「……ひどい雨」
昨日の夜に給湯器を買いに行ったとき妙に空気が湿ってたからもしやと思ったが、案の定今日は朝から酷い雨だ。雷まで落ちてきているし昨日のうちにあれこれ済ませておいてよかった、流石に彼女たちがいる中で食堂を使うわけにもいかないしこのタイミングで給湯器を買い換えたのは我ながら先見の明があるかもしれない。丁度最新式を買ったことだし実力のほどを試してみるとしよう。
「……おー、こりゃあ凄い……」
流石は最新式、早いこと早いこと……あれ?一瞬なんか変な音が……あっ!?
「……うそでしょ、停電……!?」
最悪だ、雷でも直撃したのかお湯を沸かしてる途中で停電した。一応錆びてるとはいえ避雷針あったと思うんだけどな……ってそれは今どうでもいいんだよ、問題は停電したってこと。これじゃあせっかく買い替えた給湯器も電子レンジも使えない……あれ、地味どころかだいぶピンチだねこれ?
「……えーっとブレーカーは……たしか体育館か、面倒だけど行くしかないなぁ……」
生憎インスタント以外の食品はあの子達が居るから買い込んでないし、そもそも停電してるこの状況で地下の食堂にお湯を沸かすためだけに行くとか馬鹿の所業だ。此処は大人しくブレーカーを上げにいこう……本当なら雨が止むまで待った方がいいのかもしれないけど、正直何時復旧するかわからないしそれまで空腹を誤魔化せるかどうかもわからない。なら諦めてあの子達に発見されることを覚悟で行くしかあるまい。
「……給湯器とレンジのコンセントさしっぱじゃん」
……なーんか締まらないなぁ。
「……????」
ブレーカーを上げようと体育館裏まで来たはいいんだけど……ダメだ、何をどうすればいいのかさっぱりわからない。というか暗くてあんまり見えない、なんで明かりを持って来なかったんだ私。……仕方ない、明かりを取りに戻「さあでは記念すべき第一回、補習授業部の水着パーティーを始めます♡」……みずぎ、ぱーてぃ?
(……何あれ……生徒にあんな格好させてるってもしかして先生ってああいう趣味なの……?)
大方停電で勉強も何もできないから此処で暇をつぶそうって話なんだろうけど……いやなんで水着?確かに一人会った時水着だったけど……先生とやら以外全員水着って……もしかしてそういう?……ううん、いくら他人とはいえそこまで邪推するのは失礼だろう。そもそも真っ当な人間なら生徒を全員水着にするなんて暴挙に出るはずはないという話は置いておいて……何が目的なんだ?ブレーカーを戻しに来たって様子でもないし……まあいいや、ひとまずあの子達が帰るまで体育館裏で身を潜めていよう。何処か隠れられる場所は……あった、埃だらけだろうけどステージ下の物置に……あっ
「ひっ!?な、なに今の!?」
「何かが倒れた音みたいですが……」
「ちょ、ちょっと確認してきますね……」
「私も行く、もしかしたら侵入者かもしれない」
「気を付けてね、ヒフミ、アズサ」
……マズい、盛大にマイクスタンドを倒した。今から逃げようとすれば間違いなくバレるし、物置に隠れようにもこの距離なら音でバレる……これは、詰み、か。どう言い訳したものか……
「えーっと、確かこの辺りから……ひっ、人!?」
「っ……急にライトを浴びせてくるのはやめてくれないかな、眩しい」
「あっ……ごめんなさい!」
「分かればいいんだ。それで……なんで水着なの、君たち?」
「こっちもなんでルルが此処にいるのか聞きたい」
「……停電したからブレーカー上げに来たんだよ。ほら、そこ」
「こんなところにブレーカーが……」
「事情は分かった。でも今ブレーカーを上げるのは危険だ、また停電するかもしれない」
「それはわかってるけど……流石に給湯器が使えないのは致命的でさ。今日は朝ごはんすら食べれてないんだ」
「……なるほど、確かにそれは問題だ」
「なら一緒にパーティーしませんか?ちょっとお菓子もありますし……!」
……パーティー、か。なんとか理由を付けて帰ってもいいんだけど、帰ったところでこの空腹が満たされるわけでもなし、明かりを取りに行くという言い訳も潰された。……困ったな、私が他人と関わりたくないということ以外断る理由がない。別にそれで帰ってもいいんだろうけど……なんなんだろうな。
「……いいよ、でも停電が終わったら私はすぐに帰るから」
「別に無理に参加してくださいって言ってるわけじゃないからそれで大丈夫ですよ、ルルさん」
「……とりあえずさっさとお菓子貰いに行っていいかな?」
「水着にはならないのか?」
「なるわけないでしょ……」
……ちょっとだけこの子達を、信じてみたい。他人も自分も信じられない筈なのに、なぜかそう思ってしまった。
「そういえば今トリニティのアクアリウムで、「ゴールドマグロ」という希少な魚が……」
「……あ、このチーズ美味しい、クラッカー持ってくればよかった」
「それで、とっくに潰れたアミューズメントなのにも関わらず、夜になると……」
「……」
(無言でポテチを摘まんでる……)
「水着で街や学園を歩くのは別に……」
「あっ……ごめん、ポテチ全部食べちゃった」
「あら、なくなっちゃいましたか……」
「というか貴方さっきからなんで食べてばっかで会話に入って来ないのよ!?やっぱりスパイじゃないの!?」
「……昨日給湯器が壊れてから何も食べてないんだよ、見逃してくれ」
「道理であんなに……」
「……食べてばっかりの理由はわかった。けど、なんで話そうとしないんだ?」
「……それは……」
……随分と痛いところを突かれた。ピンク髪の……ハナコ、だったか。主に彼女が話題を振るので聞き手に徹していれば追及されることもないと思ったんだが……流石にガン無視で菓子を摘まんでいたのはダメだったか。……どうしたものか、適当に言い訳でも……
「ルル」
「……確か、先生だったっけ。何?」
「ルルが何か事情があって私や補習授業部の皆から距離を取ってるのはわかるんだけど……」
「私もあの子達も思ってることは一つだけで、ルルも一緒にパーティーの輪に加わって欲しいだけなんだよ。……まあ、ルルが信じてくれるかどうかは別だけどね」
「……一緒に、か……」
……昔やってたみたいにあの子達と「友達」になってくれ、ってことなんだろうけど……
……「友達」か、どんなこと話してたっけな……
(ナギサ、頑張るのはいいけど張りつめすぎちゃうと碌なことがないよ?たまには休憩しなって)
(……ルルさん、この書類の提出期限は明日、正確には7時間後なんです。無理してでも終わらせなければ……)
(そういうところだっての……はあ、続きは私がやっておくから、ほらベッドにゴー)
(なっ!?勝手に人の書類を盗らないでください!?)
(人の忠告を無視して作業を続けるからです~、それじゃあ続きは勝手にやっておくから早く寝な、友人からの忠告だぞ~)
(待ちなさいルルさん……!)
(サクラコはさ、皆と打ち解けたいのはわかるけど……なんかこう、ズレてるんだよね)
(ず、ズレてる……!?何処がですか!?)
(頭のベール)
(え、ええっ!?)
(冗談だよ、ベールは別にズレてない……ズレてるのはコミュニケーションの方向性かなぁ……)
(ほ、方向性……何が行けないんですか、先輩からこう、上手な会話の仕方は……!)
(それがなんかいまいちこう噛み合わないんだよなぁ……ってそんな話をしに来たんじゃなかった、ええっと……)
(そうですね、ルルさん。貴方の腕を見込んで一つ頼みたいことが……)
……少し思い出してきた。昔は良くも悪くもまあ単純だったんだな私、他人を疑うことすら知らないくらいに。……当時の単純さを取り戻せればと思ったけど、それは土台無理な話だ。だから……
「……わかったよ、何か話をすればいいんだろ?一つくらいならいいよ」
……少しだけ何もかも疑うのをやめて、この瞬間だけは先生と補習授業部の皆を信じてみることにしよう。
「……そっか、ありがとうルル」
「流石にただ飯貰ってそのまま帰るっていうのは不義理にも程があるからね……あと先生、さっきから思ってたんだけどなんで呼び捨て?」
「ダメだった?」
「ダメって訳じゃあないけど……まあいいや。……今は話の途中らしいから、終わったら何か一つ適当に話すよ」
「あら、別に割り込んでもいいんですよ?ルルさんの話も気になりますし」
「あ、いいの?なら適当に……何にしようかな……」
「適当って言う割にはだいぶ悩んでない……?」
「んー……決めた」
「昔のナギサの恥ずかしい失敗談の話でもしてあげよう、2年前くらいの」
「ナギサ様の!?」
「いやなんでそんなこと知ってるのよ!?」
「適当にしてはとんでもない話が飛んできましたね……?」
「……ナギサ、ティーパーティーの?」
「うん、そのナギサ。なんで知ってるかは……秘密ってことで」
「怪しい……けどまあ、こんな時だし詮索はしないであげる。感謝しなさい」
「はいはい、それじゃあ話そうか。あれは確か……1年生の中間テストの時だったかな……」
「いやぁ、あれは傑作だったね。見直し完璧だって言ってたはずなのに実はマークシートの記入ミスに気付かず2点落としてたんだよ。馬鹿にしたらそれはもう凄い勢いで追いかけてきてね……」
……連鎖的に思い出した昔のことを話しているだけなんだが、意外にも好評らしい。……そんなにナギサの醜態が面白いか?
「ナギサ様にそんな過去が……」
「今のあの人からは考えられませんね……」
「……貴方、ティーパーティーのホストと友達だったの!?」
「……昔の話だよ、今はただの他人さ」
「……どうしてだ?友達というのはずっと続くものではないのか?」
「んー、そうだね……色々あった、とだけ」
「……そうなのか」
「うん、そうなんだ。話はこれでおしまいだけど……ま、賑やかしくらいにはなったかな?」
「どちらかというと賑やかしというよりは重大スクープのような気がします……」
「あぁ、そっち系か……うん、確かに流出したらやばそうだな。ここだけの秘密ってことにしておいてくれ、バレたらナギサになにされるか……」
「さ、流石にそんなことしませんよ!?……あ、電気が……」
「……直ったのか」
あれこれ話している内に停電が直った。……思ったよりずっと長く話していたっぽいな。興が乗ったのだろうか……久しぶりに人と長話をした気がする。
「……それじゃあ、私は帰るよ。パーティーもお開きかな?」
「あ……はい、洗濯物ができないので水着になっていただけなので」
「そんな理由だったんだ……ごめん、てっきりそこの先生の趣味かと」
「違うからね!?」
「それに発案は先生ではなく私ですよ、ルルさん」
「……ああそうなの。まあいいや、それじゃあね」
せめてもの礼儀として自分が食べた菓子のゴミを回収しつつ、なるべく早く体育館を後にする。……どうも先生がこっちを見てた気がするけど……気のせいかな。時間も時間だし朝飯はいいや、帰ったら本でも読んでいよう……
「先生、どうかしましたか?ルルさんを見送っていましたが……」
「いや、話してるときは暗くてわからなかったけど……」
「ルルの口元、少し笑ってたなって」
「……そうですね、初めて会った時の刺々しい雰囲気じゃなくて、少し角が抜けた感じでした」
「……その場凌ぎの筈だったんだけどな、どうしてナギサの話をするとき少し楽しかったんだろう……」
「もうとっくに、友人なんて一人残らず関係を断ってるのに」
エデン条約編むずいよぉ