「私は……やっぱり一度話をした方が良いと思う」
「……そっか」
やっぱりというかなんというか、先生の結論はやらないで後悔よりやって後悔だった、まあ考えてみれば当然の帰結。このままズルズルと引き摺り続けても何も変わらないことは自明の理だし、それならばいっそ全部吐き出してから潔く去ろうっていうのもわかる……いや去るまでは言い過ぎか、前ならともかく、今はほんのちょっとだけ此処に残ってみようかなとも思ってはいるし。
「ナギサに話を聞いた時もそうだったけど、二人とも何処か後ろめたさがあった。お互いに後悔を抱えたまま関係を終わらせても何にもならない……と思う」
「そこまで露骨に顔に出てた?」
「割と。ルルは目は見えないけど口の動きと話し方で」
「うへぇ、それだけでわかるもんなんだ……もしかして先生って超能力者?」
「まさか。ただの人間だよ、私は」
「そういうことにしておくよ……」
……うん、流石にいつまでも逃げているわけにもいかない。いつかケジメを付けなきゃいけないことをずっと先延ばしにして、それができなくなったのが今ってだけ。だから……ちゃんと、終わらせなくちゃ。
「……ありがとう先生、やっぱ相談ってするもんだね」
「私はただ話を聞いただけだよ、答えを出したのはルルの意志」
「ご謙遜を」
どうもこの先生という人間は思った以上にお人好しらしい、あくまで自主性は生徒に委ねるスタイルなんだろう。そういう謙遜も過ぎれば癪に障るのだが……まあいいや、助かったのは事実だし。
「……まあそういうわけでさ、ナギサに話通しておいてくれないかな。情けない話だけど未だに誰かに連絡しようとすると吐き気が……」
「わかった、話しておくね」
「うん、頼んだよ先生」
降りていく先生を見送り、私一人になった屋根裏部屋で一人寝転ぶ。そういえばあの人私と喋る時は余計な事何一つ喋らなかったな、昔話の時もあくまで聞き手に回ってたし。ゲーム的に言えばパーフェクトコミュニケーションって奴だろうか、先生という職業は全員ああでもないと務まらないのだろう、きっと。
あのお人好しのことだ、きっとすぐにナギサとの約束を取り付けてくることだろう、後は待つだけ……あ。
「……どうやって先生と連絡を取ろうか」
すっかり失念していた。今回先生を呼べたのは偶然先生が別館に居たからであって、私がトラウマを克服できたわけじゃないこと……相変わらずモモトークを使おうとすれば吐き気でそれどころじゃなくなるし、どうしたものか……
「……いや、あの人のことだし多分また来るか」
先生ならそうするだろうという楽観的な期待を込めて、ひとまず寝ることにした……あれ。
珍しいな、久しぶりに誰かに期待というか信用してる気がする、私。
……数年の付き合いの友達よりぽっと出の大人を信用してるって言われるとそうだし、薄情者って言われる気もするけれど。
少なくともだれも信用してなかったちょっと前までよりはずっとマシだと、そう思うことにしよう。
「ナギサにOK貰ってきたよ!明後日の15時どうですか?だって」
「ん……思ったより早かったね先生」
「ルルの事話したら速攻で日程指定してきたから……」
「こっちの予定とか考えてないのかな……ナギサらしいと言えばナギサらしいけど」
「それどっちの意味?」
「さあ、どっちだろうね」
本日の目覚ましは屋根裏部屋に駆け込んできた先生の声だった。正直ノックくらいはしてほしいものだけれど……いや、そもそも本棚をどうノックするんだって話になるな。呼鈴を付けると隠し扉の意味もなくなるし……人付き合いを考えると屋根裏部屋から移り住んだ方がいい気がしてきた。つい先日まであの子たちが寝泊まりしてた部屋に移住するのも少し抵抗はあるけど……いつまでもここで引きこもっているわけにもいかないだろうしね。
「ナギサには行けるって伝えといて、場所はそっちに任せるとも」
「あ、場所については「いつもの場所で」だって。通じるかどうかはわからないとは言われたけど」
「……ああ、あそこか」
「わかるの?」
「うん、昔よく行ったからね。そっか、まだ覚えてたんだ」
多分ナギサの配慮だろう。私がトリニティ校舎で至極体調が悪かったのを知ってるだろうし……いや、単純に話をするなら安心できる場所で、なんていう可能性もあるか。まあどちらにせよ、行かないという選択肢はない。
「伝書鳩みたいに扱ってごめんね先生。私がモモトークなりなんなり使えれば此処まで使い走りにすることもなかったんだけど」
「大丈夫大丈夫、先生は生徒を助けるのが仕事だから」
「それもしかして困った時の常套句?」
「常套句ではあるかもだけど困った時ではないかな」
「そっか。じゃあよろしく」
「任された」
話が一通り終わった先生はダッシュで屋根裏部屋を出ていった。すごく忙しないというか……五月蠅い人というか……
まあでも、ああいう人は嫌いじゃない。下手に含みとかもないし、カラっとしてて裏表がないところは好きだ。なさすぎても逆に不安になるけど……多分先生はその塩梅が丁度よい人なんだろう。
「……さぁて、退学はしないことを前提として……何処まで割り切ればいいかな……」
目を覚ました癖にもう一度横になり、ナギサとどう話したものか考える。一番最後に話した時は私が投げやりになって険悪なまま終わってしまったし……かなり気まずい雰囲気になることは違いない、あっちから持ち掛けてきたってことはある程度は割り切れてるんだろうけど……ううん、これやっぱり私が割り切れてないだけか?
「……まあいいか、会ってから考えりゃいい、会ってから」
数分という短い思考の末に私が出した最初の結論は思考放棄、当日の自分に全部丸投げである。どうせ苦労するのは私だし後悔するのも私、他に迷惑はかからないし……いや、ナギサに迷惑がかかるか。もう少ししっかり考える必要があるな、せっかくティーパーティーホスト様の貴重な時間をいただいているわけだし……なんか嫌味っぽくなったな、やめやめ。
「……今更やり直そうってのも土台無理な話だし……ああどうしよっかなぁほんと……」
結局その後数時間の思考の末出た結論も同じく思考放棄、ナギサとの対談の行方は当日の私に託された。ものぐさと言われればそれまでだけど……これだけ考えてもいい考えが何も浮かばなかった、これは本当。
思考の海に沈みながら覆水盆に返らずって本当なんだなと、今更実感することになった。
「……」
気づけばあれよあれよと時間は流れて対談当日。会場はいつもの場所ことまだ純粋だった時にナギサとよく訪れていた喫茶店。個室があるからってバカ騒ぎしようとして目が笑っていないナギサに止められたのは苦い思い出だ、いや思い返してみれば私が100悪い案件だが。
久々に訪れたというのに店主は私のことを覚えていたらしく、案内ついでに少し話をした。大体が私の身を案じる言葉だったのはなんというか、店主の優しさというよりは自分の不甲斐なさを感じたけど。
というか予定時刻より少し早めに来てしまったようだ。本来ならナギサが先に着いてる所に恐る恐る侵入する手筈だったんだけどこれじゃ私だって理解させるためにフードを外さなきゃいけないじゃん……人の目を見て話すのまだきついんだけど……仕方ないか、はぁ……
少し鈍くさい手つきでフードを脱ぎ、席に座ってナギサを待つ。あ、やっぱりこの店のクッキー美味しい……ナギサが居ないしちょっと雑に食べても「相変わらず美味しい物には目がないんですね、貴方は」……よくなかったみたいだ。
「……そりゃあ食欲は人間の三大欲求の1つだし、当然と言えば当然だと思うけど」
「咎めてはいませんよ。寧ろ安心しました」
「そりゃどうも……まあそういうわけで来たよ、ナギサ」
「ええ……久しぶりです、ルルさん」
「3日ぶりとかそんなだけど」
「あの時私は気絶していたのでノーカウントとさせてください。そういえばあなたはよく重箱の隅を突くタイプの人でしたね」
「それ褒めてる?」
「さあどうでしょう、ただ懐かしさを感じていたのは確かです」
……懐かしいな、昔はこうして他愛ないやり取りを交わしていたものだ。今になってまた話せるとは思わなかったし、ナギサはもうちょっと険悪な雰囲気だと思ってたからちょっと意外。
「本題に入るまでにまず謝らせてください。あの時……」
「それなし。私はもう引き摺って……いや、正直結構引き摺ってるけど、あの時はどっちも悪くなかった。ただお互いにかける言葉を致命的に間違えただけ、違う?」
「それは……」
「沈黙は肯定と見做すよ。それに下手に謝られるとこっちもバツが悪いし……」
「……分かりました、では、そういうことで」
「話が早くて助かる。ティーパーティーのホストなんて大層な役柄になってしまったしちょっと頭が固くなったと勝手に想像してたけど」
「否定はできません、事実、私はあの子たちと貴方を自分の都合で利用しました」
「だーかーらーそういうのナシって言ってんの。たまには無礼講してもいいんじゃない?」
「……そういうことなら、私からも一つ」
「何?」
「……目を、合わせてくれませんか。無礼講なのでしょう?」
「……」
うん、普通にバレた。合わせてるフリをしながら微妙にクッキーとかティーカップに向けて逸らしてやり過ごそうとしたけど……やっぱりダメみたいだ。
「そうしなきゃってのは薄々わかってるけどさ……怖いんだ、フードで目線を隠すかこうやって逸らさないとまともに話ができない。顔色を伺う……とはまたちょっと違うんだけど、目と言葉で何考えてるか、大体わかっちゃうから」
思考は顔に出る。どれだけ表情を取り繕おうと、確実に本性は現れる。だから私は目を見て話さなくなった。どうせ裏があると考えて、気持ち悪い物を見るのを恐れた。
「……ルルさん」
「なに……ふぉえ?」
……一体どうしたものかと思考を回していたら突然ナギサに顔を掴まれた……もしかして、無理やり視線を……?
「……私の目を、私を見てください、ルルさん」
「あ、え……」
「私の顔が、何か企んでいるように見えますか?何か隠しているようにみえますか?」
「……み、みえ、ないけど……」
……1年ぶりに目線を合わせたナギサの顔は怒っているような泣いているような、複雑な顔だった。確かに裏があるようにはみえないし、どちらかといえば必死さが見える。なんだよ、自分で頭が固いとか言っておきながら、あんまり変わってないじゃん。
「だったらちゃんと私を見て、話してください。貴方はそんなことをしてまで逃げるような人じゃなかったと記憶していますが?」
「……」
……うん、過去に囚われてたのは私の方みたいだ。
「いやぁ、降参降参……分かったよナギサ、分かったから手をそっと膝に置いてくれないかな、このままだと何か誤解されそうで怖い」
「ちゃんと合わせてくれますよね?」
「そりゃあまあ」
苦節3分、私の潜在的な恐怖心はあっさりと崩壊し、一度深呼吸をした後改めてナギサの目を見やることにした。
……まだちょっと怖いけど……ナギサの荒療治で多少はマシに……なった気がする。
「……ちゃんと見てくれていますね、よかった」
「参考に聞くけど見てなかったらどうする気だったの?」
「その時はずっと手で顔を押さえておくつもりでした」
「お茶冷めるよ?」
「構いません、今日ばかりは茶会ではなく、貴方と話をするために来ましたから」
「さ、改めて話しましょう、ルルさん」
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