異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第12話 それぞれの出撃

「将軍殿下は、すでに帝都城に居られぬだと?! どこからの情報だ!」

「脱出のルートは……地下道を伝い、各鎮守府や城郭に向かう動きが複数確認されたとのことです。殿下は、その中に紛れて帝都城を脱出された模様!」

「早急に部隊を回せ! 国連や米軍に先んじられるなよ!!」

 戦略研究会の拠点──決起軍の本部が置かれた一室では、怒号が飛び交っていた。いずれも焦燥を顔に浮かべて、次々と入ってくる情報に喰らいついている。その中にあって、指導者である沙霧尚哉だけは、静かに思考を巡らせていた。

「……例の男の情報……信用に足るものでしょうか?」

 傍らに立つ副官、駒木咲代子が、半信半疑といった様子で呟いた。

 殿下の脱出──その情報を提供してきたのが、帝国情報省の鎧衣左近であるというのも、混乱に拍車をかける要因だった。優秀な諜報員であることは疑いないが、決して信用が置ける人物ではない。

 その心情は分からないではない。だが、見るべき場所が違う……殿下の帝都城脱出という厳重に秘匿されてしかるべき情報がもたらされたのは、この状況を憂いた殿下御自身が動かれたからであろう。

「……不甲斐ない」

「は?」

 囁くような尚哉の言葉に、咲代子が怪訝な声を掛ける。

「殿下をお護りすべき我らが、逆に助けられたようなものだ……これで、各軍は帝都を離れざるを得なくなった」

「では、殿下は御自らを囮に……?」

「帝都から戦火を遠ざけるために、独断で動かれたのだろう」

 自分たちの不甲斐なさから起きた戦闘を止めるために──その言葉を受けて、その場に居た者達は顔を見合わせて頷き合った。煌武院悠陽殿下であれば、そのように行動するだろうと、微塵も疑っていない様子だ。

「我らは幸福だ……殿下さえご無事であれば、この国の未来は明るい。必ずや民を照らし、導いてくれる存在になるだろう」

 礎となって散るのに、何の迷いがあるのか──と、尚哉の希望に満ちた声に、室内の人間は深い頷きを返した。

「全部隊に通達。別命あるまで待機だ……殿下の赴かれた先が分かるまでは──」

 尚哉がそこまで言ったところで、扉が乱暴に開かれた。急ぎ足で部屋に入ってきたのは、情報収集にあたっていた同士たちであった。

 そのうち、先頭に立っていた人物へと、尚哉は視線を向けた。

「──どうだ、島崎大尉」

 その言葉に頷いて、重興は口を開いた。

「殿下が帝都城を脱出されたのは、どうやら事実だ。地下の列車が動いた形跡がある……囮や見せかけではないだろう」

 脱出が露見した場合、距離の稼げない徒歩で移動するとは考えにくい。重興の見解に、尚哉のみならず室内の全員が頷いた。

「問題は、どちらに赴かれたかだが……」

「恐らくは、塔ヶ島城だろう」

 当然と言える疑問の声に、重興が淀みなく答えた。

「極秘計画だけに、あまり遠くまで地下を掘り進めていたとは考えづらい……そして、塔ヶ島城は本土防衛線の折、斯衛軍が死守した場所だ……位置関係から見ても、塔ヶ島城がもっとも現実的だ」

「動いたのは国連軍か……なるほど、そうか。伊豆半島を南下して、横浜基地に赴かれる可能性が高い。それだけは、何としても阻止する」

 重興の言葉を受けて、尚哉が宣言するように言った。

「他のルートにも部隊は割くが、主力はすべて塔ヶ島方面に回す。全部隊に通達しろ……時間との勝負だ──これより我らは、殿下をお迎えに上がる!」

 

 

「──動き出した、か」

『はい。帝都守備連隊の主力……これまでの戦いでは温存されていた第1連隊が、行動を開始しました』

 横浜基地に残り、残留部隊と基地防衛の指揮を執っている葛西榛名少佐からの通信を受けて、別動隊を率いる東雲虎三中佐は小さく息をついた。

「……了解した。こちらも動く」

『ご武運を』

 簡素な言葉を最後に、通信は切れた。

「……帝都守備第1連隊、か」

 苦々しく呟いて、虎三は瞑目した。

 帝国軍の最精鋭たる帝都守備隊は、戦略打撃部隊と位置付けられていることから、指揮下に3個戦術機甲連隊を揃えていた。佐渡島攻略作戦に参加した第2連隊は再編中だから、稼働状態にあるのは2個連隊ということになる。

 帝都からの情報によれば、帝都守備隊の全軍がクーデターに参加している訳ではないようだが、厄介なことに第1連隊はまるごとクーデターに加担……というより、クーデターを主導していることが判明している。

 帝都守備第1連隊は、帝国軍の中にあってごく僅かしか存在しない『不知火・弐型』の装備部隊であると同時に、XM3の運用部隊でもある。

 虎三が率いる横浜基地別動隊の指揮下には、2個中隊が収まっている。虎三が直率する第1遊撃戦隊所属第2(バルゴ)中隊と、伊隅みちる少佐が率いる第2遊撃戦隊所属第2(ヴァルキリー)中隊だ。

 XM3を搭載する『不知火・弐型』23機を擁する別動隊は、強力な戦術単位として成立し得るが、同等の装備を持つ相手に数で押されては、どうにもならない。

 帝都守備第1連隊を真っ向から相手取るのであれば、横浜に展開する特殊作戦群の全力をもって相対するべきだろう。作戦上の要請とはいえ、戦力を分散してしまっている状況では、時間稼ぎに徹するのが上策だ。

 深く溜息をついてから、虎三はまず網膜投影越しにみちると頷き合った。その後、バルゴ中隊麾下の全機に通信を繋げる。

「さて……状況は分かっているな? 総隊長達は殿下と合流。その情報がリークされたことで、事態は大きく動き出した。こちらには予備戦力はない……ここにある戦力だけで、相手をどうにかする」

『雑なオーダーですね』

 真っ先に反応したのは、副官を務める雉宮紫苑大尉だった。続いて、バルゴ中隊所属の衛士達が口々に軽口を叩き始めた。

『この国きっての精鋭相手に、無茶を言いますね』

『総隊長もですけど、隊長もかなり人使い荒いですよねぇ』

『違いない』

 バルゴ中隊の通信に笑い声が乗る中、ヴァルキリー中隊でもみちるが通信回線を開いて命令を下していた。

「──さて貴様ら、楽しいバカンスはここまでだ。我々は任務を果たすべく移動する……なに、訓練通りに相手を叩き潰せばそれでいい」

『──了解!!』

 威勢の良い返事に、みちるはそれと分からない程度に苦笑した。

 新鋭機と新型OSの受領に加えて、地獄という表現ですら生ぬるい、特殊作戦群式の猛訓練は、旧A-01の部下達に大きな自信を持たせている。あるいは、国連軍最強を謳われる部隊の一翼を担っていることへの気負いがあるのかもしれない。

 何にしても、委縮されるよりは良い反応だが……。

「意気込みは充分だが……あまり踏み込み過ぎるなよ。ことに、帝都守備第1連隊が出現した場合には、我々は逃げに徹する。バルゴ中隊が支援をしてくれる手筈だが、過度な期待はするな」

 この時、みちるの脳裏にも帝都守備第1連隊の存在が浮かんでいた。

 帝都守備を預かる帝国軍の精鋭──その中でも最強を誇る連隊は、ヴァルキリー中隊と同じく『不知火・弐型』とXM3を受領している。機材面では同等、練度ではおそらく劣ると見られる上に、数でも負けているのだ。

 帝都守備第1連隊が出現した場合には、別動隊は逃げに徹して時間を稼ぐことが事前に取り決められ、隊員にも伝えられている。その際にはバルゴ中隊が殿を引き受け、最大限の支援をヴァルキリー中隊に行うことも併せて決められてはいるが、戦場では目論見通りに事態が推移することはまずありえない。

 もちろん、その事は軍人であれば誰しも承知していることだった。

『自分の身は自分で守る──当然の事よ』

『速瀬大尉の言う通り、最後に頼れるのは自分だけだ』

『こちらでも、できる限りのサポートはします……大丈夫、訓練通りに戦えれば、相手が誰であれ生き残れますよ』

『涼宮大尉のおっしゃる通り。リラックスしろ、とまでは言いませんが、固くなりすぎるのもよろしくありません。緊張を薄めるためのおまじないがあるので』

『そうそう、祷子の言う通り、肩に力が入り過ぎてると、動きが硬くなるよ』

『五十鈴は、力を抜き過ぎだと思うけど……とにかく、訓練通りにね』

『了解! やってやりますよ』

『大丈夫! 茜ちゃんは私が守るっぺさ!』

『はいっ! 頑張ります!』

『逃げ足には、自信があります……鬼の副教官に追い回されていましたから』

『確かに、帝国軍の精鋭から逃げる方が、まだましかなぁ』

 羽菜の哀愁を感じさせる言葉に、晴子が頷きながら答える。それを聞いた、かつての戦術機教練を知る者たちは、それもそうだと苦笑した。

 そうした反応を見て、みちるは内心で胸を撫で下ろした。

 戦場においては、いかに平常心を保てるかが生死に直結する。恐怖や迷いはもちろん、過剰な自信や気負いも、寿命を縮める要素になり得る。

 みちるの見立てでは、若手を中心に気負いや緊張が見られるが、それも戦闘を前にした精神的な高揚の範疇に収まっている。

 これなら、大丈夫だ──みちるが確信をもって頷いたと同時に、総指揮を執る東雲中佐機から隊内通信が発信された。

『さて、歓談の時間はここまでだ。これより、我々は敵部隊迎撃に動くが……最後に、言っておくことがある』

 威儀を正した、指揮官らしい表情と声色で、虎三は言った。

『まずは、生き残れ。雪辱も汚名も、生きてさえいれば晴らすことができる。作った借りを返す機会もある……いいな』

 了解──の唱和が響き、次いで跳躍ユニットの轟音が大気を震わせた。

 

 

『……です……時間です……けるさん』

「ん……」

『起きてください、たけるさん』

 遠くに聞こえてきた声が鮮明になり、意識が覚醒し始める。張りついているような瞼を強引に押し開けると、そこにあったのは見慣れた自室の天井ではなく、戦術機のコックピットだった。

「……ああ、交代の時間か」

 まだ思考がぼんやりする中で、武は呟いた。

 後方警備の名目で横浜基地を出撃したものの、クーデター部隊は帝都奪回に動く帝国軍や国連軍の相手に忙しいようで、戦線後方の塔ヶ島周辺は平穏そのものだった。そのため、交代での休憩が命じられて、武も仮眠を取っていたのだった。

『目、覚めました?』

「んんー、まだちょっとだるいな」

 壬姫の問い掛けに、ストレッチをして体をほぐしながら答える。

『交代時間まで、まだ15分あります。それまでに、ちゃんと目を覚ましてください』

「分かってるよ……そうだ」

『どうしました?』

 欠伸を噛み殺しながらの武の声に、壬姫は首を傾げた。

「ちょっと、外の空気を吸ってくる」

『……大丈夫ですか?』

 休憩中ではあるが、部隊が置かれているのは即時待機状態である。衛士が戦術機のコックピットを離れるのは、よく考えなくても不味いだろう。

 そう思った壬姫は怪訝な顔をしたのだが、武は気にした様子もなく言った。

「すぐ戻るから、バックアップ頼む」

『もう……分かりました』

 仕方ないとばかりに頷く壬姫に礼を言って、武は機体を降りた。

 9月──と言えば、まだ残暑が残っているような季節だが、BETAによる環境破壊のせいか、それとも時間帯のせいか空気は冷たかった。

 衛士強化服を着込んでいるために寒さは感じないが、むき出しになっている頭と顔には容赦なく寒風が吹き付けてくる。少しばかり不快感もあるが、そのおかげで眠気は吹き飛んで頭がスッキリした。

 冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、全身を使って伸びをした武が、『不知火・弐型』のコックピットに戻ろうとした時だった。

 小枝を踏み割る音が響き、武は身を固くした。慌てて拳銃を引き抜いて音の聞こえた方に向ければ、自分と同じ黒い強化服を纏った男が、呆れた顔で立っていた。

「白銀少尉……即時待機のはずだが?」

「いえ、その……」

 冷たい視線に、武は気まずく視線を逸らした。

 まさしく、壬姫の心配した通りの状況だった。即時待機状態であるにもかかわらず乗機を離れている、というのは、懲罰になってもおかしくない。

「まあ、いい。すぐに──」

 溜息交じりに言いかけて、隆也は言葉を切った。てっきり、すぐにコックピットに戻るように怒鳴られるものだと思った武は、少し拍子抜けした。

「──いや、ちょうどいいか。一緒に来い」

「は……いや、ちょっと?!」

 悠々と森の中に足を進める隆也を、武は大慌てで追いかけた。

 決起派の軍人か、どこかの工作員とでも遭遇すれば大変だというのに、まるで警戒するそぶりのない様子の隆也に対して、武は嫌な汗が噴き出すのを感じながら、前方への警戒を強めた。

 歩を進めるにつれて次第に大きくなる心臓の音が、すぐ近くから聞こえる隆也の声すらも押し潰してしまうほどに大きくなった瞬間、武の前に人影が現れた。

「──ッ、誰だ!」

 反射的に銃を向けた先には、白い上着を羽織った女性と、黒い外套を着込んだ男性の姿があった。

 決起兵ではない。不法帰還者か──と、そこまで武が考えた時、外套の男が女性を庇うように前に出るなり、声を張り上げた。

「控えろ、無礼者!」

 どこか面白がっているような表情の男だったが、武の視線は背後に庇われている女性に釘付けになっていた。

「──め、めい、や……?」

「……めいや?」

 武の言葉に、女性が怪訝な反応を示した時だった。

「ここにおわす御方を、どなたと心得る! 日本帝国国務全権代行、政威大将軍、煌武院悠陽殿下にあらせられるぞ!!」

 無視された格好の外套の男が、再び声を張り上げた。

「──なっ!?」

(政威大将軍──がどうしてこんなところに!? しかも、女の子で、冥夜にそっくりで……何がいったいどうなっているんだよ!?)

「……何をやっている、吾妻」

 大混乱の武をよそに、隆也が溜息交じりに言った。

「いやぁ、一度は言ってみたい口上だろう?」

 面白がっているような笑みを浮かべて、吾妻と呼ばれた男は肩をすくめた。

「……まあ、いい。それよりも──」

 言いながら、隆也は残像が霞むほどの早さで拳銃を引き抜くや、背後の—―いつの間にか忍び寄っていた人影の眉間に突きつけた。

「遊びで死角を取るな、左近。次は殺す」

「これは手厳しい」

 両手を挙げて降参の意を示している人物は、武にも見覚えがあった。

「鎧衣……課長?」

 夕呼先生の部屋で遭遇した帝国情報省の人間で……美琴の父親だ。向こうもこちらの存在に気が付いた様子だったが、特に反応は示さなかった。

「まさか、この場所で待っているとは……いやはや、流石と言うべきか」

「下手な世辞はいい」

 そのやり取りを見ていた武の背後から、声が響く。

「……其方達の様子を見るに、偶然の遭遇ではないようですね。もしかして、ですが、其方はこの事態を予測していたのですか?」

 戦略研究会の決起から、帝都内での戦闘の勃発と、自身の脱出──嘘や誤魔化しは許さないという意の籠った、強い口調だった。

「想定は、していました。戦略研究会の規模と、入り込んでいるだろう彼の国の諜報員に、日本の国内情勢……取り越し苦労で済んでいれば幸いでしたが」

 悠陽の方を振り返りつつ、隆也が言った。

 クーデターとなれば、決起軍と斯衛軍が帝都内で睨み合うだろうこと、おそらくは決起軍に潜んでいる工作員によって強引に戦闘の火蓋が切られるだろうこと、そうなった場合に、悠陽が戦火を帝都から遠ざけるべく脱出するだろうこと……そして、向かう先は塔ヶ島だと予測していたことを、隆也は淡々と説明した。

「そう、ですか……それでは、この先も?」

「万全──とは、口が裂けても言えませんが、札は揃っています」

 その言葉に、悠陽は静かに頷いた。

 なにしろ、状況は混沌を極めている。決起軍に、帝国軍と斯衛軍、さらには米軍と国連軍までもが動いているのだから、状況はめまぐるしく変わる。そんな状況下で、すべてが予定通りに動かせるはずがないと、悠陽は理解していた。

 悠陽が頷くのを見て、隆也は視線を左近に戻した。この先どう動くにせよ、まずは情報を交換しなければならない。

 隆也と情報を交換する左近の表情は、少しずつ険しいものへと変化していく。事前の想定よりも、事態は深刻だと考えているようだった。

「……では、後は任せて構わないかな?」

「ああ……任された」

 情報交換を終えた左近は、悠陽に顔を向けた。

「では、殿下……」

 一礼して去ろうとする左近を、悠陽は呼び止めた。

「──鎧衣、これまで本当に大義でした。我が臣を失ったという知らせは、これ以上聞きたくはないのです……どうか気を付けて」

「斬った者、斬られた者……共に臣下であります故、殿下の悲しみはいかばかりと存じますが……国の乱れを憂う若者たちが、止むに止まれず立ち上がった──というのが、此度の仕儀の真相」

 振り返りつつ答えながら、左近は帽子を被り直した。

「謝った道を選んだにせよ、そのような若者いる限り……日本もまだまだ捨てたものではございません。ここで膿を出し切ることで、日本は再び目覚める……と、私はそう信じております」

「…………頼みましたよ」

 そのやり取りの後、左近は今度こそ背を向けて去っていった。

 悠陽が、そして完全に置いて行かれている武が左近の後姿を見送る間に、隆也は吾妻とも情報交換を終えて、動き出そうとしていた。

「……了解。こちらは横浜に向かいます」

「任せる」

 短い言葉で会話を終わらせると、隆也は悠陽を振り返った。

「……よろしいですね、殿下」

「ええ。この身を任せます」

 頷いた隆也は、武へと視線を向ける。

「殿下のエスコートは任せるぞ」

「は、はいっ!?」

 驚く武を無視して、隆也は歩き始めた。先行して後ろの2人を誘導しながら、即時待機中の者達へ通信回線を繋ぐ。

「──サジタリウス1より各員。煌武院悠陽殿下の保護に成功した」

 驚愕の声に、小さな吐息の音や、あくまで冷静な様子など、通信機越しに伝わる様々な雰囲気を無視して、簡潔に時系列に沿った状況を伝える。

 帝都での戦闘発生と、停止命令を無視した戦闘の激化という事態を受け、殿下が帝都城の地下に極秘建造されていた地下鉄道を使用して帝都を脱出したこと。

 その情報がリークされたことで事態を把握した決起軍が、地下道の出口──即ち殿下の脱出先である各地の城や鎮守府に捜索の手を伸ばしていること。

 殿下が帝都城を離れたことで帝都での戦闘は終わり、現在は殿下を確保するべく移動中の決起軍とそれを追撃する各軍の戦闘が散発していること。

「最後に、仙台の臨時政府にも、決起軍が何かを仕掛けたらしい……まぁ、決起軍の目的を考えれば、臨時政府の人間こそ最優先で消すべき対象だろうからな。情報は入っていないが、おそらくは混乱状態だろう」

 溜息交じりに告げた後、だが、と言葉を続けた。

「向こうが混乱しているのは、こちらには好都合だ。顔色を窺う必要も、要らない気遣いをする必要もないからな」

 決起軍は殿下を迎えるために、各軍は殿下を守るために動き始めている。いずれにしても、殿下の身柄を抑えるために動く訳だが……この状況で最も顔を立てなければならない臨時政府が混乱しているという状況は、独断専行を行うのに都合がいい。

「殿下は、我々の手で横浜基地まで護衛する」

 決起軍を筆頭に、殿下を確保するべく動いているどの軍にも殿下を引き渡すことなく、自分たちの手で横浜基地へと護送して戦闘を終わらせる──クーデター鎮圧の功績を掻っ攫うのだと、隆也は宣言した。

『しかし、横浜には米軍が居ますが……』

「そちらは問題ない。すでに手は打ってある……それよりも、御剣少尉」

『は、はいっ?!』

 いきなりの名指しに、冥夜は上ずった返事をした。

「殿下には、白銀少尉の機体に同乗してもらう。加速度病の懸念があるため、負担軽減のために殿下には強化服を着ていただきたいんだが」

「……私の予備の強化服を、ということですか。承知しました」

 調子を取り戻した冥夜は、予備の強化服を取り出して機体の外に出た。秋口とは思えない寒風に一瞬顔を歪めながらも、手順に沿って地面へと降り立つ。そして、隆也と武、悠陽の待つ場所へと歩を進めた。

「……こちらです、殿下」

「……ありがとうございます」

 冥夜が、強化服を差し出した。一瞬だけ、両者の視線が交錯したようにも見えたが、すぐに冥夜が視線を下に逸らした。

 気まずい沈黙が流れかけた時、隆也が口を開いた。

「では、御剣少尉、殿下の着替えの手伝いを頼む」

「は……いえ、え?」

「俺や白銀が、着替えを手伝う訳にはいかないだろう」

「それは、そうですが……」

「任せるぞ」

 有無を言わせぬ口調で言い切った隆也に、冥夜は珍しくキョトンとした顔を向けていたが、そのうち真面目な顔で頷くと、殿下と屋根のある場所に向かった。

 それを見送った隆也は、武に待機を命じつつ通信回線を繋ぎ直した。

「繰り返しになるが、これから殿下を横浜基地に護送する。陣形は、白銀機を中心としたワルキューレ中隊の円壱型陣形を本隊として、サジタリウス中隊が前衛、ハイドラ、ブラッド両小隊が後衛を務める」

 接敵した場合、基本的に〝敵機〟の排除は前衛ないし後衛が行う。

 接敵確率の高い後衛に戦力を固めているのはそのためだ。そして、決起軍に突破を許した場合、ワルキューレ中隊の陣形を確認して殿下の座乗機を推測する……常識的に、中央の機体を殿下の座乗機であると判断すれば、流れ弾を恐れて攻勢は鈍る。

 決起軍に迷いがあれば、ワルキューレ中隊が自力で敵機を排除できる可能性も上がるし、救援が間に合う可能性も上がる。

 そこまで説明してから、隆也は声のトーンを落としつつ告げた。

「最大限の警戒を払うべき相手は、このクーデターの裏で糸を引いている連中だ。正直、何処まで入り込んでいるのか想像もつかん」

 部外者である月詠真那らがいるために、直接的には言わなかったが、オルタネイティヴ5派閥を指していることは、事情を知らされている人間にはすぐに分かった。

「送り込まれてきたアメリカ軍部隊の中には、確実に連中の息の掛かった人間が紛れ込んでいる。まあ、救いというべきか、厄介というべきか、連中が送り込んできた工作員はそれほど多くはないだろうが、な」

『厄介、ですか?』

 唯依の問い掛けに、隆也は苦笑した。

「敵がアメリカ軍全部なら、ことごとく叩き潰してしまえばいいのだが……ごく一部となると、こちらから先に攻撃を仕掛けた場合、いろいろと面倒なことになる。それに、謀略に関わっていない人間まで巻き込むのは、本意ではない」

 それに、と隆也は付け加える。

「決起軍にしても、一枚岩ではないからな……連中が日本人にまで手を伸ばしていないという確証はないし、それでなくとも、研究会とは違う目的でクーデターに加担している人間が皆無という保証もない。こちらの動かせる戦力を考えると、まともなアメリカ軍部隊とは協力して対処したいところだ」

『違う目的……?』

 不穏な言葉に疑問の声が上がるが、隆也はそれを無視して口を開いた。

「……ともかく、殿下の準備が整い次第出発するが──その前に1つ、忠告だ」

 露骨に話題を逸らした隆也の様子に、追及の声を上げようとした者もいた。しかし、網膜投影越しに向けられた鋭い視線に、声を呑み込んだ。

「俺が撃墜を命じたら、迷わず撃て」

 冷厳な口調で、隆也は言った。

「人を殺すことへの感傷は、いまここで捨てろ。向こうはこちらを殺すつもりでくる……躊躇えば、全員が死ぬ」

 立ちはだかる相手は、アメリカが送り込んだ刺客と、帝国本土防衛軍の最精鋭たる帝都守備隊──いずれにしても、決して楽な相手ではない。

 しかも現状では、第1遊撃戦隊のうち最精鋭と言っていい第2中隊を分派している上に、第1中隊も戦力の大部分を横浜基地に残してきている。この戦いが初陣になる武らを伴っていることも考え合わせれば、不安要素は大きい。

 陰謀渦巻く人類同士の戦い──などという、不確定要素の多い戦場に赴く以上、指揮官として不安要素は1つでも減らしておかなければならなかった。

「もう1度言っておく。相手がアメリカ軍だろうが、決起軍だろうが、迷うな。撃つのを躊躇えば、確実に誰かが死ぬ。それは、自分かもしれないし、仲間かもしれない。あるいは、殿下かもしれない」

 言い切ってから、隆也は全員の顔を順番に見据えた。

 さすが、対人戦闘を経験している面々は平然としている。歴戦と呼べるだけの戦歴を重ねている面々にも動揺の色はなかった。そして、不安要素だった経験の浅い面々にしても、心配はいらない様子だ。

 もしも、表情から僅かでも迷いが透けていれば、この場に残していくことさえも想定していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 その事にはまず胸を撫で下ろした隆也だったが、この先の戦いの舵取りの難しさを考えると、一安心とはいかなかった。

 なにしろ、隆也の指揮下に入っている誰が倒れても、影響は大きいのだ。

 ──万が一にも殿下が死ねば、日本帝国は終わる。

 すでに首相以下の政府要人が暗殺され、政府機能は半ば麻痺した状況にある。この上、事実はどうあれ名目上は政治の決定権を握っている政威大将軍までもが死ねば、国内情勢は取り返しがつかないほどの混乱に見舞われる。その隙を、彼の国が見逃すはずがない。

 仙台臨時政府に息の掛かった人間が送り込まれていることを考えれば、間違いなく仕掛けてくるだろう。しかし、こちらにはその動きを掣肘する術はない。

 そして、日本帝国がアメリカの傀儡国家に落ちぶれれば、第4計画もまた潰されてしまうだろう。そうなれば、アメリカのG弾戦略か、あるいはBETAの侵攻か……いずれにしても、この星が無残な最期を迎えることは分かり切っている。

 隆也や楸が倒れれば、第4計画は致命傷を受ける。たとえ悠陽が日本帝国をまとめ上げることができたとしても、第4計画それ自体が力を失ってしまえば、結局アメリカのG弾戦略を阻止することはできなくなる。

 五摂家の当主である恭子の戦死は、後継者の定まっていない崇宰家の混乱を引き起こすことになる。ただでさえ国内情勢が不安定となっている現在、武家の頂点が欠けることによる混乱は甚大なものになるだろう。

 個人的にも、恭子の戦死など容認できるものではないが……それは措くとしても、斯衛関係者から犠牲が出た場合の城内省の動きも気に掛かるところだった。

 第4計画──というより隆也と城内省との関係は、お世辞にも良好ではない。

 城内省との交渉を行うにあたって、隆也が旧知の斑鳩崇継を頼ったからだ。

 五摂家の当主であり、実績と人望を兼ね備えた人物だが、崇継は斯衛の改革を推し進める派閥の筆頭であり、保守的な傾向の強い城内省上層部とは対立している。

 上層部との対立という不利益を呑み込んで崇継がこちらに協力する姿勢を示しているのは、隆也と楸の持つ影響力を利用して斯衛の改革を進めるという目的に加えて、協力関係による利益があると判断してのことだろう。

 死蔵されていた『不知火・弐型』や『羅刹』が特殊作戦群に配備されたのも、『武御雷』が回されたのも、崇継の根回しによるところが大きい。まあ、その対価はしっかりと回収されたのだが……その手腕はさすがと言うべきだろう。

 ともあれ城内省にしてみれば、ただでさえ厄介な相手が敵対派閥と協力関係を構築している訳で、交渉の場では相応の対価が支払われているとはいっても、好意的な印象など抱きようもない。

 世界情勢や利害関係を考えれば、失脚までは望まれていないだろう。しかし、足を引っ張りたいと考えているものが多いのも事実だ。斯衛の関係者から死者を出せば、あれこれと難癖をつけてくることは想像に難くない。

 日本政府に対しても、同様の懸念がある。日本政府から差し出されている人質……要するに御剣冥夜や榊千鶴といったワルキューレ中隊の面々から犠牲が出た場合、日本政府も面倒な動きを見せるだろう。

 日本帝国に第4計画を引き込んだ榊是親首相を初めとした、第4計画推進派の政治家にも犠牲が出ているし、そもそも日本政府にしたところで、横浜基地や特殊作戦群をそれほど好意的には見ていないのである。

 日本政府にせよ、城内省にせよ、黙らせるのは簡単だが、そちらの対応に時間を浪費すれば、より厄介な連中に隙を突かれることになりかねない。何もかもに対応できるほど、第4計画の持つ札は多くはないのだ。

 事後の面倒事までを回避するのであれば、任務達成の条件は隆也の指揮下に入っている全員の生存ということになる。さらに、戦力の温存まで考えるなら、別動隊にも損害無しで切り抜けてもらいたいところではあるが……そこは、指揮を任せた虎三とみちるを信頼する他ない。

(前途多難だが……ここで頭を悩ませていても、どうにもならんか)

 深く息を吐いて、思考を切り替える。

 この先どのように事態が推移するにしても、やるべきことは明確だ。立ち塞がる敵をことごとく退け、殿下を横浜基地まで送り届け、同時に可能な限り犠牲を減らす。いま考えるべきは、それを成し遂げるための方法だけで良い。

 そこまで思考を巡らせたところで、冥夜から通信が入った。内容は当然、殿下の着替えが完了したという知らせだった。

 

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