今年も投稿していきます……
呪術師候補の八歳児“与幸吉”は悩んでいた。
「スーパーロボットに……のりたい!」
実在しない架空の憧れを操縦したい。八歳児らしい馬鹿馬鹿しい悩みである。しかし彼の背景を知れば中々に重い悩みでもある。
天与呪縛。彼は産まれた時から呪われている。四肢のうち両足と片腕がなく、腰から下の感覚もなく、常に全身の毛穴を針で刺されるような痛みに襲われ、皮膚は月の光でも爛れるほど弱い。
そんな幸吉にとって数少ない喜びの記憶は、両親が見せてくれた日常系ロボットアニメ“
実を言えばスーパーロボットは有る。彼は呪術師候補であり、天与呪縛で得た圧倒的な呪力と生得術式『傀儡操術』を駆使することで巨大ロボ“
それでも巨大ロボに乗って動かせる筈だった。だがウキウキで機動試験に移ったタイミングではたと気付いた。
「どーやってのるんだ……?」
コックピットに乗り移れないのだ。
繰り返しになるが幸吉は天与呪縛の身であり、四肢は腕一本のみ、下半身麻痺、恒常的な皮膚痛、極めて脆い皮膚と障害のオンパレードである。呪術高専に保護され、薬浴と呪術教育で日常生活らしきものがようやく送れるようになったばかりだ。
コックピットまで歩いて、タラップを踏んで、椅子に腰掛け、操縦桿を握る。当たり前の子供なら出来る、その全てが出来ない。
幸吉の『
本来の流れならば計画は凍結され、教諭らの勧めもあり人間サイズの傀儡操縦にシフトする。そのはずだった。
だがこのメカ丸は違う!
「やっぱりのりたい! ぜったいのりたい!」
頭と諦めが悪かったのだ!
かくして幸吉の『
しかし再始動はいいがどうすればいいのかわからない。とりあえず
スッゲーかっこよかった! 答えは出なかった。
なので次は一番近しい大人に話を聞くことにした。
『ナア、うたひメ! おレ、コックピットのりたいけドのれないんダ! どーすりゃイイ?』
「歌姫先生でしょ……ていうか急に何? コックピット?」
庵歌姫。幸吉にとって京都呪術高専で最も付き合いの多い大人である。ついでに言うと将来の担任でもある。
「えーっと、ロボットに乗りたいけど乗れないってこと? うーん、ちょっと難しいんじゃないかな……」
『でものりたイ! いっしょに考えテ!』
歌姫の心境としては『そんなん無理だろうから別のことやったら?』が正直な感想だ。だが天与呪縛で産まれながらに多くを奪われた子供へそれを突きつけるのは躊躇われた。
加えて言えば新米とは言え自分は教師である。子供を導かずに突き放すような真似はしたくない。それが理由で後輩たちのように、道を間違えたりどうしようもないクズになられては困る。
「……わかった。じゃ、二人で考えてアイデア出そうか」
『やっタ! じゃア、テレビもって来ル!』
ガッショガッショと音を立ててカニ型の傀儡が去っていく。ユーモラスで可愛くはある。だが時々その向こうに人が、それも重い障害を持った子供がいるということを忘れそうになる。
まともに顔を合わせない人間ともなれば傀儡ではなく呪骸……自立型呪具の類と思い込んでる者までいる始末。
「スーパーロボットより先に等身大の人形作った方がいいんじゃないかなぁ……」
心配心と漏れた言葉は歌姫一人の空間に響いて消えていった。
*
『へー、スーパーロボットって聞いてたけどふつーのアニメなのね』
『えーっと、コレがスーパーロボット? どー見ても新世紀なアレじゃん』
『結構かわいいじゃない、メカ丸ちょっと欲しいかも』
『もっとこう、このキャラの心理描写とかあって然るべきでしよ!』
『メカ丸っていい子なのね……ほんっといい子なのね……!』
『…………ぐずっ、ぢょっとハンカヂもっで来るわ』
『どー見ても新世紀なアレじゃん』
元ネタの存在である。
幸吉は
幸吉は歌姫からそれを聞き出し、歌姫のケータイで元ネタを……『エヴァンゲリオン』を見せてもらった。ぶっ刺さった。
『カッケー! スッゲーカッケー!』
「男ってこーゆーの好きよねぇ」
作中ネタでしかない
幸いまだ十四歳ではないので聖書モチーフやセカイ系な描写にはハマらなかったのは救いである。
ハマった幸吉はお小遣い(楽巌寺学長より拝領)から『新世紀エヴァンゲリオン設定資料集』を購入。DVDはお小遣い不足で買えなかったが、その中で運命的な出会いをする。
「える、しー、える……エントリー、プラグ……! これすげー! すっげー!」
薬液を満たしたコックピットそのものを出し入れして搭乗する。それはコックピットに乗り込めない幸吉にとってコペルニクス的転回であった。
つまり薬浴している浴槽をコックピットに改造。更に移動能力と合体機能を付けることで、薬液に浸かったままスーパーロボットに乗り込めるのだ!
「よっしゃ! やるぞー! エイエイオー!」
ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン! ガシン!
幸吉の気合に応えて無数の傀儡が音を立てて起動した。海老、蟹、甲虫、蟻、百足などなど。節足動物によく似た傀儡の群れが瞬く間に浴槽を包み込む。
その姿は繭の、或いは蛹のように見えた。
*
それよりしばらく。
『スッゲーの作ったから見てくれよナ!』
幸吉からのお誘いであった。お誘いのお相手は歌姫と……意外にも楽巌寺学長である。
「さて何を見せてくれるのかのう?」
「あんまり期待しない方がいいと思いますよ」
呪術師一本生真面目に生きてきた学長はそれ故に独り身である。呪詛師からの報復や自身の死が十二分にあり得る人生は、家族を得ると言う選択肢を無責任なあり方として捨てさせた。
だからこそ学長は高専で保護した幸吉を、得られることのなかった孫のように見ているのだ。毎月お小遣い(自費)をあげているのもその辺りが理由である。
というか訳で(ルールの範疇内ではあるが)幸吉に甘めな学長は、孫の発表会を観る祖父の心地で廃ダムへとやって来た。同行する歌姫としては弟の発表会だからと祖父に付き合わされる姉の心地であろう。
「そろそろ時間だが」
『ガクチョー! うたひメ! 来てくれてありがとナ!』
「「ッ!?」」
どデカいカプセル錠剤のようなものがガッションガッション音を立てて歩いて来るではないか。反射的に呪力を巡らせる二人だが、巨大なカプセルにくっ付いた見覚えのある顔パーツに気づく。
「……もしかして幸吉!?」
『オウ! 動けるようになったんダ! スゲーだロ!』
そう、コレが浴槽を密閉して多脚を持たせた幸吉の新作傀儡“フロ丸”である!
歩くことも陽の光を浴びることも出来なかった幸吉は不完全とは言え自由を手に入れたのだ。学長の感激もひとしおであった。
「頑張ったの、幸吉……すごく頑張ったのう……!」
「いやまぁスゴイとは思いますが」
キレてる人の隣によりキレてる人が来ると冷静になってしまうように、感涙に咽ぶ学長のせいでどうにも感激が萎んでしまう歌姫であった。
『それだけじゃないゼ! 見てくれヨ! ……来イ! メカ丸ゥッ!』
パチィン! と録音が響いた。それと同時にダムが震えるほどの振動と共に巨大な人影が濁った水面から表れる。
「おお!」
「すっご……」
上半身だけの巨体が二人を見下ろす。だがこの巨人には後頭部がない。
『ぜったイ! がったイ!』
それを埋めるものが、フロ丸が飛びあがる。トンに達する重量物を呪力放射で浮かせているのだ。天与呪縛が産み出す圧倒的な呪力による力技である。
小刻みな呪力放射で器用に前後を入れ替えると、フロ丸は欠けた頭部にガッチリと嵌め込まれた。五つの眼球が光り、傀儡の顎が咆哮を上げる。
『
グオォォォっ!
『そしテ! これガ! メカ丸のうたダ!』
「へ?」
「む?」
10メートルを超えるサイズにふさわしい、5メートルほどのフライングV(自作)を水中から引っ張り出す。
『まけるなー! めかまるー! がんばれー! めかまるー!』
「……はぁ」
「……………………」
八歳児のギターは年齢相応に運指もピッキングもめっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃであった。音楽そのものは録音なので普通に聴けるのが救いである。調子外れの幼いボーイソプラノを聞き流せばの話だが。
『あるてぃめっとーっ! めかまるぅーっ! いぇい!』
ジャジャンと曲が終わった。苦行もやっと終わった。歌姫は嘆息する。
だが面倒は終わっていなかった。隣から強烈な呪力の迸りを感じる。歌姫は諦観した。
呪力は負の感情から産まれる。そして呪力を振り撒く学長もまた負の感情を大いに覚えていた。
「……改めてよく頑張ったの、幸吉」
『ヘヘヘ』
「だが一つ教えてやろう。ギターとは……こう弾くのだ!」
ギュイィィィンッ!
学長の生得術式は遡れば琵琶法師に連なる音芸の術式である。自らを増幅器とし、奏でた音楽に呪力を乗せて放つ。その音楽は源流に従えば平曲……琵琶法師が弾き語る鎮魂歌が本来だ。
だが学長はロックンロールを選んだ。生真面目一辺倒で保守派筆頭の学長だが、これだけは我を通した。ロックを愛していたからだ。
『ウォー! スッゲー!』
「よいか! 帰ったらギターの稽古をつけてやる! 二度とワシの前であんな演奏はさせんぞ!!」
『いいノ!? やっター!』
だから幸吉の無様な演奏ごっこは学長の逆鱗に触れた!
今の彼は孫に駄々甘な老人でもなければ、伝統を愛する教育者でもない。怒れる一人のロックンローラーである!
なぜか持ってきてたフライングVに真っ黒の感情を叩きつけて掻き鳴らす! ギブソンの産んだ異形のエレキは歪んだ叫び声で答えた!
キュリキュリキュリキュリ! キュイィィン! ギュワァァァン!
「わかるか幸吉! これがギターだ! これがロックンロールだっ!!」
『スッゲー!! めっちゃスッゲー!!』
「ガキが……増えた……」
より熱くなってる人が隣に来ると気持ちが覚めてしまうように、熱くなったガキンチョ二人のせいでどうにも冷めて呆れてしまう歌姫であった。
*
月日は流れる。子供だった幸吉も思春期になった。頭の中はまだ子供だったが。
それでも友達が出来、交友も広まり、趣味も広がり、世界が広がっていく。
「では……始め!」
『行くゾ!』
「来いっ!」
合図と共に人影二つが走り出す。弓道着の影が先輩の加茂憲紀、ジャージの影が与幸吉……が操る人型傀儡“究極メカ丸”だ。
『
宣言と共に両足部が膨れ上がり、片手首から先が筒のように窄まる。逆の手は七枝刀を思わせる枝剣に包まれた。
そして膨れ上がった両足から吹き出した空気流は180センチの傀儡を拳一つほど浮き上がらせた。そして窄まった手首から先は銃口となって呪力の弾丸を次々と放つ。
ガガッ! ガガッ! ガガッ!
ジグザグに走ってバースト射撃かわしつつ、加茂は真っ赤な輸血パックを投げつける。
「赤縛!」
赤血操術。呪術御三家が一角、加茂家の相伝術式である。自らの血液とそれが付着した物体を自在に操る。
加茂の宣言に従い、輸血パックから紐の様に血液が飛び出す。これで縛り上げ拘束し、弓矢で矢ぶすまにしてやるのだ。
だがしかし。
『踏み込みが甘イッ!』
「踏み込んでないが!?」
血の紐はホバーで滑走するメカ丸を捉えきれない。わずかに届いた紐は片手の枝剣で切り払われる。
『お返しダ!
「くっ!」
ガガガッ!
蜂じみた傀儡が背中から飛び出すと加茂を目掛けてワイヤーの網を放つ。回避を試みるが牽制射撃で動きを制限されてかわしきれない。
「赤燐躍動! 刈払!」
ならばと加茂は即座に全身の血流を高めて運動能力を強化。加えて丸鋸型に形成した血液で網を切り裂きにかかる。
その隙を見逃す幸吉ではない。西洋剣の柄だけを胸パーツから取り出し、呪力を込めた。
『ここダ!
「サイズおかしくないか!?」
刀身が生えた。構築術式でも使ったのか身の丈より巨大である。形状や色彩が妙に単純なので呪力でそれっぽく模っただけだろう。
そして『勇気』に『大剣』とくれば忘れてはいけないあのパース、いやポーズ。片足を出して腰を落とし、大剣を下に構える。
「そのポーズは何故!?」
『それハ! カッコいいからダ!』
メカ丸は呪力放射ブーストで大跳躍。大剣は呪力のジェットへと姿を変える。何のために大剣を模したのかよくわからないが、『それは! カッコいいからだ!』と縛りなのだろう。
脱出は間に合わない。覚悟した加茂は刈払を両拳に固定し、赤燐躍動を最大出力に引き上げた。丸鋸ナックルで受け止めて、反撃の一撃を叩き込む。
『必殺!
「ぐぁっ!」
だが縛りに加えて重力加速度と呪力放射の後押しを受けたメカ丸の唐竹割り、もとい壊呪一刀は拮抗すら許さず、全部まとめて押し潰した。グラウンドに倒れた加茂を前に、油断なく見栄を切って残心を決めるメカ丸。勝敗は明らかであった。
「そこまで! 与の勝ち!」
「はぁ……強いな、与」
『スッゲーだロ? でも加茂も強いゾ』
「先輩と呼べ」
倒れた加茂にメカ丸が手を差し伸べる。先輩後輩を超えた友情である。
「与、お疲れ様! はいコレ!」
『オウ、ありがト! 三輪も試合頑張れヨ!』
「私には?」
同級生の三輪霞が運動部マネージャーよろしくタオルを差し出してくれた。加茂にはない。
なお当然ではあるが傀儡は汗をかかない。三輪は気づいていないようだ。幸吉も気にしていないようだ。
青い春が香る男女の一時。青臭いやりとりに他の同級生が茶々を入れたくなるのも当然であろう。
「援助交際〜」
「パパ活〜、じゃなくてメカ活〜」
「二人とも人聞きの悪いこと言わないでください! 確かに与には色々貰ってるけど……善意です! 善意ですから!」
三輪の実家が貧乏で困っていると知った幸吉が、何も考えずにテレビに炊飯器、洗濯機にDVDプレイヤー(with
ろくでもない強要の前準備にも思えるが、あたまのわるい幸吉にそんな思考はない。
『三輪は困ってるんだロ? 手を貸すゾ! 金は余ってるし、三輪の弟たちがメカ丸好きになってくれたら嬉しいからナ!』
そんだけである。バカである。
三輪はそれだけではなさそうだが。
「まーその、恩返ししたいなーとか、考えてないわけではないんですが、こう、もっと、段階を踏んでというか、ちょっずつ距離を……」
「アイツ、バカだから直接言わないと絶対わかんないわよ」
「直接言ってもわかんないんじゃない? 頭の中小学生並みでしょアレ」
「あー、『好きです』って言われても『どのアニメダ?』って返しそう。絶対恋愛偏差値40割ってるわ」
「そんなことないですよ! ……多分、きっと」
ぎゃーすぎゃーすと姦しく楽しくお喋りは続く。遠目に眺めるメカ丸のカメラアイもどこか優しげに見える。
『なんかよくわからないが楽しそうだナ』
「そうだな。それで私にタオルは?」
『待ってロ。取ってくル』
三輪には幸いなことに、手渡されたタオルを加茂に渡さないだけの社会性はあるようだった。