異伝 Muv-Luv UNLIMITED 作:第4計画諜報部
決着から数十分後──『試製98式』に先導されるままに移動したユウヤたちは、ユーコン基地から離れた場所にある小屋の中に移動していた。
先導する男に続いてユウヤたちが小屋に入ったときには、すでに暖炉には火がくべられていて、その近くには防寒用の毛布も用意されていた。
クリスカとイーニァ、そして気絶しているマーティカを毛布にくるまらせながら、ユウヤは彼女たちの前に腰を下ろして、すでに小屋に居た女性と、自分たちをここまで導いた男に対峙した。
眼帯を付けた女性は、外部から持ち込んだのか質素な小屋に似合わない造りの安楽椅子にゆったりと座って、男の方はどっかりと腰を下ろし、まるで家主だとでも言わんばかりの姿勢だった。
あぐらをかいて座る男は、ユウヤにも見覚えがあった。もっとも、直接顔を合わせたわけではなく、DIAのウェラー捜査官から見せられた写真の話だ。
敷島隆也──第4計画直属にして、極東最高峰の一角と評価される諜報員。CIAやDIAをして、まともに相手にしたくない人間の1人だとウェラーは語っていた。
衛士としても優秀だと言っていたが……さっきまでの戦いぶりを見せつけられた後にその評価に異論を差し挟む余地はない。
薪が燃え弾ける音と、風雪が壁や屋根を叩く音が渦を巻く中で、室内を支配していた奇妙な沈黙を破ったのはユウヤだった。
「それで、敷島隆也……だよな? あんたは、何をしにこんなところまで来たんだ? 戦術機まで用意して、旅行……って訳じゃないよな?」
「旅行するなら、こんな僻地は選ばんよ……」
苦笑交じりに答えながら、隆也は小さなケースを女性から受け取り、床を滑らせてユウヤの前に差し出した。
「これは……なんだ? こんな僻地まで届ける価値のある物なのか?」
「百聞は一見に如かず、だ。開けてみろ」
言われるままにケースを開いたユウヤは、目を見開いて硬直した。そこには注射器とカプセルに入った液体が収められていた。
「まさか……」
ユウヤの口から、かすれた呻きが漏れた。
「面倒な説明は省くが……指向性蛋白ってやつだ」
その言葉を聞いて、ユウヤはようやく我に返った。反射的に顔を上げて隆也を見るが、嘘をついているような様子はなかった。
「……これが、本物だっていう証拠はあるのか? お前たち第4計画派が、クリスカ達をアメリカに引き渡さないための策略ってこともあるだろ!?」
「ユウヤ!」
「──これだけは、確認しておかないといけないんだよ」
鋭く叫んだイーニァをなだめるように言ってから、ユウヤは再び隆也に鋭い視線を浴びせた。
「それで、お前たちがクリスカたちを害するつもりがないって保証は──」
「そのつもりなら、もう殺しているわ」
震える声で問い掛けるユウヤの言葉を、冷たい声が遮った。弾かれたように視線を動かすと、椅子に座った女性が冷たい視線を向けていた。
「あぁ、失礼……九條楸よ。立場は、説明しなくでもいいでしょう?」
向けられた冷笑に、ユウヤは身体を固くした。
彼女の言葉から、おそらく隆也と同じ第4計画直属の諜報員の1人であることは分かるが、相対して感じる圧力は、敷島隆也と比べて鋭く重たかった。
「……楸」
「あら、ごめんなさい」
向けられていた圧力が和らぐと同時に、彼女は口調を和らげながら言った。
「確かに、人工ESP発現体をアメリカに渡すわけにはいかない以上、最悪の場合は抹殺もプランに含まれていたわ。けど、そのつもりなら『弐型』と『ビェールクト』双方を撃墜してしまえばそれで終わり……わざわざ捜索範囲外に小屋を建ててまで、貴方達を助けたりしないわ」
その言葉に、ユウヤは耳を疑った。
自分たちを助けるために、わざわざ小屋を作った……?
「どういう……?」
「言葉通りの意味よ。ここは米ソ両国が敷いている捜査網の外側にあって、この小屋も突貫工事で完成させた即席のものよ」
唖然とするユウヤに、隆也が咳払いをしてから声を掛けた。
「ともかく、だ。細胞の崩壊は今も進んでいる。リカバリーは早い方がいい……遅れれば、それだけ寿命を縮めるぞ」
「……それは」
押し黙るユウヤに代わって、その横で苦しそうに息をしていたクリスカが、隆也たちを睨みつけた。
「お前の言うことに、事実は含まれているのかもしれない。だが、私たちを害するつもりがないと、そう思わせるための策ではないという証拠がない……そもそも、お前たちはどうやってここに辿り着いた」
『弐型』はステルスで、基地は厳戒態勢。その中でアメリカ、ソ連と国連のことごとくを出し抜いて、どうやってここまで辿り着いたというのか? その疑問はもっともだと、隆也は頷いてから答えた。
「あの機体は、横浜特製のステルス機だ。目視による発見だけは怖かったが、あの通りの機体色だからな、どうにかなったよ。さっきの戦闘に割り込めたのは……」
そう言いながら、隆也はユウヤの手元にある刀を見た。
「そのあたりの事情は、後で構わないだろう……疑うのは当然だが、事実として俺はお前たちを捕捉し、ここまで導いた」
「……納得しがたいが、一理はあるな」
クリスカは、躊躇いがちに頷き、ユウヤは小さく唸った。
レーダーから逃れるステルス性能に加えて、ステルスを破ることができる何らかの索敵能力。どちらが欠けても自分たちのもとに辿り着くのは難しい筈で、それらの装備は簡単に揃えられるものではないはずだ。
だからこそ、有り得ない──という思いが払拭できないでいる。だが、それだけの装備を揃えられる上に、目的がクリスカやイーニァの排除だというのなら、わざわざ小屋に誘導するなど迂遠に過ぎるというのも事実だ。
まとまらない思考のまま、ユウヤは隆也を見据えた。
「……ユウヤ」
すぐ隣から呼びかける声さえ、小さかった。ユウヤはぐっと目を閉じて、深呼吸をするように大きく息を吐き出した。
「そう……だよな。殺すつもりなら、機会はいくらでもあった」
意を決して、ケースの中身へと手を伸ばす。そして使い方を聞くと、クリスカに向けて頷いた。
「悪い、クリスカ、イーニァ」
「いや……ユウヤが信じると決めたんだ」
「うん。わたしも、あのひとが嘘をついてないっておもう。それに、マーティカを助けてくれたから……」
イーニァの言葉に、クリスカは不思議そうな顔をした。
「それは……さっきの戦いのことか?」
「ううん、マーティカがおしえてくれたの。きちがおそわれて、だから、マユにされなかったんだって……」
代わって問い掛けるユウヤに、イーニァは首を振って答えた。
「おそったのは、あなただよね?」
「そういうこと……」
隆也に向けて問い掛けるイーニァの声に、楸の声が重なった。
「だから〝4人目〟も生きている訳ね」
「……すまん」
溜息をついた楸が、説明を求めるユウヤに気が付いたらしく、再び大きな息を吐いてから簡潔に話をまとめた。
つまり、本来救出する予定であったのは、ユウヤ、クリスカ、イーニァの3人で、マーティカは含まれていなかった。が、隆也が独断でソ連軍基地襲撃に踏み切り、ユウヤが襲撃した直後の混乱に乗じてある施設を破壊した。その結果、マーティカもこうして助け出されることになったのだ……と。
さすがに、隆也の襲撃がなければマーティカは四肢を切断されて〝繭〟に、戦術機の一部に押し込められていただろうとは口にしなかったが、クリスカだけは己が辿ろうとした運命だけに、有り得たかもしれない未来を想像できた。
「……大丈夫だ、ユウヤ」
いくぶん警戒を緩めたクリスカが、ユウヤに頷いて見せる。
ユウヤも頷きを返すと、すぐに薬を取り出した。イーニァには薬を飲ませて、クリスカには指向性蛋白を投与する。
「…………どうだ?」
「あぁ……痛みが、軽くなっていく……ような…………」
「クリスカ?!」
倒れ込みそうになるクリスカを、ユウヤは慌てて抱きとめた。もしかしたら──との疑念が脳裏を掠めたが、やがて彼女が落ち着いた様子で呼吸を繰り返すのを見て、安堵の溜息を漏らした。
「眠った……みたいだな。これは、薬の副作用か?」
「いや……細胞崩壊の痛みが消えたのと、疲れからだろうな」
「そう……か」
絶え間なく続く痛みは、神経をすり減らすものだ。それでなくとも、クリスカは模擬戦が終わってから緊張の連続だったはずで、ここにきてようやく、安全に休めると身体が判断したのだろう。
ユウヤはふと、注射器の中身が空になっていることに気が付いた。
「マーティカは、大丈夫なのか?」
慌てて問い掛けると、隆也は不機嫌そうに言った。
「……連中に感謝するのは癪だがな。直前まで調整を受けていたのが幸いして、細胞崩壊の危険は当面ない。安全圏に脱出するまでの時間は充分にある」
「……そう、か」
それを聞いて、ユウヤも複雑な心境になった。サンダーク達に感謝などしたくもないが、奴らのおかげでマーティカも安全に連れ出すことができるのだ……何とも言い難い感情が渦巻いていた。
「まあ、それは措くとして……だ」
ここからが本題だと示す声色に、ユウヤは思考を切り替えた。
真っ直ぐにこちらを見据える視線に応えるように頷いて、ユウヤもあぐらをかいて座った。あくまでも互いの立場は対等なのだと、態度で示したつもりだった。
わずかな沈黙の後、隆也が静かに口を開いた。
「単刀直入に言うが、俺に協力して貰いたい。第4計画完遂のため……あるいは、発動される第5計画に対抗するために」
「……理由が、あるんだろうな?」
「結論から入ったほうが、誤解が生まれにくいだろう?」
しかしユウヤは、素直に頷けなかった。確かに、主題と目的が明確になっていれば、意図も伝わりやすくなるだろうが……ユウヤには決定的に情報が足りていない。その状況で要求を突きつけられても、簡単に首を縦に振れるわけがなかった。
だからこそ、ユウヤは直接答えずに情報交換を要求したし、それが分かっている隆也もごくあっさりと要求に応えた。
そうしてユウヤはサンダーク達の計画や、今回の脱走騒動に関する第4計画、そしてアメリカの意図について。それに加えてハイネマン達が動いていたことに関して、自分が把握している部分を端的に説明していった。
「…………まあ、大筋は間違っていないな」
「それじゃあ……やっぱり、アメリカは俺を嵌めたのか?」
「最初からそのつもり……という訳ではなかっただろうが、な。だが、ウェラーが語ったような明るい未来は、まず有り得ないな」
「それは……俺が日系人だからか」
「要因の1つにはなるが……それ以上に、お前の母親と、ハイネマンのせいだな」
「……どういう意味だ?」
「薄々感づいてはいるだろうが……ミラ・ブリッジスは優秀な戦術機開発者だ。画期的と言われた『F-14:トムキャット』の主要な構造を考案したのは、彼女だったらしい。だが、その技術はソ連に流れた……最重要機密といっていい情報が、だ。その上で、日本人との間に生まれた子供までいるとなれば……」
「……蛙の子は蛙。そう思われてるってことか」
「間違いなく、DIAとCIAはそう判断している。合衆国のためならば、汚れ仕事も厭わない奴らだからな」
「そう、か……」
ユウヤとて、合衆国陸軍の軍人として国家に尽くしてきた立場だ。にもかかわらず国家への忠誠心を疑われているというのは、なんとも腑に落ちないものがある。
「……しかし、お袋が『F-14』を……ある意味で、『Su-37』や『Su-47』の生みの親だったなんて、どんな皮肉だよ」
小さく溜息をついてから、ユウヤは新たな疑問を口にした。
「それじゃあ、ハイネマンが俺を推薦したのも?」
「そういうことだ。ハイネマン曰く『ミラだけが唯一僕についてこられた』らしいからな……テスト・パイロットとしての実力と、あとは血筋もあるか? とにかく、それだけじゃないが要因の1つではあるだろうな」
「……いろいろと、込み入った事情があるんだな」
溜息交じりに、ユウヤは呟いた。ただの軍人には理解しがたい裏の事情があると悟って、理解を放棄したらしい。
「ついでに言っておくと、『弐型』のフェイズ3はこっちの仕込みだ。目的は、お前達を無事に日本に逃がすためだ。もっとも、主な目的は──」
そう言いながら、隆也は意味ありげに視線をユウヤの背後、イーニァ達へと向けた。
「それは、どういう意味だ?」
「第4計画の要になる装置のため……それと、あわよくばアメリカの失敗兵器を活用するためだな」
いま説明できるのは後半の部分だけだが、と前置きをしてから、隆也はアメリカがHI-MAERF計画によって建造した戦略級航空機動要塞について、その兵器が持つ問題点を含めて説明した。
「──とまあ、あの欠陥兵器を運用するには高度な演算能力が……つまるところ、第6世代ESP能力者が必要って訳だ」
「……つまり、兵器活用のためにクリスカ達を利用したいってことか?」
それには頷けないと、ユウヤは隆也を睨みつけた。
「第4計画としては、な」
「……含みのある言い方だな」
「俺の立場で言うべきじゃないんだがな……第4計画は失敗するよ」
その言葉に、ユウヤは目を丸くした。
「第4計画の要になるある装置の研究が、袋小路に陥っている。そして、それが解決される見込みは少ない……このままいけば、まず間違いなく第4計画は中止され、第5計画に移行されるだろうな」
「まて……お前は、第4計画の諜報員なんだよな?」
第4計画の遂行のために動いている人間が、失敗するなどと断言してもいいのかと問い掛けるユウヤに、隆也は忌々し気に吐き捨てた。
「だから、だ。嫌でも大量の情報と接するからこそ、第4計画の失敗と、第5計画への移行が間近なのが分かるんだよ」
それを聞いて、ユウヤはふと思ったことを口にした。
「さっきお前は、第5計画に対抗するために力を貸せって言ってたよな……それは、どうしてなんだ? BETAに勝つ事だけを考えるなら、第4計画でなくてもいいはずだ。国の立場とか面子とか、そういう面での利益を除けば……」
すべてというのは虫が良すぎるにしても、G弾によってハイヴを壊滅させることができるのならば。無数のBETAが犇めく異形の要塞を攻略するには、兵士たちの膨大な血と肉を捧げても届くか分からない。
現実として明星作戦──日本帝国で実施された大規模なハイヴ攻略作戦もG弾の投入がなければ失敗に終わっていたのだから、噂に聞くG弾の〝環境汚染〟には目を瞑って、人命を考えるべきではないのか。
ユウヤの訴えには頷けるものもある。少なくとも、G弾の及ぼす影響のほどを正確に知らない人間の意見としては、傾聴に値するものだろう。
「効率だけを考えるなら、その選択も取れなくはないだろうな……だが、G弾には致命的過ぎる欠陥がある」
重々しく息を吐きながら、隆也はユウヤを見据えた。身体の芯から冷えるような、冷たく鋭い眼光だった。
「……欠陥、か。しかもその言い方だと、とんでもない何かがあるようだな?」
「それは──」
そう言いながら、隆也は楸に目配せを送る。
「──これを読めば、分かるわ」
やり取りを引き継ぐようにして、楸はユウヤにファイルを投げ渡した。
表題は──G弾による重力偏差の影響。眉をひそめたユウヤは、すぐにでもファイルを開いて収められたレポート用紙をめくり始めた。
その顔色は、次第に蒼白を通り越して真っ白に……最後にはファイルを取り落としながら、隆也と楸の顔を交互に見始めた。
「これ……は……」
「事実だ……BETA由来のグレイ11を利用した五次元に影響を及ぼす超兵器──その破壊力は、核でも果たせなかったモニュメント破壊を成し遂げた明星作戦で実証済みだが、問題はその副次効果だ」
いったん言葉を切って、深呼吸を挟む。隆也をして、喉が渇く感覚に襲われるほどの、凄惨な副次効果がある。
「……五次元にすら干渉する破壊力は、爆心地を中心とした影響範囲内を半永久的な重力異常地帯に変貌させる。そして、その地域において植生は壊滅し、現実に横浜基地周辺の植生は回復しないままだ」
レポートに書かれた内容を捕捉するような横浜の惨状を聞いて、ユウヤは顔を歪めた。
「そして、オルタネイティヴ5の根幹は、地球脱出と最終決戦だ。生き残った人類から優秀な……何をもって優秀とするかは知らんが、とにかく10万人ばかりを脱出させて、残された戦力を糾合して地球上のハイヴに一斉に攻撃を仕掛ける……」
その最終決戦の通称がバビロン作戦と呼ばれており、その骨子はアメリカが開発、保有するG弾の全力投入にあると隆也は語り、
「結局のところ、BETAに負けを認めて、最後に一泡吹かせてやろうってことだ。どうせ地球を明け渡すなら、滅茶苦茶に壊してもかまわないだろうって、な」
最後に、人を馬鹿にしてやがる、と吐き捨てた。
「…………その、バビロン作戦が実施されたら?」
「大規模な重力異常が発生して地球規模での大災害が発生……想定されるところでは、海水の大移動によるユーラシア大陸の水没と、南半球の大気の喪失による人類の生存可能域の激減といったところね」
楸の冷厳な声色は、語られた内容により絶望感を添えていた。
「……第4計画は、まだ進行中なんだよな? 第5計画に移るにしても、時間があるとは思うんだが」
「いや、タイムリミットはあと2ヶ月ほどだ。それまでに成果を出せなければ、第4計画は中止になる……そして、求められる成果が何かは分かるよな?」
「ハイヴ攻略か、それに類するもの、だよな?」
「そうだ。日本帝国に基地を置く身としては、直近の佐渡島攻略を狙うべきだろうが、現有戦力ではほとんど不可能だ」
「だから、クリスカ達の力が必要になるってことか……だが、全部が終わった後に口封じされないって証拠はあるのか?」
「保証はできかねるが……香月博士は合理主義だからな。保身のために使える戦力を無駄に潰すようなことはしない。それと、あの人は結構義理堅いからな、期待通りの成果を上げれば、何かと便宜を図ってもらえる」
「そうね。斯衛と……武家と敵対している隆也や私を計画に参加させるなんて、常人にはできない判断を下せるくらいには、合理的な人よ」
いきなり飛び込んできた理解しがたい情報に、ユウヤは少しばかり頭痛を覚えた。
斯衛に敵対している……というのは、日本という国と敵対しているのに近い。だというのに、日本国内に本拠地を置く第4計画に参加させている?
どんな度胸だよ、と突っ込みたい気分だが、アメリカが誇る諜報組織をして二の足を踏む隆也と、直感的にそれに近しい実力だと判断できる楸を味方にできることを考えれば、安い取引なのかもしれない。
それほどに合理的だというなら、確かに十分な成果を示すことさえできれば、無下に扱われることはないかもしれない。
「つまり、正しい意味での協力者ってことでいいんだよな?」
互いに利益をもたらすことでの協力──ユウヤたちは第4計画に協力することによって、クリスカ達の延命の手段を得ることができ、第4計画の方も自分たちの計画を遂行するための手段を得ることができる。
しくじった場合のリスクは大きいが、ここで隆也の提案を蹴ってアメリカに亡命したところで明るい未来が訪れないのも明らかだろう。
隆也が頷くのを確認して、ユウヤは振り返った。
「……悪い、イーニァ。俺より、お前たちの負担の方が大きいと思う」
「ううん。わかってるよ、ユウヤ。それに……ほかにいくところもないんだよね」
「そうだな……おい、わかってるよな?」
イーニァの頭を撫でてから、ユウヤは視線を隆也に戻した。
「彼女たちの体調は万全に──だろう。それだけは、俺たちの方で保証する。香月博士にも手を回してもらうから、安心しろ」
「……助かる」
それから、しばらく。ユウヤは日本に脱出するまでのルートと予定を聞き終わった後、休息を取っていた。
──やがて、クリスカが目を覚ました頃。
「そういえば、いろいろと聞いておきたいことがあった」
「ああ。俺の話せる範囲でよければ、答えてやれる」
「そうか……それじゃあ、聞きたいことは4つだ。ステルスをどうやって開発したのか、俺たちの位置をどうやって掴んだのか、どうしてハイネマンの協力を取り付けることができたのかと……俺の父親の話だ」
「……欲張りだな」
「まあ、な。けど、お前なら答えを持ってるんだろ……さっきまでの話を聞いた限りじゃ、俺に関することは大体把握してそうだしな。それに、頼りになる人脈は使ってこそ価値があるって、どこかで聞いたんでな」
「確かに、な。どの道説明するつもりだったし、丁度いいか……まず言っておくと、お前の疑問は全部繋がっている」
そう言いながら、隆也はユウヤの持つ日本刀を指さした。
「まず、位置が分かった理由だが……その日本刀に仕込まれている発信器の信号を追いかけてきたからだ」
「……これに? まさか、唯依が仕込んで……いや、違うか」
「普通の日本刀には、そんなものは仕込まれない。だが、その刀は別だ……緋焔白霊。篁家の当主が代々受け継いできた名刀で、篁家の当主の証だ。そして、当主の証たる刀には、特殊な信号を発する仕掛けが施されている」
その信号を拾えるのは、斯衛の機体だけだが、と付け加えた隆也と手元の刀を見比べて、ユウヤは顔を蒼褪めさせた。
「これ、そんなに大事なものだったのかよ……」
もしそれが本当なら、それを奪われてしまった唯依の立場はどうなるのか。ユウヤが引きつった顔で問い掛けると、隆也は苦笑いを浮かべた。
「それはもう、酷いことになるだろうな……当主を下ろされるかもしれないし、なんなら篁家は取り潰しになるかも」
「いや……本当、なのかよ?」
「まあ、気にするな。どうせ、唯依も後悔したりはしないだろうし」
「そんな訳ねぇだろっ! くそっ、どうにかして返さねえと……って」
ユウヤは慌てながらも、隆也の言葉を反芻して首を傾げた。どうして、当主の証を自分に渡して後悔しないのか、理屈が分からない。
「さて、疑問の2つ目だが……お前は、自分の名前の由来を知っているか?」
「いきなり、なんだよ……?」
それどころじゃないのに、と言わんばかりのユウヤを無視して、隆也は楸から受け取った手帳に縦書きで〝祐弥〟と書き記した。
「お前の名前を漢字で書くとこうなる。そして、この名前に込められた願いは、あまねくを助ける──多くの人を助けられるような人になって欲しいだそうだ」
「……お袋が、そんなことを」
「そして、唯依って文字はこう書く」
隆也は再び手帳にペンを走らせ、祐弥の文字の隣に〝唯依〟の文字を書き込んだ。
「へえ、そう書くのか……」
「込められた意味は、おそらくだが〝自らによって立つ〟ってところだろう。いかにも武家らしい名前だと思うよ」
「へえ……」
感心しているユウヤを見ながら、隆也は少し躊躇ったようにしながら、手帳に新しい漢字を──〝篁〟の字を書き込んだ。
「それは、なんて読むんだ?」
「タカムラ……唯依の姓で、家名とも言う」
「やっぱ、漢字ってのは難しいな」
「はは……それで、だな」
隆也はふう、と溜息をつきながらページをめくり3つの漢字を書きなおした。そしてペン先が紙を離れた時、手帳には〝篁祐唯〟の文字が残されていた。
「これで、タカムラ・マサタダ──そう読める」
「────え?」
ユウヤの口から、間の抜けた声が漏れた。
その名前は、唯依から聞いたことがあった。日本製戦術機の代名詞である74式長刀を含めた上での、戦術機のバランスを整えたという、天才的な日本人戦術機開発者の名前であり、唯依の父親の名前。
早鐘を打つ心臓を押さえつけるように胸を押さえて、ユウヤは目をしばたかせる。緊張から滲みだしてきた唾を飲み下しながら、尋ねた。
「つまり、俺の父親は──」
「篁祐唯……曙計画でハイネマンと、ミラ・ブリッジスが担当していた班の班長を務めていた男で、唯依の実の父親だ」
「…………っ!!」
喉奥から湧き上がってきた叫び声を、ユウヤは口元を押さえて強引に封じ込めた。自分の父親が、天才と呼ばれた戦術機開発者で、唯依と自分は腹違いの兄妹……否定しようと材料を探すが、むしろ裏付ける材料ばかりが脳裏に浮かんだ。
「唯依は……唯依は、その事を──」
「いや、知らなかった。知ったのは、例の狙撃事件の後、フェイズ3への換装のあたりだな。教えたのは、ハイネマンだ」
「なんでっ、ハイネマンから聞くんだよ!」
「篁祐唯は、お前の存在を知らなかったからだ。そのあたりの事情を知っているのは、俺や楸のような例外を除けば、斯衛や城内省でも一部の人間の他には、上司だったハイネマンと、同じ班に所属していた巌谷榮二って男だけが、それとなく事情を察していたらしい」
「それじゃあ、親父には──!」
「最後まで、伝えられていない……何も知らないまま、横浜で死んだ」
ユウヤは、行き場のない怒りを抑えるように唇を噛んだ。本人に伝えられていなかったというのは、想像した通りだった。それでも、素直に喜べるようなことではない。
それでも、ミラの無事を願って国際問題になりかねないレベルまで捜索をした……という当時の話を聞かされたユウヤは、幾分の落ち着きを取り戻した。
しばらくの沈黙の後、クリスカが小さく呟いた。
「ユウヤは、父君に似ているのだな」
「──っ、どういう意味だ?」
「戦術機開発の才能もそうだが……誰かのために、立場を顧みずに行動できる。立場を考えれば、取るべきでない行動でも躊躇なく。それが良いものか、悪いものかは分からないが……ユウヤの、母君の気持ちは分かるんだ」
「……そう、か」
「ああ。ユウヤが常識人だったら、私は今頃あの施設の中で、苦しみながら死んでいた……だから」
「──クリスカ」
ユウヤはクリスカの方を向いて、彼女の手を力強く握った。そしてクリスカは、驚きながらもその手を握り返した。
「……悪い、少しは落ち着けたよ。それにしても、唯依が俺の妹……か」
「別に悪くはないだろ……唯依が妹だぜ?」
「ああ……まあ、出来過ぎる妹で兄貴の立場もないけどな……お前には、兄弟とか──」
「残念ながら、肉親は1人も生きちゃいないよ」
「──すまねえ」
「気にするな……で、残りの話だな」
頭を下げるユウヤに、隆也はなんでもないといった調子で話題を変えた。
「ハイネマンの事か? 結構なリスクを背負わせることになるのに、協力を得られたってところが腑に落ちないんだが……弱みでも握ったのか?」
「そんなところだな……」
「ハイネマンの弱点、か……家族か、昔の女ってところか?」
「遠からず──だな。俺たちが動いた理由でもあるし、ステルスにも関わってくる」
ハイネマンと関係があり、ステルスの開発にも携わっている──その上で、第4計画の諜報員を動かせる人間……どんな化物だよ。
「俺に救出を依頼してきたのは、ある女性だ……お前も、よく知っている、な」
「はあ? 俺は国外に女の知り合いなんて居ねえぞ」
「知り合いじゃないんだが……」
言い難そうにしながら、隆也は1枚の写真を取り出した。
「これが、依頼者の写真だ」
差し出された写真を受け取ったユウヤは、まじまじと眺めた。
「……日本人じゃないな。衛士でもない……技術者か。欧米系の顔つきで、金髪……ええと、大体30代くらいか…………え…………?」
気が付いたらしいユウヤは、石像のように身を固くした。その様子を、イーニァとクリスカは黙って見つめていた。その理由は、ユウヤから発せられる感情の輝きだった。怒りとも喜びとも知れない強烈な光が、内面に渦巻いていた。
しばらくの沈黙の後、ユウヤが隆也を見据えた。
「──冗談や悪戯の類じゃないぞ」
その口が開かれかけた時、機先を制するように隆也が言った。
「お前らの救出を依頼したのは、ミラ・ブリッジス……俺の『試製98式』の改修を担当した技術者で、いまは遠田技研の戦術機開発部に国連から出向した技術士官……そういう体裁を整えて保護している」
クリスカとイーニァが驚いてユウヤを見る。彼女らの視線を背中に受けながら、ユウヤは頭を抱えた。
「どういう…………ことだよ…………どうして、生きて…………」
理解は追いつかず、喜びと困惑がごちゃ混ぜになって思考もまとまらない。目を回さんばかりのユウヤに、隆也は端的に事実を伝えた。
「非公式に日本に亡命──というか、第4計画に協力している」
「……亡命……?」
「複雑怪奇な事情があって、な」
ユウヤは、混乱する頭でどうにか思考を回し続けた。事情があったとして、関わってくる勢力はどこか……しばらくの黙考の後、ふと思い出した。母が亡くなったと聞かされたのは何年の何月であったかを。
「日米安保が破棄された、数日後だ……」
「ミラさんが亡くなったとされる日だな……さて、裏の事情になるが──彼女は、CIAとDIA、それにブリッジス家、ついでに日本の有力者……とにかく、いろいろな派閥から接触されていた。目的は分かるだろうが、当時の日米関係に関することだ」
CIAは、日本撤退を見越しての行動だった。安保条約の一方的な破棄による撤退は、極東の同盟国を見捨てたに等しい……国内の反発は必至であり、民意が政治を左右するアメリカにとって致命傷になりかねない。
だからこそ、国民の眼を逸らすための策を巡らせた。日本人の男性、それも武家の人間が、アメリカでも名門であるブリッジス家の女子を──そうした報道が流れれば、一部の層からは撤退に好意的な反応を得られる。世間的なイメージを考えれば、そうした報道が流れれば、女性は被害者と見られる向きがある……腹立たしいが、ある意味では有効な策だと認めざるを得ない。
DIAはその逆……日本との友好を示すための美談として報道するべく、彼女に協力を求めていた。日本がBETAの侵攻を跳ねのけ、持ち堪えたとして、国内にハイヴが残された場合を考えたのだろう。時期としては第4計画が始動した直後である。CIAほどには過激ではないDIAは保険として、ミラ・ブリッジスと篁家の当主との関係を、日米友好の証として、時期を見て報道するつもりだった。
ブリッジス家としては、ミラが邪魔になり始めていた。感情的には守りたいところだったろうが……祖父によるCIAとDIAに対するミラへの追及阻止の行動は、かなりの痛手となっていたのだ。それこそ、ブリッジス家に関係がある政治派閥にまで影響が出てしまうほどに。そして、辣腕で知られた祖父はすでに亡く、ブリッジス家の中では発言力の弱かった次男が、密かにCIAに接触していた。
そして日本の有力家だが、こちらはブリッジス家との繋がりを求めたが、日本人らしい政治センスの欠落から、さして影響のない動きであった。
「…………それでも、叔父は……お前がミラを殺したんだ……って」
「長男の方だな……お前の、祖父と同じく、妹を愛していたんだろうな。だが、個人の感情でブリッジス家を追い込むわけにはいかない以上は……」
「だから、俺が全部悪いって……そういうことにして、ブリッジス家を……?」
「まあ、そこら辺は日本の武家と同じ……名家の宿命ってやつだな」
欧州貴族にも通ずるところがあるが、名家と呼ばれる名門にとってのなによりもの不名誉は家を潰すことだ。新興国家に分類されるアメリカでそうした貴族的思考があるかは分からないが、ブリッジス家が潰れた時の社会的な影響を考えれば、そうした判断ができなかっただろうことは容易に想像できる。
「それと、お前にとっては辛いだろうが……CIAとDIAは入隊直後のお前に接触して、彼女に対する脅迫材料にしようとしていた」
ユウヤがまだダンバー准将と出会う前のこと……何の功績もない、ただの訓練兵でしかなかったユウヤなど、上官のさじ加減でどうとでもできる。
「逃亡される訳にもいかないからな、彼女は監禁されていた。だから、祐唯がどれだけ探しても痕跡1つも見つからなかった訳だが……とにかく、どうしようもないと思ったミラさんは、自殺しようとした」
「なっ…………!」
「CIAとDIAには、国民の1人を利用とした挙句に死なせてしまったという負い目を……それも、自死の禁じられているキリスト教徒を、だ。そうすることで、どちらに対しても無視のできない〝貸し〟を作ることができる。ブリッジス家に対しても、CIAやDIAへの負い目の払拭を……そして何より、ユウヤと篁家にも追及の手は及ばなくなる」
「…………それ、は!」
ユウヤは掠れた声で叫んで、うつむいた。感情の上ではどうあれ、軍人としての冷静な思考ではそれが最善だと思えてしまう。
「城内省の一部勢力からも、そういう方面で動きがあった……ミラさんは、自殺することによって複数の勢力が絡み合いながらも、誰もが手出しできなくなる状況を作り上げようとした……いやはや、恐ろしい女だよ」
渦中にある当の本人が自殺する──その上で追及の手を強めることはできない。リスクが跳ね上がるからだ。下手をすれば他の勢力の責任までも被せられて、洒落にならない事態にまでなりかねない。
「……話は分かった。分かりたくはないが、有り得ることだってのは想像できる。それでも、お袋が亡命できた理由にはならない」
アメリカだけではなく、日本の中にも敵対勢力は居たはずだ。だというのに、いったいどうして亡命できたというのだろうか?
「それは、また別勢力の諜報部が動いたからだ。日本から撤退しようとしているアメリカの動きを探っていた帝国情報省外務2課の課長、鎧衣左近に、俺たちも動いた」
意味ありげに笑う隆也に、楸が深々と溜息をついた。その様子から、かなり派手に動いたらしいと悟って、ユウヤは苦笑した。
「CIAのやり方を嫌っていた議員に、組織。大統領に反発していたマフィアと、故郷を核で破壊されたカナダ出身の有力者……それらを巻き込んだうえで、ミラ・ブリッジスが自殺したと偽装した」
ユウヤは説明を聞きながら、当時を思い出して頷いた。確かに、母の死を聞かされる前の数日間に、いろいろな事件が起こっていた。
「でも、そんなことが可能なのかよ? いくらお前達が優秀な諜報員だって言っても、限度があるだろ」
「運が良かったと言えばそれだけだが……左近は情報省でも最優秀といっていい諜報員だし、横浜──第4計画の諜報部にも余力があった。何より、当時の俺は斯衛に籍を置いていたからな……城内省の動きも分かっていたし、五摂家の当主の協力も得られた。いろいろ吹っ掛けられたが、まあいいさ」
なるほどと、ユウヤは頷いた。日本の情報部に武家のトップ、さらには第4計画……これ以上ないほど豪華なキャスティングだ。事実上、日本という国が全力でミラ・ブリッジスを救出しようとしたに等しい。
CIAとDIA、それにブリッジス家が足の引っ張り合いをしているところを狙えば、隠し通すことも可能かもしれない。
「確かに、いろいろと納得できる所はある。死体を見せてもらえなかったことにも説明が付く。だが、ハイネマンはそれを信じたのか?」
「でなきゃ、協力して貰えなかったさ……」
「そうか……そう、か……」
繰り返し呟いているユウヤに、隆也はついでとばかりにこの先の展望を伝えた。
『不知火・弐型』の改修は、遠田技研が引き継ぐことになる。ユウヤも、遠田技研の戦術機開発部に横浜基地から出向して、ミラと『弐型』の改修に携わることになる。クリスカやイーニァはしばらく横浜基地で治療を受ける必要があるが、その後は彼女たちの意志に任せることになる、と。
「お袋と……けど、いいのかよ?」
「優秀な衛士も大事だが、それ以上に優れた戦術機がこの先必要になってくる──まあ、本当に余裕がなくなったら呼び戻すつもりでいるけどな」
「それまでは、開発に全力を尽くせってことか」
「ああ。テスト・パイロットとして優秀なのは、ユーコンで見ていて明らかだしな。お前になら、安心して任せられる」
隆也がそう言うと、ユウヤは照れくさそうに頭を掻いた。
「……そういえば、最後に1ついいか?」
「なんだ?」
「お袋のこととか、唯依のこととか……どうして、俺の協力がどうとか、そういう話をする前に伝えなかったんだ?」
母に再開したければ協力しろ、真実を知りたければ協力しろ──と、そうして協力を迫ることもできたはずだ。本当に協力が必要ならば、そうして手段を取ってもよかったはずなのに、どうして。
「考えなくもなかったが……この先は、地獄への片道切符だからな。自分の意志も覚悟もない人間は、どれだけ優秀でも邪魔なだけだ」
「…………なるほど、な。欲しいのは命令に従うだけの駒じゃなく、状況を判断できる指し手ってことか」
そうして、ユウヤは深呼吸を。
「────俺は、俺の欲しいものを取りに行く。クリスカ達が得られるはずだったものも、全部だ……遠慮なんかしねえ、誰を利用しても」
「いい顔だな」
ユウヤの決意を聞いて、隆也は不敵に笑って手を差し出した。一瞬面食らったユウヤだったが、すぐにその意味を悟って、差し出された手を握った。
「それじゃあ、改めて──敷島隆也だ。こき使ってやるつもりでいるから、せいぜい頑張れよ、戦友」
「ユウヤ・ブリッジスだ──お互いに、だろ。戦友」