異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第8話 斯衛の裏事情と勧誘

 幸か不幸かは判断の分かれるところだったが、隆也と恭子の爆弾発言を咀嚼することで、上総は大方の事情を導き出すことができた。

 世界各地を転戦していた敷島隆也が日本本土で戦っていた時期に重なる、およそ1年間の崇宰恭子の休養。そこに2人の関係というヒントを加えれば……そういうことなのかと視線で問い掛けると、隆也が苦笑して見せた。

 この時勢に、と思わないではないが、かつて第3大隊に所属していた頃からの関係だとすれば、むしろ遅すぎるとも言えるのかもしれない。

 しかしそうなると、他にも気になることが浮かび出してくるわけで。

「その、不躾だとは思いますが……どうして、なのでしょうか?」

 五摂家の次期当主(当時)であった恭子の婚約者の座に、どうして笠置家という譜代武家の陣代であった隆也が収まっていたのか、と。質問の意味を正確に読み取った隆也は、1つ息をついてから口を開いた。

「機密事項の部類だが……笠置家の陣代──その立場自体が、俺が斯衛に戻るための仕掛けの1つだった。何しろ、武家から抹消された敷島家の人間だからな」

「──抹消、ですか」

「それは、どういう──」

 身を乗り出すほど驚いている上総と唯依を見て、隆也は恭子へと視線を移す。

「……知らないのも無理はないわ。敷島家に関連する情報は、譜代武家以上でなければ知り得ないことよ。それに、当主の代替わりで失われた情報も多いわ」

「なるほど、な……今では、知らない人間の方が多いか」

 帝国武家では、その多くが日本本土を巡る戦いで代替わりを強いられた。京都防衛戦、東日本の戦い、明星作戦に始まる本土奪還のための戦い──苦難続きの長い戦いの中で多くの武家の当主たちが斃れていったからだ。

 このため、本来であれば家を継ぐ予定のなかった人物が後継者となっており、一部の秘匿情報がそのまま失われるといった事態が発生していた。ことに、敷島家に関連する情報などは秘匿情報の中でも機密度が高かった。

 いまとなっては、敷島家の存在を知るのは、暗部の関係者を除けば、歴戦と呼ばれる衛士か、後方勤務で戦死を免れた者か、あるいは老人とも言われる隠居世代か……そして、報復におびえる老人世代は意図して敷島家の存在を隠そうとしているため、若い世代で知る者は少なくなっているのだった。

 隆也に簡潔な説明をしてから、恭子は視線を唯依と上総に向けた。

「……敷島家は、もともと斯衛の──武家の暗部を統括する家だったわ。私と隆也の婚約関係は、その頃に結ばれたものよ」

「暗部……ですか」

「……そういうことですか」

 唯依が首を傾げる一方で、上総は深く頷いた。

 上総の生家である山城家は、外様でありながら多くの衛士を排出するある意味で名門と言っていい武家であるが、同時に成金武家との陰口もたたかれている。

 山城家は確かに帝国武家に名を連ねてはいるが、その実は日本国内でも有数の規模を誇る会社であることがその理由だった。つまりは、白の武家としての立場を金で買ったと蔑まれているのだった。

 それはともかく、山城家が運営する会社は第2次大戦後の動乱期を生き残った企業であるだけに裏の事情にも精通していた。そして、多くの衛士を排出したと同時に、多くの後継ぎを失った山城家にとって、上総もまた有力な後継者候補だった。

 深く頷いた上総を、唯依が不思議そうに見つめた。

 政治や謀略に縁遠い篁家の人間らしい様子に苦笑しながら、恭子が続けた。

「崇宰家が、どのように評価されているかは知っているわね」

 唯依と上総は、揃って頷いた。

「清廉潔白──有り難い評価だとは思うけれど、裏側には、崇宰は腹芸ができない、という悪評も存在している」

 自嘲するように、恭子は言う。そして、事実として崇宰家は政治的な駆け引きや謀略に疎かった。

『軍人たるもの政治にかかわるべきではない』として、あくまで武人としての立場を貫いてきた歴代当主たちの気風によるものだった。

 平時であれば、それも問題にはならなかっただろう。

 しかし、いまは戦時なのである。30年以上に渡って続くBETAとの戦争……前線が日本本土に近づくにつれて、国内はかつての大戦の戦中、戦後の動乱期にも似た混沌とした情勢になっていった。

 そうした情勢下にあって、ただ清廉なだけでは生き残れない。清濁併せのむことができなければ、激浪の時代に生き残ることはできない。

 その決断に至ったのは、すでに隠居していた恭子の祖父崇宰早雲であった。先見の明はあったというべきであろうが、しかしそれを実現するのは難しかった。

 帝国武家が崇宰家に抱く清廉潔白という印象が枷になっていたのだ。

 武家としてかくあるべしという理想であったし、上に立つものは清らかでなければならないという武家が持つ潔癖を押し付けられてもいた。

 崇宰家は変わらなければならない。しかし、武家が望むままの〝白い〟崇宰だと信じさせたままに物事の裏側を──非合法な手段や正道ではない邪道の〝黒い〟方策を手段とするには、崇宰には経験が不足し過ぎていた。

 裏で何かを仕掛けるには、一切を露見させぬ手法か、あるいは強烈な光……絶大な成果が必要になる。

 それこそ、オルタネイティヴ5を叩き潰した敷島隆也のように、非合法な手段や人道に反する策略のことごとくを闇に葬り、さらには第5計画の頓挫……アメリカを黙らせたという巨大に過ぎる成果で人々の眼を眩ませて、裏にある巨大な影を覆い隠してしまうような手腕が必要になるのだ。

 現実を見据える眼を持っていただけに、早雲には分かっていた。自身にも、当時の当主である息子にも、孫娘である恭子にも、謀略家としての能力は乏しい。そして、その能力を長い時間を掛けて養うほどの余裕もないことが。

「だから、その道に長けた人物を引き入れようとした?」

 上総は、難しい表情で呟いた。

 理屈は分かる……自らの弱点が明らかで、かつ自分たちの力で補いがつかないのであれば、外から持ってくる他に無い。

 斯衛の暗部を統括している敷島家の後継者。なるほど、謀略家としての能力は保証されている訳で、譜代武家であれば家格としてはやや格落ちではあるが、実質が親藩ならば不足しているという訳でもない。

「しかし、それは……」

 幾分顔を蒼褪めさせて、上総が言った。

「だから、敷島家は潰された」

 あっけらかんと、隆也は言い放った。

 武家の頂点に立つ五摂家の一角と、暗部の統括が結びつく……これは、間違いなく斯衛の勢力バランスを崩壊させる要因になり得る。

 もちろん、早雲にせよ当時の敷島家の当主晴信にせよそれに気が付かなかった訳ではなかったのだが、見通しが甘すぎた。あるいは、人の悪意を過小評価していたと言うべきかもしれない。

 恭子と隆也の婚約関係を結ぶにあたって、隆也は敷島家の後継者から外されることになっていた。しかし、その事が公になるより早く、恭子と隆也の婚約の話だけが、武家内に広まってしまったのだ。

「まさか、摂家を潰すわけにはいかないからな。自然と、標的は敷島家に絞られる……それに、暗部の統括などという立場だからな、どの家も思う所はあっただろう」

「……そうした家にとっては、格好の機会に見えた、と」

「だろうな……そして、だからこそ動きは早く、かつ徹底していた」

 敷島家の取り潰しに反対した崇宰、中立を表明した斑鳩を除く3家──煌武院、九條、斎御司の暗部を総動員した殲滅作戦によって、偶然屋敷を離れていた隆也を除いて、敷島家は文字通り消滅した。

「……よく、生きていますね」

 疲れたような表情で、上総が隆也を見た。

「偶然と言ってしまえばそれまでだが、な」

 幸運だったのは、鎧衣左近の手引きでオルタネイティヴ4に接触できたこと。責任者である香月夕呼は有能ではあったが、もともとは研究者でしかない。そんな人物にとり、暗部の頂点に立っていた敷島家の人間の利用価値は大きかった。

 そして、斯衛の暗部は連携を欠いていた。

 統括者であった敷島家の消滅によって斯衛の暗部は分裂した。暗部内での勢力争いによる足の引っ張り合いもあったし、敷島家殲滅の際に煌武院家の暗部の精鋭が隆也に蹴散らされたことで慎重になっている家もあったのだ。

「なにより、九條家の動きが鈍かったからな」

 不思議なことに、敷島家殲滅以降の九條家の動きは鈍かった。

 九條家は帝国武家の中でも諜報と謀略に長けた家であり、敷島家も特殊な立ち位置から忘れられがちだったが、九條家を宋主家としていた。

 だからこそ、崇宰家との結びつきを求めたことを裏切り行為だと断じて、徹底的なまでの殲滅を図ったのである。

 ところが敷島家殲滅の後……正確には九條家当主が現在の九條梢に代わった途端、隆也に対する追っ手はほとんど掛けられなくなった。いや、依然として襲撃はあったのだが、九條家の直属部隊は監視以上のことをしてこなくなった。

(今にして思えばだが……何もかもを取り違えていたかもしれないな)

 ふと、隆也はそんなことを思った。

 九條家の姉妹喧嘩……梢が当主を継いだ直後に起こった事件にしても、不可思議なところがあった。梢が本気で楸を排除しようというのなら、わざわざ楸が帝都を離れている時に冤罪を掛けるのは不自然だ。帝都に居る間に拘束し、そのまま冤罪を掛けて始末してしまえばよかったのだから。

 自分との共倒れを狙った、とも考えたが、楸が当時オルタネイティヴ4の本拠地が置かれていた仙台に逃げ込むという保証はなかったし、何らかの取引を行う可能性も考えられたはずなのだ。

 あるいは、オルタネイティヴ4に楸を送り込むための芝居だった、ということもあり得るのかもしれない。だとするならば、梢の見せる当主としての姿自体が、擬態なのではないかとすら思えてくる。

 確証はないし、買いかぶりかもしれない。だが、不自然に過ぎる……ことによると、誰もが彼女を見誤っているのかもしれない。

「……思う所は、なかったのですか?」

 思考に耽っている隆也に、唯依が気遣うように話しかけた。

 政治的な駆け引きの結果、家を潰されたのである。恨むのが当然で、斯衛に協力しようなどとは思わないはずだ。あるいは軍人として任務に忠実だったのかもしれないが、唯依が見てきた限り、含むところはなかったように思う。

 それに、恭子様との関係も……ある意味で家を潰された原因だというのに、2人の間には妙な空気は感じなかった。

「……まあ、自業自得だからな」

 ややあって、隆也が口を開いた。

 戦後の家格調整の折、敷島家は親藩武家に上がれなかった……連合国との講和のために奔走し、日本をドイツと同様の破滅から救ったにもかかわらず、だ。

 外務省と組んで、独断で動いていたという瑕疵はあった。そして、戦争における情報の重要性から、武家の諜報網を司る敷島家の存在を目立たせるわけにはいかないという理由もあった。

 しかし、親藩武家に上がれなかったことを当時の当主は恨んだ。せめて、将軍からねぎらいの言葉でもあれば違ったのだろうが、どうも当時の記録を読むに、独断行動に対する叱責すらあったらしい。

「……それ以来、浮上する機会を狙っていた?」

 掠れた声で、上総が問い掛けた。

「そういうことだ……敷島家にとって、親藩武家への昇格は悲願──というよりも、当時の当主の怨念だった」

「そこに降って湧いたのが、私と貴方の婚約話ね」

「それも、早雲公から持ち掛けられた話だ。敷島家の悲願については、俺も親父からよく聞かされていた……チャンスだと、思っただろうな」

 沈鬱な表情で、隆也は続けた。

「だが、あの人らしくなく焦り過ぎた……崇宰家との婚約がどのような影響を及ぼすのかは分かっていたはずだろうに、遅れを取った」

 自業自得だ──と、隆也は深く息をついた。

 事情はどうあれ、敷島家は政治工作に失敗して失脚したのだ。その報い、というにしても敷島家の末路は悲惨を極めるが、武家の暗部を知り尽くした家を相手にする以上、根こそぎ葬り去るという判断は間違ってはいないだろう。

「……自業自得、だとしても──原因を作ったのは私よ」

 ややあって、自嘲するような声が響いた。

 唯依と上総が唯依と上総が声の主に視線を向けると、複雑な表情を浮かべた恭子は、うつむきがちに言葉を続けた。

「御爺様や晴信公に、政治的な意図があったことは間違いないでしょうけど……」

 言葉を切った恭子は、僅かに隆也へと視線を送って、顔を赤らめた。

「その……私が、結婚するなら……隆也がいいって……」

 消え入りそうな告白を聞いた瞬間、上総は喉元までこみ上げてきた叫び声を全力で噛み殺した。

 武家の暗部を統括する家の取り潰しという、深く考えるまでもなく斯衛全体を大混乱に陥れたであろう大事件の発端が、結果的には政治的駆け引きの末路だったとはいえ、恭子の我儘だったというのだから、浅慮を責めても文句は出ないだろう。

 さりとて、相手は五摂家の当主で、上総は一般武家の人間だ。非公式な場で、恭子の人となりであれば問題にしないと分かってはいても、さすがに怒鳴りつけるような真似はできなかった。

 上総が内なる声と格闘している間、唯依はうつむきながら歯噛みして、テーブルの下に隠すように拳を握っていた。

 そんな様子と胸中を荒れ狂う感情とを見つめて、マーティカは「苦労しそうだな、お互いに」と、唯依と隆也の双方に心の中で手を合わせていた。

「──まあ、とにかく、そういうことだ」

 咳払いと同時に、強引に話題転換を図った隆也に、呆れながら上総も乗った。

「事情は分かりましたが……出雲での件は、説明頂けるのですよね?」

 あの状況から、どうやって生き残ったのか、と。管制室でも投げかけた疑問を、上総は再び口に出した。

「……黒い『不知火』の噂は、知っているな」

「出雲の、黒塗りの中隊……ですね?」

 出雲奪還作戦の後、帝国軍所属ではない漆黒の塗装が施された『不知火』の目撃情報がいくつか報告されていた。

 上総も耳にしたこともあったが、出雲の戦いではコード991発令以降は酷い混乱状態にあったため、誤認か勘違いだろう、ということで結論が付けられているはずだった。

 実在していたのかと、半信半疑で聞き返した上総に隆也は頷いた。

「あれは、うちの部隊だ」

 オルタネイティヴ第4計画直属の諜報工作部隊。場合によっては戦術機による戦闘、破壊工作までも視野に入れた、横浜の裏の実働部隊──当時の装備機は、裏で入手したステルス能力を付与した黒塗りの『不知火』だった。

「出雲を最後に、俺は斯衛を離れる予定だったからな。迎えを頼んでおいたんだが……そこに、コード991の発令だ」

 当初の筋書きでは、出雲奪還作戦完了後に姿を消し、公式記録では未帰還として扱われるはずだったのだ。ところが、日本海側からの突発上陸によって描き上げた脚本は前提から覆されてしまった。

「さすがに、あの時期に死ぬわけにもいかなかったからな……リスクはあったが、E-01の実働部隊を動かすしかなかった」

 隆也にしても、苦渋の決断だった。何しろ、E-01が装備する『不知火』にはステルスが搭載されているのである。その事が露見すれば、彼の国が動くだろうし、帝国軍にしても調査に乗り出していただろう。

 いずれにしても、E-01の行動が掣肘されるのは間違いない。とはいえ、第4計画の中核である隆也を失うのは、取り返しのつかない痛手だった。最終的には、実地で部隊を率いていた九條楸の独断によって、戦闘に参加したのだった。

「……呼び寄せた特殊部隊と合流し、BETAを突破した、と?」

「正確には、BETA群を突破したところで合流して、逃げ延びたというのが正しい」

「つまり、突破は自力で……?」

 殿としての役目を果たした上で、BETAの大軍を突破して逃げ延びた、と。いまさらながら、目の前の人物が斯衛最強とまで称された所以を思い返して、上総は感嘆とも呆れともつかない息を漏らした。

「……事情は分かりました」

 一般武家の人間である自分が知るべきではない情報が多分に含まれていたような気もするが、とにかく知りたかった情報は大方知ることができた。

 納得した様子の上総に代わって、落ち着きを取り戻した唯依が口を開いた。

「敷島大佐と恭子様は、何故調布基地まで足を運ばれたのですか?」

 恭子が足を運んだ理由は、まだ想像できる。調布基地で調整中の電磁投射砲は、帝国軍のみならず斯衛軍からも注目されている新兵器だ。責任のある立場かつ、率いる部隊が戦力再編で行動に自由の効く恭子が動いた、というので納得できる。

 しかし、隆也はどうだろうか。電磁投射砲の情報は国連軍にも渡っているだろうが、そもそも電磁投射砲の基幹技術は横浜基地からもたらされたものだから、独自に電磁投射砲を開発していたとしても不思議ではない。

 唯依の疑問は最もだと思いながら、上総は返事を待った。

「理由は……まあ、勧誘だな」

「勧誘、ですか……」

「ああ。先の佐渡攻略戦で、特殊作戦群主力は半壊状態に陥った。増援を呼び寄せてはいるが、戦力不足は否めないのでな……」

 溜息交じりに、隆也は続けた。

「腕がいいのは大前提として、さらに信頼の置ける人間となると……どうしても個人的な交友関係に限られる」

「……そこから、さらに引き抜ける立場の人間を選んだ、と?」

 上総が探るように問うと、隆也は首肯した。

「さすがに、実戦部隊から戦力を引き抜く訳にはいかないからな。しかし、後方の実験部隊であれば、まだ交渉の余地はある」

「……許可は下りている、ということですね」

 交渉の余地とはいうが、すでに根回しは終わらせているのだろうと上総は思った。その証拠に、隣に座る恭子に驚いた様子はない。

「当人が希望するなら、だそうだ」

「なるほど……では、よろしくお願いいたしますわ」

 ふわりと笑って頭を下げる上総に、さしもの隆也も面食らった様子を見せた。

「──えっ、上総?!」

「あら、何を驚いているのかしら?」

「いや、だって、いくら何でも……」

「世界最強──とも謳われる特殊作戦群総隊長からの勧誘よ。衛士としてはこれ以上ない栄誉だと思わない?」

 困惑顔の唯依に向けて、上総は明瞭に言い放った。

「そう、だけど……」

「もちろん、実利もあるから決めたのよ」

 そう言いながら、上総は隆也に視線を向けた。

「……なるほど。後ろ盾が欲しい、と」

「ええ。なにしろ、斯衛軍所属ですから」

 意味ありげな上総の言葉に、隆也は苦笑を漏らした。

 帝国斯衛軍は、軍という名前を冠しているものの、管轄は国防省ではなく城内省であり、厳密に言えば独立武装組織ということになる。

 それだけが原因、という訳ではないが、斯衛軍には2つの序列が存在している。軍の序列である階級と、武家の序列である家格だ。そして、軍人としての序列は低いが、武家としての序列は高い、という人間は別に珍しいものではない。

 だが厄介なのは、軍の階級よりも家格を重視している人間が多いことだ。しかも、斯衛の上層部にしても家格の方を重視しているきらいがある。

 おそらくは、有力武家の出身者はもれなく優秀だ──という、古くからの伝統というか固定観念が染みついているのだろうと、隆也は考えていた。

 確かに、かつての武家の当主や次期当主と目される人物は優秀な者が多かった。そうでなければ家を存続させることができなかったということもあるが、単純に戦争が遠くにあったからだ。

 しかし、BETAの本土侵攻──帝都防衛戦に始まる戦いで帝国武家は多くの人材を失った。武門を誇った家々は当主を失い、当主を継ぐことができただろう力量を持った後継者たちも多くが還らなかったのだ。

 帝国武家の質は、往年とは比べ物にならないほど落ちている。その事は、隆也が積極的に動かなくとも斯衛内の動きが伝わってくることからも明らかだった。

 城内省上層部はその事実を無視している、あるいは隠居した元当主の老害共が己の家の権勢を維持するために強引に当代を要職に押し込んでいるのかもしれないが……案外、恭子や崇継のような若くして実績を残した例外的人物を基準にして斯衛の内情を考える暗愚が上層部に揃っているという、笑うに笑えない状況かもしれないが。

 もちろん、現実を見据えることができる人間がこのような状況をよしとしているはずもない。帝都防衛戦以降、主に斑鳩崇継を筆頭とした改革派と呼ばれる派閥が、斯衛の旧態依然とした状況を変えるべく動いていた。

 ちなみに、恭子も派閥的には改革派だが、政治的な能力の低さを自覚していることもあって表立って動くことは無かった。

 保守的な上層部も、さすがに五摂家当主の影響を無視することはできず、少しずつではあるが改革が進められてきたのである。

 上総がメディウム中隊を任されたのも、改革の成果の一端だった。これまでの斯衛では、中隊長以上の職責に付くのは譜代以上の家格の者に限られていた。明文化されたルールではなかったが、そういう風潮があったのだ。

 上総の中隊長任命には、城内省上層部はあまりいい顔をしなかったが、崇継ら改革派の勢力が拡大していたことが趨勢を決した。

 崇継が率いる第16大隊、さらに恭子が率いる第3大隊は斯衛軍最精鋭を謳われているが、その編成には白ばかりか黒も含まれている。これは、この2つの隊が完全な実力重視の部隊であることを示している。

 改革派の中核である崇継にしてみれば、斯衛軍を戦える集団に変えたかったのだ。

 斯衛軍は非常に高い練度と士気を併せ持つ精鋭部隊──と評されるが、消耗を重ねた現在ではその評価が当てはまるのは一部の精鋭部隊だけだった。

 遊撃部隊である第3大隊と、帝都守備の要である第16大隊を除けば、第2連隊に所属する各大隊といったところか。

 他に使える戦力がない訳ではないが……斯衛が擁する戦力およそ4個連隊のうち、ほぼ半数が使い物にならない。というのが崇継の判断であり、その評価を聞いた隆也も同意する所だった。

 その状況を脱却するための実力重視の人事……その最初の対象となったのが、新潟防衛戦で所属部隊が壊滅して、配属が浮いていた上総だった。

 訓練未了で出撃して熾烈を極めた帝都防衛戦を生き残り、明星作戦にこそ参加していないが、その後に続く本土の戦い、出雲奪還作戦や新潟防衛戦といった大規模戦闘にも参加して戦果を挙げている。

 これからは家柄ではなく、実力を重視すると示すには格好の人物だったが、だからこそ上総の置かれた立場は微妙なものになってしまった。

 実績は充分だが、後ろ盾と呼べるものがなかったからだ。確かに、恭子が率いる第3大隊に所属していた過去があり、崇宰の直系に近い篁の当主との交友もあるが、後ろ盾と呼ぶには弱い。

 崇宰は政治的な駆け引きや謀略に疎いというのは斯衛では知れた話だったし、篁家との関係はむしろ立場を悪化させる要因だった。

 というのも、ユーコンのプロミネンス計画において傑作機と評されることになる『不知火・弐型』の開発に尽力したことで、篁唯依は斯衛内においては戦術機開発の第一人者、との評価を受けていた。

 篁家に近づくことで、軍備の中核である戦術機開発のもたらす恩恵にあやかりたい者は、佐渡島奪還を契機にして態度を変えたが……当時は非常に多かった。

 しかし、唯依が崇宰家直系の血を引いていることや、現当主である恭子との関係については、それなりに知られた話だった。

 一方で上総は白の一般武家であり、五摂家はもちろん譜代武家と比べても与しやすいと見られていた。

 その上で、上総の価値は斯衛にとって大きかったのだ。何しろ、山城家の母体は帝国にとっては貴重な外貨を稼ぐ大企業であったし、交友関係を見れば、上総に近づくことで篁家にも近づくことができる。

 上総が最前線勤務に回されていたのも、城内省上層部に疎まれていたというのもあったが、斯衛内のごたごたから遠ざけるためという側面が強かった。

 そうした思惑もあって、上総は最前線を転戦し、斯衛の中でも実戦経験豊富な歴戦部隊の指揮官として評価を受けることになったのだが、それはそのまま利用価値が上がったということでもあった。

 先頃の佐渡奪還による国内緊張の緩和によって、最前線に斯衛部隊を張りつける必要が薄れたこと、第3、第16大隊の損害が大きく斯衛軍自体の再編成が必要になったことから、それにかこつけて手の出しやすい後方に配置転換が命じられたのだった。

 配属が予定されていたのは教導隊だったが、配置転換を聞きつけた武家たちが我先にと言い寄ってくる有様だった。さすがに分別はあるのか、力ずくで──という者は居なかったが、焦れればどんな手段を取ってくるか……。

 上総が危機感を募らせていたところ、事前に連絡されていた教導隊ではなく、調布基地への異動を命じられたのであった。

 城内省にしても、斯衛内の権力争いによる混乱は避けたいところだった。

 調布基地は陸軍との共同施設であるため、斯衛の影響力は相対的に小さかったし、調布の兵器開発部から実戦経験豊富な衛士を開発のために派遣して欲しいという要望があったため、内向けにも説明がしやすかった。

 とはいえ、武家連中がそれで諦めるはずもなく……辟易していたところに降って湧いたのが今回の勧誘だった。上総にしてみれば知らない相手でもないし、飛びつく以外の選択肢はなかった。

 実際に、隆也が後ろ盾になることの利益は大きい。

 武家に対する影響力だけを見ても、かつては斯衛最強とも謳われた勇名の持ち主で、斑鳩家、崇宰家にも伝手があるとなれば、それだけでも譜代や親藩の鼻息荒い連中を黙らせるには充分すぎる。

 搦め手を考えようにも、相手は〝帝都の怪人〟と並ぶ極東最高峰の工作員である。好き好んで敵に回したい者などいるはずもない。下手を打てばかつての暗部のように自分たちこそが〝亡霊〟にされてしまう。

 そして、武家という枠の外を見れば、敷島隆也は国連軍最強と名高い特殊作戦群の総隊長を務め、その所属は横浜基地ときている。

 横浜の魔女だの女狐だのと嫌われているが、それは同時に横浜の主である香月夕呼博士が一定以上の評価を受けていることを意味している。隆也にせよ夕呼にせよ、斯衛としても繋がりがあって損のない人物ということだ。

 城内省上層部にしても、武家内の権勢争いのために隆也の不興を買うような事態は避けたいはずで、必死に掣肘に動くだろう。

 城内省上層部の忠告を無視して動く人間がいるかもしれないが、それほど浅慮な人間では隆也の相手にはならないだろうし、城内省も忠告を無視した人間が〝事故死〟したとしても沈黙を貫くのは間違いない。

「……歓迎するよ、山城大尉」

「上総、で結構です。ご期待に沿えるよう、微力を尽くしますわ」

 不敵な笑みを浮かべた隆也に、上総は深く頭を下げた。

「……それで、篁少佐はどうする?」

 ふいと視線を向けて、隆也は問い掛ける。

「私は……」

「気乗りしないか」

「いえ、そういう訳では、ないのですが……」

 歯切れの悪い唯依に、隆也は小さく息をついた。

「斯衛に残っても、居心地が悪いだけだろう」

 隆也の言葉に、唯依が驚いたように眼を剝いた。

「どうして……」

「本職はそっちだからな。大体の事情は把握している」

 面白くもなさそうに、隆也は言った。

 佐渡島ハイヴの消滅により、日本帝国の置かれた状況は改善されていた。依然として大陸に存在するハイヴ群からの侵攻の危険は存在しているが、本土の至近距離にハイヴが置かれていた頃に比べれば国内危機は緩和されたと言えるだろう。

 本来ならば喜ぶべきところだろう。しかし、外部からの脅威が減少したことで、今度は内部での権力争いが活発化するという笑えない状況が発生していた。

 その最たるものが、日本帝国軍上層部で囁かれている、斯衛不要論であった。

 話の出どころは帝国本土防衛軍……先のハイヴ攻略作戦において、本土防衛軍側の不手際が要因とはいえ、斯衛が事前の取り決めを破って反応炉制圧を成し遂げたことに対する意趣返しというか、権勢を削ぐための政治工作だった。

 まあ、斯衛による反応炉制圧に関しては、最後の詰めを任されていた帝都守備第2連隊が道半ばにして壊滅したのが原因であり、突入部隊の全滅を避けるためにやむを得ず斯衛部隊が制圧を担ったのだが……帝国軍としては面白くないのは確かだろう。

 ただし、感情面からの意趣返しに端を発した政治工作ではあるが、斯衛不要論自体は日本帝国の置かれた状況を見れば、頷けるものではあった。

 現時点で日本本土を脅かしているハイヴは、ユーラシア大陸に存在する鉄原ハイヴと重慶ハイヴの2つとなっている。かつての本土侵攻を思えば、BETAの再度侵攻に備える必要はあるが、佐渡島ハイヴ攻略作戦の成功を見た日本政府や軍上層部では、対BETA戦略を守勢から攻勢へとシフトさせようとしていた。

 つまり、本土防衛の態勢を整えるよりも、むしろ鉄原ハイヴや重慶ハイヴを攻略して日本を取り巻く脅威を取り除こうという考えが主流になろうとしていたのだ。

 この戦略思想に従うのであれば、外征可能な帝国軍の拡充が優先されるのは自明であったし、さらに進んで国内専守を掲げている斯衛を解体し、帝国軍に組み込もうという動きがあるのも頷ける話だった。

 さらに、軍備拡充という面においても斯衛不要論の登場は必然と言えた。

 斯衛軍が装備する戦術機『武御雷』は、高性能機ながら操縦性も良好な傑作機だが、いかんせん調達コストが高い。量産体制が整った現在ですら、年間50機程度の生産がやっとという有様だ。

 同じだけの予算と労力を投じるなら、帝国軍が新たな主力機と定めた『不知火・弐型』であれば優に100機以上の調達が可能だと試算されている。軍組織にとって、最大の敵は外部ではなく内部……より正確に言うならば予算ということになるのだが、斯衛不要論を唱える人間は、まさにこの予算問題を槍玉に挙げているのだった。

 斯衛不要論が一定の支持を受けているのはこのためで、斯衛を解体して帝国軍に組み込めれば、国内の戦術機生産ラインを『不知火・弐型』に一本化することができ、急速な機体更新が可能になるという訳だ。

 なるほど『不知火・弐型』は優秀な機体だ。隆也もユーコン基地に潜入していただけに、その事はよく分かっていた。

 斯衛が誇る『武御雷』と比較して、近接格闘性能では劣るが……と言っても、第3世代戦術機で『武御雷』に勝る近接格闘戦性能を持つ機体は存在しないが……拡張性や生産性、整備性と言った要素を含めれば『不知火・弐型』に軍配が上がる。

 対BETA戦争においては性能以上に〝数〟がものをいうことを考えれば、兵器として優秀なのは『不知火・弐型』で間違いないだろう。

 帝国軍の動きに対して、斯衛軍は部隊の大規模な再編成を公表している。

 国内専守を最重要任務としながらも、佐渡島ハイヴ攻略戦において投入された斯衛軍第3大隊、同第16大隊が反応炉制圧を成し遂げた事実を前面に押し出して、斯衛軍を核とする対ハイヴ攻略用の決戦部隊の設立を喧伝したのである。

 斯衛軍が装備する『武御雷』は、そもそもハイヴ攻略作戦への投入を前提に設計された機体であり、理にかなった措置ではあった。

 しかし、対ハイヴ攻略部隊が斯衛を中核にする必要性は薄い。言ってしまえば、斯衛軍を解体・編入した上で接収した『武御雷』を装備する決戦部隊を設立すれば良いだけであり、効果は薄かった。

 かくして城内省上層部の悩みの種になっている斯衛不要論だが、発端となったのが佐渡島攻略作戦の成功であることは間違いない。しかし、話を拗らせたのは他ならぬ『不知火・弐型』の存在だった。

 帝国軍の主力戦術機がこれまで通り『94式:不知火』であったなら、斯衛不要論は戯言として扱われていただろう。

 世界初の第3世代戦術機である『不知火』は、限られた時間で求められた性能を達成するために拡張性を犠牲に完成していた。つまり、OSや搭乗者の技量といったソフト面はともかく、機体の改修によるハード面の性能向上は望めない機体だった。

 実際に最初の改修機体である『不知火・壱型丙』は欠陥機の烙印を押されているし、ユーコン基地で進められたXFJ計画によるアメリカとの共同改修についても、さほどの期待を持たれてはいなかった。

 ところが、ユーコン基地で開発された『不知火・弐型』は事前の予想を上回る高性能と、優れた生産性を兼ね備えた傑作機として完成した。

 ただし、帝国軍、斯衛軍ともに『不知火・弐型』を優秀な機体と評価しながらも、前者はアメリカとの共同改修という点に感情面から反発し、後者も自らが装備する戦術機の優位性を理由に正式採用はされなかった。

 潮目が変わったのは、日本本土に展開した特殊作戦群・第2遊撃戦隊が『不知火・弐型』を受領し、本土防衛の戦いで多大な戦果を挙げたことで、最前線に身を置く衛士達からは実戦配備を望む声が多くあげられるようになる。

 そうなると、帝国軍上層部も現場の声を無視することはできず、『不知火・弐型』の正式採用が見送られた要因である機体に使用されているアメリカ製パーツの純国産品への置き換えを実施し、富士教導隊に試験運用を目的として先行配備を行った。

 試験運用の結果は良好で、『不知火・弐型』は帝国軍の主力戦術機に据えられることが決定し、攻勢重視への戦略転換もあって需要が高まったが、その事が国内の戦術機生産の一本化を叫ばせることとなったのだ。

 あれこれと脱線してしまったが、つまり『不知火・弐型』を完成させた篁唯依に対して、非難の眼が向けられているという訳だ。もっとも、『不知火・弐型』の完成は3年以上も前の話だし、配備の遅れにしたところで帝国軍の責任が大きい。

 帝国軍上層部が『不知火・弐型』の完成当時にコスト面に目を瞑ってアメリカ製パーツの刷新を行っていれば……あるいは、先頃の正式採用にあたってアメリカ製パーツを容認していれば配備はかなり進んでいただろう。

 斯衛にしたところで、『不知火・弐型』の優秀性は認めていたのだから、唯依に責任転嫁するのは筋違いもいい所だが、斯衛内の不満が向かう先としては、XFJ計画の日本側責任者だったという立場は丁度よかったのだろう。

 何にしても、唯依の斯衛での立場はいささかならず悪かった。戦術機開発の功労者である篁の当主であり、五摂家の崇宰家の血縁でなければ、放逐されていてもおかしくはないような状況に置かれていた。

「──此度の勧誘は、私の立場をおもんばかってのことでしょうか?」

「……別に、同情心からの勧誘じゃない。こちらとしては、電磁投射砲の扱いに長けた人物が欲しいという思惑もある」

 遠慮がちな唯依の質問に、隆也は素っ気なく答えた。

 実際には、隆也は少なからず負い目を感じていた。偶然の産物に過ぎないにしても、隆也の指揮下にあった第2遊撃戦隊が『不知火・弐型』を運用した結果、唯依の立場を悪くしてしまったからだ。

「……私としても、唯依は話を受けるべきだと思うわ」

 黙っていた恭子が、深刻そうな声色で切り出した。

「嫌な話だけど、斯衛では唯依を責める声が大きい。とくに、斯衛不要論の勢いが増している現在ではね」

「……それほどか」

「ええ。決戦部隊の設立を宣言したけれど、政治的には帝国軍に押されがち……それもあって、どうにも荒れているわ」

 処置無しとばかりに、恭子がかぶりを振った。その様子を見て、想像以上に状況が悪いのだと悟った隆也も眉をひそめた。

 実際のところ、城内省上層部では暗殺の可能性すら憂慮しなければならないほど、斯衛軍内部の不満は篁唯依に向けられていた。つまりは、それだけ斯衛が政治的な劣勢に立たされているのである。

 不満が爆発していない……唯依の身が危険に晒されていないのは、積み上げてきた実績はもちろんのこと、崇宰家との関係に加えて佐渡島ハイヴ攻略戦以降、斯衛軍内では絶大な影響力を持つことになった恭子と崇継が唯依を擁護しているからだ。

 とはいえ、崇継にできることは少なかった。

 なにしろ、唯依は崇宰の縁者──言ってしまえば他派閥の人間なのである。斑鳩家当主という立場上、軽々に動く訳にもいかず、唯依の功績を正当に評価することで周囲の人間にも唯依の有用性を認知させ、手を出しづらくする牽制策以上の手は打てなかった。

 恭子にしても、唯依と従妹の関係にあるというのが拙かった。

 崇宰家にとっても、戦術機開発の功労者である篁家は有用な存在だった。しかし、有用ではあっても、篁家は数ある譜代武家の1つに過ぎないのである。あまり肩入れし過ぎれば、私情で庇い立てしているようにも取られ、当主としての求心力を低下させてしまう可能性があった。

「──何にしても、斯衛の内情は当面混乱したままでしょうね。そして、私には唯依を守れるだけの力はない……隆也の庇護下に居た方が安全なのは間違いないわ」

「安全、ではないような気がするが……」

 恭子の言葉を受けて、隆也は苦笑した。

 対BETA決戦部隊である特殊作戦群が投入される戦場は、先の佐渡島攻略作戦と同等以上の激戦地になるだろう。

 佐渡の戦いでは、帝国軍の思惑が大きな要因ではあったが、特殊作戦群主力は壊滅的な被害を受け、国連軍でも最精鋭であった歴戦の衛士の大部分を失った。これから先もハイヴ攻略作戦に参加し続けることを考えれば、戦死の危険は大きい。

 それを理解できない唯依ではなかったが、

「──それでも、背後から刺されるよりは」

 小さく呟いて、唯依は隆也と視線を合わせた。

 どのような戦場が待ち受けているにしても、BETAとの戦いであるのなら、衛士としては本懐と言えるだろう。しかし、味方であるはずの人間に後ろから刺されるのは、我慢のならないことだった。

 なにより、特殊作戦群が投入される戦場が苛烈なのは間違いないが、自分の技量と運次第で生き延びられる可能性もある。しかし、身内に襲われるとなれば自衛の心得を持たない自分にとっては致命的だった。

「……その様子だと、腹は決まったようだな」

「はい」

 明瞭に答えた唯依は、深々と頭を下げた。

「未熟者ですが、よろしくお願いいたします」

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