異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第6話 佐渡島の死闘

『──隊長、あとは頼みます……』

 穏やかな声だった。

 雑音交じりの通信機がその声を吐き出した直後に、巨大な爆発音と衝撃波が、左後方から機体を襲った。

 広域データリンクはすでに機能しておらず、他部隊との中距離通信はもちろんのこと、司令部との長距離通信も死んでいる。

 機能しているのは、部隊内で使用される短波通信のみであった。

 それは、ここがハイヴの中であるからか、あるいはこれまでの戦闘で通信機に異常が発生しているのか、それは判断できないし、悠長に思考を回しているほどの余裕がないことも確かであった。

「──ああ、任せておけ」

 すでに聞こえぬと知りながら、それでも返事をして機体を前に出す。

 蒼炎を曳いてBETAの群れに躍り込んだ鉄騎は、両手に携えた74式長刀を振るってBETAの群れを文字通り粉砕した。

 見慣れた光景であるにもかかわらず、それでも周囲で戦う衛士達はその光景に苦笑いを浮かべる他になかった。

 常識外れの光景を視界の端に移しながら、しかし的確にBETAを処理していく手腕を見れば、彼らとて一流と評価されてしかるべき衛士だと分かる。

 事実、大陸で初陣を迎えたというものも少なくはなかった。それでなくとも、日本本土での激戦──京都防衛戦の敗走から始まる関東の戦い、屈辱の明星作戦。そして、試練の出雲奪還作戦を生き抜いた猛者たちが犇めいている。

 過去の経歴の一切を除くとしても、創設されて以降、十死零生とも囁かれる激戦地ばかりに送り込まれてきた国連軍総司令部直属・特殊作戦任務群にあって、ここまで生き残っているという事実それ自体が、彼らの技量の高さを証明していた。

 すでに、前衛、中衛、後衛といった陣形は崩壊し、各機は単独で、あるいは即席の分隊でBETAの群れと対峙する事態に陥っている。

 これは、一般の戦術機部隊であれば致命的な事態だった。

 一般の部隊では、高度な連携を取り得るのは同じ部隊の中でも、同一中隊、あるいは小隊に限られるのが常だ。だが、特殊作戦群に所属する衛士達は、長く同じ部隊で戦ってきた経験を持ち、例外なく高い技量を持ち合わせている。

 さすがに別戦隊(大隊)の衛士と即席の連携ができるかは疑問が残るが、同一戦隊の中であれば互いの癖を肌で覚えているだけに、高度かつ柔軟な連携が可能であった。

 ──国連軍最高峰の精鋭部隊。

 ──所属する衛士は、全員が教官を務められる。

 それらの評価が誇張であっても、虚構ではないと示すかのように、特殊作戦群・第2遊撃戦隊は押し寄せるBETAの群れを屠り続けていた。

 しかし、どれだけ奮戦を続けようとも、相手は無尽蔵に戦力を増強できるのに対し、こちらは消耗すればそれまでだ……事実、先に1機が戦車級の只中で自決して以降、旗色は一気に悪くなっていた。

 その状況下にあって、BETA側に傾こうとする天秤を押しとどめている要因こそは、第2遊撃戦隊の双璧たる年若い隊長と、副隊長のコンビであった。

 BETAの只中へと飛び込んでいった灰白色の鉄騎は、両手に構えられた長刀を縦横に振るい、腕部、脚部に装備されたカーボン・エッジ装甲を駆使して、突撃級を斬り伏せ、要撃級を両断し、無数と表現する他ない戦車級の群れを薙ぎ払っていく。

 恐れるべきは、長刀の一閃──突撃級の前面装甲殻、要撃級の前腕衝角は、モース硬度15以上(ダイヤモンドのモース硬度は10)を誇る鉄壁の装甲であるにもかかわらず、正面から装甲殻を叩き割り、衝角を諸共に斬り飛ばして見せた。

 それを可能とする技量もまた想像を絶するが、扱いの難しいカーボン・エッジ装甲を、しかも機体の所作に合わせて活用し、ついでとばかりに戦車級を肉塊に切り刻むなど、尋常なことではない。

 そもそも、BETAの只中に突っ込むという行為自体が正気の沙汰ではないのだ。無論、必要に迫られる場合は多くある。代表的なものが光線級吶喊──BETA群の最後尾に位置する最大の脅威対象を殲滅するための突撃だ。

 しかし、光線級吶喊が目的とするのは光線級の殲滅であって、BETAの群れと正面切って戦うことではない。だから、前衛のBETAとの交戦は最小限にとどめ、速度を生かして高速突破するのが常だ。

 何故ならば、BETAの只中で一瞬でも足を止めてしまえば、群がってくるBETAの物量の前に圧倒されて、押し潰されてしまうからだ。しかも、ハイヴのような閉鎖空間ともなれば、なおさらのはずだった。

 しかし、灰白色の装甲に身を包み、山吹の差し色を添えられた機体──『00式戦術歩行戦闘機・決戦改修型:羅刹』は、押し寄せる異形の怪物を、自らも血に塗れながら蹂躙し続けていた。

 帝国斯衛軍が誇る戦術機──『00式戦術歩行戦闘機:武御雷』は、1998年の京都防衛戦で試作機が初陣を飾って以来、およそ2年に及ぶ実践運用を経て正式採用されるに至っていた。

 集積された実践運用データをもとにして改修が続けられてきた結果、完成した『武御雷』は極めて高い機動性能と運動性能を兼ね備え、さらには一定の操縦性能を持ち合わせた傑作機として広く知られることになる。

 その改修機にあたる『羅刹』は、かつて『山吹の修羅』と称えられ、斯衛最強とも謳われた衛士が、出雲奪還作戦で果てるまでに残した戦闘データを基にして、操縦性を犠牲にさらなる機動性と運動性を追求した、いわばハイヴ攻略決戦機であった。

 もともと『武御雷』がハイヴ攻略戦への投入を目指して建造されただけに〝決戦機〟を呼号される『羅刹』の機体性能は並外れたものであった。

 改修にあたっては、親藩武家や譜代武家に与えられる『武御雷F型』をベースとしながらも、彼の衛士の戦闘データを基にして改設計が行われており、前腕部に内蔵されていた00式近接格闘短刀や、一部カーボン・エッジ装甲のオミットと、フレーム強度及び動力系の強化が行われている。

 このため、基礎性能は五摂家当主が運用する『武御雷R型』を凌ぎ、将軍専用機にも比肩すると言われるほどの高性能機となったが、一方で操縦性の劣悪さを語るには、相応の責任感と鍛錬によって裏打ちされた武を持つ五摂家の当主と傍付武家の全員が使いこなすことを諦めたと言えば、どれほどのものかが伝わるだろう。

 誰も扱えるものがいないために死蔵されていた『羅刹』であったが、欧州の戦いから帰還した特殊作戦群・第2遊撃戦隊との取引の際に、戦闘データの引き渡し及び新型OS提供の対価として提供されることになり、結果的に本来乗るべき人間のもとへと送り込まれることになったのであった。

 なお、気を効かせた五摂家の当主の1人が、機体色を彼の人物のパーソナルカラーと認識されている灰白色に塗装させ、山吹色の差し色を入れさせて、傍付の副官から苦笑いをされていたらしいが、定かではない。

 ともあれ『羅刹』は、機体性能だけならば、世界でも最高峰の機体だと断言できよう。しかし、それだけでBETAの群れの只中で生き残るなどということは不可能だ。むしろ、重要になるのは衛士の技量──『羅刹』において特筆するべきは、むしろ衛士の操縦に追随できる点であろう。

 それほどに、敷島隆也の〝戦闘〟は、異質であった。

 ──機体を動かし続けることによって視界を全周に配り、死角を潰すと同時に自らに迫る脅威対象を正確に認識する。そこから、より危険度の高い脅威対象を優先して処理し続けることで、BETAを蹂躙すらして見せる。

 1つでも見誤れば、即座に必死に手が掛かる綱渡りに等しい戦闘である。

 それを支えるのは、死線に身を置き続けたがゆえに身に付いた危機認識能力と、諜報・工作活動の棟梁たる敷島家の当主となるべく叩き込まれた技術……そして、歴戦によって培われてきた衛士としての技量に至るまでのすべてだ。

 いずれかでも欠けてしまえば、成立し得ない常識外れの戦闘機動は、歴戦の衛士であっても模倣など不可能で、なるほど化物と評されてしかるべきだった。

 だが、その化物をして、無尽蔵に増え続けるBETAの群れを押さえ続けるのは容易なことではなかった。

「減らねぇ……なぁ!」

 戦闘の手を緩めることなくBETAを潰して回りながら、さしもの隆也をして愚痴っぽい声が漏れた。

「まだ、余裕がありそうね」

 皮肉っぽい声が通信機から聞こえた刹那、周囲のBETAが弾け飛んだ。

 120ミリ弾か──BETAを吹き飛ばしたものの正体を悟ると同時に、鮮やかな空色に塗装された機体が、左手に携えた長刀を、そして全身を覆うカーボン・エッジ装甲を駆使して、後背から迫る戦車級の群れを斬り刻んだ。

「──楸ッ!」

「そろそろ、限界よ」

 努めて冷静な声色で言いながら、第2遊撃戦隊副隊長を務める九條楸は、『羅刹』と背中を合わせるようにして機体を動かした。

 両手に長刀を構える隆也とは異なり、楸は長刀と突撃砲をそれぞれ装備するバランスの取れた戦闘スタイルを好んでいる。というよりも、戦術機における戦闘マニュアルでは、突撃砲による面制圧を基本戦術に定めており、近接戦闘長刀は、接近を許した場合の迎撃手段と規定しているのだ。

 もちろん、楸が駆る『00式戦術歩行戦闘機:武御雷R型』のように近接格闘戦を重視して設計された戦術機も存在するので、悪手という訳では無論ないのだが、それでも、近接戦闘を軸に戦闘を組み立てる隆也のような衛士は異質だろう。

 もっとも、戦闘スタイルこそ一般的と評価できる楸にしたところで、やはり怪物と称されるに足る技量の持ち主であるのだが……。

 そもそも、BETAの只中で暴れまわるなどという規格外の技量を持った隆也と連携を取れるというだけで、楸の技量の高さを示すには充分すぎるが、縦横無尽に機体を振り回しながら放たれる突撃砲の精度こそ、特筆するべきであろう。

 放たれた突撃砲弾は、頑健な要撃級の前腕衝角をすり抜けるように頭部を撃砕し、36ミリ弾など歯牙にもかけないはずの突撃級すらも、いつの間にか障害物となって転がっている。

 戦術機が突撃級の前面装甲殻を破るには、英国が開発した〝要塞級殺し〟とも呼ばれる大剣型近接格闘長刀を持ち出すか、120ミリ滑空砲を使う必要がある。

 しかし、フォートスレイヤー大剣は重量ゆえに取り回しに難があり、しかも英国でもすでに生産が打ち切られた兵装である。

 対して、120ミリ滑空砲は突撃砲に標準装備されており、戦術機が基本的に運用可能な兵器としては絶大なものがあるが、装備弾数は少ない。補給を受けられないハイヴ内での戦闘では、なるべく温存したいところだ。

 戦術教本でも推奨されているが、突撃級に対しては側面や後背に回り込むことで、36ミリ弾でも簡単に撃破することが可能だ。

 しかし、乱戦の渦中ではこれも難しい。そのため、楸はハイヴの床面へと36ミリ弾を撃ち込み、跳弾を駆使して、装甲殻の守る二股の頭部を撃ち抜いているのだった。

 歴戦の衛士をして模倣などしようとも思わない絶技を駆使しながら、隆也と楸はBETAを蹂躙し続けるが、それでも防衛線は後退する一方だった。

『──隊長ッ! 戦車級の一部が広間を突破しました!!』

 悲鳴にも近い通信に、隆也は舌打ちして答える。

「サジタリウス1より全機へ。防衛線を敷きなおす! S-11の起爆後、戦車級を排除しつつ広間58に集結しろ!」

『『『了解!!』』』

『葛西ッ!』

『──最後の1発です!』

 楸の呼びかけに、S-11爆弾を残していた葛西榛名大尉が応え、時限装置を起動した虎の子の爆弾を放り投げる。

 殿を務める隆也と楸が横坑に飛び込んだ直後、後方から衝撃が襲った。

「各隊、状況を報告せよ!」

 それに構うことなく、隆也は通信機に怒鳴る。

『サジタリウス2より──サジタリウス7及び9、撃墜』

 雑音交じりの通信機から、楸がまず報告を上げる。

『ジェミニ1よりサジタリウス1──3機やられました』

『バルゴ2より──バルゴ1以下、バルゴ5、8、12……撃墜』

 次いで各中隊の指揮官と最先任から、被害状況が伝えられた。

「……了解した」

 努めて冷静を装いながら、隆也は湧き上がるような苛立ちを押し殺した。

 物量をこそ最大の武器とするBETAに対して、足を止めての潰し合いなど愚の骨頂……下策中の下策だ。

 ハイヴ攻略を成し遂げるためには、最深部に位置する反応炉を制圧する他にない。ゆえに、突入部隊はハイヴ内を埋め尽くすBETAを最低限度撃破しつつ、最深部に向かって一直線に突撃するのが鉄則である。

 しかし、隆也が率いる第2遊撃戦隊は、その定石と真っ向から対立するようにして、広間と呼ばれる開けた場所で、BETAの群れを迎え撃っていた。

『総隊長たちは、大丈夫でしょうか……』

 誰かの呟きが、電波に乗って流れた。

『……大丈夫だ。あの人たちが、簡単に死ぬかよ』

『むしろ、こっちよりも元気かもしれないぜ』

(そうであって欲しいものだが……)

 周囲への警戒はそのままに、隆也は思考を巡らせる。

 ハイヴ突入後に分離した第1遊撃戦隊──特殊作戦群の総隊長を務めるギュンター・フォン・ワレンシュタイン大佐の直率部隊もまた、ホールに防衛線を敷いてBETAの大軍を迎え撃っているはずだ。

 純粋な衛士の技量で言えば、第1戦隊こそ特殊作戦群最強だろう。

 ワレンシュタイン大佐自身、パレオロゴス作戦に参加した経験を持ち、ユーラシア大陸撤退の屈辱も味わっている稀有な衛士であったし、直率する第1中隊に限ればだが、同様の戦歴を誇る猛者が揃っている。

 懸念があるとすれば──第1戦隊が多国籍部隊であるということだろう。

 そもそも、日本人だけで編成されている第2遊撃戦隊こそが異例というか異質になるのだが……ともあれ、第1戦隊の抱える不安材料は、多国籍部隊であるということ──ひいては、雑多な機種が入り混じっているということだった。

 第2遊撃戦隊が装備する戦術機は、日本帝国の新鋭である『02式戦術歩行戦闘機:不知火・弐型』によって固められていた。

 第2遊撃戦隊が日本本土に戻ったのは、およそ半年前のことだった。

 斯衛の協力者から、近いうちに佐渡島奪還作戦が発動される見込みだという情報を受け取ったための措置であったが、欧州や地中海で多くの戦力(人員はともかく機体の損耗は激しかった)を失ったことによる、機材補充のためでもあった。

 交渉に赴いた隆也に対して提示されたのは、『94式:不知火』の補充であった。いまもって帝国軍全軍にすら配備の終わっていない第3世代機を供与するというだけでも日本政府はかなり譲歩していた。

 しかし、日本本土への帰還は佐渡島奪還作戦を見据えたものであり、作戦に参加する場合、特殊作戦群がハイヴ突入部隊に選ばれる可能性は非常に高かった。そのため、隆也はより高性能な機体を求めたのである。

 技術流出を恐れる日本政府との交渉は紛糾したものの、最終的にはある事情から死蔵されていた『不知火・弐型』の初期ロット機が「日本人だけで編成されている第2遊撃戦隊への配属に限るならば」という条件で譲渡されたのだった。

 この背景には、京都防衛戦以来の協力者の暗躍もあったのだろうことは、同時に送られてきた『羅刹』と青の『武御雷』が物語っていたが……。

 ともあれ、第2遊撃戦隊は新鋭戦術機で装備を固めることができたが、第1遊撃戦隊では所属衛士の出身地が影響して、雑多な機種が入り混じっていた。

 ワレンシュタイン大佐が直接率いる第1中隊こそ、欧州連合が誇る第3世代戦術機『EF-2000:タイフーン』、フランスの主力機『ラファール』が集中配備されているが、第2、第3中隊への配備はごく一部……数の上での主力を占める米国出身衛士に与えられた機体は『F-15E:ストライク・イーグル』であった。

 いかに特殊作戦群の配備機が全機〝新概念OS〟を装備しているとはいっても、機体性能の面では第2戦隊が勝る。その第2戦隊をして9機を失ったのだ……衛士としての技量は遜色なく、一部では凌ぐとはいっても果たして……。

 それでも、広間内での迎撃戦という状況でなければ、第2戦隊がこれほどの損害を被ることもなく、第1戦隊を心配することもなかっただろう。

 とはいえ、特殊作戦群に与えられた任務は、ハイヴ突入部隊の一翼を担うとともに、陽動を担当することでもあったのだ。

 そもそも──甲21号作戦は日本帝国が主導する奪還作戦であり、国連軍に所属する彼らの部隊はいわば外様部隊であり、様々な思惑からハイヴ突入部隊に組み込まれこそしたものの、反応炉制圧は帝国軍から選抜された主力部隊が担っている。

 特殊作戦群に与えられた任務は、その主力部隊を無傷でハイヴに突入させることと、その後に現れる増援部隊を足止めすることであった。

 広間58に到着した第2戦隊は、第1戦隊との合同に備えつつ、機体状況のチェックとわずかばかりの休息を取っていた。

『──畜生! 連中は何をやってやがる!!」

『まったくだ。精鋭が揃っているんじゃなかったのか!?』

 通信機から飛び出す罵声に、隆也も苦笑する。

 確かに、突入部隊の主力を構成しているのは、日本帝国軍でも選りすぐりの衛士を揃えた帝都守備隊と、精強を誇る斯衛軍から、さらに精鋭を選抜したはずだ。

 しかもその主力部隊は、無傷でハイヴ突入を果たしている……特殊作戦群による突入路周辺のBETA制圧は十全に果たされ、突入部隊主力は戦闘らしい戦闘を行うことなく、突入路に侵入していた。

 にもかかわらず、彼らはいまだに反応炉制圧を成し遂げてはいない……相当な苦戦を強いられていることは、ここに至るまでのハイヴ内の状況──戦車級に食い荒らされた機体の残骸や、自決用S-11爆弾の起爆跡を見れば明らかだ。

 そしてその中には、帝国斯衛軍が誇る『武御雷』の残骸も当然含まれており、ハイヴ突入部隊には、斯衛の精鋭たる第16大隊、そして第3大隊の名があった。

 その指揮官たちは、いまもって変わってはいない。

「……恭子」

『……隆也?』

 思わず口を突いた言葉に、楸が剣呑な響きの籠った声を掛ける。

「……何でもない」

『ふぅん……』

「それより、状況はどうだ?」

 脳裏に浮かんだ女性の面影を振り払い、隆也は思考を切り替えた。

『……まぁ、いいわ。──サジタリウス中隊残存8機、健在7、小破1……ジェミニ中隊残存9機、健在6、中破1、小破2……バルゴ中隊残存8機、健在6、小破2……各機、残弾及び長刀耐久度は許容範囲内』

「もう一戦挑むには、充分だな」

『ええ……第1戦隊も合わせれば、防衛線の維持は可能でしょう』

『陣形はどうします?』

 楸が言い終えると同時に、第2中隊を率いる東雲虎三大尉が口を挟んだ。

「鶴翼陣形で守り通す……第1戦隊の残存機と、うちの後衛を支援に回して、俺たちで蹂躙して回るぞ」

『……生きて帰るには、苦労しそうですね』

 第3中隊最先任となった雉宮紫苑大尉が、やれやれと言わんばかりに口を挟んできた。

『あら、いつものことでしょう?』

『そうですよ……それに、これまでだって大丈夫だったんですから』

 苦笑気味に楸が言い、次いで榛名があっけらかんと言い放った。

『何にしても、こき使ってくれるんです……内地で一杯。頼みますよ、隊長』

 最後に、虎三が気安い口調で言った。

 さすがに、E-01発足以来の部下たちの、最後の生き残りだ。多くの死線を共に潜り抜け、第2遊撃戦隊でも主力を張るだけに、隆也も全幅の信頼を置いている。

 頼もしさすら感じる軽口に笑みを浮かべながら、隆也も軽い調子で言った。

「……休暇を出してやるから、勝手にやってこい」

『そうこなくっちゃ』

『当然、奢りですよね!?』

 次々と騒ぎ立てる部下たちに、隆也の笑みは苦笑へと変わった。

「分かっている……その分働けよ、貴様ら」

『『『了解ッ!!!』』』

 いい返事だな……まったく、頼りになる奴らだ。

『──第1戦隊の先頭集団、もう少しで合流します……が、その後方にBETA群確認。速度から見て、突撃級と判定』

 楸の冷静な報告を聞きながら、隆也は顔をしかめた。

『……ずいぶん、やられたな』

 虎三の呟き声が、悲壮な響きを伴って広がった。

 現状で確認できる第1戦隊の残存機は13機……やはりというべきか、被害は『ストライク・イーグル』に集中している。

『まさか……ワレンシュタイン大佐が……』

『それだけじゃない……第3中隊がほぼ壊滅している』

 網膜投影に表示されている情報に、信じられないといった声が上がった。

『隆也……』

 秘匿回線で、楸が声を掛けてきた。

 第1戦隊の戦闘能力は、数の上では半減……だが、実質的な戦闘能力で見ればほぼ壊滅状態にあるといっていいだろう。

 特殊作戦群の主力にして中核である第1遊撃戦隊・第1中隊はワレンシュタイン大佐以下の熟練衛士の過半を失い、米国出身衛士のみで構成されていた第3中隊に至っては、文字通り全滅だ。

 総指揮官を失い、部隊も半壊……組織的戦闘能力の喪失は間違いあるまい。

「死力を尽くすしかあるまいよ」

『そうね……まぁ』

「いつものことだな」

『えぇ……』

 凄絶な笑みを浮かべながら、隆也は第1戦隊が姿を現した横坑を睨んだ。

「サジタリウス1より第2戦隊全機へ──魚鱗の陣を組め。先頭集団の頭を叩き割って、後続の足を止める」

『まあ、いつも通りの地獄って訳ね』

 紫苑がぼやき、他の連中も不平不満をぶちまける。

「生きて返れたら、帝都の料亭に放り込んでやるよ」

『そいつは豪勢ですな……しかし、大丈夫ですか?』

 虎三のからかうような声に、隆也は笑みを刻んだ。

「金とコネはあるからな……どうにでもしてやるさ」

『敵前衛集団、広間内に侵入──』

「行くぞ、貴様ら──生き残れよ!」

『『『了解ッ!!!』』』

 BETAの先鋒を務める突撃級が横坑を飛び出した刹那、特殊作戦群の全部隊で考えてもなお最大の破壊力を有する『羅刹』『武御雷R』が全力噴射の轟音と共に突進し、その最前衛部を叩き潰した。

 それを皮切りにして、ありとあらゆる喧騒が場を支配した。

 長刀が鈍い輝きを放ちながら走り、突撃砲が轟音と共に36ミリ弾を、120ミリ弾を次々と吐き出していく。異様な叫喚を上げながら装甲殻が、衝角が砕かれ、抉られ、穿たれ、斬り飛ばされた肉片が、体液が飛び散る。

 ホールに溢れるBETAを数えようとする者はいなかった。そんな余裕はないし、レーダーの表示は真っ赤に埋め尽くされている。その中で衛士たちは、自らの持ち得る技術のすべてを注ぎ込んで戦い続けた。

 ────突撃砲は120ミリどころか36ミリもほとんど撃ち尽くし、長刀や短刀は耐用限界を迎えて放棄されるか、鈍器も同然のなまくらに……機体の損傷も激しく推進剤も底を尽きかけていた。

 まさしく、刀折れ矢尽きた状態だが、しかし彼らは生き残っていた。

 死闘の最中、BETAたちの不可解な行動……そもそも、人類にBETAの行動が予測できるはずもないが……突如として、広間内のBETAどころか、後続の増援まで含めた個体のすべてが一斉に撤退していくという異常事態によって、彼らは救われたのだった。

「まさか……」

 BETAの一斉転進──その事象には、覚えがあった。

 1999年8月の明星作戦の折、G弾の投下によってハイヴの地上構造物を吹き飛ばされたBETA群と同じ動きだった。

『──ようやく』

 楸の呟きが、電波に乗った。

 常に冷静沈着な彼女の言葉ですら、微かに震えていた。

「そうか……」

『ええ──反応炉の活動停止を確認しました』

 操縦席にどっかりと背を預けて、隆也は深く息を吐いた。

「勝った──な」

 その瞬間、爆発的な歓声が広がった。

 誰もが拳を突き上げ、腹の底から声を絞り出していた。通信に乗って流れる歓喜の声を聞きながら、隆也は楸と視線を合わせた。

『……せめてもの餞ね』

「そうだな……せめて勝たねば、顔向けもできんよ」

 積み上げてきた犠牲を思えば、手放しで喜ぶにはあまりにも苦い。

 それでも、勝利を掴むことはできたのだ──それが、湖に小石を投げ込むような小さな波紋に過ぎぬにしても、人類の勝利へ至るための第一歩であり、先に逝った者たちに誇るべきものだった。

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