祭りでも、怪物でもなく   作:藤沢大典

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第11話:ぎこちないセンターと祝杯の定食

 ウイニングライブ。

 それは、レースで勝利を収めたウマ娘だけが立つことを許される、華やかで熱狂的な夢のステージだ。きらびやかな衣装、眩しいスポットライト、そして観客からの割れんばかりの歓声。

 普通、他のウマ娘たちは、この日のためにターフでの走りと同じくらい、鏡の前でステップや笑顔の練習に明け暮れている。

 ……しかし、今の私にとって、そのステージは別の意味で『過酷な試練』となっていた。

 

「――っ、右、いや左っ!? あ、ステップ遅れ……っ!」

 

 センターポジション。本来なら最も輝くべきその立ち位置で、私は一人、完全にパニックに陥っていた。

 手足の動きは錆びついたブリキのオモチャのように硬く、隣で踊るバックダンサーのウマ娘たちとは明らかにワンテンポ、いやツーテンポはズレている。

 笑顔を作る余裕なんて全くない。顔は引きつり、額からはレース中よりも嫌な汗が滝のように流れ落ちていた。

 無理もない。

 この一年間、私が伊関トレーナーから命じられてきたのは『巨大な廃タイヤを引きずること』と『正確なラップを刻むこと』だけだったのだから。

 ライブの練習なんて、1ミリもしていない。

 強靭な体幹と底なしのスタミナは、重いバ場をゴリ押しするためには最高の武器になったが、軽快なポップスに合わせて可憐に舞うための『バネ』や『リズム感』には一切変換されなかったのだ。

 

(早く……早く曲終わってぇぇぇっ!)

 

 心の中で悲鳴を上げながら、私は不格好に腕を振り回し、どうにか最後のポーズだけは周りに合わせて(少し遅れて)キメた。

 観客席からは、歓声というよりは『がんばれー!』という、運動会で転んだ子を励ますような温かくも同情的な拍手がパラパラと送られてきた。

 いたたまれなさで、私は穴があったら今すぐもぐり込みたい気分だった。

 

「……ひどい有様だったな」

 

 ライブが終わり、控室へ逃げるように戻ってきた私を出迎えたのは、壁に背を預けて腕を組む伊関さんだった。

 

「うぅぅ……すみません……。私、全然踊れなくて……周りの子にも迷惑かけちゃって……」

「謝る必要はない。ライブの練習なんざ今のお前の育成プランには最初から全く組み込んでいなかったからな、踊れなくて当然だ。だが……」

 

 伊関さんはそこで言葉を区切り、ふっと、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「あの第3コーナーからのロングスパート。……指示通り、完璧なトルクと回転数だった。他の連中が完全に脚を止めた中、お前のエンジンだけが正確に駆動し続けていた。最高の走りだったぞ、リバーライト」

 

 普段は無愛想で冷徹な伊関さんからの、初めての真っ直ぐな称賛。

 その言葉を聞いた瞬間、ライブの恥ずかしさなんて吹き飛び、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

 泥を啜り、ボロ雑巾のように倒れ込んだ日々が、ようやく報われたのだ。

 

「……はいっ、ありがとうございます……っ!」

「さあ、着替えてこい。祝勝会だ」

「祝勝会……! レストランとか行くんですか!?」

「バカ言え。そんな予算がうちのチームにあると思うか」

 

 連れてこられたのは、いつも激しい特訓の後に肉体作りのために強制連行されていた、学園の裏手にある古びた大衆定食屋だった。

 厨房からは食欲をそそる油の匂いが漂い、壁には手書きのメニューの短冊が所狭しと貼られている。華々しいメイクデビューの祝勝会には程遠い、あまりにも日常的で庶民的な場所。

 でも、私にとっては、世界中の三ツ星レストランよりも落ち着く、伊関チーム(仮)の『もう一つの部室』だった。

 

「おやじ、こいつにロールかつ定食。ご飯は特盛りで頼む。俺はビールと冷奴だ」

「えっ、祝勝会なのに私、いつもと同じご飯なんですか!?」

「当たり前だ。たかがメイクデビューを一つ勝ったくらいで浮かれるな。お前の肉体作りはまだ終わっていない。むしろ、ここからさらに出力を上げるための燃料投下だと思え」

 

 相変わらずの伊関さんの理屈に、私は思わず苦笑いした。

 しばらくして、目の前にドンッと置かれたのは、山盛りの千切りキャベツに寄り添うように乗せられた、巨大なロールかつだった。

 薄切りの豚肉が何層にも重ねられ、サクサクの粗めの衣を纏ってきつね色に揚がっている。上からかけられた濃厚なソースの香りが、限界まで空腹だった胃袋を強烈に刺激した。

 

「さあ、食え。エンジンを回した分、きっちり補給しろ」

「……いただきます!」

 

 私は割り箸を割り、大きなロールかつに躊躇なくかぶりついた。

 サクッ、という心地よい音とともに、何層にも重なった豚肉の間から、ジュワッと熱い肉汁と脂の甘みが溢れ出す。カツカレーのようなスパイシーな強さではなく、肉そのものの旨味と柔らかな食感がダイレクトに伝わってくる、最高にガッツリとした一品だ。

 熱々のかつを頬張り、すぐさま特盛りの白米をかき込む。

 

(……美味しい。いつもと同じはずなのに、今日は特別に美味しい……っ!)

 

 厳しい特訓の後に無理やり詰め込んでいた時の味とは違う。

 勝利という最高のスパイスが、定食屋のロールかつを何倍にも美味しくしてくれていた。

 

「どうだ、自分の脚で掴み取った勝利の味は」

 

 伊関さんは、冷えたビールのグラスを傾けながら、珍しく穏やかな声で聞いてきた。

 

「最高、です。……私、レース中に分かりました。タイヤを引いていた時より、ずっと身体が前に進む感覚があったんです。……自分のエンジンが、ちゃんと地面に噛み合ってるって」

「そうだろう。お前のエンジンは、ようやくアイドリングを終えて、実戦のターフで火がついたばかりだ。春になれば、さらに強力な猛者たちがお前の前に立ち塞がる。様々な状況によって更に過酷な展開になることもおるだろう」

 

 伊関さんはグラスを置き、私の目を見た。

 

「だが、お前はもう『才能がない』と泣いていたあの頃のお前じゃない。誰にも負けない強靭なエンジンとそれに耐えうる肉体、そして狂いのない時計の針を持っている。……このまま止まらずに、頂点まで突き進むぞ、リバーライト」

「……はいっ!!」

 

 私は力強く頷き、再びロールかつを頬張った。

 

 テレビの中では、海外で戦っているウマ娘の特集が組まれており、ルクス先輩が香港で走っていた映像が流れている。

 マキちゃんも、春にはいよいよこのトレセン学園にやってくる。

 私を置いていった眩しい背中たちは、まだ遥か遠くにある。

 けれど、焦りはない。

 

 私のエンジンは、まだ唸りを上げ始めたばかりなのだから。

 口の中いっぱいに広がる肉汁と白米の温かさを噛み締めながら、小さな四駆は、次なる過酷なレースへ向けて、静かに闘志の炎を燃やし続けていた。

 




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