「やあ、勉強捗ってるかい?良かれと思って差し入れを持ってきたけど……」
「あっ、ルルさん……差し入れ、ですか?」
「うん、行きつけの店のケーキ。好みとかよくわからなかったから無難にガトーショコラにしたけど大丈夫だったかな?」
「全然大丈夫です!後で皆と……って、ホール!?」
「ほら、下手に数買うよりホールの方が安いからさ。……それじゃあ、頑張ってナギサの鼻を明かしてやってくれ」
「が、頑張ります……ルルさんも、身体に気を付けて」
「勿論。……君たちの方こそ、無理に気を張って体調崩さないようにね」
……これ以上関わるのを避けるべく我、意に関せずを貫こうとしたのだがどうにもやりきれない表情をしたあの子達が気になってわざわざ差し入れを買ってしまった。相変わらずトリニティの生徒はほぼ信用すらできないしあの子達を完全に信じ切ったわけじゃあないけど、流石にナギサの所為であんな目に遭っているのを静観するほど薄情でもいられない……何もしないのはそれこそあいつらと同じだ。
「……ナギサ、君は……」
変わらないものはないとは身に染みて分かっているが、まさか私が引きこもっている間にここまで彼女が変わっているとは思いもしなかった。何が目的かはわからないけど補習授業部は確実にナギサがあの子達を留年、もしくは退学させるために作ったものだ、権力の私物化は彼女が嫌いだった物の筈なのに……一体何が君をそこまで変えたんだ?
「……っ」
連絡を取ろうとしてモモトークを起動……しようとしたが、唐突に吐き気が襲ってきて結局やったことは通知の既読化。やっぱり一回できてしまった心の傷というものはそう簡単に癒えないものらしく、こうして自分から過去の知り合いと何か話そうとすると体に異常が起こって結局途中でやめてしまう。今まで気にも留めていなかったことだが今回ばかりはこの症状が憎たらしい……情けないことだ、結局あの時と同じで私は何もできず状況に流されるまま。手を貸そうとしても私にできることは勉強を教えることくらいしかできないし、その役目は『先生』とやらが既に担っている。……最善の策はやっぱり大人しく屋根裏部屋に引きこもっていることらしい。
鬱屈とした感情を抱えながらいつものように屋根裏部屋に戻った私は何もすることができないまま数日を過ごして。
「すいません突然押しかけて……」
「……あーうん、別にそれについては大丈夫だけど……どうしたの?試験明日なんでしょ?」
「それについては私から説明します、ルルさん」
「少しの間桐藤ナギサを……この部屋に匿ってもらえませんか?」
「……はい?」
補習授業部の皆から突拍子もない話を聞かされたのは、丁度彼女たちの試験が明日に差し迫った夜のことだった。
「……そう、ですね。ヒフミさんには悪いことをしたかもしれません……」
かつての過ちを二度と起こさないために、ティーパーティーとして活動していたつもりでした。
「ですが、後悔はしていません。全ては大義のため。確かに彼女との間柄
あの時
「ではあらためて私たちの指揮官からナギサさんへ、メッセージをお伝えしますね」
「「あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ、ナギサ様との
「……っ!?」
(今までの私とナギサの関係も、結局……)
(……はは、ただの
……ルルさん。私は、どうすればよかったのですか?
「そういうわけで予定通りよろしくお願いしますね、ルルさん」
「……まさか本当にやるとは……冗談じゃなかったんだね」
屋根裏部屋に運び込まれたナギサをひとまずベッドに寝かせ、ハナコと向き合う。……最初に話を聞かされた時はついにおかしくなってしまったのかと思ったけど、どこからか爆発音が響いてきてる辺りどうやら本当らしい。
「あら、試験前日で気が狂ったとでも思ってたんですか?」
「割と。……ってことはアリウスどうこうも本当ってこと?」
「ええ、恐らく私たちがナギサさんをこの場所に運び込んだことは既に割れています。アズサちゃんが仕掛けていた罠もありますし私たちだけでなんとか対処できる計算ですが……もしものことがあったらナギサさんを連れてここから逃げてください」
「……わかった、それじゃあアリウスとやらは君たちに任せたよ」
「はい。それでは私も「待って、一つだけ」……あら、なんでしょうか?」
「……どういう風の吹き回しで私を信用してくれたの?最初の頃は監視だのスパイだの疑われてた気がするんだけど……」
「んー、そうですね……」
「ナギサさんとの思い出を語っていた時のあの笑みは、きっと本当だと思いましたから。それとガトーショコラ、美味しかったです」
「……はは、そんな単純な理由で?」
「別に単純でよくありませんか?誰かを信じるっていうのは、きっとそういう些細な事から始まるものだと思いますよ」
「そっか……うん、納得した。引き留めてごめんね」
「いえ、大丈夫です。それでは改めて皆と合流してきますね」
「うん、気を付けて……ふう」
屋根裏部屋を降りていくハナコを見送り、電気を消した部屋で横たわるナギサに視線を向ける。あの子達と先生の話によればナギサがこんなことをしでかしたのはトリニティを守るためだったらしい。……馬鹿だなぁ、一人でできることなんてたかが知れてるだろ?まあ君は昔からそうやってなんでもかんでも一人で抱え込む奴だったけどさ、ティーパーティーの席に着いてからもそうとは思わなかったよ。そんなんだから勘違いされるんだぞ全く……まあ昔から散々言ってきたし言わないけど。
「……さっさとあの子達が終わらせてくれるのを待とうか……っ、うん……?」
……大人しく補習授業部の皆が対処し終えるまで身を潜めていようかと床に転がる準備をした時、右手が少し熱くなった。……ああ、これは。
「行けってことなの?」
久しく忘れていた感覚、「この力を使わなければならない」事象が訪れる合図。……最悪だ、こんな力、二度と使いたくなかったのに。
「……あの子達だけでなんとかなるんじゃ……っ、ミカ!?」
何かの間違いだろうと窓を覗けばそこには件のアリウスとやらの集団を従えて別館へと乗り込むミカの姿が見えた……そうか、流石にそれはダメだな。あの子達にミカの相手が務まるかどうかは……怪しい。
「……悪いねナギサ、起きたら見知らぬ場所で独りぼっちだけどそれはちょっとしたお仕置きってことで」
補習授業部の救援に向かうべくナギサを置いて屋根裏部屋を降り、隠し扉がバレないように本棚を整えてから爆発音と銃声の聞こえる方向へと向かう。
「……ああクソッ、せめて『歌』は使わずに済めば……!」
途中でいつものように
「もっと丁寧にお話したいところだけど……まずは色々と邪魔なのを片付けてか……ら……」
「……これは……」
「バイオリンの……音色……?」
アリウスを従えたミカと補習授業部が対峙し、ついに激突する……かと思われた戦場は、突然聞こえてきたバイオリンらしき音色が支配した。
「……不思議だ、何処か悲しさを感じる」
「私もです……ですが、一体誰が……?」
ただ曲から感じる思いを受け取るだけの補習授業部。
「なんだ……この音色、は……」
「力が……抜ける……」
「っ……やっぱり、この音楽を奏でてるのは……!」
そして何故かアリウスの軍勢が脱力する中、ただ一人ミカは音色が流れてくる体育館の入り口を睨む。
「……ふぅ、ギリギリセーフってところかな」
「あれは……」
「……ルル?」
指揮棒を顔と左手の間で構えたスーツの女性、ルルは構えを解いて睨むミカと相対する。
「……なんで此処に居るの、ルルちゃん」
「なんでって……家を守るのに、理由とか必要?」
「……はは、それは想定外かなぁ。まさかルルちゃんが自分から出てくるなんて……」
「何さ、もしかして私が引きこもって何もしない無気力だと思ってた?……はっ、そんなわけないでしょ」
「あれが……ルルさん?」
「さっきまでの優しい雰囲気じゃない。初めて会った時……いや、それ以上に……!」
「……ハスミ先輩より、ずっと怖い……」
「……怒ってる?いや、あの表情は……」
「……ねえルルちゃん、どうして補習授業部の皆に味方をするの?使いたくないって言ってたその力を使ってまで……」
「さっき言ったでしょ、此処は私の家。そこの皆は同居人。……どっちに与するかは、考えるまでもない」
「……そっか、そうなんだね」
「何、勧誘でもする気?」
「まさか、ルルちゃんがそれで壊れていくのを見てたのにするわけないじゃん……アリウスの皆がトリニティの武力集団になればルルちゃんだって自由になれるんだよ?だから手を引いてくれないかなーって「興味ないね」……ダメかぁ」
「……補習授業部の皆、あと先生。ミカはこっちで引き受けるよ」
ミカとの話を速攻で終わらせたルルは再び構えを取り、バイオリンの弦に添えるかのように指揮棒を顔と左手の間に置く。
「……わかった、任せていいんだねルル?」
「いいよ、本当はこれを使いたくはなかったんだけど……非常事態だ。せめて全部終わったら何も見なかったことにしてくれるかな?」
「は……はい!?」
「……そうですか、それが貴方の秘密なんですね、ルルさん」
「……まあ、そういうこと」
一瞬指揮棒を『お静かに』のジェスチャーに構えなおし補習授業部一同にお願いをしたルルはゆっくりと指揮棒を顔と左手の間で動かし始める。
「……コケ脅しなど「悪いけど、君たちに構う暇はない」……ガッ!?」
奏でるペースを上げ、指揮棒を忙しなく動かし始めると不思議なことにルルに銃を向けたアリウスの生徒が爆発に巻き込まれたかのように派手に吹き飛び、体育館の床に激突する。
「……あれ、もしかして舐められてたりする?『歌』がなくても私くらいなら余裕ってこと?」
「『歌』はあくまで最終手段だよ、こんなところで使う訳にはいかない」
「……やっぱり舐めてるじゃんそれ」
「別にどうだっていいでしょ、今からやることはとてつもなくシンプルで……」
「君を足止めする、それだけだよ」
何処か悲哀を感じる音色を奏でながら、ルルは冷え切った瞳でミカを睨みつけた。