異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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序章
第1話 邂逅


 京都のとある邸宅の一室で、睨み合う者たちが居た。

 数人の護衛を引き連れ、特徴的な〝青〟の軍服を着込んだ男──帝国の中枢たる五摂家の一角、斑鳩家の若き当主である斑鳩崇継が、相対する男の足元に転がった躯を見て、小さく溜息をついた。

 笠置征四郎──斑鳩に属する譜代武家の現当主だった男は、きわめて上昇志向の高い野心家であったが、有能とは言い難い人物だった。

 そもそもが、側室の子で四男という家督相続を望める立場でなかった人物だ。それが、相次ぐ不幸で後継者を失った先代当主が、自らも病魔に侵されて致し方なく征四郎へと家督を譲ったのである。

 偶然に舞い込んだ譜代武家の当主の座──それで満足していれば、あるいは平凡な当主として終わっていただろうが、望めるはずのなかった立場を手に入れたことで、彼の中に野心が芽生えてしまった。

 野心を持つことが悪いとは言わないが、しかし武家の当主としての教育も碌に受けていなかった身の上だ。魑魅魍魎が跋扈する武家の中で生き残るには、征四郎には何もかもが不足していた。

 そして、野心を隠さなかった……あるいは隠せなかったがゆえに立場を失い、やがて宗家たる斑鳩家にも見放されることになる。

 そのまま没落していくことを選ぶことができれば、このような無残な最期を遂げることもなかっただろう。だが、征四郎は他国と通じ……それも、アメリカに内通することによって己の野心を遂げようとしたのだった。

 アメリカの目的は、日本政府の誘致したオルタネイティヴ4を中止に追い込み、自国が主導するオルタネイティヴ5を発動させることであった。そして、征四郎はオルタネイティヴ5の力で帝国を守るとともに、アメリカとのパイプ役に収まることによって己の立場を強化しようというのであった。

 征四郎はオルタネイティヴ5の要であるアメリカの新型爆弾について、深く知っている訳ではなかった。しかし、核兵器をして破壊できなかったハイヴの地上構造物さえも破壊できるという新兵器が、何の副作用も持ち合わせていないと考えるには、あまりにも無理のある話だった。

 だからこそ、帝国にハイヴが建設されていないうちにオルタネイティヴ5を発動させ、帝国の国土を健全に保とうと考えたのだった。

 オルタネイティヴ5によってBETAに勝利した後は、米日同盟という形で世界に覇権を唱えればいい。そうなったとき、オルタネイティヴ5発動のために動いた征四郎は、ほとんど傀儡政権となっているだろう日本政府において、アメリカとの橋渡し役に抜擢されると考えていた。

 しかしその目論見は、自分本位の幻想であるといえた。まず、ハイヴを自国領土に抱える国、とくに欧州各国が黙ってはいないだろうことだ。だが、BETA戦争で国力を消耗した欧州各国では、ヨーロッパ諸国のすべてを合わせても国力はアメリカに及ばない……そこに加えて相応の軍事力を有し、食糧生産プラントの技術が世界でも随一である日本が加われば、なるほど世界の覇者にもなり得るであろう。

 しかし征四郎は、アメリカとの内通を知られてしまった。その瞬間に、彼の思い描いていた未来は閉ざされたのである。たとえ征四郎の動きを掴んだ斑鳩家の追及から逃れられたとしても、政治工作の動きを見破られてしまうような人物を、アメリカ側がパイプ役に選ぶことなど有り得ないだろう。

 ともあれ、笠置征四郎が目論む政治工作を看破した崇継は、その動きを抑えるために笠置家の屋敷へと足を運んだのだが……そこには先客が居た。

 斯衛の暗部は動いておらず、帝国情報省もまたしかり。国内で諜報部隊を抱えている存在は、その2つを除けばあと1つだけ……仙台に本拠地を置くオルタネイティヴ第4計画しか残されていない。

 なるほど、日本が誘致したオルタネイティヴ4の実行責任者たる香月夕呼女史にしてみれば、反対派の動きは押さえていてしかるべきものだ。おそらく、笠置家がアメリカと内通したことを知って動いたのだろう。

 事実、崇継のもとには香月夕呼直属の諜報部隊──オルタネイティヴ計画第1諜報工作部隊ことE-01の構成員が京都に入ったとの情報が届けられていた。

 彼らの目的が笠置征四郎の排除にあるだろうことは承知していたが、これほど迅速に事を運ぶとは思いもしなかった。なにしろ、征四郎も自らの置かれた状況は分かっていたから、相応の護衛は配していたのである。

 それらの護衛をことごとく突破して武家の当主を暗殺してのける手腕があるとは、さすがの崇継も想定していなかったのだが……なるほど、目の前で睨み合う男であれば、それも可能であろう。

 重苦しい空気の中で、崇継が静かに口を開いた。

「ずいぶんと久しいな……敷島隆也」

 その瞬間、崇継に付き従う護衛のすべてが弾かれたように銃を構えようとしたが、崇継は右手を上げてそれを制止した。護衛達は、それに従って銃を下ろしはしたが、最大限の警戒を目の前の男に向け続けていた。

「……会うつもりは、なかったんだがな」

 溜息交じりに呟いて、隆也は左手の銃を傍にあったテーブルに置いた。その動きを見ても護衛達は警戒心を拭いきれない様子だったが、先程まで漂っていた重苦しい空気は、いくらか緩和されたようであった。

「かれこれ……4年ぶりか?」

「……そうだな。其方が斯衛を追われてから、もうそれほどになるか」

 懐かしむような隆也の呟きに、崇継は噛みしめるように言った。

 ──敷島家は、もともと九條家の直系にあたり、与えられていた役目は斯衛の持つ暗部の統括であった。家格こそ譜代であったが、これとて暗部に関わる家が軽視されていたころの名残でしかなく(また、戦争における情報の重要性の増大から、戦後に行われた家格調節においても暗部を統括する存在を隠すために譜代のままとされた)実質的には赤の有力武家と同格の扱いであった。

 斯衛の暗部を束ねるという立場から、敷島家の人脈は特殊だった。武家の人脈や繋がりは、基本的に宗主家と同一派閥に限られるものだが、独立色が強く、中立的な立場にある敷島家では五摂家の全てと繋がりを持っていた。

 崇継にしても、隆也とはいわゆる幼馴染という関係であったし、現時点における五摂家の当主達も、崇継や恭子……崇宰家の次期当主ほどの親交はなかったにせよ、多かれ少なかれ交流を持っていた。

 だからこそ、敷島家は取り潰されたとも言える。

 敷島家が取り潰されたのは、表向きはクーデターを目論んだことに対する処罰ということになっている。だが、その裏にあった謀略の存在は、武家のほとんどが知る公然の秘密となっていた。

 事の発端は、敷島隆也と崇宰恭子の婚約だった。

 五摂家の一角たる崇宰家と、斯衛の暗部を司る敷島家の婚約は、五摂家の均衡を突き崩すには充分すぎるものだった。だからこそ、当時の敷島家当主だった敷島晴信は、隆也と恭子の婚約が内々で決まった時点で隆也を次期当主から外し、敷島家は甥に継がせるとの姿勢を打ち出していた。

 だが、この措置が斯衛内に広まる前に、偶然か、あるいは作為的なものか──おそらく後者であろうが、恭子と隆也の婚約という情報だけが、当時の九條家当主のもとに伝えられたのであった。

 この報告を受けた九條家の動きは素早かったが、同時に性急すぎた。事実関係を確認することもなく、敷島家の取り潰しに動いたのである。

 斯衛の暗部を統括する立場から、敷島家には斯衛の後ろ暗い情報も多く集まる。もしも、その情報を崇宰家に利用されてしまえば、五摂家の力関係は劇的に変化してしまう……敷島家の存在は、自らの傘下にあればこそ価値があるが、他家の傘下に入ればこれほど恐ろしいものはない。

 ゆえに九條家は敷島家に叛意ありとして取り潰しを提案し、敷島家の存在を疎ましく思っていた煌武院家、九條家と連携していた斎御司家がそれに協力した。斑鳩家は中立を表明、崇宰家は抗ったものの多勢に無勢であり、敷島家取り潰しの流れを食い止めることはできなかった。

 しかし取り潰すといっても、他の家と同様には扱えなかった。なにしろ、敷島家は暗部の統括だけに、外部へ流出するのは絶対に避けなければならない情報も多く抱えていた。

 それだけに、身分を取り上げるだけで済まないのは明白だったが、彼らを納得させられるだけの条件を用意することも、また不可能に思われた。

 時間的な制約(敷島家に取り潰しの動きを察知される可能性があった)のため、穏便な手段での解決を諦めた九條家、斎御司家、煌武院家は自らが抱える暗殺部隊を総動員し、敷島家を物理的に葬り去ろうとしたのだった。

 当主とその妻子はもちろん、一切の悔恨を残さぬために使用人に至るまでを対象とした文字通りの殲滅作戦は〝流血の夜〟と称されるほどに凄惨な攻防を経て、当時敷島家の屋敷に居た全員が死亡することとなった。

 しかし、暗殺部隊は思わぬ失態を犯していた。最優先の抹殺対象であった敷島隆也を取り逃がしていたのである。

 この時、隆也は崇宰家の屋敷を訪れていた。と言っても、襲撃を予期していた訳ではなく、まったくの偶然であったが……ともかく難を逃れていたのだ。

 崇宰家に潜んでいた内通者が情報を流したことによって、隆也の所在はすぐに暗殺部隊にも伝わっていた。しかし、内通者からの通報を受けた煌武院の部隊は、九條家と斎御司家の部隊には情報を共有しなかった。

 隆也が敷島家の屋敷にいなかったことは、すでに暗殺部隊の全てが知るところとなっていたが、この時点で所在を掴んでいたのは煌武院家の部隊のみであった。彼らは、この状況を最大限利用しようとしたのだ。

 煌武院家暗殺部隊の指揮官は、敷島隆也を捕殺することができれば、敷島家襲撃に関する思わぬ失態(隆也の行動を把握していなかったこと)を帳消しにできるばかりか、九條家、斎御司家に大きな貸しを作れると考えたのだった。

 相手は敷島家の人間だとはいっても、所詮は子供だ──そんな侮りがなかったとは言わないが、追跡部隊には煌武院暗殺部隊から精鋭ばかり18人を投入して、万全の態勢を整えていた。

 しかし結果は、惨憺たるものであった。

 追跡部隊は壊滅。18人中5人が彼岸に送られ、3人が再起不能……それだけの犠牲を払いながら、隆也の逃亡を許してしまった。

 ようやく事態を知った九條家、斎御司家でも追跡隊を放ったが、初動の遅れを取り戻すことはできなかった。結果的に、敷島隆也の逃亡という大きな失点を残して敷島家殲滅作戦は幕を下ろすこととなったのだった。

 一連の騒動に関わった家々にしてみれば、暗殺部隊の精鋭を退ける相手……しかも自分たちを恨んでいて当然の人間が生き残ってしまったのだから、心中穏やかでいられるはずがなかった。

 隆也の報復におびえる家々は暗部を可能な限り動員して行方を追い続けていたが、動向を掴むことはできなかった。そればかりか、捜索に投入された人員の相当数が未帰還となったことも、崇継の耳に入っていた。

「しかし……苦労しているらしいな、斯衛の暗部は」

 世間話でもするような調子で、隆也が言った。

 その苦労している人間にしてみれば、「誰のせいで」と叫び出しそうな白々しい発言だったが、崇継もさるもので、同じ調子で言葉を返した。

「軽率な判断。そして無理な諜報活動の結果だ……そっくりそのまま叩き付けられれば、其方でも手古摺ったであろうな」

「否定はしない──が、その場合、俺はここに居ないだろう?」

 苦笑する隆也に、それもそうだと崇継も肩をすくめた。

 あの事件がなければ、隆也は現在も斯衛に所属していたことだろう……だが、敷島家の取り潰し騒動が隆也の運命を狂わせた。いや、そればかりではなく、斯衛全体を巻き込むほどの巨大な渦となって各所に波及したのだった。

 表向き、敷島家の取り潰しはクーデター未遂として処理されたのだが……発端となった隆也と恭子の婚約、それにともない敷島晴信が次期当主と目されていた隆也を後継者から外そうとしていたことなどは、すでに上位武家を中心に広まっていた。

 つまりは、隆也が崇宰家に婿入りしたところで敷島家の立場(九條家寄りの立場)が崩れることは有り得なかった……もっとも、九條家としては崇宰家に政治面における鬼札となり得る存在が加わること自体を恐れていたのかもしれないが……このため、敷島家殲滅は九條家の勇み足、あるいは最大級の失策ではないかと言われている。

 かつての斯衛であれば、五摂家への批判など許されるはずもなかったが、他ならぬ敷島家の消滅がこの異様な状況を許していた。

 敷島家の消滅によって、斯衛の暗部は中核を失って分裂した。

 斯衛の暗部を構成する武家は、五摂家のいずれかを宋主家として仰いでおり、情報漏洩を防ぐという目的から、宋主家と何らかの繋がりを持つ譜代武家か、その譜代武家の直属にあたる下位武家であった。

 いっそ見事なほどに派閥争いの舞台が整えられている状況だが、斯衛における最初の諜報を専門とする武家にして、実績・能力ともに不足ない敷島家が統括者であるだけに、そうした動きは起こせなかったのである。

 だが、その重石は取り除かれた。

 敷島家の消滅にともない、暗部所属の武家はそれぞれの宋主家の持つ諜報組織へと移籍し始めたのである。これは、九條家が事実上独占していた諜報体制の崩壊と、他の五摂家が持っていた諜報組織の拡大を意味していた。

 こうした事情から、斯衛内では公然の秘密として敷島家取り潰し騒動は語られることとなり、事件の裏側にしても同様に扱われるようになったのだった。

 そして暗部の分裂による諜報体制の崩壊は、九條家が斯衛内外に持っていた影響力の縮小を招いており、取り潰し騒動に関わった武家の、とくに九條家派閥の武家が動かせる手駒の減少にもつながっていた。

 それはそのまま隆也の追跡に回せる人員の減少にも繋がっており、報復におびえる武家連中が無理を承知で隆也の捜索と抹殺を命令したために、各個撃破の要領で人員を磨り潰され続けているのだった。

 もしも暗殺部隊の全力を、それも暗部が崩壊せずに諜報部が分裂する以前の状況で叩き付けられれば、おそらく隆也も生きてはいなかっただろうが……そもそも敷島家が潰えた時点でそれは絵空事であった。

 崇継の護衛達が気を張っているのも、そのあたりの事情を熟知するゆえだ。隆也は武器を置き、自分たちは銃を持っているという、圧倒的に優位な状況にあってすら、喉元にナイフを突きつけられているような感覚が拭えないでいる。

 取り潰し騒動では斑鳩家は中立の立場を取っていたが、隆也がそれを知っているかは分からないし、知っていたとしても、恨まれていないと断じるには敷島家に行った仕打ちはあまりにも凄惨に過ぎた。

 そんな護衛達の緊迫をよそに、崇継と隆也は朗らかに会話を重ねていた。

 隆也の五摂家の当主を相手にするにはふさわしくない調子に、口を挟むべきかと護衛達は頭を悩ませ続けていたのだが、そんな悩みを吹き飛ばしてしまうような発言が、やがて崇継の口から飛び出した。

「其方、斯衛に戻るつもりはないか?」

「──なに?」

 さしもの隆也も一瞬面食らったように目を見開き、周りの護衛達は反射的に崇継に視線を移した。

「言葉通りの意味だ。我の第16大隊で戦うつもりはないかと聞いている」

「……正気か?」

「正気だとも……大陸からの撤退により、我が国は喉元に匕首を突きつけられたに等しい状況に置かれている。史上最大の国難が迫っているというのに、使える戦力を遊ばせておく理由はあるまい」

 崇継の言葉は、帝国が置かれた状況を端的に表していた。

 敗走を続けた人類は、先の光州作戦の敗北によっていよいよユーラシア大陸から押し出されてしまった。これにより、日本帝国とBETAの支配領域を隔てるのは海洋のみとなり、いつ帝国本土への侵攻が始まってもおかしくはないのである。

 理屈では分かるが……沈黙する隆也に、崇継は続けた。

「なにも、いまの立場を捨てろという訳ではない。第4計画が本格的に動き出すまでの間、第16大隊にも籍を置いてほしいというだけだ。できる限り、長期間の協力を得たいところではあるが……そのあたりは任せる」

「……俺が、使える戦力だと思うか?」

 試すように、隆也は崇継を見据えた。

 隆也が籍を置いているのは、香月夕呼直属の諜報工作部隊──このことは、崇継は知っているし、護衛の人間もそれとなく察している。

 笠置家襲撃の手腕を見れば、工作員として優秀であることは間違いないが、衛士としての実力のほどは定かではない。それに、戦術機という兵器には他の兵器にはない特徴として、蓄積された運用データによるバックアップ機能が備わっているのだ。

 これだけを聞けば優秀な兵器なのだが……このバックアップ機能だが、機体に搭乗する衛士の個癖までもデータに蓄積し、反映させてしまうのだった。つまり、機体運用時間が長いほど追従性は高まるが、そうでない場合には能力を充分に発揮することができないという訳である。

 しかも崇継が率いる第16大隊は、斯衛軍の中でも精強を謳われる部隊であり、衛士としての能力が未知数で、しかも斯衛には機体の運用データもない人間を配属するのは、博打が過ぎる行為だった。

 しかし崇継は、薄笑いを浮かべて言った。

「そう思わねば、こんなことは言わんよ」

 しばし押し黙った隆也は、長々と溜息を吐き出した。

「さすが……と言っておくか」

 崇継に見透かされた通り、隆也は充分以上の衛士訓練を積んでいた。

 現在では第4計画直属の諜報部隊に籍を置いている隆也だが、もともとは香月夕呼直属の戦術機部隊──オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊こと、特殊部隊A-01への配属が予定されていた。

 斯衛軍衛士養成学校を首席で卒業している人間を遊ばせておく理由はないのだから、この措置は当然だっただろう。

 しかし、動き出したばかりのオルタネイティヴ4にとって、最優先されるべきは戦闘部隊ではなく、国内外の情報を探る諜報部隊の整備であった。そんな状況で、斯衛の暗部を統括していた敷島家の生き残りが放っておかれるはずもなく、A-01への配属はいったん棚上げされ、E-01に籍を置くことになったのだった。

 とはいえ、諜報任務中に戦術機戦闘を行う可能性は充分に考えられたため、E-01においても戦術機操縦訓練にはかなりの比重を置いていた。

 そして、隆也はオルタネイティヴ4発足から間もない時期に計画に参加しているだけに、訓練時間は後に招集されたA-01の衛士と比べても隔絶していた。

 しかもE-01に与えられる任務は潜入工作を前提としており、どの国の戦術機であっても充分に動かせる必要があると見られていた。

 そのため、全世界で運用されている『F-4:ファントム』や『F-15:ストライク・イーグル』はもちろんのこと、その日本仕様機や近くは中華統一戦線、果てはEUに至るまでの戦術機操縦訓練を課せられたのだが、さらに帝国武家の出身者は、斯衛軍が運用する戦術機『82式:瑞鶴』の操縦訓練も積んでいたのである。

 機体運用データは当然持ち運んでいるため、データの入力さえ可能なら、即席の機体であっても問題なく運用することが可能であった。

 それを崇継が知っているのかはともかく……隆也としてはいささか厄介なことになったと思わざるを得なかった。

「……これでも、多忙な身なのだがな」

 第4計画直属の諜報工作部隊E-01は、決して大所帯とは言えない。機密保持という観点もあるのだが、単純に伝手がないのが要因であった。

 もともと物理学者でしかない夕呼に裏世界の伝手などあるはずもなく、自分たちで誘致しておいて日本政府もそういった方面での支援を行わなかったことから、第4計画の諜報網は夕呼に好意的な協力者によって構築されていた。

 E-01の編成に際しても同様の問題があり、こちらは隆也ともう1人、副隊長を務める人物の伝手から構成員が集められたのだが……隆也の人脈──つまりはいまだ保持されている敷島家の諜報網は特殊も特殊であるために人員の抽出ができず、結果として隆也自身も任務に赴く必要に駆られているのだった。

「分かっているとも。だが……」

 ニヤリと口元を歪める崇継に、隆也は諦念を抱き始めていた。

「彼女に任せておけば、ある程度は問題なかろう?」

「……知っていたのか」

「彼の家の内部分裂は有名だからな……葛西榛名、東雲虎三、雉宮紫苑と、それだけ譜代が名を連ねていれば事態は容易に想像できる」

 崇継が口にしたのは、いずれも九條家に縁のある譜代武家の出身者であったが、同時にE-01に籍を置く人物でもあった。

 どういう経緯でそうなったのかまでは崇継も知り得ないが、九條家の姉妹喧嘩(喧嘩などという可愛いものではないが)の主役の一方である九條楸がE-01の副隊長を務めていることから、何らかの取引があったのだと判断できる。

 しかし──。

「九條公も、其方と彼女が組むとは思っていなかっただろうな」

「……普通に考えれば、そうだろうな」

 隆也にとり、九條家は不倶戴天の敵であるはずなのだ。九條家の思惑によって家を取り潰され、身内をすべて失った。その上、現在に至るまで付け狙われているのだから、対立するのが当然の帰結だろう。

 ところが隆也は楸を受け入れ、自分が率いる諜報部隊の副隊長に任命した。

 もっとも、これは人材不足が最大の要因であった。敷島家を取り潰した後、九條家は再び諜報戦の主導権を握るべく諜報部隊の拡充に力を入れており、楸や彼女を追いかけて出奔してきた人物は、多くがその分野に精通していたのである。

 諜報部隊設立に躍起になっていたオルタネイティヴ4にとっては思いがけない拾いものであったことは間違いなく、彼女らを受け入れたおかげで、E-01はひとまずの陣容を整えることができたのも、また事実であった。

 もっとも、人手不足なのは変わらなかったが、それでも最初期に比べればかなり解消されている。そういった意味では楸を受け入れた隆也の判断は正しく、また私情に駆られなかったという点においても評価されているのだが……。

「薄情かもしれないが……復讐に興味が湧かなくてな」

 苦笑交じりに、隆也は言った。

「……いや、其方らしい」

 こちらも苦笑を浮かべて、崇継は返した。

 隆也の性格は、幼馴染だけによく把握しているが、決して薄情という訳ではない……むしろ、後々まで悔恨を引きずるタイプだ。しかし同時に、覆しようのない結果に対しては確かに淡白だった。

 つまりは、自分の手の届かないところで起こった敷島家の取り潰しは、どうしようもないことだったと割り切っているのだろう。あるいは、工作員として優秀であるがゆえに、当然の帰結だったと諦めているのか。

(奴らが知れば、卒倒しそうだな)

 敷島隆也に、復讐の意志無し──それを知ったなら、彼を排除しようと躍起になっている武家は顔色をなくすだろう。いったい、何のために諜報部の犠牲を積み上げてきたのか、と。

 隆也を追跡するために失った諜報員の数は、独自に動いている武家はもちろん、暗部を多く抱える九條家にとってすら許容できるようなものではなかった。そこに加えて、2年前の九條家の姉妹喧嘩による楸の離反で、斯衛内部における九條家の勢力は大きく削がれているのだ。

「九條家にとっては、俺と楸の共倒れが最良だったな。最悪でも、どちらかが倒れれば、内憂か外患か、いずれかは消えたが──」

「結果は向こうにとっての最悪……まぁ、想定などできまいよ」

 九條家の後継ぎである姉妹の仲が険悪である、ということは斯衛内では周知の事実だった。もっとも、姉である九條梢が、妹の楸を一方的に嫌っているというのが通説であったのだが、少なくとも外から見ている分には事実に見えた。

 斯衛内の評価では、九條梢は敷島家壊滅を主導した先代当主と同様に猜疑心の強い人物だと見られており、九條家を割った姉妹喧嘩の遠因は、その猜疑心ゆえに摂家の当主を務められるだけの才能と器を持ち合わせていた楸を疎んだのだろうと言われている。

 その筋書きには、頷ける面もある。

 先代の九條家当主は、あくまで後継者は梢だと明確にしていた。梢が正室の、楸が側室の娘であったこともあるのだろうが……もともと側室を迎えたのは、先代当主の火遊びの結果であったため、迎えられた側室は正室や先代に疎まれていたということもあるだろう。

 当主に疎まれていたこともあって楸は日陰に追いやられていたのだが、感情面ではどうあれ、その才能を無駄にしておくには惜しかった。だから、楸は九條家の諜報部総監の立場に就けられたのだが、そのために次期当主の候補者に挙げられてしまったのだ。

 ある事情から、楸の方が当主に相応しいと見る動きがあったことも後継者問題を拗らせる要因であった。

 暴発に至ったのはおよそ2年前……斯衛で言うところの九條家の姉妹喧嘩が勃発することになるのだが、その実態は喧嘩どころではなかった。

 事の発端は、所用で帝都を離れていた楸に九條本家から外患誘致罪の容疑を掛けられたことであった。ここで、並みの人物であれば慌てふためいて本家に戻ろうとしたのだろうが……楸は何を思ったのか、この頃は仙台に本拠地を置いていた香月夕呼に接触したのだった。

 慌てて戻ってくるはずの楸を待ち構えていた九條家の暗部は肩透かしを食らった格好だったが、むしろ好機を掴んだと思っていた。香月夕呼の傍には、あの敷島隆也が……九條家に恨みを持つはずの危険人物が付き従っていることがこの頃には分かっていたからだ。

 九條家にとって──いや、自分にとって邪魔な存在である敷島隆也と九條楸をまとめて消し去れる可能性が生まれたのだから、当然だろう。

 両者が潰し合い、共倒れになるのならそれでいいし、もし片方が生き残っても無傷では有り得ないはずで、そこを急襲すれば簡単に排除できる。

 そう思っていたが……どういう訳か隆也と楸が手を組んでしまい、後始末のために送り込まれた暗部連中は逃げ帰ったという訳だ。

 大変だったのはそこからで、楸こそ当主に相応しいと考えていた九條派武家の一部から離脱者を出すことになったのだ。

 現在E-01に所属する元武家の面々はそうした事情で斯衛を離脱した者たちであり、基本的には楸のもとで働いていた者たちだから、九條家の諜報部に所属していた人物が大半を占めていた。

 このために九條家の暗部の懐事情はいよいよ苦しくなり、隆也に対して刺客を差し向ける余裕を失っていた。もっとも、斎御司や煌武院の派閥にもそうした行動を取っている武家は居るため、平穏が訪れたわけではなかったが。

 ともあれ、隆也に少なからぬ余裕が生まれたこと、そしてE-01がひとまず陣容を整えることができたのは僥倖に違いなく、ある意味で九條家がオルタネイティヴ4に貢献したというのは、随分な皮肉だった。

 ちなみに、楸が九條家への帰還を諦めた理由だが、「九條家に興味も未練もないし、馬鹿女にも慈悲はないから」らしい。

 楸にしてみれば、当主にも興味などないし、諜報部総監を務めていたのは必要に迫られたから仕方なく、ということだった。

 ついでに、馬鹿女というのは母親のことだ。

 先代当主にとっては遊び相手に過ぎなかったのだが、武家に憧れを……というか幻想を抱いていた彼女は、妊娠したことを盾に強引に側室に迎えることを迫り、スキャンダルに発展することを恐れた先代が折れるかたちで側室に迎えたのだった。

 しかし、先代からも疎まれている彼女が九條家に歓迎されるはずもなく、当然だが冷遇されることになる。しかし、彼女はまさか冷遇されるとは思ってもみなかったようで、その不満を楸にぶつけていた。

 そういった事情はあるにしても、隆也が楸を受け入れたのは、別に境遇に同情したとかではなく、至極単純な話だが、友人であったからに他ならない。

 隆也と楸の友人関係は、幼少の頃からだった。それも、楸の右目が擬似生体になるよりも前からの付き合いだった。

 しかし当時の楸は、九條家では後継者問題を拗らせた原因でもある〝ある事情〟もあってかなり疎まれていた。だから、身辺警護もされておらず、九條家では誰も隆也との接触を知らなかった。

 もしそのことを知っていたなら、隆也と楸がぶつかるはずがないと気が付いていたのだろうが、残念ながら隆也と楸の友人関係を知っていたのは、崇継と恭子だけ。つまり、斑鳩家と崇宰家だけで、わざわざ九條家に教える義理もなかった。

 ともあれ、九條楸はE-01副隊長に就任したが、諜報部総監を務めていたことから実質的な司令塔となっており、前線に赴くことの多い隆也に代わって部隊全体の指揮を執っていた。

「彼女に任せておけば」という崇継の言葉はそのあたりの事情を突いたのだが、さらに畳みかけることも忘れなかった。

「報酬は、斑鳩家の後ろ盾だ……それでも不足か?」

「…………分かった」

 長い沈黙の後で、隆也は了承の言葉を吐き出した。

 日本国内で活動するにあたって、五摂家の後押しがあるのは大きい。しかも、斑鳩崇継は政治感覚にも優れた才人として知られており、基盤の弱いオルタネイティヴ4にとって、これ以上ない後ろ盾だった。

 要求される対価は恐ろしくもあるが……そこは香月博士に骨を折ってもらうか、こちらで死力を尽くすしかあるまい。

「──だが、好きにやらせてもらうぞ」

 釘をさすように、隆也は言った。

 E-01構成員としての任務も山積しているのだ。それを放り出して第16大隊にばかりかまけていては、楸に何を言われるか分かったものではない。できる限り本来の任務も果たさねばならなかった。

「構わんよ。もとより、其方を縛れるとは思っておらぬ」

「……喰えん奴だよ、相変わらず」

 鷹揚に頷いた崇継に、隆也は何度目かの溜息を吐き出すのだった。

 

 ────かくして、帝国斯衛軍・第16大隊に籍を置くことになった隆也であったが、その前途は多難であった。

 まずは、気の進まない報告から……案の定、事実上の上司である香月夕呼からは呆れられ、部下でありながら立場的にはむしろ上にも見える九條楸には、散々に嫌味を頂戴する羽目になったものの──斑鳩家の後ろ盾を得られるならば、ということで長々としたお説教の後で不問ということにされた。

 釈然としない感情を抱いた隆也だったが、自身の迂闊さが招いた結末であるだけに反論の余地はなかった。

 さて、隆也の第16大隊編入だが、夕呼と楸、そして崇継が動くことで、いささか強引ではあったが、笠置家の陣代(正式な当主の代わりに家を守る役目)というかたちで体裁が整えられた。

 当主が急死した笠置家だが、実は家督を相続できる人間は2人だけだった。

 1人は征四郎の叔父だが、こちらは高齢で、しかも病んでいた。とても当主を務められるような状態でないために候補からは除外され、残るはその孫だが、こちらもまだ相続できるような年齢ではなかった。

 そこで、笠置征四郎の遠縁にあたる偽の戸籍を作成し、斯衛軍中尉の身分を用意したのである。なお、与えられた階級が中尉なのは国連軍での階級に合わせたためで、表向きは国連軍所属の衛士を、強引に陣代として呼び戻した──という筋書きからだった。

 しかし、第16大隊への編入自体は無事に終わったのだが……。

「──まぁ、こうなるよな」

 愚痴っぽい呟きを漏らしながら、隆也は操縦桿を強引に操った。

 機体の反応は、悪くない。さすがに、少しばかりの違和感は覚えるが、持ち込んだ機体運用データがあるとはいえ、それを機体と擦り合わせるのは容易なことではない。よくぞ、この短時間でここまで仕上げたものだと素直に感心するほどだった。

 強引に過ぎる操縦に、よく追従した機体──譜代武家を示す山吹色の装甲を纏う『瑞鶴』は、押し寄せた直径36ミリの模擬戦用ペイント弾の奔流を縫うようにして潜り抜け、汚れのない装甲を陽光に輝かせた。

 戦術機同士の射撃戦闘は、有利なポジションを取った方が勝つ。死角の生まれやすい背面を取ることができれば最高だが、実戦においては互いにそれを警戒し合うために、簡単に背後を取ることはできない。

 そのため、適切な間合いを測りながら宙空を飛び回り、相手の射線を外しながら、一撃を狙いあうことになる。迂闊な射撃はむしろ隙を晒す行為になるため、好機を捉えたものでもなければ発砲しないことさえ選択肢になる。

 しかしこれは、あくまでも1対1の戦闘におけるセオリーであって、いましがた繰り広げられている戦闘のように、1対多数の戦いでは通用しない。当然だが、数に勝る側が連携して有利なポジションを確保できるからだ。

 白を纏った『瑞鶴』の群れは、数の優位を最大限活用して山吹の『瑞鶴』を囲い込み、集中砲火を浴びせ続けている。

 戦術機による包囲陣というのは、一見して必勝戦法に見えなくもない。だが、包囲した側は敵の動きばかりでなく、自分と味方の射線にも気を配らなければならない。迂闊に発砲して、味方を誤射してしまったのでは、洒落にもならないからだ。

 だから、熟練した衛士と新米衛士の模擬戦では、包囲した新米衛士達が誤射を恐れて動けなくなり、熟練衛士の反撃によって包囲陣が崩壊するといった光景は、珍しいものではなかった。

 しかし、第16大隊に所属する衛士は、厳しい選抜試験を潜り抜けた人物であり、日々の研鑽にも余念のない者たちだ。

 山吹の『瑞鶴』を包囲した戦術機動は見事と言う他なく、四方八方から砲火を浴びせながらも味方を誤射しない技量もまた、称賛するべきだろう。

 だからこそ、山吹の『瑞鶴』の異質さが浮き彫りになるのだった。

 包囲陣を敷く『瑞鶴』の装甲は、白で塗装されていた。それは、一般武家の出身者であることを示していたが、これは非常に珍しいことだった。

 五摂家の当主が直接率いる部隊に、白の武家が配属されるはずがない。最低でも山吹の家格を持つものでなければ立ち入ることはできないのだ……と、さして歴史がある訳ではない斯衛軍の戦術機部隊だが、そうした空気は確かにあった。

 悪しき慣習──と切って捨てるのは簡単なことだが、慣習というものは決して意味なく存在するものではない。

 例えば武家では、男児女児問わず幼少の頃から剣術を学ばせている。肉体的な鍛錬という意味もあるが、それ以上に精神を鍛えるためだ。

 武家に生まれた以上、将来的に荒事に関わることになる。

 才能という、いかんともしがたい要素から、後方で指揮を執ることしかできない者がいるとして、その時に剣を振るう者としての心構えや矜持を理解できないのでは、無用の軋轢を生み出してしまう。

 それを防ぐために、といった裏の意味合いがあるように、武家に与えられた色も、それまでの各家の功績が重んじられていることを示すためにつけられている。

 ただし、諜報活動を行う武家では、秘匿性を確保する目的から家格が低く抑えられる傾向にあった。かつての諜報組織筆頭たる敷島家が、実質的に赤でありながら表向き山吹の家格であったことなど、その好例であろう。

 もっとも、諜報活動を行う武家が一般の武家と組むことがまずありえないので、さほど問題視されてはいなかった。

 とにかく、色を基準とした明確な差を……人間が最も頼る視覚によって理解できる立場の違いを示すのは、指揮系統の問題で揉め事を起こさないという配慮からで、端的に言えば我の強い武家の人間を黙らせるためのものであった。

 必要なものであるのは確かであろう。だが、しかし崇継はそれを悪癖と断じて、斯衛における常識を打ち破っていた。第16大隊の編成にあたって、崇継は慣例を打ち捨て、技量優秀かつ正しく武家の矜持を持つものを選抜した。

 武家の矜持とは、すなわち戦うものとしての心構え──軍神・朝倉宗滴の言葉を借りるのならば〝武者は犬とも言え、畜生とも言え、勝つ事が本である〟ということだ。

 武家らしからぬ──と思う者もいるだろう。

 しかし、だ。ユーラシア大陸を席巻したBETAが、次に目指すは日本帝国を置いて他に無い……では、武家が、軍が負ければどうなるか? 

 押し寄せるは万を超えるであろうBETA──もし負ければ、自分の家を失い、それどころか守るべき存在である民間人にすら多大な犠牲を強要することになろう。

 戦う者が、勝てずに負ける。

 それが何を意味するのか、崇継にはよく分かっていた。軍、政府、武家……なんであれ、その存在意義を見出しているのは大衆であり、歴史である。

 故に、問われることになろう。

 負けた武家に、存在する価値はあるのか、と。

 だからこそ、斯衛は──武家は、勝つための最善を求め続ける必要がある。その障害になるのなら、慣習であれ無用である。

 すべては勝つために──その信念のもと作り上げられた第16大隊は、他の隊には見られない緊張感をもっている。

 無様を晒せば、傑物と名高い斑鳩崇継の直轄部隊を外されてしまうという危機感もあり、また衛士として、武家として家格が下のものに腕で劣っては家の恥だと、山吹の、あるいは赤の武家は鍛錬に励み、上に立つ者たちの危機感は下にも伝播し、引っ張られるようにして皆が努力する。

 第16大隊が斯衛軍でも精鋭と名高い理由は、こうした緊張感が部隊内に当たり前のものとして共有されているからだった。

 ──どこの馬の骨とも知れないやつが、ふざけるな。という、反発は至極当然のことだっただろう。いくら崇継様自らの推挙であったとしても……むしろ、だからこそ余計に反発は大きかったのだと思う。

 自分を含めてだろう。彼を紹介されて、明らかに顔色を変えていた赤、山吹を除いた白の衛士達が不服を申し立てると、「ならば実力をもって示すがよい」と、崇継様は模擬戦の舞台を整えられた。

 おそらくは、すべて思惑通りのことだったのだと、モニターを見つめる赤の衛士──陸奥八雲中尉は思っている。他の斯衛の部隊に比べて武断的……実力主義の側面の大きい第16大隊なればこその荒業だ。

 恐るべきは、その実力を見抜いていた崇継様の御目だ……かねてから彼の人物の異質さを知る自分ですら、1対12の戦いでは、どうにもなるまいと思っていだのだ。

 しかしどうだ、山吹の『瑞鶴』は包囲されていながらいまだ無傷で、それに対して白の『瑞鶴』はすでに戦力の3分の1をもぎ取られている。

 山吹が見せる回避機動は、精鋭を誇る第16大隊の衛士をして出鱈目と表現する以外にないほどだが、驚愕するべきはその最中に、一瞬の隙を突いた反撃を織り込むことで、着実に数を減らしていることか。

 高速での回避機動と、味方の曳痕が飛び交う中で放たれた反撃を見切るのは至難だ。それも、36ミリの乱射ではなく、120ミリの単発射撃。それは、寸分の狂いなく背後を取った機体の胸部に模擬弾を炸裂させていた。

 いままた、山吹の背後を取ろうとした白の『瑞鶴』が、跳躍ユニットに120ミリを叩き込まれて戦線離脱を余儀なくされた。これで5機……そう思った刹那に、さらに1機の白が胸部に模擬弾を弾けさせた。

「……やはり、出鱈目だな。敷島隆也」

「──隊長」

 我知らず呟きが漏れた。決して大きなものではなかったが、隣に立つ第3中隊副長、雪城真弓中尉が声を落として注意を促した。

 周囲の人間は事情を承知していることだろうが、声に出すにはその名前は危険すぎるものであった。

「すまん……」

「いえ、お気持ちは分かりますから」

 苦笑を浮かべて、真弓は言った。いささか気安い口調なのは、彼女が自分の同期(真弓は山百合女子衛士訓練校ではなく、男女混合の訓練校の出身)であるからだ。そして、それは同時に奴とも同期であるということで、模擬戦への参加を断ったのはそれが理由だったのだろう。

 その時、16大隊の副隊長である真壁介六郎大尉が近づいてくるのが見えた。

 先のやり取りを聞き咎められたか、そう思ったが、違った。

「其方らの目から見て、アレはどう見える?」

 真壁大尉も、自分たちが奴の同期だったことは承知している。かつてを知るものから、所見を得たいと思ったのだろう。

 とはいえ、答えられる質問ではなかった。

 八雲は訓練校ではことあるごとに張り合っていたし、同時に友人であったとも思う。真弓にしても、同じ訓練小隊に所属して卒業までを過ごしただけに、他のものより多くを知っているという自負はある。

 だが、その2人をして〝異質〟という以外の言葉を持たなかった。

 眼前で見せつけられる出鱈目な戦術機動だけなら、真似ることも可能であろう。身体に掛かる負荷をまるで無視すれば、の話だが。

 しかし、周囲を囲まれた状況で反撃まで繰り出すことが可能かと問われれば、首肯するには無理があり過ぎる。

 というより、衛士には不可能ではないだろうか? 

 漠然とだが、八雲はそのような感想を抱いていた。あの動きは、武家や衛士という枠組みではなく、もっと特異な環境に置かれた者だけが会得できる経験に支えられていると思ったのだ。

 そして、その予感は正しかった。

「異質……か、そうだろうな」

 首肯してから、真壁大尉は続けた。

「自らの持つ技術を、操縦技術へと落とし込む……それだけならば、武家の多くは可能だろうが、奴は持ち合わせた技術が武家とはかけ離れているからな」

 武家が学ぶ剣術は、古来より流派として確立されたものが多い。そうした古流武術は、高度に練り上げられているがゆえに、多方面に応用が利く。

 もちろん、戦術機の操縦に応用するには、特異な才能や途方もない努力が必要にはなるが、少なくとも第16大隊の衛士たちは多かれ少なかれ、自らの流派を操縦技術へと落とし込んでいるだろう。

 もともと武家の生まれである隆也にしても同様であろうが、敷島家は諜報武家の筆頭であっただけに、継承してきた流派は武家のそれとはかけ離れた、むしろ忍びのそれに等しかった。

 出鱈目な戦術機動はその流派ゆえ実現可能であり、それに耐えられる身体能力は、諜報工作を生業とする家だからこそ培われたものだ。

 だがそれだけではないと、真壁大尉は言うのだった。

「そこへ加えて、異質極まりない経験だ。それだけは、誰であろうが模倣できるようなものではないし──」

 したくもない──真壁大尉は、最後にそう呟いたように感じた。

 その瞬間、漠然とした考えが正しかったのだと直感すると同時に、冷たいものが背筋を駆け抜けたようだった。

 ごく単純な話、敷島隆也は慣れているのだ。周囲すべてを敵に囲まれ、一瞬でも気を緩めれば即座に死が訪れるという状況に。

 斯衛を追われた敷島隆也が、去る諜報員の手引きで香月夕呼と邂逅するまでの、およそ1年の暗闘──煌武院、九條、斎御司と、名だたる五摂家の放った追跡者を返り討ちにし続けた事実は、上位武家であれば噂程度には耳にしていた。

 それほどの修羅場を乗り越えることで身に付いた技術が、あれだけの戦闘能力を支えているのならば、確かにあの男以外には到達し得ない領域であろう。

 八雲が顔をしかめる間に、模擬戦は最終局面を迎えていた。

 すでに、残された白は3機に過ぎない。圧倒的な実力差を見せつけられた格好だが、しかし彼らはなお戦意を失っていなかった。

 12機で掛かって、しかも包囲攻撃で仕留められなかった相手である。射撃戦で仕留めるのは不可能と見て、1機が模擬長刀を抜き放つ。

 他の2機の援護射撃を受けながら突進する機体の踏み込みは凄まじく、回避運動を取る山吹の懐へと一息に飛び込んでいった。

 対する山吹は初動が遅れたように見える。右手に持った突撃砲を投棄すると同時に、背面ラックに背負った長刀を跳ね上げるが──それを抜き放つ余裕はなく、初太刀を浴びせられた。

 山吹の機体が横に流れ、鋭く振るわれた長刀は宙空を切り裂くのみだった。だが、回避されることは、白の衛士にとって織り込み済みのこと。振り切られた長刀が、跳ねるようにして刀身を返した。

 巌流・佐々木小次郎の燕返しのごとき一刀は、反撃の機会を与えることなく山吹の機体を捉える──はずだった。

 だが、そもそも山吹の『瑞鶴』は、その場での反撃など考えていなかった。跳ね上げられた長刀はブラフに過ぎず、白の衛士が隠し玉を放った瞬間には、すでに機体の脇をすり抜けていたのだった。

 もちろんそれで終わる訳もなく、駆け抜ける間に山吹の機体は模擬短刀を装備し、容赦なく背後からコックピット部分に叩き付けていた。

 そこからの戦いは、まさに瞬転であった。

 鮮やかな蒼炎を曳いて虚空を駆ける山吹に対して、残された2機の白は散開して挟撃を試みるが、同じ機体とは思えぬほどの機動力を見せつけた山吹色は、援護射撃の曳痕を完全に置き捨てて片割れへと迫った。

 白の衛士は後退しながら楯を構える。同時に、突撃砲を捨てて長刀を装備して反撃の準備を整えたが、それらは無駄に終わった。

 跳躍ユニットがもたらす推進力はもちろん、長刀を抜き放つ動作や機体のわずかな所作に至るまでを破壊力へと置き換えた一撃は、激突の瞬間に轟音を炸裂させ、圧力に堪えかねた模擬長刀が折れ飛んだ。

 それだけの破壊力を受け止めた楯は大きくひしゃげ、衝撃に耐えかねた機体も制御を失って、真っ逆さまに墜ち始めた。

 その光景に気を取られた最後の白は、一刀を放った動きのまま反転する山吹の動きを見落としていた。気が付いたときには、36ミリ弾が続けざまに装甲を叩く異音がコックピットに響いていた。

 ……墜落しつつあった白の『瑞鶴』が、山吹の『瑞鶴』に支えられながら演習場の地面に足を下ろしたことで模擬戦は終了した。

 それから数分後、疲労困憊といった様子で整列した白の衛士達の目の前には、けろりとした顔の男が立っていた。

「……で、満足したか?」

 事務的な問い掛けに、白の衛士達は頷く以外の選択肢を持たなかった。

 BETAによる本土進攻──日本帝国の総力を挙げた死闘の幕が上がる、およそ3ヶ月前のことであった。

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