異伝 Muv-Luv UNLIMITED   作:第4計画諜報部

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第2話 横浜基地にて

「──ようやくスタートラインに立った、という所ね」

 およそ2年8ヶ月ぶりに横浜基地に足を下ろした隆也を迎えたのは、かつての上官で今は共犯者の香月夕呼博士その人だった。

 夕呼の言葉に苦笑を浮かべながらも、隆也は素直に頷いた。

 これまでの暗闘を思えば、夕呼の言葉に何も思わない訳ではなかったが……しかし、バビロン作戦の阻止は通過点に過ぎない。それこそ、BETAに勝利するという終着点から見れば、確かにスタートラインもいい所だろう。

 だから、素直に頷いて見せたのだが……。

「……からかい甲斐がないのね」

 噛みつかれるのを期待していたらしい夕呼は、つまらなそうに呟いた。

 そんな様子に苦笑を深めながら、隆也は夕呼を促した。そうして、基地内へと足を向けた2人は、当たり障りのない話題を口にしながら執務室へと向かった。

「──例のものは?」

 執務室に腰を落ち着けるや、隆也は切り込むように訊いた。

 国連配下の基地施設の中であっても……あるいは、だからこそ油断はできないが、夕呼の執務室となればそうした懸念は必要なかった。

 ここからが本題だと、豹変するような口調と表情で問い掛ける隆也に、夕呼も真面目な面持ちで答えた。

「残念ながら……目途はたっていないわ」

 すまなそうに言葉を吐き出した夕呼に、隆也も小さく溜息をついた。

 例のものこと、00ユニット──第4計画の要であり、対BETA戦争の切り札になり得たであろう存在は、いまもって形になってはいない。つまりは、第4計画は事実上頓挫したままということになっている。

「やはり問題は、数式ですか」

「そう、ね……残念だけど、どうしても半導体150億個の並列処理装置の小型化の目途が立たないのよね」

 そうは言うものの、彼女の表情にはさほどの悲壮感はない。ということは、なんらかの代替案を思いついているということなのだろう。

「……で、なにを思いついたんですか?」

「さすが、鋭いわね……小型化する理由はXG-70の運用を行うためだった。その目的は00ユニットを確実かつ安全にハイヴに送り届けるため」

 もっとも、一般の将兵は戦闘能力の方に惹かれるでしょうけど、と夕呼は皮肉めいた笑みを浮かべて、隆也も同意を示すように頷いた。

 確かに、完成していればXG-70こと仮称『凄乃皇』は、ハイヴ攻略作戦の切り札となり得たであろう存在であった。

 単独で敵の支配領域最深部まで侵攻し、短時間でハイヴを破壊するという戦略目標を達成するべく開発された航空要塞……ムアコック・レヒテ型抗重力機関による重力場を用いた極めて強固な防御力と、荷電粒子砲による圧倒的な破壊力を両立した、運用できるならば、という前提付きの夢の超兵器である。

 もっとも、結局XG-70の実戦配備は見通しが立たず、佐渡島ハイヴは目を覆いたくなるような犠牲の上で攻略することになったのだが。

「だけど、すでに攻略されたハイヴに運び込むのなら……大掛かりな設備は必要だけど、どうにか。その程度のサイズには小型化することができた」

「だからこそのあの依頼ですか……さすがに苦労しましたよ。大型の揚陸艦2隻を物資輸送のために回してもらうのは」

 そう言いながらも、隆也はさほど気にした様子を見せなかった。日本政府と軍部には大きな貸し付けをしている隆也にとり、その程度の交渉は何ほどのこともない。

 それに、特殊作戦群は日本戦線でも活躍していたのである。沿岸部での戦いが多い島国であるだけに、帝国海軍と連携する機会は多く、帝都守備隊を含めた陸上部隊よりも、関係性は良好であった。

 どことなく呆れた様子で隆也を見てから、夕呼は独り言のように言った。

「それにしても、帝国海軍も大盤振る舞いをしたものね……最新鋭の揚陸艦2隻に、大和型戦艦2隻、就役したての戦術機母艦3隻……総勢20隻の艦隊なんて、まるで戦争に出かけるような陣容じゃないの」

 夕呼のぼやきには、隆也も苦笑するしかなかった。

 日本政府としては、できる限り恩を売っておこうと考えたのだろうが……それにしても大盤振る舞いだった。おそらく、帝国海軍としても特殊作戦群とはこれまでと同等以上の協力関係を築いておきたいというのだろう。

 それでも、表向きは佐渡復興のための物資輸送でしかない船団のために、虎の子の主力艦を……ことに、就役したばかりの「蒼龍」級戦術機母艦──8万トン級の大型空母3隻を出してくるとは驚いたものだ。

 先の佐渡攻略戦において初陣を飾った『蒼龍』と『飛龍』──かつての太平洋戦争で沈んだ中型空母の名前を受け継いだ2隻の戦術機母艦は、大和型戦艦を凌ぐ雄大な船体に24機の戦術機運用能力を備えた帝国海軍の最新鋭艦であった。

 同級はさらに『黒龍』『白龍』『雲龍』と建造されている。基本的にはネームシップの『蒼龍』と同等のスペックが備えられているが、5番艦『雲龍』では格納庫のスペースを削って広域戦闘指揮所が増設されていた。

 このため『雲龍』だけは運用可能な戦術機が12機に減少してしまったが、戦闘指揮能力は大型巡洋艦『最上』や戦艦群にも劣らぬものとなり、艦隊旗艦としてふさわしい能力を発揮可能となっている。

 これら5隻で運用できる戦術機は108機──1個連隊であり、機動部隊としての一括運用とあいまって、それまでの大型タンカーを改造した戦術機母艦群に比べて柔軟な運用が可能と目されている。

 輸送艦隊の護衛には、就役したばかりの『黒龍』『白龍』『雲龍』が当たっているが、これは慣熟訓練も兼ねていると見るべきだろう。

「……とにかく、こっちのことは任せるわ」

「了解……空路で?」

「さすがにそこまで不用心じゃないわ……」

「なら、護衛の選抜は任せます……同乗先は『信濃』で構いませんか?」

「構わないわ。というか、よく戦隊旗艦に許可を貰えるわね」

「はは……安倍提督とは長いですからね」

 帝国海軍第2戦隊──『信濃』以下『美濃』『加賀』によって編成される打撃部隊とは、九州や佐渡の防衛戦で行動を共にしていた。

 現在の第2戦隊司令であり、主力艦隊の一角たる第2艦隊司令長官を兼任する安倍智彦少将とは、彼が『信濃』の艦長職に在った頃から交流がある。

 同時に、かつての第2艦隊司令長官であり、今では連合艦隊を率いる立場となった小沢久彌大将とも交流は深い。

 狙ったことではないが、有り難い誤算だと隆也は思う。好意的、反発的、敵対的と、派閥や所属部隊ごとに態度の異なる陸軍部隊とは異なり、帝国海軍は明確に味方だと判断できる存在だ。

 これから先、日本政府や軍部とも折衝をしなければならない以上、相応の発言力を持つ海軍の実戦部隊が味方だというのは頼もしいことだった。

 隆也と夕呼の話し合いは、先の会話に代表される第4計画の進捗についてから、世界規模での政戦両略に至るまで、BETA戦争の趨勢すらも左右しかねない話題を含みながら進められていき──やがて、夕呼が疲れ果てたような表情で壁掛けの時計を見上げた。

 地下にある執務室では分からないが、すでに太陽が地平線から顔を出している頃だ。そして同時に、基地内が大騒ぎになっている頃でもあった。

「……ずいぶん、話し込んだわね」

 あくびを噛み殺す夕呼に、隆也は苦笑する。

「時間はありますから、仮眠でも。護衛には通達を入れておきますので、迎えが来るまでは休んでいてください」

「それじゃあ、甘えさせてもらおうかしら……でも、そういうあんたは」

「やるべきことは山積していますからね」

 それに、休息なしで動き続けることにも慣れている──地獄の中華戦線では、日に複数の戦いどころか、戦術機内での即時待機も日常的だったのだから、なおさらだ。

 少しばかり同情的な夕呼の視線を背中に受けながら、隆也は執務室を後にした。

「……懐かしい光景だな」

 基地施設の地上部分に上がった隆也は、窓の外を眺めて呟いた。

 かつての、京都防衛戦以前には一般的な光景だった航空機による大規模輸送だが、佐渡島ハイヴの建設によって日本本土上空も光線級の攻撃圏に組み込まれてしまい、以降は陸上輸送が基本となっていた。

 だが、佐渡島ハイヴの消滅によって日本の空は再び人類の勢力圏へと復帰した。それを象徴するように、あるいは奪われていた自由を謳歌するようにして、大型輸送機の群れが悠々と旋回を続けていた。

「しかし、早かったな……」

 基地を取り巻く喧騒など知らぬげに、隆也は呟いた。

 そうしている間にも、隆也の後ろを慌てた様子で駆け抜けていく人間が多くいるが、それに頓着することなく隆也は緩やかに歩き始めた。

 ──オルタネイティヴ5への移行に伴って、横浜基地は事実上放棄されていた。

 第4計画関連の研究施設は閉鎖され、人員も大幅に削減された。残されたのは、軍事施設としての設備維持が必要な最低限の人員だけで、配備されていた戦力の多くも引き抜かれて、もぬけの殻も同然の有様だった。

 ところが、一夜のうちに状況は一変した。

 使用されることのなかった飛行場にはひっきりなしに航空機が離着陸を繰り返し、基地上空では着陸の順番を待つ輸送機が轟々と爆音を響かせて旋回して、押し被せるような喧騒が横浜基地を支配していた。

 すでに着陸した輸送機からは、補給物資を満載したトラックや、トレーラーに乗せられた戦術機が大急ぎで搬出されて、横浜の格納庫に向かって長蛇の列を作っている。

 閑散として、埃っぽい空気の漂っていた格納庫も、いまは喧騒と慌ただしさに包まれていた。大勢の整備員が大声を張り上げながら奔走し、運び込まれてきた戦術機をハンガーに固定する作業を手早く行っている。

 そうした喧騒の只中に足を踏み入れて、隆也は口角を釣り上げた。

 帝国軍の最新鋭たる『02式:不知火・弐型』を筆頭に、欧州連合が共同開発した傑作機『EF-2000:タイフーン』とフランスの誇る『ラファール』が、さらにはアラスカで矛を交えたソヴィエトの『Su-47:ビェールクト』、新鋭とは言えないが、第3世代機に準じる性能に生まれ変わった米国の『F-15・ACTV:アクティブ・イーグル』が、威風堂々と巨体を休めていた。

(よくもまあ、この短時間で揃えたものだ。国連上層部、それに各国の政治家連中も、いよいよこちらに与するのを上策と見たか)

 事前に受け取っていた資料に目を落として、隆也は思案した。

 特殊作戦群の再編にあたって、国連軍総司令部からの要請というかたちで各国政府及び軍上層部に新鋭機の供与を依頼していた。

 かねてから定着しつつあった〝対BETA決戦部隊〟の呼び声に、各戦隊が各地で挙げてきた大戦果と、それに付随する前線部隊からの評価はあった。しかし、それでも過剰に過ぎる要求であったと隆也は思っている。

 要求の半分も飲まれれば上々……その考えは、良い意味で裏切られたのだった。

 なにしろ、第3世代戦術機はどの国であっても配備途上だ。世界最初の第3世代機である日本帝国軍の『94式:不知火』ですら、いまだ帝国軍全軍に行き渡っていないという事実を見れば、各国の配備状況も分かるだろう。

 その貴重な機体を他国の軍隊のために供出しろというのだから、反発は必至と見ていたのだが、搬入リストには要求通りの数が記載されていた。

(第5計画の事実上の凍結……そして、アメリカの威信の低下か。だが、こちらも薄氷の上だというのは変わらないな)

 新鋭機の供与がなされた要因は、佐渡島ハイヴの攻略成功による影響だろう。

 第5計画が多くの問題を指摘されながらも進められていたのは、通常兵器によるハイヴ攻略が不可能であると見られていたからだ。地球環境への影響を考えてもなお、G弾に頼るしかないという追い詰められた状況が、破滅をもたらすと分かっている計画を推進させる原動力だった。

 しかし、佐渡島ハイヴの攻略成功によって、G弾のみがBETAを斃すことができる兵器だというアメリカの主張は覆された。

 戦術機甲部隊の突入によってハイヴを攻略することが可能であるならば……威力こそ絶大だが、その代償に重力異常を引き起こしてしまうG弾を使う必要はない。ことに、自国の領土にハイヴを抱える欧州各国ならば尚更だろう。

 とはいえ、第4計画の立場が盤石である訳もない。欧州各国が第4計画を支持するのは、特殊作戦群が積み上げてきた実績ありきだ。逆に言えば、1度でも期待を裏切ることになれば、その時点で第4計画は完全に見放されることになる。

 そして、これから先特殊作戦群に求められる役割は、佐渡島攻略戦のようなハイヴ突入部隊としての作戦参加だ。佐渡のように使い潰されるようなことは無いにしても、失敗すればどうなるか……部隊が受ける損害は措くとしても、国連軍内での発言力は低下し、各国からの支援も断たれるだろう。

 そうなれば、アメリカの専横を抑えることはできなくなり、再びオルタネイティヴ5へと舵は切られるだろう。その上、2年に及ぶ暗闘を経験した以上、今度は即座にバビロン作戦が実施に移されるのは間違いない。

(それでも……現在のところ欧州はこちら寄りの姿勢だ)

 少なくとも、米国に遠慮するよりも此方に恩を売っておいた方が利益になると、欧州各国は考えているのだろう。新鋭の第3世代機を要求通り供与してきたという事実が、それを示していた。

(この先、どう転ぶかは定かじゃないが……まあ、死力を尽くすしかあるまい)

 いつものことだと、隆也は苦笑した。

 斯衛からは命を狙われ、香月夕呼には無理難題を要求され、特殊作戦群では戦死を望まれて激戦地を渡り歩かされたのだ。いまさら、敗北が許されない状況に置かれたところでたじろぐようなことでもなかった。

(それは良いが……)

 喧騒と共に駆けまわっている整備員たちの間をすり抜けるように歩きながら、隆也は格納庫の壁際に視線を向ける。

「人員整理も、急ぐ必要があるな」

 胸の内に留めるつもりの心情が、口を衝いていた。

 戦術機の搬入作業に携わっているのは、特殊作戦群に所属している整備兵だけだ。もともと横浜基地に配属されていた兵士達は、目の前の光景に呆然として、ただ格納庫の様子を眺めるばかりだった。

 事前連絡なしのこの状況に戸惑っているのは分からないでもない。だが、彼らは横浜基地の所属なのだから、せめて事情を知ろうと動くべきであろう。ところが、彼らはそれすら忘れたように立ち竦んでいる。

 その光景には、嫌でも横浜が棄てられた後方基地なのだと思い知らされる。

 もっとも、横浜に残されたいわゆる〝使えない兵士〟の他に、彼らを隠れ蓑にした諜報員が潜んでいないとも限らない……なにしろ、凍結されたとはいえ横浜はオルタネイティヴ4の拠点であり、香月夕呼博士も壮健なのだ。

 いずれにせよ、基地内の人員は刷新するべきだろう。さすがに、まるごと入れ替えるわけにもいかないだろうが……。

 溜息交じりに歩き続けていると、横浜の整備兵たちとは離れた格納庫の端に、見知った顔を見つけた。

 ハンガーへの固定が完了し、他に比べてという注釈が付くものの、平穏を取り戻している格納庫の最奥部。その一角で戦術機を見上げているのは、横浜基地に所属する唯一の戦術機部隊である第207独立警備中隊所属の榊千鶴少尉……それと、彼女の訓練兵同期である207訓練隊A分隊に所属していた少女たちだった。

 207訓練隊は──というか、横浜基地所属の訓練隊は、香月夕呼の直属であるA-01ことオルタネイティヴ計画直属・第1戦闘攻撃部隊に所属する衛士を養成するために創設された訓練隊であった。

 出雲の戦いの後、斯衛を抜けた隆也は休養を兼ねて横浜基地に居たのだが、手持無沙汰だったこともあって訓練隊の教官も務めていた。

 もっとも、横浜訓練隊の正規の教官は神宮司まりも軍曹が務めているので、副教官として主に戦術機の操縦訓練を担当した程度だったが。

 隆也が横浜基地に居たのは1年にも満たない期間だったので、副教官を務めていた期間はあまり長くなく、面識があるのは207A分隊と、その1期前の訓練隊だけだった。

 207B分隊の方は、まだ戦術機教練に進む前だったこと、それとある事情から近づくのを避けていたため、ほとんど面識はない。

 ともあれ、正式任官した207A分隊は、もちろんA-01に配属され、千鶴を含めた207訓練隊B分隊も、正式任官後はA-01に配属されるはずだった。

 しかし、オルタネイティヴ計画が第5計画へと移行されたことからいささか数奇な運命を辿ることになったのだった。

 第4計画の指揮下を離れたA-01は、極東国連軍の指揮下に移されたものの、当時のA-01は度重なる消耗の結果、発足時には1個連隊を整備された戦術機部隊も、残るのは第9中隊のみという惨状だった。その第9中隊すらも、207A分隊の新人を含めてようやく定数に届いているような有様だった。

 もともと秘密部隊だけに不気味な存在で、しかも戦力としては1個中隊……極東国連軍でも扱いに困っていたようで、後方予備部隊という閑職に回されていた。しかし、そのおかげで戦闘に駆り出されることは少なかったので、それ以上に人員を消耗しなかったのは幸いだったかもしれない。

 そして、正式任官前だった207B分隊は、事実上放棄された横浜基地に残されて、白銀武少尉を隊長にわずか6人の中隊を編成して、配備戦力のほぼすべてを取り上げられた横浜基地に残る唯一の稼働戦力になっていた。

 A-01と207B分隊の処遇には、アメリカの思惑(第4計画派が国連軍内で発言力を高める可能性を潰したかった)が介在しており、横浜基地所属だった第13独立大隊が中華戦線で勇名を馳せていたことが一因となっていた。

 ともあれ、後方勤務で髀肉の嘆を囲っていたA-01部隊であったが、佐渡島攻略戦の直後に横浜基地へと呼集されたのだった。

 それに合わせてわずかばかりの休暇も与えられていたので、家族や恋人、あるいは意中の人物に会いに行くでもよかったのだろうが、生憎と家族も軍人勤めをしているのが当然の時勢である。簡単に予定が合うはずもなく、207A分隊に所属していた面々は、揃って横浜基地に先んじたという訳であった。

 A-01所属の衛士にとって横浜はかつての学び舎であると同時に、オルタネイティヴ4が凍結されるまでは所属していた基地でもある。

 それに加えて、207A分隊の面々に限ればだが、かつての同期生との再会という、望んでも得られるようなものではない副産物があった。

 そういった訳で、207A分隊に所属していた涼宮茜、柏木晴子、築地多恵、高原萌香、麻倉羽菜の5人は昨日から横浜基地を訪れ、かつての同期生たちと旧交を温めていたのだが、そこに航空機の爆音が聞こえ、大慌てで喧騒の中心になっている格納庫に駆け付けたのであった。

 最初は搬入作業を行う整備兵の邪魔にならないようにと、呆然としている横浜基地の人員と遠巻きに見ているだけだったが、固定されていく機体が明らかに帝国軍や国連軍の運用する機体とは違うと悟って、すでに固定作業の終わった機体ならば、とまじまじ眺めに近づいたのだった。

「これって、『不知火』の改良機……かな?」

 悠然と佇む機体を見やって、晴子は自信なさげに呟いた。

「そう、だよね? 『不知火』とは違うけど、ちょっと似てるし」

「うん……けど、そんな機体がどうして?」

 晴子の声を受けて、萌香が確認するように他の面々を振り返り、羽菜は頷きながらも首を傾げた。

 なにしろ、横浜基地はほとんど放棄されたと聞いているのだ。戦術機が搬入されているだけでも驚きなのに、運び込まれたのが帝国軍でも配備の完了していない『不知火』の、しかも改良型となれば疑問はもっともだった。

「千鶴は、何か知っている?」

「……いいえ、私も驚いているところよ」

 茜の問い掛けに、千鶴は力なく首を振った。

「そっか……」

 横浜基地配属の千鶴なら……と茜は思っていたが、よく考えてみれば末端の衛士に与えられる情報ではないだろうと思い直した。

「他に知っていそうな人は──」

 多恵が遠慮がちに口を挟んだ瞬間だった。

「──久しぶりだな、貴様ら」

 背後から浴びせられた声に揃って振り返ると、どことなく見覚えのある青年が気安げに手を振りながら近づいてきていた。

「……あれ?」

「──あっ!」

 千鶴がどこか見覚えのある人物に首を傾げながら呟いて、次いで晴子があまり思い出したくない記憶を思い出して、驚きの声を上げた。

「……教官ッ!? 失礼しました!」

 そして茜は、反射的に敬礼の姿勢を取っていた。

 目の前の人物が、かつて戦術機教練で自分たちを散々に叩きのめしてくれた鬼の副教官だと気が付き、いち早く動いたのだった。

 茜の動きに触発され、千鶴たちも慌てて敬礼の姿勢を取った。

「堅苦しいのはいいよ……休暇中だろう?」

 その言葉に、茜たちは顔を見合わせた。

 確かに休暇中ではあるが、上官に無礼を働いていいものかと思ったのだ。

 茜たちの反応に、隆也は苦笑を漏らした。規律を重んじる軍隊にあって、特殊作戦群は無法地帯も同然だったからだ。

 実質的な懲罰部隊として編成されたのも理由であろうが、腕に覚えのある精鋭が集められていたこともまた軍の規律を軽んじる風潮に拍車をかけていたのだろう。

 とにかく、規律にはルーズだった。敬礼をさぼっても何も言われなかった。軍服をはだけ、踵を踏みつぶした靴を履いていても平気だったのである。いざという時には、笑って命を投げ出せばいいだけの話だった。

 ややあって、晴子がまだ戸惑いながら言った。

「つまりは……この場では個人的に話しかけてもオッケーってこと?」

「話が早いな。そういうことだから、敬語も使わなくてもいい」

 軽い口調の隆也に、茜と千鶴は混乱し、多恵と羽菜は隆也と晴子を交互に見やって沈黙していたが、晴子は遠慮なく頷いて、口を開いた。

「それじゃ、質問。この機体は……」

「『不知火・弐型』……帝国の最新鋭機になるかな」

 背後の機体を指さす晴子に、隆也はあっさりと答えた。

「そんな機体が、どうして横浜に配備されるのですか?」

 続いて声を上げたのは千鶴だった。真面目な性分からか、敬語を崩さなかった。

 横浜基地は対BETA戦線の最前線である日本に存在するが、配備されている戦術機はわずかに11機……それも、国連軍所属の機体に限ればすべてが耐用限界の迫っている『激震』6機という有様だった。

 そんな状態に基地に、どうしてこれほど大量の戦術機が配備されるのか? それも、新鋭機が搬入されるとはどういうことなのか? 

 疑問ももっともだと、隆也は苦笑しつつ口を開いた。

「少し長くなるが──」

 そう前置きしてから、隆也は順を追って事情を説明し始めた。

 帝国軍の主力戦術機である『94式:不知火』は、完成を急いだために高性能ではあるものの、拡張性の乏しい機体となってしまった。

 そのため『既存戦術機強化計画』の一環で開発された改造機である『不知火・壱型丙』は、高性能と引き換えに非常に燃費の悪い機体となってしまい、大陸帰りのような熟練衛士にしか扱えないような代物になってしまう。

 帝国軍は諦めずに改良しようとしたが、悪化した燃費を改善するために機体制御OSを変更したところ、今度は操縦性が劣悪になってしまい、やはり熟練者でなければ扱えない機体となってしまった。

 いずれにしても正式配備は難しいが、かといって次期主力戦術機の開発は難航しており、しばらくは既存機で凌ぐほかはない。

 そこで持ち上がったのがアラスカ・ユーコン基地で行われているプロミネンス計画──各国合同の新型戦術機開発計画への参入であり、その計画の一環である日米共同の新型戦術機開発計画『XFJ計画』によって誕生したのが02式の前身となる『XFJ-01:不知火・弐型』であった。

 ユーコン・テロ事件の後に開催された対戦術機戦闘演習『ブルーフラッグ』の結果を受けて、帝国軍上層部にもその性能を認められていた。

 帝国軍内において次期主力戦術機の開発が難航していたこと、『77式戦術歩行戦闘機:激震』の耐用年数が迫っていたこともあって、『不知火・弐型』は暫定的な主力戦術機に位置付けられ、正式配備が決定されたのである。

 ところが、『不知火・弐型』を忌避する声が、帝国軍内では大きかった。運用上の問題などではなく、『不知火・壱型丙』に米国製のパーツを組み込んだ、という点が主に感情面から問題視されたのである。

 そのため、『不知火・弐型』は優秀な機体であると認められながらも、メーカーの格納庫に死蔵されるという奇妙な状況に陥っていた。

 おそらくは、特殊作戦群に譲渡された機体の活躍がなければ、いまですらそのままだっただろう。

 ──と、戦術機『不知火』の辿ったいくらか数奇な運命をかいつまんで語った後、隆也は少しばかり苦笑した。

 帝国軍内でも『不知火・弐型』の配備は進められてはいる……日本本土に展開した特殊作戦群・第2遊撃戦隊による九州、新潟方面での防衛戦闘による実践運用データから、再び『弐型』の有用性に目が向けられたためだ。

 しかし、米国製パーツの存在はどうしても気になるようで、帝国軍内では米国製パーツを全て国産品に置き換えてから部隊に配備する──という、いかにも馬鹿らしい決定をしたために、配備は遅れ気味だった。

 もっとも、帝国軍が米国製パーツを忌避していたために、『弐型』の初期ロット……つまりは、米国製パーツを使用した初期生産型を日本政府との取引に利用できたのだから、僥倖ではあった。

 そうでなければ、佐渡島ハイヴ攻略戦に第2遊撃戦隊は『不知火』で挑むことになっていただろう。『弐型』を運用してすらあれだけの大損害を被ったのだから、乗機が『不知火』だったら、どうなっていたことか。

 そう思うと同時に、あるいはだからこそ、帝国軍が面子にこだわることなく『不知火・弐型』の配備を進めてくれていれば……せめて、突入部隊にだけでも行き渡っていれば、あれだけの犠牲を払う必要はなかったかもしれないとも思うのだった。

 もしものことなど考えても仕方のないことではあるが、信頼する上官と、優秀な部下を多く失っただけに、そう思わずにはいられなかった。

「……あの」

 黙りこくってしまった隆也に、おずおずと手を挙げて茜が訊いた。

「『不知火・弐型』については理解しましたが……」

「ああ、肝心なところがまだだったな」

 帝国軍の新鋭機が、どうして横浜基地に配備されたのか……茜たちが聞きたいのは、『不知火・弐型』の詳細よりも、むしろそっちだった。

 隆也は腕時計で時間を確認して、少し唸った。

「少し早いが……まぁ、構わないか」

 呟くように言いながら、隆也はまず千鶴の顔を見た。

「本日12:00をもって、横浜基地は国連軍太平洋方面軍第11軍の指揮下を離れ、国連軍総司令部直属・特殊作戦任務群の指揮下に入る。現時点で横浜基地に所属する衛士、基地要員を含めてだ」

 千鶴は目をしばたかせて絶句した。

 基地の接収というだけでももちろん驚きなのだが、編入先があの特殊作戦群……情報に疎い横浜基地にすら〝国連軍最強〟との勇名が届く特殊部隊で、しかも所属する衛士までもというのだから、理解が追いつかなかった。

 そんな様子に構うことなく、隆也は茜たちへと視線を移した。

「同時刻、オルタネイティヴ計画第1戦闘攻撃部隊──通称A-01も、国連統合軍第11方面軍を離れて特殊作戦群の指揮下に入る」

 こちらも千鶴たちに負けず劣らずの呆けた顔を見せた。

「……なるほどね、それで横浜に異動だったんだ」

 実戦経験のためか、あるいは当人の気質か、いち早く立ち直った晴子が納得したように頷きながら呟いた。

「あのさ──」

「──そういう機密事項って、簡単に漏らしていいのかよ?」

 晴子が何か言おうとしたところで、隆也の背後から声が掛けられた。

「なんだ、ユウヤか。早かったな」

 振り返った隆也に、作業着に身を包んだ青年が皮肉っぽく返した。

「招集をかけたのはそっちだろ」

「できれば、そのまま遠田にいてもらいたかったんだがな……さすがに、そうも言っていられない状況になった」

 苦り切った声に、ユウヤは溜息を吐いた。

「分かってるよ……」

 佐渡島までならともかく、いまの特殊作戦群に戦える衛士を遊ばせておくような余裕は残されていない。それがたとえ、新鋭戦術機開発のためであっても、未来の戦力拡張よりもいまの穴埋めの方が重要なのだ。

 そのことは、ユウヤにも分かっていた。

 アラスカの小屋での会談の後、ユウヤは第4計画に……というよりは、隆也に協力することを選択し、日本に亡命した。

 オルタネイティヴ5の発動後、ユウヤは彼女たちとともに横浜基地に残されていたが、第13独立大隊発足と同時に同部隊に招集されている。

 なお、隆也達の所属が特殊作戦群に移ったことで、ユウヤも書類上は特殊作戦群・第2遊撃戦隊に所属していることとして処理されている。

 衛士としても充分な腕を持つユウヤであったが、隆也からは戦場への同行ではなく、遠田技研に出向しての新型戦術機開発を依頼され、思わぬ再会を果たした母親と協力しながら『不知火・弐型』の量産計画の完成と、さらなる発展機の開発に力を注いでいた。

 その発展機もほぼ完成し、ようやく新型機の開発に取り掛かったというところで招集をかけられたのだった。

 優秀なテスト・パイロットであるユウヤを手放すのは遠田技研にとっても痛手で、新型機の開発にもいくらか支障をきたす恐れがあるが、それでもこの措置を取らねばならなかったところに特殊作戦群の置かれた窮状が窺えた。

 想定外の招集ではあったが、最低限の依頼は果たしている。

 周囲を窺いながら、ユウヤは声を落として告げた。

「例の機体は、90番に搬入した。『羅刹』に『武御雷』もな……けど、大分派手にぶっ壊してくれたな。整備班が嘆いてたぜ」

「……後で、おごってやらんとな」

 苦笑気味に言う隆也に、ユウヤは真面目な顔を見せる。

「やっぱり、簡単じゃなかったか」

「想像以上で、想定外だったよ」

「クソッタレどもの戦力の多さと……連中の不甲斐なさ、か?」

 佐渡島ハイヴ攻略戦の戦闘詳報は、ユウヤのもとにも届けられていた。

 敷島隆也を筆頭とする、特殊作戦群所属衛士の戦闘能力の高さばかりが注目されているが、その裏で繰り広げられたもう1つの戦い──ハイヴ突入部隊の主力である帝国本土防衛軍・帝都守備隊と斯衛軍の戦いの結末……とくに前者の戦いぶりには、少なからず落胆させられた。

 帝都守備隊は、突入部隊の中でも最大の戦力を保有していた。

 装備機は『94式:不知火』によって統一されており、特殊作戦群が誇る特機や、斯衛軍が装備する『00式:武御雷』に性能面では劣るが、正規編成の部隊だけに雑多な機種で編成される特殊作戦群や、それぞれの大隊が独立指揮権を有する斯衛に比べて連携が取りやすく、投入戦力においても突入部隊では最大規模だった。

 にもかかわらず、帝都守備第2連隊は反応炉突入を果たせなかったばかりか、道半ばにして組織的戦闘能力を喪失していた。最終的な損耗は5割程度に留まっているが、これとて特殊作戦群がBETAの大多数を抑え続けていたためだ。

 帝都守備隊は帝国軍でも精鋭と聞いていただけに、ユウヤにしてみれば期待外れと言う他なかった。

 もっとも、ユウヤはそうなった要因をすでに知っていた。

 かつて、第2遊撃戦隊が欧州の戦いから帰還した直後のことである。再編成にあたって隆也は『不知火・弐型』の配備を日本政府に要求し、斯衛を巻き込んだ大立ち回りの末に『不知火・弐型』の配備を勝ち取ったばかりか、斯衛からも『羅刹』そして国連カラーに塗り直された〝青〟の『武御雷』を譲渡されている。

 この時に隆也が対価として提示したのは、日本政府に対してはバチカン諜報網を経由して得られたオルタネイティヴ計画を巡る各国の動向や、アメリカの機密情報類……日本軍部や斯衛に対しては、中華戦線で完成し、特殊作戦群の実践運用を経て改良を重ねられた新概念OS『XM3』の存在であった。

 しかし、この時に譲渡されたXM3を導入するべく動いたのは、どうしてか斯衛軍だけであった。それも、斯衛の中でも斑鳩、崇宰は積極的に導入に動いたが、他の家の動きは鈍かった。

 斯衛の中心たる五摂家のうち、煌武院、九條、斉御司にとっては、敷島隆也はいまもって不倶戴天に近しい敵である。そんな人物がよこした新型OSの存在は、確かに警戒してしかるべきだろう。

 それでも、佐渡島攻略戦における第16大隊、第3大隊の実績を見て煌武院、斉御司では見方を変えつつあるようだったが、やはりと言うべきか、九條だけはかたくなに導入を拒んでいるらしい。

 そして帝国軍だが……こちらも、得体の知れない新型OSの導入には懐疑的で、しかも特殊作戦群が国連の組織であったことも、主に感情面から反発があり、一部では有用性を認めながらも導入には消極的だった。

 それでも、富士教導隊に試験運用部隊が設立されてはおり、運用実績次第で帝都守備隊から順に導入されることになってはいたのだが……残念ながら帝都守備隊への導入を待つことなく、佐渡島攻略戦は発動されていた。

 そうした事情を知るだけに、ユウヤは呆れていた。

 面子にこだわらずに、突入部隊の主力は斯衛に委ねて帝国軍は後方支援に徹するか、いっそのこと特殊作戦群にすべてを委ねていれば、全体的な被害はもう少し抑えられたのではないか、と。

 あるいは、OSは仕方ないにしても、帝国軍が『不知火・弐型』を導入していれば……ユーコン基地で、そして遠田技研で『不知火・弐型』の開発と改修に関わってきたユウヤだけに、隆也以上にその思いは強かった。

「斯衛の方は、さすがもさすがだったが、な」

 どこか苦々しげに、隆也が言った。

 XM3の恩恵はあるにしても、人類の悲願というべき反応炉制圧を成し遂げた戦いぶりは、精強を謳われる斯衛の名に恥じないものだった。

 帝国斯衛軍が佐渡島ハイヴ攻略に投じたのは、武力において双璧を謳われる第16大隊と第3大隊──京都防衛戦、明星作戦、そして出雲奪還作戦と戦歴を重ねた斯衛の精鋭であり、隆也にとっては古巣とも言える存在であった。

 斑鳩崇継に、崇宰恭子──帝国の中核たる五摂家の当主であるとともに、隆也にとっても浅からぬ縁のある2人が指揮を執る2つの大隊は、高性能ながら生産性に難のある『武御雷』で装備を固めた、斯衛にとっても虎の子の部隊だ。

 その虎の子を投じた事実から斯衛軍の意気込みを窺わせたが、両隊ともにその期待によく応えたというべきだろう。

 とはいえ、斯衛軍としても反応炉制圧は想定外の戦果であった。

 斯衛軍内でも、最後の詰め……つまりは反応炉制圧については、帝国軍に委ねるべし、との判断が下されていたのである。

 これは、征夷大将軍を含めた五摂家全体での判断であった。

「内外に畏れられるのは良い。敬われるのも良しとしよう。だが、奉じられるのを良しとするには、問題があり過ぎる」

 秘匿回線での、ごく短時間の会話。その中で崇継は、苦り切った表情と声色で隆也に伝えていた。

 その意味は、隆也にも分かっている。

 京都防衛戦、明星作戦、そして出雲奪還作戦と、節目というべき戦闘において、斯衛はいずれも大きな戦果を挙げてきた。そして、近年の防衛戦や間引き作戦における活躍は、特殊作戦群と並び称されるほどだ。

 だからこそ、拙かった。

 世界初となる反応炉の制圧を、斯衛が担った──この事実は、斯衛の声望を押し上げる一方で〝斯衛がいれば何とかしてくれる〟という風潮を生み出す危険があった。

 それによる問題は、あまりにも大きい。

 帝国陸軍や本土防衛軍への信頼の低下を受けた者たちが、斯衛を失墜させようと策謀を巡らせること。安易な安堵から、決して油断できない状況であるにもかかわらず、国内の緊張が緩んでしまうこと。

 それらに対応するには、斯衛唯一の弱点である数の少なさが響き過ぎる。

 だが、あの状況では斯衛による反応炉制圧が果たされなければ、斯衛軍、帝都守備隊、特殊作戦群という極東において最強の武力を誇る部隊のすべてが消滅するという、最悪の事態は免れなかった。

 戦後に開かれた研究会でも、斯衛による反応炉制圧は致し方なかったと結論付けられているが、しかし帝国内の政治的均衡が崩れたのも事実であった。

 このため、公式記録上は斯衛と帝都守備隊が合同して反応炉を制圧したと記され、事実を知るものには緘口令が敷かれているが、人の口には戸が立てられないとの諺があるように、事実というのは何処からともなく広がるものである。

 もともとは帝都守備隊の不甲斐なさが原因だが……面倒なことになったと、隆也をして思わずにはいられなかった。

 とはいえ、政治的ないざこざを別にして考えれば、斯衛の実力の高さは正当に評価するべきだし、政治的な駆け引きとは距離を置いている生粋の軍人にしてみれば、頼りになる味方だと再認識したという程度だろう。

「……その斯衛も、でかく消耗したな」

「ああ……極東の主力級部隊は、ほぼ戦闘不能だ」

 佐渡島ハイヴの消滅により、日本の危機はかなり緩和されたと言えるが、精鋭部隊の多くが動かせないという状況は、なんとも心許ない。

「難しいのは、斯衛か?」

「そうだな。もともと数が少ない上に、運用機体も生産の難しい『武御雷』だ。出撃可能な状態に戻すだけで、半年はかかるだろうな」

 帝都守備隊の方は戦略打撃部隊としての役割を持っているため、もともと指揮下に3個連隊を揃えており、第2連隊が壊滅したといってもまだ2個連隊を残している。もっとも、おいそれと動かせる戦力ではないので、あまり頼りにはできない。

「こっちも、佐渡の水準に戻すにはかなり時間が掛かるんじゃないか?」

「取りあえず、旧第2戦隊と各国の精鋭を軸に第1戦隊を再編……異動してくる連中で第2戦隊を編成するが……当面頼れるのは第3、第4戦隊だけだな」

 それを聞いたユウヤが、そして言った本人が盛大に溜息を吐いた。

 額面上では2個戦隊が健在となるが、第3、第4戦隊はそれぞれ欧州と地中海に展開して作戦行動を取っており、すぐに呼び戻せるというものではない。いずれにしても、再編された第1戦隊が作戦行動可能になるまでは、大っぴらには動けない。

 佐渡で受けた打撃がいかに深刻だったのかが、ユウヤにもひしひしと伝わった。

「……ねえ」

 会話が途切れたところを見計らって、晴子がおずおずと声を掛けた。

「どうした、柏木?」

「そっちの人は……?」

 視線を向けつつ問い掛ける晴子に、ユウヤは苦笑した。

 内輪の話で盛り上がってしまったが、もともとは隆也と彼女たちが話をしていたところに割り込んだ格好だ。

 邪魔をしてしまったことを謝りながら、ユウヤは敬礼した。

「ユウヤ・ブリッジス……いまは、国連軍大尉ってことになるのか?」

「まあ、アメリカじゃ指名手配だからな」

 からかうように言った隆也に、ユウヤは無言で肘打ちを決め、晴子たちは驚いたようにユウヤの顔を見た。

「……どういうことですか?」

 真っ先に反応したのは千鶴だった。真面目な性格だけに、指名手配という言葉が気になった様子だ。

「えーっと……」

 どう説明したものかと頭を掻くユウヤに代わって、隆也が口を開いた。

「ソ連の軍事施設から、人体実験の被検体になっていた少女を奪って逃走。もともとはアメリカに亡命するつもりが、あの国の目論見を知って日本に亡命……アメリカにしてみれば、欲しがっていた実験体が手に入らなかったばかりか、後ろ暗い情報を知られたんだ。口封じしようとするのが当然の帰結だろうよ」

 簡潔かつアメリカをこき下ろした説明に、大筋は間違っていないけど……と、どことなく呆れながらユウヤは肯定した。

 そんなユウヤに、隆也は口の端を釣り上げる。

「あぁ──恋人って説明した方がよかったか?」

「ちがっ……くはねぇけど」

 照れくさそうに頭を掻くユウヤに、千鶴たちは毒気を抜かれたようだった。

「その……お2人はどのような?」

 緊張から解放されたらしい羽菜が、興味深そうに質問した。

「……上司で、恩人だな」

「便利な部下」

 苦虫を噛み潰したようなユウヤにも、からかうような隆也にも、信頼関係を思わせるような表情があった。

「信頼、してるんですね」

 多恵の呟きとも取れない言葉に、隆也とユウヤは顔を見合わせた。

「まぁ、こいつより強い衛士を知らないしな」

「こいつほど信頼できるテスト・パイロットは、いまのところ居ないな」

 そう言って、2人は不敵に笑いあった。

「男の子って感じだねー」

 のほほんとした声で晴子が言い、ふと思い出したように言葉を繋いだ。

「さっき、上司って聞いたんだけど……?」

「言ってなかったか?」

 不思議そうな顔をする隆也に、晴子達は揃って否定の声を上げた。

「すまん……じゃあ、一応正式に名乗っとくか」

 コホン、と咳払いをした後、

「国連軍総司令部直属・特殊作戦群総隊長兼、第1遊撃戦隊隊長で、階級は大佐……まあ、もうすぐ発令される辞令を受け取ってからになるけどな」

 あっけらかんと放たれた言葉は、特大の爆弾だった。

「は……?」

「へ……?」

「え……?」

「…………?」

「総隊長……かぁ……」

 なんとなく事情は察していただろうが、それでも大きすぎる衝撃に、千鶴と茜、羽菜は間抜けな声を上げながら硬直し、多恵は理解が追いつかずに首を傾げた。それに反して、マイペースというべきか、晴子だけは感嘆の声を漏らすのだった。

 

 




ご愛読していただいております皆様、誤字脱字の報告をしてくださる皆様、この場を借りて感謝申し上げます。
仕事が繁忙期に入り筆の進みが遅くなってしまいましたが、失踪せず書き続けていきますので、これからもよろしくお願いいたします。
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