「これでよし。」
とある路地で一人の女の声がした。
その名は夏油スグリ。
キヴォトス全体を滅亡の危機に貶めることが可能な人物。
だが、敗北し現在では逃亡の身だ。そしてようやく、無料で古着を手に入れたところだ。
古着といってもそこまで汚くはない。
「ミゲルはどこにいったんだろうか。・・・たぶん無事だろうけど、少し心配だな。」
夏油スグリは路地を歩く。
そこは呪いで満ちていて、見渡す限り呪霊がいた。
ここキヴォトスではこのような光景はとくに珍しいことではない。
キヴォトスは呪いで満ちていた。だからこそ、たった数か月で8000体近くの呪いを集められたのだから。
「はあ、呪いはタイミングというものを知らないね。まあ、別に手駒が増えるのは全然構わないけど。」
誰にもばれぬように音を出さないようにする。
素手で呪いを祓って取り込む。
「・・・この工程も逆に新鮮だな。初めてこの世界に来た時も似たようなことをしたっけ?今思えば私はこの世界についてほとんど知らなかったなあ。何もしらない以上大人しくしておいた方がよかったかもしれない。そう、呪いと無縁の地でゆっくりと農業でもして過ごす。うん。こういうのも悪くない。」
こんなことを話しながら夏油スグリはどんどん呪いを取り込む。
再び夏油スグリが瞬きをしたときには呪いは全て取り込まれていた。
その時、後ろからいつぞやの大人が夏油スグリを呼んでいる。
「・・・高校生も子供だ。でも、この世界には大人はほとんどいない。子供は壊れやすいんだ。だから道を間違えることもある。先生。道を間違えたことのある生徒相手に君はどうしたい?」
"やましいような考えはないさ"
"ただ、私は生徒と寄り添って話し合う。それだけだよ"
「そっか。・・・じゃあ、私はあなたと話せない。先生。殺人鬼相手に護衛の一人もつけないのは悪手だと思わない?」
"殺人鬼・・・か。君はそう思っているかもしれないけど、君はまだ罪のない人を殺したことはないだろう?"
「・・・だからなんだというのだ?人を殺したことにはかわりないのだ。それでも、先生。あなたは私と話せるとでも?」
"話せるさ。私は先生で君が生徒なんだから。"
その言葉はやわらかく安らぎを与えるようなものだった。
先生はおそらくこの場で殺されても構わないのだろう。
夏油スグリにとってこの先生というものの覚悟が腹立たしかった。
夏油スグリという生徒に飲まれているこの状態。前世の私はもう死んだ。私は夏油スグリであり、それ以上でもそれ以下でもない。
その夏油スグリにとって腹立たしいのなら私は先生に怒りを隠せていないということなのだろう。
前世の自分はもうどんな人物だったかわからないがそこまで狂った人ではなかったと思う。
前世はもう死んだ。夏油スグリという魂に飲まれた以上、私は夏油スグリという生徒なのだ。
生徒であるなら、先生に従うべきだと呼びかけてきた前世の魂はすでに聞こえなくなっていた。
「先生。私は・・・あなたの生徒じゃない。もうゲヘナじゃない。それでも、あなたは私を助けようとするのかい?」
"もちろん"
その言葉聞いて私は安心した。
「なら、助けてみるがいいさ。・・・でもそれは今じゃない。」
"待って!"
「待たないよ、先生。この呪いに満ちたこの世界で私が何をするのか。私にだってわからない。けどそれでもあなたが助けるというのなら私はあなたを応援するよ。」
先生はしっかりと夏油スグリを捉えていたはずなのに夏油スグリの目は何も捉えていなかった。
夏油スグリはそのまま先生の前から去った。
そこには覚悟を決めた先生がいた。
"夏油スグリ。君を助ける。"