個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア!   作:波間こうど

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お待たせ、待った?


★雨雲、それは青空を覆って。

 

 

僕はずっと、憧れていた。

 

ヒーローに憧れていた。

 

『もう大丈夫、何故かって? 私が来た!』

 

ヒーローに憧れていた。

 

光に焦がれていた。

 

どうしようもないほど、ヒーローに焦がれて、彼らの鮮明な光に惹かれていた。

 

それは間違いないことで。僕の原点で。

 

『出久くんから手を離せよ!』

 

そんな僕が、彼のことを信じてしまうのは、頼ってしまうのは、認めて、焦がれてしまったのは。

 

ある種、当たり前のことなのかもしれない。

 

そう、これはそれだけの話なのである。

 

 

  × × ×

 

 

「……これで、ダツゴク何人目だっけ」

 

もう、何人目かもわからないヴィランを捕縛しながら僕は独り言を呟いた。目の前でダウンするヴィランは確か、昔オールマイトが苦戦したヴィランだ。人質を取られたオールマイトを一方的に蹂躙する姿をテレビ越しに見て、このままじゃオールマイトが負けちゃう、なんて思ったっけ。

 

「思えば、あのとき、ゆずくんだけはハラハラしてなかったなぁ……」

 

黒鞭でヴィランを縛り上げながら昔を思い返す。あのときはゆずくんが言うならって思ってた。オールマイトなら負けないって、涙を目に溜めながら声が枯れるほど応援したのを昨日のことのように思い出せる。

 

もちろん、オールマイトはそのあと人質を助け出し、このヴィランを成敗するのだけど、確かその戦いは結構な時間がかかったはずだ。どれくらいだったか……

 

「そんなヴィランも今や一瞬か。ハハ、強くなったね」

 

でも、求めていた強さはこんなものじゃなかった。

 

僕の求めていた強さは、オールマイトみたいに誰のことでも助けられるヒーローで。

 

その横には、君がいると思っていたんだ。

 

「…………ゆずくん」

 

もう、涙は溢れない。乾き切った瞳から、涙は溢れない。それでも、彼のことを思い出さずにはいられない。

 

太陽のように笑う、彼のことを。

 

 

  × × ×

 

 

「植物状態……ですね」

「…………は?」

 

植物状態。それがゆずくんを詳しく調査したお医者さんのセリフだった。僕たちは、その場で立ち尽くして、その言葉を聞くことしかできなかった。A組の誰もが言葉を口から引き出せない。あり得ないほどの絶望ってやつは、簡単に言語野を死滅させるんだってことを、僕はこのとき初めて知った。

 

「血を流し過ぎています。両足の欠損のショックだけで常人なら死に至ってもおかしくないですからね。彼はその上でハイエンド個体の脳無相手に獅子奮迅の大活躍をしたわけでしょう? 後からミルコの応援に駆けつけたヒーローたちが見つけた時にはもう……」

 

どうやらミルコと一緒に死柄木捕縛に向かったゆずくんはハイエンド個体の脳無を打ち倒しながら、死柄木に近づこうとしたらしい。その中で、大怪我を負ったミルコの代わりに足を差し出したゆずくんは、足がない状態でハイエンド脳無相手に八面六臂の大活躍をした、とのことだった。

 

失った血液の量は致死量で、応援のヒーローが見つけた時には、血まみれのゆずくんを囲うようにして脳無が倒れていた、という話だ。全個体の首が弾き飛ばされていた、という話だから、ギリギリまで、ゆずくんは判断を渋って、その上で脳無を殺したんだと思う。

 

その結果、死柄木は世に放たれて、ゆずくんは意識不明の重体というわけだ。

 

「…………治るんですよね?」

 

耳郎さんがよろめきながらそう言った。お医者さんの顔が曇っている。結果なんて、聞かなくてもわかる。それでも、声は続いた。

 

「ゆずちゃん、助かるよね? ですよね?」

「舞妓さんなら大丈夫ですわ。血液が足りないのでしたら、私、血液型同じですから、使っていただいて構いません……!」

「死なねぇよ。舞妓は、いつだってそうやってきただろ」

 

葉隠さんが、八百万さんが、轟くんが続く。

 

「そうそう! 舞妓だよ? すぐ起きてくるって!」

「アイツは男の中の男だからな!」

「うむ! 寝不足な日はあるが、舞妓くんが遅刻してきたことは一度たりともない! 寝坊なんてしないさ! すぐに起きてくるとも!」

 

芦戸さんが、切島くんが、飯田くんが。

 

「うんうん! 舞妓くんいつでも元気やもんね!」

「舞妓が元気じゃないとこ見たことないし」

「笑顔絶やさねぇのがあいつのすごいとこだよな」

 

麗日さんが、尾白くんが、峰田くんが。

 

「いつも怪我して俺たちが心配してもケロッとしてるしな」

「うん……きっと大丈夫だよ」

「…………そうだよ。彼が死ぬはずない」

 

瀬呂くんが、口田くんが、青山くんが。

 

「舞妓は自分でも頑丈が取り柄だと言うからな」

「ユズリハハツヨイ!」

「ケロッ、そうよね。譲葉ちゃんは強いもの」

 

常闇くんが、ダークシャドウが、梅雨ちゃんが。

 

「あぁ、舞妓は起きてくるさ」

「それまで俺たちが頑張らねぇーとな!」

「おんぶに抱っこじゃだめだからね」

 

障子くんが、上鳴くんが……僕が。ゆずくんのことを心配しないフリをして言葉を口にする。

 

彼が死ぬなんて、考えたくもなかったから。

 

希望に満ちた瞳を向ける。お医者さんの顔は暗い。

 

「…………心臓と、脳の信号が、緩やかになっています。現代の医療では……処置の施しようが……」

 

その言葉をお医者さんが言い切るよりも前だった。僕たちの横から低い姿勢で飛び出したのはかっちゃんだ。今にもお医者さんを射殺さんばかりの瞳で睨みつける。そして胸ぐらを掴んだ。無理矢理目線を合わせるようにして吠える。

 

「ふっざけんな!! 医者だろ治せゴラァ!!」

「かっちゃん……」

 

かっちゃんがお医者様の胸ぐらを握り直すようにしてそのまま壁に押し付ける。みんなで止めながら唇を噛んだ。

 

かっちゃんの言い分もわかる。その上で、これが避けられない現実だってことがわかってしまったから。

 

「私だって最善を尽くした……! リカバリーガールの治癒を使ってもこれ以上治らない……! 舞妓少年はもう……!!」

 

お医者さんの慟哭は続く。

 

「脳死は人の死……ッ! 公民で習っただろう!? 舞妓少年は、もう!」

「…………ッ!」

 

気がつけば、僕は駆け出していた。病室を抜けて、病院を抜けて、誰かが止める声さえも無視して先へ先へと急ぐ。そして病院の外まで辿り着いて、空を見上げた。広くて、青い空。

 

「あ゛ァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

何度目だろう。何度目の敗北なんだろう。

 

何度僕は負ければいい? 何度僕は守れない?

 

なんで、僕は守れないんだ。どうして手が届かないんだ。彼のことを守りたいって、彼のことを救いたいってずっと願ってたはずなのに。ずっと彼の横に立ちたいって思ってたはずなのに。それなのに。

 

僕は、弱い。

 

『いつか、出久くんに助けてもらおうかな!』

 

弱い。

 

『君がヒーローになるんだ。僕の予想は外れないんだぜ?』

 

弱い!

 

『出久くんはきっと、多くの人を救うよ』

 

弱い!!

 

 

『頑張れ、僕のヒーロー』

 

 

「…………………………あ゛ぁ゛」

 

そうだ。僕はヒーローになるんだ。ゆずくんとそう、約束したんだ。

 

彼が、もう動けないなら。僕がやるしかないんだ。僕がオールマイトよりも強くて、ゆずくんよりも優しいヒーローになるしかないんだ。僕が理想の権化になるしかないんだ。そうなるしか、ないんだ。そうなるしか、世界は救えない。みんなを救えない。誰も救えない。

 

手が届かないのはもう、嫌だから。もう、そんな思いはしたくないから。そんな思いをするくらいなら死んだ方がマシだから。だから。

 

それを、今から、僕のオリジンにするんだ。

 

「…………必ず、ぶち殺してやる」

 

視線が空へと吸い込まれた。この日、僕はヒーローとして、助けるよりも、勝つにスイッチを切り替えたのだ。

 

助けられない僕に、そのスイッチは必要ないから。

 

 

  × × ×

 

 

そして、今に至る。

 

「ハハ! どうした緑谷! 戦いの最中に! 考え事かァ!?」

「……あぁ、ほんとだ。戦ってるんだっけ」

 

マスキュラーの拳が僕の顔の横を通った。それを危機感知で最適な動きで回避する。

 

……こんなに遅かっただろうか。こいつの拳は。微風(そよかぜ)のような風圧だったっけ? こいつの拳は。

 

僕は今、何人目かわからないダツゴクを移送した帰り。避難所を強襲していたマスキュラーと対峙していた。一度倒した相手。辛勝した相手だ。ワン・フォー・オールの100%を耐えることができる相手。

 

今まで戦ってきたヴィランの中でも上位に食い込む強さの相手。

 

……だからどうという話でもないが。

 

「楽しもうぜ! 緑谷ァ!!」

「……そうだな、今筋(いますじ)。楽しもう。折角の戦いだ」

 

いつだって彼は楽しもうとしていたから。

 

ヒーローは困難に立ち会った時、笑うのだ。

 

だから、笑わなきゃ。笑わなきゃ。ヒーローなんだったら、笑わなきゃ。痛くても、辛くても、苦しくても、いつでも笑ってた。彼みたいに。

 

笑わなきゃ。

 

黒鞭(5th)浮遊(7th)発勁(3rd)……発動」

 

個性を組み合わせる。これらはヒーローの必殺技じゃない。一つ一つは大した力を持たない、必殺の武器にはならない。

 

それでも、僕たちが憧れた個性だ。それを組み合わせることができる。一人で複数の個性を重ねて持つ。そんな夢物語は幾度となくゆずくんと検討してきた。そして、そんな夢物語が叶っている。

 

それができるなら、僕と、ゆずくんは。無敵だ。

 

「……マスキュラー。嘘ついたや」

「あ゛ぁ!?」

 

拳を深く構える。今の僕は、きっと、オールマイトよりも、それこそ、ゆずくんよりも。

 

「もうお前程度じゃ、唆らない」

 

強い。

 

「この前は何%だったっけ……まぁ、いいか」

「……ぁッ?」

 

筋繊維を張り終えたマスキュラーが反応できない速度。内臓が爆発する勢いでスマッシュを捩じ込んだ。距離にしておよそ20メートル。加速の具合を加味するとゆずくんの黒閃に近い威力が出ていただろう。

 

僕は、強くなり過ぎた。

 

それはもう、誰も寄せ付けないほどに。

 

「避難。しておいてください。次のダツゴクが来たときに、僕が助けられる保証はない」

 

マスキュラーを黒鞭で縛り付け、彼が襲っていた避難所の住人に釘を刺す。今の僕は人を守りながら戦っている余裕がない。全員足手纏いにしかならないんだ。それは避難所にいる人も、雄英のみんなも変わらない。全員、足手纏いだ。

 

だって僕が一番強いから。

 

「……お腹空いたな」

 

ゆずくんのカレーが食べたいな。叶うわけもない願いを空に向けながら、僕はオールマイトとの待ち合わせ場所に向かって跳躍した。

 

 

  × × ×

 

 

起きた時間はしっかり把握できてないけど。まだ()()が仕事しているという話は聞けたので、僕はとあるビル群にまで足を運んでいた。小雨が降っている中、僕はビルの屋上から屋上を小雨の一粒一粒と自分を入れ替えながら転移で渡る。……雨粒でもいいとか最早なんでもいいじゃん。なにそれ。強すぎるだろ。

 

対象はなんとなくどこにいるか知ってるんだよね。というか、ラスボス先生が教えてくれた。わざわざ教えてくれなくても自分で探しに行ったのに。

 

まぁ、ラスボス先生的にも早く出久くんを連れてきて欲しいだろうからね。ちょっと助言出すくらいさせてあげたいか。

 

ってなわけで、傘を片手に屋上の手すりに乗るようにして立った。なんていっても目標を確認したからだ。紫と緑の長髪。そしてムワッて感じの肉厚ボディに幸薄そうな顔を兼ね備えた美人さん。

 

レディ・ナガン。元・公安お抱えの激強ヒーローだ。

 

つかその顔で30後半? 冗談も休み休み言いなよ。若過ぎるだろ。え? ちょっと先輩とかでしたっけ? いや、それならその色気は違法だわ。こいつ公然わいせつ罪とかで捕まえてよね。ドスケベ罪だよドスケベ罪。

 

「やぁ、どうも」

「……子ども?」

「さてさて。こんにちは。こんばんはの方がいいかな? 時間的にさ。どうでしょうかね? レディ・ナガン」

「…………どうしてここがわかった」

「つれないこと言わないでよ! こちとら雇い主だぜ?」

 

やっほー、と手を振るとジロリと綺麗な瞳が僕のことを射抜いた。こわ。右腕以外でも人のこと射抜けるのかよ。個性以外でも撃ち抜けるとかバケモンじゃん。そのうち目からビーム出るんじゃないですか? 三箇所から狙い撃ちってか? 本当にバケモンじゃねぇか。

 

「ターゲットの場所を伝えに来たんだよ? そんなに邪険にしないで欲しいなぁ」

「……どうだか。お前の方がAFO(あの男)よりも危険な香りがするけどね」

「あれ? 危険な男は嫌い?」

「ハッ、もう少し歳とって、それから男らしくなってから出直しな。それに、お前女だろ」

「失礼しちゃうぜ。俺は貴女のことタイプだけどなぁ……それに、可愛いもの好きなんでしょ?」

 

ケタケタと笑いながらレディ・ナガンの横に着地する。雨の中わざわざこんな場所にいたら風邪ひいちゃうよ? え? そんなやわな鍛え方はしてない? 貴女獄中にいたんですよね??? というか女扱いした? はい、絶対に曇らせます。僕はもう男も男だぞ。舐めるなよ? 本当に。

 

「ターゲットは緑谷出久。雄英高校の2年生……あれ? 2年生でいいよね? で、個性は複数使えるけど厄介なのは超パワーと、黒鞭かな。敵のことを縛りつける鞭を無数に出せる。SMプレイでもしたいのかな? あと、危機感知って個性も持ってるから狙撃と相性悪いかも。できるだけ悪意を持たずに撃った方がいい。性格は温厚、優しくて、人のことを思いやれる少年さ。賢くて、可愛い顔をしてる。きっと気にいると思う──」

「待て、場所だけ伝えてくれればいい。ガキ一人撃つのにそこまでの情報はいらねェ」

「情をかけちゃいそうになるから、とか?」

 

ニヤリと笑いながらその右手に触れてみる。ライフルは右手に宿った個性、だよね?

 

「……ッ!」

「酷いなぁ。手を振り解くなんて。俺が思春期男子なら傷付いちゃってるぜ?」

 

やだ、心を少し読み当てるだけでいい顔してくれるじゃないか。そんなんだから曇らせ界のニューヒロインとか言われるんですよ(僕命名)。

 

僕しか言ってないけど。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ナガンがなんなんだコイツという顔で僕のことを見るその奥で、シャツの裾を垂れ流している男が見えた。それはもちろん、いつだかの強敵。治崎廻くんです。はんゔぃらんだんたいしえはっさいかいのわかがしらさんです。まぁ、もう解体されたけど。親父さん生きてんのかな……原作通りなら生きてるけど。まぁ、死んでてもいっか。さして影響ないでしょ。

 

弱々しいかつての同盟相手にするにはあまりにもにこやかに話しかけてみることにした。手を振りながら満面の笑みを向けてみる。

 

「あれ? 治崎じゃん! 元気してた?」

「……親父?」

「ハハ、ぶっ壊れちまったのかよ。一時は共闘した仲だろ? 仮面の下の素顔、見せたことなかったか?」

「…………舞?」

「エクセレント! 花丸くれてやるぜ」

 

治崎がふらつく足で立とうとするのを見ながらヘラヘラと笑う。この時点で確か脳みそぶち壊れてたんだよな? なんだっけ? 人格ラリってるんだっけ? いいねぇ〜。壊れたやつは好きだぜ? 無様で。

 

まるでいつだかの僕みたいじゃん。

 

「舞……お前のせいで壊理は……!」

「ハハ、裏切ったってか? 娘を何度も切り刻んだやつが親父面? 死んじまえよ。僕は()()()()()()()()()()()()()()がこの世で一番嫌いなんだわ」

 

軽蔑を込めた瞳で睨みつける。あぁ、なんとなくずっと治崎嫌いだったんだけど今理由分かったわ。あの(おんな)に似てるからか。それなら納得だね。あの女、結局どう死んだんだろ。野垂れ死に方には興味あります。あれ? 僕が殺したんだっけ?

 

あの子より凄惨な死を遂げてくれてればいいんだけどな。

 

「……あ〜、レディ・ナガンに出久くんの場所言ったら帰るつもりだったんだけど……本当だぜ? でも、うん」

 

ふむと、首を傾げてみる。目の前の怯えた顔した治崎を見てたらなんというか、罪を償わせたくなってきたな?

 

「殺すか」

 

手を叩こうと手のひらを開く。すると後頭部に硬いものが当てられた。それが銃口だと気づくのに時間はかからない。いや、怖いわ。なんでノーモーションで頭蓋いけんだよ。怖いよ。

 

「よしな」

「これはこれは……冗談だから物騒なの下ろしてよ。ヒーロー?」

「じゃあアンタも手、下ろしなよ」

「え〜? なに。殺しちゃダメ?」

「……アンタみたいな歳の子どもが人を殺さなくていい」

「もう山ほど殺してるよ。お揃いだね」

 

ナガンが歯軋りする音が聞こえる。おいおい、絶対いい顔だから僕にその顔見せやがれ……! いい加減にしろ! それで助かる命もあるんだぞ! 具体的には僕の寿命が5年くらい延びる! いや、まぁ? 僕が寿命で死ねるわけがないので、関係ないと言えばないんだけどね!

 

というか、僕がなんでわざわざ伝令役なんて申し出たと思ってんだよ! 決まってるだろ! 君の曇らせ顔が見たいからなんだよ! 僕が君の曇った顔を見たいがためだけに来たことぐらい察していい顔見せやがれッ……!

 

「私は社会を良くするために……!」

「俺もそうさ。俺が殺したのはゴミばかりだよ」

「違う! あんたはヒーローを殺してる!」

「どこで知ったんだ? ……あぁ、でも関係ないね。貴女も同じだ」

 

振り返る。恐怖に満ちた、否定しようとしたナガンの顔と向き合う。銃身をおでこに当てた。そのまま前へと歩いていく。ほら、引き金を引けよ、ヒーロー。

 

ゆっくり、歩みを進めていく。レディ・ナガンが首を横に振りながら後退りした。

 

「邪魔だから殺したんだ」

「ちが……」

「言われたから殺した」

「ちがう……」

「求められたから殺した」

「違う……!」

「より良き社会のために? 笑わせるなよ。その中に無実の人はどれだけいた? 作戦を立ててるだけで無害の人は? まだ取り返しのつく人は? 男も、女も、無実の人も、罪のある人も見境なく殺した。それが公安所属のヒーローだろ? それが嫌だったんだろ? ガキじゃねぇんだ。殺すんだったら自分の意思で殺すべきだと思わないか? なぁ、レディ・ナガン」

「…………ッ!」

 

ドンッ! と一発の銃声が響いた。無論。僕がここまで誘導してるわけだから、銃弾がいつ飛び出してくるかなんて計算の範囲内……ってか、ライフルに髪の毛込めてないなら撃てないだろ? スカなの分かってたんだ。じゃなきゃ僕でもゼロ距離で銃身当てられて煽ったりしない。命知らず過ぎるでしょ、流石に。

 

「ほら、今も少し煽られただけで殺そうとしたな? 怖かったか? ナガン。いや、筒美火伊那(つつみかいな)

 

恐怖を煽れ。そうすれば、いい顔が見られる。

 

僕は曇らせのために生きてきた。そうだろ?

 

それはこれからも変わらない。

 

「ねぇ火伊那ちゃん。今、俺を殺そうとした?」

 

腰を抜かしたレディ・ナガンに近づく。できるだけ口元を歪めて、虚な瞳で、見つめてやる。その瞳に彼女の顔が映るように角度を調整して……ほら、これだけで人の心は折れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

あ〜〜!♡ 三十路女のビビり顔! 最高すぎやしないか? 元ヒーローがそんな顔するとか最高すぎてキュンキュンしちゃうじゃんか! あれだけの名声があるヒーローなんて絶対に! 絶対にトップ10に入ったこともあるだろうって思ってたんだ! 事実! 出久くんと一緒に彼女がトップヒーローとして名前を売っているところを僕は確認している!! そんなヒーローが、今目の前の小さな男の子に翻弄されてる。そしてビビり散らかした顔までしちゃってるんだろ!? そんなことあるか!? そんなこと許されるか!? アハハ! 貴女はヒーローだった! 私利私欲のために動いたんじゃない! 毅然と振る舞えば良かった! 自分の行ったことが悪であったとしても! 貴女だけは! 胸を張って! その償いをしなくちゃいけないんだってことを! 言わなきゃいけなかったんだ!! なのに今、ここで心が折れてしまった! なんでだと思う? 教えてあげるよ!!

 

僕が、そう誘導したからさ!

 

お前たちは折れやすいよなぁ!! ヒーロー!!

 

「……な〜んて! そんなに怯えないでよ! 俺だって冗談がここまで上手くいくとビビっちゃうじゃん!」

 

ゆっくりと顔を上げる。この雨、そして宵闇。時間は近づいてきてる。レディ・ナガンで遊べる時間もそろそろ終わりだ。

 

「ね? お互いに目的のために個性を使う者同士だ。社会を良くするために。その力を貸してよ」

 

息も絶え絶えなナガンの手を引っ張って起こしてあげてからにこりと微笑む。僕のこの顔には人の心を癒す力があるからね〜(実験済み)。ま、対照実験もなにもしてない、ただの出久くん実験だけど。実験台に(当時)無個性使ったのは偉いよね。個性による差とかないからね。

 

「ターゲットはすぐそこまで来てる」

「……は?」

「俺にはわかるんだ。緑谷出久がどこにいるのかは」

 

いや、まぁ、サーチの一つに登録してあるからね。そりゃわかるよ。ちなみにサーチをしているってことは目が青いってことです。一応カラコンしてるけど。

 

しかし、万が一つけてなかったとしても治崎の前では仮面外してないから舞と譲葉の見分けが治崎にはつかないし、ナガンは僕のことを話す前にドカンだろうから。僕はこのままトンズラって寸法さ。賢くね?

 

「しくじるなよ?」

「…………わかってる」

「本当?」

 

もう一度彼女のことを見る。その瞳の奥の怯えに僕が気づかないと思っているのだろうか。僕は怯えた顔も大好きなんだが〜? そんな顔僕の前でしたらぐちゃぐちゃにしたくなるだろうが。してやろうか? 昨日の夜から僕はクライマックスだぞ。今、最低な下ネタを言いました。テヘ、許してね♡

 

「出久くんを連れてきてくれなきゃ、君の目的も果たせないから」

 

数歩下がって手すりに体を預ける。雨粒のついた手すりは僕の背中を湿らせた。

 

「だから、早く連れてきてね。待ってるから」

 

ゆっくりと背もたれに体を埋めるように体を逸らして、足を離す。すると体はゆっくりとバランスを崩して、屋上から落ちていった。ナガンが見えなくなったあたりで手を叩いて適当な雨粒と入れ替わる。これでナガンからすれば落ちた相手が急に消えたように見えるだろう。カッコよくない?(小並感)

 

「……さて、クライマックスまで後すこーし」

 

時間はない。ネタバラシまでもう間も無くだ。

 

「たまらないなぁ……」

 

雨は止まない。

 

雨は止まない。

 

雨は止まない。

 

「興奮しちゃうぜ♡」

 

雨は止まない。この涎も涙も、全部流して。染み入るように、下へ、堕ちる。

 

クライマックスまで、あと少し。

 

雨は病まずとも、雲は空を覆って。

 

世界は暗雲に包まれている。

 

きっと、僕のために。

 





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