異伝 Muv-Luv UNLIMITED 作:第4計画諜報部
絶望と虐殺の象徴──全人類が憎悪するべきBETAの根城たるハイヴの、仄かに灯る淡い光に照らされた暗闇の中で、爆炎と閃光が連続していた。
ハイヴの最深部に位置する反応炉制圧を目指す突入部隊は、BETA群との戦闘を回避しながらF層中域……反応炉まで一直線に到達可能な主縦抗まで目と鼻の先にまで迫ったところで、遂にBETAの大軍と激突したのである。
洞窟というのはあまりに壮大な、トンネルに例えるにも巨大な横坑の奥から続々と現れるBETAの群れと、突入部隊の前衛であるメディウム中隊が接敵してからおよそ7分が経過したが、戦況はほぼ膠着していた。
ハイヴ内での戦闘が、人類側にとって著しく不利なものであることは、佐渡島ハイヴ攻略作戦の戦訓が示す通りだ。
各国軍隊の中核兵力となっている戦術歩行戦闘機は、人類がBETAに対抗するために生み出した兵器である。しかし、対BETA戦闘の切り札となる戦術機甲部隊ですら、単独でBETAに対抗しきれるものではない。
かつては国家の象徴として君臨してきた戦艦に代表される海上戦力、陸の王者たる戦車を中核とした陸上戦力、運用できる状況は限定されるが、十全な運用が可能であれば絶大な破壊力を有する航空戦力との有機的な連携があってこそ、人類はBETAの侵攻を食い止めることができたのだ。
だが、ハイヴ内には支援砲撃の切り札である戦艦群の艦砲射撃は届かず、機動力に劣る戦車部隊の随伴もない。当然だが航空戦力の運用は不可能であり、戦術機部隊は単独でBETAの大軍に立ち向かわなければならないのだ。
その上で、戦術機は最大の強みである機動力を封じられている。
ハイヴの地下構造は広大だが、閉鎖空間であることに違いはない。間引き作戦や防衛戦闘で行うような激しい三次元機動を行えば、天井から落下してくるBETAと接触する危険もあるし、味方機との衝突という最悪の事態さえ引き起こしかねない。
一方で、人類側にも僅かばかりだが有利な要素もあった。光線級BETAが、ハイヴ内には出現しないということである。
航空機はもちろん、戦艦から戦術機に至るまで、人類が装備する兵器にとっての天敵である光線級BETAは、正確無比な照準能力に加えて『絶対に味方を誤射しない』という特性を持ち合わせている。そして、ハイヴの壁面はBETA由来の素材によって構成されているため、BETAにとってハイヴ内は全周が味方となるので、光線級は特定の条件下を除いて運用されないのである。
とはいえ、BETAの最大の武器は単純な数だ。戦術的、戦略的な脅威度の高さから光線級の存在が重視されがちだが、単純な突撃戦術だけで人類をユーラシア大陸から叩き出した物量こそが、人類にとって最大の脅威なのである。
『──主力BETA群が左右に展開します!』
「第2、第3小隊、頭を押さえろ」
努めて冷静に指示を出しながら、戦況を確認する。
なるほど、主力と呼べる大規模な塊のBETA群が左右に分かれて、あたかも突入部隊の2個中隊を包囲しようとしているように見える。この動きが戦術的なものなのか、あるいはメディウム中隊という障害物を回避するための本能的な行動なのかは判別がつかないが、どうあれ戦うのみだ。
噴射跳躍によって左右に展開した第2、第3小隊は、さらに2機編成の分隊に別れて地上と空中に布陣した。
光線級の脅威がないからこその布陣であり、前方と上方から撃ち込まれる36ミリ、120ミリの破壊の塊は、戦車級、要撃級によって構成されるBETA群を容赦なく肉塊へと変えていった。
この一場面だけを切り取れば、戦況は優勢とも取れるだろう。
しかし、突入部隊の目的は反応炉の破壊であり、道中でBETAをどれほど撃破しても意味はない。むしろ、BETA群と遭遇した場合には戦闘を回避するか、最低限の交戦で切り抜ける必要がある。
だが、突入部隊に属する2個中隊は、横坑の奥から押し寄せてくるBETA群に前進を阻まれ、この場所に釘付けにされているのだ。弾薬や推進剤に限りがある以上、むしろ戦況は不利と見るべきだった。
『──メディウムゼロより中隊各機。旅団規模BETA群の移動震源感知──12時方向、距離約3000、H12広間からH227横坑へ移動中』
「増援……属種は?」
『──波形照合……突撃級です!』
厄介な相手だと、内心で呟く。
BETAの戦術を体現するように、ただ前に進むことしかできない突撃級だが、ハイヴ内ではその脅威度は跳ね上がる。閉鎖空間である横坑内では回避可能な場所が限られる上に、正面からの戦闘を強要されることから、前面装甲殻が恐るべき威力を発揮するのだ。
36ミリはもちろん、120ミリ弾ですら角度次第で跳ね飛ばすほどの防御力を持つ前面装甲殻は、個体の前面のみならず背面の一部までも覆っている。このため、戦車級や要撃級を蹴散らした十字砲火戦術は効果が薄い。
定石通り装甲殻に覆われていない背面か、無防備な背後を攻撃したいところだが、天井に張りついている戦車級の落下攻撃を回避しながら、突撃級の群れを効果的に撃破できるかは疑問が残る。
迎え撃つことを考えなければ、噴射跳躍によって飛び越えるというのも手だが、推進剤の消費を考えるとあまり現実的ではない。
どうしたものかと思考を巡らせた刹那、
『ホワイトファング1より突入部隊各機! 電磁投射砲を使う──砲撃戦準備!』
後方に控える突入部隊本隊──新兵器を抱えるホワイトファング中隊の宣言を受けて、即座に迎撃へと思考を移した。
「──メディウム中隊、十字壱型隊形に移行。展開しつつ攻撃を続行し、射線を確保しなさい!」
『『了解!!』』
メディウム中隊が攻勢を強めると同時に、ホワイトファング中隊は新兵器──04式電磁投射砲の砲撃準備に取り掛かっていた。
『制圧支援各機、給弾コンテナの接続を急げ!』
メディウム中隊が撃ち漏らしたBETAに対しては、ホワイトファング中隊のうち電磁投射砲の運用にかかわらない2個小隊が阻止行動を行っている。
正式採用された電磁投射砲だが、かつて試製99型と呼ばれていたころと比べて格段に進歩している訳ではない。信頼性こそ向上しているが、運用に最低1個小隊を必要とし、戦術機の特性を著しく損なうという点は変わっていない。
だからこそ前衛1個中隊と、直掩と運用の1個中隊、最低2個中隊をもって運用にあたるべしという運用方法が確立されたのだった。
『電磁投射砲、ステータスチェック!』
『ステータスチェック──異常なし!』
後方で準備が整えられていくのを確認しながら、前衛のメディウム中隊は、ここに至っての全力戦闘を……後先を考えていないとの非難もあるだろうが……三次元機動を解禁しての戦闘に臨んでいた。
天井から落下攻撃を仕掛けてくる戦車級を潜り抜け、高速機動する味方機との接触を避けながら眼下のBETAを撃ち減らしていく芸当は、精鋭を誇る斯衛軍にあっても実行できる部隊は多くない。
ある事情から城内省上層部に睨まれているメディウム中隊は、斯衛においては花形とされる帝都守備から外されて最前線に配置されていたが、そのために他の斯衛部隊と比べても実戦経験は豊富で実力も高かった。
しかし、そのメディウム中隊の奮戦をもってしても、前方から押し寄せるBETAの圧力を跳ね返すには足りない。
『──敵先頭集団、距離2000を切ります! これ以上差し込まれれば、機動回避が!』
『数が、多すぎるッ! 突破されるぞ!!』
「あと少しだけ持たせろ!」
じりじりと押し込まれ続ける状況に焦りを覚えながら、まだか──と、後方に視線を送ると、電磁投射砲の射撃準備はようやく最終段階を迎えつつあった。
『──超電導モーター起動……給弾装置、始動!』
『給弾装置始動……異常なし!』
『トリガーセーフティー、解除!』
「全機、射線に入るな!」
警告と同時に、2基の電磁投射砲が咆哮した。
圧倒的な初速を与えられた120ミリ弾を防ぎ得る存在は、少なくとも現時点では地球上には存在しない。大気との摩擦熱によって砲弾が燃え尽きるまで、突撃級の装甲殻であろうが、要撃級の前腕であろうが粘土細工のように砕かれ、貫かれていく。
間近に迫っていた先頭集団を粉砕し、際限なく湧き出してくるようにも見えた師団規模にも達するBETA群主力の無力化──と、圧倒的という以上の破壊力を見せつける電磁投射砲の威力に、誰もが息を飲んだ。
「──メディウム中隊、全機兵器使用自由。戦線を押し上げる!」
見とれていたのは刹那にも満たない時間だった。敵主力が壊滅したとはいっても、BETAの物量であればすぐにでも新手が殺到してくるだろう。そうなる前に、まずは眼前の敵を片付けねばならない。
『『──了解!』』
そこからは、一気に形勢は傾いたように見えた。
電磁投射砲の砲撃は、相対するBETA群の中で最も厄介な存在だった突撃級の集団を根こそぎ吹き飛ばしている。残る要撃級、戦車級BETAの存在も、決して軽視できるものではないが、こちらも主力と呼べる集団は砲撃によって四散した。
油断さえしなければ、損害を受けることなく突破できる──と、そうした思考に至った時点で、どこか気の緩みがあったのは間違いない。
あるいは、ここを抜ければ主縦坑まであと僅かであるという事実が、冷静さを欠く要因になっていたかもしれない。
『────偽装横坑ッ!!』
「──しまった!」
冷静に観察していれば、あるいは気が付けたかもしれない。しかし、興奮状態にある中、血煙と硝煙の立ち込める空間で、しかも戦闘中である。情けないことに、偽装横坑の存在に気が付いたのは大量のBETAが湧き出してきてからのことだった。
新手のBETA群は、嫌らしいほど的確にメディウム中隊とホワイトファング中隊の間に楔を打ち込んできた。
「メディウム中隊後退!」
『第1、第2小隊はメディウム中隊の後退を援護!』
両中隊長の叫びが交錯したが、部隊は反転攻勢に移ったばかりである。いわば、殴りかかろうとした瞬間に鼻先を殴り飛ばされたのだ。BETAの奇襲による動揺は大きく、メディウム中隊の衛士ですら浮足立っていた。
そして、人類側の見せた隙を見過ごしてくれるほどBETAは甘くない。
『し、しまったっ、うわああああああ!!』
僅かに迷い、一瞬後退が遅れた機体が、戦車級に組み付かれた。バランスを崩し、よろめいた瞬間に新たな戦車級が2体、3体と殺到する。
『嫌だぁっ、助けてくれええぇぇ!』
悲痛な叫びが通信機越しにこだますが、それに構っていられる余裕はない。メディウム中隊は完全な包囲下に置かれているのである。一刻も早く包囲の輪を抜け出さなければ、BETAの持つ物量を前に押し潰されるだけだ。
理性ではそれを理解していても、仲間を見捨てて逃げ出すという行為に拒否反応を示す衛士は多い。そして、それは逡巡に繋がり、一瞬の判断ミスが生死を分ける戦場においては致命的な空白を生む。
戦車級に食い荒らされる味方を見て、僅かに動きを止めた1機が突撃級の衝突をまともに食らって装甲をひしゃげさせ、地面に叩き付けられた。
『──偽装横坑に照準を合わせろ! 後続を潰すんだ!!』
通信機から、切迫した声が響いた。
追撃戦から、混沌とした乱戦へと姿を変えた戦場──混戦の只中に電磁投射砲を撃ち込めば、味方すら挽肉に変えてしまうだろう。この状況下で投射砲を運用するのであれば、偽装横坑への射撃以外にはない。
まず最善の判断といえただろうが、しかし状況はそうした最善をあっさりと覆してしまうほどには最悪を極めていた。
『ホワイトファング11、12、砲撃機を援護しろ! 近寄らせるな!!』
電磁投射砲の運用に1個小隊が必要なのは、なにも投射砲と給弾コンテナの運搬だけが理由ではない。
電磁投射砲は、ひとたび射撃を開始すれば絶大な威力を誇る反面、大型で重量があるために戦術機の最大の長所である機動力を大幅に損なってしまう。設計思想の通りに遠距離砲撃でBETAを殲滅できるのであれば問題にはならないが、戦場において想定外はありふれた存在なのである。
だからこそ、電磁投射砲の運用にあたる小隊のうち、給弾コンテナの運搬にあたる機体には、砲撃機の直掩という任務も与えられていた。
電磁投射砲の砲撃を掻い潜って接近してきたBETAを掃討する、あるいは奇襲に備えての措置であり、偽装横坑から大量のBETAが出現している現状は、奇襲に備えての配置が図にあたった状況のはずだ。
しかし、偽装横坑から現れたBETAは少なく見積もっても連隊規模である。
メディウム中隊、ホワイトファング中隊前衛と交戦して数を減らしてはいるが、わずか2機の直掩機が処理できる規模ではない。
『駄目だ、数が多すぎる!』
『隊長ッ、退避を──』
防ぎきれないと悟った直掩衛士の叫びが交錯した刹那、砲撃機に向けて殺到しつつあったBETAの背後から36ミリ弾は降り注ぎ、属種を問わずに次々と擱座させ、あるいは肉体を四散させた。
ハッとした直掩衛士の眼前を、メディウム中隊所属の機体が駆け抜けた。
『あれだけの包囲を……?!』
『すごい……!』
反転攻勢に移った時、メディウム中隊は敵中奥深くに切り込んでいた。偽装横坑からの奇襲攻撃を受けたことで後方を遮断され、さらに横坑奥から出現した新手による挟撃を受けてすらいた。
後退の判断は早かったが、後退を支援しようとしたホワイトファング中隊も偽装横坑からの奇襲に対処するのが精一杯で、充分な支援を行えなかった。
孤軍奮闘する形となったメディウム中隊だが、最前線を渡り歩いてきた歴戦部隊の実力を示すように後退を成功させたのだった。しかし、中隊所属機からは3機が鬼籍に入り、殿を務めた第1小隊も大小の損傷を負っていた。
「──第1小隊は砲撃機を援護! 第2、第3小隊は後続を潰せ!」
鋭く命じながら、弾切れになった突撃砲を投棄する。
斯衛の、武家の本分でもある長刀を用いた近接戦闘へと意識を切り替え、手近な要撃級に狙いを定める。白の一般武家の出身である自分には、戦術機の運用にすら生かせるような流派の持ち合わせはない。
それでも、目指すべき姿はあった。
かつての中隊長──斯衛最強との呼び声も高かった山吹色の怪物。研究を重ねて、鍛錬を積んで、実践で叩き上げて……それでもなお、背は遠く。しかし、猿真似ではなく、彼女自身のものとして練り上げられた戦闘機動は、傑出したものだった。
それでも、戦況を覆すには足りない。あるいは、味方を庇って喪った右腕が健在であったならば──あるいは、ホワイトファング1が投射砲という枷に縛られることなく、十全に力を発揮できるうえで連携できたのなら、結果は変わっていたかもしれない。
破断界が訪れるまでには、さほどの時間は必要なかった。
鋭く振るわれた長刀が、しかし幾ばくかのBETAを取り逃して。それに僅かに気を取られた刹那、死角から滑り込むようにして要撃級の前腕が迫った。
「──ッ、しまった!」
反射的に選んだのは迎撃だった。だが、対処しようにも右腕は喪われ、左腕は長刀を振り切ったばかりだ。咄嗟にフットペダルを蹴り飛ばすが、ほんのわずかな対処の遅れは、死命を決するには充分すぎた。
弧を描いて迫った前腕の突起が装甲をひしゃげさせ──。
『メディウム1、胸部コックピット・ブロックに致命的損傷。戦闘不能と判定』
『──仮想戦闘モード、ヴォールク20を終了、これより観戦モードに切り替えます』
衝撃に揺さぶられたコックピットにオペレーターの声が響き、次いで抑揚のないアナウンスが流れた。
長々と溜息を吐き出して、山城上総斯衛軍大尉は席を立った。
仮想空間のハイヴに突入した2個中隊のうち、脱落したのは上総を含めて6機……戦力の4分の1をもぎ取られた格好だが、中隊長を務める上総が脱落した精神的な打撃から、メディウム中隊の動きは鈍くなっている。
士気の低下に加えて、さらなる敵の増援を考えれば、作戦目標の達成は不可能、どれだけの味方が生還できるかがここから先の勝負になる──と、再び溜息をつきながら管制室に上がると、管制室の隅でモニターを眺める人物に目を惹かれた。
日本人らしからぬ、白髪の女性が傍に控えているというのもそうだが、なによりも国連軍の制服というのが目立っていた。
上総が身を置いているのは、帝国陸軍所属の調布基地……より正確には、陸軍と斯衛が共同管理している新兵器の評価試験基地だが、いずれにしても国連軍の人間が珍しい存在であるのは間違いない。
訝しがっていると、こちらに気が付いたらしい人影が小さく手を振った。
その正体に気が付いた上総は、しばし言葉を失った。
出雲奪還作戦で未帰還となった、かつての上官──生きているという噂は聞いていたし、戦闘映像から確信もしていたが、もはや会うことは叶わないだろうと思っていた人物との思いがけない再会だった。
「──久しぶりだな、山城大尉」
「──笠置……いえ、敷島大佐こそ」
挨拶を交わした後、その場には気まずい沈黙が落ちた。
上総にしてみれば、どうやって出雲の戦いを生き延びたのか、どうして国連軍に籍を置いているのか──と、聞きたいことは山ほどあったのだが、遠慮という訳ではないが、どうにも言葉にならなかった。
「……いい動きだった。さすが、最前線勤務を重ねているだけはある」
皮肉っぽくもある言葉に、上総は苦笑を返した。
「出雲で、生き残れたからこそ──ですわ」
「……運が良かったな」
「運、ですか……そうかもしれませんね」
京都で負った大怪我から復帰した上総は、当時から最精鋭を謳われた斯衛軍第3大隊に配属されたが、もしも、配属先が第3大隊でなければ、日本本土を奪還するための戦いのどこかで、無様に屍を晒していたことだろう。
そして、かつての第3大隊で第3中隊を率いていたのが目の前の人物でなかったのならば……あるいは上総が熟練と呼ばれる領域の衛士であったなら、殿としてBETAの大軍に立ち向かうことになっていた。
第3大隊に配属されたのも、経歴が浅かったために出雲で置いて行かれたのも、なるほど、運が良かったと言えるのかもしれない。
小さく息をついて、上総は疑問を口にした。
「……どうやって、生き残ったのですか?」
出雲奪還作戦においてコード991が発令された後、混乱する帝国軍の立て直しのために殿を引き受けた斯衛第3大隊所属第3中隊──隆也が率いていた僅か6機の戦術機部隊は、同じく殿を引き受けた帝国軍や、逃げ遅れた部隊と共に数万のBETAに対して絶望的な戦いを挑んでいる。
殿部隊の奮戦によって帝国軍は立て直しに成功し、出雲奪還作戦は成功裏に終わったものの、殿部隊は文字通り全滅し、ただの1機の戦術機も帰還しなかった──少なくとも戦闘詳報にはそのように記載されているのだった。
上総の投げ掛けたもっともな疑問に、隆也は困ったように頭を掻いた。
「当然の疑問だが……」
「答えるつもりはない、と?」
「──ここは、耳が多すぎる」
隆也の油断のない視線に、上総も周囲を窺った。
ハイヴ攻略のシミュレーション中だけに、オペレーターたちは任務に集中しているように見える。しかし、佐渡の戦訓を研究した上でのハイヴ攻略シミュレーションで、しかも新兵器の運用試験を兼ねているとなれば、観戦目的の人間が居るのも当然だった。
必然として、管制室には手の空いている衛士や基地の運営要員が集まっているが、彼らの多くがモニターに釘付けになっている一方で、こちらを気にする者もいた。
それが、国連軍の人間に対する興味や警戒の類なのか、それとも情報を得ようとする態度なのかは上総には分からなかった。
「……どうせ、また後で会うことになる」
上総に耳打ちして、隆也は管制室の出口に向かった。それに続いて、銀髪の女性も上総の横をすり抜けていったが、彼らの後姿を追うような視線がいくつもあることには、上総も気が付いていた。
自動ドアが閉まり、彼らの後姿が遮られたところで、模擬戦闘終了を告げるアナウンスが管制室を含めたシミュレーター室全体に響いた。
意識を先の模擬戦闘訓練に戻して、モニターを確認する。
当然とは言いたくないが、任務は失敗──突入部隊の2個中隊は主立坑に辿り着けずに敗走し、メディウム中隊は残存3機、ホワイトファング中隊は残存4機で、ハイヴからの撤退を終了した。
24機中、生存7機……損耗率7割という数字をどう評価するべきか、判断に困るところだった。もっとも、作戦目標を達成できなかった時点で、そもそも敗北と断じてしかるべきではあるが。
管制室を後にした上総は、ブリーフィングルームに向かう道すがら、部下たちやホワイトファング中隊の面々に追いついた。
最後尾を歩いていたのは、ホワイトファング中隊を率いる篁唯依少佐と、副官の雨宮鞠子大尉だった。彼女らと軽く挨拶を交わして、足並みを揃える。
「──やはり、戦術機での運用には難がありますね。改良が重ねられて、小型・軽量化されたにしても、拠点防衛向き兵器だという本質は変わっていません」
「それでも、試製99式に比べれば、完成度は比較にならない……欠点は呑み込んで、運用面での改善を模索するべきだろう」
鞠子と唯依が意見を交わしていたのは、やはりと言うか正式採用された電磁投射砲に関するものだった。
かの横浜基地から提供された技術が使われているために、少なからず忌避する声もあるとのことだが、アラスカで試製99式が残した実績や、先のシミュレーションを見れば、軍上層部が期待するのも分かる。
「──山城大尉は、どう思います?」
問い掛けたのは、鞠子だった。
ホワイトファング中隊は、新兵器の開発と試験運用を主任務としている部隊だけに、最前線勤務の経験はない。中隊所属の衛士の中には、唯依のように最前線勤務の経験を持つ者は居るが、唯依にしても実戦経験はユーコンでの事件が最後だし、他の衛士も長く最前線からは離れている。
すこし考えてから、上総は鞠子の求める視点──最前線を渡り歩いてきた衛士としての所見を述べた。
「そうね……おおむね、篁少佐の意見に同意するわ。最前線で戦ってきた身としては、あの兵器があれば──と、どうしても思ってしまうもの」
メディウム中隊が活躍したのは佐渡戦線──大陸からの侵攻を受け止める九州戦線と並んで、日本本土防衛の要となる防衛線だった。
大陸から物理的な距離がある九州戦線に比べて、最短で32キロという至近距離にハイヴを抱える佐渡戦線は頻繁に侵攻を受けていたし、侵攻の規模を抑えるための間引き作戦もかなりの頻度で実施されていた。
かつての関東防衛戦ほどではないにせよ、苛烈な戦場は佐渡戦線に展開する部隊に相応の傷跡を残していた。
特に大きな被害を出したのは2001年に発生した新潟防衛戦で、洋上では日本海艦隊所属の第56機動艦隊が全滅し、地上では迎撃部隊の主力であった帝国陸軍第12師団が壊滅するなどの大損害を被っていた。
この時には、援軍として派遣された斯衛部隊も大損害を受けており、上総が所属していた中隊も半数が鬼籍に入っている。余談だが、新潟防衛戦における大損害の穴埋めという理由もあって、中隊長戦死後に混乱する隊を立て直した功績から、上総が昇進の上で中隊を率いることになったのだった。
もしも──というのは禁句だが、新潟防衛戦の時点で電磁投射砲が実戦配備されていれば、あれほどの被害を受けることは無かったかもしれない。新潟防衛戦を経験した上総としては、そういう思いがないではなかった。
なにしろ、電磁投射砲の噂は上総も前々から耳にしていたのだ。詳しい情報はともかくとして、斯衛の部隊が試験運用をしている新兵器ともなれば、耳聡い武家ならばその存在くらいは知っていて当然だった。
だからこそ、間に合っていれば──との思いを抱いてしまうし、シミュレーションとはいえ実際の威力を見せつけられたとあってはなおさらだった。
「──ただ、攻勢作戦への投入には課題が多いように思うわ」
先程のシミュレーションでは、電磁投射砲の破壊力はもちろんだが、抱えている問題点も思い知らされていた。
とりわけ目立つ弱点は、砲撃準備に掛かる時間だ。
試製99式と呼称されていた頃から運用し、最も扱いに習熟しているホワイトファング中隊でも、砲撃準備を整えるにはかなりの時間を必要とした。
砲撃準備に時間が掛かることを想定して、直掩部隊を含めた2個中隊での運用が基本とされているが、BETA群はメディウム中隊、ホワイトファング中隊前衛の敷いた阻止線を食い破り、電磁投射砲の目前に迫った。
佐渡戦線で経験したような防衛戦闘であれば、電磁投射砲はBETAの上陸地点で準備万端に待ち構えていればいい。しかし、間引き作戦やハイヴ攻略戦に投入するとなれば、BETAの目前で準備に取り掛からなければならないのだ。
メディウム中隊は、最前線を戦い抜いてきただけに精強を誇る斯衛の中でも精鋭と言っていいだけの実力を備えている。そのメディウム中隊をして、BETAの完全阻止はできなかったのだ。
しかも、シミュレーションではBETAは前方からのみ攻め寄せてきたが、佐渡攻略戦の戦訓によれば、突入部隊は後方からも襲撃を受けている。前後からの挟撃を跳ね除けて投射砲の護衛を完遂できるかどうか、上総に自信はなかった。
間引き作戦に投入するにしても、全方位から押し寄せるBETAを防ぎきれるかどうかは判然としない。防衛にあたる戦力も大きくなるが、押し寄せてくるBETAの数も襲撃方向と接敵数の限られるハイヴ内に比べて膨れ上がるのだ。
「──と、なりますと……やはり九州方面の拠点に配備ですか」
上総の所見を聞き終えて、鞠子がふと呟いた。
「そうなるだろうな。現状で、帝国が備えるべき脅威は、鉄原ハイヴと重慶ハイヴ……いずれにしても、最前線となる九州の防衛強化は急務だ」
「そうなるでしょうね……後は、佐渡要塞への配備かしら」
続く唯依の言葉に、上総は付け加えるように言った。
本土の至近距離に建設された佐渡島ハイヴは、帝国にとって重大な脅威であった。しかし、かつて日本を存亡の淵に追い詰めた大規模侵攻──帝都防衛戦に始まる死闘の相手は、重慶ハイヴと鉄原ハイヴを発したBETA群であった。
そして、先の攻略作戦では、佐渡島ハイヴの反応炉制圧には成功したものの、同地に展開していたBETAの大部分は鉄原ハイヴに逃れている。
突入部隊の反応炉制圧を契機として、明星作戦の時と同様に撤退行動に移ったBETAだったが、すでに消耗しきっていた帝国軍には徹底的な追撃を行う余力はなく、およそ6割を取り逃がしている。
佐渡島ハイヴの残存BETAが合流したことによって、鉄原ハイヴが抱えるBETAの数は膨れ上がっている。つまり、押し出し──ハイヴの許容量を超えたBETAの一斉移動による大規模侵攻の危険が高まっている状況だ。
鉄原ハイヴのBETAが九州や近畿を目指すか、あるいは佐渡島再侵攻に動くかは定かではないが、いずれにしても防衛態勢の強化は急務となっている。
九州方面には相応の防衛戦力が用意されているが、佐渡島や中部地方の部隊は、甲21号作戦での消耗から立ち直ってはいない。
電磁投射砲の正式採用は明るい材料にはなるが、さりとて最前線が望んでいる通りの数を早急に揃えるのは難しいだろう。
何にしても、前途多難だ──と、意見交換を行う3人が結論を出したところで、集合場所のブリーフィングルームが見えてきた。
しばらくして、訓練後のデブリーフィングを終えた唯依と上総は、後のことを副官に任せて応接室に向かった。
先のシミュレーションで得られた戦訓の分析や、電磁投射砲の運用に関するレポートの作成など、やるべきことは山積していたが、基地司令から直々に客人の対応を任されたのでは、断る訳にもいかなかった。
かくして、伝えられた応接室に足を踏み入れた2人だったが、致し方なく対応を引き受けた唯依はもちろんのこと、ある程度は事情を察していたはずの上総でさえも驚きのあまり身を固くしていた。
応接室に居たのは、管制室でも顔を合わせている白髪の女性士官と、日本の軍関係者の間ではいろいろな意味で有名な敷島隆也大佐──と、ここまでは上総が予想していた通りの顔ぶれだった。
「笠置……隊長──」
隆也の顔を見るなり、唯依は呆然と呟いた。
その反応は、上総が予想していた通りのものだった。
上総も唯依も、隆也が率いていた斯衛第3大隊所属第3中隊に籍を置いていたが、京都防衛戦で大怪我を負った上総が戦場に復帰したのは明星作戦の直後で、隆也の指揮下にあったのは半年余りのことだった。
しかし唯依は、京都防衛戦の敗戦直後から第3大隊に配属され、隆也の指揮下で関東防衛戦を皮切りに、およそ1年7ヶ月……出雲奪還作戦において第3中隊が壊滅するまで戦場を共にしていたのだった。
上総にとっても隆也は命の恩人であり、決して軽い存在ではなかったが、唯依の場合は長く戦場を共にしたという信頼関係が加わる訳で、並々ならぬ感情を抱いていることは生存の噂を聞いたときの反応からも分かっていた。
実際に唯依にとって出雲の戦いで隆也の供周りを務めることのできなかった己の未熟は、心に突き刺さった棘になっていたし、未帰還を知らされた際に人目もはばからずに大泣きしてしまったことは、黒歴史の一幕になっていた。
それはともかく、隆也の来訪を知っていた上総をさえ驚愕させたのは、その隣に腰を下ろしている女性の存在だった。
「──それに、恭子様?」
やはり呆然とした、唯依の呟きが聞こえる。
見間違えるはずのない〝青〟の斯衛軍装に身を包んでいるのは、帝国武家の頂点に立つ五摂家が一角、崇宰家の現当主、崇宰恭子大佐その人であった。
帝国斯衛軍第3大隊──斯衛軍においては最も多くの実戦を経験している歴戦の部隊であり、帝都守備の要である第16大隊と並んで最強の双璧とも謳われる斯衛の最精鋭を率い続けている女傑だ。
第3大隊は先の佐渡島攻略作戦で大きな被害を受け、いまは仙台で再編成にあたっているはずだが、その指揮官である彼女がどうして調布基地に現れたのか。
「──久しぶりね、篁少佐、山城大尉」
事態を呑み込めずに硬直していた上総は、恭子の声で我に返った。それは唯依も同じだったようで、2人は大慌てで敬礼したが、慌てるあまりのぎこちない所作に、隆也は苦笑を浮かべた。
「……まあ、取り敢えず座れ」
促された上総と唯依は、どちらともなく顔を見合わせてから、おずおずとソファに腰を下ろした。
向かいに座っているのは、五摂家の当主と国連屈指の衛士。またしても、何処から切り込んだらいいのか分からない状況に上総が頭を悩ませていると、難しい顔をしていた唯依がおもむろに口を開いた。
「恭子様……お体は、大丈夫なのですか?」
そこからか、と内心で上総は呟いた。唯依の表情を見るに、気になっていることは多いようだが、なによりも親戚関係にあり、敬愛する恭子のことが気になるようだ。
──斯衛軍第3大隊は、帝都守備を標榜とする斯衛軍にあっては異質な、即応遊撃部隊として日本各地を転戦している部隊だった。そのために、斯衛軍ではもっとも実戦経験が豊富であり、帝国軍からの信頼も厚い。
しかし、第3大隊はここ1年ほど戦場から姿を消していた。
第3大隊が姿を消した時期は、特殊作戦群第2遊撃戦隊が日本本土で本格的に活動を開始した時期でもあるので、遊撃部隊の役割を引き継いで、戦力再編のために後方に下がった、というのが一般的な見方であったが、帝国武家の間では部隊長である恭子の不調が噂されていた。
というのも、第2遊撃戦隊が活動するようになったころから崇宰恭子は公務からも退いていた。このことから、武家内では重病説が真面目に唱えられていたのである。
それが、先の佐渡島攻略戦では唐突にハイヴ突入部隊に一角として戦場に姿を現したものだから、武家内ではいろいろと憶測が飛び交っていた。
そうした噂やら憶測やらは、唯依や上総の耳にも届いていた。
武家の頂点に立つ五摂家が揺らぐというのは、それだけでも斯衛にとっては大事件だが、唯依にとって恭子は敬愛する人物であると同時に、幼少期から親交のある姉のような存在でもあるのだ。
心配そうな唯依を安心させるように、恭子は柔らかく言った。
「大丈夫よ。病気を患った、という訳ではないの」
「そう、ですか」
安堵の息を漏らした唯依だったが、ではどうして1年もの間表舞台から姿を消していたのかと、当然すぎる疑問が飛んだ。
「それは……誰のせいかしらね?」
「……さあ?」
クスクスと笑いながら、恭子は隆也を見やった。その視線から逃れるように顔を背ける隆也の様子に、今度は上総が口を開いた。
「……あの、やっぱりお二方は」
俗にいうのなら、付き合っているのか──と、困惑と好奇心がない交ぜになった質問を受けて、隆也は恭子と視線を合わせた。
そして数秒、視線での会話を終えた2人は、至極真面目な顔で言った。
「……婚約者、か?」
「……籍は、まだ入れてないわね」
その瞬間、上総の視界の端で白髪の女性が溜息をつき、隣では唯依がこの日一番の衝撃を受けたように身体を震わせたのが見えた。