個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア! 作:波間こうど
最近割と忙しいんですけど頑張ってます!
自らの生徒の死をその目にすることになる教師は少ない。
そもそも、そんなことない方がいいという前提条件に基づくが、人が死ぬ瞬間など、多くの場合、いや、十中八九、いいものではないのだから。それが自分よりも若い人間であるのならば、尚更だった。
相澤消太は、もう折れかけていた。壊れかけていた。崩れかけていたし、終わりかけていた。それがどこまでも真実だというのだから、こんなにも可哀想なこともない。
初めはただ、優秀で合理的な生徒である自らの教え子として見ていた。そのうち、周りの人間を引っ張り上げるような、誰の心にも寄りかかるような、明るい軸のような生徒だと認識するようになって、いつからか、亡くした親友の姿をその小さな体に重ねていた。
似ているところなんてなかった。姿形や声、体格や得意なこと、好きなものや嫌いなものに至るまで、それらが全く重ならないその少年に何故、自分はこうまで重ねてしまったのか。どうして自分はこんなにも重ねてしまったのか。
『消太ー! どこで寝てんだよ!』
『相澤先生何してるんですか……人使が探してましたよ?』
どうして、こんなにも重ねてしまったのだろうか。
『俺らはA組の三馬鹿だからな!』
『おい巻き込むな』
『消太ちゃんってば照れんなよ! そんなに照れたら禿げるぜ!?』
『肩組むな……!』
どうして、
『ねぇ出久くん。相澤先生が僕と出久くんと爆豪合わせて三大問題児だって言うんだけどさ。酷くない?』
『僕が言うのもなんだけど妥当じゃないかな……?』
『絶対僕じゃなくて実だろ』
『あ、そこへの不満なんだ?』
どうして、こんなにも、重なってしまうのだろうかと。舞妓譲葉は白雲朧じゃないということは分かっていたのに。
あまりにもヒーロー然としすぎたその姿が、重なる。重ねて、重ねて、重ねてしまったから。自分のことを投げ捨てでも、人のことを助けようとするそのヒーローとして当たり前で、人間としては合理性から外れてしまったその姿が、あまりにも眩しすぎたから。
舞妓譲葉がヴィラン側だと聞いても納得できなくて。理解したくなくて、把握したくなくて。
目を逸らした。その手を取れなかった。
教師なら、手を取ることだって、きっと出来たはずなのに。
「舞妓……白雲……」
先に繋ぎ止めた友の名を、そして目の前で繋ぎ止められなかった自らが生徒の名前を呼ぶ。それは大きな後悔を孕んで、相澤消太、イレイザーヘッドの声帯を震わせた。
死柄木弔をしてカッコいいヒーローと言わしめた男は、後悔と、懺悔のうちに、その瞼を閉じる。
その失っていない隻眼から、涙が溢れないように。
× × ×
「…………………………………………なんてことだ」
平和の象徴にとって、これほどまでにショッキングな映像はなかった。正確には元、平和の象徴ではあるが。
目の前で人が死んだことなんて数えるほどしかない。いや、それも力を得る前の話だ。この力を手に入れてから、人の死に直面したことなどほとんどなかった。
全てを救ってきたから。一度の災害において、一人で千人もの民間人を救い上げ、日本のヒーローランキング、ビルボードチャートにおいて不動の一位の座をほしいままにしていたヒーローからすれば、こんなにも、こんなにも酷い映像はなかった。
「あぁ…………あぁ、舞妓……少年……」
それは、自らの生徒の名前。
自らの過ちの名前。自らの罪の名前。自らの戒めの名前。
自らの呪いの名前。
全てを救ったオールマイトが、心まで救うことができなかったたった一人の少年。手の届く範囲にいた人間の多くを救ってきたヒーローが、救うことができなかった存在。どうしても、助けられなかった存在。
自分が緑谷出久という存在を見出したことに後悔はない。あの少年が、自らの力である『ワン・フォー・オール』を継いでくれたことはむしろ誇らしい。緑谷出久は、女性経験もなく、彼女というもの自体ができたことのないオールマイトにとって、誤解を恐れずに言うのならばそう、息子のような存在なのだ。
それ故に、いやしかし、だからといえど、それは自らの罪が赦される理由にはならない。
始めて名前を聞いたのは緑谷出久の口からだった。自慢の幼馴染がいるんですと、自分にとっては越えるべき人で、目標で、憧れなんですと語る彼の顔は鮮明に思い出せる。どこまでもがむしゃらに努力することができた彼がそこまで憧れる人物ならさぞ優秀な男なのだろうと思ったことも覚えている。
そうして雄英で出会って、オールマイトにとってその少年がどれほど輝いて見えたか。
ダイヤの原石のような少年だった。あまりにもヒーローとして完成されていた。未熟な部分すらも愛嬌に変えてしまえる、そんなヒーローとしての到達点に、個性が発現したばかりの少年が辿り着いていたのだから心底驚愕した。
この世代は、彼を軸にして強くなっていくのだろうと思えた。この世代は、彼が台風の目になるのだろうと思えた。ずっと、ずっと、ずっと。ヒーローの卵である生徒たちがスタート地点にいる時点で、ゴールに辿り着いている少年は、まさしく緑谷出久の言う通り、逸材であった。
それを、穢したのは。
安寧の日々に罅を入れたのは、自分だったのだ、知らされたのはつい先ほどだった。
『…………僕が、一番絶望したのは、あの桜が咲いている夕焼けの中で、骸骨みたいな貴方が、出久くんにヒーローになれると言った、あの瞬間でしたよ。オールマイト』
あまりにもくしゃくしゃにした顔で、あまりにも後悔したような顔で、舞妓譲葉は、懺悔するように、ただ戒めるようにその言葉を口にした。意図して変えているであろう一人称が“僕”に戻るほどの言葉を、オールマイトが芯を食って受け止められなかったわけがない。
受け止めていた。受け止めていたのだ。
だから、慙愧に堪えなかった。どうしても、救いたいと思った。しかし、もう、伸ばす手すらも彼には届かない。
彼はこの手を取れない。この手すら握り返せない。自らの折れて、壊れて、ほとんど動かなくなった手よりも弱々しく垂れ下がるあの右腕が証拠だった。
「舞妓少年…………ッ!」
声が届くわけがない。届いたとしても、聞こえているわけがない。
そうだ。オールマイトは、今、初めて取りこぼしたのだ。大事な大事な、金の卵を取り落とした。守り切れなかった。
それは傲慢であったからか? それは強欲なことなのか? それとも怠惰であったからか? 原因などいくらでも思いつく、それでも一番は。彼の心の闇に寄り添うことができなかったことこそが、オールマイトの心に影を落とした。
彼の手を取ることができなかった。彼のことを救うことができなかった。ことの初めはあの日、あの路地、あの場所。住宅街の一路地で。
『君はヒーローになれる』
そう、言ってしまったそのせいで。
一輪の守られるべき、救われるべき巨悪は斃れたのだ。
日本中を、どん底にまで貶めて。
そして、オールマイトという世界一と名高いヒーローの心を叩き折って、沈めたのだ。
もう戻ることができないほどの、曇の下へと。
× × ×
その少女にとって、舞妓譲葉は奇跡だった。
おそらくは、もう二度と自分の前に姿を現すことがないであろう神の形であった。
少女にとって、人など、全て人形のような道具に過ぎなかった。いや、その人形を愛してしまうのだからさらにタチが悪いといえば悪いのだけれど、兎にも角にも、彼女にとって、舞妓譲葉は人形ではなくて、ただ自分の全てを肯定してくれる神様のような存在だったのだ。
好きなものになりたい。好きになりたい。好きと自分の境目すら無くしてドロドロに溶けあって一つになりたい……なんて、同一化思想を持っていた彼女にとって、自分の血すらも差し出されたのは、自分のことを肯定して、自分のことを怖がらず、異物だと罵らず、蔑み、貶し、慰みものにする……そのような行為に走らずにただ横にいてくれる人間というのは、あまりにも神様のように感じたのだ。
神様を好きになった。
ある種の信仰染みた、盲目的なまでの愛情を、彼が初めの頃にどう思っていたのかなどは知らない。知る由もないし、知りたいとも思わない。
その同一化したいという願望が、徐々に薄れて、気づけばその背中を支えたいと願ったとき、一人の人間として彼の支えになりたいと思ったときに、あまりにも普通な、普通へと堕してしまったその、柔らかな考えに至ったとき。
神様に恋をした。
ずっと、側にいたいと願った。
叶わない夢だと知っていた。
ずっと、貴方と居たいと祈った。
実らない祈りだと気づいていた。
それでも……それでも、と手を伸ばしたのは。
それでも、どうにかして貴方の手を握りたいのだともがいたのは、がむしゃらに、愛を告げたのは、ただ、いつか、こうなってしまうことを知っていたからなのだ。
この結末を、トガヒミコは知っていた。
「…………」
満足そうに映し出された、画面一杯に映し出されたその笑顔に呆れてため息のような笑みが溢れた。
彼女はテレビをつけながら、廃屋のようになっているものの、少し小綺麗な、ヴィランや浮浪者の寝所にされなかったその小さな一軒家で、テレビを見ながら傷の止血をしていた。もちろん不法侵入ではあるが、そもそも、この家の住人もシェルターに避難しているだろうから誰とも遭遇しない。これまで民家を幾つか漁ってみたが、まともな救急道具があったのがこの家だけだったのだ。
テレビに視線をやる少女はそも、分かってしまっていた。理解してしまっていた。あまりにもわかりきった結末に、あまりにもわかりきった答えに、辿り着いてしまったその、どうしようもない答えに。
つい、溜息をついてしまったのだ。
「万が一すら期待させてくれないんだもん。酷い人だよねー?」
自分のお腹をさすって声をかける。その声が届いていないとしても、別に構わなかった。その骸を映像で眺める。
……テレビ局が放送しているのか、それとも別のルートからハッキングされたこの映像が流されているのか、それとも別の理由なのか……それら全てが定かではないけれど、ただ、彼の死に目を見れたのは思わぬ僥倖だった。
「死に目もどうせ見れないと思ってたもん。見れただけ上等だよね」
傷に染みる消毒液の匂いと、煙っぽい室内の匂いだけが鼻につく部屋の中で、少女はもう涙すら流さなかった。
流せなかった。もう知っていたから。
この世で彼女だけが、彼のことを理解していたから。ともすれば、彼よりも。
彼がいなくなることが想像できてしまった。想像できてしまったから、いつも想像してしまっていたから、だからこそ、彼の最期にいち早く気づいていたのだ。それは、死神の顔が見えただとか、そういう甘えたものじゃない。
そういうのじゃなくて、ただ、愛した人の死を悟ってしまった、哀れで、可哀想な女。
「……そっかぁ」
まだ胎動すらしていない腹を撫でて、少女はただ画面を見つめる。ヴィランもヒーローも動かない。両陣ともに膠着したその場において、誰かが蹲る姿が見えた。誰かがなく声をマイクが拾った。誰かが立ち尽くす姿に過去の自分を重ねて、その嗚咽に同情する。
だって、自分は彼女たちとは違って残してもらったから。
……彼なら性格の悪い女だと笑うだろうか。それとも嘲るだろうか。それとも別の何か? わからない。わからないけれど、それら全てが別に、彼女にとってその全てがどうだってよかった。
愛する人は死んで、この世に天涯孤独の身として落ちぶれた。……しかし、そんなこと、ヴィランとして生きると決めた時から。連続失血死事件の犯人であるトガヒミコになってから、変わらない事実でしかなくて、どうしようもないほどに変わらない。誰よりも自分を自分たらしめる事実でしかなくて。
そんな自分が生きる理由をもらった上に、忘れ形見まで貰ったのだから、何も後悔もない。何もおかしくなんてない。心底。
心底、自分は幸せだと思うから。
「……これでいいよね、ゆずくん。私、おかしくないよね」
そう言って彼女は包帯を止めた。
身体中の傷に対処してから立ち上がる。
…………この戦いの結末にも興味はあるけれど、でもきっと見ていて楽しいものじゃないだろう。見ていて楽しめるものでもないだろう。
「別に未来視とか、予言とか、そういう能力があるわけじゃないと思うんだけどなぁ……」
そうだ、そういうわけじゃない。そういう能力を持っているわけではないけれど、だけど……だけど、分かってしまう。
この先が。
「……とにかく、できるだけ遠くに逃げなきゃ。それから栄養取らなきゃダメだよね。二人で生きていく必要があるから偽造しないといけないことも多いです……それに、なんとかしなきゃなこともたくさん」
ただ真っ暗闇な絶望そのものであることが、分かってしまう。
「ゆずくん」
テレビの向こうで満足そうな顔をして横たわる想い人に、声をかけてみる。その反応がないことなんて重々承知の上で……その拍手でここまで来てくれない、彼のことを眺めている。
時間にしたらほんの数時間前、いや、一時間程度前に彼が残したただ一つの思いが、彼が残したただ一つの呪いが、トガヒミコという存在を、どこまでも深く、深くまで堕としたのだ。
「頑張るから。この子と一緒に」
混乱期の現実という地獄へと──。
「……この子の名前は決めてます。いいよね? ゆずくん」
返事は、ない。
「──」
少女は一つの単語を呟いた。ただ一つだけの単語を呟いた。それは、静寂に満ちた室内に優しくこだまして、空気を震わせる。枯れた生木の観葉植物の葉が微かに、応えるように揺れた。
「って、いい名前だと思いません?」
少女は悪戯に笑った。まるで、いつものように、彼に悪戯をするように、ただヘラりと、冗談めかして。
惚れた弱みだなんて、口にしながら。
その大好きな顔だけ、死に顔だけ、目に焼き付けるようにして。少女は深い笑みを浮かべた。
× × ×
…………舞妓譲葉という少年の命は燃え尽きた。
思えば、舞妓譲葉という少年の人生は快楽と、自らが欲望のためにあった。
その欲望と快楽のために多くの人を巻き込んだ稀代の道化師、彼は幸せそうな顔をして眠りにつく。
日本中がその姿に期待したヒーロー。次世代を背負って立つ、ビルボードチャートNo.8のヒーローユズは、一夜にして、いや、たった数時間で裏切り、オールマイトを蹂躙し、そして自らの全てを死柄木弔に託して息絶えるまでの数時間で多くの日本人に絶望を与えた。
ビルボードチャートにおいて、ヒーローユズが行った演説は、まさしく今を生きる人間にとっての希望そのものであったから、動画サイトにおいてまとめられ何千万再生されたその動画を、多くの人が希望とするほどには、日本中に突き刺さった少年だったから。
その絶望は、胸に、そして日本中に拡散された曇天は、とても色濃いものであった。
もし、もしも、舞妓譲葉がここで生きていたのであるならば、その一人一人の顔をしっかりと確認し、覗き込んでから
「うわぁ〜! やっぱり僕が完璧に組んだプランニング通りに行ってくれたら人ってこんなに曇ってくれるんだ!? え! こんなにいい顔してくれてるのにまだ絶望してくれるんですか? 僕みたいな子どもに日本の未来を預けようとするその他責的な思考がいけないと思いまーす! 子どもに任せる前にまずはこのヒーロー飽和社会とか言われてる現状をなんとかする方法から考えたりとかしたほうがいいんじゃないかなと思うんですけどそんなことを一致団結してみんなで声を上げることができないような人間たちだからこんな風にガキのプランニングのままに翻弄されて無様な曇り顔晒すことになってるんじゃないんですか〜? それくらいわかりますよね〜? うわ〜、そんなこともわからないからガキに曇らされるんですよ! ドンマイ!!」
くらい一息に言いそうなものだが、舞妓譲葉を平和の象徴の再来として見ている人たちには通じない。誰も彼もが夢を見ていたのだという自覚がないのだから。
だからこそ、日本はどん底にまで堕ちてしまっていた。子どもの死を目の当たりにして、ヒーローの卵が闇に染まった様を目の当たりにして、あまりにも深く、あまりにも巨大な絶望に染められて。
深くまで。
全ての天が曇の下。
舞妓譲葉が望んでいた世界が、図らずとも、今日本中を満たしていた。
これが、日本の現状であった。
大切な人が目の前でなくなったことはありますか? 僕はありません。
ですが大事な人が亡くっなったことは僕にもあります。
そんな大事は人がいなくなった可哀想な人たちに向けて、僕の小説が刺さりますように。そしてたくさん評価してもらえますように(強欲)
もうすぐ物語はフィナーレを迎えますが、是非とも楽しんでいただけますよう。これからも『曇アカ』をよろしくお願いします!!
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