個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア!   作:波間こうど

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夢を見た。

 

最悪な夢だ。ある意味、それは走馬灯に近いのかもしれない。それが“この世界”のことではないことを、“彼”だけが気づいている。いや、その表現は間違ってはいないけれど決して適切ではない。

 

それが“この世界”についてのお話じゃないことなんて、彼にしか気づけないのだから。

 

それは、とある少年のお話。

 

“とある世界”に生を受けた。生まれながらに貧乏くじを引き続けた少年のお話で、漫画の中の世界にとことん憧れた少年の人生を振り返る走馬灯。

 

大事な人を喪い、それが心を傷つけた、可哀想で、哀れで滑稽で、負け犬のような。そんな少年の前日譚。生きていて、死ぬまで、ただ絶望への道が舗装された、神さえ見捨てた少年のノンフィクション。いわゆるドキュメンタリーというやつだ。

 

どうしようもない、本当にどうしようもない少年の物語。

 

この物語は、

 

ただ、それだけのことなのである。

 

 

  × × ×

 

 

人間には二種類の存在がいる。

 

生まれつきの勝者か、生まれつきの敗者。

 

その二種類だ。

 

その二種類であることを自覚し、自分について分類するのであるなら、まぁ、俺はどちらなのか、言うまでもない。無様にそんなことを考えていた。

 

現実逃避ってやつだ。現実から逃避し続けている身からするとなんとも無様なことだと思うけど、それくらいしか今の時間を流す方法が思いつかないんだから仕方ない。というか現実逃避しても逃げられないとか“上手く逃げられなかった……!”じゃん。ドラクエ? が元ネタなんだっけ。したことないからわかんないけど。

 

こういうとき、漫画だったらこう、なんかヒロインとか主人公とかやってきて俺のことを助けてくれてキラキラした生活に足を踏み入れるんだろうな。そういう世界に生まれていたら俺はそんな世界の住人になれたのだろうか。

 

それとも、そんな資格すらないのだろうか。

 

なんて、無駄なことを考えると、少しだけ笑みが溢れた。

 

「お前何笑ってんだよキモイんだよ!」

 

そう言って俺の頬を拳が打ち抜く。脳が揺らされるような衝撃が頭の内側をピンボールみたいに跳ねて、たたらを踏んでしまった。口の端に触れてみると指先に血が滲んでいる。どんだけ強く殴ってんだよ。顔はやめろよ。面倒だから。

 

いや、顔怪我してると大人に避けられるんだよね。ここでポイントなのは助けようとしないってところ。俺、殴られてるときに助けられたことないし。謎の善意を押し付けてくる人も面倒だしやめてほしいんだよなぁ……。一番酷かったのはボコボコに殴られてるのに警察が横を素通りしたことかな。あいつらマジで税金泥棒だろ。公務員名乗るのやめて死んでしまえ。

 

「川原ぁ……俺が学校に来んなって言ってるのに何学校に来てんだよ」

「……ごめん」

 

切れた唇から流れる血を手の甲で拭ってから目の前の相手に謝罪する。理不尽に対して謝罪するのも慣れてきた。ここでノータイムで謝罪をしても意味がない。少しだけ間を空けることでそれとなく「君の拳は効いてますよー」ってアピールになる。そうしたらちょっと満足してくれるんだよね。ゴミみたい。

 

俺、川原優吾の人生は常にこんなもんである。クラス1のガキ大将やらボスみたいなやつに嫌われて大人数で殴られたりパシられたり、そうやって誰にも助けられないまま生きてきた。

 

教師も、警察も、まるで役に立たない。家族? あはは。

 

人間の生活なんてそんなもので、というか、助けられるのはなんだか特殊な“運”を持っている奴で、俺ではなかった。

 

世の中に溢れている些細で、誰もが見落としているようなそんな小さな、ちっぽけな、馬鹿みたいに笑える小さな不幸。誰もが若気の至りだって笑い飛ばすようなチャチな不幸。「昔ヤンチャしてたんですよー」っていうような、武勇伝になるような、だけど詳細は語らないような、被害者は泣き寝入りするようなそんな不幸。

 

そんな不幸の中心に、俺はいる。

 

漫画のようにヒーローがやってきて俺のことを助けてくれるなんてことはない。俺のことを神様が嫌っているんじゃないかってほど、嫌われて、殴られて、いじめられる生活を過ごしていた。この現状を見ている人はクラスメイトにも先生にもいるけど誰も助けたりなんてしないんだ。

 

「邪魔なんだよどけ!」

 

背中を蹴り飛ばされて惨めに廊下に這いつくばる。そんな俺のことを踏みつけながら集団が通った。痛い、重い。わざわざ体の中でも線の細い手首なり腕なりといったところを踏んでくるせいで体重が分散してくれないから鋭い痛みが走った。

 

これが俺の人生。

 

全員が曲がり角を曲がったところでよろける体をなんとか起こして立ち上がる。そして体についた汚れを払った。これは自分のためじゃない。汚れていたら母親がうるさいのだ。ろくに帰ってこないくせに、家の汚れには敏感なのである。まぁ、男を連れ込むからだが。昔は押入れだったが最近はネカフェに泊まれるようになったので2000円ほど手渡されて追い出されるから少しプラスな気持ちになるんだよな。そういうときは漫画読めるし。漫画っていいよね……最高……俺に漫画を読むなんて娯楽を教えたら縋ることになるのわかってるだろうに……なんで神様はそんなことも考えられないのかな?

 

「……………………」

 

なんとか鞄を拾い上げてゆっくりと、誰にも出会わないように昇降口まで歩く。アイツらと次に会ったら何されるかわからない。俺だって別に好き好んで理不尽に殴られているわけじゃない。

 

「…………いったいなぁ」

 

母は今日もどこぞの男の家に行っているだろう。今の男はわざわざ家にまでやってきて俺を殴ることがなくていい。母さんがあっちにいくだけなら俺は何もされなくて済む。

 

「殴られるのは学校だけでいいよ」

 

家路までノロノロと歩く。このくらいのスピードで歩けばスーパーの特売で安い惣菜を買えるのだ。まずいと評判だけど、まぁ、食えるからいい。というか、これより高くて美味しい惣菜食ったことない。一番安いのを買わないとお金がなかなか貯まらないのだ。

 

惣菜を一パック買う。家に帰る途中で捨てられた雑誌の山からジャンプを一冊拾う。毎週この通りの家の前には最新号のジャンプが捨ててあるのだ。雨の日は悲惨だが、乾かせば読める。俺の数少ない娯楽だ。

 

ジャンプはいい。適度に固く、適度に分厚く、適度に薄い。よって枕に向いているのだ。枕なんて買う金ないしね。

 

でも年々薄くなってて枕が薄くなってるのはちょっとなんか納得いかない部分があるけど。

 

母さんに読んでいるのがバレたら何されるか分からないってのもマイナスポイントだな。

 

家に帰る。惣菜をまだぬるいうちに口の中に放り込んでからジャンプを読んだ。暖房なんて使えるわけないし、そもそも電気も止められてるからレンジ使えないからね。体温をなんとか逃がさないためにご飯を食べて基礎代謝を上げていくしかない。食べなかったら心配する人も一人だけならいるし。

 

「はは……」

 

俺がジャンプの中で一番好きなのは『僕のヒーローアカデミア』という作品だ。いいよね。ちなみにヒーローよりヴィランの方が好き。環境が悪くたって頑張ってる姿は本当に素晴らしい。ヒミコちゃん、トゥワイス、荼毘、死柄木弔、みんながみんな自分のゴミカスな環境の中で頑張ってる。目的のために頑張ってる。

 

それができるのが本当にすごいと思うのだ。

 

そんな『ヒロアカ』も、もう終わる。完結が近づいている。俺の高校生活と同じで、ようやく完結するのだ。

 

……………………。

 

やっぱり漫画の世界はいいな。

 

そう思う。

 

そう思わないだろうか?

 

綺麗な部分がある。汚い部分だってあるけど、綺麗な部分があるだけで救われる命がある。手を差し伸べてくれる人がいる。なんだよこれ。はは、俺には誰も手を差し伸べてくれないのに。こいつら生きてるだけで手を差し伸べられる。荼毘や死柄木弔にだって救いがある。なら俺の人生はなんだ? あるのか? 救いが?

 

親の借金が積もって電気と水道の止められた家に住んで、なんとか学校に通って、無理矢理頑張って勉強して、奨学金を借りて、なんとか、高校に、大学に通って、バイトをして生活費を稼いでいるのに。それすらも何もかもダメになる。俺の努力の全てを壊していく。それを当たり前のことであるように世界は見ていて、誰も、見てない。

 

お婆さんが手を差し伸べた。

 

こんなに非力な人が手を差し伸べたのは。

 

「無個性」でもヒーローに成れることの証明だ。

 

ヒーローなんて助けに来ない。

 

そんな現実とは違う。

 

「綺麗だなぁ……」

 

俺は、一人、呟いた。

 

その声は空気に溶けた。

 

助けに来る大人は、いない。

 

 

  × × ×

 

 

ヒロアカが完結した次の日、俺は病院に足を運んでいた。

 

大きめの総合病院だ。ここの一室に、僕の命よりも大事な人が入院している。

 

「お兄ちゃん!」

「元気か?」

 

俺の妹、川原優香。

 

内臓に重い病気を持っているとかで生まれてこの方入院生活をしているのだが、そんな彼女は何故か俺のことを溺愛してくれていた。いや、俺が溺愛しているからそれに返してくれているだけなのかもしれないけど。

 

「来てくれたんだ」

「まぁね。学校休みだし。お仕事があるから夕方には出るけど……」

「ううん! お兄ちゃんと一緒にいる時間があるだけでも嬉しい!!」

 

チューブに繋がれた妹が元気に笑いかける。その顔を見ているだけで俺はなんだって頑張れる気がした。

 

俺が高校を卒業したら、優香と二人で暮らすんだ。慎ましい生活ならできるだろう。母は帰ってこないかもしれない。でも、優香が嫁ぐまでくらいは一緒に過ごせると思う。学校にだって通わせてあげたい。これがたとえ儚い夢だとしても。

 

「……お兄ちゃん、明日」

「うん」

 

それ以上の言葉は言わなかった。寂しそうに、少し怖そうに顔を曇らせる彼女の頭を撫でる。愛おしくて仕方ない。

 

明日、優香にとっては運命の日だった。そして、それは俺にとっても。

 

100%、問題のないオペだと聞いた。手術代は俺が食うに困りながら貯めたほとんど全財産だった。この先も生きていくのは難しくなるような莫大なお金だ。母はそんな金あるわけないと言いながらホストに貢いでいた。

 

だから俺がなんとかするしかないと思った。

 

「大丈夫。明日は俺ずっと一緒にいるから」

「ほんと!?」

「うん、ほんと。にいちゃんが約束破ったことあるか?」

 

優香は少し考え込むように唸ってから、花が咲くような笑顔でない! と口にした。

 

この子が俺の全てだ。俺が生きる理由で、俺の全て。俺の命の全て。俺の生きがいで、俺の命。

 

だから、彼女を守るためならなんだってできるのだ。

 

「明日、お金下ろしてくるからさ、手術終わったら好きなもの食べよ。なんでもプレゼントしてあげるからさ」

「え! ほんと!? なら食べたいものあって……」

「……できるだけ高くないのでね!」

「なんだかお腹空いたよ、お兄ちゃん」

 

日々はすぎる。幸せな日々だけなんて人生は存在しない。

 

この世に存在する日々の全てが、絶望へと向かっているなんてこと。

 

俺だけは知っていたはずなのに。

 

 

  × × ×

 

 

「うぐッ……!」

 

なけなしのお金を下ろした朝。

 

俺は何故か川沿いの高架下で殴られていた。血の味が口の中に広がるも、慣れたものだ。ゴクリと飲み干して痛みを誤魔化すように舌で切れた場所を舐めた。唾液にはそういう作用があるとかないとか聞いたし。

 

身体をできる限り丸めてみるけどその大きな拳は全部俺の体を痛めつける。彼は別に空手とかボクシングとかしてたわけじゃなくて、ただ、才能でそんな風に強い身体だけで、でかい体だけでガキ大将の位置に立っていた、

 

努力してない天才肌、親の遺伝が良かっただけでこの地位に立ってる。まるで爆豪勝己だ。

 

いや、爆豪は努力してるって? してようが関係ないよ。あの世界で努力と言える努力をしたのって誰だ? 元からヒーローになれる才能を持っていた、『個性』を持っていたからあの世界で幅を利かせたんだろ? じゃあ聞かせてくれ。

 

あの世界で、無個性でチャートに君臨したヒーローっているのか?

 

才能と運が大前提。それでも、その中で、個性というものが当たり前としてある中で、人に優しくあるというのが人として優れているということじゃないのか?

 

「地べた転がってろ」

「おい、財布膨れてるぜ。珍しい。貰っちまおう」

「あ……財布だけはやめろよ……!」

 

俺が取り返そうと手を伸ばすも払いのけられる。まるで、それが当然のことのように、当たり前のことのように、払われた。

 

「こいつめっちゃ金持ってるじゃん!」

「なんだよ、今から彼女にプレゼントでも買う予定だったのか?」

「お前みたいな奴が誰かを幸せにできるわけないだろ!」

「可哀想に彼はまだ、現実が見えていないのです」

「勘違い野郎が! 死ね!!」

 

身体を蹴り付けられる。なんだって俺がこんな目に遭うんだ。今日の金は優香へのプレゼントを買うためのものなんだ。返せよ、そう言おうとするも最初の拳が鳩尾を抉っていて、声が出ない。

 

「お前みたいな人間は生きてても価値がない」

「死んでしまえばいいのに」

「お前みたいなやつ生まれてこなけりゃよかったんだ」

 

周りの取り巻きがゲラゲラと笑う。なんだかこんな光景をどこかで見た気がする……あぁ、呪術廻戦の呪いがこんな風に笑っていたな。

 

あまりにも醜い。

 

世界は、汚れてしまっていて。

 

とても、醜くできている。

 

「今の無様な人生を変える方法が一つだけあるぜ?」

 

ニヤリと笑った彼が振り返った。凶悪な顔で言うと思うだろ? 本当の悪党はこういう時に笑うのだ、悪気なく、若気の至りであるというように笑って。

 

それでもなお邪悪な笑顔が咲いていた。

 

 

「来世は上手くいくと願って屋上からワンチャンダイブ!」

 

 

それは、誰かの言葉と重なった。

 

 

  × × ×

 

 

「はッ、はッ、はッ……!」

 

全速力で走った。泥まみれになりながら、それでも。足が、肺が、悲鳴を上げても、それでも走った。約束を果たせなかったとしても、それでも、走った。手術成功おめでとう! 好きなものでも食べに……お金はないけど、簡単なものくらいなら作るから、なんて言葉をかけるつもりで、病院の自動ドアを潜る。

 

「すいません……! 面会時間遅れました……! 川原優香の兄です……! 優香は……!」

「あ……優香ちゃんの……」

 

そこで、俺は何かがおかしいことに気づいた。

 

受付嬢の反応が悪いこと? それとも空気が重いこと? なんだ? 何か、何かが、おかしいことに気づいた。

 

それは、不自然なまでの視線?

 

それは、不可解な対応?

 

それは…………

 

「川原くん」

 

集まった医者?

 

声をかけられる。優香の主治医の先生だ。その後ろに青い顔をした若い男性がいる。確かなんとかって先生で新人の先生だ。優香がたまに内緒で飴をくれるとかなんとかって言ってた、若い新人の先生。

 

……震えてる?

 

「優香ちゃんのオペは……」

 

顔を顰める。暗い顔、汚ねぇ面を見せてる。

 

……………………………………? 

 

ほぼ100%成功する手術なんだろ?

 

問題ないオペなんだろ? 優香は笑顔でそう言ってたぞ。なぁ、おい。

 

お前らもそう言ってたよな?

 

「……先生?」

「……落ち着いて聞いてください。優香ちゃんの手術は……」

「え? いや、成功ですよね?」

「…………治療中のミスでした」

「優香は? なぁ、優香はどこだよ。おい、優香は……!!」

 

若い顔の医師が顔を逸らす。視界がぼやける。

 

「なぁ、俺、バイト頑張って、親が金出さないから俺が、俺が頑張って……! お金稼いで! 払ってきたよな!? なぁ!? ほとんど100%助かるって言ってたろーが!!」

 

胸ぐらを掴む。初めて、初めて胸ぐらを掴んだ。今まで殴られても、蹴られても、何されても我慢できた。

 

でも、それだけはないだろ。それだけはないと思わないか? なぁ、それだけは……

 

涙なんて、初めて流した。辛くて苦しくても、あの子の前でだけでは笑っていようと思ってたから。だから、絶対に泣かないようにしようって、泣いていいのはあの子の結婚式くらいのものだって思ってたから。

 

なのに、もう、そんな細やかな夢も叶わない。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

希望なんて、ないのが、この世界だ。

 

 

  × × ×

 

 

死んだ目がガラスに映った。前まではもう少しマシな面してたと思うんだけど。まぁ、そういうこともあるか。マシだっただけで顔が整ってたわけじゃないし。あんだけ泣いて、何も食わないで数日過ごせばそうもなる。

 

「………………開けよッ!」

 

ドアを蹴破って病院の屋上に乗り出した。風が冷たい。カスみたいに澱んだ空気が充満している。

 

今、俺は犯罪を犯した。

 

建て付けとかじゃなくて普通にドアを蹴破ったので普通に犯罪だ。見つかれば捕まるような犯罪だ。

 

でも、もうどーでもいい。

 

犯罪とか、そういうの全部どうでもいい。

 

というかそれも今更だ。

 

携帯とか持ってなかったから母親の携帯を奪い取って俺のことをいじめてた奴らの動画を撮った。

 

初めて母親を殴りつけた。気絶して、動かなくなるまで、殴った。生きてんのかな? 携帯の使い方だけ吐いたあとはどうでも良かったから地面に捨てたけど。ワンチャン死んでたりする? ハハ、ウケる。

 

初めての経験だった。

 

スッキリしたし、警察に動画は送りつけた。この病院も今から曰く付きにするからこれで俺の人生をかけての復讐劇は幕を閉じる。

 

妹が、優香が、死んだ。

 

原因は、医療ミスだった。

 

助かるはずの命だった、99%問題ないオペだって聞いていた。でも、医療ミスは起こって、妹は死んだ。俺が今まで稼いできた医療費は消えた。ただ、頑張って稼いできたお金がなくなった事実と、俺が18になってから借りた消費者金融の借金だけが残った。いや、このあと保険が降りるんだっけ? 親の口座に。それもホストへのシャンパンに消えるんだろう? あ、でもあの女が死んでたら生命保険も降りんのかな。どうだろ。

 

ゴミが。

 

もう、何もないから、俺はあの子を愛していたのに。

 

いや、だからだろうか? そんな理由であの子を愛していたから、神は俺のことを、あの子を見捨てたのだろうか。

 

違う。神なんていないよ。

 

わかってたんだ。だって、いるならこの世界から戦争も、病気も、いじめもなくなって、俺はもっと普通の家に生まれて、俺は普通に生きていけたはずだったんだから。

 

「……ハハ」

 

あぁ、そうだ。いいよ。決めた。

 

次に俺が生まれた時はもっと上手くやる。もっと上手く生きてやる。正義も悪も、偽善もダークヒーローも知らない。俺だけが楽しくて、俺だけが全部めちゃくちゃにしてやるんだ。世の中の事情とか考えてられるか、俺だけが、俺だけが幸せになるんだ。俺だけが爽快で、俺だけが楽しめる、そんな作品にしてやるんだ。

 

『来世は“個性”が宿ると信じて屋上からワンチャンダイブ』

 

いつだかの誰かのセリフだ。こんなときに思い出すのがお前のセリフだなんて、本当に俺の人生は上手くいかないな。

 

それにそれを実行することになるのが俺だなんて考えもしなかったよ。

 

「ハハハ!」

 

足を踏み出す。踊るように、狂うように、ただ、空白に踏み出す。新しいページに行くように、物語を進めるように、足を進ませる。

 

地面に落ちるまでの時間は大体体感四分間らしい。実際にかかっている時間は四秒くらいらしいけど、なんてどこかで読んだ内容を思い出した。

 

その間に頭をよぎった走馬灯はカスみたいな中身だ。しんどい思い出ばかりがリフレインした。まぁ、今考えればどうでもいいような思い出ばかりだ。どうせ全員証拠は押さえてるからまともに生きていけなくなるだろう。ざまぁみろ。俺とあの子が生きていけなくてお前たちが生きていけるような社会なんてぶち壊してやる。お前らも全員死ねばいいんだ。

 

頭が下になって、空が下にある。逆転した天地が、俺の行方を、この先を教えてくれた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

天から離れて、地獄に堕ちる。それも今更だが。

 

生まれ変わるならどんな世界がいいだろうか、あぁ……そうだな、生まれ変わるなら『ヒロアカ』がいいなぁ……自由に、全部、今日の天気みたいに、曇らせるのにピッタリだ。

 

全ての(そら)は曇の下に埋まっているのだから。

 

あぁ、会いたいな爆豪。

 

君の曇った顔が見たいんだ。

 

「アハハハ…………ァッ」

 

鈍い痛みが走った。

 

世界が暗転した。

 

 

川原優吾 オリジン

 

 

  × × ×

 

 

微睡みから目を開ける。久しぶりに見た夢だな、と思いながら体を起こす。ズキリと痛む腹を無視しながら頭に手を当てた。

 

「起きたかい? 譲葉」

「……AFOか」

「呼び捨てかぁ、弔の体を奪ったことが気に入らないのかな?」

「……わざわざ言う必要もないでしょ」

 

瞳を向けると先生が脚を組んでワインを嗜んでいた。おぉ、似合うな悪の帝王め。ネットでは金玉って言われてたらしいぜ? 噂程度しか知らないけど。ネット見てないし。大体、俺の知識っておおよそはやけに揃ってた病院の娯楽スペースから得たもんだしね。あとは一人で泊まった漫画喫茶。それからこの世界のネットの知識だ。すり合わせがあるかどうかあっちの世界がわかんないからイマイチわからないんだよな。

 

……というか僕ってばナイスだな。今咄嗟にタメ口出たのを修正したぞ。寝起きの頭でよくやるぜ。

 

「……状況は?」

「タルタロスから“僕”の救出にも成功したし、今はあっちの出方を伺う段階かな」

「そっか」

 

体を起こしてベッドから降りる。そして足早にその部屋から出ることにした。まだ体に眠気があって、眠いんだよね。このままだとまた寝ちゃいそうだし。

 

「もう出ていくのかい? 僕とお喋りして欲しいんだけどなぁ」

「まだめっちゃ眠くて……どうせ寝るなら先生と、じゃなくて女の子と寝たいでしょ?」

「譲葉にそんな感情があったなんて、驚きだな」

「なんだそれ、失礼な」

「ふふ、譲葉の部屋は出て突き当たりを右だよ。君の体調が回復したら、君の回復を連合に伝えよう」

「そりゃどうも」

 

ドアを出てからラスボス先生の発言について考えてみる。……僕、出久くんとかかっちゃんとか弔くんとかに執着しすぎてめっちゃ男色だと思われてる節ある? おいおい、失礼な。ちゃんと女の子が好きなんだが? 女の子の方が可愛くあろうとしてるから曇ったときのクシャって崩れた顔が可愛いだろうがよ。馬鹿でもわかる。

 

「ね? ヒミコちゃん」

「何考えてるのかわからないけどその顔は多分ろくなこと考えてないときの顔です」

 

なんでバレたんだろ。ヘラヘラ笑いながらベッドに腰掛けるとムスッとした顔のトガちゃんが僕と目を合わせた。その顔には心配の色は浮かんでいない。それよりも安堵とか、そういう乗り越えたって感じの暖かい色が滲んでいた。

 

……っていうかここ、僕の部屋なんだけど。なんで当然のようにいるんだよ。おかしいだろーが。

 

「……ゆずくんって、死んでも死ななそうだよね」

「あ〜、そうかも。僕実は不死身なんだよね」

「そういうふざけるところも好きだよ」

 

…………?

 

わざわざなんで、僕がこの部屋にまで来たんだ?

 

なんで、僕は今、ラスボス先生に“女の子と寝たい”なんて言ったんだ?

 

僕のことがわからない。今、俺は、混乱している。

 

なんで?

 

「……ゆずくんの優しいところが好きだよ」

「?」

 

急に彼女が詰め寄ってくる。一応、ここは僕の部屋なはずなんだけど、なんて言葉は喉を出なかった。手が優しく握られる。

 

「ゆずくんのカッコいいところが好き」

「かあいいところが好き」

「お料理が上手なところが好き」

「笑顔が優しいところが好き」

「弔くんとか荼毘くんを煽ってる悪い顔も好き」

「泣いてる顔と怒ってる顔は好きくないです」

「手を繋いでくれるところが好き」

「認めてくれるところが好き」

「気づかないふりをするところは好きじゃない」

「ゲームが強いところが好き」

「抱きしめてくれるところが好き」

「誤魔化すところは好きじゃない」

「でも……」

 

一息に、言い切るようにして、彼女は言う。

 

視線が、涙を蓄えた瞳が、僕を見た。

 

俺は……

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ゆずくんの全部が好きだよ、大好き」

 

ここまで肯定されたこと、今まであっただろうか。

 

「……ぁ」

「だから、無茶はしないで欲しいの」

「…………」

「ゆずくんが私たちに言わない……ううん、言えない何かを考えてることは、知ってるよ」

 

ハッとする。それはきっと、前世のことで、俺のことで、僕の曇らせ願望のことだと気づいたから。

 

「でも、それも含めて好きだから」

 

抱きしめられる。おかしい。なんだ?

 

さっき、走馬灯を見たから? 過去を見たから?

 

“俺”が歪む、“俺”が崩れる。

 

僕は。

 

「だから、好きにしていいよ。私も好きにするから」

「…………うん」

 

彼女の言葉が僕を揺るがす。

 

いつもそうだ、彼女は、僕のことをよく見ている。まるで、僕がみんなのことを見ているように。

 

「ねぇ、ゆずくん」

 

その手が僕の手をもう一度握った。そして、次いで、指が絡む。

 

「もう、私から言うね?」

 

僕はわからないふりをしていた。世界は壊れていて、おかしくて、どうしようもないから。

 

だから、壊したくて……?

 

なんで、曇らせたいんだ?

 

僕は、この世界の何が好きだったんだ?

 

「ゆずくん、大好き」

 

彼女に押し倒されながら、俺は、……僕は、走馬灯を思い出していた。ほんの少し傾いたランプの灯りに、彼女の涙に、過去を重ねて。

 

指を絡めながら、髪を乱しながら。

 

もう一度、考える。思い出す。

 

僕は、何が好きだったんだ? 僕の原点はなんだ?

 

僕は────

 

 

  × × ×

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おはよ、ゆずくん」

「ん、おはよう。ヒミコちゃん」

 

思い出した。

 

そうだ、俺は、この世界の美しいところが好きだったんだ。誰もが輝けて、ヒーローになることができるような、主人公になることができるような、そんな世界が好きなんだ。

 

でも、そのうち、曇っているのが当たり前の世界で生きていた俺は気づいた。これが当たり前になればいいんだって。

 

だから、曇らせたいんだ。

 

俺と同じ位置まで落ちてきて欲しいんだ俺と同じ気持ちを味わって欲しいんだ俺と同じ地獄で生きて欲しいんだ俺が死ぬほど苦しかったあの感覚を共有して欲しいんだ。その時に見える顔が、表情が、嗚咽が、聞きたいんだ。それはきっと甘美なもので、それをアイツらは俺に求めていたんだろう? それを俺は味わってみたいのだ。俺も勝ち組の側に行きたいのだ。そのための努力ならなんでもするって決めたのだ、そのために生きるのならなんだってしてやるって決めたのだ。

 

お前たちをここまで堕とすために俺は死んだんだった。

 

「……ゆずくん?」

「……あぁ、そうだよね。ごめん、話聞いてなかったや。なんて?」

 

()は、川原優吾(・・・・)じゃない。

 

 

()は、舞妓譲葉(・・・・)だ。

 

 

「……うん、行くの?」

「あぁ、そのこと。起きたからね。お仕事を少ししてから……ちょっと、お別れでも告げてこようかな」

 

体をベッドから起こしてトガちゃんのことを置いて服を着た。適当に落としたシャツを身に纏って、ズボンを穿く。

 

「……みんな、心配してる」

「なにを?」

「……ゆずくんが死んじゃわないか」

「何を心配してんのさ!」

 

シーツに包まれたトガちゃんに……ヒミコちゃんの言葉に笑ってしまった。何を言っているんだろうか。

 

僕の居場所なんてここにしかないのに。

 

僕のことを認めてくれる場所なんて、肯定してくれる場所なんて“この世界”にしかないのに。

 

「僕は死なないよ、君たちが好きだから」

 

ヒミコちゃんと目が合う。何故か、彼女は泣きそうな顔をしていた。可愛い〜!♡ 何でそんな顔してるの!? 僕が死ぬわけないじゃん! 死ぬならみんなのことを最大限まで曇らせられるような死に方をするに決まってるんだよなぁ!! 当たり前でしょ!? 僕が簡単に死ぬわけない!! 僕は、次死ぬ時は! 最高の最高の最高の景色を見ながら死ぬって決めてるの!! あんな最悪な曇り空じゃなくて、輝かんばかりの曇らせ顔を見て死ぬの!!

 

その中には君も含まれてるよ? 君の泣き顔は最高に唆るから。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 

僕は笑顔でそう言った。

 

その笑顔の裏に、全ての嘘を抱きかかえながら。

 

 

舞妓譲葉 ライジング

 

 

 

 





お待たせ、待った? 波間こうどです。
年明けには更新するつもりだったのですが、気が付けばこんな時期になってしまいました。ごめんね。これは挿絵と二人三脚な弊害……。それでいてみんなの心の裏を取る心理戦……。まぁ、締め切りは破るものだって僕の好きなラノベ作家さんたちは言ってますからね! なぁに! 余裕ですよ余裕! ガハハ!

はい、猛省してます。

さて、早いもので、このシリーズを始めてからもう一年もの月日が経ちました。ありがたいことにたくさんの好評を頂いております。感謝してもし足りません。皆さんのおかげで僕は作品を書いていますし、皆さんのおかげでモチベーションが維持できています。感謝……圧倒的感謝……。

今回の話で一区切りです。舞妓譲葉という少年の闇はここで形を成して皆さんの前に現れました。この少年の業の深さが皆さんに余すところなく伝わっていれば幸いです。

今回の挿絵を描いてくれたのもこの人、んこにゃ(https://x.com/Nkonya0529)さんです。

感想をぜひ言ってあげてください。僕たち創作者はそれを糧に生きていますので。夢を食べなくちゃなくちゃ生きていけない妖怪いますよね? バクです。僕たちその他の人間なので。てなわけで評価、感想、お気に入り。待ってます。感想については全部目を通してますし、なんなら返してますので、じゃんじゃんくださいね。

さて、これからしばらくの間投稿を続けます。皆様の心の癒しになればと日々願っております。

日々の生き甲斐にしてください。これからもどうぞよろしくお願いします。

波間こうど

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