異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第6話 暗雲迫る

「無様だな……」

 食堂のテーブルに突っ伏して動かず、死屍累々といった有様の部下たちを見やりながら、特殊作戦群・第2遊撃戦隊所属第2(ヴァルキリー)中隊の指揮官となった伊隅みちるは、溜息と共に自嘲の声を漏らした。

 地下会議室での顔合わせからおよそ1ヶ月──特殊作戦群の衛士達は前線勤務者としてはある意味贅沢な、訓練三昧の日々を送っていた。

 特殊作戦群は、極東地域における即応遊撃部隊としての機能を持っていたが、佐渡島攻略作戦後の再編成によって対BETA決戦部隊としての立場を明確にしていた。

 現在の特殊作戦群は、ハイヴ突入作戦における運用を目的とした戦略打撃部隊であり、そのために最前線での防衛作戦や間引き作戦に参加していない……というのが外から見た印象になるのだろうが、それ以上に単純な戦力不足から横浜基地への逼塞を余儀なくさせているのだろうと、みちるは考えていた。

 現状において、横浜基地に展開している部隊は4個中隊でしかない。

 第1遊撃戦隊のうち、敷島大佐麾下の第1(サジタリウス)中隊は、九條楸少佐、葛西榛名少佐を除いて海外から異動してきた衛士や、ブリッジス大尉のように別任務にあたっていた衛士で編成されている。

 第1中隊所属の衛士は、いずれもエース級で個々の戦闘能力は高いだろうが……多国籍部隊であるだけに運用する戦術機、さらに戦術思想にも違いがある。部隊内での連携を良く擦り合わせなければ部隊としては機能しないのは明らかで、実際に訓練中も戦術機動の呼吸を合わせることを優先しているように見えた。

 それに加えて、第1中隊の所属衛士11名のうち、特務のために3名が欠員となっていることも行動に枷を嵌めているのだろう。

 一方で第2(バルゴ)中隊は、第1戦隊の次席指揮官である東雲虎三中佐を隊長に、旧第2戦隊の所属衛士がそのまま配属されている。個々の練度はもちろん、部隊内の連携にも問題があろうはずがない。

 人員不足から第3中隊が欠番となっていることもあり、第1遊撃戦隊の……いや、横浜に展開する特殊作戦群では唯一の稼働部隊となっていることから、軽々と動かすことはできないだろう。

 そして、みちるも籍を置く第2遊撃戦隊……その指揮官には、神宮司まりも中佐が任じられている。人選にはもちろん否やはない。A-01に所属する衛士は、誰もが横浜訓練校で神宮寺中佐の指導を受けているし、富士教導隊にも所属していた経歴を見れば、彼女以上に隊長職にふさわしい人間はいないだろう。

 その神宮寺中佐が率いる第1(ワルキューレ)中隊には、横浜基地に残されていた第207中隊がそのまま配属された。

 天才衛士とまで呼ばれる白銀武少尉を筆頭に、6名の衛士はいずれもエースを張れるような人材だが、実戦経験がないのが気になるところか……それに、所属衛士が7人と中隊定数のほぼ半分でしかないことも、不安要素になっているのだろう。

 みちるの指揮下にある第2(ヴァルキリー)中隊は、かつてのA-01そのままの編成であるため11名が所属しており、連携の面でも問題はない。しかし、A-01は『不知火・弐型』とXM3を受領したばかりであったし、悔しいことだが特殊作戦群の主力を成す衛士達に比べて、技量面では数段劣っている。

 佐渡島の戦いで壊滅した旧第1戦隊の生き残りの衛士が現在の第2戦隊に訓練指導役として付けられているのは、部隊の錬成を急ぐためだろう。

(分かってはいた……が、これほどまでに差があるとは)

 ここ1ヶ月の訓練を思い返しながら、みちるは天井を見上げた。

 オルタネイティヴ計画直属の戦闘部隊であるA-01は、世界各国の精鋭部隊の一角に名を連ねられるだけの戦闘能力を持っていてしかるべきである。少なくとも歴代の指揮官はそう考えていたし、だからこそ訓練は相当に厳しいものだったはずだ。

 ところが、いざ特殊作戦群に放り込まれてみれば、衛士としての技量は遠く及ばず、訓練の厳しさも、A-01時代のそれは児戯にも等しいものでしかなかったのだと、思い知らされたのである。

 視線をテーブルに戻すと、好物のはずの合成生姜焼き定食が、ようやく半分ほどまで減った状態で置かれていた。

 添えられた味噌汁から湯気が立たなくなってからどれほど経ったのか……軍人にとっては身体が資本で、食事は絶対に必要なものだと分かっているのだが、それ以上に全身に残る疲労感が箸を止めさせていた。

 何度目かもわからない溜息を吐き出してから、みちるは食堂を見渡した。

 近くのテーブルには、第2戦隊・第1中隊の面々が揃っていた。

 部隊長を務める神宮寺中佐の姿は見えないが、白銀武、御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧美琴と、良くも悪くも話題になっている6人は、ほとんど食事に手を付けないまま夢の世界の住人になっていた。

 無理もないと、みちるは内心で呟いた。

 A-01部隊では最先任となるみちるですら、半日の訓練で疲労困憊の有様だ。第1中隊の6人はいずれも熟練衛士顔負けの……ことに、白銀少尉などは歴戦の第1戦隊所属衛士にも匹敵する腕を持っているが、逆に言えばそれだけだった。

 横浜基地で訓練に励んできた旧207独立中隊は、XM3の導入も相まって操縦技術という点で見れば、エース級の衛士であろう。しかし、特殊作戦群所属の歴戦の衛士達と比べれば、単純な操縦技術とは違った面での差が浮き彫りとなる。

 特殊作戦群が展開してきた戦場は、いずれも最前線の激戦地であった。連日の出撃は当然のことで、体調が万全ではない状況で戦闘を強いられることもあれば、戦術機に搭乗したままでの即時待機も珍しいことではなかったと聞く。

 基礎体力の違いもあるだろうが、体力を調整する技術の違いだろう。こればかりは、実際に経験を積まなければ身に付かない。それを証明するように、第2戦隊の衛士では他の衛士に比べて実戦経験の豊富な神宮司まりもは訓練をこなせている。

 みちる自身はどうにか喰らいつけてはいるが、第1戦隊所属の新人……各国から派遣された衛士達と比較すると、どうにも見劣りしてしまう。

 とはいえ、即応遊撃部隊であるツェルベルスや同様の性格を持つ大東亜連合軍特別試験中隊に所属していたヘルガローゼとタリサ、最前線で酷使されていた亦菲と比べるのはいささか酷な話だし、もともと特殊作戦群にも所属していたマーティカに至っては、言わずもがなだろう。

 開発衛士として遠田技研に出向していたユウヤにしても、いずれ呼び戻されることは分かっていたので、備えを怠っていなかったから、さすがに他の面々に比べると体力面では劣るが、それでも訓練に付いていけている。

 現状を見れば、第2戦隊は明らかに足手まといになっている。歴戦の衛士達との差は一朝一夕で埋まるようなものではなく、地道に研鑽を積んでいくしかないと分かっているのだが、焦燥感は拭えなかった。

(いや……後ろ向きに考えすぎだな)

 訓練が始まった頃に比べれば、幾分ましになっているとは思う。

 敷島大佐からの忠告の通りに消臭剤を買い込んで……実際に蓋を開いていた頃に比べれば、死屍累々に眠っているという状況は、進歩していると言えるだろう。少なくとも、吐瀉物の匂いはしないのだから。

 そんなことを考えているうちに、時計の針が2時を回った。

 日頃であれば、休憩の終了を告げる無機質なアナウンスが流れ、寝ている者は叩き起こされて訓練場か格納庫まで駆け足を命じられるところだが、珍しいことに今日は全部隊に半日休暇が言い渡されている。

 寝かせておいてもいいかとみちるは考えたが、叩き込まれた時間感覚のためか、速瀬水月、宗像美冴と2人の小隊長は身体を起こした。

 さすがに他の隊員は眠ったままだが、眼に見える訓練の成果にみちるは少しだけ相好を崩した。そして、ふと思い浮かんだ訓練中の違和感に思考を馳せた。

 ここ最近のことだが、対人訓練の比率が上がっているような気がしていた。

 新型ゆえに部品の消耗を避けたい、という切実な理由から戦術機訓練はシミュレーターを用いているが、当初は対BETA戦を想定した模擬戦闘が主だったが、最近では純然たる戦術機同士の模擬戦闘にかなりの時間が割かれているように思える。

 対BETAの模擬戦が疎かになっている訳ではないし、対人戦から学べることも多くあるが、しかし対BETA決戦部隊を冠する特殊作戦群が対人訓練を優先するというのは、どこか引っ掛かりを覚える。

 何か意図があることは間違いないが……そこまで思考を巡らせて、みちるは行動に移すことにした。

 残っている昼食を大急ぎで胃の中に押し込むと、寝ぼけた顔のままもそもそと昼食を食べ始めた水月と美冴に後のことを任せて、食堂を後にした。

 

 

 シミュレーター室、作戦室、武道室と、最近の訓練方針について、総隊長を務める敷島大佐に直接質問を投げかけるべく、基地内をあちこち探し回って、ようやく目的の人物を発見したとき、そこには先客の姿があった。

 その人物とは、第2遊撃戦隊を任された神宮司まりも中佐であった。彼女もまた、最近の訓練が対人戦闘を睨んだものであることに疑問を抱いており、半日休暇の機会に直接質問をしようとしたのだという。

 ともあれ、揃って疑問をぶつけに来たみちるとまりもを、隆也は「廊下で話すような内容ではないから」と、自室に招いた。

 隆也の自室は、横浜基地の地下施設の中でも機密度の高いエリア……それこそ、みちるも足を踏み入れたことのない区画に設けられていた。この区画に入るだけでも、高レベルのセキュリティカードが必要で、さらに部屋に入るためには指紋認証と光彩認証までもが必要であった。

 横浜基地全体を見渡しても、このレベルのセキュリティを備えているのはオルタネイティヴ4関連の施設を除けばここだけだ。

 そうして部屋に通されたみちる達は、いかにも高級品といった肌触りのソファに座りながら、室内を見渡していた。

 指揮官用らしい、広々とした室内に置かれているのは、大型の執務机とベッド、壁際に立ち並ぶ扉付きの重厚な棚の他には、応接用だろう向かい合わせのソファと、その間に置かれた長テーブル程度のものだった。

「さて、最近の訓練方針についての質問だったか」

 向かいのソファに腰を下ろしつつ、隆也が切り出した。

 この手の疑問が出るのは分かっていた、とでも言いたげであった。

 横浜基地を拠点として再編成された特殊作戦群は、対BETA決戦部隊の看板を正式に掲げていた。それが意味するのは、ハイヴ攻略を狙う大規模攻略作戦への投入が前提にあるということである。

 そうであるならば、訓練内容もそれに準ずるのがごく自然のはず……特殊作戦群には、攻略に成功した佐渡島ハイヴの内部構造や戦闘データも当然あるはずで、それを用いた戦闘訓練も可能なはずなのだ。

 ところが、最近の訓練で主軸に置かれているのは対人戦闘ばかりである。付き合いの長い旧特殊作戦群の人間ならばともかく、最近になって加入した面々からすると、疑問に思うのは当然であっただろう。

「……必要になる」

 明瞭に言い切った隆也に、みちるは怪訝な面持ちを向けた。

「それは、BETAとの戦いに勝利を収めてから……ではないのですか?」

 BETAとの戦いが終われば、次は人類同士の──とは、昔から言われてきたことだ。

 アメリカ陸軍の新鋭機である『F-22A:ラプター』が対BETA戦では役に立たないステルス能力を有しているのも、人類同士の戦いを睨んでのことだろう。

 しかし、かつて第2世代戦術機が実戦投入された時期にも、BETA戦争が人類の勝利に終わる未来は近い、などと言われてきたが、実際には現在に至るまでBETAとの戦いは敗北を重ねたまま続いている。

 確かに、人類は佐渡島ハイヴを攻略して反攻の嚆矢としたが、ヨーロッパ大陸にはなおも24ものハイヴが残されているのである。現状では、それらすべてを攻略するなど絵空事でしかないし、これ以上にハイヴが増えないとの保証もない。

 人類同士の戦いに備えるよりも、まずはBETAに勝つ事を考えるべきだ。

 その事を口に出そうとするみちるだったが、それよりも早く隆也が言った。

「残念だが、次に俺たちが出る戦場はハイヴ攻略戦ではない」

 人間同士の殺し合いだ──と。酷く冷淡に聞こえる言葉を聞いた瞬間、みちるは思わず身体を固くした。

「……そんな」

 呆然と呟くみちるに代わって、沈黙を貫いていたまりもが鋭く問い掛けた。

「そういうこと、なのでしょうか?」

「……知っているのか?」

「戦略研究会……富士教導隊に配属されていた頃、耳にしたことがあります」

 それを聞いて、隆也は深々と溜息をついた。そして、説明を求めるように視線を向けていたみちるへと視線を動かした。

「戦略研究会は、帝国本土防衛軍所属の衛士が結成した私的な勉強会だ」

 忌々し気な声色から察するに、それだけではないのだろう。そう思った通り、隆也の言葉は続いた。

 表向きを戦術研究会……あくまでもBETA侵攻による帝都防衛という万が一の事態に備えての対BETA戦術の意見交換会を自称しているが、裏の目的は『民を蔑ろにして将軍を傀儡に貶め、自らの保身や利益ばかりを重んじる賊徒を排除する』ことにある。

 日本帝国の誇りを貶めるものを排除し、将軍と民を救い出そうというのが戦略研究会の理念だった。

 まりもが戦略研究会の名前を知っていたのは、かつて富士教導隊に籍を置いていた頃に勧誘を受けたことがあったからだ。もっとも、その時の勧誘では戦略研究会の存在を明言された訳ではなかったし、国連軍に在籍していた経歴のためか勧誘も無かったものとして扱われていたため、それ以上は知りようがなかった。

 しかし、口の軽い同僚が酒場の席で戦略研究会の名前を口にしたことから、おぼろげながらも帝国軍内の不満分子の存在を察してはいた。そこに隆也から提示された対人戦闘の可能性を加味すれば、辿り着く結論はおのずから決まっていた。

「……思想そのものは、それほど間違っちゃいないだろうが、な」

 呟かれた言葉に、みちるは意外だと感じた。それはまりもも同じだったようで、驚いたような表情で隆也を見つめた。

 実際に、隆也個人としてはそれほど間違った理念だとは思っていなかった。というよりも、帝国軍の軍人であれば、行きついてもおかしくない思想だと理解している、というのが正しい表現かもしれない。

 ──BETAによる日本本土侵攻から出雲奪還作戦に至るまで、帝国本土防衛軍と帝国陸軍の被害は大きかった。消耗を埋めるべく徴兵年齢を引き下げてまで戦力の補充に奔走したが、それでも往時ほどの規模には届かない。

 本土を巡る戦いでは熟練した兵士を多く喪い、徴兵された新兵を含めてかつての精強さを取り戻すには厳しい訓練を課さねばならなかった。

 そうした状況にあって、帝国軍内部では特定の方向に仮想敵を必要とした。そして、往々にして軍部の不満は政治家へと向けられる傾向がある。その例に漏れず、軍内部の不満は閣僚達に向けられていった。

 しばしの沈黙の後、口を開いたのはまりもだった。

「間違っていない……というのは」

「ごく一部の政府閣僚の話だがな……東南アジアやオーストラリア、南米への移住を画策している者もいる。斬りたいと思うのは仕方あるまいよ」

「民間人を見捨て、国を捨てて……腐っていますね」

「同意はする。が、意外なことではないな。危機に晒されることなく、生ぬるい環境に置かれ続ければ、腐敗していくのは当然だ」

 溜息交じりに一息を置いて、隆也は続けた。

「そして、いまの帝国では自浄作用を働かせるのは難しい」

「榊首相に、期待はできませんか?」

「無理だ。個人的には最良の政治家と評価したいところだが、将軍を傀儡にしているというのが〝日本人の視点で見れば〟甚だ不味いだろう」

 第2次大戦後、征夷大将軍は名誉職にも等しい扱いを受けてきた。米国による策略の結果だが、BETA大戦の勃発に、日本本土侵攻──かつてない国難を前に日本帝国が一丸となって戦うためには、征夷大将軍の復権が必須だという声はあった。

 事実として、明星作戦以降の日本では将軍を希望の光として、拠り所として受け取っている民間人は少なくなかったのである。

 その将軍を傀儡としているというのは、印象としては最悪だろう。

「しかし、それは──」

 必要なことだったと、叫ぶように言ったまりもに、隆也は頷いた。

「そう……榊首相が、政府が汚れ役とならなければ、この国は京都で敗れたあの時に終わっていた」

 殿下が最初から日本軍全軍を指揮していれば、京都を守り通すことができた。そのような主張は、民間人ばかりか軍人達ですら主張する者がいる始末だ。

 斯衛軍に籍を置き、実際に京都防衛戦に参陣した隆也にしてみれば、現実を知らない者たちの戯言もいいところであった。もし、京都を守る術があったとするのならば、それは核兵器の大量運用以外にはなかっただろう。

「……京都を巡る戦いで、殿下が核の使用を承認することは有り得たでしょうか?」

 まりもの問い掛けに、隆也は静かに首を横に振った。

「さりとて、核を使用しなければ京都を守り通すことはできなかった。そして、近畿以西の民間人が虐殺された責任は、何処に──ですか」

 失敗の責任は頂点に向けられる。頂点が政府であれ、将軍であれ、それは変わらない。だとすれば、頂点が政府であったことは僥倖であっただろう。もしも殿下の指揮下で帝国軍が敗れていれば、その威光は地に墜ちていたはずだ。

「だが、将軍の威光が無事であった代わりに、犠牲になったのは閣僚だ。敗戦の責任から、不正をする与党議員や野党の者達への追及はおざなりにならざるを得なかった……あちらを立てればこちらが立たず、とはこのことだな」

 深々と息を吐いて、隆也は瞑目した。

「……連中の、国を憂う心根は分からないではない。やり方は極端に過ぎるが、現状を見れば仕方がないという面もある」

「ですが、容認はできない……と」

「研究会の結成から現在に至るまで──引っ掛かることが多すぎる」

 軍部が政府に向けた不満の、その出発点となるのが光州作戦であった。

 帝国陸軍大陸派遣部隊の指揮官であった彩峰萩閣中将は、民間人の救出を最優先とした大東亜連合軍派遣部隊の指揮官に同調して軍を動かした。その結果、国連軍総司令部がBETAの攻撃によって陥落し、混乱に見舞われた国連軍は、多大な損害を受けて敗走することになった。

 この事態を受けて、国連は日本政府に猛抗議を行い、彩峰中将の国際軍事法廷への引き渡しを要求……国連の要求に従えば軍部の反発は必至、さりとて、逆らえば国内に誘致したオルタネイティヴ4の失速もあり得る。

 難しい舵取りを迫られた内閣総理大臣榊是親は、最前線を預かる国家の政情安定を人質に、国内法による厳正な処罰という線で国連を納得させた。

 彩峰中将は敵前逃亡の罪に問われて投獄・銃殺となったが、この措置に不満を抱いている帝国軍人は多い。戦略研究会の首謀者と見られる沙霧尚哉少佐などは、その急先鋒だといっていいだろう。

 彼は彩峰家と関係が深く、彩峰萩閣は娘である慧と彼を結婚させるつもりだった、というのは陸軍の一部では知られた話だった。

 だというのに、その沙霧尚哉は帝国本土防衛軍・帝都守備第1師団所属・第1戦術機甲連隊を率いる立場にある。さらに、彼と親交深い衛士の多くも、帝都守備隊に配属されている状況だ。

 軍部の不満が高まっている現在、万が一の可能性を考えるのであれば、とても適切とは言えない配置だ。

「裏に何者も居ないと考えるには、不自然過ぎるだろう」

「……アメリカ、でしょうか?」

 光州作戦の大敗を招いた原因に、彩峰中将の独断専行があるのは違いない。だが、さらに突き詰めていけば光州作戦の指揮を執った国連軍司令部の指揮の稚拙さも、敗因とするには充分すぎるものがある。

 そして、国連軍の指揮官に適材が選ばれなかった背景にあるのは、かの大国の影。であるならば、研究会の裏側でも糸を引いている可能性はあるのではないか。

「……しかし、アメリカとしては、日本を対BETAの防波堤としておく方が好都合ではないのですか? それを考えると、日本国内の情勢を不安定なものとするのは、彼らにとっても望ましいことではないと思うのですが」

「事を起こさせて、日本を致命的な状況まで追い込んだところで国連軍を介して助力を申し出る……そして、事態を終結させた後、日本政府や将軍に統治能力なしと見做して、国連を介して属国のような扱いにする……そういった策があるかもしれん」

 隆也は、あえて濁した言い方をした。

 だが、佐渡島ハイヴ攻略作戦の折、アメリカが巡らせていた策略のことを考えれば、裏で糸を引いている可能性は極めて高い。佐渡島攻略作戦時の策謀のことを考えれば、断定してもいいくらいだ。

 ──帝国軍単独で挑むこととなった佐渡島ハイヴ攻略作戦は、結果的には特殊作戦群の活躍によって勝利に終わったというのが通説となっている。もっとも、国連のプロパガンダという面があるにせよ、ある程度は事実であったが。

 特殊作戦群でも最精鋭であった2個戦隊がハイヴ突入部隊の前衛として突入路周辺のBETAを掃討し、ハイヴ内においてもBETAの大規模増援を長時間に渡って足止めしていなければ、作戦は失敗に終わっていただろう。

 もちろん、地上のBETA群を相手に奮戦した帝国軍の機甲部隊や戦術機部隊、連合艦隊の支援を軽視するつもりはないが……しかし、特殊作戦群の参加がなければ突入部隊は反応炉に辿り着くことなく全滅しただろうというのは、作戦終了後に行われた事後研究会でも語られたことだ。

 もっとも、事後研究会で出された結論は『ハイヴ攻略に成功したのは運が良かっただけだ』という身も蓋もない評価であったが、作戦に参加した部隊の多くはその評価に素直に頷いている。

 ともあれ、なにか1つでもボタンを掛け違えていれば、帝国軍は致命的な打撃を受けていたのは間違いない。

 反応炉制圧が成し遂げられなければ、ハイヴ突入部隊は文字通り全滅し、特殊作戦群の最精鋭2個戦隊と、斯衛軍の双璧たる第3大隊、第16大隊、そして帝都防衛の要である帝都守備第2戦術機甲連隊を失っていた。

 そして、地上部隊もBETAの反撃によってさらに損害を積み上げ、撤退の支援にあたっただろう海軍も、大きな被害を受けていたのは間違いない。

 事後研究会の算出したところでは、地上部隊は機甲部隊の全てと戦術機甲部隊の8割を失うこととなり、海軍も撤退支援のために艦隊の3割を失い、大和型戦艦2隻が鬼籍に入るほどの大損害を受けて敗退しただろうとのことだった。

 そして、帝国軍が壊滅と引き換えに戦力を漸減した佐渡島ハイヴをアメリカ軍と国連軍が攻略する……あるいはG弾で吹き飛ばすという選択もあっただろう。

 ともかく、佐渡島ハイヴの脅威を取り除くことで日本政府に大きな貸しを作ると共に、軍事力の衰退した日本帝国へ戦力を貸与することで、軍事面で日本を支配下に置くというのが、アメリカの思い描いていた策略だった。

 そして、そうなった場合にアメリカの動きを阻むのは不可能だった。

 榊首相は敗戦の責任を取って辞任しているだろうし、後継首班は当然アメリカの息が掛かった人間だろう。帝国武家にしても、斑鳩崇継、崇宰恭子と五摂家の当主2名を失って大混乱に見舞われているだろうし、第4計画にしても要である敷島隆也、九條楸を失った状況では、さすがの香月夕呼も沈黙する以外にない。

 しかし、事態はアメリカの思い描いていた通りには進まなかった。

 佐渡島ハイヴ攻略作戦は成功裏に終わり、アメリカ極東軍団の〝敵前逃亡〟は国内外から批判の嵐に晒されることとなった。ただし、ここで問題となったのはあくまでも極東軍団の作戦不参加に関するものだけであり、日本を事実上支配下に置こうとした策略は最後まで露見してはいなかった。

 アメリカ政府が必死に覆い隠したというのもあるが、アメリカ国内の反第5計画派にしても、自国の謀略が外に漏れた場合、自国の威信を傷つけてしまうということを理解していたからであった。

 このため、あのマッカーシー議員の告発も、あくまで議会内に留まる範囲で行われており、アメリカ政府が目論んでいた対日謀略を知る人間は、告発を仕組んだ人間を除けばアメリカ議会と軍上層部に限られていた。

 だから、まりもはアメリカの良識を信じている……日本という国家を崩壊させかねないような策略は有り得ないと思っているのかもしれないが、隆也から見ればいささかならず甘い認識だった。

 確かに日本帝国は極東防衛線の要だが、アメリカにとっては目下のところ最大級の政敵でもあるのだ。より正確には、香月夕呼と敷島隆也──オルタネイティヴ4の中核たる両名こそが宿敵となるが、どちらも直接的な排除は難しい。

 第4計画を正面から潰すのが難しいと見たアメリカが、後ろ盾となる日本帝国を瓦解させる策に出た可能性はある。もちろん、政治的な混乱に端を発した極東防衛線の崩壊すら織り込み済みのことだろう。

 アメリカにとってベストなのは、政変を利用して日本帝国を事実上の属国とすることだが、たとえ成功せずとも日本の軍事力を削ぐことができれば、BETAの侵攻によって国土の大部分を失い、国家として破綻することになる。

 いずれにしても日本は国際的な影響力を失い、オルタネイティヴ4も発言力を失って第5計画が再び台頭することになる。

 BETA戦争の主導権を取り戻すことさえできれば、BETAによるアメリカ本土侵攻という事態に発展する前に、自慢のG弾によって戦局を逆転できると、そのように考えているのだろう。

 アラスカに用意されていた保険……レッドシフトの存在を考えれば、日本がBETAに蹂躙される事態に陥れば、G弾による焦土作戦は有り得ないことではない。

「……決起を、阻止することはできませんか?」

 これまで黙り込んでいたみちるが、呟くように問い掛けた。

 オルタネイティヴ計画直属の戦闘部隊を率いていただけに、まりもに比べて裏側の情報にも多少は明るい。そのため、日本帝国の置かれている状況がかなり悪いものだと分かったのだろう。

「……無理だ」

 溜息交じりに、隆也はかぶりを振った。

 決起を阻止しようにも、すでに手遅れだった。戦略研究会は、すでに帝都守備隊の大部分を取り込むことに成功している。それこそ、その気になれば即日のうちに帝都の主要施設を手中に収めることが可能な規模だ。

 よしんば首謀者である沙霧の身柄を抑えても、部下たちが奪還のために決起し、事態がより混沌とするだけだ。

 それに、裏に潜んでいる連中の動きも気になる。帝都守備隊の大半を取り込んだ手腕は評価に値するが、組織の規模が大きいということは、それだけ紛れ込む隙が大きいということでもある。

 もちろん、研究会でも怪しい人間は排除しているだろうが、所詮は素人の集まりだ。諜報組織に身を置く人間であれば潜入は容易であろうし、事実として隆也はごく短時間で戦略研究会の詳細を手に入れているのだ。

 万に一つ程度の可能性ではあるが、沙霧が拘束されたことで研究会がクーデターを思い止まったとしても、入り込んでいる人間がそれで済ませるわけがない。なにしろ、日本国内の政情を混乱させることが目的なのだから、取り敢えずクーデターさえ起こしてしまえばそれで目的は果たされる。

 早期に鎮圧されようが、無軌道に拡大しようが……アメリカが動くならば、おそらく後者になるだろうが……とにかく、対BETAの最前線であるはずの日本帝国の政情が不安定だと世界各国に認識させることができればそれでいいのだ。

 むしろ、沙霧が主導してクーデターを起こしてくれた方が、目的がはっきりしている分安全とすら言えるのだった。

 なによりも、国連軍の人間から帝都守備を預かる軍がクーデターを目論んでいるなどと警告されたところで、聞く耳を持つ人間などいるはずもない。まず間違いなく黙殺されるだろうし、無用な疑いすら持たれかねない。

 それでも、時間さえあればどうとでもなっただろう。

 だが、隆也が戦略研究会の情報を得たのは佐渡島攻略作戦の後だった。

 隆也の持つ諜報網は、どちらかと言えば対外的な性格が強い。バチカン諜報網にせよ、協力関係にある欧州の諜報機関や、隆也個人のものにしても、日本国内にはさほど多くの眼を向けてはいなかった。

 しかし、国内向けにはE-01が情報収集にあたっているし、他にも様々な情報源があるのだから、戦略研究会の情報がいままでまるで聞こえてこなかったというのは、どうにもおかしな話だ。

(……だとするなら、いささか拙いが……いや、違うな)

 隆也の持つ諜報網から、戦略研究会の情報を遮断する。そんなことができる人物は、全世界を見渡してもそれほど多くはない。そして、日本国内に限るのならばおよそ1人……日本帝国情報省外務2課課長、『帝都の怪人』とも称される鎧衣左近だけだ。

 だが、左近がクーデターに加担しているのであれば、決起の瞬間まで情報を隠し通せていたはずだ。しかし、決起まで秒読みとなったタイミングではあるが、隆也は戦略研究会の情報を入手できた。

 時間は少ないながらも、隆也にとっては充分以上に対処のための策を練ることができるだけの猶予があった。

 おそらくだが、すべては仕組まれていたのだろう。戦略研究会の発足から、E-01に対する情報封鎖……このタイミングで情報が流れてきたのは、仕組んだ人間がオルタネイティヴ4にそれだけの価値を見出したからか。

 とするならば、仕掛け人は──。

「──大佐、敷島大佐」

 みちるに呼びかけられて、隆也は思考を中断した。

「……どうした」

「失礼しました。しかし、決起を防げない理由をお聞かせ願いたく」

「時間がない」

 切り捨てるように、隆也は言った。

 戦略研究会が決起に至るまでの猶予は、長く見ても2日程度だ。隆也であっても、手を回して決起を防ぐには時間がなさすぎる。

「それよりも……」

 会話に割り込む形で、まりもが発言した。

「なぜ、会が決起すると分かるのですか?」

「……条件が整っている、というのもある。だが、最大の理由は、連中にとっての起爆剤が投下されたからだ」

 そう言いながら、隆也はモニターの電源を入れた。

『──BETAの再侵攻に備えて復興の急がれる佐渡島において、昨夜未明、帝国陸軍による不法帰還者の救助作戦が行われました。現場では大きな混乱は見られず、現在までに87名が無事に救助されたと……』

 報道される内容に、隆也は小さく溜息をつくのだった。

 

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