個性『不義遊戯』でいく! 僕の曇らせアカデミア! 作:波間こうど
僕たちはヒーローだから。
「譲葉……! おい、起きろよ! 譲葉! 譲葉!! なぁ、おい……!! 起きろって……!!」
死柄木がゆずくんの体を揺さぶる。しかし満足気に目を閉じたゆずくんの瞼が開くことはない。当然、わかっていたことだけど。
「何寝てんだよクソッ……! おい! なぁ! なぁって……!! お前いつもうるさいくらいに騒いでるじゃねぇか……! なんでそんなに静かなんだよ……! ふざけんなよ……! なぁ!」
彼の痛々しいまでの声は空間を震わせて、僕たちの元にまで届いた。それもこれも、全て大好きな彼が死んでしまったから。ただの1ヴィランが死んだだけならあちらの戦力と戦意が下がるだけで済んだだろう。そうもいかないのは、死んでしまったのが彼だから。
「……………………………………ゆずくん」
周りではみんなが嗚咽を漏らしている。泣いてる子もいる……耳郎さんや葉隠さんは泣いてるね。僕たちにとって大事なヒーロー。ヴィランであって、僕たちの仲間であって、僕たちの味方であって、僕たちの大事な人。それがいなくなったんだから、
僕だって泣きたい。今すぐに膝を折って、倒れ込んで嘆いて、喚いて、叫んで、僕の大事な大事なヒーローが、僕たちの大事な親友が死んでしまったことを後悔したいよ。でも……泣いてあげられないな。涙なんて、流してられない。
ここで泣いたら止まれない。吐いたら止まらない。罰なら後でいくらでも、どれだけだって受ける。死んだって構わない。でも、今は、この巨悪を倒すことだけ考えさせてください神様。
貴方がいるなら、そこにおわしますなら。
僕のこんな細やかな願いを聞き届けてください。
だって、僕たちはヒーローだから。彼はいつも、僕たちが個性を手に入れるよりもずっとずっと前に。ヒーローになると約束した時から変わらない初期衝動は変わらない。
僕たちはヒーローなんだから。
「…………………………………………………………いつか、こうなるんじゃないかって、思ってた」
「…………」
「コイツはヒーローだから……」
死柄木はもう達観したように、諦観したように、諦めを大きく吸い込んでそう言った。言葉に宿る諦めの色が曇の灰色とよく馴染む。
「俺らヴィランとは、袂を分つときが、来るんじゃないかって……言い出しっぺは一番救われてたトガだったか……それともトゥワイスだったか……? はは、こんなことになるなんてな」
「死柄木……」
「泣いていいぜ、緑谷。俺も、少し──」
瞼を閉じて、一筋だけ、死柄木の目尻を雫が伝った。それは、どこまでも純粋で、不純物のないもので。
その溢れた雫はどこまでも透明だった。
不純物の馴染んでいない、どこまでも透明な雪溶け水のように。透き通って、透き通って、きっと、何も犯せない、何も乱せない。それほどまでに、美しい色をしていた。
「死柄木……」
「……いいよ、言うな」
「……ごめん」
「……謝るなよ。お前たちはヒーローで……俺たちはヴィランだろう」
「…………」
「ただまぁ、受け取っておくよ。ありがとう。緑谷」
ゆずくんの亡骸を抱えていた死柄木が顔を上げた。そこには確かに、しっかりとした絶望が横たわっていて。そこに滲んでいた純然たる殺意は消え失せていた。大事な人を亡くしてしまった、男の後悔だけがそこには在った。
「……もう、勝つ必要もなくなったんだ。つまり争う必要もない。俺は、俺たちを否定する世界を否定したかった。譲葉を否定する世界を……誰かに侵される俺たちの領域を守りたかった」
「……うん」
「譲葉が、無個性だろうがなんだろうが、ただ一点。優秀で、強ければいい世界を作りたい。いや違うな……誰かが否定される世界なら、俺たちが否定されない世界を作りたかった。そこの中心には譲葉が居たんだ」
「…………」
「だから、もう戦う理由もない」
「…………そうだね」
死柄木は、そう言ってゆずくんをそこに残して立ち上がった。
目の前に並んだヒーローたちに臆するのではなく、たった一人の友人が亡くなったそれ自体が堪えて仕方ないというように。
……でも、分かっている。これは、ただの死柄木の気持ちだ。
「……それでも、アイツが俺に託したから、死柄木弔に、志村転孤に、俺に、残したから」
強い絶望を塗り替えられるものは二つだけ。
一つは圧倒的な希望。輝きが全てを覆い尽くすような希望だ。僕にとって無個性でも生きてこられた、ゆずくんのような、そんな強い光。
みんなにとっても、恐らくは死柄木にとっても輝いて仕方のない眩しくて、見ていられないほどの光。それが、絶望を塗り替える。
そしてもう一つは。
深く、深く、心を蝕んで、捉えて離さない絶望を凌駕して僕たちの原動力となる“呪い”だ。
『だから、勝って!! 君が決めろ!! 転孤!!』
『君は!!』
『何にでも! 成れるんだ!!』
彼のそれはまさしく呪いの言葉で。死柄木のことを動かすにたる原動力になるのはわかっている。
だから、止まらないよね? 止まれないよね?
戦うしかないよね? 僕たちが分かりあうには。
戦うしかないんだ。
「だから、戦うよ緑谷出久」
「……うん。そうしよう。死柄木弔」
ただ漠然と、呆然と、世界が揺れるように、二つの闘気がぶつかり合う。地面が揺れたりはしない、世界が跳ねたりもしない。ただ、覚悟だけがぶつかって、お互いに向かって吹き付けるように風が埃を散らした。
虚実は切り裂いた。蒼天を仰ぐにはまだ早い。
ただ、戦うには、僕だけじゃダメだ。
舞妓譲葉を救うヒーローは居なかった。僕たちは、オールマイトは、誰も、ゆずくんを救うことができなかった。これはただの純然たる事実としてある。事実としてそこにあるのだ。僕たちは、救えなかった。
でも、僕の知ってるゆずくんは。
『僕たちはヒーローになるんだろ?』
そう語るゆずくんは、間違いじゃないと思うんだ。僕たちが、ヒーローに夢を見ていたことは間違いじゃないと思うんだ。
だから!!
「少しだけ、時間いいかな。死柄木」
「構いやしないよ。お互いに守るものが多くて大変だな」
死柄木は僕のことを尊重するように笑ってから、一人、ゆずくんの顔の近くに腰を下ろした。瞼を閉じるその背中はいかにも隙だらけで、襲い掛かればそれだけで簡単に倒してしまえるだろう。ワン・フォー・オールを完全に使いこなせる僕なら、可能性なんていくらでもあった。
それでも、僕は足を前へと踏み出さない。
これは、軸だった彼の役目だ。本来なら、僕になんてできやしない。でも、思い出した。僕たちは、前に向かうために、守るために、走り続けていたんだ。
光を、太陽を喪っても、それでも、叫べ。
僕たちは守るために戦うのだから。
「僕たちは!!」
カメラが写している。そこで放心して、倒れて、泣いて、えずいて、苦しんで……そうやって涙している人に、ただの人じゃなくて、誰かを救うために走り続けるヒーローに。
雲が、ゆっくりと薄くなるように、陽の光が少しずつ透けていく。
「ヒーローだ!! 大切なものを守る者だ!!」
その日差しは暖かで、桜の花弁を僕はまだ今年見ていないけれど。
ゆずくんとのお花見を思い出した。
「……緑谷、くん……?」
「失うこともあるだろう!! 泣いて!! 苦しんで!! 悔やんで!! もがいて!! 怖くて震えて!! それでも!! 目指すものがあるんじゃないのか!!」
僕の張り上げられるだけの大声。
……やっぱり、君みたいにスマートにはいかないよゆずくん。
君ならきっと一言や二言で簡単にみんなのやる気を引き出すんだろうね。僕にはできないよ。演説なんてできないよ。でも、
やり方は、たくさんみてきたから。
両手を叩き合わせる。これは、僕たちの憧れた音。僕たちの憧れた声、僕たちの憧れた仕草。
僕たちの光だ。
一度で、みんなの耳が貫かれて。一度でみんなの気持ちがこちらに引きずられるような、それが拍手。柏手。神に祈るみたいに。
「君たちはそこで堕ちていくだけか!! 絶望に身を浸して、ただ楽な方へと!! 進むだけか!!」
「…………」
「うぅ…………」
「……………………………………………………ちげぇ」
「なら!! 立ってみせろ!! 僕たちはヒーローだろう!!」
何度だって背中を押してくれて、何度だって手を引いてくれた彼を覚えている。何度だって叩いた手の音を覚えている。
何度だって笑いかけてくれて、何度だって叱咤激励を飛ばしてくれた彼を、僕たちの背中を叩いて、走れって、追いついてこいって言ってくれた彼のことを僕たちは覚えている。
その全てが、嘘だったとしても。
その全てが、間違いなんかじゃないんだから。
「僕たちが!! 前に進もうと、もがこうとする限り!! 歩みを止めない限り!! 光に向かって!! 一歩でも!! 前へ!! 進むのなら!!」
何度だって、何度だって叫んでやる。何度だって大声を張り上げて、何度だって、僕の全部で、みんなの全部を、みんなで勝つんだ。一人じゃ勝てないんだ。だから支え合って生きていくんだ。
「僕たちは!! 大切な人を守れるんだ!!」
それが人間だ。
そして僕らは、
「だって! 君らは!! ヒーローなんだろ!!」
僕たちはヒーローだ。ヒーローなんだよ。
声が高々と昇る。たくさんの人に届いた声を、たくさんの人に響いた声を、僕はさらに踏み込んで伝えるんだ。
ゆずくんなら、こう言うだろうから。
「……それとも、ヒーローユズの真似事は、無理?」
「……うるせェェェェェェェェ!! やったるわボケェェェェェェェェ!!」
最初に大声を出したのはかっちゃんだった。間違いでも、そうするつもりがなかったとしても、ゆずくんの死因のその一端になって、それでもなお、それでも足を踏み出し続ける。かっちゃんは大きく手を広げると、その体に爆破を纏った。クラスター、それは彼の新境地。
「お前こそ足引っ張ったら承知しねェぞ出久!!」
「誰に言ってるのさ!」
僕たちはヒーローなんだ。
だから、この声は届く。
「そうだよな!! 緑谷が暴走して、舞妓が扇動して、爆豪が追い掛ける……それを一年見てきたんだ……」
「体が!! 動いちまうよな!!」
「あれに勝てるのは緑谷だけだ、なら、緑谷を……緑谷を届けるぞ……!」
「俺たち全員で……」
「死柄木を捕える!!」
「やるぞぉォォォォォォ!!」
ヒーローが立つ。そこに理由なんてない。立つから、立つしかないから立つんだ。僕たちは、ヒーローなんだから。ヒーローなんだったら、立つしかないんだよ。
僕らが終わってしまったら、誰も助けられないんだ。誰も救えないんだ。誰も進めないんだ。誰も守れないんだ。だったら、僕たちは足を止めてられない。
ヒーローって、そういうものなんだよ。
僕はかっちゃんと並び立つようにして死柄木に向き合った。
「準備万端か? 緑谷」
「待たせたね、死柄木」
「いいさ。たまには後手に回るのも悪くない」
死柄木は両手を合わせて伸ばしながらこちらを向いていた。その瞳はどう見ても死んでない。
むしろ吹っ切れたそれは、闇を携えつつも、どこか眩く光って。
「やろうか。ヒーロー」
「あぁ、ケリをつけよう」
みんなが身構えるのが分かる。僕は一人じゃない。それが伝わってくる。
そんなことで、こんなにも力が出るんだ。お腹の奥に力が入って、体がギュッと硬くなる。そうして目の前の全てに集中できる。僕は構えるようにファイティングポーズをとった。
拍手の音が一つ、鳴った。
次の瞬間、死柄木は、目の前にいた。かっちゃんが奥で慌ただしく振り返るのが見える。
「ッ!」
「ハッ! 分かってても難しいもんだなッ!」
「不義遊戯……!」
「いいだろ!? 俺だけの遺品だよ!!」
握りしめた拳はそのまま加速して僕の腹部を貫く。黒閃が出なかっただけ幸いだけど、僕はそのまま大きく吹き飛ばされて後ろに立っていた轟くんに支えられる形で止まった。
「お前らみたいな有象無象、お前らのような石ころに俺らは止められない」
ヒーローが山ほど目の前にいるのに、死柄木はその顔に全く怯んだ表情を見せない。ニヤニヤと笑えば、その表情にはそれ以上の余裕が巻き付いているようにも見えた。
「超常解放戦線とか、世界の敵、ヴィラン、癌……なんざ、色々呼ばれてきたし、色々名乗ってきたが根本は変わらねぇ」
多勢に無勢、それでも死柄木は足を止めない。地面を踏み締めるようにして歩みを進める。僕たちの袂にまで、まるで軽やかなステップでも踏むかのように。
「あの、場末の寂れたバー代わりのアジト、あそこで燻ってた俺と、黒霧、それからそこに顔を出した一人の少年に敬意を込めて。あそこが俺たちのオリジンだ」
「譲葉が死んで、俺一人ならなんとかなると思うか? 残念だったな」
ゾッとするほどの瘴気、陰鬱な怒りをその身に携えて、死柄木は吠えた。
「俺たちが!! 俺が!! 敵連合だ!!」
また拍手が鳴る。見えたのは彼の腕。
そしてそれが相澤先生の腹部を貫く瞬間だった。
「まずは邪魔なイレイザーヘッドにご退場いただこうか。邪魔されちゃァつまらないからな」
「相澤先生……!!」
「おいおい、まずはルールを公平に揃えただけだぜ? そんなにビビるなよ」
血の海に沈んでいく相澤先生に目が奪われるが、それをグッと耐えて、目の前の死柄木に向かう。
「さァ、決めようぜ? どっちが勝者か」
「…………」
「それともこう言った方がいいか? ……譲葉に一番詳しいのはどっちなのか、決めようか」
「……いいね。そうしようか」
「多対一なんだから、こっちは本気で行くぞ」
「手加減はしない」
死柄木は少しだけ笑ってから両手を重ねた。
祈りを重ねるように。自分の願いを天にまで届かせるように。自分の全てに願いを込めて、あの、どこまでも、底抜けに優しい天使に捧げるように。
ただ、堕ちる祈りを。
底知れぬ憎悪を纏めて。
「領域展開『全天曇下』」
塗り替わる。世界が大きく、大きく塗り変わっていく。構築された世界は空が大きく、青く開かれたガラ空きの聖堂。廃墟となってしまった聖堂。
誰かの心にあった信仰が、そのまま消えてしまったような。誰かの心の支えがそのまま抜け落ちてしまったような、醜い聖堂。心の奥底から、物寂しい聖堂だ。
逆十字はない。廃墟になっているのも同じ。でも、拍手の音色は聞こえてこない。ただ、そこには一陣の風が吹き抜けて、僕たちの目の前には後ろから陽に照らされた死柄木だけが立っている。
「笑えるよな。アイツと俺で同じなのに、こんなに型が違うんだ」
笑う死柄木の目には無理が見えた。
「…………あんまり長く保たせるのは無理だな。アイツ、どうやってこんな繊細なの保ってたんだよ。頭おかしいのか? コントロールがキツすぎる」
「それは、わざわざ弱点を言ってくれてるわけかァ!?」
かっちゃんが爆破の勢いをつけて飛びかかった。それをひらりと避けて、死柄木の手のひらがかっちゃんの頭を掴む。
「弱点? ……あぁ、勘違いしてるなァ。これは余裕ってやつだ」
そのまま壁になすりつけるようにガガガッ!! と音を立ててかっちゃんの顔を擦りおろすと、彼はその髪の毛を毟りながら大きく勢いをつけてかっちゃんを投げ飛ばした。
「かっちゃん!!」
「……個性の使い方は知覚するだろ? 最初はわからないが、だんだんと理解していくのが常だ」
死柄木は笑う。どこまでも不敵な笑みで。
「でも今分かった。アイツの唯一の遺品を、俺が使うためのお前らはサンドバッグなんだなァ!!」
死柄木の手のひらがパン! と重なった。
どうもお疲れ様です。波間です。
今回はみんながヒーローになるために、譲葉の役目を出久くんが受け継いで無理矢理声を張り上げる、その姿はまさに誰かがなりたかった誰かのヒーローになるための儀式です。ちなみにこれは何話かで譲葉が言ってた「僕の代わり」が出久くんに移ったというメタファーだったりします。ここでやっと出久くんがヒーローになる。
ちなみに『血界戦線』パロでもあります。僕が好きなだけです。ホワイトォォォ!!
さて、いつもみなさまありがとうございます。おかげさまでこの物語も95話。ここまで来れました。もうすぐ終わりますが、この物語を最後まで愛してください。そしてよろしければ感想とか評価、お気に入りなどもしてくれたら嬉しいですね!! 励みになるからさぁぁぁぁぁ!!!!!!
それでは、これからも『曇アカ』の応援を、よろしくお願いします。
映画編を入れるかどうかのアンケートをさせてください!
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