偉大な君が幸せになるまで   作:エクレア

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プロローグ

 キラキラしたものが嫌いだ。

 

 華やかで煌びやかな才能が目障りで堪らない。

 

 そう嘆いては、何もできない自分を憎んだ。

 

 僕には姉と妹がいる。

 

 姉はヴィルシーナ、妹はヴィブロス。

 

 その間に僕、次女のシュヴァルグラン。

 

 僕と二人は根本から違っていた。

 

 二人共揃って快活で、強気で、努力家で、母さんとよく似て明るく、社交的で。

 

 対して僕は根暗で、弱気で、意気地なしで、絵に描いたような弱虫で。

 

 いつも中心にいる二人と、いつも端っこにいる僕。

 

 笑顔を見せて周りを笑顔に染める二人を、ただ眺め続けるだけの僕。

 

 二人には夢があって、僕には夢がない。

 

 二人には才能があって、僕には才能がない。

 

 二人と僕は、真反対の位置に存在し合っているウマ娘だったんだ。

 

 そんな生まれてから与えられた不条理に、憤りを感じたのはいつからだったんだろう。

 

 才能がないと突きつけられたのは、初めてレースをした時。

 

 地面を蹴って、蹴って蹴って飛び跳ねて、当たり前でいて素晴らしい感触は、僕に形容し難い高揚感を与えてくれた。

 

 レースってこんなにも楽しいものなんだと、こんな僕でもいていいかもしれない場所なんだと。

 

 弱虫な僕の存在を肯定してくれるような、今では明るすぎる存在だったんだ。

 

 ただ、それもほんの一瞬。

 

 姉と妹を褒め称える声が耳に入ってきた。けどその中で僕の名は上がらず、彼らの視界には二人が真ん中にいて、僕はまた端っこにいたんだ。

 

 いいや、端っこどころか、映ってすらいなかった。

 

『あぁ、そっか。そっかぁ……』

 

 胸が気持ち悪いほど苦しくなって、頭が真っ白になって。

 

 その日は引き攣りそうな笑みを浮かべかけたのを、今でも忘れることはない。

 

 憤りを感じたのは、周りの人にとって僕は存在しない人なんだと思い知った時。

 

 彼らの視界にはずっと姉と妹がいた。

 

 直視すらしたくない輝いた目で彼女たちを見て、彼女たちを褒め称えた。

 

 その喝采の中に、決まって僕はいなかったんだ。

 

 僕だって頑張っているのに、僕だって必死に走っているのに、なんで。僕も見てよって、言えもしない言葉を飲み込んで、涙をぐっと堪えた。

  

 みんなに褒められていた二人が羨ましくて、憎くて、妬ましく感じて。

 

 そう感じてしまう愚かな自分が、あまりにも醜く見えてしまっていて、頭がどうにかなるかと思った。

 

『なんで、僕だけ……』

 

 誰にも訊かれることがない夜に、慟哭は溶けた。

 

 何も苦しみ続けた訳じゃない。

 

 家族に苦しめられたわけではないし、嫌いだなんて思ったことはない、寧ろ大好きだ。

 

 父さんはよく釣りに連れて行ってくれたし、母さんからはいっぱい愛情を貰った、それはもうこの胸じゃ受け止め切れないぐらいに。

 

 姉さんはこんな僕のことをずっと心配してくれるし、ヴィブロスはこんな僕に甘えてくれる。

 

 ウマ娘の生活をする必要はないんじゃないかと、そう思うのを許してくれそうなぐらい、みんな優しいんだ。

 

 実際夢がなかった時はそうだった、このまま走らなくても、生きていければそれでいいって。

 

 自分の身の丈にあった生活ができればそれでいいって、呪いのように思っていた。

 

 けれど、神様はそれを許してくれなかった。

 

 ある日のレースを見た時、僕は夢を貰ったんだ。

 

 史上最強と謳われた三冠ウマ娘に泥をつけた彼女の歓呼が、僕の魂を強く叩く。

 

 僕の凪いでいた心が、確かに揺れを起こした。

 

 才能の塊を負かした彼女が偉大だと思えて、彼女みたいになりたいって夢を抱かせてくれたんだ。

 

 彼女みたいに、みんなに希望を与える存在になりたい。

 

 才能がどうしたって、見る人全てを釘付けにするような、彼女のような偉大なウマ娘になりたいって。

 

 でも抱いただけ、現実は残酷だ。

 

 言ってしまえば、彼女にも才能があったんだから。

 

(……結局、何も変わらないや)

 

 心の嘆きは誰にも聞こえない、聞かれたくない。

 

 夢を追いかけてトレセン学園に入ったは良いものの、やはり僕程度の存在では雑草に成り下がるしかないのだと理解させられた。

 

 脚が動かなくなるぐらい走って、肺が裂けてしまいそうなぐらい走っても、レースでは勝てない。

 

 身体能力に差があるなら、技術で差をつけようと必死に頭を働かせたけど、行き詰まるのにそう長くはなかった。

 

 どれだけスタートを練習しても、位置取りを良くしても、呼吸法を身につけても、勝つことはできない。

 

 なのに二人は簡単に勝てていて、もう何が正解なのか分からなかった。

 

 身の丈に合っている二人は煌びやかな生活を送っていて、背伸びをした僕は泥沼に浸かった現状を味わっている。

 

 二人に『きっと次は勝てるよ』と慰められる度に、心の奥底にある燻りが、僕の体と心を焼き尽くすんだ。

 

 もう気が狂いそうだった、何度も声を上げて泣きそうになって、逃げてしまえば楽になるんだって思いすらした。

 

 でも、諦めきれなかったんだ。こんなちっぽけな僕が唯一抱けた、強くて大きい夢なんだから。

 

(他人と比べちゃ、ダメ……ダメなんだよ)

 

 頭では分かっている。

 

 他人と僕は違う、他人は他人で僕は僕。

 

 他人が持つ利点が僕にはなくて、僕が持つ利点を他人は持っていない。そう何度も言い聞かせてきた、他人と比べるだけ自信が無くなってしまうだけだったんだから。

 

 けれど本当にそうなのだろうか? 

 

 僕の利点を、本当はみんな持っているんじゃないか、だから僕はこんなにも勝てないんじゃないのか。みんな当たり前のように持っていて、僕だけが持っていないからこうなっているんじゃないか、って。

 

 そう思うと、途方もない胸の苦しみが僕の奥底にある夢を蝕むんだ。

 

 キラキラしたものが嫌いだ。

 

 弱い自分と周りを比べ、卑下してしまうから。

 

 華やかで煌びやかな才能が目障りで堪らない。

 

 自信を持ったと思えば、勝手に比べて勝手に自信を消してしまうから。

 

 そう嘆いては、何もできない自分を憎むんだ。

 

 眼前にある才能を見て、背中を丸めてしまって。

 

 今日も明日も、明後日もきっとそう。

 

 僕はまた、昨日みたいに哀れな人生を送るんだろう。

 

 そう思って、ずっと俯いていたんだ。

 

 僕を導いてくれる、偉大な人に出逢うまでは。

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 中央トレセン学園に在学し、トゥインクルシリーズで走る以上、ウマ娘にはトレーナーの存在が必要不可欠だ。

 

 ウマ娘にとってトレーナーは輝く星で、同じくトレーナーにとってウマ娘も輝く星。双方が互いの輝きに魅せられてこそ、ウマ娘とトレーナーはやっと関係を形成できる。

 

 生憎、僕にはその輝きがなかった。

 

 トレーナーにとっての輝きとは、それ即ちレースに勝てる才能と秘められた潜在能力。

 

 技術は後から追いつくものだし、大抵のトレーナーはウマ娘の基礎身体能力に目をつける人が多い。誰だって輝いている原石を取りたがるし、きっと僕がトレーナーだったら僕も輝いている方に目が行く。

 

 だからこそ分かる、僕みたいな輝かない石ころは視界にすら入らないんだって。

 

 けど、彼は違った。

 

 最初に出逢った時、彼は僕に才能を見出してくれた。

 

 自覚はしていなかったけど、どうやら僕は他のウマ娘よりも心肺機能が高いとのことで。

 

 僕がお手本として挙げれるようなレースを出来るのも、その心肺機能のお陰だと彼は言った。

 

 僕のことを分かってくれているかのように、急に距離を詰めるわけではなくゆっくりと詰めてくれる。

 

 優しく、ゆっくりと。

 

 何故か彼が出す言葉は妙に信用できて、それでいて説得力があって。何より、有無を言わさせないような……僕自身が納得できるような言葉をかけてくれて、気付いたら警戒心を解いていたんだ。

 

 話していく中で『僕に才能はない』『僕はそんな大層なものじゃない』と言いたくなる時が何度もあった。

 

 でも何故か言えなかった、喉に突っかかりすらせず、胸の中で言葉が消えていったんだ。

 

 きっと僕は、彼に懐柔されていたんだと思う。

 

 僕というウマ娘は、今まで『認められた』なんて感覚を味わったことがなく、照れ隠しに近い、一種の恥じらいを見せることしかできなかった。

 

 こんなにも扱うのに苦労がないウマ娘は、きっと僕だけだろう。

 

「ありがとう……ござい、ます……」

 

 絞り出せた言葉は結局これだった。

 

 胸の中で解けることなく、恥ずかしさを押し殺して、本当に嬉しかったから……ありがとうって。

 

 それからは彼、トレーナーさんと共にトレーニングを重ねた。

 

 フォームの改善、コース取り、呼吸法。

 

 どれも僕が知らないものばかりで、不思議とそれらは僕にとって体の一部なんじゃないかと思えるぐらい、僕の体に浸透していく。

 

 フォームの改善をしたら、僕の体とは思えないスピードが出た。

 

 コース取りを変えたら、見えなかったものが更に見えて、まるで視界が本当に広がったんじゃないかと思って。

 

 呼吸法を身につけたら、今まで重かった肺が空気のように軽くなった。

 

 トレーナーさんのおかげで、嘘のようにレースで勝てて、本当に嬉しくて堪らなくて。

 

 こんな僕を見つけてくれたトレーナーさんには、どう恩返しすればいいか分からないぐらいには嬉しかったと思う。

 

 惨めな自分を隠すために身につけていた帽子も、トレーナーさんの前なら外せれる。

 

 臆病な僕が家族以外に帽子の下を見せれるなんて、きっと過去の僕に言ったら『嘘つき』って必ず言う、言うに決まっている。

 

 それぐらい、僕がここまで他人を信用できるのはあり得ないことだったんだ。

 

 トレーナーさんは二人と似ていてとても明るく、社交的で……それでいて、何故か話しているとすごく落ち着く。

 

 理由は分からないけど、この人になら気を許していいって心の底から思えてしまって、嘘偽りなく話せれる。

 

 僕とは真反対の位置にいる存在なのに、全く苦手だなんて思ったことすらない。

 

 僕を見つけてくれた、僕の偉大で大切なトレーナーさん。

 

 この人に欠点なんてない、そう思うのも無理はないほどの才能を、トレーナーさんからは感じるんだ。

 

 負けなんて知らないんじゃないか、勝ち方を完全に分かっている人なんじゃないかって、曖昧な考えを持ってばかりの僕が、はっきりとそう思えれた凄い人なんだ。

 

 けれど、トレーナーさんは時折曇った顔を見せる。

 

 まるでこの先のことを憂いているような……その顔を、僕自身がよく浮かべていたから分かるんだ。

 

 明るいトレーナーさんがそんな顔を浮かべるのが僕にとっては意外で、どう声を掛ければいいか分からなかった。

 

 喉に突っかかる声が、胸の中に残って不愉快だ。

 

 今もそうだ、きっとこの先も突っかかる。

 

 デビュー戦が控えてる今、やっぱりトレーナーさんも不安な気持ちを持っているんじゃないかと、考えるようにした。

 

 どんな人でも初陣はきっと不安なのだと、僕はそう思うことしかできなかった、いや、思うようにした。

 

 ……身の丈にあった考えをした方がいい。

 

 これが才能も何もない、僕らしく在れる考え方だから。

 

 僕如きが、トレーナーさんの心を乱してはいけない。

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 僕はそのウマ娘のことを何度も見たことがある。

 

 そのウマ娘は僕がよく知るウマ娘で、初めて見たのは学園に入学した時だった。

 

 妹のような明るさを持っているせいか、彼女が浮かべる笑みは僕には眩し過ぎる笑みだったのを今でも覚えている。

 

 特に考えもなく棚から取り出した写真には、ぎこちなく彼女の隣に立つ僕と、天真爛漫な笑みを浮かべてる彼女。

 

 いびつな笑みを浮かべてる僕は、ジュニア期に勝ち取ったホープフルステークスのレイを持っていて。確かこの写真は、彼女ともっと喋ってみたいという意図も込めて、彼女と写真を撮ったんだっけ。

 

 いい思い出だなぁ……他にもいろんな人と写真を撮ったなぁ。

 

 その後、棚からは何枚もの写真が出てきた。

 

 写真に映る彼女の走る姿は、僕にとって希望そのものであり、絶望であり、いつかこの絶望が消えて欲しいと何度も願うことがあった。

 

 でもそれ以上に……偉大なあの人と重ねてしまって、憧れですらあった。

 

 この写真はいつのだろうか。

 

 あのジャパンカップで負けた後、契約満了となった日に撮った、海辺に映る僕の写真だろうか。

 

 一着は取れたレースだったっけ、いや言い過ぎかな……本当にあの時はしくじってしまったな、勝手なことをしなければ勝てていたかもしれないのに。

 

 でも、ジャパンカップという晴れ舞台で、彼女と戦えたことを今でも誇りに思う。

 

 偉大になるという夢は彼女に先を越されてはしまったけど、僕の全力を出し切れたんだ、悔いはない。

 

 心残りなのはそうだな……トレーナーさんと全然連絡がつかないことだ。

 

 いつ電話しても音信不通なんだ、学園にいるとは聞くけど、会いに行っても都合が悪くて会えないんだもん。

 

 少しは強くなった僕を見てほしいのにな、なんて冗談を言ってみたいのに。

 

 ……今になっても引っかかることはある。

 

 あの日、トレーナーさんがレトロな目覚まし時計を壊した日。

 

 温厚で優しいトレーナーさんが意図的に物を壊すなんて、担当ウマ娘の僕からしたら異常事態だった。

 

 怒りに呑まれつつも、どこか悲哀があるあの表情。

 

 学園を卒業した今でも、あの顔が忘れられない。

 

 そして、トレーナー室に置いてあったあの時計が粉々に砕けてた日から、トレーナーさんの姿を見ていないんだ。

 

 そこにいた痕跡はないのに、姿形は何処にも見当たらない。

 

 まるで、神隠しにあったかのように。

 

 何事もなければいいんだけど……やっぱり心配なものは心配だ。

 

 またどこかのタイミングで電話をかけるとしよう、今日は彼女……キタさんと、他にもクラウンさんやダイヤさん、ドゥラさんと一緒にご飯を食べに行くんだから。

 

 見てるかな、トレーナーさん。

 

 こんな気弱な僕が、今となっては家族以外と一緒にご飯を食べに行けれるようになったんだよ。

 

 もともと食べに行くことはあったけど……こんなに頻繁じゃなかった、これって成長してるでしょ?

 

 軽い集まりにだって出れるようにもなったし、多少は喋るのが得意にもなったんだ。

 

 それにね、きっと驚くだろうけど、この前はジュニアクラブの特別コーチとして呼ばれて、子供たちの指導をしたんだよ。

 

 僕に憧れを抱いている子までいたんだ……いつしかトレーナーさんに言った、偉大なウマ娘になれたんだよ、僕。

 

 ……ねぇ、トレーナーさん。

 

 僕をこんなに強くしてくれたトレーナーさんには、本当に感謝してもし切れないんだよ。

 

 きっと今は忙しい時期なんだ、いつか、いつか会える日は来る。

 

 その時は一緒に笑い合おうね。

 

 僕の偉大で、大切なトレーナーさん。




粉々になっても、秒針は鳴り止まない。
彼女を幸せにするまで。

シュヴァルグランは

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