メカ丸(あたまがわるい)生存ルート   作:属物

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後編

 大きな変化のない、けれど楽しい日々。

 終わりは唐突に訪れる。

 

「やぁ、初めまして。与幸吉くん、健康な身体に興味はないかい?」

 

 五条袈裟を纏う、妙な前髪と妙な額傷のある男だった。学長と歌姫ぐらいしか知らないはずの浴槽の安置場所にそいつら突然現れた。

 

「……そりゃあるが」

 

「それはよかった。こいつは真人という呪霊でね、真人の術式を使えば君の天与呪縛を解くことが出来る」

 

「へー、これが天与呪縛ね。うっわ下半身の魂ガッツリ抉れてるじゃん。キモッ」

 

 フランケンシュタインの怪物を思わせる青髪の呪霊。ツギハギ以外は人間に見えるほど人間じみている。嘲笑と玩弄に溢れた表情は正しく人そのものだ。

 

「それはすごいな」

 

「そうだろう? 代わりに君には呪術高専の内情を教えて欲しいんだ。別に誰かの秘密を漏らせなんていわないよ。いつもの話を教えてくれるだけでいい」

 

「ふぅん」

 

 幸吉も呪術師だ。縛りの危険は知っている。言質を取られないように言葉を選び、少しでも情報を集める。

 

「それでご返答は? 受ける受けないに関わらず君を楽に出来ると思うよ」

 

「先に確認したい。なんのために?」

 

「それは答えてもらった後でないと」

 

 室外の傀儡と通信がつかない。恐らくは結界で分断されてる。ならば外部の傀儡は自動操縦に移行している筈。時間さえ稼げば歌姫らが異常に気づく。

 

「なるほど。じゃあアンタの名前は?」

 

「事情があってね。答えの後なら教えるよ」

 

「そうか」

 

「申し訳ないけど答えを貰えないと教えられない内容ばかりなんだ。先に返答してもらえるかい?」

 

 狙いに気づかれたのか時間稼ぎは不可能らしい。室内の護衛傀儡に指令を流す。フロ丸の呪力経路を内蔵キャパシタに接続し、即応体制を整える。

 

「で、返答だけど……」

 

RUN:GOTO14(術式実行:ぶち殺せ)

 

「お断りだ!」

 

「そりゃ残念」

 

 ドガガガガッ! 

 

 後列の護衛傀儡が呪力の弾幕を張り、前列が呪力刀を形作って飛びかかる。

 だが、男の影から現れた蛞蝓蛇の呪霊が弾丸を防ぎ、多頭狼の呪霊が護衛傀儡をまとめて食いちぎった。

 

「ハハッ! 残りの手と頭も取り除いてやるよ!」

 

 その隙に真人と呼ばれた呪霊が幸吉目掛けて駆け寄る。如何なる理由か、僅かに残る護衛傀儡の射撃はなんら痛痒を与えていない。

 天与呪縛を解けるということは魂に干渉できるということ。術式を使われれば今の姿がマシに見える肉塊に早変わりだ。

 護衛傀儡は役に立たず、どう見ても浴槽は無防備だ。男にも、真人にもそう見えた。

 

 だから()()()()()()()()()()()()()とは気づけなかった。

 

 ガキュイィィィンッッッ!!! 

 

「うぁっ!?」

 

「!」

 

 ()()()()()()()()()()浴槽のスピーカーが轟音を奏でた。当然、単なるギター音ではない。呪力衝撃波とでも呼ぶべき不可視の打撃が男と真人を打ち据える。

 

 ……幸吉はその名の通り幸運であった。

 真人の術式『無為転変』は自他問わず魂を加工する。故に魂の輪郭を捉えられない攻撃は真人に一切のダメージを与えられない。

 だがダメージが無いからと言って影響がないわけでは無い。音の衝撃は面で真人を捉えて押しやり、間合いを無理矢理に引き剥がした。他者への術式行使に『触れる』必要がある真人は攻撃機会を逸した。

 

(音芸の術式!? 楽巌寺の術式効果を傀儡と結界術で模倣したのか。だが人形を取らずにこのレベルで模倣するとは……! 電子工学や機械工学を傀儡に組み込んだ? いや、術式模倣の観点から考えると神経工学をメインにした可能性が高いな。面白いことをするじゃないか!)

 

 ……幸吉はその名の通り幸運であった。

 五条袈裟の男、その中身である羂索は1000年を生き抜いた呪詛師であり、随一の呪術研究家でもある。故に未知に対して観察を選ぶ癖がある。

 無論、実力者相手にそのような愚行をすることはない。だが、幸吉という圧倒的格下相手と言う油断が、いつでも殺せると言う慢心が、その癖を引き出した。

 

 偶然が引き寄せた僅かな時間。

 それは幸吉に機会を与える。

 

「メカ丸ドラァーイブッ! イグニッションッ!」

 

「は?」

 

「ほぅ?」

 

 

 お約束をキメる機会を!

 

 

 ……急に幸吉の頭が悪くなったわけでは無い。元から悪い。

 幸吉は担任である歌姫の術式『単独禁区(ソロソロキンク)』を知っている。祝詞・掌印・演舞・演奏と言った儀式の省略を禁止する縛りで性能を上げた、他者を強化する術式だ。

 幸吉はここから発想を得た。『ロボアニメにあるバンクシーンやお約束を縛りとして完遂すれば術式効果を高められるのでは?』と考えたのだ。

 

 『天覧見得』の縛り。天与呪縛の苦痛を超えて大見得を切ることで、傀儡たちは声援を受けたスーパーロボットの如き圧倒的な力を発揮するのだ。それはフロ丸も同じである。

 

 キィィィンッッッ!! 

 

「レディッ!」

 

 集積回路に焼き込んだ論理術式に呪力が走る。閉鎖した浴槽を一つの結界として、全国に届く術式範囲と膨大な呪力を収束させる。

 縛りを加えたそれは、本来目に見えることない呪力が青白い可視光を発する程の呪力密度を産んだ。

 

「ッ! 押さえろ!」

 

「ゴォォォ──ーッッッ!!」

 

 自身を弾丸と化して、フロ丸は飛ぶ。

 

 ベイパーコーンとソニックブームを後に残し! 

 押さえ込もうとした特級呪霊を吹き飛ばし! 

 鉄筋コンクリートの隔壁五層をブチ破り! 

 昼飯のラーメンを歌姫の頭にぶち撒け! 

 第二宇宙速度で蒼穹を駆け上がる! 

 

 ……風の音だけが聞こえる。真っ黒な天蓋、足元の雲、空色の大気圏。星の丸みがよく見える。

 対流圏と成層圏の狭間に達した幸吉を追える術式はない。呪術では決して到達し得ない高さに幸吉はいた。

 

 これは自分だけの光景、自分だけの世界。

 いや、違う。その下には皆が居る。三輪、加茂、東堂、西宮、真衣、新田、歌姫、学長。

 

 そう、あの男を倒さねばならない! 

 

「来いっ! メカ丸ゥーッ!!」

 

 術式範囲を解放。出撃シークエンスが開始された。廃ダムより巨大な人型が弾道飛行で飛び来る。帳を纏い雲を引き裂き傀儡の巨人が現れる。

 

「絶対!」

 

 フロ丸が後頭部に収められる。同時に電子経絡系が接続、丹田炉心が廻り出し、反転術式演算機が起動する。それは人を模しながら人を超えた呪いの機人。

 

「合体!」

 

 背部ブースターから呪力放射にて急降下をかける。帳が無ければ一直線に落ちる真っ赤な流星が見えただろう。

 

 ズッドォォォンッッッ! 

 

 震源地は京都府立呪術高等専門学校。全力で逆制動を掛けてもなお辺り一帯を揺るがす衝撃が響いた。

 

絶対(アブソリュート)ォッ!! メカ丸だぁーっ!」

 

 スーパーヒーロー着地から見栄をキメて縛りを果たす。巨体を以てなお収まりきらない莫大な呪力が全身から溢れ出す。

 今の幸吉ならば国家転覆とはいかずとも都市の一つ二つは落とせるだろう。それほどまでの呪力であった。

 

 だがそれでも勝ち目のない相手はいる。

 例えば現代最強の術師、五条悟。

 例えば平安最強の呪詛師、両面宿儺。

 そして……

 

「……幸吉? ちょっっっといい? さっきの地震とその巨人についてなんだけど、詳しく、話して、貰えるかなぁっ?」

 

『………………ハイ、なんなりト』

 

 ……昼飯と巫女服を台無しにされてブチギレにブチギレている担任、庵歌姫だ。

 

 因みに羂索と真人は既に逃げおおせていた。

 

 

 *

 

 

「いやはや失敗失敗。すごいことになっちゃったねぇ」

 

 府立呪術高専が見える高台から正座する巨人を楽しげに眺める人影が一つ。この世ならざる呪いを見る目を通せば二つ。羂索と真人である。

 

「アイツ、殺さなくてよかったの? 殺したかったんだけどさぁ」

 

「まぁ殺ろうと思えば殺れたね」

 

 羂索に油断と慢心は確かにあった。そしてそれを裏付けるだけの実力差もあった。

 今回見せた手札など真人を除けば特級呪霊の一匹にすぎない。領域展開、神格の呪霊、特級呪具などなど。幸吉程度なら殺す手段は両手の指より多い。

 

「けど一切を見せずに一方的に殺すのはちょっと難しかったよ」

 

「ふーん」

 

 だがあれだけ耳目を引いた上で逃げられた時点で、隠密裏に殺して逃げ去る選択肢はなくなった。

 となればあの巨人傀儡ごとぶち殺すしかない。あの呪力と未知の技術を相手に、手札を晒さず殺し切るのは羂索といえども難題であった。

 しかも巨人傀儡が暴れ回る状況ともなれば、高専中の目が集まる。手札を晒せば確実に誰かしらに見られるだろう。

 

「まぁそのうち殺すから心配しなくていいよ」

 

「そいつはいいね!」

 

 それに今の肉体……夏油傑の顔を知る者も少なくない。万一、五条悟に知られればメインプランは破綻する。幸吉は知らずに見ただけとはいえ危険は残る。安全のためにも殺す予定だ。

 

「だから色々と抵抗して欲しいんだよね」

 

「わかるー! 一方的にプチプチ潰すのも良いけどさ、必死で抵抗するのをぐちゃぐちゃにしてやるのもいいよね!」

 

 圧倒的強者に抵抗するともなれば蓄えた全てを絞り出すことになるだろう。きっと羂索も知らない未知の技術を見せてくれるはずだ。あの巨人傀儡だけで仮説が幾つ立つことやら。

 

「いやぁ楽しみだなぁ」

 

「うん、楽しみだねぇ」

 

 意味はそれぞれ異なりながらも血みどろの未来を思い描き、羂索と真人は楽しげに嗤っていた。

 

 

 *

 

 

 京都発、東京行き新幹線。車中はひりつくような緊張感に包まれている。

 

『三輪、行くのカ』

 

「うん」

 

 与幸吉が操る究極メカ丸が、隣席に問いかけた。

 

「心配してくれるの?」

 

『あア』

 

 足の間に立てた打刀をぎゅっと握る。三輪の小刻みな震えは緊張か、怒りか。

 

「それは……私が弱いから?」

 

『違ウ』

 

 究極メカ丸の片目が光り、目の前の背もたれに傀儡衛星(サテラ丸)からの映像を投影する。日本有数の繁華街が土煙と黒煙に、破壊と火災に包まれている。それを成したのは意志を持つ災害に等しい呪いの群れだ。

 

『もうそう言う次元の話じゃなンダ。誰が行っても死んでもおかしくなイ。無論、俺もダ』

 

 弾道投入した万単位の観測傀儡(アイ丸)は強力な結界に阻まれてまともな情報を送れていない。

 滞空させてた成層圏傀儡(ツェペ丸)が撃墜された現状、傀儡衛星(サテラ丸)を除けば情報源は補助監督の口頭ぐらいだ。

 

「でも、与も行くんでしょ」

 

『そうダ』

 

 幸吉はそう決めた。躊躇いはない。

 

「どうして?」

 

『………………俺は頭が悪イ』

 

 常時単純明快な幸吉が珍しく言い淀んだ。ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

 

『産まれた意味とカ、呪われた理由とカ。色々考えたことがあるガ、結局よくわからなかッタ。

『呪術師をやってるのモ、“そうするしかなかった”ト、“それがカッコいい気がした”だけダ。

『だから時々、“このまんまで死ぬのか”とカ、“生きても何にもならないんじゃないか”とカ、くだらないことで頭の中が一杯になル。

『そんな時は趣味で頭を満たしテ、でもまたいっぱいになっテ。そんなんを繰り返してタ』

 

 メカ丸が不意に窓の向こうへ顔を向ける。三輪もつられて視線を向けた。

 ガラスに映った鏡像の中に、知らないのに知ってる顔があった。

 

「でも皆と出会った。答えが出た気がした。

「多分、頭が悪い俺の思い込みだ。それでいい。

「この思い込みに殉じて、生きて、死ぬ。そう決めたんだ」

 

 三輪の手がぐいとメカ丸の顔を向けた。カメラアイを、その向こうの幸吉をまっすぐに見つめる。

 

「死ぬのはダメ」

 

『ダメカ』

 

「ダメ」

 

 花霞のようにそっと微笑む。幸吉の心臓が跳ねた。初めての感覚だった。

 

「約束して。生きて帰って。それで……ウチに遊びに来て。弟たちも楽しみにしてるから」

 

『判っタ。縛りだ。必ず守ル。約束モ、お前モ』

 

「えっ、それって」

 

 思いもかけない台詞に三輪の頬が熱くなる。となれば茶化すのは同級生の義務というもの。

 

「ひゅー! 意外と言うじゃない」

「赤点確定と思ってたけどギリ及第点出せたわね」

「へ!? い、いつから聞いてたんですかぁ!?」

 

 背もたれを乗り越えて西宮と真衣がニヤニヤと笑う。頬を通り越して耳まで赤く染まる三輪。

 

「『三輪、行くのカ』あたりから」

「最初からじゃないですか! ぎゃー!」

「そりゃ二人の世界作っちゃってるんだもの。聞き耳立てなきゃ失礼でしょ」

「失礼ですよ!」

 

 幾らか離れた席で加茂はため息を吐き、歌姫はそれを宥める。

 

「何をやってるんだ、アイツらは……」

 

「まだ到着まであるわ。緊張ばっかりしててもしょうがないでしょ」

 

『歌姫。東京駅に着いたら全員に傀儡外骨格を装着させてくれ』

 

 二人の会話に幸吉が唐突に割り込んだ。ノイズ混じりでもわかるほど緊張が満ちた声だった。

 

「何があったの。詳細を教えなさい」

 

『高専に侵入したアイツがいル。絶対(アブソリュート)メカ丸で抑えル。しばらく俺は動けなイ。頼ム』

 

 その言葉に緊張が走る。三輪の表情が強張った。

 

「……与」

 

『心配するナ。必ず帰ル』

 

「うん……いってらっしゃい」

 

 

 *

 

 

「最期の通信は終わったかい?」

 

『いヤ、お前を倒した後に再開予定ダ』

 

「それができたらすごいね」

 

『天覧見得』の縛りは果たした。可能な限りの武装も揃えた。絶対メカ丸以外の傀儡は自動操縦に切り替え、全ての呪力を収束させた。今持つ全てをコイツにぶつける。

 

『そういえバ、名前を聞いてなかったナ』

 

「いいよ、冥土の土産だ。羂索、それが私の名前だよ」

 

 羂索の背中から知恵と術式を併せ持つ異形が次から次へと溢れ出す。

 

「ああ、それとできるだけ生き足掻いて面白いものを見せてくれよ。すぐ死んでしまっては興醒めだ」

 

『死ななイ。生きて帰ル。約束したんだ」

 

「そっか。まぁ頑張ってくれ」

 

 丹田炉心が呪力を噴き上げ、電子経絡に稲妻が走る。反転術式演算機に異常なし。擬似領域はいつでも展開可能。

 

『行くゾ、絶対(アブソリュート)ォッ!! メカ丸ゥーッ!!』

 

 呪いの機人が走り出す。1000年を超えた呪いを祓うために。生き延びるために!

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