出所を、そのカメラの立ち位置を、しっかりと確認することができていたのなら、あの大災害は起こらなかったんじゃないか、とたまに考える。

 

その考えが机上の空論であることはわかっているけれど、そう考えてしまうのだ。

 

カメラだけが、見ていた。

 

 

  × × ×

 

 

人間の頭には「エピソード記憶」と「情報記憶」があるらしい。それらは別の記憶領域であるから片方がとても圧迫されたとしても死んだりすることはない。確かどこかのアニメでそんな話を聞いた記憶がある。とあるシリーズだったかな?

 

僕は前世の「エピソード記憶」の方を失っている。

 

失っている、というより思い出す必要性がないだけなのかもしれない。思い出したってプラスなことがないように思えたからだ。それを思い出したところで、僕にはなんの得もない。

 

そのはずなんだけど……

 

『お前キモいんだよ!』

 

古い記憶がある。

 

『近づかないで!』

 

本当だったかどうかも覚えていない。そいつらの顔も、場所も、背景だって鮮明に思い出せるのに、それらはこの世界にはなくて、それが僕の記憶の不確かさだけを証明する。

 

『来世は役に立つように死んでみたらどうだ?』

 

「……ふぅ」

 

息を吐く。不確かな思い出を断ち切る。

 

前世のことなんてなんで今になって断片的とはいえ思い出したのだろうか。僕には「曇らせ」があればそれで良いのに。前世の記憶であれば良いのはこの『僕のヒーローアカデミア』という作品の知識だけだ。あとは正直どうだっていい。

 

頭痛がするといって早めに談話室から上がらせて貰った僕の頭を鋭い稲妻のような記憶が刺した。おかげさまでカメラのセッティングに時間がかかってしまった。

 

「頭痛なんて起こしてる場合じゃないのに……」

 

椅子に座り込んで常備している頭痛薬を口に放り込む。ペットボトルの水でそれを流し込んで嚥下してから、パソコンのキーパッドをタップしてカメラとデスクトップを繋げる。

 

今日は出久くん対かっちゃんの戦いの日である。戦いの日だというとなんだか変な感じだが、まぁ、実際のところ二人の仲直りのような日であるというとわかりやすいだろうか。

 

一応かっちゃんは謝ってないので後で謝罪するタイミングは別途設けられているが‥‥それはそれとしてここで二人の距離が近づくのはいうまでもないことなのである。読者やファンの皆みな様におかれても記憶に残る話であろう。

 

「金ロー見る前みたいだなぁ……楽しみだ」

 

出久くんが出て行ったのは確認している。

 

だから僕はもうカメラが映してくれる映像を眺めるだけでいいのだ。楽しく拝見するとしよう。

 

2人が現れて戦闘が始まる。最初こそ完全にかっちゃんが押せ押せムードで無理矢理攻め立てていくのだけど、数分もすればこの戦いが必要なものであることを理解したのか出久くんもファイティングポーズを取った。

 

流れるように戦闘が繰り広げられる。一年生の体育祭のときよりもお互いに成長しているから普通にサイドキックとして雇ってもまぁ、ある程度の働きはしてくれるだろうってくらいには2人とも仕上がってきていた。

 

爆破の音も激しく、出久くんが鉄骨を踏みつけるたびにすごい音がする。普通に危ないんだよなぁ‥‥

 

ちなみに僕はカメラを何台も設置して2人のことをしっかり確認しています。セリフは聞き取りにくいところはあるものの、一番大事なものは聞き取った。

 

『なんで俺はオールマイトに大怪我を負わせちまってんだ……!』

 

はぁ〜〜〜! すっごい良い顔してる!! やっぱりかっちゃんだよ! かっちゃんしか勝たん♡ なんであんな顔できるの? いやね? 本当は迷ってたんだよね! 僕が捕まったときのみんなの曇らせと、かっちゃんが連れて行かれてオールマイトが終わっちゃったときの曇らせ、天秤にかけて迷ってたんだよね! だけどううん! 両方取れちゃった!! 君が! オールマイトを終わらせたなんて思っちゃった!! 僕を助けられなくて!! 僕に負けてることを理解してて!! 僕を認めてしまったからこそ邪魔になったっていうプライドを傷つけられたあれそれが!! 最高に刺さったんだ!! うわぁ! うわぁ〜〜! 予想外に曇ってくれて僕のことを楽しませてくれるとかこれもう愛じゃん♡ 愛でしかないじゃん♡ 僕のためにわざわざ曇ってくれてありがとうかっちゃん♡ チューしてあげたいくらいだよ♡ 絶対にしないけどね♡♡

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……あぁ〜……良いもの見たなぁ……」

 

体を捻ってポキポキと鳴らす。みんなは寝ているであろうこのタイミングでこんなものが見れる背徳感たるや! 親が寝静まったタイミングでAV見てるみたいだよね。

 

は? 僕は未成年だからそんなもの見ないが?

 

いや、違うなコレ。一度は思春期を覚え、その快感を知っている精神のせいで子どもの頃は性欲を抑えるのが大変だった、みたいな話を何処かでしたことあるし、そういうものを見ること自体はあるけども。

 

なんの話?

 

ぐ〜、と体を伸ばす。画面に目線を飛ばすとそこではオールマイトがやってきて出久くんやかっちゃんと何やらお話をしているようだった。まぁ、『ワンフォーオール』についてとかだって知ってるけど。

 

これで僕はいじめっ子のかっちゃんに先に秘密を口にし、完全に僕に隠し切った出久くんに対してしっかりとした敵意を向けることができる。ここまで来たら読者の皆さんも「舞妓の勘違いじゃない?」とは言えないだろう。大体初めての戦闘訓練でかっちゃんには暴露してるんだからその理論は通らないしね。

 

「……裏切りまで時間が近いなぁ」

 

その瞬間を僕は楽しみにしている。自分で言うのもなんだけどいい性格をしてると思うよ、本当に。全部壊してしまいたいだなんて、歴とした破滅主義だろう。

 

出久くんも、クラスメイトのみんなも、先生方も、家族のみんなだって嫌いじゃない。だけど、僕が僕で生まれた以上はこの欲は満たさなくちゃいけない。

 

その衝動に突き動かされているから。

 

「…………いぃ顔してくれるんだろうなぁ〜」

 

息を吐きながらベッドに転がる。目を閉じるとさっきのかっちゃんのいい顔が浮かんだ。寝る前にはいつも思い浮かぶ。

 

「あぁ〜……」

 

眠りにつく。あぁ、

 

 

「…………曇らせたぁ〜い」

 

 

これは、僕の原点だから。

 

 





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