個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア!   作:波間こうど

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曇らせ……? 知らない子ですね。

あ、今日長くてごめんね。


★嘘じゃない。

 

【爆豪side】

 

絶望という言葉の形を示すのなら、これが最適だと思えるほどの理不尽が目の前にあった。

 

「…………なンだよ、これ」

 

戦いが始まって、まだ数時間も経っていない。緑谷が来るまでまだ時間がかかることは目に見えている。

 

それでも、今目の前に広がる光景は絶望でしかなかった。絶望という言葉以外での形容ではむしろ生温い、絶望という言葉以上での形容の仕方を、爆豪は知らなかった。

 

「なんだって。現実だよ。爆豪勝己」

 

死柄木はそう言ってまた大きく手を振るう。その大きな手が地面を抉り、瓦礫と一緒にベストジーニストの体を転がした。その笑顔はどこまでも深く、目の前の事実の証明にしかならない。

 

「ハハ。いや、悪いな? 正直譲葉がいないヒーローメンツなんてどうとでもなると思ってたんだ。強いて言うなら緑谷が懸念だったが……その緑谷がいないなら、お前たちなんて蝿も同然だ」

「…………ッ」

「蝿が飛んでたら潰すだろ? まぁ、素手でいくのは正直気が進まなかったが……でも便所蝿よりかは綺麗だろ? 崇高な心ってのを持ってるもんな?」

「な……ンなんだよお前!」

 

グッと喉元まで押しあがってきた恐怖を飲み干して、睨みつけるようにして爆豪は吠えた。目の前にいる死の具現化はその腕を大きく振り回すだけで建物を破壊し、俊敏性を捨てた代わりに大きく展開した指や爪を再度伸ばしたりすることでヒーロー側の攻撃に対応し、ものの数分でヒーローたちを死屍累々のこの現状にまで持ち込んだ。天喰は気を失っている。波動は虫の息で、エッジショットやベストジーニストは地面に転がっていた。

 

破壊者。勝ち目なんてない化け物が相手だ。

 

わかっていたつもりだ。世界だって滅ぼせる化け物だと。

 

それでも、ここにいるのはビルボードランキングトップに入るヒーローたちだぞ。それを、こんな片手間に。

 

「俺が何か?」

 

死柄木は少しだけ考えるように首を傾げてからピッタリの言葉を思いついたというようにあぁ、と手を打った。大きな腕が揺れて風が靡く。

 

「ヴィランだよ」

 

灰色の世界で、白を基調とした長髪を垂らして彼は進む。

 

爆豪はその姿に、昔プレイしたゲームの魔王を重ねた。

 

初見で、どうしようもなくて、手も足も出なかったあの日のことを思い出してしまう。武器を変えて、レベルを上げても勝てなかったあのラスボス。

 

「そんなことも知らないのか?」

 

それが今、目の前にいる。

 

吐きそうになる胸を押さえて爆豪はそれでも前に一歩足を踏み出した。負けていないと胸を張る。強気に無理矢理笑って、笑みを見せる。

 

彼の中で、ヒーローとは笑っているのだ。

 

『もう大丈夫! 何故かって!? 私が来た!!』

『ハハ! 楽しんでいこーぜ! みんな!』

 

だから、笑うのだ。どんな状況でも、笑うのがヒーローなのだから。

 

「ハッ! でもまだ俺が残ってるッ……まだ俺は戦える……!」

「あ? はは、気づいてないのか?」

 

たとえそれが絶望の最中だとしても。

 

 

「お前はここまで生かしておいたんだ。お前は甚振ってから殺すって決めてるからな」

 

 

敵は、彼を狙っているのだとしても。

 

彼は笑うのだ。

 

「雄英体育祭の決勝戦、覚えてるか?」

 

忘れるわけがない。自分が明確に敗北したのにも関わらず、雄英体育祭1位という憧れに指をかけた日のことを。

 

彼が忘れるわけがない。

 

あの日のことを忘れたことなんてない。あれほどまでに苦しい勝利(はいぼく)を彼は人生で他に感じたことがなかったから。

 

「あれと同じだろ? 手加減されてるのはさ。違うのはここがお遊びの体育祭の舞台じゃなくて、お前の目の前にいるのが譲葉じゃなくて……俺がお前のことを殺すつもりだってことだけさ」

 

……爆豪勝己は思い出した。自分の未熟さを。

 

敵に情けをかけられることの惨めさを。

 

「お前を殺せば緑谷出久はどんな顔をするかなァ、爆豪勝己」

 

自分はとてつもなくか弱い存在であったのだということを。

 

自分は被捕食者なのだということを──。

 

 

  × × ×

 

 

【弔side】

 

無双ゲーは好きだった。爽快感があるし、敵が全員俺の前にひれ伏す感覚はたまらない。頭を使わずにできるから適当にコマンドを打つだけで敵が薙ぎ倒されていく、そういう意味で、無双ゲーは楽しかった。実際にしてみるとそこまでの感慨が湧かないとは思わなかったが。

 

目の前で震える爆豪を殺さないように慎重に慎重を重ねても相手を蹂躙するのは簡単だった。心を折るには十分過ぎるほどの戦力差、彼我の差を教えてやるには、あまりにも実力に差がありすぎた。

 

これが譲葉と同じトップヒーロー? 聞いて呆れるぜ。個性を使わないあいつの方が強いんじゃないか? ……いや、それは流石にないか。でもトガやスピナーの方が幾分かマシだな。

 

「……さっさと殺すか」

 

周りで虫の息になっているヒーローたちを見下して溢れたのはそんな言葉だった。戦うにも値しないような、児戯にも等しい相手。譲葉と比べるべくもない、雑魚ども。

 

爆豪を殺さないように手抜きをしても、こいつらなんて相手にもならないのだ。譲葉以外が俺に勝てることなんてあり得ない。……あとは緑谷が可能性としてはあり得るくらいか? それもほとんどあり得ないだろう。彼は俺に勝てるほどの将来(ヴィジョン)がない。譲葉を追いかけ続けているから。

 

「何度でも言うがワン・フォー・オールがいなければ、お前たちなんて恐るるに足りない」

「……化け物めッ……」

 

化け物。化け物か。

 

それはいい。俺がアイツに並べたような気がするからな。

 

「いいことを言うじゃないか。そうさ、俺は化け物だ。魔王だ。お前たちの敵だ」

 

目の前のヒーローたちを踏み潰す邪悪だ。血反吐を吐かせる魔物だ。それが、俺だ。ヴィランを統べる者、悪の象徴、魔王。それが俺だ。

 

アイツらと共に世界を統べる魔王が俺なのだ。

 

魔王と成った……

 

【それは僕だろう】

「!?」

 

身体の内側で声がした。その声はどんどんと大きくなっていく。心を掌握されるような不快感。身体の支配権がなくなっていく、身体の左側が動かなくなっていく。左側を瘴気が纏い、自由に制御できなくなる。こんな個性持ってたか? 全部の個性を知ってるわけじゃないが、というか覚えきれてはいないが、ある程度は譲葉に『サーチ』してもらってるんだけどな。こんな個性は覚えがない。

 

……まぁ、言うまでもなくアイツのご登場だろうが。

 

【おかしいなぁ。この時点で君の自我なんて消えている予定だったんだけどなぁ。調整を間違えたのかな?】

「なんだ。随分とお寝坊だったから消えたのかと思ったぜ先生」

【ハハハ、君も言うようになったね。譲葉の悪知恵かい?】

「そう思われてるのは嬉しいね。で、今さら出てきてなんの真似だ?」

 

口が勝手に動く。おいおい。なんだこれは。体が乗っ取られそうじゃないか。精神が強くなかったら乗っ取られるとかそういうのか? 漫画のラスボス染みてくるな。元からそういうタイプのバケモノではあるけど。

 

先生。オール・フォー・ワン。俺の苗字、死柄木を名乗って世界をあと少しで支配しかけた文字通りヴィランの親玉。この世界を支配しようと動いていた悪の総帥。

 

それが俺の体を乗っ取ろうとしているこのバケモノの正体だ。

 

【もうこの体は君のものじゃない。僕がいただくよ】

「会話が成り立ってねぇなぁ。今更何しに出てきた? って聞いてんだけど」

【君の体を奪うために来たんだってことがわからないのかな?】

「なら最初からそう言えよ。前置きが長いんだよ。ボケたか?」

 

何世紀も生きてたら頭もおかしくなる。譲葉曰く「人間の脳みそは140年分しか記憶できないらしいぜ? もしそうなら先生なんてほとんど植物みたいなもんでしょ。どこからどこまでを正しくしっかりと認識してるのかなんて、わかったもんじゃないぜ」とのことだから、何世代にも渡るワン・フォー・オール……所有者が半ばで死んだとしても数百年単位で生きているこの男の脳みそがバグってるのは当然の帰結だ。まぁ、違ったとしても別に困りはしないが。

 

こいつがキチガイでもそうじゃなくてもどうだっていいんだけど、それでももう少し会話してくれねぇかな。老人ホームのジジババの方がまだ会話になるぜ。

 

【悪い子だなぁ。弔はいつから反抗期になったんだい?】

「そんなこと言われてもなぁ。二十歳でなら遅い方だろ。今まで割と大人しくして来たと思うぜ?」

【譲葉が悪影響だったかな? ……あの子は本当に僕の手にも負えない問題児だ】

「俺は優等生だったってか?」

 

売り言葉に買い言葉、交わされていく言葉は熱を持たずにお互いの心に確信を与えることもなく過ぎていく。ヒーローたちが様子のおかしい俺を様子見するように距離を取るのが視界の端に見えた。ここで襲われても反撃はできるが隙もできるだろうから今はありがたいね。

 

おっと、もうフラフラで体勢を立て直すので精一杯か? そりゃ悪かった。そこまで脆いとは思わなくて。

 

【そうだよ? 僕の望むように育ってくれた。君の個性も、生まれも、その全てが僕の掌の上だ。ここまで御しやすかった子もいない……君が抱えているその悪意そのものが! 僕の植えつけた物だ!】

「は?」

【君の生まれも育ちも! 全てオールマイトの心を折るため! 志村の家に手を出したのも、個性も全て僕の策略だ! 君は策略の下生まれた子なんだよ! 僕の育て上げた優等生さ!】

 

言うならば、俺は生まれるその瞬間から先生に仕組まれていた存在なのだという。彼の言ってることが正しければ、俺はどこまでも彼のために作られた人形、傀儡、道化なのだ。生まれたその瞬間からここで死ぬことが、最後はこいつの養分になることが確定してた哀れな存在。

 

間抜けで、今までの全てが操られた結果の、真面目な存在。

 

それが俺。オールマイトの心を折るために、あいつの前任の『ワン・フォー・オール』所持者の息子……俺の父を唆して生まれさせたのが俺なのだ。なんて滑稽な話だ。個性も『崩壊』すら俺のものじゃなかったんだ。

 

言葉が出ない。なんだそれは。

 

そんなこと……

 

「知ってたわ」

【…………なに?】

 

こいつはもしかしてあれなのだろうか馬鹿なのだろうか。こんなにも頭が回らなかったか?

 

「そんなの譲葉が全部教えてくれてるよ。……そういうこともあるかもってくらいだけどな」

【そんなわけがないだろう。弔、嘘はいけないよ】

「嘘だと思うか? 死柄木全」

【!?】

 

人の手柄を大っぴらに見せびらかすのは恥ずかしい行為なんだけどな。でも、譲葉がくれた情報だし、俺とあいつはもう一心同体。運命共同体だから別に構わないだろう。

 

あんたのことを貶めていいだけの理由はもう語られたしな。

 

「あんたの本名だろう? ちゃんと譲葉が調べてくれたぜ。紙の情報がほとんど残ってないから苦労したって言ってたがな」

【……この世から情報は一つ残らず消したはずだ】

「傲慢だな。この世界の全てでも掌握した気になってたか? 無理だったから俺が生まれたんだろ?」

 

どこに情報が載っていたとかは教えてくれなかったが、まぁ、あいつのことだ。非合法な方法で手に入れたデータだろうし、確認は取れてるだろうから問題はない。しっかり動揺してくれている辺りあいつの調査は間違っていないだろう。

 

というか、そもそもたった一人の独裁者がまとめ上げられるのはせいぜい国までだ。誰も人を信じられない。そんな可哀想な存在だからこそ、お前は全ては一人のために(オール・フォー・ワン)なんて名前にしたんだろうが、そんな惨めな存在が必死になって世界を牛耳ろうとしているのがお笑い種だ。

 

 

誰ももうお前の作る世界に興味なんてねぇよ。

 

 

俺たちの作りたい世界はお前の考えてる世界の先にある。

 

【弔。君は譲葉に騙されているんだ】

「おいおい。とうとう事実ですらないこと言うなよ。馬鹿がバレるぜ? 焦ってんのか? 焦ってるよな? 伝わってくるよ」

 

泣き落としも効かない。コイツのしてきそうなことは譲葉がもう全てレクチャーしてきた。というかいくつかの言葉に関してはほとんど完璧に当たってんだけど。あいつなに? 模範解答?

 

【嘘だ……君はこの事実を知らないはずだ、もし知っていたなら個性を植え付けるなんてことに同意するとは思えない】

「最初にドクターには言ったけどな。貰えるものは貰っとくってよ」

 

貰えるものは貰ってるだけだ。何もかも。

 

この世界も、個性も。

 

アンタがくれたこの体も、心も。友も。

 

全て、貰って取捨選択しているだけさ。

 

「あんたには感謝してるよ。その上で、あんたへの感謝をあいつへの感謝が上回っただけさ。じゃあな先生」

【馬鹿な……君の心はそこまで強くない! そうなるように今まで躾けてきた! 君はただ我儘で自分の思うようにならなければ癇癪を起こすだけの子どものはずだ……!】

 

そうだった。そんなガキだったんだよ俺は。でも、そんなガキのままいちゃいけないってのがわかったから。

 

俺はアイツの隣に立てる男でいたいんだ。

 

常に強くて優しくて、目的のためには手段を選ばず、感謝は必ず述べる。頑張ったやつには労いの言葉をかけるような、そんなヴィランに……あ、なら先生にも感謝と労いをしてやらないと。

 

「あぁ、そうだ先生」

 

こういうときにアイツが言いそうな言葉はわかってる。鼻で嗤ってやりながら告げてやればいい。相手が嫌がる顔を想像して、その努力を踏み躙るみたいに。労いの言葉をかけるのだ。

 

 

「悪の帝王(笑)長年お疲れ」

【死柄木弔ァァァァァァァァァァァァ!!】

 

 

思いっきり口を噛み締める。先生が消えて、最後にはどこから聞こえていたのかもわからない残響だけが残った。遠吠えだな。負け犬のよ。

 

「お前も死柄木だろ馬鹿が」

 

身体中の筋肉と血管の中を総動員させて未だに先生が残っていないのかを確認する。が、差し当たって問題となりそうな奴はいないな。これなら問題ない。個性に人格を統合してるみたいだから個性を使ってるうちに邪魔をしてくる可能性はあるが……まぁ、そうなったらまた噛み潰してやればいい。その程度の些事に意識を向けて大局を見失うのは馬鹿がすることだからな。

 

常に冷静で、周りを見渡す瞳を俺はアイツから教わったんだから。

 

「待たせたな。ヒーロー」

「お前……AFOは……」

「ん? あぁ、今殺したよ」

 

サラッと告げられた言葉に驚いたのかヒーロー共が慄く姿が見える。おいおい、そんなにビビってくれるなよ。

 

「さァ、これで邪魔者も消えたことだ。楽しく殺し合いと行こうぜ? 楽しまなきゃ損だ」

 

個性は……まだ使えない。とりあえずはイレイザーか、横にいるガキか……どっちかを潰さない限りにおいては、俺の個性は解放されないと見ていいだろう。それなら……

 

「差し当たってお前らのうちの誰かが死ねば見たくない現実に目を瞑りたくなるかァ……?」

「……ッ」

「どうしたヒーロー。ラスボスがここにいるんだ。さっさとかかってこいよ。魔王に立ち向かう勇者パーティーだろ? お前らは……」

 

肝心の勇者(みどりや)がいないことはわかっている。ただ、アイツに絶望の顔をさせるのも一興だ。爆豪さえ殺せばあとは死んでようが生きてようがさして気にするつもりもなかったんだがな。

 

全員殺せば、アイツも流石にキレるだろ? 泣くだろ? ぐちゃぐちゃになるだろ?

 

それが正当な罰だ。むしろ、アイツが譲葉にしたことを思えば、この程度、罰にすらならない。

 

「昔は……譲葉に負けたくせして体育祭優勝を果たしたお前にムカついた」

「あ゛ァ?」

「次は譲葉のことを馬鹿にし続けるお前に腹が立った」

「なんの話なんだよテメェ……!」

 

思い出すだに懐かしい。テレビを壊そうとして黒霧に怒られたんだっけ。……それも作戦のためとはいえ俺があいつの足を奪ったからなんだが。それもこれも全て過去の話だ。

 

「でも今はその全てがどうでもいい」

「だからなんの話……」

「ただ、」

 

なんで今からお前が死ぬのか、それぐらいは教えてやらないと可哀想だ。だから教えてやる。お前に、なんでお前が今から死ぬのかということを教えてやるよ。今まで殺意だけ向けてて悪かったな?

 

「お前が死んだら緑谷が苦しむから殺すよ。な? 爆豪」

 

それはただの宣言だ。効力も意味も持つわけではない。ただ、宣言よりは宣告に近いかもしれない。お前のことを必ず殺すという意思表示だ。

 

「第二ラウンド、だろ? ヒーロー!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

腕を大きく振るう。薙ぎ倒されていく校舎やヒーローたちを見ながら獰猛な獣みたいに舌なめずりしているさまが窓ガラスに反射して、俺は笑った。

 

 

  × × ×

 

 

【相澤side】

 

ここまで圧倒的なのか。

 

個性は封じた。今目の前にいるのは敵の親玉ではあるが、個性の封じられたただの人間のはずなのだ。

 

なのに、こんな理不尽なことがあるか。幾つも個性をその身に内包した結果として、その個性に見合うように進化する体を得たなんて、そんなことが認められてたまるか。

 

「……ッ! ダイナマ!」

「わーっとるわ! お前こそちゃんと避けろ! 死ぬぞッ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

それは肉塊であり、夥しい質量の暴力だ。それだけでベストジーニストやエッジショット、ミルコと天喰、波動に爆豪。その全てを悉く身体能力だけで打破していく姿は歩くだけで戦艦をひっくり返す怪獣映画のワンシーンのように見える。

 

まだヒーローたちは回避に徹することができている。先に一度壊滅的な状況にまで追い込まれたが、死柄木がオール・フォー・ワンを打ち倒す中で全員の態勢を立て直した。だが、それでも蓄積していたダメージは消えない。

 

「腕を振るうだけでこの暴風を巻き起こすなんて……そんなの……」

 

物間が横で弱音を溢すが、それを止めてやることができない。ヒーロー活動もろくにしていない高校二年生の少年に、あまりにも酷な現実だ。

 

この世界にはここまで絶対的で圧倒的な壁があるのだということは、ヒーロー(おとな)ならわかるものなのに。

 

子どもに見せるのにはあまりにも現実離れして、教育に良くない光景だ。世界が滅ぶ瞬間、それを腕一つで簡単に行える化け物がこの世界にいるということを、見せつけるのは、あまりにも……

 

 

「随分と好き勝手してるみたいだねッ」

 

 

誰もが絶望した中で、彼は現れた。マントを翻して、地面から、まるですり抜けるみたいに。

 

「可愛い後輩が頑張っているからね! 俺たちも負けてられないな!」

 

彼は、絶望を嘲笑うように笑って飛び出した。死柄木の攻撃の全てが彼の体を“透過”する。

 

「あ? 3秒で描けるキャラデザみたいな奴だな?」

「特徴的だとよく言われるよ! 覚えてもらいやすいのはヒーローとして得なことなんだぜ?」

 

爆豪の体を掴み、肥大化した肉塊の輪の中を通り抜けながら安全な場所へと彼のことを運搬していく。安全圏にまで辿り着いてから彼のことを放り投げるようにして距離を取った男は次いで一気に死柄木に肉薄した。

 

「俺はルミリオン。お前を倒すヒーローの一人さ」

「あぁ、自己紹介? 悪いけどいらねぇよ。どうせ覚えてられない」

「それは寂しいな! 一生覚えててくれよ! 牢屋でさ!」

 

通形がぐんぐんと死柄木に肉薄する。彼の個性である“透過”は体がすべてを透過していく個性。死柄木との相性はいい。今の、視界すら覆い尽くすほどの肉塊で暴れる死柄木には特に。

 

拳の射程圏内にまで近づいた通形は全ての肉塊から体を離して透過を解除した。その間わずか2秒。個性の熟練度に関してはエッジショットと同格だと言えるほどの神技だ。

 

「ほうらがら空きだよ!」

「……ッ」

「パワー!!」

 

通形の拳が死柄木の鳩尾を三度叩いた。成人男性でも悶絶する攻撃を喰らって、

 

「芸人か? 確かにそっちのが向いてるな。転職した方がいいぜ」

「硬すぎる……! セメントス先生か……!?」

 

なお、死柄木は無傷であった。悶絶するどころか蚊が止まったのか? とでも言わんばかりの顔をして通形を見下す。その目に痛みや苦しみなんてものはない。腹をボリボリと掻いてから不思議そうな顔で相手を見下す。

 

「はぁ、つまらない……くだらない……お前は俺に何もできない。興味が失せたよ。ヒーロー」

「……ッ、何故壊す! 何が不満だ!」

「…………この世界が間違っているからさ。俺が一度全てを更地に変えて、リセットする」

 

死柄木の目にはなんの感慨も浮かんでいない。

 

だが、それの瞳に射抜かれてもまだ通形は口を回し続けた。大事なのは時間稼ぎだ。相手を煽ってでも意識を通形に向けさせて被害を最小限にすること、緑谷が来るまで持ち堪えること、それが通形の狙いであることを俺たちは知っている。

 

「友達がいなかったんだな」

「は?」

「いるならわかったはずだ」

 

波動の個性を右腕に纏って再度死柄木に接近した通形が煽り続ける。本命の右拳を死柄木はさほど警戒していない。一度目の拳で薄皮一枚切れなかったからこそ、通形を警戒していないのだ。だから、人体の弱点となる場所を狙い放題だった。通形の拳が唸る。

 

「壊しちゃいけないものがあるって!!」

 

その拳は確かに死柄木の右頬を穿った。力の奔流が死柄木の顔を掻き回して消えていく。爆散する波動は、確かに死柄木の体に届いたはずだった。

 

「……それ正論? 俺正論嫌いなんだよね」

「嘘だろ……」

 

土埃は晴れていた。だから、見えていた。確かに顔を穿った。波動の個性を纏った通形のその拳が確かに、確かに死柄木の顔に直撃したはずだ。

 

「……無傷、だと?」

「見てわかんねぇのか? つーか、俺には大事な親友がいるんだわ。友達云々って余計なお世話だよヒーロー」

「……それが、ヒーローの仕事なんだよねッ」

 

義足を壊されたミルコを回収するようにして距離を取った通形の顔にも焦りが浮かんできていた。強気な態度を取っていても今何も死柄木に対して決定打がないことを焦っているのだろう。それもそのはずだ。オールマイトでも怪我をする攻撃だった。ダメージがあるはずの攻撃だった。それは見ていてもわかる。そのはずなのに無傷?

 

攻撃力はオールマイト並みで耐久力はオールマイト以上。

 

「……ふざけてるだろ」

 

つい弱音が漏れてしまう。生徒の前で、助けるべき人々が見ている動画の先で、こんな言葉を口にするのは合理的なことではない。そんなことはわかっている。

 

わかっていても、比べてしまう。

 

現状の戦力と、目の前の巨悪との如何とも埋め難い彼岸の差を。実力の差を。

 

「ハハ! なんだどうした!? 手加減なんてすんなよ! 俺はそこまで弱く見えるか!? なんだよ! 人間にでも見えてんのか!?」

「……ッ!」

「残念だよ爆豪!! お前じゃあ!! 緑谷(ワン・フォー・オール)にも! 譲葉にも!! 届きやしない!!」

 

そんなありふれた言葉で彼の存在は括られる。目の前で起きている出来事はどこまでも、どこまでも、その言葉に凝縮されているのだ。

 

爆豪勝己は、強い生徒だ。将来はビルボードチャートに必ず名前を連ねるだろう。センスだけならA組の、いや、ヒーロー科どころかこの日本を探しても5本の指に入る。そんな天才だと思う。ヒーロー、イレイザーヘッドとしても、担任の相澤消太としても、彼のことを太鼓判を押すことができる。粗野な部分こそあるが、間違いなく、ヒーローの素質のある生徒だと。

 

しかし、彼はまだ若かったのだ。

 

「何を勘違いしたのか知らねぇけどなァ! お前は勘違いしてるぜ! 爆豪勝己!!」

 

死柄木の拳を、乱打を避けながら、爆豪の顔が歪むのが見える。

 

「お前は!! 弱い!!!!」

「クッ……ソがァァァァァァ!!」

 

爆豪が両手を交差させる。彼にとっての必殺技。全てを薙ぎ倒すハウザー……

 

「ほら、こんなにも脆い」

 

全てを薙ぎ払うその強力無比な、ヒーローたちが受けたとしても、誰がその技の餌食になったとしても、必ずダメージを負うようなそんな彼の必殺技は、その攻撃の手前で止められてしまった。振り下ろすことすらできない。握り潰すように爆豪の腕を掴み、死柄木は邪悪に笑みを深める。腕を引きちぎれるほど握りつぶし、血が吹き出た。苦悶の表情に爆豪が呻くのが閉じられない瞳によく映る。

 

絶望的な実力差。爆豪が悪いのではない。爆豪が弱いのではない。死柄木弔が強すぎるのだ。

 

「……わかってんだよ」

「あ?」

 

普通ならこれで爆豪の心を折れたのだろう。

 

彼が絶望したのだろう。

 

「俺が弱いなんてことは!! わかってんだよ!!」

「開き直りか? みっともねぇな」

 

しかし、彼はもうそんなところは、

 

「俺は弱い! 出久にも、譲葉にも追いついてない! そんな雑魚だ! でも!!」

 

通過しているのだ。

 

 

「お前を止められるンだわ!!」

 

 

掌だけでなく、身体中から拡散性の煌めきを放って、彼は死柄木の腕から脱した。全身から立ち上がる輝きは触れるだけで死柄木の肉塊と化した腕を弾き飛ばし、通形の拳を受けてもダメージにならなかった彼の体に傷をつける。

 

「クラスター!!」

 

誰よりも勝利に貪欲で、誰よりも輝く彼は、誰よりも弱い少年だったのかもしれない。

 

それは精神的な意味で、である。肉体的な、戦闘的なセンスは最早言うまでもないことだろう。しかし、心が弱かった。それを覆い隠すために多くの人に食ってかかり、常に大きく見せるために吠え続けた。それはチワワが散歩中に自分よりも大きな犬に吠えるようなものだ。

 

彼は、未熟で弱い少年だったのかもしれない。

 

だが。そんなものは、A組で、みんなで、もう乗り越えたのだ。

 

「ハウザー・インパクトォォォォォォ!!」

 

雄英丸ごと震撼するような、それほどの爆発がして、死柄木の体へ、爆豪の本気の必殺技が今度こそ炸裂した。それは圧倒的な輝きと爆音を残し、浮いている対死柄木専用の檻と化した雄英高校を丸ごと震えさせ、半径5キロに渡ってガラスの類が割れるほどの衝撃。雲が割れて、直接的なダメージを負っていないはずなのにも関わらず檻の要となっている電磁バリアを張るための柱にヒビが入るほどの、それほどまでに隔絶した爆発だ。

 

誰もが勝利を確信した。「やったか!?」なんて言葉は出てこない。疑問にすら思わない。約束された勝利である。

 

「……おいおい……アイツほんとに一年なんだよな? なんだあの技」

「ミルコの言いたいことはわかる。先輩、あいつはインターンのときからあぁだったんですか?」

「……インターンの頃は、もっと手のつけられない暴れん坊ジーンズだったが……ふっ、ここまで成長したか」

 

トップヒーローが認めるほどの一撃。誰もが勝利を確信した。そんな一撃だった。全盛期のオールマイトのスマッシュと同等か、それ以上の攻撃だった。直撃したのならどんなヴィランだろうと死ぬと思えるような攻撃だ。誰もあれを受けて立っていられるわけがない。そう、思っていた。

 

そう思っていたのだ。確信していたのだ。

 

「まだだ!!」

「物間……?」

「抹消が……切れない……!」

 

物間の言葉にヒーローたちが振り返った。土煙の中に、人影があることに気づいたからだ。

 

それが一つであれば爆豪がスタンディングしていると思えた。勝利のスタンディングだ。オールマイトに憧れた人間なら誰もが一度は空想する勝利を宣言するためのポーズ。そうだと思えた。

 

しかし違う。爆豪の右腕を掴んで無理矢理宙に浮くように持ち上げられているのだ。誰に? 

 

それは、二つ目の影によって。

 

「……思ってたよりも効いたよ。爆豪勝己」

「……ッあ、ぁぁ……」

「ただ、考えてもみろよ。他のヴィランやヒーローならともかく、全盛期のオールマイトがこの程度でやられるか? 譲葉がこの程度で諦めるか? 考えてみろよ」

 

そこに、死柄木弔(ぜつぼう)は立っていた。2本の足で堂々と立っていたのだ。爆豪の攻撃が効きはしたのだろう、皮が剥がれ、血が流れ、顔の左側は流血によって先ほどまでのニヒルな顔は見る影もない。しかして、万全とは言い難くとも、確かにそこに立っていたのだ。

 

爆豪の顔に絶望の色が浮かぶ。怯えすら含み青くなった顔、痙攣したように口端がひくつく。

 

文字通りの絶望に当てられて、彼は震えていた。

 

「詰めが甘いな! がっかりだぜ! ヒーロー共!!」

 

ぐんッ! と死柄木の腕がしなった。その腕が円を成すようにして瓦礫の山を撫でるように壊して振るわれる。持ち上げられていた爆豪の体が瓦礫に打ち付けられて跳ね上がった。地面に転がり、吐血する。

 

「いいのか!? こんなガキを前線に出してさァ!! もう死にそうだぜ!?」

「……!! お前たち! 今すぐに爆豪を守れ!!」

 

ベストジーニストが糸を伸ばす。爆豪の体はダメージによるものか、ハウザーインパクトの疲労によるものか、動かすことができないようでぼうっと突っ立っている。無理矢理立ち上がったところで限界が来たのだろう。なんとか動こうと足を震わせているが、足は動かない。

 

当然だ。爆豪は今気力だけで立っているだけに過ぎない。ここにだって本当ならいないはずだった。ほとんど休みなしで緑谷が捕縛していなかったダツゴクのおよそ八割を捕獲した彼は、たった1日の休息だけでここまで駆り出されたのだ。リカバリーガールによる治療も受けているからほとんど体力など残っていないだろう。

 

それでも彼はここに来た。ここまで来ることを懇願した。戦力になるために、約束を果たすために、自らの目的のために、そして何よりも、もう、失わないために。

 

彼は失わないためにここに立っていたのだ。

 

(ほつれ)だぜ!? ベストジーニスト!!」

 

彼を回避させる糸が間に合わない。

 

彼を助けるための腕は届かない。

 

死柄木の指は、もはや槍のように鋭利に尖っていて、その動きが

 

やけに、スローに、見、

 

「ッッッッッッ!!」

 

誰も、爆豪を救けることはできなかった。届かなかったヒーローたちの手が空を切る。死柄木の指が爆豪を貫いて──。

 

腕を大きく振って、貫かれた爆豪を大きく振り回し、外へ弾き出す。地面へと落ちた爆豪が数度だけ跳ねて血塗れの顔を見せた。

 

虚ろな瞳には何も映さず。その顔には、色が失せている。

 

刹那、音が死んだ。

 

誰も何も発さない。なんの音も響かない。雑音すらも消え失せた世界で、

 

「イレイザーヘッド! そこの金髪の少年!!」

 

爽やかでとても健やかな声がした。いつの間にか腕の成長を元に戻した死柄木の左腕が自らの煩わしい前髪をかきあげながら、その瞳をこちらに向ける。狂気に満ちた笑顔。発狂を孕んだ瞳。

 

「ありがとう! 個性を消してくれて!」

 

その瞳にはどこまでも絶望的な愉悦が滲んでいる。

 

「これで死体が残る。ご家族に是非お別れを言わせてやってくれ!」

 

声は出なかった。

 

喉から出てくるのは不思議と魚が水中で出すような気泡……それよりも小さなうめきにも似た声。声にもなっていない声。

 

絶望は声の形をしていない。

 

「………………………………………………それは、違うだろ? なぁ、それは違うじゃん…………なぁ、嘘だろ? そんなの嘘だ……………………」

 

かろうじて、声を出せたのは物間だった。パクパクと金魚のように口を開閉させて、なんとか絞り出した声。それがだんだんと大きくなって空気を震わせる。

 

「それはダメだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

横たわる爆豪の胸には大きな穴が空いていた。目は虚だ。顔から血の気は引いている。伽藍堂の顔、血が吹き出している、もうその瞳には何も映らない。声もしない、彼のすぐそばにくしゃくしゃになって血がついたカードが落ちている。

 

 

それは彼が、物言わぬ骸になったことを意味していた。

 

 

爆豪勝己は、大・爆・殺・神ダイナマイトは、今、死んだのだ。

 

 





どうも。曇らせが好きな異常者諸君。波間です。前話で「曇らせ好きなんて異常者だ! 光に焦がれたヒーローたちがかっこいいんだ!」と喚いていたらファンの方に「はいはい」と流されました。ガチでなに?

とうとうこのシーンが来ましたよ。僕的にはすごい声が出るというか、嘘でしょみたいな、マジで? みたいなそういう感じのことを思ったことを覚えてます。こいつのことがすごく好きなわけではないことは以前も書きましたが、その上でこれはやばいだろ。こんなことするんだみたいなことを思った記憶があります。伝説的なシーンですよね……そんな顔するの反則……って思いました。

良いですよね。物間くんの絶叫。最高。

さて、物語も終盤に差し掛かって来ました。これからはギアを上げて物語を書いていければと思います。

んこにゃさんいつもイラストありがとうね。そしてみなさん。感想や評価もとても励みになります。みなさんの⭐︎10や感想、お気に入りがすごくすごく力になりますし、活力になります。たくさんの人に読んでもらえるのって、作家としては最高に嬉しいです。

このままラストまでしっかりと書き切って行きたいので、応援のほどよろしくお願いします。頑張ります!!

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