異伝 Muv-Luv UNLIMITED 作:第4計画諜報部
「ほぉ……」
目の前に佇む巨人を見上げて、隆也は感嘆の声を漏らした。
90番格納庫──横浜基地の怪談にも数えられている〝存在しない格納庫〟には、特殊作戦群が保有する戦術機の中でも、機密度の高い機体と、各国から送り込まれたいわゆるエース用の機体が搬入されていた。
特殊作戦群を象徴する『03式:羅刹』や下地の青を隠された『武御雷』に、極秘裏に運び込まれた深紅の『Su-47:ビェールクト』が。さらには、実証試験型と表記された『EF-2000:タイフーン』の姿がある。
見るものを圧倒するに充分な光景だが、その中にあってすら空色の国連軍カラーに塗装された4機の新型機は異彩を放っていた。
仮称『03式戦術歩行戦闘機:不知火・参型』──特殊作戦群の技術開発部と遠田技研、富嶽重工が共同開発した新鋭機でありハイヴ攻略戦への投入を前提とした〝対BETA決戦機〟としての仕様要求を充分に満たした機体である。
「要望通りに仕上がったと自負しているわ」
仕様書を差し出しながら、国連軍の技術士官服を纏った金髪の女性──特殊作戦群の開発部主任であるミラ・ブリッジス少佐が力強く言った。
感謝の言葉と共に仕様書を受け取った隆也は、機体を見上げた。
「……意外と、別物になりましたね」
「ええ……私も驚いたけど、不思議なことではないでしょう」
「まあ、仕様要求からして違いますしね」
『不知火・参型』の原型機となったのは、ユーコンで開発された『不知火・弐型:フェイズ3』であり、施された改修は『フェイズ3』とほぼ同様で、基本性能も匹敵するか、一部では凌駕する……米国の新鋭『F-22A:ラプター』や、斯衛が誇る『武御雷』と比較しても、総合性能では勝るとすら評価することができるだろう。
原型機との最大の相違点は外観で、ユーコンで問題になった『YF-23:ブラック・ウィドウⅡ』に酷似していた外装パーツはすべて新規製造品に置き換えられて、日本製戦術機らしい外観に変わっている。
もっとも、外装の変更は米国からの難癖を避けるためではなく、『不知火・参型』には不必要と判断されたステルス能力を切り捨てて、日本製戦術機が重視する空力特性を追い求めた結果の産物だった。
「問題は、生産性に難があることか……」
「そればかりは、ね。できる限り既製品を流用しているけれど、要求通りの性能を発揮するにはどうしても新規格のパーツが必要になるから」
斯衛の誇る『武御雷』……かつては年間30機、現在でも精々倍程度しか確保できない高性能機ほどではないにしても、『不知火・参型』の生産機数は多くない。新規パーツを多用していることも理由の1つだが、そもそもの生産ラインが少ないためだ。
現在稼働しているのは遠田技研で確保しているラインのみ……そのうち大東亜連合にも生産委託して生産数を増やすことになるが、それでも最終決戦に向けてどれだけの数を確保できるかが問題だった。
「……取り敢えず、できる限りは努力してみるけど、あまり期待はしないでね」
「分かっています。それより、新型の方は?」
「順調とは言い難いけど、致命的な遅れはない。問題があるとすれば……『羅刹』を使いこなせる人間に渡すなら──って、遠田の技術者が変に暴走していることかしら?」
ミラの表情は、苦笑いとも、同情とも取れるものだった。
「……アレ以上のじゃじゃ馬をよこす気かよ」
横目に『羅刹』を見ながら、隆也は呟いた。
確かに性能は高く、追従性は『不知火』どころか『武御雷』をも遥かに凌ぐが……操縦性は劣悪どころの騒ぎではない。現に、特殊作戦群のエースたちでも、扱いにくさから忌避されているほどなのだ。
その『羅刹』以上の高性能機だとすれば、操縦性はどれほど劣悪になるか分かったものではない。XM3が介在することで幾分改善の余地はあるだろうが……むしろそれを前提に滅茶苦茶なバランスの機体を押し付けてくるかもしれない。
「まあ、楽しみにしててね」
「……ちょっ、ミラさん?」
悪戯っぽく笑って去っていくミラの姿に、隆也は嫌な予感を覚えた。
まさか、貴女が一番暴走している訳じゃないですよね、と。ミラの開発者としての力量や気質を知っているからこその予感は、幸か不幸か正鵠を射ていたのだが……神ならざる身の隆也には、知る由もないことであった。
不安交じりにミラの後姿を見送った隆也に、背後から声が掛けられた。
「久しぶりだな、シキシマ中佐」
「……ヘルガか?」
隆也が懐疑的な声と共に振り返ると、国連の軍服を着込んだ女性士官が、呆れともつかない表情で立っていた。
「通達はあったと思うのだが……」
「いや、すまん。ツェルベルスからも人を寄越すとは言われていたが……まさか、本気だとは思っていなかった」
隆也は言い訳がましく釈明したが、内心では本当に驚いていた。
欧州の最精鋭たる西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊『ツェルベルス』……彼女、ヘルガローゼ・フォン・ファルケンマイヤーは、その第2中隊の副隊長を務める衛士であり、ファルケンマイヤー侯爵家の長女でもある人物だ。
特殊作戦群からの戦力派遣の要請に、各国は政治的な意義を見出しており、精鋭を送り込もうとする動きがあることは知っていた。しかし、ツェルベルスは欧州の切り札とも言うべき存在で、その衛士を送り込むというのはどういうことか。
「……理由は、主に2つある。個人的なものと、外的なものだ」
隆也の内心を見透かしてか、ヘルガローゼが話し始めた。
「外的な、というと……欧州連合か、西ドイツの思惑か?」
祖国ドイツをBETAに奪われている現状で、国連軍の部隊に出向するというのは出世コースから外れるようなものだ。将来有望で、有能であることを疑う余地のないヘルガローゼがどうして選ばれたのか……戦力を出したという実績を作るためなら、適当な新兵でも送り込めば事足りるはずだ。
「政府からの要請も、もちろんあったが……個人的な理由が主だ。ああ、それと、これを預かっている」
そう言いながら、ヘルガローゼは手紙を差し出した。
「ファーレンホルスト少佐からだ」
隆也は、僅かに表情を動かしながら封蝋の施された手紙を受け取った。
(ジークリンデから、か……碌な内容じゃないな)
内心で溜息をつきながら封を切って、隆也は手紙に目を通し始めた。
かつて、欧州戦線で肩を並べて戦った経験があるだけに、ツェルベルスに所属する衛士の人柄は、大体把握しているつもりだ。
手紙の差し出し人であるジークリンデ・フォン・ファーレンホルストは、グレートブリテン防衛戦で勇名を馳せた七英雄の1人であり、ツェルベルスの副隊長を務める女傑なのだが……隆也の評価としては〝同類〟であった。
ツェルベルスを率いるヴィルフリート・フォン・アイヒベルガーは、世界すべてを見渡しても屈指の指揮官だと評価できよう。
度量も、実力も、隆也をして及ばず、特殊作戦群を率いたギュンター・フォン・バイエルラインにも匹敵する。それでいて慢心することなく、油断の欠片もなく戦場を見据える武人としての心構えは、正しく英雄の気質だ。
その上で、貴族だというのだからケチのつけようもない。欧州における貴族の立場は日本の武家よりも特別な意味合いが強い。欧州の地で戦ったが故の結論であり、高級将校にそういった傾向が強いというのも分かっていた。
それでも、それだけで何もかもが解決する訳ではない。
ツェルベルスが精強であることは確かだが、命じられるまま、良いように使われるだけでは、長期間戦い続けることはできない……事実として、使われるのを許容せざるを得なかった特殊作戦群は、いまや壊滅寸前の有様だ。
では、ツェルベルスにおいてその調整を行っているのは誰か。裏の駆け引きを、政治面での暗躍を陰で行っているのは誰なのか。
情報を掻き集めた上で、隆也は結論を出していた。戦場で向かい合いたくないのがヴィルフリート・アイヒベルガーであるならば、戦場以外で敵に回したくないのは、ジークリンデ・ファーレンホルストであると。
ひとしきり文面に目を通した隆也は、盛大な溜息を漏らした。
やはりと言うべきか、佐渡島ハイヴ攻略作戦の成功は、欧州にも大きな影響を及ぼしていたらしい。それ自体は予想されたことであったが、隆也の持つ情報網の性質から、まだ欧州の情勢は届いていなかった。
有り難いことに、手紙には現在の欧州の情勢が簡潔に記され、それと絡める形でヘルガローゼが出向することになった経緯が記されていた。
──佐渡島ハイヴの陥落を契機として、欧州連合各国の政府や軍部に、少なからず存在していた第5計画派は大きく勢力を削がれることになった。しかも、欧州の第5計画派はアメリカの後ろ盾を過信してか、強引に事を進める傾向が強かったために、反対派による追及は苛烈なものとなったようだ。
そうして追い詰められることになった欧州の第5計画派、その中核だったのがドイツの貴族家、アドラー公爵家だった。
アドラー公爵家は武門の名流として名高く、当主を筆頭に、ドイツ軍内においても要職を務める名門貴族家であった。しかし、貴族らしい傲慢さから一般将兵からの人望はさほど高くはなく、さらに第5計画派の中核として、何かとアメリカに便宜を図っていたことから、第5計画が劣勢になるとその反動も大きかった。
追い詰められたアドラー公爵家は、第4計画派に鞍替えしたと見せることで生き残ろうと画策したらしい。そうしてアドラー公爵家の当主が考え出した打開策というのが、第4計画派の貴族と婚戚関係になることだった。
幸いというべきか、アドラー公爵家には衛士として活躍している後継者がいた。第4計画派の貴族と婚戚関係となった時点で当主が身を引き、子息へと家督を譲れば、確かに対外的には第4計画に鞍替えしたのだと見せることができる。
そうして関係を結ぶべき相手として選ばれたのが、ファルケンマイヤー侯爵家だったという訳である。
ファルケンマイヤー侯爵家が選ばれたのは、第4計画派であることを明確にしていたことも理由であったが、年頃の令嬢の存在と、なによりも侯爵家という家格が、アドラー家にとって都合が良かったからである。
そもそも、第4計画派への鞍替えは、アドラー公爵家が生き残っていくための手段であるから、第5計画が再び権勢を取り戻した場合のことも考えなければならない。
第4計画が優勢なうちはファルケンマイヤー家を隠れ蓑にしておき、第5計画が復権したならアドラー家が主導権を握ることで、再び欧州における第5計画の中心に返り咲こうというのがアドラー家当主の思惑だった。
貴族という立場が特別な意味を持つ欧州において、侯爵家という立ち位置は、反第5計画派の追及を逃れるには充分な盾となるし、いざ主導権を取り戻すとなったときには、公爵家という立場から強引に事を進めることもできる。
(ツェルベルスにとっては、看過できない問題だな……)
政治的な均衡の上に立っているツェルベルスにとって、アドラー公爵家は抱え込むには重すぎる負債だった。
もとより、装備の面で優遇されているツェルベルスに反感を抱くものは、軍上層部に限らず決して少ないとは言えないのである。
それが表面化しないのは、ジークリンデの調整能力はもちろん、即応遊撃部隊としての評価と実績。さらには国連最強にして、第4計画派の筆頭である特殊作戦群との協力関係が、明に暗に示されているからだ。
それでも、盤石にはほど遠い。もしも、アドラー公爵家の思惑通りに第5計画派の隠れ蓑を提供するようなことになれば、ここぞとばかりに反ツェルベルス派の人間が動き出すことは目に見えている。
しかし、相手がアドラー公爵家というのは問題だった。
公爵家という貴族としては最上位の格式を持ち、東西ドイツ連合の軍組織においても中枢を占める一族である。政治的な劣勢に立たされたといっても、欧州における第5計画派閥の勢力も小さなものではない。
派閥として敵対し、正面から激突することにもなればどうなるか。
ただで済まないことは明白……たとえ隆也が全面的に協力したとしても、ツェルベルスが受ける傷は浅くはないだろう。
そこに付け込まれればどうなるか。最悪はツェルベルスが空中分解する可能性すらも想像できる。そうでなくとも、最前線の即応部隊が機能不全に陥れば、欧州におけるBETA戦争の帰趨にも多大な影響を及ぼすことになる。
アドラー公爵家と対立するにはリスクが大きく、さりとて受け入れるのは致命的──であれば、どちらも避けるしかない。
「……個人的な理由を、聞いてもいいか?」
おそらくは、政治的な駆け引きを知らされてはいないのだろう。そう考えた隆也は、手紙の内容には触れずにヘルガローゼを見やった。
「……志願、させてもらった」
怪訝な表情を浮かべながらも、手紙がポケットに押し込まれる様子を見たヘルガローゼは知るべき内容ではないのだと判断して、すぐに表情を改めた。
「志願?」
「ああ……そちらから戦力派遣の申し出があったとき、ツェルベルスからも人員を出すべきだとの話が軍上層部で出たらしくな」
おそらくは、ジークリンデが仕込んだことだろう。ヘルガローゼを物理的に欧州から離してしまえば、アドラー公爵も手を出すことはできない。直接対峙することができない以上、最善の手であろう。
「正直に言って、好機だと思った」
続くヘルガローゼの言葉に、隆也は困惑した。
特殊作戦群への出向は、貧乏籤以外の何物でもない。投入される戦場は、精鋭と呼ばれる各国の部隊と比較してもなお苛烈で、それに比例して損耗率も極めて高い。だというのに、見返りと呼べるものはないのだ。
上層部、あるいは上官に命じられたというならばまだ分かるのだが、自分から志願したというのはいささかならず解せないものがある。
その疑念を感じ取ったらしく、ヘルガローゼは苦笑した。
「中佐には、かつて助けてもらった恩もある。それに、同じ突撃前衛として、教えを請いたいとは思っていた」
そうしてヘルガローゼは、真っ直ぐに隆也の瞳を見据えた。
「何より──祖国奪還のために、ハイヴ攻略に必要なすべてを、ツェルベルスに持ち帰るために、私は志願した」
佐渡島ハイヴ攻略作戦の戦闘詳報は、ツェルベルスでも独自の情報網を介して入手し、つぶさに研究を行っていた。そうした中で浮かび上がったのは、やはり特殊作戦群が投入した2個戦隊の圧倒的という以上の戦闘能力であった。
何しろ、帝国軍の支援があったとはいえ、突入地点周辺のBETAをわずか2個大隊で殲滅して見せ、続くハイヴ内の戦闘でも、帝国軍突入部隊が反応炉制圧を成し遂げるまでの間、ハイヴ内に存在していた個体と、周囲から流入した個体のうち、およそ7割を押しとどめ続けていたのである。
日本帝国軍が当初予定されていた戦力のおよそ半数で佐渡島ハイヴ攻略作戦を成功させ得たのは、まず間違いなく特殊作戦群の存在によるものであり、ツェルベルスでは、彼ら単独でのハイヴ攻略すら可能であったと見ている。
欧州最強を噂されるツェルベルスとて、ハイヴ突入の経験は持たない。
佐渡島ハイヴの陥落によって、現実性を帯びてきた欧州反攻。避けては通れないハイヴ攻略作戦に向けて……そのうち戦訓は共有されることになろうが、それでも実地に学ぶ機会を逃す手はない。
ヘルガローゼの言葉は、ツェルベルスの全員が共有する感情だろう。政治的な事情があったからこそヘルガローゼが選ばれたが、許されるならばヴィルフリート自身が乗り込んでくるつもりだったのだろうと考えて、隆也は内心で苦笑を浮かべた。
「……そう、か」
大きく頷きながら、隆也は呟いた。
「ああ……だから、よろしく頼む」
微笑を浮かべて、ヘルガローゼは右手を差し出した。
その手を取りながら、隆也は口の端を釣り上げた。
「言っておくが、地獄の方がまだましだぞ」
「覚悟の上だ」
それから、少しばかり言葉を交わした後、ヘルガローゼは自らに与えられた機体──『タイフーン』実証試験型の調整に向かうからと踵を返して、隆也も搬入されてきた他の機体の確認作業に向かうべく、その場を離れた。
次に隆也が見上げた機体は、キメラのような印象を受けるものだった。
近しい機体を探すなら、アメリカの『F-14:トムキャット』だろうが、外観から受ける印象はソヴィエトの『ビェールクト』、あるいは日本帝国が誇る『不知火・弐型』にも似ているように思える。
「……ミラさんの仕業か」
隆也が溜息交じりに見つめる機体は、大東亜連合軍が正式採用したばかりの新鋭機『F-14AX:タイガーキャット』であった。
もともとは、『不知火・参型』の生産ラインの確保を狙う隆也と、自国製戦術機の開発能力を求めていた大東亜連合の思惑が一致した結果の産物だった。
大東亜連合側は土地を提供し、施設と人員においても責任を負う。一方で、特殊作戦群は『不知火・参型』の生産に現地の技術者を入れることで情報供与の一環として、さらに直接的にも技術提供を行うことになっている。
その技術提供の一環として行われたのが、新型機の共同開発であった。日本からはミラ・ブリッジス以下10名程度の開発チームが派遣され、現地の技術者たちや衛士を招いて新型戦術機の開発を行っていた。
もっとも、開発部の主任であるミラ自身が大東亜連合に乗り込んでいたというのは、隆也にとっては予想外のことであったが。
ともあれ、大東亜連合でスタートした新型機開発計画が目指すところは、来るべき人類の反撃において力を発揮し得る機体──即ち、ハイヴ突入作戦への投入を前提とした高性能機であった。
大東亜連合の要求は、そのハイヴ突入作戦を戦略の軸とする特殊作戦群にとっては渡りに船といったところであった。アメリカの寄越した『ストライク・イーグル』を例外とすれば、日本の『武御雷』から欧州の『タイフーン』『ラファール』に至るまで、各国が開発したハイヴ攻略のための機体が参集していたからである。
もともと大東亜連合の運用していた機体『F-18AX:レイジングホーネット』の運用実績に、ユーコンのプロミネンス計画の成果……さらには特殊作戦群が装備する機体の運用データまでも惜しげもなく注ぎ込んで。
そうして開発が進められた結果、機体設計の担当がミラだったこともあって『トムキャット』の面影を残すフレームに、日本製戦術機のような空力特性と、ソヴィエトのような運動性能を付与した結果が、キメラのような外観であった。
なお型式番号が『F-14AX』とされたのは、『トムキャット』を原型とした改修機であると他国に誤認させるためであった。世界情勢が不安定な中で、大東亜連合が自力で第3世代戦術機を開発できるとなれば、他国の介入を招く恐れがあるからだ。
大東亜連合は烏合の衆とまではいかないにしても、参加する各国の足並みがそろっているとはいいがたいものがある。他国──とくにアメリカの介入を許せば、空中分解の危険性すらあるのだ。
アメリカの眼は日本に、より正確には蠢動を続ける横浜に向けられていたが、むやみに火種を起こさない方が賢明というものだった。
そうした手を回すほどには『タイガーキャット』は期待の持たれた機体であったが──特殊作戦群の持ち合わせた運用データの影響か、特殊作戦群が開発中の新型機のテストベットとして新技術が投入された影響か、高性能ながら操縦性に難のある、いわゆるエース用の機体として完成することとなった。
高性能ゆえのコスト高もあり、大東亜連合の首脳部ではどうしたものかと頭を悩ませたらしい。確かに、特殊作戦群向けの工場や整備施設の建造もあるし、そこに新型機の莫大な建造コストとなれば、躊躇うのも当然だろう。
しかし、技術提供の一環として見れば、成果は充分以上のものがある。なにしろ、『タイガーキャット』は特殊作戦群が開発中の新型機のテストベットとしての意味もあり、注ぎ込まれた技術は誇張無しに最先端のものだったからだ。
政治家はともかく、軍部にしてみれば『タイガーキャット』を軸にして、一般人でも扱える廉価版を開発すればいいだけという反応であったし、機体開発チームも、そうした後の発展を見込んでいたのは間違いない。
実際に『タイガーキャット』開発に携わった大東亜連合の技術者達は、すぐさま一般兵が扱うには過剰と見られる部分を削り取った廉価版──後に『F-14AX-2:ブラックキャット』と呼ばれ、大東亜連合の主力機を務める機体の開発に取り掛かっていた。
同時に、『タイガーキャット』の優れた性能に魅了された者も多く、軍組織のトップを務める人物の鶴の一言とも言うべき嘆願によって、正式採用とエースパイロット向けの少数生産が承認されてもいた。
大東亜連合の選択は、アメリカ合衆国や統一中華戦線の取っているハイ・ローミックス型の軍備であった。なるほど、大東亜連合を構成する各国は、BETAの侵攻を受けた国か、発展途上であった国々であり、余裕がある訳ではない。
それは金銭的なものももちろんだが、人的資源の面でも、だ。
一人前の軍人を育て上げるには、相応の時間と金が要る。しかし、大東亜連合はBETAとの戦いで多くの戦死者を軍民問わずに出してきた。正面を支える軍人は減り、銃後を預かる人間と、衛士として後に続く人間もまた磨り減らされる一方だった。
いまとなっては、熟練した衛士は宝石よりも貴重で、しかし貴重であるがゆえに酷使されて散っていく。
そうした負の連鎖を断ち切り、貴重な熟練衛士を、さらには他の衛士を実戦によって鍛え上げ、エースと呼ばれる領域にまで引っ張り上げるにはどうすればよいのか……そうした思考の結果だ。
これを後押ししたのが、『タイガーキャット』と共に特殊作戦群から送られた切り札──XM3の存在だった。各国の第3世代戦術機と比較しても遜色ない性能の『タイガーキャット』と、従来の戦術機運用を根底から覆してしまう新型OSの組み合わせによる効果は絶大だった。
精鋭を集めて編成された試験運用中隊は、実戦に投入されると絶大な戦果を挙げ、かの特殊作戦群第4遊撃戦隊──主としてインド戦線に展開していた部隊に遜色ないほどの活躍を見せつけることになる。
この結果を受けて、『タイガーキャット』装備の精鋭部隊は拡大されることが決定しており、取り敢えずは大隊規模を編成。ゆくゆくは連隊規模まで拡大することを、大東亜連合上層部では決定していた。
大東亜連合が特殊作戦群への戦力供与に応じたのは、『タイガーキャット』の生産が軌道に乗って余裕が生まれたこと、実際にハイヴ攻略戦に投入することで実力のほどを測ってみたいという思惑があるからだろう。
「しかし、タリサ・マナンダルとは、な……」
機体と共に送り込まれてきた衛士は、大東亜連合では貴重なエース級……それも、将来有望な若者だった。
アラスカ・ユーコン基地のプロミネンス計画では、ユウヤと共にXFJ計画に参画し、『不知火・弐型』の開発に一役買っている。操縦技術の面でも、ユーコンに集められた各国の精鋭と比較しても上位に食い込めるだけのものがあった。
「……で、お前は何でここに来たんだ?」
「ありゃ、気付いてたか」
「本職は諜報員だぞ……気が付けないようなら廃業だ」
「……反則だろ、お前の経歴」
呆れたようにして隆也の横に並んだのは、褐色肌の小柄な女性だった。
ユーコンで、そしてスエズでの戦いで見知っている隆也には驚きはないものの、何も知らない人間が見れば、この少女のような人物が大東亜連合でも屈指のエースパイロットだとは到底思わないだろう。
「なんか、失礼なこと考えてんだろ」
「いや? 相変わらず小さい──」
瞬間に繰り出された拳を、隆也は平然と跳ねのけた。そこからしばらく、タリサは徒手空拳を繰り出したが、隆也は片手で悠々と打ち払った。
「1発くらい殴らせろよ!」
「……まあ、昔よりは成長したんじゃないか?」
ことごとく迎撃されて、結局1発も届かなかったタリサは、肩で息をしながら非難がましい声を上げたが、隆也は涼しい顔で評価を述べた。
「ちくしょう……」
ぼやきながら、タリサは呼吸を整えるように深呼吸をした。
「……で、アタシが来た理由だっけ?」
「お前、例の試験中隊所属だっただろ」
タリサは、『タイガーキャット』を受領した実証試験中隊に選出されていた。いわば、大東亜連合軍におけるエリートで、出世は約束されていたはずだ。
協力体制を敷いているため、特殊作戦群への出向によって昇進に悪影響が出るとは考え難いが、それでもわざわざ望むのは物好きのすることだ。
「家族の仇を討つため、かな」
「なるほど……」
タリサの姉妹は、難民キャンプで死んだ。下手人が人間であったとしても、そのような境遇に姉と妹を追いやったのは何か。そう問われたなら、BETAと答える以外にはない。だからこそだと、タリサは言った。
「あのクソッタレどもを叩き潰して、人類の道を拓く──その一番槍を担おうって奴らが集まってるのに、馳せ参じない理由はねえよ」
「お前らしいな……」
好戦的に笑ったタリサに、隆也も口の端を釣り上げた。
それから、しばらく雑談に興じていた隆也とタリサだったが、そのうちにタリサが顔を引き攣らせた。
「じゃあ、アタシはこの辺で……機体の調整も残ってるしな」
捲し立てるようにそう言うと、逃げるように走り去っていった。
逃げ去る直前にタリサが見つめていた方向を振り返ると、ムスッとした表情を浮かべた銀色の髪の女性が近寄って来るところだった。
「……機嫌が悪そうだな、マーティカ」
彼女の様子に頓着することなく、隆也は普段通りの口調で話しかけた。しかし彼女から返事は無く、仕方なしに隆也は言葉を重ねた。
「……なんだ。まだ、置いて行かれたことを恨んでいるのか?」
「当然だ」
間髪入れずに返された返事に、隆也は苦笑した。
アラスカでの騒動の後、マーティカはユウヤ達と共に日本に亡命し、横浜基地で治療を受けていたが、細胞破壊が進んでいたクリスカや、戦闘用に調整を受けていたイーニァに比べて回復は早かった。
また、クリスカに欠けていた情操教育もそれなりに受けていたようで、そうした面でも手間がかからなかった。
ともあれ、マーティカはクリスカとイーニァの面倒を見ながら横浜基地で過ごしていたのだが、オルタネイティヴ計画が第5計画へと移行されると、夕呼からの許可をもぎ取って、隆也が率いる第13独立大隊に籍を置いた。
その後、第3次重慶ハイヴ攻略作戦に代表される凄惨な戦場を駆け抜け、第13独立大隊の数少ない生き残りとなったマーティカは、特殊作戦群においても隆也が率いる第2遊撃戦隊の主力を張っていた。
ところが、欧州から帰還した第2戦隊では『不知火・弐型』の導入に際して、日本人衛士に限るとの条件があったことから、第2戦隊の指揮下から外されて、横浜基地に残されていた。
そのため、日本本土各地での防衛戦と、過去最大の消耗率を記録した佐渡島の戦いには参加していない。
「仕方がないだろう。お前の国籍、ソヴィエトのままだし」
「……その程度、いくらでも誤魔化しがきくだろう。そもそも、非公式に亡命している私が第13大隊に所属できたのだから、いまさらだろう」
「それは、そうだな」
ジト目で睨むマーティカに、隆也は誤魔化すように笑った。
「貴様……」
「悪かったよ」
降参とばかりに、隆也は両手を上げた。
マーティカを第2戦隊に所属させたまま、『不知火・弐型』を受領することは可能ではあった。ただし、いささかならず面倒な手段を講じれば……という前提付きで、しかもできる限り借りを作りたくないあの男に、相応の借りを作れば、の話だが。
もちろん、マーティカにもそれは分かっている。それでも、こうして悪態をついているのは、肝心な時に役に立つことができなかった悔しさからだった。
「……もとより、私はアラスカで終わっていた身だ」
戦術機の部品として、冷たい金属の箱に押し込まれて、マーティカ・ビャーチェノワという人間は終わるはずだった。
「こうして生きているのは貴様が、余計な危険を冒して私を助けたからだ」
その運命を捻じ曲げたのは、予定にはなかった基地襲撃。いくらユウヤが『不知火・弐型』で攻撃した直後の混乱状態を狙ったといっても、危険過ぎる上に、隆也にとって何ら得られるものもないはずの余計な行動だった。
どうして──と、疑念をぶつけるのは当然だった。
そうして返された答えは、「お前が、手の届く場所にいたから」という、はぐらかすような、真意の掴めない言葉だった。
隆也の意図したところはどうあれ、救われたのは事実だった。マーティカ自身も、クリスカも、そしてイーニァも……だから。
「私は、貴様のためなら──」
「──マーティカ」
どこか冷たい響きを持った言葉で、隆也が遮った。
「……命を投げ出す行為は、自己満足だと教えたはずだ」
鋭い視線が、マーティカの瞳を射抜いていた。
誰かのために、自分を犠牲にする。この世界ではありふれた、それでも美談として語られる行為を、隆也は吐き捨てるように否定して。
「死んでいった奴らは満足かもしれないけどな……残される方にとっては呪いだよ。それも、永劫に縛られ続ける呪いだ」
噛みしめるように、そう言った。
好むと好まざるとにかかわらず、敷島隆也は多くの死を背負ってきた。だからこそ、放たれた言葉には形容しがたい重さがあった。
「…………すまない」
「……お前が恩義を感じているのなら、最後まで生き残れ。いいな?」
しょんぼりと顔を伏せたマーティカに、隆也は雰囲気を和らげた。そして、少し躊躇いながらも手を伸ばして、彼女の頭を撫でた。
「……私は、イーニァではないのだぞ」
顔を伏せたまま、マーティカは抗議の声を上げる。しかし、口元は少し緩んで、発せられた言葉にも幾分か喜色が混ざっていた。
「嫌なら、やめるぞ」
「まて。やめろとは、言っていない」
上目遣いで訴えかけるマーティカに、隆也は優しく笑った。
しばらくの間、まんざらでもない様子で頭を撫でられ続けていたマーティカだったが、ふと我に返ったように隆也の手を払った。
頬を赤らめながら周囲に視線を向けるが、彼女にとっては幸いなことに、周囲に野次馬の姿はなかった。それを確認して、安堵の息を漏らしてから、マーティカは隆也へと視線を戻した。
「……善処する」
「ん?」
「生き残れと、そう言っただろう。だから、善処する」
「……ああ、それでいいよ」
BETAとの戦いに絶対などないのだから、その返事で充分だった。
マーティカの返事に小さく頷いて、隆也は踵を返した。その足先は、新たに搬入されてきた戦術機に向けられていた。
「……なんだ?」
くしゃくしゃになった髪を整えながら、マーティカは呟いた。ほんの少しだけ、心臓の鼓動が早まって、頬も熱を持っているようだった。
「風邪、か?」
体調管理を怠ったつもりはないのだが……と、第三者が心情を知れば、盛大に溜息を漏らしそうなことを考えながら、マーティカは隆也を追いかけるのだった。