偉大な君が幸せになるまで   作:エクレア

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2.感覚と理論、そして

 唐突だが、俺たち人間が手、足、体を使う際には個々人のやりやすいやり方ってものがある。

 

 ウマ娘の走りで例えるなら、飛び跳ねるように走るのが得意な子、地面を抉るように走るのが得意な子と、それらは生まれ持った感覚が成してくれる独自の技術でもあるんだ。

 

 俺たちが単純にコースを走る時、自分にとって最も走りやすい走り方とは何か?

 

 そう考えた時に真っ先に浮かぶフォームこそが、俺たちの感覚だと思うだろう。

 

 だが実際走ってみた時に見てみると、浮かべたフォームとは全く違うフォームになっているのが必然なんだ。

 

 浮かべたフォームが理論、走ってみた時のフォームが感覚としよう。これらの違いを少しでも理解すると、感覚と理論の乖離によって生まれる脳と体のバグを実感した瞬間、俺たちはまともに走れなくなってしまう。

 

 感覚が理論に引っ張られてしまって、自分で枷をつけ足してしまうから。

 

 閑話休題、余談はさておいて……つまり何が言いたいかと言うと、個々人に得意と不得意があるのは当然の事実。

 

 その中に、感覚派と理論派と呼ばれる者たちが存在する。

 

 感覚派は簡単に言ってしまえば天才肌ってやつだ、生まれ持った感覚で最も正解に近いフォームを叩き出せてしまう、誰もが欲しくてやまない天賦の才だ。

 

 逆に理論派は試行錯誤を繰り返した果てに辿り着く、完璧でかつ究極のフォームを完成させる者たち。

 

 言い換えてしまえば努力家というやつだが、これもまた誰しもが持ち得ている訳ではない天賦の才なんだ。

 

 シュヴァルは、この二つを不完全ながらも両立させれるウマ娘だった。

 

 お手本のようなフォームに、お手本のようなレース。備わっている感覚は確かに上物で、考える力もきっと誰よりも上な理論を展開できるだろう。

 

 加えて心肺機能も間違いなく世代トップクラス、一昔前のG1級ステイヤーとも存分に戦えるウマ娘だ。

 

 ただ、シュヴァルには一つ問題がある。

 

 それは……。

 

「す、すいません……昔から、太り……やすくて……」

 

「……あぁ、分かるよ。美味いもんは沢山食べたいもんな……」

 

「……本当に、ごめんなさい……」

 

 そう、太りやすいのだ。太りやすいし、大食いなのだ。

 

 ハッキリ言ってこれが悪いことではない、よく食べてよく寝る子は育つと言うし。嘘、スピードが少し落ちるからちょっと悪いかも……

 

 とにかく、太りやすいならそれに合わせたトレーニングをすればいいし、大食いなのも見方を変えれば体を成長させれる利点にもなるんだ。

 

 だけど、太りやすいと大食いが両立してしまうのは調整殺しにも程があるだろ。

 

 肉体の調整だって普通の大食いウマ娘よりも大変になるし、年頃な女の子の精神面のケアをするとなると、コミュニケーションが苦手なシュヴァルにとってはあまりにも難し過ぎるんだ。

 

 シュヴァルを見てみろ、今にも発火しそうなぐらい真っ赤になって、帽子で顔を隠している。

 

 確かに体質って問題はあるけども、この体質は誰でも悩みモノだろうに。

 

「無理に食事制限はしないから……楽しく、思う存分に食べるんだぞ」

 

「う、うぅ……」

 

 思春期の女の子に何を言えば正解なのか、なんて分かる訳がない。

 

 人の心を完全に理解したつもりになれという無理難題と同じレベルなんだぞ、これは。

 

 さてどうしたものかと考え込む、いや本当にどうしたものか。

 

 何度も逆行を繰り返したが、どうにもこの太りやすい問題には上手く立ち回れないんだ。

 

 逆行する度に感情が少しずつ無くなっている感覚すらある、以前よりも起伏が小さくなっているのが分かるし。

 

 笑顔もあまり浮かべなくなった……というよりは、浮かべれなくなってしまった。

 

 理由は特に分からない、分からないから気にしない。

 

 本当ならもう何度も死んでいるぐらいの年数が経っているんだ、こんだけ生きてて笑えれる方がおかしいに決まっている。

 

 俺のことはどうでもいい、今はシュヴァルとスケジュールを立てる、それだけの時間だ。

 

「その……トレーナーさん!」

 

 シュヴァルの太り具合も考えてトレーニングを作ろうとした瞬間だった。

 

 いつも弱々しい声で喋るシュヴァルが、珍しく大きな声を出したんだ。

 

 この時期でこんなに大きな声を出すのか……まだ自信を全く持っていない時期だから、こんなのは初めてだ。

 

「どうしたんだ?」

 

「あの、えぇっと……と、トレーナーさんがよければ! 肉まん……一緒に、食べませんか……?」

 

「……に、肉まん?」

 

 自分の耳を疑った。

 

 確かに内心にはちゃんと我を持っている子ではあるけど、ここまで我を出してくるなんて。

 

 別に驚くことではない、ただ、この時期にここまでグイグイ来るのが初めてなんだ。

 

 何かしら精神的に成長しているキッカケがある、のかな。

 

 なんて考えに耽っていたら、シュヴァルはちらりとこちらを見て、答えを待っていた。

 

 不安な目をしている……その目も、何度も見たな。

 

「いいよ、食べようか」

 

「っ! 良かった……じゃなくて、ありがとうございます! こ、これ……コンビニのですけど、どうぞ!」

 

 ぷるぷると震えながらシュヴァルは肉まんを差し出してきた、内気なのに大胆なことはするんだよな、この子。

 

 ……なんて、今更かな。

 

「ありがとう、シュヴァル」

 

 微笑んでそう答えて、差し出された肉まんを手に取る。

 

 だいぶ冷めてはいるけど、それでも食べやすい暖かさで。一口、頬張った。

 

(こんな美味いの、久々に食べたな)

 

 思えば、こんなにジャンクなものは久々に食べた気がする。

 

 自分の食事する時間すらも最小限に削って、トレーニングの研究に時間を費やしていたから……ご飯ってこんなに美味いんだな……

 

「美味しいよ、シュヴァルも食べな?」

 

「え、でも……太っちゃう……」

 

「別にいいよ、俺に任せて」

 

 押しには弱い子だ、こうやって安心させる言葉をかければ、シュヴァルはすんなりと受け入れてくれる。

 

 シュヴァルには、どんな些細なことでも幸せになって欲しいから……俺が不幸にした分、幸せになるべきなんだから。

 

 これが姉のヴィルシーナならそうはいかない、彼女は自分自身にストイック過ぎるんだ。

 

 妹のヴィブロスは……まぁ絶対に食べる、あの子は絶対に食べるって確信がある、犬っ子だし。

 

 こうして改めて見ると、シュヴァルはあまり姉と妹に似てないように見えるけど、似てるところはちゃんとあるんだよな。

 

 結構ストイックなところはあるし、犬というより猫みたいな愛嬌はあるし。

 

 やっぱり兄弟とか姉妹って似るものなんだなと、しみじみと思う。

 

 ……いや、肉まん頬張ってるの見るにやっぱ犬っ子だな、ゴールデンレトリバーかシベリアンハスキー、どっちが合うか迷うなぁ。

 

「……あの、トレーナーさん」

 

「なんだ?」

 

「その……あまり、見られ過ぎると……」

 

「あ、あぁ! ごめん、つい」

 

 しまった、つい見過ぎてしまった。ていうか、気を緩み過ぎた。

 

 さっさとトレーニング表を作らなければ、今はぐだぐだしている場合じゃない。

 

「トレーナーさん、待って……っ!」

 

 ペンを手に取って作業をしようとした矢先、シュヴァルによって止められた。

 

 なんなんだ、本当に今日のシュヴァルは珍しいな……こんなに我を出すなんて本当に珍しいぞ。

 

 何か変なことでもあったのか……?

 

「まだ肉まん、残ってるので……一緒に全部食べてから、作業しましょう……? あ、いや! トレーナーさんがよければ、ですけどっ!!」

 

「いや、食べる」

 

「ふぇ?」

 

「食べる、一緒に食べよう、シュヴァル」

 

 俺はなんて無愛想なヤツなんだ。

 

 シュヴァルが折角勇気を振り絞って誘ってくれたのに、その勇気を無碍にするなんて。

 

 俺という人間は本当にトレーナーに向いていない、こんなんじゃ担当ウマ娘を勝たせるなんて無理に決まっているだろうに。

 

「あぁ、そんな無理して食べなくても……!」

 

「いいや、美味い。ずっと栄養ゼリーしか食べてなかったんだ、本当に嬉しいよ」

 

「ず、ずっと栄養ゼリー!?」

 

 驚愕するシュヴァルを他所に、俺は肉まんを頬張り続けた。

 

 いや流石に手が止まった、ずっと流動食だったから急にジャンクな固形食を食べたせいで、胃がびっくりしている。

 

 耐えろ俺の臓器、シュヴァルを幸せにするために耐えるんだ。

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 あの後、トレーナーさんと別れた僕は寮の中で姉さんと電話をしていた。

 

「……姉さんの言うとおり、やっぱりトレーナーさん無理していたよ」

 

「あら、やっぱり? それで結局ご飯は一緒に食べたの?」

 

「うん、肉まんを五個ぐらい」

 

「結構食べたわね……」

 

 電話越しでちょっと驚いている姉さんが、少し面白かった。

 

 でも、面白いよりも感謝の気持ちが今回は遥かに勝っている。

 

 姉さんが『トレーナーさんが無理している』って伝えてくれたんだから。

 

「やっぱり……僕は人のことをちゃんと見れないよ」

 

「そんなことないわよ、シュヴァル。今回はたまたま私が先に気づいただけ。次はシュヴァルが先よ」

 

 姉さんはそう言ってくれるけど、やっぱり僕にはそんな自身を持てなくて。

 

 申し訳なさとか、劣等感とか……何より、トレーナーさんが無理しているのに気づけなかった自分に、すごく腹が立つ。

 

 僕の方が側にいるのに……。

 

「シュヴァル、貴方なら大丈夫。お姉ちゃんの私が保証するわ」

 

「……僕のこと、買い被り過ぎだよ」

 

「ふふ、そうかしら? それじゃあ、そろそろ切るわね。体には気をつけてね、シュヴァル」

 

「うん……ありがとう、姉さん」

 

 電話が切れ、溜まった息を吐き出した。

 

 貴方なら大丈夫……って、姉さんは僕のことを過大評価し過ぎなんだよ。

 

 姉さんの期待には応えられないかもしれないのに……応えなきゃいけないのに。

 

 でも、でも……姉さんのおかげで、今日はすっごく楽しかった。

 

 肉まんは美味しかったし……手渡ししたとき、手触れちゃったし。トレーナーさんは気にしてなかったけど……僕も気にしないようにするべき、かな?

 

「また一緒に食べたいなぁ……」

 

 ベッドに寝転がって。夢を馳せた。

 

 『シュヴァルグランは太り気味になった!』




どれだけ時間が経っても、感覚は変わらない。
あなたの優しさが、それを証明してくれているから。

シュヴァルグランは

  • ゴールデンレトリバー
  • シベリアンハスキー
  • その他
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