偉大な君が幸せになるまで   作:エクレア

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トレーナー視点です。


1.壊れた目覚まし時計

 それは酷く、見慣れてしまった光景だった。

 

「ぼ、僕は!! 世界で一番……い、偉大なウマ娘に、なりたいです……っ!!」

 

 トレーナー室に入ってきたシュヴァルは一頻り話した後、俺の目を見てそう言った。

 

 息が絶え絶えになりながらも、次に出したい言葉を考えて、シュヴァルは声を絞り出す。

 

「トレーナーさんが、よければ……僕と、僕と一緒に……走ってください……っ!」

 

 俺と一緒に走りたいと、シュヴァルはそう言ってくれる。

 

 否定する言葉を出す気はなかった。出す必要がない。

 

「もちろん。君なら絶対、夢を叶えれるさ」

 

「……っ! ぜっ、たい……ですか?」

 

「うん、絶対」

 

 シュヴァルの目を見て、俺は誓った。

 

 当のシュヴァルは恥ずかしくなったのか、帽子で自分の顔を隠してしまっていた。

 

 少し距離を詰め過ぎてしまったか、なんて思ったけど、それは杞憂に終わって。

 

「その……よろしく、おねがい……しますっ!」

 

 また俺の目を見てくれながら、シュヴァルは言った。

 

「……ふふ、よろしく」

 

 俺もまた、応える。

 

 背中に這いずり回る、罪悪感を無視して。

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 この摩訶不思議なことに気付いたのは、シュヴァルがジャパンカップで負けてからの出来事だ。

 

 あのレースは勝てたレースだった、シュヴァルには勝てる要素が全て揃っていた。

 

 負けた原因は完全に俺のせいで、原因はキタサンブラックの力を侮っていたからだ。

 

 秋天後、ピークアウトを確かに迎えていたキタサンブラックが、シュヴァルに勝てるわけがないと、そう勝手に判断してしまったんだ。

 

 実際は違った。

 

 ピークアウトを迎えても尚、キタサンブラックの身体能力は異次元の域にいた。

 

 完全にノーマークにしてしまえば、幾ら先行策のシュヴァルと言えど追いつけないのは必然。

 

 俺の指示のせいでハナ差、キタサンブラックに手が届かなかったんだ。

 

 歓声に包まれたキタサンブラックを他所に、敗者たちは暗い地下バ道へと進んでいく。

 

 その中にシュヴァルの姿があったのが、これが夢ではなく現実なのだと嫌に証明してくれた。

 

 地下バ道で遠目に見えたシュヴァルは目を腫らしていて、呼吸も酷く乱れていて。その姿を見た時、この先消えることのない罪悪感が、俺の背中に張り付いた。

 

「シュヴァル……」

 

 静かな地下バ道だったんだ、俺の声にシュヴァルは耳を立てて、俺を見た。

 

 直後、蛇口を捻ったかのように大粒の涙を流して、覚束ない足取りでシュヴァルが近づいて来る。

 

 ただ謝るためだけに、脚を震わせながら。

 

「トレーナー、さん……う、ひっぐ、ごめん、なさいっ!! 勝てるって、言ってくれたのに! 僕が弱いせいで……弱くって、ごめんなさいっ!!」

 

「シュヴァル、大丈夫……大丈夫だから……!」

 

 止めどなく溢れる涙が、シュヴァルの頬を濡らし続ける。

 

 嗚咽に混じった、今にも張り裂けんばかりの悲鳴が罪の意識を強くする。

 

 俺のせいだ、俺が余計なことをしなければ。

 

 俺が驕らなければ、シュヴァルをこんなに悲しませることはなかった。

 

「ぼく、僕……信じて、もらってた、のに……っ!!」

 

「落ち着いて、今は深呼吸をするんだ! 大丈夫……次は」

 

 壊れそうなシュヴァルを抱き締めて、そう言おうとして……喉が閉まった。

 

 次は勝てる?

 

 俺は今、そう言おうとしたのか?

 

 俺がシュヴァルを負かしてしまったのに、勝てる確証なんてないのに?

 

 俺が驕り昂ったから、現にシュヴァルはこうなってるんじゃないか。

 

「次は……大丈夫だ」

 

 この子に初めて曖昧な言葉を使った、使ってしまった。

 

 俺が逃げてはダメなのに、逃げてしまった。

 

 この日から、俺はずっと逃げてしまったんだ。

 

 自分の責任から逃げて、シュヴァルの夢からも逃げてしまった。

 

 心の何処かで、きっと自分は誰かを導けるぐらいには強いと、そう思ってしまっていた。

 

 砕ける。

 

 積み重なった自信が、砕け散る。

 

 俺を作っていた全てが、砕けて壊れる。

 

 その日から、俺はレースが嫌いになった。

 

 自分には何の才能もないと自覚した。

 

 残ったのは、罪悪感だけだった。

 

「俺の、俺のせいで……」

 

 あの日のことを考えないようにはしていた。

 

 シュヴァルは前を向いていたし、俺はその背中をいつも通り押してやっていた。

 

 ただやっぱり、どうしてもあの時の記憶が何度も繰り返されるんだ。

 

 繰り返される度に、自分を責めてしまう。

 

 あの時あんなことをしなければ、シュヴァルは勝てていたんじゃないかって。

 

 何度も、何度も何度も責め立ててしまう。

 

「お前がいたから……シュヴァルは負け」

 

 もう一度責め立てようとした瞬間、けたたましい音が鳴り響いた。

 

 耳をつんざく高い音に苛つきを隠さず、つい顔を顰めてしまう。

 

 音の主はトレーナー室に置いてある、やけにレトロな目覚まし時計だった。

 

(設定はしてないはずだが……)

 

 なんて思いながら、目覚まし時計のボタンを押す。

 

 しかし、音は鳴り止まない。

 

 何回押しても、音は止まることを知らなかった。

 

「……ッ!!」

 

 溜まりに溜まっていたんだろう、こんな些細なことで、怒りが爆発してしまった。

 

 目覚まし時計を手に取って、俺は怒りのままに地面に叩きつけた。

 

 音は鳴り止んで、代わりに自分の心音が酷く煩くて。

 

 溢れ出てくる怒りが抑えられなくなりそうな、そんな時だった。

 

「う、お……!?」

 

 不思議な感覚が、俺の体を包み込んだんだ。

 

 言い表しようのない感覚で、無理に言ってしまえば宙に浮いている、とでも言えばいいのか。

 

 とにかく不思議な感覚だった、時間にしては数秒にも満たなかったと思う。

 

 その感覚が離れた直後、その場に膝を突いてしまう。

 

「クソ……なんなんだ、今の……」

 

 立ち眩みとは言えない、本当に得体の知れない何か。

 

 自分の体調不良が原因のもので起こるものじゃないと、そう確信できる感覚だった。

 

(とりあえず時計を片付け……て……?)

 

 違和感。

 

 今までにない違和感が、俺を襲った。

 

 そこにあったはずの壊れた時計が、なかった。

 

 それどころか、壊れたはずの時計が元通りになっていたんだ。

 

 散らばっていた机だって、小綺麗にまとまっている。

 

 現状の理解が追いつかず、俺は衝動でスマホを開く。

 

「な、は……?」

 

 数字は、三年前の日付を記していた。

 

 逆行してしまったんだ、俺は。

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 それからは何度も逆行を繰り返した。

 

 逆行を発生させるには、あの時計を破壊するのが条件、そんな簡単な条件だけだった。

 

 シュヴァルが負ける度に、俺は何度も時計を壊した。

 

 最初はジャパンカップを勝つまでだったが、そこを勝つだけではシュヴァルは幸せになれないと俺は悟った。

 

 俺が不幸にした分、シュヴァルを幸せにしなければならない。

 

 俺が驕った分、シュヴァルを偉大にしなければならない。

 

 その呪いにも似た執念が、俺を突き動かしたんだ。

 

 まず、シュヴァルをジュニア期の王者にさせることを目標にした。

 

 成長が遅めのシュヴァルにはややキツかったが、元々の身体能力は世代でもトップクラス。勝つのにそう時間はかからなかった。

 

 その次はクラシックの一冠を捥ぎ取るのに狙いを定めた。

 

 単刀直入に言うと、俺はここで何度も逆行を繰り返した。

 

 何せ、シュヴァルの同期にはあのドゥラメンテがいたんだから。

 

 一回目の皐月賞はスピードが足りずに敗北。

 

 位置取りも何もかも完璧だった、ただドゥラメンテの才能にゴリ押しをされただけだ。

 

 ならジュニア期からスピードトレーニングを積みまくって、そこで技術で押し切ればいい。

 

 試行回数は五回以上になったが、この考えは正しかった。

 

 ちょうど十回目を節目に、シュヴァルは世代最強と謳われたドゥラメンテに勝ってみせた。

 

 シュヴァルには才能があるんだ、この子はまだこんなものじゃない。

 

 ダービーだって、シュヴァルなら取ってみせれる。

 

 そう思った矢先だった。

 

 過度なトレーニングが祟ってしまい、脚に怪我を負ってしまったんだ。

 

 幸い走ることはできるが、クラシックは全休だと診断された。

 

 ダービーに向けて、あんなにもシュヴァルは頑張っていたのに。

 

 また俺は、シュヴァルは不幸にした。

 

 時計を壊す。

 

 元に戻る、そしてもう一度彼女と出逢う。

 

 次はどうすべきか、何が最適解なのか、必死に思考を巡らせる。

 

 シュヴァルの脚に最小限の負担で済むトレーニングを、シュヴァルが最も得意とする走りは何かを。

 

 何回も試行錯誤を繰り返しては時計を壊し、徐々に答えへと近づいていって。間違いなく終わりは見えているのだと、そう自覚できるぐらいには、最初の頃と比べて勝率も上がっていた。

 

 最たる壁はドゥラメンテとキタサンブラックだ。

 

 特にドゥラメンテが持つ身体能力の高さは異次元だ、どれだけ完璧な作戦でも負け筋があるぐらいには。

 

 キタサンブラックのレースセンスも、恐らくこの世代なら一番と言っても過言ではない。

 

 ピークを迎えたキタサンブラックの強さは、はっきり言って手がつけられないんだから。

 

 裏を返せば、その対策すべきところが目に見えているのが彼女たちの弱点だ。

 

 スピード能力で負けるなら、最低限トップスピードを維持出来るスタミナを確保すれば勝機は高まる。

 

 レースセンスで負けるなら、要となるスピード能力を高めればいい。

 

 勝てる道筋はあるんだ、無理だと諦める前に何度もやらなきゃ分からない。

 

 可能性とはそういうものだ。

 

「……なんて思っても、キツいものはキツいな」

 

 可能性である以上、実際にやってみるとその労力は計り知れないものだ。

 

 もう何百回も繰り返したんだ、それでも完璧にレースを勝てたことが未だにない。

 

 こればっかりは運もあるが、何より俺の指導能力の低さも必ず関わってきている。

 

 限りなく最適解に近い選択はできてる……と思いたいが。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

 正解は未だに見つからない。

 

 先を見過ぎでも気をやられてしまうだけだ。

 

 とにかく現状を見て、少し先の対策をしながら指導をすればいい。

 

 それが、俺自身にできる最適解なんだから。

シュヴァルグランは

  • ゴールデンレトリバー
  • シベリアンハスキー
  • その他
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