異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第4話 因縁巡りて

「──『殲撃10型』か。ガラクタを寄越しやがったな」

「……悪い機体ではないと思うが?」

 隆也とマーティカの前に佇む機体は、特徴的な装甲ラウンドモニターを頭部モジュールに装備した、統一中華戦線の戦術機であった。

 アメリカの開発した『F-16 C:ファイティング・ファルコン』をベースに、統一中華戦線とイスラエルが共同開発した第2世代戦術機である。比較的小型ながら、高い近接機動格闘戦能力を持ち、整備性や量産性も高い優秀な機体だった。

 また、軍関係者の間で俗称される〝F-16ファミリー〟こと、F-16の派生機体の中では最も成功した機体であるとの評価もある。

 プロミネンス計画……ユーコン基地で実施されていた先進戦術機開発計画の場においては、機体の軽量化と推力の向上したロケットモーターによって高機動格闘戦能力を強化した改修機が運用され、相応の結果を残している。

 実機を見てきたマーティカにしてみれば、それほど悪い機体には思えなかったし、隆也にしても、ユーコン・テロ事件やブルー・フラッグ演習で、『殲撃10型』の戦いぶりを目にしているはずだった。

「性能だけなら、別に不足とまでは言わないが、な」

 マーティカの疑問に、隆也はかぶりを振って答えた。

 第2世代機としては、かなり優秀な機体なのは間違いない。それこそ、得意分野に限れば特殊作戦群が装備する第3世代機にも匹敵するだろう。

 隆也が問題視しているのは、『殲撃10型』が小型、軽量の機体であることだった。

 小型戦術機は、機動性能や取り回しに優れている他、調達価格が安いという利点もある。しかし一方で、稼働時間という面で言えば大型機よりも落ちる。

 もちろん、防衛戦や間引き作戦で運用されるのであれば問題にならないが、特殊作戦群が投入されるのは継続的な補給の望めないハイヴ攻略戦だ。

 だから、特殊作戦群の配備機は多くがハイヴ内での戦闘を念頭において設計された戦術機で占められているし、そうでなくとも、ハイヴ攻略戦への投入を見越して改造を施された機体で固められているのである。

 だが、『殲撃10型』はハイヴ攻略戦には不向きで、しかも手元の資料によればユーコン基地で運用されていた近接能力強化試験型の完成版であるという。

「馬鹿なのか、見栄張なのか……」

 確かに機動力や近接格闘戦能力には目を見張るべきものがあるのだが、原型機以上に燃費の悪化した機体を送り込んでくるとは、どういうつもりだろうか。

 まあ、そもそもの話──。

「それでも、誤魔化そうって努力はしていると思うけど?」

 隆也の思考を遮ったのは、痛烈な言葉だった。

 確かに、手元の資料には機体各部に追加されたアタッチメントについての記載もあり、増槽を追加装備することによって機体稼働時間を延長し、ハイヴ攻略作戦にも対応可能であるとされていた。

 しかし、機体各部のアタッチメントはいかにも急造品……というか、取り敢えず据え付けたといった様子で、技術者としては素人に近い隆也ですら、機体のバランスを考慮していないと見抜けるほどだった。

 いっそのこと、改修の施されていない機体を送り込まれた方が、心情的には幾分かましだっただろう。

「くだらない努力だな」

 吐き捨てるように言いながら隆也が視線を動かすと、緑髪をツインテールにした女性が立っていた。

 統一中華戦線の衛士、崔亦菲。

 プロミネンス計画が推し進められていたユーコン基地では、改修された『殲撃10型』の実験小隊を率いていた人物だ。

 隆也から見ても、近接戦闘の腕前は相当なものだったし、統一中華戦線軍内でもそのような評価をされている優秀な人物ではあるが、特殊作戦群に送り込まれた事実からして、上層部に嫌われているのは間違いない。

「久しぶり、ね」

「……重慶以来か」

 冷たい響きの籠る隆也の言葉に、亦菲も神妙に頷いた。

 ──第3次重慶ハイヴ攻略作戦。BETA大戦史上最も愚かな作戦という、不名誉な称号を贈られることとなった戦場が、亦菲が隆也と面識を持った場所(ユーコン基地では直接顔を合わせていなかった)であった。

 人類側の大敗に終わった作戦の遠因は、中華戦線に送り込まれた第13独立大隊──隆也が率いた新型OS実証試験部隊にあった。

 中華戦線へ派遣された当時、まだXM3は試験運用段階であったが、隆也を筆頭に第4計画諜報部隊の中でも選りすぐりの衛士を集めたことから、同地に展開していた国連、統一中華の部隊と比較して、戦闘能力は圧倒的に高かった。

 第13大隊は他とは隔絶する戦果を挙げ続け、XM3の実証試験部隊としてはこれ以上ないほどの成果をもたらしたのだが、そのために第3次重慶ハイヴ攻略作戦が生起することになろうとは、隆也はもちろん、香月夕呼をして予想はできなかった。

 火種を生んだのは、第13大隊が挙げていた圧倒的な戦果であった。熟練した衛士に、これまでの戦術機運用を根底から覆すような新機材が組み合わさっているのだから、ある意味では当然の帰結であったのだが……わずか1個大隊が挙げるにはあまりにも現実離れした戦果は、味方に疑惑を生んだ。

 しかし、疑惑については、さほど問題にはならなかった。何しろ、第13大隊の大戦果は純然たる事実であったからだ。疑惑を確かめるべく送り込まれてきた国連、中華の観戦武官の目の前で、常通りの戦いを行うだけで、疑惑は解消された。

 しかし、事はそれだけに収まらなかった。

 すべての始まりは、第13大隊と隣接した戦域に展開していた国連軍部隊による、BETA撃破数の水増し報告だった。つまり、第13独立大隊所属機が撃破したBETAを、自ら撃破したものとして報告したのだ。

 事態の露見を恐れて最初こそ細々と水増ししていたものの、それでも急にBETA撃破数が増加すれば疑惑を向けられるのは当然だった。しかしここで事態を悪化させたのは、中華戦線という戦場の過酷さだった。

 負傷して後送されたベテラン衛士が、

「中華戦線で、俺たちは消耗品だった。ベテランでも1ヶ月は保たない。中堅でも2週間。新品の少尉なら3日も保てば奇跡。送り込まれたばかりの部隊が初日に半壊することも珍しくない」

 と述懐するほど、中華戦線は凄惨な戦場だった。

 軍人としての栄達を望む者にとっては、過酷な戦場は望むところであっただろうが、中華戦線はあまりにも凄惨過ぎる戦場だったのだ。

 しかし、第13大隊はその戦場にあって自らの部隊から戦死者を出すことなく、圧倒的な戦果を叩き出し続けていた。それは同時に、周囲に展開する部隊の負担を軽減させることにも繋がっていた。

 こうした状況にあって、近傍に展開する部隊の隊長たちの脳裏に、過酷な戦場で危険を冒すことなく戦果を拡大できる好機だ──と、悪魔の誘惑にも似た考えが浮かんだことは否定できなかった。

 しかも、第13大隊の目的は新型OSの実践運用であったことから、BETA撃破数には頓着していなかった。このことも、こうした思惑に拍車をかけたのだろう。

 第13大隊に隣接していた部隊から、さらに隣接部隊へと水増し報告は徐々に広がっていき、そのうち国連軍の全部隊が水増し報告を行うようになっていった。しかし問題は、どの部隊もそれほど大々的に水増ししていなかったことから、第13大隊の挙げる絶大な戦果に埋もれてしまったことだった。

 国連軍の戦果の増大は、共同戦線を張る統一中華戦線軍にも伝わっていったが、統一中華戦線側が抱いていた国連軍への対抗心が、さらなる事態の悪化を招いた。

 国連軍がアメリカの手先として認識されているのは、世界共通のことであった。

 統一中華戦線上層部は、もしも国連が中華戦線における主導権を握れば、アメリカの掲げる対BETA戦略──G弾ドクトリンが中華戦線に発動されるかもしれないという危機感を抱いていたのである。

 そして、統一中華戦線軍上層部が危機感を抱き始めた頃に、国連軍の近傍に展開する統一中華の前線部隊にも国連軍部隊が行っている〝わずかばかりの戦果の水増し〟のことが漏れ伝わることとなった。

 この時、統一中華戦線側が事態を上層部に報告していれば、また結果は違ったものになっていたかもしれないが……国連側の水増し報告を知った中華の部隊もまた、自らの戦果を誇張して報告してしまったのである。

 これには、国連側の戦果増大に焦った統一中華戦線上層部が、前線部隊に対して圧力をかけたことも影響していた。酷い場合には督戦隊すら派遣して戦果の拡大を厳命しており、上層部からの圧力に堪えかね、また他の部隊がやっているなら──という、バンドワゴン効果に後押しされた結果だった。

 そして、1つの部隊が水増し報告を始めると、それは周辺の部隊にも及び、やがて中華戦線に展開する部隊の全てが水増し報告を行うようになる。

 ここに至っても事態が表面化しなかったのは、各部隊の報告する戦果の水増しが緩やかに進行していたことと、実際のBETA撃破数も増加していたからだった。

 第13大隊の活躍によって、隣接部隊の損害と負担が軽減され、それがさらに周囲の部隊にも波及することによって国連軍全体の損害は減少し、戦果は増加した。そして、それが中華戦線の側にも広がっていたのだった。

 しかも、水増しされたBETA撃破数がさほど多くなかったこともまた、事態の露見を遅れさせる要因であった。だが、1つの部隊が水増しした撃破数が少数であっても、中華戦線に展開する全部隊を合わせればどうか。

 巨大な歪みを内包ながら続けられた間引き作戦の偽りの大戦果は、統一中華戦線司令部、そして極東国連軍司令部に甘い夢を見せるには充分だった。

 半年に渡る間引き作戦の結果、中華戦線に存在する2つのハイヴのうち、重慶ハイヴに存在するBETAのおよそ半数を撃破したと判定されたのである。

 事実であれば、なるほどハイヴ攻略の絶好の機会だろう。

 そうして、人類の悲願とも言うべきハイヴ攻略を成し遂げるべく、統一中華戦線司令部は重慶ハイヴ攻略作戦を立案し、極東国連軍も〝バスに遅れるな〟とばかりに作戦準備を進め、宇宙軍までも投入した本格的な攻略作戦──第3次重慶ハイヴ攻略作戦を発動しされることになる。

 しかしこの作戦は、最初から失敗が約束されたものであった。

 作戦発動の根拠となった間引き作戦における大戦果は、実状より4割以上も水増しされたものであったし、そもそも、重慶ハイヴが内包していたBETAの総数は、人類側の想定よりも2倍以上多かったのだ。

 勝利を確信して作戦に挑んだ統一中華軍、国連軍だったが、自らの間違いに気が付いた頃にはすでに手遅れであった。

 最初の蹉跌は、作戦の第2段階となる地上部隊の攻撃の時点で顕在化していた。ハイヴに向けて突撃していった部隊の前面に立ちはだかるBETAの数が、事前想定の2倍以上に達していたのである。

 しかし、作戦司令部は大陸からの増援があったためだと判断して、作戦継続を選択し、そのまま第3段階となる軌道降下兵団の投入を決断してしまった。

 降下兵団の投入と同時に、地上部隊には攻勢の強化が命じられたものの、さらに数を増したBETAの壁に阻まれて地上部隊は前進どころかその場に留まることすらできず、じりじりと後退する有様だった。

 こうした状況で投入された降下兵団は、少なからぬ犠牲を払いながらも降下には成功した。しかし、降下した先はBETAの海の真っただ中で、本来進出しているはずだった地上部隊は影も形もなかった。

 ここに至り、重慶ハイヴ攻略作戦司令部は作戦失敗を宣言し、以降は撤退戦に移行することとなるが、あまりにも遅すぎる決断であった。

 BETAの只中に取り残され、孤立無援の戦いを強いられた降下兵団はすでに半壊し、地上部隊も4割に迫る犠牲を払っていたのである。さらに、作戦司令部の撤退命令と前後して前線部隊は地中侵攻による奇襲攻撃を受けており、秩序だった後退は不可能という、いわゆる総崩れの状態に陥りつつあった。

 なお、第13大隊を含めたいくつかの部隊は、逆に敵中深くまで切り込んでいたために奇襲攻撃を免れていた。

 とはいっても、敵中に孤立している戦力を糾合したところで作戦参加部隊の1割にも満たない寡兵でしかなく、しかも戦域全体に分散した部隊の合計であって、戦力が集中されていた訳ではなかった。

 だからこそ、この後に繰り広げられることになる第13大隊の戦いは〝重慶の奇跡〟と称されることになる。

 作戦司令部からの撤退命令が届いた頃、第13大隊は地上部隊の中では最も敵陣奥深くに位置していた。これは、第13大隊が突出し過ぎたようにも見えたが、実際には他の部隊が予定ほど進出できなかったことが要因であった。

 ともかく、敵中に孤立した状況からの脱出には、戦力を集中しなければならないと判断した隆也は、まず孤立している降下兵団を救うべく前進を強行……少なからぬ犠牲を払いながらも、包囲の一部を食い破ることに成功した。

 降下兵団と合流した第13大隊が次に目指したのは、戦場としては真反対に位置する統一中華軍の戦場だった。

 第3次重慶ハイヴ攻略作戦における主力は統一中華戦線であり、当然だが投入した戦力の割合は国連軍に比べて大きかった。また、ハイヴ攻略という快挙を達成するために、統一中華軍は精鋭を多く投じており、第13大隊のように敵陣で孤立してしまった部隊の割合も、統一中華軍の方が多かったのである。

 さらに、第13大隊と降下兵団が置かれている状況も、統一中華軍側への離脱を決断させる要因であった。すでに、第13大隊のこじ開けた突破口はBETAの大軍によって埋め戻され、再び囲い込まれようとしていた。

 第13大隊の進撃路を逆走しようとすれば、向かってくるBETAに正面から挑むことになるが、統一中華軍側に突破を掛ければ、包囲するBETAの第一陣を抜きさえすれば、その後は統一中華軍を追撃するBETAの背後を衝くこともできる。

 隆也が駆る灰白色の『不知火』を先頭に、1本の矢となったかのようにして第13大隊の僚機、そして降下兵団が後に続いた。

 各所で孤立していた統一中華の部隊は、予期しなかった援軍を得て奮起し、反撃に転じた。そして、包囲されていた各部隊が灰白色の機体を目印に集結したことで、巨大な圧力となってBETAの包囲を押し破ることに成功したのだった。

 かくして危機を脱した第13大隊であったが、しかし戦場はいまだに混乱の渦中にあった。

 地中侵攻によって分断された部隊は、孤立した状態で包囲されており、どうにか撤退に移ることができた部隊も、突撃級の猛追を受けて犠牲を積み上げつつあった。

 さらに、BETAの最前衛を形成する突撃級の一部は、敗走する味方部隊を追い越して、戦場の後方に展開していた砲撃陣地にまで突入していた。

 降下兵団の撤退を見届けた後、第13大隊は臨時に指揮下に入った統一中華戦線軍、第147戦術機甲大隊と共に味方部隊の救援のために奔走したが、戦死した大隊長に代わって大隊の指揮を執っていたのが、亦菲だった。

 国連、統一中華が協力した即席の遊撃部隊の支援を受けて、壊滅の危機にあった部隊のいくばくかが撤退に成功している。さらに、旅団規模BETA群に、わずか2キロ先にまで迫られていた統一中華軍HQも、ギリギリのところで割り込んだ即席遊撃部隊の支援によって危機を脱していた。

 第3次重慶ハイヴ攻略作戦は、第13大隊を初めとする殿軍部隊の撤退をもって終結を迎えたが、その結果は惨憺たるものであった。

 統一中華戦線、極東国連軍は投入した地上戦力のおよそ7割を喪失。莫大な予算をかけて整備してきた軌道降下部隊も、投入された第5軌道降下兵団のうち実に6割を失うという大損害を被っていた。

 撤退戦の立役者となった第13大隊も事実上壊滅し、間引き作戦の中で負傷して離脱した者を含めても、生き残りはわずかに10名という惨状であった。

 第13独立大隊は、かつての第4計画直属諜報工作部隊を再編成したものであり、同部隊の壊滅は、すなわち第4計画諜報部の壊滅を意味していた。すでに第4計画自体は凍結され、諜報網の主力は隆也の抱えるバチカン諜報網に移っていたとはいっても、致命傷にも近い痛手であった。

 また、第13大隊に所属していたE-01の人材は、優秀な工作員であると同時に優秀な衛士であり、その宝石よりも貴重な衛士を多く喪ったことは、現在に至るまでの戦略に大きな下方修正を余儀なくさせていた。

「──しかし、よく生き残っていたな」

 亦菲を見据えながら、隆也は感心ともつかない口調で言った。

 第3次重慶ハイヴ攻略作戦の後、作戦が失敗に終わった原因を洗い出すべく、徹底的な調査が行われた。その結果、国連軍と統一中華戦線の双方が恒常的に行うようになった戦果の水増し報告がようやく浮き彫りとなった。

 調査の結果、国連軍所属の部隊から虚偽の報告が始まっていたことで、極東国連軍司令部は責任を追及されることになる。

 そして、執拗な追及に進退窮まった極東国連軍・中華方面軍の上層部では、すべての責任を前線部隊に押し被せることで、自分達の保身を図ろうとした。

 彼らにとっては幸いなことに、作戦に参加した部隊は戦術機部隊、機甲部隊、砲兵部隊と兵種を問わずに大損害を被っており、指揮官や次席指揮官が揃って戦死している部隊も珍しくなかった。

 つまりは、死人に口なし──と、そういうことだった。

 そうした動きの中で扱いに困ったのは第13大隊で、できることならこちらにも責任を押し被せて処分したいところだったが、撤退戦時の活躍を見るに、間引き作戦時に報告された戦果が虚構でないのは明らかであったし、なによりも敵中に取り残された降下兵団を救い出していたのが大きかった。

 宇宙空間という、壁1枚隔てた先に死の世界が広がる特異な環境に置かれていることもあって、宇宙軍は他の軍に比べて仲間意識が強い。

 そのため、多くの犠牲を払いながら味方を救出した第13大隊に対して恩義を感じている者も多く、逆に第5軌道降下兵団の投入を強行して多くの犠牲を出した重慶ハイヴ攻略作戦司令部に対しては、良い感情を抱いてはいなかったのである。

 ただでさえ、第5軌道降下兵団の壊滅によって地上軍と宇宙軍とで軋轢が生じているのである。その状況にあって、第13大隊の処遇を巡ってさらなる火種を作るほど当事者たちは愚かではなかった。

 結局、極東国連軍の中華戦線司令部では第13大隊の処分を諦め、壊滅的打撃を受けたことを理由に新設される特殊部隊(特殊作戦群)への異動を命じることとした。

 もちろん、アメリカの意を受けて、反オルタネイティヴ5派閥の人間をBETAとの戦いで処分するための措置であったのだが……ともあれ、国連軍の司令部では、すべての責任を前線部隊に押し付けることによって保身を図ったのであった。

 しかし、責任を追及されたのは国連軍ばかりではなかった。主因は国連軍だとはいえ、統一中華戦線は作戦を主導した立場である。重慶方面を担当していた軍司令部に対して、責任を追及する声が上がるのは必然だった。

 そして、責任を追及された重慶方面軍司令部が、極東国連軍司令部に倣って前線部隊に責任を押し付けることで保身を図ったこと、さらには、国連軍以上に徹底した情報操作がなされたことも、隆也の耳には入っていた。

「──運が良かった。それだけよ」

 視線を逸らしながら、亦菲は声を絞り出した。

 重慶方面軍の情報秘匿は徹底的かつ苛烈なもので、全軍に緘口令を敷いただけでは飽き足らず、生き残りを集めて最前線へと送り込んだのだった。

 こうした措置が取られた理由は、やはりと言うか政治的な思惑からだった。

 統一中華戦線には、大きく分けて3つの勢力が内在していた。

 まず〝中華派〟とも呼称される、かつての中華民国出身者を多く含んだ派閥が最大勢力を誇り、次いで台湾出身者から成る〝台湾派〟が鎬を削っており、他の派閥に比べて小規模ながら〝朝鮮派〟と呼ばれる半島出身者の集まりもあった。

 このうち統一中華戦線の主導的な立場に居るのは中華派であったが、西側諸国との繋がりを持つ台湾派の影響力はかなりのものがあった。

 そして、重慶方面軍の中核を担っていたのは中華派であったことから、第3次重慶ハイヴ攻略作戦の失敗によって派閥の勢力が削がれれば、統一中華戦線内部での勢力図を台湾派に、そして漁夫の利を狙う朝鮮派に塗り替えられる危険があった。

 こうした事情から、中華派の重鎮たちは作戦失敗の責任を前線部隊に押し付け、さらに重慶方面軍の台湾派から真実が伝わらないようにする必要があったため、生き残った部隊から台湾派と思しき人間を始末する必要に駆られたのだった。

 そして、中国人と台湾人のハーフである亦菲も、台湾派の人間であると判断されて、最前線の、とくに過酷な戦場へと送り込まれたのであった。

「──本当に、よく生き残ったものだな」

 事情を知ったマーティカが、感心とも呆れとも取れる口調で呟いた。心なしか、同情するような視線が亦菲に向けられてもいた。

 それに、どことなく複雑そうな表情を見せた後、亦菲は肩をすくめた。

「だから言っているでしょ、運が良かった……って。BETAに殺されることもなく、病院送りになるほどの負傷も負わずに済んだんだから」

「その言い方だと……」

「ええ。負傷して後送された衛士は、みんな搬送先で怪我が悪化して──だそうよ。本当かどうかは、知らないけど」

 間違いなく、消されたのだろうが……暗闘が身近にあった隆也にとり、その想像はたやすいものだった。しかし、権力闘争のために優秀な衛士を戦場以外の場所で消費するというのは、さすがに馬鹿馬鹿しいと言う他ない。

 小さな罵倒が隆也の口を衝いたところで、亦菲は苦笑した。

「しぶとく生き残るものだから、今度こそ──ってことで、送り込まれたのよ。別に、要請があった訳でもないのにね」

「……他にも思惑はあるだろうが、な」

 そう、亦菲の言ったように、特殊作戦群から統一中華戦線に対して戦力供与の依頼は出されていなかった。

 理由は単純で、隆也を筆頭とする現特殊作戦群の中核を担う衛士達が統一中華戦線に対して良い印象を抱いていないからだった。

 向こうもそれは察しているだろうが……それでも亦菲を送り込んできたのは、統一中華上層部の思惑があれこれと重なったからだろう。

 中華派の人間は、亦菲が過酷な戦場で命を落とすことを期待してのことだ。そして、台湾派の人間は特殊作戦群に戦力を供出した──その事実を重要視しているだろう。つまり、協力した分の見返りを期待してのことだろう。

 他にも様々な思惑が交錯しているだろうが、共通しているのはある種の期待か……腕が良く、使い捨てのできる、女性的な長所が生かせる衛士。必要とされた条件は、このあたりだろう。

 小馬鹿にしたように隆也が問えば、亦菲は溜息を1つ吐いて頷いた。

「有能だとは思われているんでしょうね。だから、手を出してくれれば御の字で、それを元にさらなる要求を──って魂胆ね」

「馬鹿だろ」

「馬鹿だな」

 バッサリ切り捨てた隆也とマーティカに、亦菲は苦く笑った。

 統一中華を毛嫌いしているだろう隆也の反応は思った通りだったが、ユーコンではひたすら冷たかった、機械のようですらあったマーティカから、不快気な表情を見て取った亦菲は驚きを覚えていた。

「……まあ、上の連中の思惑はどうあれ、私は望んでここに来た。アンタが望んだものでないにしてもね」

 それに、と呟くように亦菲は続けた。

「1人の衛士としても、アメリカの第5計画は認められない。人類がいままで積み上げてきた犠牲を無視して──馬鹿にしてるじゃない」

 G弾の大量投下によるBETA殲滅……それが、どれほど効率的なものでも、G弾を否定するのが感情的な理由でしかなくても、関係ないのだと亦菲は言い切った。

「G弾に、BETA由来の力に頼ることなく世界を救おうとする連中がいるのに、手を貸さない理由なんてないでしょう?」

 力強く放たれた亦菲の決意表明に、隆也は無言だった。しかし、口角がわずかに釣り上げられて、ゆっくりと右手が差し出された。

「合格……って、ことでいいのかしら?」

「取り敢えずは、な。個人的には、統一中華の馬鹿共は嫌いだが……軍務にそれを持ち込むほど愚かな人間になったつもりもない」

 それだけだと告げれば、亦菲は満足そうに頷いた。

「簡単に信じられても困るわ」

 信頼とは、積み重ねた実績の上にこそ。だから、これからの働きで信頼は勝ち取って見せるからと、亦菲は自信満々に宣言したのだった。

 

 

 しばらくして、90番格納庫での確認作業を終えた隆也は基地の屋上へと足を運んでいた。

 付近に人影はない。しかし、どこか緊迫した空気が漂っていた。

「……さっさと出てこい。俺は、暇じゃないんだ」

 曇り空を見上げていた隆也は、おもむろに視線を背後へと向けた。

 斯衛の赤を纏った緑髪の女性が、まず姿を現した。その背後からは、同じく斯衛の白い制服を着込んだ背丈の低い3人組が続いた。

 いずれも平静を装っている様子だったが、白を纏う3人組からは隠しきれない殺気が漏れ出していた。対して、赤の女性はさすがと言うべきか、常通りの雰囲気のまま、隆也の間合いの半歩外側で立ち止まった。

「それで、何の用だ──月詠真那」

「名を呼ぶ赦しを与えた覚えはない。真耶は違うかもしれんがな、敷島隆也」

「……真耶からも許可を貰った覚えはない。だが……そもそも、貴様らに赦しを貰う必要があるのか?」

 ややあってから、隆也は嘲笑するような口調で言った。

 月詠家は親藩武家で、煌武院家の傍役を務めている。それに対して、敷島家は譜代武家でしかない。帝国武家にとって、家格の違いは絶対的なものである。しかし、敷島家は実質的には親藩武家と同格とされていたし、そもそもすでに敷島家は存在しない。

 加えて、帝国斯衛軍と国連軍という違いがあるにせよ、階級では隆也の方が上だから、真那に対して何ら遠慮する必要はないのである。

「まあ、いい……では、何と呼ぶべきかな? 傍役殿、あるいは鬼婆様か?」

「好きに呼ぶが良い……それよりも」

 隆也の挑発的な言葉を、真那は切って捨てた。そして、鋭い眼光を向けて睨み据えると、強い口調で問い掛けた。

「なぜ、冥夜様に近づいた」

「……御剣に?」

 さらに首を捻った隆也は、しばらく考え込んでから「ああ」と呟いた。その反応に、真那達はより一層険しい表情を浮かべて、半歩踏み込んだ。

「いま一度、問う。何故、貴様はいまさらになって、冥夜様に近づいたのだ」

「何も──と言っても、看過できるはずもないか」

 追及を深める真那に、隆也は溜息交じりに独語した。

 もとより、煌武院、斉御司、そして九條家に連なる人間にとって、是が非でも排除しておきたい対象であることは隆也も自覚していた。

 そこに加えて、佐渡島奪還を契機として始まった国内の政争のこともある。

 ことに、武家内での暗闘……これまで通りの五摂家派閥に加えて、新たに敷島派が台頭しようとしているとの情報が、各方面から入っている。

 事の発端は、かつて斯衛最強を謳われた〝山吹の修羅〟と、特殊作戦群第2遊撃戦隊隊長を務める男が同一人物であると、斯衛内に広まったことだ。

 おそらくは、佐渡島での戦闘が決定的だったのだろう。『羅刹』はもとより斯衛の機体であったし、より精錬されているとはいっても戦闘自体がかつてと同様なのだから、露見するのは不思議なことではない。

 というよりも、露見させるのが崇継の目的だったのだと隆也は考えている。

 ──敷島派を自称している連中は、斯衛内での権力闘争に敗れた武家ばかりであり、現状に不満をため込んでいる危険分子であった。しかし、さすがに武家というべきか表立って叛意を疑われるような間抜けではなかった。

 しかも、権力闘争に敗れた武家の集まりだけに統率役もおらず、勢力としてはバラバラだったのだが、そのために監視の目が行き届いていなかった。そこで、彼らにとって最高の御輿を与えることで、監視と対処を容易にしようというのだろう。

 煌武院家に恨みを持っていてもおかしくはなく、かつての暗部統括であるだけに相応の影響力が期待でき、さらには衛士としての実力から信望も見込める──確かに、御輿とするにはちょうどいいだろう。

 加えて、隆也の第4計画における立ち位置を知らない人間にしてみれば、衛士として優れているだけの若造に過ぎないと都合よく考えるだろう……と、そこまで計算しての采配だろうとは想像が付く。

 使われた身としては腹立たしくもある采配だったが、崇継には『羅刹』や楸の『武御雷』それに、『不知火・弐型』の配備に手を回してもらった恩義がある。この状況を狙ってのことだったのだろうが、結果的に利益を得ているだけに文句は言えなかった。

 ともあれ、そのような情勢にあって敷島家の生き残りが将軍の影に接触するとなれば、看過できないのも頷ける。

「……実戦に出たこともない、小娘が1人。それも、殿下のような信望を集めている訳でもない。これで、何を企てろと?」

「企てはないのかもしれない。だが、復讐ということも考えられる」

「ああ、そういう見方もあるか……」

 言われてみればとばかりに、隆也は相槌を打った。

 御家を潰され、肉親を奪われた……そのことに、何も思わない訳ではない。しかし、そうした結末を迎えたのは仕方がなかったというのが、隆也の考えだった。

 敷島家と崇宰家の後継者の婚約──それが帝国武家の間に不和を生じさせることなど、分かり切っていたことだった。分かっていながら家を潰されることになったのは、当時の崇宰家当主と、先代当主たる敷島晴信の失敗だと割り切ってすらいた。

 そして、敷島家殲滅を主導した五摂家の当主らはすでに隠居して、政治の表舞台からは姿を消しているし、実行部隊として敷島家を襲った人間は、多くが殲滅作戦から続いた暗闘の中で命を落としていた。

 命じた者はともかく、実行した者達は隆也や楸によって引導を渡されている。つまり、ある意味で復讐は果たされているとも言えた。

 だから、隆也は復讐に意義を見出すことはないし、興味もなかった。とは言え、それを率直に伝えたところで真那達が引き下がらないのも分かっていた。

「──そもそも、だ。俺が第4計画に参加したのは1995年……オルタネイティヴ計画が第4計画に移行されてすぐのことだ。貴様らの大好きな小娘がこの基地の訓練隊に送り込まれたのは2001年……順番が違うだろう」

 隆也の指摘に、真那は顔をしかめた。

 よほど情報に疎いものならばともかく、武家の間では敷島隆也が香月夕呼に協力しているというのは知られたことであった。つまり煌武院家は、危険人物の存在を知りながら御剣冥夜を人質として差し出したのである。

 最悪の事態を想定していなかったはずはない。むしろ、最悪の事態に発展することを望んでいたのだと、真那は思っている。もし、敷島隆也が御剣冥夜を害したならば、排除するための大義名分を得ることができるからだ。

 しかし、そんな程度の思惑は分かっていたのだろう。横浜に送り込まれた冥夜に対して、隆也は何の反応も示さなかった。少なくとも、これまでは。

「……貴様は、これまで冥夜様に近づこうとはしなかった。だというのに、なぜ今になって近づいたのだ」

「俺が近づけないように警護していたのは、貴様らではなかったか?」

「寝言を……貴様がその気なら、どうとでもできたであろう」

「……まあ、な」

 隆也は否定しなかった。実際、真那や3人組の監視を掻い潜って冥夜に接触することは難しくはなかったからだ。だが、隆也はそれをしなかった。その理由は、接触する必要性を感じていなかったからに他ならない。

「端的に言えば、必要になったからだ」

「……必要になった、だと?」

 剣呑な雰囲気の真那達だが、隆也は意に介した様子を見せなかった。

 横浜基地所属第207独立中隊──かつての207訓練隊B分隊がオルタネイティヴ5移行後も横浜に残されていたのは、夕呼はもちろんだが隆也の差し金でもあった。

 その目的は、第4計画に差し出された人質の安全を確保するため──ではなく、開発中の新型OSの試験運用のためであった。

 つまり、第13独立大隊が実践運用することで得られたデータを基にOSを改良し、政治的な事情を抱えていることから秘匿性の高い207B分隊に試験運用させることでXM3をより高性能なOSに仕上げると共に、情報漏洩の可能性を潰していたのである。

 XM3の改良は随時進められており、207B分隊の試験運用で問題点の修正を完了したOSは即座に第13大隊所属機に搭載され、実践運用されてデータが取られる。そして、そのデータを再び横浜に送り──と、その繰り返しによって、現在は特殊作戦群で運用され、協力者にも提供されつつあるXM3は完成したのであった。

 横浜基地での試験運用を行っていたことから、207独立中隊に所属している6人の衛士は、いずれもXM3の扱いに習熟していた。

 そうした事情を語った隆也に、真那は幾分顔を蒼褪めさせていた。

「貴様は……そこまでを想定していた、のか」

 呆然と呟かれた言葉に、隆也は苦笑した。どうも、真那はすべてが隆也の掌の上であったとでも考えているようだったが、無論それは違った。

 207独立中隊にXM3の試験運用任務が回されたのは、偶然の産物だった。

 隆也にしても、各国諜報員の跋扈する横浜ではなく、遠田技研の開発部あたりでXM3の開発を行うのが好ましかったが……さすがに香月夕呼博士を遠田に動かすわけにもいかなかったし、なにより遠田は新型戦術機開発で手いっぱいであったことから、横浜の防諜体制を強化して開発に取り組むことになったのであった。

 そして、横浜にはちょうど良く任官したばかりの衛士が6人おり、それぞれが事情を抱えていることから異動させられる可能性は低く、また横浜の戦略価値が低下したことから各国諜報部の活動が減少し、第13独立大隊の編成にともなって人員の激減したE-01でも充分な防諜対策が可能であると判断されたことで、207独立中隊にXM3試験部隊の任務が割り当てられたのである。

「──それでも、あの連中を編入するのは避けたいところだが、な」

 国連軍の衛士として任官しているとはいっても、日本帝国の要人の令息が集められているのである。隆也にしたところで、政治的な爆弾を好き好んで抱えるような趣味は持ち合わせてはいなかった。

「……ならば、何故だ」

 何故、冥夜様達を特殊作戦群に編入したのだ──と、至極まっとうな真那の問い掛けに、隆也は物悲し気な視線を向けた。

「俺たちは、佐渡で喪い過ぎた」

 207独立中隊の衛士を編入し、実戦で死なせれば──そのリスクはある。しかし、先の戦いで壊滅的な打撃を受けた特殊作戦群にとり、XM3に習熟した衛士というのは、喉から手が出るほど欲しい存在だった。

 かつての総隊長にして、特殊作戦群最強──ひいては、国連軍最強の衛士とまで称されたギュンター・フォン・バイエルン大佐を筆頭に、第1遊撃戦隊の僚機を逃がすべく殿となった第1中隊は全機が未帰還となった。さらに、彼らの奮戦をもってしても第1戦隊の未帰還率は7割を超え、負傷者を含めれば全滅とすら言えるほどの被害を受けた。

 隆也が率いた第2遊撃戦隊──最新鋭の機材で装備を固めた部隊ですら、麾下戦力の半数が永久に失われている。第1、第2戦隊全体での損失は6割を超え、極東に展開していた特殊作戦群の主力は組織的戦闘能力を喪失した。

 欧州、地中海に展開する2個戦隊を呼び寄せてはいるが、欧州の第3戦隊はともかくとして、地中海戦線を支える第4戦隊は同方面における戦力の要だ。簡単に手放してくれるとは考えにくかった。

 もちろん戦力移動の要請は出しているが……輸送船の不備だとか、BETAの襲撃が予想される、などと適当な理由を付ければ移動を引き延ばすことは可能だ。特殊作戦群といえども自前の輸送船はもっていないし、即応遊撃部隊という立場から、敵襲の兆しがあるとなれば身動きが取れなくなる。

 一方で欧州の方は、ツェルベルスを筆頭に精鋭も多い。第3遊撃戦隊は極めて有力な即応部隊だが、手放しても戦線崩壊の危険は乏しい。こちらの戦力移動はスムーズに行われるだろうが……いかんせん物理的な距離がある。

 最低限、第3戦隊が合流しなければ作戦行動は取れないにしても、だ。先の佐渡島奪還作戦で帝国軍が大きな被害を受け、精鋭部隊も動かせない状況に陥っている現在、即応遊撃部隊である特殊作戦群までもが行動不能に陥っているのは甚だ拙い。

 すでに各国から供与された戦力に加えてA-01が指揮下に入ってはいるが、これとてXM3の慣熟訓練が終わるまでは前線には出せない。つまり、実質的に極東における特殊作戦群の稼働戦力は第2遊撃戦隊の残余でしかないのである。

 そうした状況で、XM3の運用に長けた人材を遊ばせておく余裕はないし、207中隊は国連軍所属の部隊ながら配属は宙に浮いているようなものであり、編入に際して余計な手間が掛からなかった。

 また、第4計画が復権しつつある現在、第5計画派による政治工作は苛烈なものとなることが予想され、207中隊の面々が政治利用される可能性も無いとは言えない。

 横浜の防諜体制は強固だが、万が一ということもある。無理に匿うよりも、特殊作戦群という後ろ盾があることを示した方が、危険は少ないとの判断もあった。

 そうした事情を説明されると、真那達は一様に安堵の息を漏らした。

 隆也の言い分を完全に信じたわけではない。しかし、筋が通った説明であることは認めざるを得なかった。それに、客観的に見て隆也が復讐を目的としていないことは明らかだったからだ。

 真那にとっては認めたくはないことだが、自分たちと隆也とでは役者が違う。それは、対峙することで思い知らされていた。

 自分たちの警護などあってないようなもの……その気になれば冥夜に接触するどころか暗殺することもできただろうし、この瞬間に自分を含めた4人全員を瞬時に葬ることとて容易だろう。

 それをしなかった。その事実こそが、敷島隆也に復讐の意思なしという、荒唐無稽にも思えた噂を肯定しているように思えた。

「──もっとも、いずれは最前線に出すことになる。貴様らも分かっているだろう」

「分かって、いる……」

 不承不承ながら、真那は頷いた。

 佐渡島ハイヴを攻略し、BETAに対して目に見える反撃を行い得たとはいっても、いまもって人類は劣勢に立たされているのである。政治的な事情があったとはいえ、正式任官を終えた衛士が後方勤務に甘んじていること自体が異常なことなのだ。

 それに、御剣冥夜は帝国武家に──非公式だが五摂家に連なる者だ。帝国を守護する武家としての規範を示すことが求められるのは当然であった。そして、城内省が冥夜を前線に出したがっているというのは、真那も感じていた。

「……分かっているからこそ、貴様に言いたいことがある」

「……なんだ」

「冥夜様を、頼む」

 絞り出すように言いながら、真那は頭を下げた。

 後ろに控えていた3人は驚愕に身を固くして、隆也もさすがに驚きが勝ったのか、目を見開いて真那を見つめていた。

 しばらく、奇妙な静寂が流れた後、隆也はおもむろに足を踏み出した。

 3人組が警戒を強めるが、隆也は意に介した様子もなく歩みを進めて──頭を下げ続ける真那の傍を通り過ぎる刹那に、呟くように言った。

「……部下を、無為に死なせるつもりはない」

 しばらくして頭を上げた真那は、隆也が消えていった出入口を静かに見つめていた。

 

 

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