異伝 Muv-Luv UNLIMITED 作:第4計画諜報部
「イーダル1より報告、目標を発見とのこと。電子対抗処置準備を開始!」
研究施設内にある作戦司令室。そこに詰めていたサンダーク少佐は、モニターに映し出された状況を見据えながら、報告を聞いていた。
「……いよいよだな」
「あぁ……しかし……」
ベリャーエフが、どこか心配そうな口調で呟いた。
「……『繭』のことは残念だったが、調整は充分だ」
そう言いながらも、サンダーク自身一抹の不安を感じていた。
先のユウヤ・ブリッジスによる基地襲撃の直後、研究施設は再びの襲撃を受け、最高機密であった『繭』関連の施設をことごとく爆破されてしまったのだ。
「侮り過ぎたな……『斯衛の亡霊』め」
テロ事件の前後からユーコン基地に現れたという、第4計画直属諜報員の存在を思い起こして、サンダークは歯噛みした。
ユウヤ・ブリッジスによる基地襲撃の直後という、厳戒態勢の最中である。
基地施設に侵入することさえ困難を極めるというのに、よりにもよって最重要機密に分類される調整施設をことごとく破壊してのける人物など、全世界を見渡しても片手の指で足りるだろう。
その怪物の一角がユーコンに現れたのは、果たして偶然の産物か、あるいは何者かの目論見によるものなのか……それを知る術はないが、知る必要もなかった。
すでに事態は動き出しているのだ。いかに優れた諜報員であれ、もはやこの潮流を止めることなどできるはずもない。
「もし立ち塞がるようなら……」
実力をもって排除するのみだ。
胸中でのみ呟いて、サンダークはモニターを見据えた。
不規則にノイズの走る大型モニターの向こうでは、XFJ計画の、あるいはプロミネンス計画の結晶とも言うべき機体と、п3計画の産物である深紅の機体が激突の時を迎えようとしていた。
「──ユウヤ!」
「分かっている!」
後席のクリスカが注意を促すまでもなく、ユウヤも気が付いていた。
施設へと急ぐ『不知火・弐型』のレーダーには、真正面から急速に接近してくる敵機の信号が表示されていた。間もなくして、接近する敵機の姿が網膜投影に映し出されると、ユウヤはほんの少し緊張を緩めた。
「『Su-47』……でも、1機か。なら、スーパークルーズで振り切れる」
ソビエトの最新鋭戦術機『Su-47:ビェールクト』……『弐型』といえど、決して侮れる相手ではないが、目的はあくまでイーニァとマーティカの救出であって、ソ連軍と戦うことではない。むしろ、救出後のことを考えるのであれば、できる限り戦闘は避けたいところだった。
『弐型』の速力についてこられるのは、ユーコン基地に配備された機体では『F-15・ACTV:アクティブ・イーグル』だけだ。小隊規模以上で連携して追い詰められれば分からないが、単機なら振り切れる。
ユウヤがスロットルを開こうとした時だった。
「だめだ……振り切れない。距離を取ったところで、アレは絶対に私を見つけて追いかけてくる……!」
「なに? ……まさかっ?!」
クリスカの悲鳴にも似た叫びに、ユウヤは事態を悟った。
「そうだ……あれには、イーニァとマーティカが乗っている!」
「なあっ!?」
機体の挙動は、明らかに戦闘態勢だった。ユウヤは驚愕に目を見開いたが、サンダーク、そしてベリャーエフという2人の顔を思い浮かべて歯噛みした。
「なにか、やりやがったな……説得できないのか?」
レーダーに頼ったものではなく、生体反応を探知しているというのであれば、ステルスなど意味を成さない。それなら、遠慮なくオープン回線で呼びかければいいと考えたユウヤだが、クリスカは即座に否定した。
「あの子とマーティカは繋がれている! 能力を解放されている2人に、言葉は通じないんだ!」
「それは、どういう──っくそ、逃げきれない!」
躊躇なく戦闘機動で迫ってくる『ビェールクト』の姿に、ユウヤは戦闘が避けられないことを悟った。そして、後席のクリスカに戦闘に備えるようにと叫びながら、彼女が口にした能力という単語への説明を求めた。
「……分かった」
クリスカは言い淀みながら、イーニァの能力について説明した。イーニァは戦闘用に調律された個体で、その調整があまりに戦闘特化だっただけに、戦闘時には破壊衝動に飲まれる危険性があった。
そして、イーニァが戦闘衝動に飲まれないための制御装置としての役割を与えられていたのが、クリスカであり、マーティカなのだと。
「なに…………っ、くそっ!」
クリスカの説明を聞いたユウヤが絶句している間に、深紅の『ビェールクト』は高速で距離を詰めてくる。
操縦桿を捻り込んで、ユウヤは放たれた初撃を紙一重で回避した。『弐型』を掠めるようにして駆け抜けていく曳痕に、ユウヤは戦慄した。マーティカとは幾度かの戦闘演習を戦ったが、最後まで1対1の戦いで勝利を収めることはできなかった。そんな強敵が、さらに研ぎ澄まされて立ち塞がっているのだ。
しかし、この状況はチャンスかもしれなかった。
施設に侵入して奪還するよりも、ここで殺さないように撃墜することができれば、幾分だが戦術的にも選択肢が広がる。
そう考えるユウヤだが、クリスカは不安そうだった。
「いまの2人……いや、1人になったあの子たちを無傷のまま撃墜するのは、いくらユウヤでも不可能だ!」
叫ぶように、クリスカは語った。いまのイーニァとマーティカは、プラーフカと呼ばれる状態になっているはずだと。つまり、ESP能力発現体の固有能力であるリーディングとプロジェクションをお互いに使いあうことで、1つの存在になっていると。
「レッドシフトの時とは違い、能力は制限されているはずだ……でも」
「その、プラーフカっていうのが、不味いのか!?」
放たれる突撃砲を掻い潜りながら、ユウヤは問い掛ける。
「プラーフカ状態においては、私たちは脳の演算処理能力が倍加する……だが、それだけではないんだ!」
「なに?」
「一定以上のレベルで同調した私たちは──数秒先の可能性を観測することができるんだ」
「まさか──」
同調制御の実験中に、偶然発見された現象──名をフェインベルク現象という。詳細を省いて簡潔に説明すれば〝確定した可能性の未来を観測できる〟能力である。
「未来予知……そんな、馬鹿げた能力が!?」
瞬転する状況の中で命のやり取りをする高速機動戦闘において、反則以外のなにものでもない能力だ。衝撃のあまり呆けそうになったユウヤの視界に、『ビェールクト』が突撃砲を向ける光景が映し出された。
「くっ……!」
間一髪で回避したユウヤは、機体の体勢を立て直しながら、こちらに向かってくる深紅の機体を睨み据えた。
正確極まりない操縦技術に加えて、未来予知などと言う反則的な能力──尻尾を巻いて逃げ出したとしても、誰も臆病者とは言わないだろう。
「それでも──だ!」
接敵し、逃げ切れる保証がない以上は戦うしかない。それに、逆に考えればここであの機体を倒せれば、目的の達成を阻む者はいなくなる……これまでの決着をつけるという意味でも、ユウヤは腹をくくった。
「クリスカ……お前はイーニァとマーティカに、プロジェクションで説得を。止まるように訴えかけてくれ」
「でも、あの状態の2人に能力は……いや、分かった。できる限りやってみる」
「その意気だ。俺も、やれるだけやってみるぜ」
いまだ吹雪は強い。目視に頼らなければならないユウヤと、生体反応で正確な位置を把握できるイーニァとマーティカでは、どちらが有利かなど考えるまでもない。その上で、彼女たちは今までで最強……少なくとも、対峙する上では最強の相手だろう。
敗色は濃厚……普通に考えれば、撃墜どころか無力化さえ難しい相手だ。それでも。ユウヤはしっかりと相対する機体を見つめた。一瞬であっても助けるべき相手から目を逸らすまいと──決意を示すように操縦桿を握った。
そして、ユウヤは叫んだ。湧き上がる衝動のまま、決意を吐き出した。
「これが最後だ──ユウヤ・ブリッジス、往くぜえぇぇっ!!」
吹雪の中で激突する赤と白の機体──その光景を見守る影があった。
「……寒いな」
吹雪の中を悠々と歩きながら、男はそんなことを呟いた。
敵地のど真ん中である以上、推進剤やエネルギーの消費を抑える必要があり、自らが駆る戦術機は雪詰めに隠してある。しかし、何故この男が吹雪の中を歩いているのかと言えば、予定外の行動を取ったからに他ならない。
ソ連軍基地の襲撃という、一歩間違えれば各方面に影響の出かねない寄り道をしたために、基地からおよそ20キロ彼方まで、吹雪の中を歩いているのだった。
もっとも、さほど気にしている様子はない。こういうこともあろうかと……というお約束ではないが、寒冷地での潜入も想定されていただけに、慣れたものではあった。
問題があるとすれば──。
「さて、持ち堪えられるかな?」
吹雪の向こうでは、うっすらと見える発砲炎と、曳光弾が曳く軌跡が交錯している。戦闘開始直後から、かなり激しいぶつかり合いをしているらしい。
はっきり言って、マーティカ・ビャーチェノワは強い。ユーコン基地全体を見渡しても、まともに戦えるのはインフィニティーズの隊員を除けば、唯依とアブドゥル・ドゥール中尉あたりが辛うじてといったところか。
ユウヤ・ブリッジスも筋は悪くないが、勝ち切るには足りない。その上、いまのイーニァとマーティカはプラーフカによって連結している状態──もっとも〝繭〟なしでは期待通りの性能とまではいかないだろうが、それでも戦闘能力は跳ね上がる。
いかに『不知火・弐型』フェイズ3──当時、最強の戦術機とも謳われた『YF-23:ブラックウィドウ』に匹敵する高性能機とはいっても、向こうもソ連最新最強の『ビェールクト』となれば、甚だ分が悪かろう。
それに加えて未来予知に近い能力が加われば、勝率は絶望的だろう。
「もっとも、俺とて勝ちきれるかは、やってみなければ分からないが……」
ソ連基地を襲撃したのは、人道に反する研究への反発がなかった訳ではないにせよ、それ以上に勝率を引き上げるためだった。
想定され得る最悪の事態であった彼女たちの出撃は、すでに現実のものとなっており、ユウヤ同様に、こちらも彼女たちが駆る戦術機を倒さなければならない状況に置かれているのだった。
プラーフカ状態の戦闘能力は、ユーコン・テロ事件での戦闘から予測するしかないが……いまの制御装置はより高性能なマーティカに置き換わっている。その上で、何らかの調整を施されているとすれば、果たしてどうなるか……。
そんなことを考えつつ、男は目的地へと向かった。
この吹雪の中で目的地を見失わないのは、自らの機体の管制ユニットに残してある刀の存在ゆえだ。正式に次期当主を返上するまではということで、あの日も持ち歩いていたものだが、それがここで役に立つとは分からないものだ。
──わずかに窪んだ純白の大地に、吹雪に紛れる純白の機体が在った。片膝を着き、頭を垂れている姿は、さながら主の帰還を待つ従者のようである。
その機体形状は、帝国斯衛軍が誇る『00式:武御雷』に酷似した──しかし、機体各所に小規模な改装を施された跡がある。それは、彼の機体がまだ試製を冠していた頃からの歴戦であることを示していた。
「──くそぉっ!」
至近距離を駆け抜けていった直径120ミリの破壊の塊。衝撃波に震える管制ユニットで、ユウヤは舌打ちをしていた。
相手が攻撃してきた直後ならば──と、『弐型』に突撃砲を構えさせるが、引き金を引こうとした瞬間には、『ビェールクト』は間合いから遠ざかっている。
(さっきから、こればっかりだ!)
内心で罵声を上げながら、ユウヤは吹雪の向こうを凝視した。
アクティブ・ステルスの効果は、多少なりともあるはずだ。生体探知ができるイーニァ達の能力があるせいで、姿を晦ますことはできないにしても、機体の照準をわずかに狂わせる程度は可能だとユウヤは考えていた。
しかしその予想を裏切るように、砲撃は正確に『弐型』を狙ってくる。それに対して、こちらは突撃砲を構えたところで、射撃より早く射程範囲外に逃げられてしまい、まともな反撃を行えていない状況だ。
一方的に攻撃され続けている悪夢のような状況に、ユウヤは焦燥に駆られていた。
(未来予知のせいか!? どうしても先手を取られちまう!!)
戦術の基本は、先手必勝である。それこそ、攻撃側と防御側に圧倒的なまでの差がない限りは、これが成立する。
そして、戦術歩行戦闘機という兵器が持つ攻撃力と防御力を比較した場合、圧倒的に攻撃力が勝っているというのは、常識の話だった。戦術機が装備する兵装の種類を問わずしていずれかが機体を捉えれば、勝敗は決する。
近接長刀の破壊力は不要。120ミリですらも過剰。36ミリ弾で充分──それも、直撃せずとも掠めるだけでも、戦術機にとっては致命的だ。
ことに第3世代戦術機は、高機動性能・高反応性能を追求した結果、機体全体で空力制御を行う設計がなされている。その理想とするところは『全弾回避』であり、わずかな損傷を受けるだけでも機動性能や運動性能は大きく損なわれる。
つまり〝彼女〟の取る戦術は、第3世代戦術機同士の戦いにおいては、付け入る隙がないほど理想的なものなのだ。ユウヤは必死に操縦桿を操り、殺到する砲弾を掻い潜りながら対抗策を考え続けていた。
撃ち合いは不利──さりとて、奇策も通じない。わざと背後を取らせ、ウェポン・ラックに装備された突撃砲による奇襲を狙ってみたものの、深紅の機体はこちらを嘲笑うようにして軽々と回避していった。
「畜生っ、まるであの時の奴みたいだ……!」
ユウヤの脳裏に浮かんだのは、テロ事件の時に見た機体……目の前の『ビェールクト』が見せるような出鱈目な機動と戦闘能力を見せつけた灰白色の機体だった。
もし両者がぶつかれば──などと、思考を逸らしかけたユウヤだったが、出鱈目な機動で迫る深紅の機体を前に、意識を戦闘に向け直した。
「くそ……ここで決めなきゃなんねえってのに!」
横槍の入らないいまの状況を逃せば、救出の難易度は跳ね上がってしまう。しかし、あのサンダークがそれを承知でイーニァたちを出撃させた意図とは何か。
(こっちの狙いがイーニァ達だって知っていながら出撃させてきたのは、絶対的な自信が裏にあるってことだ……!)
形容しがたい重圧が、ユウヤの双肩にのしかかりつつあった。
完璧な計画などというものは存在しない……である以上、サンダークの策略にもどこかに打開策があるはずなのだ。
しかし、思考が読まれてしまう以上奇策は通じない。推進剤の問題から、長期戦に持ち込むことは難しく、クリスカが生体探知されてしまうから、距離を取ってから奇襲を仕掛けることも不可能だ。
その上で、ユウヤたちにはタイムリミットまである。のんびりと戦っていれば、そのうち各国の哨戒機に発見され、包囲されてしまう。
自身の置かれている状況を再確認したユウヤは、努めて冷静になろうとした。このまま撃ち合っても、状況を打開することはできない──そう判断して、ユウヤは装備を突撃砲から長刀へと持ち替えた。
しかし相手がこちらの動きを読める以上、どこから、どのように仕掛けたとしても奇襲は成立しない。そう結論を出したユウヤは、それならばとばかりに跳躍ユニットの出力を最大に押し上げた。
加速に伴うGが作用する中で、クリスカが叫んだ。
「ユウヤ、なにを!?」
「撃ち合いじゃ、こっちが不利だ。なら、打ち合うしかない!」
「それは、危険すぎ……いや、近寄ればもしかすると……!」
「頼んだぜ、クリスカ!」
自らを鼓舞するように声を上げながら、ユウヤは機体を前進させた。
どうしても単調な動きになってしまう射撃戦に比べて、至近距離かつ高速で攻守が切り替わる格闘戦ならばどうか。そして、目標を点でしか捉えられない砲弾よりも、線で捉えられる長刀ならば、予知による対応も難しいかもしれない。
根拠あっての戦術の転換ではなかったが、射撃戦で状況を打開できないだろうことはこれまでの戦闘から明らかだった。
スロットペダルを踏みしめて、速度は全開に。照準を絞らせないように機体を不規則に揺らしながら、距離を詰めていく。
それに対して、『ビェールクト』はその動きが分かっていたかのように、『弐型』の前進に合わせて機体を下がらせながら突撃砲を放った。
「──おおおおおおっっっ!!」
湧き上がる恐怖を押し潰すように雄叫びをあげながら、ユウヤは弾幕の中へと機体を滑り込ませていった。
純白の機体は、乱気流に巻き込まれた輸送機さながらに揺れ動いた。しかし、急制動によるGに振り回されながらも、ユウヤは操縦桿を固く握りしめ、発砲炎を閃かせる『ビェールクト』を見据えていた。
徐々に間合いは詰まっていき、突撃砲による迎撃では埒が明かないと見たのか、『ビェールクト』もモーター・ブレードを展開して、近接戦闘の構えを見せる。
深紅の機体が後退から前進に転じたことで、純白の機体との距離は急速に迫り──両者の振るった刃が鋭い打撃を響かせた。
跳躍ユニットの推進力をそのままに、『弐型』が長刀を振るう。まともに受ければ、第1世代機の強固な装甲であってもただでは済まないだろう鋭い斬撃は、そのことごとくがモーター・ブレードによって防ぎ止められた。
それでも、真っ向から受け止められているだけましだと、そう思ったユウヤだったが、唐突に手応えがなくなった。
背筋を駆けのぼった冷たい感触に、ユウヤは強引に操縦桿を捻り込んだ。瞬間、機体を翻した『弐型』の至近距離を、36ミリの暴風が駆け抜けていった。
「お見通しって訳か!」
近接戦はあくまで防御に徹して、機を見て射撃戦に持ち込むつもりらしい。リスクを取らず、あくまで自分の土俵で戦うつもりなのだ……相手の戦術を看破したユウヤだが、対策しようにもどうすればいいのか分からなかった。
それでも、ユウヤは『ビェールクト』に追いすがっていく。距離を離されれば一方的に攻撃されるというのももちろんだが、近寄ることでクリスカの声が届きやすくなるかもしれないという思いがあった。
「──だめだ、ユウヤ! 届かない……見たこともない色と輝きで……っ!」
「くそっ、マーティカがやってんのか!?」
ユウヤの叫びに答えることなく、クリスカは一体となっている〝彼女〟へと呼びかけ続ける。だが、クリスカの必死の訴えに対する返事は、無機質な砲弾だけだ。
「イーニァ! このままじゃ、ユウヤが死んでしまうの! あなたの手で、ユウヤを殺してしまうのよ!?」
「クリスカ……」
「あの時も約束したよね? でも、このままじゃ全てが……!」
叫び続けるクリスカを嘲笑うように、『ビェールクト』は圧力を増していく。防御に徹していた近接戦闘ですらも攻勢に転じて、射撃戦では圧倒的な有利なまま、容赦なく『弐型』を追い詰めていった。
鋭さを増し続ける〝彼女〟の攻撃を前にして、ユウヤの必死の操縦も、クリスカの叫びもまるで意味をなさず、遂には防戦一方に追い詰められて。
──そして、限界は訪れた。
機体が交錯した瞬間に、衝撃が走った。ユウヤは、管制ユニットを揺るがした衝撃とOSの報告から、何が起こったかを悟った。
「くそ…………貰っちまったっ!」
モーター・ブレードが機体を掠め、センサー類の一部を破壊したのだ。
戦闘不能になるような損傷ではないが、機体のバランスが崩れたことから機体の追従性が低下した……その事実は、操縦桿を握るユウヤにはすぐに実感できた。
「まだだ!」
脳裏に浮かんだ想像を打ち消すように、ユウヤは叫んだ。
──万全の状態ですら劣勢だったのに、損傷を受けた状態で戦って勝てるのか、と。湧き上がってくる弱音を捻じ伏せて、操縦桿を握りしめる。
「ユウヤ……!」
「大丈夫だっ! こんなところで、諦められるか!」
いくぶん顔を蒼褪めさせたクリスカに、ユウヤは力強く答える。しかし、クリスカには分かってしまった。力強い言葉の裏に隠された弱音……人間なら誰しも持ち合わせている弱さがほんの少しだけ漏れ出ていることが。
(ダメだ……このままでは、ユウヤが──)
思い浮かんだのは、絶望的な光景だった。イーニァが、ユウヤを殺す……そんなものは認められないと、固く拳を握りしめた。
(制御装置を壊せば……)
髪飾りのようにつけられた制御装置──それを壊せば、能力の制限はなくなる。イーニァに、マーティカに声を届けることができるようになるかもしれない。しかし、その代償も大きいはずだ。
制限がなくなるということは、脳内に流れ込んでくる思考も際限がなくなるということで、耐えられずに精神を崩壊させてしまうかもしれない。それに、あのサンダークのことだから、制御装置が破壊された時に備えて、なんらかのギミックを仕込んでいる可能性は高いだろう。
全身を蝕む痛みがひどくなっていることを、クリスカはユウヤに伝えていなかった。制御装置を破壊すれば、間違いなく痛みは強まる……細胞の崩壊は加速して、取り返しのつかないことになるかもしれない。
(それでも──ユウヤが死んでしまうよりは!)
ユウヤを巻き込んでしまったのは自分だという負い目もあった。無理をしないと約束はしたが、ただ守られているだけでは理屈に合わない。自分にもできることがあるのなら、するべきだ。
躊躇う気持ちを捨て去って、クリスカは拳を握り直す。ゆっくりと拳を振り上げて、制御装置目掛けて叩き付けようとした、その瞬間──。
どこからともなく飛来した120ミリ弾が、『ビェールクト』と『不知火・弐型』の間を轟音とともに駆け抜けていった
「なんだっ?!」
ユウヤが驚愕の叫びを上げて視線を向けた先から、36ミリ弾の曳痕が殺到して『ビェールクト』をさらに遠方へと引き離していく。
「あれは……」
牽制射撃を続けながら飛翔する機体を、『弐型』のライブラリは『武御雷』と……正確には、『試製98式』と認識して、ユウヤの網膜投影に示していた。
「どういう、ことだ?」
試製という名称から察するに、おそらくは唯依の乗る『武御雷』の試作機なのだということは分かるが、すでに正式採用された機体の試作機がなぜ現存しているか、そしてこのユーコンの地に存在しているのかはまるで不明だ。
それ以上に、いくら戦闘状態にあるとはいっても、120ミリの射程距離に入るまで接近されていることに気が付かないなど、明らかに異常だった。
(ステルスを搭載しているのか?)
だが、ステルス技術はアメリカの専売特許のはず……いや、使われている技術自体は既存のものばかりだから、真似しようと思えばできるだろうが、日本でステルス機が配備されているなどという情報は聞いていない。
ユウヤが驚いているうちに、急速に距離を詰めてきた灰白色の機体は、『弐型』を庇うようにして立ちはだかり、『ビェールクト』に向かい合った。
「こいつは……!」
思わず、ユウヤは呻くような声を出した。
戦闘の最中に、一瞬脳裏をよぎったあの機体だった。
──ユーコン・テロ事件の最中、味方を逃がすために殿を務めていたユウヤと亦菲の前に現れ、テロリストの追撃部隊を一蹴してのけた、灰白色の機体。
あの時は、データリンクに障害が出ていたこともあって機体情報が表示されず、遠目から唯依の『武御雷』に似ているという程度にしか思わなかったが……なるほど、試作機だというのなら似ているのも頷ける。
しかし、強烈に記憶に刻まれているのはその戦闘能力だ。
自立制御が中隊のほとんどを占めていたとはいっても、誘導弾を装備した12機の戦術機を、しかもテロリストのエースが駆る機体までも単機で叩き潰した怪物を、そうそう容易く忘れられるはずがなかった。
最大限の警戒を払いながら、ユウヤは『試製98式』の背中を見つめた。
味方……だというのなら、これ以上なく頼もしい。だが、もしも敵だとすれば……ただでさえ〝彼女〟に追い詰められている状況に、この機体までも敵に回してしまえば明らかに勝機はなくなる。
注意深く反応を見守るユウヤに、目の前の機体から秘匿回線が繋がれた。
『どうやら、間に合ったようだな』
「……どういう?」
意図の読めない言葉に困惑していると、接近アラームがけたたましく響いた。
距離を取って体勢を立て直した『ビェールクト』が、再び射撃の間合いに『弐型』と『試製98式』を捉えようとしていた。
『少し、待っていろ』
一方的に言い捨てて、『試製98式』が動き出した。
右手に持っていた突撃砲を捨て、背面ラックから74式長刀を両手に抜き放つと、『ビェールクト』目掛けて加速した。
「まっ──」
ユウヤは反射的に制止の声を上げたが、その時には『試製98式』は鮮やかな蒼炎を曳いて吹雪の中を駆け抜けようとしており、相対する『ビェールクト』は落ち着き払った様子で突撃砲を構えている。
いくら腕のいい衛士でも、未来予知が可能な相手に正面から戦闘を挑めばどうなるかなど想像するまでもない。ユウヤも慌てて『試製98式』を追いかけて警告を送ろうとしたが、その前に突撃砲の発砲音が銀世界に響いた。
──放たれた120ミリの破壊の塊は、しかし目標を捉えることは無かった。
『……?』
目の前の光景に〝彼女〟は、わずかに動揺した。
放たれた砲撃が、大きく目標を外れていたからだった。正面から迫る敵機に対して〝彼女〟が放ったのは2発の120ミリ弾……1発目で回避運動を誘発させて誘導し、2発目で仕留めるつもりだった。
ところが、灰白色の機体は予知したのとはまるで異なる……予知とは正反対の方向へと機体を滑らせて、ごくあっさりと砲撃を回避して見せたのだ。
『…………』
しかし動揺は一瞬のこと……困惑しないからこそ、機械は一定の性能を発揮する。それと同様に〝彼女〟もまた、先の光景に疑問を抱きながらも、淀みなく機体を動かし、最良と思える行動を取り続けた。
最大戦速で迫る灰白色の機体に対して、後退して距離を稼ぎながら両手に構えた突撃砲を斉射させた。
未来予測を駆使しながらも牽制射撃と割り切っていた弾幕は、やはりというべきかまるで効果を発揮しなかった。
まるで36ミリ砲弾それ自体が明確な意思をもって敵機を回避しているかのように、灰白色の機体を避けて後方へと飛び去って、吹雪の中に消えた。
その光景を冷静に受け止め〝彼女〟は機体運動を前進へと転じた。
『ビェールクト』のライブラリに『試製98式』のデータはないが、ユーコン基地には篁唯依中尉の乗機である山吹の『武御雷』が運び込まれている。彼女の機体と酷似した形状を見れば、性能において似通った存在であることは容易に想像できる。
近接戦闘に特化した機体に対して、格闘戦を挑むのは無謀にも見えるが〝彼女〟が駆る『ビェールクト』もまた、ハイヴ内におけるBETAとの密集格闘戦を想定して建造された戦術機であり、近接格闘戦能力でも引けを取らないはずだ。
長刀を装備している敵機の方がリーチと破壊力では勝るが、弾幕射撃によって行動を制限させれば、充分に不利を補える。
これまで徐々に詰まっていた距離が急速に縮まり、機体が交錯する刹那──突撃砲を放棄すると同時にモーター・ブレードを展開した『ビェールクト』から鋭い斬撃が放たれ、対抗するように『試製98式』が長刀を走らせた。
『────!?』
金属的な叫喚を響かせて2機が交錯した直後、『ビェールクト』の右腕が、モーター・ブレード諸共に叩き斬られて、吹雪の向こうへと吹き飛んでいった。
驚愕しながらも〝彼女〟は即座に機体を反転させた。
右腕を失い、機体のバランスが崩れたとはいっても、三次元多角形機動とも称される脅威の運動性能を誇る機体である。急速反転した『ビェールクト』は、背面兵装担架から突撃砲を装備し、敵機の背後から砲撃を浴びせる──はずだった。
『ビェールクト』が反転し、アームから突撃砲を装備したときには、『試製98式』も反転を完了し、すでに長刀の間合いに踏み込んでいた。
まともに照準を定めることなく放たれた突撃砲によって、わずかに狙いを外されたのだろう……鋭く振るわれた長刀は、右肩から張り出したスーパー・カーボン製のブレード・ベーンに接触し、これを薄紙のように切り裂いた。
「ば、馬鹿なっ!? 未来を……未来を読み取っているんだぞ!?」
ベリャーエフは、たまらず叫び声を上げた。
作戦室に詰める他の人員は、モニターに映し出された映像に、あるいは表示されているデータに釘付けとなって言葉を奪われていた。
「なんなのだ……貴様は……!」
絞り出すように、サンダークは呻いた。
あの機体を駆る衛士は、間違いなく『近衛の亡霊』──おそらく研究施設を襲撃し、『繭』関連の設備を叩き壊した張本人だろう。
第4計画直属の諜報員というだけあって、謎に包まれた人物ではあるが……衛士としての実力を過小評価したつもりはなかった。
ユーコン・テロ事件においてテロリストの戦術機部隊を壊滅させ、BETAの群れをそこかしこで粉砕して回った未確認の機体……灰白色の日本製戦術機という以上の情報を得られなかった機体を駆る衛士はユーコン基地の人間ではあり得ない。
サンダークの想定では、衛士としての技量はユーコン基地最強──あのアメリカ陸軍の精鋭、第65戦闘教導部隊の衛士を凌ぐとすら考えていた。だが、たとえそうであったとしても問題にならないはずだった。
プラーフカによる戦闘装置としての能力を十全に発揮することができれば、どのような相手であれ圧倒できるはずだったのだ。
しかし、破壊工作によって〝繭〟は失われた。
ベリャーエフは充分な仕事をし、戦闘前にマーティカとイーニァの調整を完了させたが、肝心要の〝連結〟ができなかったのだ。それでも〝性能〟は9割方発揮可能だと、太鼓判が押されていた。
想定値の9割が発揮可能ならば問題はない……国境を越えて侵入していたインフィニティーズを苦もなく退けたことから、サンダークも問題ないと判断していた。
だが──。
「嘘……だろ……」
意図せずに傍観者となっていた『弐型』のコクピットで、ユウヤは呆然と呟いた。
自分があれだけ手古摺った……むしろ追い詰められていた機体を相手に、『試製98式』の衛士は正面から圧倒し続けている。
「でたらめだ……」
後席のクリスカも、信じられないといった様子で呟いていた。
プラーフカによって発揮可能な戦闘能力の高さは、クリスカ自身が証明している。そしていまの制御装置であるマーティカは、クリスカの実践運用で洗い出された問題点を潰した、いわば改良型なのだ。
それを、正面から圧倒するなどあり得ない。だが、現実は時として荒唐無稽な物語以上の奇妙な状況を見せるものである。
──自身が圧倒され続けているという異常事態に〝彼女〟はまず、自分の能力が通用していないのではないかと疑った。相手が、何かしらの対処能力を持っていて、未来を予測させていないのだと。
しかし、未来は予測されていた。相対する『試製98式』の未来の可能性は、確かに予測され〝彼女〟の脳裏に映し出されていたのだ。
ならばなぜ、こうも一方的に追い詰められるのか?
それは、ごく単純な技量の違いとしか言いようがなかった。比較可能な対象は、ユウヤ・ブリッジスの『不知火・弐型』だが『試製98式』と比較すれば、動きの精度も、完了に至るまでの速度も、まるで違う。
戦術機の機動だけではない。長刀を構え、振り下ろすという、その一連の所作を完了するまでの時間が違い過ぎるのだ。
『不知火・弐型』の斬撃ならば、余裕を持って対処できた。だが、『試製98式』の長刀さばきはそれとは次元が違う。
遠く見つめるユウヤにも、自分との技量差は分かった。
自分であれば、おそらくはまだ構えから攻撃へと転じようとする時点で、『試製98式』はすでに長刀を振り下ろし終わっている。いや、それどころかすでに次の一太刀へと動きを移しているかもしれなかった。
お世辞にも、ユウヤは長刀の扱いに慣れているとは言えない。もともと、アメリカ軍では突撃砲による射撃戦闘を基礎戦術に据えている。近接戦闘は、弾幕を潜り抜けてきた〝敵〟に対抗するための緊急手段とされていたのだ。
『不知火・弐型』のテスト・パイロットに任じられてからは、長刀を扱う訓練を積んできたが、それとてここ数ヶ月程度の話でしかない……それに対して、『試製98式』を操るパイロットは、おそらく帝国斯衛軍の関係者だろう。
長刀の扱いには一日どころか数年の長があるし、機体の性能差もある。いや、総合性能ならば『不知火・弐型・フェイズ3』は『試製98式』はもちろん正式採用機である『武御雷』を凌駕するだろうが、機体の設計思想から、近接格闘戦能力に関してはそれらの機体が勝っているかもしれなかった。
しかし『ビェールクト』もまた、優れた近接戦闘能力を持つ機体だ。
ハイヴ攻略作戦への投入を前提に、BETAとの密集格闘戦を見据えて設計された機体であり、唯依の『武御雷』と戦ったことのあるユウヤからは、それほど引けを取っているとは思えなかった。
であるならば、これほどまでに一方的な戦況を生み出している要因は、純粋な衛士の技量差しか考えられなかった。
未来を予測してもなお対処不可能な攻撃速度による連撃という、理不尽を極めた、打開策の入り込む余地のない方法での、未来予知の攻略だった。
いったい、どれだけの訓練を積み、どれほどの死線を潜り抜ければ、あの場所に辿り着けるのか……そして、追い詰められながらも『試製98式』に食い下がっている〝彼女〟の技量もまた、想像を絶する。
戦慄を覚えながら、ユウヤは2機の死闘を見守っていた。
やがて、至近距離での激突を繰り返していた灰白色と深紅の機体が、反発するようにして距離を取ると、それぞれ得物を構えなおした。
「イーニァ、マーティカ……!」
ユウヤの口腔から、呻くような声が漏れた。
決着が付く──それを直感して、ユウヤは機体を前進させた。いざとなれば、割って入ってでも2人を助けるつもりだった。
しかし、それよりも早く2色の鉄騎は動き出していた。
機先を制したのは、左手の投擲だった。74式長刀を躊躇なく投げつけ、『ビェールクト』が回避機動に入った刹那、フルスロットルの轟音を放ちながら、『試製98式』が間合いを詰めた。
圧倒的な踏み込みに対して〝彼女〟は臆することなく機体を前進させた。
数秒先の未来を観測することで、攻撃のタイミングだけは予測できる──それこそが、あるいはそれだけが〝彼女〟が持つ唯一のアドバンテージであった。
長刀を脇に構えた『試製98式』が攻撃に移ろうとする刹那、それよりもわずかに早く左腕のモーター・ブレードがコックピットを刺し貫くべく突き出された。
しかし、これ以上ないほどのタイミングで放たれたカウンターは、これまで以上の剣速を得た長刀によってあっけなく防がれた。
だが、左腕の喪失は想定内だった──すでに〝彼女〟の脳裏からは、果たすべき目的は消え去っていた。すなわち、ユウヤ・ブリッジスとクリスカ・ビャーチェノワの捕殺のことなどは忘却の彼方へと押しやって、目の前の敵機を斃すことだけに、己の持つすべてを注ぎ込んでいた。
だからこその、捨て身の戦法だった。
斬り飛ばされた左腕を視界の端に捨て置き、重大な損傷を告げる警戒音がコックピットに鳴り渡るよりも早く、本命の一撃を──最後に残されたブレード・ベーンを敵機の胴体へと突き立てるべく、右足を蹴りだしている。
糸で繋がれているかのように、『試製98式』の胴体に迫るブレード・ベーンは、流麗な装甲を穿ち抜き、コックピットを下方から抉り取るだろう。
──しかしその切っ先が、己のすべてを込めた最後の一撃が、届くことなく終わることを〝彼女〟は悟っていた。
脳裏に浮かんだ予知の映像をそのままに、『試製98式』は想像もつかない速度で長刀を翻すと、逆袈裟に振り下ろした。
極限の集中状態がそう見せるのだろう──緩慢な動きで振り下ろされた長刀は、静止しているように見える右足をブレード・ベーン諸共に両断し、その勢いのまま跳躍ユニットの接続部を切り離して駆け抜けていった。
揚力とバランスを失った機体は、仰向けに落下していく。それに抵抗する気力も意志も、すでに〝彼女〟からは失われていた。
やがて、轟音と雪煙を巻き上げながら、紅い巨人は倒れ伏した。