異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第5話 地下会議室

 横浜基地の地下施設に設けられた広大な会議室に、横浜基地所属の唯一の戦術機部隊である第207独立警備中隊は集められていた。

 おそらくは人数分、整然と並べられた椅子に腰かけながら、中隊長を務める白銀武は周囲を見渡した。

 会議室に集まっている人間に共通しているのは、国連軍の軍服を纏っているということだけだった。訓練兵時代の教官だったまりもちゃん……帝国軍に復帰した神宮司まりも中佐の姿や、横浜基地で何度か見かけた女性士官の姿もある。

 しかし一方で、銀色の髪を持つ女性を筆頭に、明らかに日本人ではないと思える人も多く集まっていた。

「……なあ、千鶴」

 しばらく部屋を眺めていた武は、隣の椅子に座っている千鶴へと視線を移し、声を潜めながら話しかけた。

 いきなり集合を命じられた武は、その理由を知らなかった。たぶん、大量に運び込まれていた戦術機に何らかの関係があるのだろうとは思っていたが……考えても分からないので、取り敢えず事情を知っていそうな人物に声を掛けたのだった。

「……武、貴方辞令を読まなかったの?」

 しかし返ってきたのは、にべもない返事だった。

「辞令……?」

「呆れた……昼過ぎに部屋に届けられていたでしょう」

 溜息をつきながら、千鶴は懐に入れておいた辞令を取り出して見せた。

「えっと……以下のものを国連軍総司令部直属:特殊作戦任務群に異動とする……横浜基地所属:207独立警備中隊、白銀武少尉、榊千鶴少尉、御剣冥夜少尉、彩峰慧少尉、珠瀬壬姫少尉、鎧衣美琴少尉……って、マジかよ!」

 律儀に最後まで読み上げた武に、千鶴はもう1度溜息をついた。

「なんで確認してないのよ」

「いや、手紙が届いてるのは分かってたんだけど……」

「だったら、確認しておきなさいよ」

 心底呆れたように、千鶴は言った。

「武……通達物にはきちんと目を通すべきだぞ」

「うっ……悪い」

 反対側に座っている冥夜からも追撃されて、武はしょんぼりと頭を下げた。

「……間抜け」

「なんだと!」

 背後からぼそりと聞こえた声に、武は反射的に振り返った。

 武のちょうど後ろに座っている慧が勝ち誇った顔を浮かべ、その両隣に腰を下ろした壬姫と美琴も、なんとも言えない表情で武を見ていた。

「……軍人たるもの、通達物に目を通すのは基本」

「ぐぬぬ」

 正論ではあるのだが、普段から問題児の扱いを受けている慧に言われるのはどうにも釈然とせず、武は唸り声を上げた。

「あはは……でも、通達を読まないのは良くないですよ」

「そうだよ。緊急の知らせだったらどうするのさ」

 慧と武のやり取りに苦笑しながらも、壬姫と美琴も追撃の言葉を発した。

 袋叩きにされた武がぐうの音も出ずに黙り込んだところで、会議室の大扉が大音響と共に押し開けられた。

 入ってきたのは、国連軍の制服を着込んだ男女だった。

 あんまり歳は変わらなそうだな……と、ぼんやり考えていると、大型モニターの傍に歩み寄った男が室内を見渡した。

「──揃っているな」

 静かな、しかし威厳に満ちた声に会議室の空気が変わった。自然と武も背筋を正して、正面に向き直った。

「起立、敬礼!」

 女性の鋭い号令を受けて、室内の全員が立ち上がり敬礼した。

 全員の着席を待って、男の方が口を開いた。

「……さて、まずは自己紹介からだな。国連軍総司令部直属:特殊作戦任務群総隊長兼、第1遊撃戦隊隊長に就任した。敷島隆也大佐だ」

 思わず大声を上げそうになって、武は慌てて噛み殺した。

 オルタネイティヴ5派の思惑から情報を制限されている横浜基地にも、特殊作戦群が国連軍屈指の精鋭部隊であるということは伝わっていた。佐渡島攻略作戦で戦死した総隊長が、元ドイツ陸軍の貴族将校で、欧州最大の戦いであるパレオロゴス作戦にも参加していたという歴戦の衛士であったことも含めて。

 だから、その後任となるだろう第2遊撃戦隊隊長──中華戦線に雷鳴を轟かせた第13独立大隊の指揮官を務め、特殊作戦群配属後は第2戦隊を率いて各地を転戦。先の佐渡島攻略作戦にも参戦して生き残った衛士は、前任者に劣らない老練な衛士だというイメージが武の中に出来上がっていた。

 ところが、姿を現したのは自分とそれほど年が離れているようには思えない男だったので、武は驚愕したのである。

「副官の九條楸よ……階級は少佐」

 武が驚いているのを尻目に、淡々と女性が名乗った。そして、会議室の左端に座る男性へと視線を向けて、簡潔に自己紹介を──と促した。

 小さく頷いた男性が立ち上がり、見事な敬礼を見せる。

「東雲虎三中佐だ。よろしく頼む」

 次いで、その後ろの椅子に座って女性が。

「葛西榛名少佐です。どうぞよろしく」

 先陣を切った2人の、ごくあっさりとした自己紹介を手本にするように、名前と階級に一言が添えられた挨拶が進められていく。

「鴛淵秀夫大尉だ──」

「筑波八海……中尉です」

 淡々と進む自己紹介の様子を、隆也は寂寥感と共に見つめていた。

 第2遊撃戦隊に所属している衛士は、もはや2個中隊にも満たない。特殊作戦群創設時には定数を満たしていたが、地中海、欧州、日本本土での戦いと、先の佐渡島での死闘の結果、戦死・離脱が相次いで昔日の面影を失っているのだ。

「──雉宮紫苑。階級は大尉」

 優美な所作で敬礼を施した紫苑が、緩やかに視線を巡らせた。

 視線が向けられた先には、誰もが気になっていただろう日本人らしくない面々が……隆也の要請によって送り込まれた衛士や、これまでは矢面に立っていなかった人物らが、腰を下ろしていた。

 合図を受けて最初に立ち上がったのは、黒髪をポニーテールに纏めた女性だった。

「ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー大尉。西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊所属だ」

 ドイツ人なのか……と、能天気に考えている武は別にして、ヘルガローゼの素性を知らなかった面々は緊張した表情を浮かべた。

 西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊とは、世界でも屈指の精鋭として知られる欧州の即応遊撃部隊、ツェルベルスの正式名称である。

 日本帝国内で同種の部隊を挙げるならば、精強をもって鳴る帝国斯衛軍──その中でも最精鋭を謳われる第3大隊、あるいは第16大隊に相当する。

 驚いて固まる室内の様子に頓着せず、日本人の面影を持った男性が立ち上がった。

「ユウヤ・ブリッジスだ……階級は大尉。元の所属はアメリカ陸軍で、ユーコン基地の戦術機開発チームに参加した。いろいろあって、敷島大佐の指揮下に入った後、今回の呼集までは遠田技研で開発衛士をしていた」

 開発衛士──と聞くと、どこか最前線で戦う衛士に比べて格落ちの印象を受ける。しかし、対BETA戦争の切り札である戦術機の開発に携わる衛士というのは、優れた技量と知識を兼ね備えた優秀な人材でなければ務まらない。

 しかも、戦術機開発の最前線であるアラスカ・ユーコン基地に所属していたということは、各国でも選りすぐりの、エース級衛士の中でもさらにエリートと見做されていたということでもある。

 気になる部分と言えば、いろいろあったという部分だが、詮索されたくないからこそ言葉を濁したのだろうと誰も何も言わなかった。

「──タリサ・マナンダル、階級は大尉。元はアルゴス試験小隊所属。直近なら、大東亜連合軍・第1特別試験中隊で戦っていた」

 またもユーコン基地の所属……それはともかく、大東亜連合軍・第1特別試験中隊といえば、大東亜連合軍随一の精鋭とも言われる部隊だ。東南アジアの戦場や、地中海戦線の要であるスエズ絶対防衛線に展開して獅子奮迅の働きを見せている。

 中隊でありながら横浜にまで名前が広まっているのは、戦場における活躍ももちろんだが、政治的な要素の面も大きかった。

 試験中隊が運用する戦術機『F-14AX:タイガーキャット』が、原型機とされている『F-14:トムキャット』に比べて高性能すぎることから、公式に発表された『徹底的に改修された機体』ではなく、『新規に開発された大東亜連合製の第3世代機ではないのか』という噂話が広がっていたのである。

 横浜基地が第5計画派から情報操作を受けているとはいえ、そうした噂話というのは何処からともなく入ってくるものだ。

 もちろん噂話ばかりではなく、各国の諜報部も動いてはいた。しかし、どの国の諜報組織も優先するべきはかつてと同等以上の防諜体制を整えている横浜の『無菌室』の牙城を突き崩すことであった。

 なにしろ、横浜基地の防諜体制を整えているのはかつてと変わらずE-01である。中華戦線で衛士適性を持つ構成員の過半を失っているものの、全体の規模としてはなおも侮れないだけの勢力を維持していた。

 ただし、そうした裏事情や政治的な暗闘のことなど一介の衛士が知る由もないことだし、知る必要もないことであった。

「崔亦菲よ……階級は大尉。分かるとは思うけど、統一中華戦線出身……ユーコンの実験小隊に参加した後は重慶方面軍に配属されて、ハイヴ攻略戦にも参加したわ。最後に所属していたのは──まあ、これはどうでもいいわね」

 ぶっきらぼうに言い終えて、亦菲は腰を下ろした。

(まあ、言うべきではないな)

 怪訝な表情を浮かべる面々を見やって、隆也は内心で苦笑した。

 亦菲が最後に所属していたのは、第444懲罰部隊──統一中華戦線上層部が、第3次重慶ハイヴ攻略作戦の失態を覆い隠するために編成した部隊だった。

 内情を知る隆也に言わせれば、愚にもつかない権力闘争の産物だ。

 統一中華戦線軍内で主導権を握っている中華派が、台湾派や半島派に主導権を握らせないために仕掛けた政治工作……第3次重慶攻略作戦における失態を隠すために、台湾派に繋がっていると見られる将兵を始末するために創設した部隊である。

 中華派にとって排除したい人間を掻き集めた部隊だけに編成は歪で、連携を取るにも苦労するような有様だった。その上で、派遣される戦場は極めて過酷な場所で、補給も満足に行われることは無かった。

 台湾派とて黙っていた訳ではなく、すべてが中華派の思惑通りに進んだわけではなかったのだが、現在に至るまでに444部隊の人員はほぼ失われている。

 亦菲のように利用価値があると判断されたごく少数の人間は生き残っているが……隆也が知る限りでは両手両足の指で足りるほどでしかない。

 何にせよ、懲罰部隊の所属となれば要らぬ勘繰りをされることになるし、政治的な裏話などまともな衛士が聞くべき内容ではないだろう。

 そういう意味では、所属を隠した亦菲の判断は正しかった。

 しかし、隠されれば気になるのも人間の性というもので、会議室内の空気が微妙なものになるのも仕方がないだろう。

 仕方ないと口を開きかけたところで、椅子を引く音が大きく響いた。

「マーティカ・ビャーチェノワ……階級は大尉。ソヴィエト軍イーダル試験小隊出身だ。亡命後は、第13独立大隊、特殊作戦群第2遊撃戦隊に所属した。もっとも、佐渡島奪還作戦には参加していないが……」

 マーティカが言葉を終えた時点で、会議室の空気は変わっていた。

 亡命という聞き捨てならない単語に、重慶の奇跡に語られる第13独立大隊の生き残り、そしてハイヴ攻略戦に参加していないにしても第2遊撃戦隊所属という経歴は、亦菲の経歴への興味を逸らせるのに十分な衝撃を持っていた。

 マーティカの向ける視線に、隆也は小さく頷いて返した。

 さすがに長く僚機を務めていただけあって、こちらの意図を察するのが上手い。再び空気が引き締まったのを確認して、隆也は口を開く。

「第2戦隊所属の衛士はあと2人いるが、いまは別の任務で外している。彼女らと……他に異動してくる人員との顔合わせは、適宜行うこととする」

 そう締めくくりながら、隆也は視線をかつての同僚へと向けた。

「──帝国陸軍・富士教導隊所属、神宮司まりも中佐です」

 敬礼と共に、まりもは怪訝な視線を隆也に送った。

 わずかな期間であったが、隆也は横浜基地教導隊で副教官を務めていた。その時、まりもは名目上ではあるが上官の立場にあった。あったのだが……香月夕呼からは隆也の立場などについて説明はなかった。

 まあ、説明するにはいろいろと問題があり過ぎるので仕方ないのだが、ともかく、聞きたいことがあるだろうとは想像できる。

 腰を下ろしたまりもを、特殊作戦群所属衛士は興味深げに見やっていた。

 富士教導隊と言えば、日本帝国本土防衛軍・帝都守備隊と並ぶ精鋭部隊として認知されている。特殊作戦群の中では、そうした評価よりもXM3の試験運用部隊が創設されているという点で有名であった。

 もっとも、特殊作戦群所属衛士からしてみれば、「ようやくか」だとか、「泥縄過ぎる」といった批判的な意見が大きい。帝国軍が導入を渋ったことが佐渡島における大損害に繋がっていることを考えれば、それも当然ではあったが。

 とはいえ、そうした不満を前線勤務者にぶつけようという者は居ない。

 そもそもが、特殊作戦群に所属する衛士というのは、国家や軍上層部の思惑から異動させられた連中なのである。前線と上層部の温度差は身に染みて分かっていた。

 続いて立ち上がったのは、見慣れない肩章を付ける国連軍の女性士官だった。

「……伊隅みちる少佐です。オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊A-01所属、第9中隊隊長及び、A-01の暫定的指揮官を務めています」

 A-01の詳細については、特殊作戦群の衛士には事前に説明されていた。

 オルタネイティヴ第4計画直属の特殊部隊であり、過酷な任務に投入されてきたことから消耗率は極めて高かった──と。その実情は、呼集されたのが1個中隊に過ぎないというだけで推察できた。

 みちるに続いて、CP将校を務める涼宮遥と、それぞれ小隊を率いている速瀬水月、宗像美冴が自己紹介を終えた。皆が一様に緊張した面持ちを浮かべているのは、A-01の辿った経歴によるものか。

 A-01は、オルタネイティヴ計画が第5計画に移行されると横浜基地の指揮下を離れて極東国連軍の指揮下に移されている。しかし、第5計画派の意向と、1個中隊という戦力規模ゆえの扱いにくさから最前線から遠ざけられていた。

 特殊作戦群や各国の派遣衛士がBETAとの激戦を戦っているのに対して、自分たちは後方で安穏としていた──という意識があるのだろう。

「──風間祷子中尉です」

「結城静枝中尉です」

「大宮五十鈴中尉です」

 次いで立ち上がった面々には、隆也も見覚えがあった。ちょうど、隆也が横浜基地に戻っていたころの訓練兵達だ。隆也が副教官を務めていた時期にも在籍していたので、短い期間ながら戦術機教練を担当していた。

 ある意味で災難だったのは涼宮茜を分隊長としていた第207訓練隊A分隊で、卒業までの戦術機教練をすべて隆也が受け持ったことから、地獄を見ることになった。

 幸運と呼ぶべきなのか分からないが、最初の総戦技を落第した207B分隊は、地獄の戦術機教練を免れている。なお、鬼の副教官の発祥は風間らの訓練兵世代であったが、めでたく茜達にも継承されることになった。

 そうした経緯があるだけに、先任以上に緊張した面持ちで元207訓練隊A分隊の面々が自己紹介を終えていき、最後の1人が立ち上がった。

「──柏木晴子です。階級は中尉……よろしくお願いします」

 委縮している同期や先任たちに比べて、晴子だけは自然体というべきか、どことなく軽い調子で自己紹介を終えた。同期や先任衛士達は蒼い顔をして固まり、特殊作戦群の衛士達も呆気にとられた様子だった。

 その様子を晴子の真後ろで見ていた武も、室内の空気感と挨拶との温度差に固まってしまっていた。

「──ける、武」

 呆然としていた武の耳に、呼びかける声が届いた。

「──あ、冥夜?」

「其方の番であろう」

「えっ、そ、そうか」

 慌てて立ち上がって、武は敬礼した。

「横浜基地・第207独立警備部隊隊長、白銀武少尉であります!」

 その瞬間、会議室が騒めいた。

 なにか拙かったのか、と武は冷や汗を流したが、見苦しかった以外には特に所作や挨拶に問題があった訳ではなかった。

 特殊作戦群の戦術機群が運用するXM3──その構想を打ち出したのが、白銀武という人物であるというのは、特殊作戦群では知られた話だった。それが、衛士としては新米に近い人物だとは思いもよらなかったのだ。

 いや、XM3が訓練兵の発案したものを香月夕呼博士が形にしたものだとは聞かされていたが……実際にそれを信じている者は少なかったというのが正確なところか。

 もっとも、九條楸という武とさほど年の離れていない女傑を副長に頂いているだけに、そういう奴もいるのだと受け入れることができるのも、特殊作戦群という組織の強みであるかもしれなかった。

 ともあれ、武のことは天才衛士という前評判通りに受け取った面々だが、それに続く人物たちにはさすがに唖然とするしかなかった。

「榊千鶴少尉です」

「……彩峰慧少尉です」

「鎧美琴少尉です!」

「た、珠瀬壬姫少尉、です!」

「──御剣冥夜、少尉です」

 傑物と名高い現職総理に、名将と謳われた元帝国陸軍中将。表向きは貿易商の、裏では隆也や楸と並び称される諜報員に、国連事務次官──と、帝国の要人たちの娘に、極めつけは征夷大将軍と瓜二つの女性である。

「さて──」

 呆けたような空気を断ち切るように、隆也が口を開いた。

「この場を設けた理由は、部隊内における目的と情報の共有にある。よって、質疑応答に移ろうと思うが……」

 その前に、と宣言しながら鋭い視線が会議室を眺めた。

「まず、特殊作戦群の立ち位置は、オルタネイティヴ第4計画の実働部隊。そして、目的は〝人類の勝利〟だ」

 力強い宣言が、室内を駆け抜けた。

 人類の勝利──武自身も何度か口にしたことのある、多くの軍人がお題目のように唱えている言葉だった。しかし、さすがに佐渡島ハイヴ攻略の立役者が口にすると、不思議な重みが感じられた。

「……もういいぞ」

 質問を許可する、との隆也の声に真っ先に反応したのは、まりもだった。

「オルタネイティヴ4の責任者は香月夕呼博士であったと記憶しております……それに、第4計画の実働部隊というのは、どういうことなのでしょうか」

 A-01の方を見やりながら、まりもは困惑気味に質問をした。

「まあ、そうだろうな……」

 予想はしていた、と言いたげに苦笑しながら隆也はリモコンを手に取った。

「……まず、第4計画の責任者だが、いまもって香月博士で間違いない」

「では──」

 どうしてこの場に居ないのかと、当然すぎる疑問が飛んだ。

「博士は、現在佐渡島に向かっている」

「佐渡に……」

「第4計画の目的を果たすために、な」

「目的……ですか」

 まりもの問い掛けに、隆也は頷いた。

「第4計画の根幹は、00ユニットによる対BETA諜報計画だ……00ユニットというのは、『生物根拠0生命反応0』を意味する。あえて生物として呼称するならば〝非炭素擬似生命体〟ということになる」

 そう説明しながら、隆也は苦笑を浮かべた。

「まあ、完成しなかった秘密兵器の話をしても仕方がないから詳細は省くが……とにかく、従来コンピューターでは不可能な演算能力を備えるコンピューターを使って、BETAの情報を抜き出そうというのが、第4計画の根幹だった」

「……香月博士が佐渡に向かっているのは、00ユニットが完成したから……と、そういうことなのでしょうか」

「正確に言えば、完成はしていない。本来の想定であれば、00ユニットは──」

 そう言いながら、隆也がリモコンを操作する。すると、起動したモニターに巨大な兵器が映し出された。

「──この、XG70に搭載されて、ハイヴ攻略戦にも参加するはずだった」

 ところが、と隆也は溜息交じりに続ける。

「00ユニットの開発は行き詰まり、結局は頓挫している。佐渡に運び込まれたのは、いわば擬似00ユニットだな。小型化を諦めた高性能コンピューターと、ESP能力を備える協力者を必要とする欠陥品だが……それを用いて佐渡島のハイヴ跡から情報を抜き出すのが目的だ」

 佐渡島ハイヴからの諜報活動が成功裏に終われば、再び第4計画は浮上し、第5計画を完全に頓挫させることも可能であろう……だからこそ、不測の事態に備えて、擬似00ユニットの開発者であり第4計画の責任者である香月夕呼博士も、佐渡島に赴いて作業にあたることになったのだと、説明が続いた。

「次に、特殊作戦群がA-01を差し置いて第4計画実働部隊の立場に就いた理由だが、そもそも俺が第4計画における予備、というか保険だったからだ」

「敷島大佐が……?」

「まあ、その辺はあまり突っ込んでくれるな。いろいろと面倒な背後関係が広がっているからな……神宮司中佐も、同じ日本人に命を狙われたくはないだろう?」

 冗談めかしているが、声色は冷たく、眼も笑ってはいなかった。

「──ともあれ、第4計画が順調に推移していた場合、俺の出番はなかった。だが、知っての通りオルタネイティヴ計画は第5計画へと移行された」

 その言葉に、武は歯噛みしていた。

 2001年12月24日──せっかく企画したクリスマスパーティーの前日に、次の日を楽しみにしていた俺たちを地獄に突き落とした宣告があった。

 就寝前に集合を命じられた俺たちは、基地司令から第4計画の凍結と、第5計画への移行を告げられた……納得できなくて、事情を聞くために夕呼先生の所に走った俺は、自棄酒をしている先生に衝撃を受けた。

 クリスマスパーティーは、結局やらなかった。そんな気分じゃなかったし、誰もやろうとは言わなかったから……いつか、BETAに勝つことができたら、その時にまたやろうと約束をして終わった。

 過去を振り返っている武に耳に、冷厳な声が届く。

「第5計画について、知っている者もいるだろうが……」

 そう言いながら、隆也はリモコンを操作する。

 新たに映し出されたのは、オルタネイティヴ第5計画の基幹を成す2つの計画──移民船団を用いた地球脱出と、G弾の大量運用による対BETA決戦『バビロン作戦』の詳細であった。

「地球脱出計画についてはどうでもいいが……問題はこの『バビロン作戦』の方だ。すでに多くの者が知っている通り、G弾にはその破壊力を考慮してもなお許容できないほどの副作用が存在している」

 隆也がそう言うと、モニターの一部に、『G弾による重力偏差の影響』と表題の打たれた論文が表示された。

 その論文のことは、武も知っていた。いつだったか、アメリカの議会に提出されて、大騒ぎになった代物だったはずだ。

「そして……」

 大型モニターが暗転して、映像が切り替わった。

 ──G弾の大量投下によって発生した重力偏差は海水の大移動を発生させ、ユーラシア大陸や日本列島は海の底へと消え、干上がった大洋は塩の砂漠へと変貌した。

 さらに大気圧の変貌によってBETA大戦では安全な後方であったはずのオーストラリアや南米大陸も壊滅。重力異常は人工衛星網を破壊し、原因不明の電離層異常は大気圏内の通信を分断する。

「──と、これがG弾の大量運用が地球に及ぼすと見られる被害だ」

 しかも、これだけの被害を伴うバビロン作戦でも、BETAを殲滅できる可能性は極めて低いだろうというのが、シミュレーションの結果だった。

「端的に言って、BETAとの無理心中──ってところだな」

 馬鹿にしたような口調で、隆也は切り捨てた。

 たぶん、間抜けな顔をしているのだろうと自覚しながら、武は周囲の人間を窺った。当然だろうが、誰しも呆けた顔で隆也を見つめている。中には平然とした面持ちの人間も少なからずいたが、それを判別するほどの余裕はなかった。

 横浜基地に所属していた衛士や、特殊作戦群の衛士であっても、第4計画や第5計画の詳細までを知っている人間は少ない。

 例外を挙げるならば──佐渡に散ったバイエルライン少将(特進)を含めた特殊作戦群の最古参であり中核だった面々と、第2戦隊所属衛士のうち第4計画と関わりを持っていた者くらいだろう。

 香月夕呼の協力者だった武も、オルタネイティヴ4の実働部隊を率いていたみちるですら、オルタネイティヴ計画の全貌など知る由もない。

 だからこそと言うべきか、みちるが質問の許可を求めるのは当然だった。

「……敷島大佐は、なぜそこまでの事情を知っておられるのですか?」

 発現の許可を貰うや否や、椅子を跳ね飛ばすように立ち上がって、みちるは疑問を投げかけた。それに対して隆也は、ほんの少し悩むような仕草をしてから、口を開いた。

「第13独立大隊については……知っているな?」

 当然のようにみちるは頷いたし、武も知っていた。第13独立大隊と言えば、中華戦線最強の国連部隊とも謳われた精鋭で、横浜基地の所属部隊でもあったのだから。

「その第13大隊だが……中核になっていたのはE-01だ」

 聞きなれない単語に、武はもちろん、みちるや他のA-01の隊員、さらには特殊作戦群の衛士達も首を傾げた。

「正式名称は、オルタネイティヴ第4計画直属諜報工作部隊……裏の汚れ仕事やら政治工作やらを担当していた暗部だ」

 あっけらかんと告げられた言葉に、多くの者が思考を停止させた。

 しかし、冷静に考えて見れば納得もできる。オルタネイティヴ計画は、そもそも人類を勝利に導くための、国家が主導するような巨大プロジェクトだ。政治的な駆け引きを必要とする以上は、暗部を持つのはむしろ当然のことだと言える。

 いくばくかの人間が気を取り直したところで、隆也は続けた。

「E-01は、オルタネイティヴ4直属の諜報組織であると同時に、第4計画が凍結された場合の保険だった。第5計画を掣肘……でき得るならば叩き潰して、第4計画を再興させるための、な」

「では、アメリカが第5計画を事実上凍結したのは──!」

「G弾の弊害、ダイダロス計画の裏側、佐渡奪還作戦の裏で練っていた構想──と、これだけ言えば、分かるな」

 裏で糸を引いていたのが誰かというのを、暗に示した言葉だ。

 凍り付いたような会議室を見渡して、隆也は苦笑を浮かべた。誰しも言葉を失って、視線だけで何かを訴えかけていた。

「……聞きたいことは、多いだろうな」

 そりゃそうだろ、と武は内心で呟いた。むしろ、根掘り葉掘り聞かなくても大丈夫、なんて奴がいるのなら、見て見たいとすら思う。

「取り敢えず、表に出しても問題のない部分だけは明かしておくが……俺はもともと、そういう家の出身で、香月博士との付き合いは1995年からだ」

 そういう家……ということは、もともとスパイとか、そう言う仕事をしていたってことなんだろう。それよりも、夕呼先生との付き合いが95年ってことは──第4計画が始まった頃からの協力者ってことか。

「96年に発足したE-01を率いていたが、いろいろあって98年から斯衛に〝戻って〟京都防衛戦から出雲奪還作戦までの戦闘に参加……その後は、横浜で副教官を務めてからE-01に復帰して、オルタネイティヴ5発動までは裏で動いていた」

 武は、隣に座る冥夜が顔色を変えたことには気が付いていたが、それが何を意味しているのかは分からなかった。

 冥夜の他にも数名だけ、隆也の出自に気が付いている者は居た。戻って、という言葉と伏せられた出自……それが意味するのは帝国武家の、それも暗部に関係した家の出身なのだということだ。

 もっとも、武家の裏側など知る由もない一般の人間には、それ以上のことは分かるはずがなかった。しかし、将軍の影としての教育を受けてきた冥夜だけは、暗部の統括であり、五摂家の思惑から非業の最期を遂げた譜代武家の存在に辿り着いていた。

 一方で、そうした裏側に気が付かなかった、あるいは気が付いていながらも触れるべきではないと呑み込んだ人間が注目したのは、京都防衛戦から出雲奪還作戦までの戦いに参加したという経歴だった。

 帝国軍全軍を探しても、同種の戦歴を持つ衛士はごく少ないだろう。まして、斯衛の所属で京都防衛戦から出雲奪還作戦までを戦った衛士となれば──。

(あの噂は、本当だってことか……)

 BETAの九州上陸に始まる、日本帝国本土を巡る戦いにおいて、いまだに語り草となっているのが〝山吹の修羅〟の異名を送られた衛士の存在だった。

 譜代武家を示す山吹色の『試製98式』を駆り、京都防衛戦、西関東の間引き作戦、明星作戦といった主要な戦場で獅子奮迅の活躍を見せ、精鋭を誇る斯衛にあって、最強とも謳われた衛士は、しかし出雲奪還作戦の折、BETAの奇襲によって混乱する帝国軍が体勢を立て直すための時間を稼ぐために殿となり、未帰還となったとされる。

 ここまでは、武も何度か聞いたことのある話だった。

 ところが、佐渡島攻略作戦の後から〝山吹の修羅〟と呼ばれた衛士が、特殊作戦群第2遊撃戦隊司令と同一人物であるという噂が作戦参加部隊の、とくに熟練衛士を中心に囁かれ始めたのだ。

 その根拠となったのが、特殊作戦群の旗機ともいうべき戦術機『羅刹』が佐渡島の地で見せた戦闘機動であった。BETAの大軍を真正面から斬り潰すという、規格外を極めたような戦い方は、かつての戦場で〝修羅〟の戦いぶりを目にしたものにとって、忘れられるものではなかった。

 誰もが目指したが故に、その戦闘機動が模倣できるような代物ではないことも、よく知られていた。だからこそ、かつて国土を取り戻すための戦いに参加していた、いまや歴戦と呼ばれる衛士達は、京都で、西関東で、横浜の地で見せつけられ、佐渡の地に再現された光景に震えたのだった。

 そも、出雲奪還作戦の直後から、彼の衛士が生き延びているという噂はあった。荒唐無稽な、希望を捨てられない者たちの戯言だと笑う一方で、あれほどの衛士が簡単に死ぬはずがないという期待もあったのだろう。

 そうでなければ、元斯衛の人間が国内では裏切り者とすら言われる国連軍に所属しているなどと言う噂が、瞬く間に帝国軍内に広がるはずもない。

 そして、隆也自身が語った戦歴は、それを肯定するものだった。

 溜息にも似た感嘆の吐息が、そこかしこから武の耳朶を打った。多くの人間が、発言の意味を理解したのだろうと思う。

 誰かが、確かめるための質問を投げかけるよりも早く、隆也が口を開いた。

「──まあ、分かっているとは思うが、ここまでの話はことごとく国家機密に分類されるような内容だ。外で漏らせば軍法会議は間違いないが……銃殺刑に処される前に、バビロン作戦が発動されることになるだろうな」

 冷や水を浴びせるように言って、隆也は冷笑を浮かべた。

「自分の手で人類の命運を断ち切りたくないのなら、黙っていることだな」

 名状しがたい冷気が、会議室を駆け巡った。

 衛士としてではなく、指揮官としてでもなく……謀略家としての顔を覗かせる隆也に、そうした一面を知る一部の人間を除いて、完全に気圧されていた。

「他に、質問はあるか?」

 重苦しい沈黙の落ちた室内に、冷厳な声が再び響いた。

 誰からも、質問は飛ばなかった。単純に気圧されていたというのもあるが、疑問の大部分が解消されていたということもあるのだろう。

 ともかくも、質疑応答はそれで終わった。

 それからは、事務的な連絡と訓練に関する予定などが淡々と伝えられて、地下会議室での会合は終わりに向かっていった。

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