個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア! 作:波間こうど
【お茶子side】
ゆずくんへと変身したトガからの攻撃にデクくんが膝を折った。苦しそうな顔には彼と決別したあの日のことを思い出していることがわかる。それもそのはずだ、今、トガが放った黒閃は、私たち全員の体に……心にまで深い傷を残した大ダメージを与えた攻撃なのだから。
……ゆずくんの技は、それだけで私たちの心を折るには十分すぎるほどの威力と、トラウマを植え付けている。その黒い稲妻は、私たちの心の奥底でいまだに鈍い痛みとともに蹲っている。
「ゔぅ……」
デクくんが脇腹を押さえながら口元の血を拭った。しかし、弱々しい声とは裏腹にキッと鋭い目つきでトガを睨みつける。
「ゆずくんの個性……!」
「お前が俺のことをゆずくんって呼ぶなよ。虫唾が走る」
オッエ〜、と煽るようにしてトガは吐くような真似をした。とことんまで突き詰めて馬鹿にしていることは言わずともわかっている。トガはデクくんのことを憎んでいるのだから。
プラプラと手を振りながらトガヒミコが近づいてくる。その立ち居振る舞いは1年間見続けた、みんなの前を走り続けるヒーローそのものだ。私たちの共通認識、私たちの光。どこまでも、前で私たちの手を引いてくれるヒーロー。
舞妓譲葉。デクくんと爆豪くんの幼馴染にして、ビルボードチャートNo.8のヒーロー。齢たったの16歳にして四桁以上いるヒーローの頂点にまで立ってしまった男の子。
料理がうまくて、イタズラが好きで、人を揶揄うのが好きな……強くて賢くて、優しい優しい男の子。
デクくんと決別した、A組と決別した、ヴィランに堕ちた男の子だ。
「おいおい。この程度で手を休めるとかぬるいにも程があるだろ。どこでヒーロー科してたんだ?」
トガが手を叩く。転移したのは私とデクくんの位置。脇腹を押さえていたそこに蹴りを突っ込んだその姿が彼に重なる。
黒閃こそ出なかったものの、あの体躯を思わせない重みのある蹴り。格闘技を修めたわけでもない彼の我流の動きは、その動きだけでその強さを理解できる。
個性が使えるようになっても動き自体はトガヒミコのもののはずだ。なのにここまで完璧なトレースを行えるほど、彼女は彼のことを見つめていたのか。
「デクくん! ここはええからはよ行って!!」
私の言葉を聞いてニタリとトガは笑う。狡猾な蝙蝠のように頬を吊り上げるようにして笑って、デクくんの髪の毛を掴んだ。どこまでも邪悪な笑顔でデクくんを見下す。
「頭悪いなァ……逃がさないって言ってんだろ」
「……お前はゆずくんじゃない」
「…………」
「ゆずくんはそんなこと言わない! 偽物だ!」
「じゃあ……」
デクくんの言葉にくしゃりと顔が歪んだ。今にも泣きそうな顔をして、捨てられた子どもみたいな顔で、笑う。くしゃくしゃの顔、瞳に涙が滲む。
「……どれが本当の僕なの?」
「ぁ」
デクくんの体が硬直する。
そんな特大の隙を、彼女が見逃すはずがなく拳は的確にデクくんの顔を貫いた。そのまま二度、三度と跳ねるようにして水面を跳ねる彼を梅雨ちゃんが支える。デクくんの呼吸が浅い。
無理もない。目の前の“彼”のあの顔は、あの場にいた人間全員の脳みそにこびりついて離れない。それほどまでに刺激的であまりにも忘れられないトラウマ。私でもそうなのだから関係値の深いデクくんなら尚更のことだろう。
「馬鹿だなぁ……俺がこんな顔するわけないのに」
デクくんへと歩いて距離を縮めながらトガヒミコは笑う。勝てないとすら思わされる、光の姿をした彼は、コキコキと首を鳴らして悩むように唸った。
「……なんでゆずくんはこんなのに執着したんだろ」
「…………」
「これにそこまでの価値あるかな?」
これ、がデクくんのことだなんてことは分かりきってる。どこまでも、デクくんのことを認めてないセリフを吐きながら、ゆずくんが拘るほどの価値はないと断言しながら彼……彼女は首を傾げた。とことんまで不思議そうに、どこまでも不快感を残した顔で、トガは思案する。
そして、問いかけるように口を開いた。
「なぁ、緑谷。お前考えたことあるか?」
パンッ! と拍手の音がした。私たちにとっては聞き慣れたその音は次の対象に梅雨ちゃんを選んだらしい。入れ替わったトガの足がデクくんの顔を捉える。
「お前に裏切られたせいでゆずくんがどんな思いをしたのか考えたことあんのか!?」
「…………ッ」
ガクンと頭が揺れる。鮮血が飛び散るが、その程度で許してくれるわけもない。足を再度セットして、続け様に足がデクくんのお腹を狙う。
ゆずくんの個性において怖いのはこれだ。
「お前のせいで一人の人間がヴィランに落ちたこと理解してんのか!?」
黒閃。呪いの稲妻。
打撃の威力を2.5乗倍するというその攻撃は、自動車衝突以上の破壊力となって私たちのことを打ち砕く。純粋な怒りと、呪いを混ぜた破壊の攻撃。
黒い稲妻は、怒りに増長させられるように弾けた。デクくんの体が吹き飛んで水面を跳ねる。怒りを抑え切れないというように息を吹きながら、トガは血走った目でデクくんを睨みつけていた。
怒りが、どこまでも深く、深くまで尖り続けた怒りを心の底からの怒りを持ち続けているのだと思う。ゆずくんのことをどこまでも愛しているのだと思う。恋じゃなくて、これは愛だ。私はそう思う。ここまで、人のために怒ることができるのは、仲間想いだとかそういう次元じゃない。
彼女はヴィランで、ゆずくんもヴィランで、私たちはヒーローだけど。
このセリフは、彼女たちが、彼女の思いの方が正しい。
「………………考えたよ」
そんな風に、睨みつけるトガへの返答でもあるように、デクくんが口にしたのは、そんな言葉だった。
トガが持っているのが理不尽への怒りであるならば、デクくんが持っているのは自分への後悔と、彼への謝罪の気持ちそのものであると言えるだろう。彼が、ゆずくんのことを考えなかったわけがない。
「考えたよ。考えなかった日なんて、あの日から1日たりともない。どんな日だって、訓練をしながら、みんなと話しながら、お風呂の間もトイレのときも、寝る前も夢の中でだって僕のしでかした罪の大きさを考えてた」
よろけながら彼が立ち上がる。その瞳には、強く、強く、ヒーローとしての……いや、友達を見捨ててしまった男としての怒りと、苦しみが刻まれている。後悔は、どこまで行っても消えやしない。
あそこまで仲が良かったのだ。ゆずくんは誰とでも仲が良かったけれど、それでも偽っていたとしても、ここまでの一年間、子どもの頃からの関係値を偽りでも続けてきたのだとしたら、それは、偽っていたとしても私たちにだってわかるほどの仲の良さだったということで、それほどまでの親友を、自らの過ちによって失ってしまったデクくんの苦しみは私にはわからない。
毎朝、起きてみんなでご飯を食べるとき、誰も指摘しなかったけど、彼の目は毎朝赤く腫れていた。
それほどまでに、思い悩んでいたのだ。
それを、慰めることができる人間はいなかったから。……慰めることができる人間なんていなかったから、彼はずっと一人で、決別したあの日から今日に至るまで、ずっと一人で考え続けていたのだ。
「忘れられない。忘れるわけない。絶対に罪を償わなくちゃいけない……でもね、やっぱり君はゆずくんじゃないよ」
そう言って、彼は悲しそうに笑った。
最早自嘲気味だと言ってもいいほどに。自分の過去のことを、どこまでも、決断も考えも、甘えも何もかも、全部全部、後悔して、後悔し尽くした少年が口にする考えは酷く自罰的で。
「ゆずくんは、僕に対してもっともっと、危機感知で頭が割れるほどの怒りと憎しみをぶつけてくるから。彼は、もっと僕のことを憎んでる」
デクくんの個性『ワン・フォー・オール』に搭載されている個性のうちの一つ、「危機感知」は、敵意や殺意を刺激として感じ取ることができるらしい。そう言っていたけれど。
ゆずくんの敵意は別格らしい。その怒りと憎しみの視線は、危機感知が過剰に反応して頭が割れるほどの刺激になるのだという。
ここまでの敵意はAFO以上だって、悪寒がするほどの敵意を向けられたことはあった。これまで、ダツゴクや、死柄木、AFO。ありとあらゆるヴィランと戦う中で身の毛も弥立つほどの敵意を向けられてきたことはいくらでもあった、とデクくんは語っていた。
その上で、彼女の敵意は、ゆずくんの敵意にまるで届かないという。であるならば、彼の親友から、デクくんへと向けた怒りや憎しみ、高いというものはどこまで……一体どれほどのものだったのだろうか。それは果たして、どれほどの──。
「……僕の今の役目は死柄木を止めることだ。罰は必ず受ける。そのためにも、日本は法治国家じゃないとダメなんだ。止めなくちゃいけないんだ」
もう、後悔をし尽くした少年の考えなんて決まっていた。どこまでも澄んだ瞳。それは自分のことを罪人であると理解した瞳。その瞳がトガを捉える。トガがその威圧感に押されて一歩後ろに下がった。
覚悟は決まっていた。
決意に漲った瞳に、悲しさと、寂しさを含んで。彼はチラリとこちらに視線を向けた。意図なんて──。
「考えるまでもないよね!」
「ッ!? お茶子ちゃんッ……!」
デクくんにばかり気を取られているトガの背後から蹴りを捩じ込んだ。咄嗟に反応してガードをした彼女は、両手を使う『不義遊戯』を使用することができない。
それはつまり、デクくんに反応ができないということだ。
「
「なッ……」
「知ってる? これはゆずくんに教えてもらったんだけどね」
デクくんの声が聞こえる。トガが彼を転移させるよりも早く腕を押さえつける。トガが私の手を振り払うように足を大きく振り上げたけど、それを梅雨ちゃんが止めてくれた。
コンマを巡るような戦い。
「目に見える水平線までの距離は約5キロメートルなんだよ」
「ッ!」
私たちの腕を振り払って、咄嗟に煙幕を切り払うようにトガが両手を振り払う。しかし、そこにはもうデクくんの姿はない。
鉄砲よりも速く駆けるオールマイトの姿。それを、私たちは知っているから。
全盛期のオールマイトなら4秒から5秒程度で、もしかしたらもっと早く5キロの距離を走破できるだろう。デクくんには『浮遊』もある。間に合わないわけがないのだ。つまり、トガの意識を一瞬でも逸らすことができれば逃げ切ることができるのである。
…………どう考えても人間辞めてない?
「…………はーあ、逃げられちゃったのです」
ため息をつきながらトガは頭を掻いた。ゆずくんの真似はやめたのか、口調にはトガの特徴である敬語が見え隠れしている。あくびをしながら、なんでもないという態度をとった彼女は予想外という態度すら見せずにそう言った。
ちぇっ、とつまらなさそうに言って、私たちはと視線を向ける。
もっと予想外という態度くらいとってもいいと思うのだが、そんな態度は取らない。逃げられても問題はないのだろうか、いや、こちら側で一番強いカードであるデクくんが死柄木の方へと向かったのはヴィラン側からしたら美味しくないはずだ、しかし……?
「……嘘つきね。トガちゃん。貴女、わざと見逃したわね?」
「え?」
梅雨ちゃんの言葉につい振り返ってしまった。その言葉に動揺を隠せない。だって、煙幕でトガにはデクくんのことが見えないはずだ、見えない対象は『不義遊戯』でどうにも……
「あ! 『サーチ』……!」
もし体の全てがゆずくんになっているんだったら彼の体に備わっている個性は『不義遊戯』……『呪力』だけではない。体に植え付けたラグドールの『サーチ』も使えるはずなのだ。
「そう。舞妓ちゃんの体ならそれがあるもの見逃すなんてことまずないわ。私たちが腕や足を押さえていたけれど、それだって一瞬でも領域を使われれば抑えが利かなくなるもの……彼女は本当にデクちゃんのことを止めるつもりなんてなかったのよ」
「梅雨ちゃん賢いです。正解だよ」
なんてことでもないように正解を告げたトガはグッと伸びをした。そんな仕草すらも、寝起きの彼に重なる。まるで寮の階段を降りてきた何気ない平日の朝のようだ。
一挙手一投足が、彼に重なる。どこまで行っても綺麗で、可愛らしくて、優しい彼の姿。ひだまりの中に置いて行かれたような彼の姿に重なって見える。
「でももうそろそろ足止めもいいかなって。この目に残ってるデータからデクくんには酷い絶望を味わう準備が整ったみたいなので」
足止めをやめた理由をサラッと語った彼女はグッと体を伸ばすみたいに捻った。酷い絶望という言葉が引っかかる。しかし、そこを詳しく聞き出そうとする前には彼女は準備を終えていた。
「でも、二人は逃がさないよ」
ドロリと顔の半分がゆずくんから溶けてトガへと変わっていく。その瞳に、先ほどよりも強い憎しみが映っている。
「私が本気で殺してあげる。大好きだった友達をね」
彼女はそう言って続け様にもう一つの血のサンプルを飲み干した。
彼女の体が溶けていく。もう、この戦いは止まらない。
× × ×
米軍のジェット機を伝って雄英にまで戻ってきた。スターアンドストライプがアメリカから来る際に一緒にやって来たという米軍のジェット機たちが、僕に無償で手を貸してくれたのだ。
全盛期のオールマイト級のスピードがあったとしても奥渡島から静岡まではそれなりの距離がある。ジェット機のスピードがあって、無理矢理飛ばしてこなかったら辿り着いた頃には全てが終わってしまっていたただろう。黒鞭を引っ掛ける場所のない海上では、浮遊があるとしても流石にそこまでのスピードは出ない。
辿り着いた雄英は、死柄木が猛威をふるったのか、校舎なんかの姿が消え失せていた。瓦礫の山、土煙、どこまでもダツゴクが作り上げた世界を幻視してしまうような世界。
死柄木たちが勝ったら日本は、世界はこういう姿へと変わってしまう。それは必ず避けないといけない。僕たちは、そのために全力を注がないといけないんだ。
『2秒! 2秒だけ電磁バリアを解除します!』
柱に黒鞭を巻きつけて、マンダレイがテレパスで指示を出すのを聞いた。僕が到着したことに気づいて全員にタイミングを合わせるために連絡してくれたのだ。
今の死柄木から2秒を奪うのは至難の業かもしれないけど、みんなならできるはずなのでグッと堪える。いつでも勢いをつけて突入することができるように見極める。死柄木に一撃を与え、外に飛び出して行かないようにこの檻に閉じ込めたままにしておくのだ。
まだだ、まだ、まだ─────。
「桃が生ってるよ!!!!」
「は? なにしてんの? 尊厳破壊?」
今ッッッッッ!!
死柄木が通形先輩に圧倒されて、警戒が緩んだその一瞬の隙を見極めて電磁バリアが解除された。その一瞬の隙を見て、僕は射出されるようにして飛び出す。
死柄木の体を打ち据えるのはシュートスタイル。右足を顔の側頭部に目掛けて振り下ろした。
「ッ! ハッ! ようやく来たか? ヒーロー」
「待たせたね、死柄木……!」
地面をスライドするように滑り着地する。周りを見渡して今まで死柄木を止めてくれていたヒーローたちを探して周囲を見渡して。
そこで、初めて今の惨状に気づいた。
こんなことになる程、互いに力を振り絞って戦闘をしたのだから当然ではあるのだ、あるのだけど……ここまで酷いとは思っていなかったのだ。
「言い訳はしなくていいのか? 緑谷」
死柄木の声がどこか現実離れした遠くで聞こえてくる。
「トガ辺りの仕業だろ? まぁ、アイツが一番お前に執着してるからな。お前にって言うか、譲葉を裏切った人間にだけどよ」
声にもならない。何故先輩たちは倒れている? 波動先輩も、天喰先輩もなんで血まみれになって倒れているんだ? ミルコの義足のストックはもう切れたのか? どうして……
そこで、僕は倒れ伏した
「………………………………は?」
「ほら、ヒーローは遅れて登場するもんなんだよって言えよ! なぁ! お前は!」
もう、何も考えられない。僕は、遅かったのだ。
「そこで壊れてるお前の幼馴染に!! お待たせ、待った? ってさぁ!!」
息が荒くなる。鼓動が早くなっていく。頭に血が昇るという言葉の意味を理解する。胸が張り裂けてしまいそうなほど張り詰める。怒りが喉元にまで浮き上がって、破裂しそうなほどに脳血管が浮き上がっていくのがわかった。
かっちゃんが死んでいるのがわかる。それは、出血の量? それともベストジーニストの絶望した顔? それとも……
彼の胸に塞ぎようのない大穴が開いてしまっているからだろうか?
「…………………………………………………………………………これはお前がやったのか?」
「だったらなん」
「質問に答えろよ」
自分の声だとは思えないほど、底冷えした声だった。死柄木の返事を最後まで聞かずに、上から被せるようにして言葉を投げかける。言葉を選ぶ余裕もない。吹き出してくる感情が怒りであるということに気づいたのは、これが、味わったことのある感情であったからなのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。何もわからない。
「これはお前がやったのか?」
制御できそうにない怒りが噴き出してくる。溢れてくる。ここまでの怒りが溢れてくるのか。ゆずくんが植物状態になったって聞いた時と同じか、それ以上の怒り。マグマのように噴き出してくるドロドロの敵意と、殺意。
対象は、目の前にいる死柄木弔と。
僕自身だ。
「そうだ。つーか、それ以外あんのか?」
「………………………………………………そうか」
殺ス。
言葉にしなかったのではない、言葉にならなかったのだ。今すぐに目の前のヴィランをぐちゃぐちゃにしてやらなくちゃ気が済まない。殺してやらないと気が済まない。かっちゃんが苦しんだ以上の苦しみを与えて、苦しみに苦しみ抜いた先で殺してやらないと気が済まないのだ。
こいつだけは何がなんでも殺してやる。ゆずくんを奪って、かっちゃんを殺したこいつを、必ずぐちゃぐちゃにして殺してやる。ここまでの怒りに駆られるなんて、どこまでも自分が矮小で、ヒーローに向いていない存在なんだと理解させられる。それでも構わない。そんなの理解した上で、ヒーローを、遂行するのだ。
「お前が今、死柄木でもAFOでもいいよ」
腕が強張る。ワン・フォー・オールの最大出力をまとわせた。稲妻は、いつもよりも強く輝く。
ワン・フォー・オール 100%
「ただ、覚悟しろ。ぶち殺してやる」
グンッッ! と足に力を込めた。地面が割れるのが視界の端に映る。それを無視して足を地面から離すと、目の前には死柄木の顔があった。呆気に取られた顔に拳をねじ込む。
「黒鞭!」
吹き飛んだ死柄木の足に纏わりつくように黒鞭を放ち、体を拘束する。そのまま電磁バリアに向けて死柄木の体を投げ飛ばし、電磁バリアに当たって硬直した死柄木の体に拳をぶち込んだ。二発、三発……連続して同じ場所に与えられたダメージは死柄木の体に蓄積していき、死柄木が血を吐いたのが視界の端に映った。でも、この程度で止めてやらない。足を折るつもりでローキックを上から振り下ろし、死柄木が止まっているうちに拳を何度も、何十発も打ち込む。彼の体が拳の威力に耐えかねて吹き飛んでいかないように黒鞭で固定して、何度も何度も殴り続ける。
ようやく死柄木が動くようになった腕をこちらに振り下ろそうとしているのを見て、側頭部に回し蹴りを蹴り込んだ。黒鞭を離してやると死柄木の体が錐揉み回転のように吹き飛んでいく。何度か水切りの石のように地面を跳ねてから、彼は地面を転がった。
口元の血を拭いながら死柄木は立ち上がった。その目には恐怖も怒りも滲んでいない。
ただ、純粋に楽しそうな顔だ。ここが世界の命運の分かれ目であることを理解した上で、死柄木弔は、この程度のことは児戯であると思っているのだ。戯れ程度のものでしかないと考えているのだ。酷く歪んだ思想。その中に、人々の未来なんて言葉は一欠片も入っちゃいないのだ。
「……ハッ、いいね。他のヒーロー共とは違ってやるじゃねぇか」
「今の僕ならコンマ数秒あれば数十発は殴れる。お前が死ぬまで、僕は殴るのをやめない」
「おいおい、殺す気か? そんなことしていいのか? ヒーローがよ」
「黙れ。イラつくんだよ。殺すぞ」
明確な殺意だけがあった。ゆずくんを怪我させた。だとか、ゆずくんを裏切らせただとか、そういうのの先で、かっちゃんを殺した人間として、ヴィランとして討ち取る。その感情だけが頭を支配する。
言葉が荒くなっていく。ただでさえ勝つことのイメージはかっちゃんで、優しさのイメージがゆずくんだったのに、ゆずくんの荒々しい一面に晒されてしまった僕は、優しさという考えがどこまでいっても欠落していっている。自分への怒りを八つ当たりするように、怒りが表面的に、言葉として表れている自覚がある。わかっている。ヒーローらしくないのだ。
でも、友のことを堕とした僕が今更ヒーローを名乗れるのだろうか。彼は、世間は、それを認めてくれるのだろうか。
だから今の僕は悪役だって構わない。それでもいいから、必ず討ち取ってみせる。
「お前だけは僕がぶっ殺してやるよ。わかったらとっとと構えろやクソ雑魚……」
「落ち着け! デク!!」
僕が2度目の攻勢に出ようとしたときに、下から僕を窘める声がした。下には焦るようにこちらを見つめる通形先輩の顔がある。
怒りを鎮めるために、彼が言葉を繋げ続ける。
「今! エッジショットが爆豪くんの治療にあたっている! ベストジーニストも同時に治療に加わっていてリカバリーガールの応援要請もしてある!!」
その一つひとつの言葉がかっちゃんがまだ助かるかもしれないという希望を育てていくのがわかった。
怒りではなく使命へ、絶望ではなくて希望へと揺れ動いていく感情は、ゆっくりと僕の心を落ち着けていく。息が落ち着いていく。
「まだ爆豪くんが死んだわけじゃない! 君が冷静さを忘れてどうする!!」
「……でも、僕があいつを殺すのは決まってることですよ、だから」
「君は!! ヒーローじゃないのか!!」
通形先輩のその言葉を死柄木が笑った。
「はっ、さっきのセリフ考えてみろよ。そこの殺人衝動持ちがヒーロー名乗るのか?」
「そんなことは知ったこっちゃないさ!!」
通形先輩は、ヒーロー、ルミリオンは叫ぶ。全力で、ワン・フォー・オールを与えられる可能性があったヒーローの卵、No.1に一番近い存在として、言葉を、想いを、意思を繋ぐのだ。
「俺たちは!! 今!! ヒーローに成りに来てるんだから!!」
僕に冷静さを取り戻させたのはその言葉だった。
『僕たちはヒーローになるんだ』
彼の言葉がフラッシュバックする。一方的に彼に破られた約束だ。……元を正せば僕のせいだけど。それでも、僕たちはヒーローを夢見て歩いてきた。
僕はヒーローでなくてはならない。一番のヒーローでなくてはならないのだ。それがオールマイトから個性を受け取った僕の、たった一つの宿命なのだ。義務と言い換えてもいい。僕は、いつだって
「……ありがとうございます。ルミリオン」
息を整える。ヒーローらしくあれ、怒りに囚われるな。僕は、
僕はヒーロー“デク”だ。
「死柄木……お前の中に志村転孤はいるか?」
「なんだ? トンチか? 俺がそうだよ、緑谷出久」
右の拳を引いた体勢に構えながら尋ねる。
志村転孤。
オールマイトの師匠で七代目オール・フォー・ワン継承者の志村奈々の孫。
死柄木弔と同一人物にして、オール・フォーワンに操られる前の、教育という名の洗脳を受ける前の彼がいるのかという問いは、死柄木にとって意味のないものだったのか誤魔化されてしまった。
でもそれでもいい。僕は死柄木を打破し、ゆずくんを連れ帰る。そして然るべき罰を受けるのだ。
そのために、僕は────。
「お前を倒すよ、死柄木」
「一人で悲劇の主人公みたいな顔しやがって。そういうところが癪に障るんだよ緑谷ッ!!」
死柄木を打ち倒すのだ。
僕に向かって飛び出してきた死柄木に向かっていくように、僕は飛び出した。
拳が、交錯する。
皆さんの感想が、⭐︎10なんかの評価やお気に入り登録が力になっております。ありがとう。曇らせなんて〜とか言い続けていたら「お前から曇らせとったら何が残るんや」みたいなこと言われております。曇らせの男、波間です。
んこにゃさんのイラストも最高にかっこよく仕上がっております。皆さん三連休楽しみました? 僕ほとんどバイトしてました。物語で稼げるようになりたいものですね。
今後もこの物語を書いていきます。皆さんも今後ともご贔屓に、たくさん応援してくださると嬉しいです。
映画編を入れるかどうかのアンケートをさせてください!
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入れたのが見たい!
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本編だけ追いかけるのでOK!
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アンケート結果が多い方で!