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ウィーディとソーンズは衝突してばかりだけど、実際のところかなり仲良くやれるんじゃないかって思ってしまうんですよね。
部屋の中を流れるクラシック音楽。微かに聞こえる空気清浄機の駆動音。お気に入りのソファに座っているだけで、いつもは気持ちが落ち着く筈なのに。アロマも焚いてるのに。
「私、どうしちゃったのかな。」
傍にいるリーフに話し掛ける。リーフは私の一族に代々伝わるモチーフを元に象った、サポートロボット。私のお気に入り。
「最近、私の調子がおかしい。落ち着かない。」
そんな私に、自分自身苛立ってる。仕事に集中しなきゃいけないのに。ロドスの為に、感染者の為に貢献しなきゃいけないのに。私の意識はいつも気づけば、前の戦場に立ってるの。
その戦場では私は敵を牽制する役割を担い、蓄水砲で迫りくる敵を吹き飛ばしていた。その時、私の攻撃をかいくぐって来た敵による遠距離攻撃があった。その敵の攻撃を引き受けて、私は撤退する。それが私の〝手筈通り〟だった。敵の攻撃が私に来ることも織り込み済みで、ドクターは戦術を立てていた。そして私もそれを了承していた。攻撃をこの身に引き受けて、皆の役に立つために。
私はその一撃を受ける覚悟が出来ていた。その一撃が私にとって決して軽い物でもないことを知った上で。なのに、前方で早めに敵を片付けていたソーンズが、予定外の行動を起こして私のところまで助けに来てくれたの。
迎撃針棘。私を狙った遠距離攻撃をあいつが引き受けて、カウンター攻撃を敵に繰り出した。あいつの得意技のひとつ。
(なんで…)
私を狙った敵はあいつの攻撃に沈み、そしてあいつは傷を負った。私の代わりに。
でも、傷ついたあいつは、私の方を振り向いて、私が無事なことを確認して。
ふっと口の端を歪めて。満足そうに笑った。
(…普段のあいつは。いっつも私の邪魔ばかりするのに。)
実験にかまけてばかりのあいつは、私の管理する浄水システムによく被害を及ぼした。水道管を薬液で爆破するなんてこと、普通考えられる?非常識なことばかりするあいつが迷惑行為に走る度に、私はあいつを追いかけ回した。でもあいつ。私が何度怒っても、全然反省しなかった。
寧ろ、私があいつのことを叱るようになってから変に絡むようになってきて。謎の発明品を私の実験室に勝手に置いて帰るし、怪しい手製の栄養ドリンクなんて渡してくるし。頼んでもないのに、変な物を押し付けてきて。
嫌がらせなの?私がそう言って怒る度に、あいつはふっと笑った。楽しそうに。
…あいつは自分のやりたいことばっかりやって、周囲の迷惑なんてお構いなし。そんな自分勝手な奴だって思ってたのに。どうして。
(ソーンズはね。たしかに君に迷惑かけることも多いけど、良いやつなんだよ。)
そう言っていたのは、あいつに対して怒っていた私を嗜めるエリジウムだ。
(ああ見えて案外、面倒見もいいんだよ。)
面倒見…。
あいつ。私のこと、頼りないって思ってるのかな。〝守ってやらなきゃ〟とか思ったから、私を助けに来てくれたのかな。私はため息をつく。
確かに私はエーギルにしては身体は弱いけど、ロドスの体力テストだってパスしたし、戦功だって上げてる。あいつに面倒見てもらわなきゃいけないなんてことない!そんな足手まといじゃないんだから!それなのに…。
私は首を横に振る。
「とにかく、今日はこの間助けてもらった埋め合わせをするんだから。これでソーンズとは貸し借りなしになるんだから。そうすれば、きっと私のもやもやも晴れるはず。そうだよね、リーフ。」
そしてリーフから時計に目を戻すと、丁度15時前。
「行こう。」
私はリーフを連れて部屋を出た。
向かった先はあいつの部屋だ。私のノックにあいつの呼び声はない。ただ、ドア越しに耳を澄ますと足音と気配がこちらに近づいてくるのを感じた。ドアの鍵を開ける音が聞こえて、あいつが顔を出す。
ソーンズは眼鏡をかけていた。白のTシャツの首元から彼の褐色の肌を覗かせている。今ソーンズがしているラフな姿は、まさしく彼のオフの姿なんだろうな。
(…ふーん。休みの日のソーンズって、こんな感じなんだ…)
「き、来たよ、ソーンズ!約束通り、あんたの部屋を掃除させて貰うんだから!どうせ、全然片付いてないんでしょ?」
どうしよう、つい余計な一言を加えちゃった…。どうせ片付いてないなんて決めつけたら、いくらソーンズでも怒らせちゃうかな。
そんな風に後悔するんだけど、ソーンズは大して気にした風もなく、「ああ」と言いながら彼はぼさぼさになった髪を掻いていた。
「入ってくれ。」
そう言って彼は私から背を向け、部屋の奥へと戻っていく。何となく、彼のぼさぼさになった髪が目につく。
「…もう。身だしなみには気をつけてって、いつも言ってるのに。」
私は部屋の外に停めておいた掃除具を満載した台車を押して、彼の部屋へと入っていった。
「はい、お終い。」
私はリーフと協力して手際よく掃除を終えた。玄関から台所まではいつも通りの掃除。リビングにはソーンズの実験に関する道具や素材が沢山置いてあったから、彼に許可を貰った上で物品の整理をしつつ、掃き掃除に拭き掃除を終えた。
「流石に手際が良いな。」
ソーンズが感心したように言ってくれる。ソーンズはリビングのソファで寛ぎながら、科学雑誌を読んでいた。それは一般向けの雑誌で彼の本業向けではないから、単純に読み物として気分転換に読んでるみたい。
「部屋の掃除は毎日してるから。慣れたものよ。」
「だが、そのおばちゃんスタイルはまだしているのか?掃除が終わったら着替えたらどうだ。」
「なっ。これは割烹着!実用性に優れてるの!割烹着を甘く見ないで!」
割烹着に手袋、ゴーグルという完全防備で私は清掃に臨んでいた。これが一番汚れを気にしないで済むから。
手袋、ゴーグルを外して、普段着の上から着ていた割烹着を脱ぐ。そして部屋の外に置いたワゴンに戻しておいた。
部屋に戻って、ソファに座っているソーンズは相変わらず科学雑誌を読んでいる。と思ったら、彼は雑誌をテーブルに置いた。
「しかし。本来お前は、こうして時間を割く必要はなかったはずだ。あの時、俺がお前を助けたことは、ドクターの指揮の範囲内での俺の独断だ。お前が気にする必要はない。礼なんて、本来無用のものだ。」
「でも…。ねぇ。ソーンズ。私って、そんなに頼りないのかな。」
俯いた私にソーンズが目を遣る。
「ソーンズが私を助けてくれたのって、私がか弱い存在だと思っているからなんでしょ?私、あの時痛い想いをする覚悟も決まってたんだよ?私だって、ロドスのエリートオペレーターなんだから、あれくらい平気で受けられた。ソーンズの助けなんて、必要なかった。」
何言ってるの、私…。
意地張って、強がって。そんなことをソーンズに言いたかった訳じゃない。でも、言葉が止まらなかった。
ソーンズに、私のせいで傷ついてほしくなかったんだ。私は。
「あんたは、無駄なことはしない人じゃなかったの?何故、私を助けようとして、無駄なことをして傷を負ったの?」
ソーンズはソファに座ったまま静かに私の弁明を聞いていた。そして、〝分からないな〟というような表情で両腕を組んだ。
「俺の方がお前よりも物理強度があるのは当然だ。俺が攻撃を受けた方が被害は少ない。俺がお前の傷を肩代わりして、無駄なことなんてない。
それに、そもそも俺はお前のことを認めている。それどころか、お前のような生粋の科学者が戦場に出ていることに、俺は驚いている。」
「…何。どういうこと。私に、戦線に出るなって言いたいの。」
「違う。お前を戦場に駆り出しているのは使命感、あるいは崇高な理想の為なんだろう。利他の精神。奉仕の心。お前のような本来、その身を安全な場所に置き、興味のある対象に没頭だけしていればいい身分にある科学者が、前線に出て身体を張り、守るべきものの為、脅威に立ち向かおうとしている。」
ソーンズは目を細めている。
「そんなことが出来るお前は、弱くない。そして、お前が戦場に出る意志を持ち続けていることに…俺は、価値があると思っている。」
ソーンズが口元を歪める。…微笑んでる。
「あ…、ありがとう…。」
驚いた。ソーンズが、素直に私のことを認めてくれるなんて。そんな風に私のことを思ってくれてたなんて…。驚きと感動、恥ずかしさが入り混じった温かい感情が一気に私に流れ込んでくる。胸が熱くなる。
「…お前が俺の近くにいる限り。俺が守ってやる。それが、俺にとって合理的というものだ。」
え?え、…それってどういう意味?私を守るのが、ソーンズの理に適ってるの?私を守って、ソーンズがどんな得をするの?訳が分からない。
そんな私の疑問に答えるかのように、ソーンズは言葉を続けた。
「お前が傷ついてる姿を、俺は見たくはないからな。」
………体温が急激に上昇した。
頭の中が沸騰したように熱くなる、頭の中を駆け巡る思考が煮えたぎってる、もう顔も真っ赤になってると思う。
わ、私も、ソーンズに傷ついてほしくなかった。ソーンズも同じだったの――?
私に傷ついてほしくなくて、私の為に、身体を張ってくれたの――?
生まれて初めての感情のうねりが私の体内を荒れ狂っていて、もうどうしたらいいか分からない。
私、自分の気持ちを整理する為に、ソーンズの部屋を掃除してたのに…。
「ご、ごめんっ。私もう帰るねっ。」
どんな顔してソーンズをと向き合えばいいか分からなくて、私は逃げ出すしかなかった。
「ウィーディ。」
ソーンズの呼び声に、私は立ち止まる。彼はそれ以上何も言わない。きっと、純粋に私を引き留める為だけの言葉を私にかけていた。
…このまま背中を向けて彼から逃げたら。きっと、何も変わらないままになってしまう。
彼と私の関係が、変わらないままになってしまう。そんなことを悟った。
何かを、変えなきゃ。
「あのね、ソーンズ。」
彼に背を向けたまま、私は切り出す。
「…また来てもいい?あなたの部屋に。」
ソーンズは驚いたような顔をしていた。
「だって、あなたのことだから、またすぐ実験に熱中して部屋を乱雑にするんでしょ?私が片付けてあげるんだから…!」
彼に背を向けたまま、口早に捲し立ててしまう。
私の捲し立てに気を呑まれたのか、少し呆気にとられた様子のソーンズ。
「ああ、そうだな…。それなら、掃除をしてもらう代わりに、今度俺がお前の機材の修理でも手伝おうか。俺の分かる範囲でだが。」
「…うんっ!待ってる!」
私はそのまま駆けだして、ソーンズの部屋を出て行った。またソーンズと一緒にいられるんだ。
私の後を遅れてくるリーフが、掃除用具を積んだ台車を押して来てくれてることに、後から気がついた。
自室に戻った後、私はソファにぼふっと倒れ込んだ。リーフがどうしたのかと言った風に私を宙から見守る。
(どうしよう…。これって、恋、だよね。私、恋なんてしたことなかったのに。全然経験無いのに…。)
お前が俺の近くにいる限り。俺が守ってやる。
彼の言葉が何度も胸の中で木霊する。
そして、部屋で見た彼の姿を思い浮かべる。ソファにもたれかかって、静かに科学雑誌を読む姿。メガネをした、いつもと違ったあいつの雰囲気。白Tシャツの隙間から見える、あいつの褐色の肌…。
っ、何考えてるの私!ばしばしと自分の頭を叩く。息をゆっくりと吸って、吐く。そうして気持ちを落ち着かせる。
(…あの科学雑誌のこと、一緒に話したかったな。)
再びソファに顔を埋めたまま、あいつが読んでいた雑誌のことを思い出す。
(私も好きなんだ、あの雑誌。)
あいつの横に座って、雑誌について話し掛けている自分を想像する。
【今回載ってる話、面白かったね。】
きっと、これなら私も普段通り彼と話せるはず。科学関係のことなら話せる事は沢山ある。きっと彼とも、雑誌をきっかけにして楽しく話せるかもしれない。今度は私から雑誌を持って行こうかな。話の種に。…うん、希望が見えて来た。
(でも、本当に変。どうして、あんな奴のこと、好きになっちゃったんだろう。)
私に意地悪ばかり仕掛けて来て。迷惑ばかり掛けて。
(ソーンズって、本当に自由…)
彼はたとえ自分の好きな事だけをやっていたとしても。周囲が認めざるを得ないような実力者だ。自分に自信があって、いつも仲間の為に活躍していて。…眩しかった。
(実際、あんなに強いんだもん。)
私を守ってくれた時の、無駄の無い美しい動き。最適化された軌道を滑らかに描く彼の剣。逞しい彼の背中。
…また、私を助けに来てほしいな。
リーフが事情を呑み込めていない様子で、ソファに顔を埋めたままの私を見ていた。