ガラガラ道場の中は外の寒さなど感じさせない程、声援と歓声、そして興奮によって熱気が立ち込めていた。
その理由は道場の中央で繰り広げられる、ベルとカモネギの一本勝負が行われているからだ。
「フッ...!」
「カモ!」
「はいっ!」
怯まず踏み込めという、勝負中にも関わらずカモネギは指導する。
上段に構えられた初撃と同じ様に振り下ろされた木刀を咄嗟に位置を変えて皮一枚掠らせて回避に成功。
そのままの勢いで体を横に回し...ベルの体がカモネギの真横へ移った。
「チャンスッ!」
「今です!ベル!」
「ベル君っ!」
一瞬の好機をルノアは逃さなかった。春姫とリューも声援と歓声に負けない声量で叫ぶ。
ベルは無理な姿勢からでは力が入らないと判断。木刀を構えながら全身のバネで勢いをつくり、思いっきり振るう。
ここで勝負を決める、と決断した一撃は...
ゴンッ!という鈍い音を立てて、カモネギの翼に木刀の鋭い斬撃が直撃した。
修行を始めて早8ヶ月と5日。今まで誰も成し遂げた事のない一本をカモネギからもぎ取ったのだ。
その瞬間、先程とは比べならない程の歓声がベルへと向けられる。
老いも若きも関係なく、誰もが喜んだ。勝因が何処だったのか、どうして勝てたのか語り始める者も出始るのも気にしないで春姫達はベルに駆け寄る。
呼吸を整えているベルは、駆け寄ってきた皆に笑顔を浮かべたかと思えば、その場にヘタリと尻もちをついてしまった。
どうしたのかと3人は思い、心配していたが...単なる疲労で脱力しただけだったらしく、ホッと胸を撫で下ろす。
モンスターボールからサーナイトがベルを回復させる為に出てきて、いやしのはどうを発動する。
失った体力が回復して、傷が癒されていく中でベルはカモネギの方へと視線を向けた。
「カモネギ師匠...これで一歩、強くなれたのかな...?」
「カーモ。カモカモ」
「あはは...うん、これくらいでそう思っちゃダメだよね...」
「カモ。...カモカモ」
だが、確実に強くなってきていると、カモネギは何度も頷いた。
この道場で一番見守られていた彼だからこそ、口数は少ないがベルの実力を認めているのは変わらない事実である。
ベルはカモネギの言葉に自信を取り戻し、立ち上がって皆と一緒に喜びを分かち合った。
そんな様子を遠くから眺めているガラガラとマクノシタも顔を見合わせて頷き合う。
「すごかったですね。ベル君がまた一段と強くなったと感じました」
「はい。あれだけの実力を身に着けていれば、オラリオでの活躍も夢ではないでしょう」
リューと春姫はベルの成長を喜び、いつか訪れるオラリオで活躍する事を期待した。
広場から見える雪景色にリューは、オラリオの街並みもこんな風に真っ白になっているのだろうかと想像を膨らませる。
それを春姫に聞こうと思い、振り向くが...春姫は俯いたまま何か思い詰めている様子に見えた。
リューは何か悩み事があるのでは、と春姫の目の前で手をヒラヒラと振ってから声をかける。
すると、ハッとしたように顔を上げてリューの方を向いた後、春姫は尻尾を膨らませて驚きの声と一緒に返事をした。
「何か悩んでいる事がありそうですが...私でよろしければ相談に乗りましょうか?」
「...そう、ですね。これはリューさんも関わっている事ですから...」
「私が、ですか?それでは尚更聞かずにはいられませんね。話してください」
リューに促されて、春姫は意を決して悩みを打ち明けた。
それはリューがオラリオへ旅立つに伴って、ベルが寂しがらないかという事。
春姫にとっては弟のように可愛がっているベルの悲しむ顔は見たくない。
しかし、リューを引き留める権利などないので、せめてベルを悲しませないようにするにはどうすればいいのかと悩みを打ち明けたのだ。
それを聞いてリューは、なるほど...と頷きながら顎に手を当てて考える素振りをする。
そして考えがまとまったのか、春姫に向き直ると口を開いた。
それは至極単純で簡単な答えだった。短くも温もりに満ちた言葉。
「ベルには貴女やルノア、ポケモン達が居る。だから寂しくなんてない...
そう伝えればいい。お2人がベルを大切に想っているように、 あの子もまた貴方達を家族のように思っているのだから」
リューはそう断言した。春姫はその答えに目から鱗が落ちた気分だった。
そんな簡単な事にも気付けなかったなんて...と反省すると同時に心が軽くなった気がした春姫。
同時に、悩み事が解決してスッキリしたのか俯かせていた顔を上げるとリューに微笑みながらお礼を述べた。
「ありがとうございます、リューさん。そう気付かせていただけて胸の内が晴れました」
「それならよかったです。もしもベルが悲しみに暮れている時は...支えてあげてください」
春姫の笑顔を見て、リューも優しく微笑む。そして、ふと空を見上げると...
分厚い雲の隙間から太陽の光が差し込み、雪景色をキラキラと照らし始める。
春姫とリューはその光景に見惚れていたり目を輝かせたりと、それぞれ違う反応を見せている。
「...あ、そうでした。リューさん、こちらを...」
「ん?...これは...何ですか?随分と小さい木箱ですが...」
リューの言う通り、春姫に手渡されたのは小さな木箱だった。大きさは掌に3つ程収まるくらい小さい。
何かのお守りなのかと思っていたリューだが、春姫にそれを開けるよう言われてパカッと蓋を開ける。
その中に入っていたのは、青く透き通った球体。
「それは、ふしぎだまと言います。私が妖術で作成して、そう名付けた代物ですが...
蓋に書かれている通りの効果が発揮されますので、きっとダンジョンでお役に立つと思います」
「それはとても役立ちそうですが...いいのですか?無償でいただいてしまって」
「はい。餞別としてお受け取りください」
頭を下げる春姫に、リューはその気持ちを無下には出来ないとありがたく頂戴する事にしてポケットにしまう。
それから2人は少しの間、また雪景色を眺める。
やがてどちらからともなく帰りましょうかと言って広場を後にするのだった。
月日は流れ、雪が解け始めて春の兆しが見え始めた頃。リューはお世話になった村人達に挨拶周りをしていた。
旅立つ時に見送られるのは事前に知らされているものの、やはり気持ちは直接伝えたいがために足を進める。
村人達の挨拶を済ませると今度はケルディオ達の元へ向かった。
待ち合わせ場所となった小川のほとりに着くと、ケルディオがコバルオン達と話しているのを見つける。
話を中断させるのも、申し訳ないと思ったリューは暫く待つ事にした。
そうしていると、背後から視線を感じて振り返る。そこに居たのはデオキシスとダークライだ。
慣れたようにリューは軽く会釈をして挨拶をし、デオキシスとダークライも返事をするように頷く。
コバルオン達との話しが終わったのか、ケルディオが離れようとした時、リューは駆け寄って呼びかける。
「リュー!遊びに来たの?」
「いえ、申し訳ございません。遊びに来たのではなく...別れの挨拶へ来たのです。
明日、オラリオへ向かう事にしましたから」
「えっ!?そ、そうなんだ...。...それなら寂しくなるね」
「はい。今まで沢山、楽しい日々を過ごさせていただきました。
それでお礼と言ってはなんですが...」
リューはポケットから取り出したそれを手に、ケルディオへ近寄った。
ケルディオは何をするのかわからないが、大人しく待ってリューがそれを首に着けてくれたと理解する。
手作りの首飾りかと思い、少し顔を横に向けて視界に入るようにする。そして、驚きの声を上げた。
「しんぴのしずく!?こ、これどうしたの?」
「ベル達とテンガン山の洞窟内を探検している際に見つけました。
みずタイプのポケモンが持つ事で真価を発揮するのでしたね?ですから、あなたに授けます」
「で、でも、悪いよ。ボクが貰うなんて...ベルにあげた方が」
そう言いかけた所で、コバルオンが名前を呼んで制止させる。
「リュー・リオンはお前にとそれを渡してくれた。それなら、その厚意を無下にしてはならないだろう?」
「そ、それはわかってるけど...」
「あなたがベルを思って断ろうとしているのはわかっています。ですが、自分にも優しくする事は大切な事ですよ」
「いつも頑張って特訓をしてるんだ。偶には自分を甘やかしてやれ、ケルディオ」
コバルオン達に諭されたケルディオは改めて、自分の首に掛けられているしんぴのしずくを見つめる。
雫のような形をした青い宝石がキランと陽の光を反射させて煌めいた。
「...ありがとう、リュー!ずっとずっと大切にするよ」
「そうしていただけると、私も嬉しいです」
自分はベルを思っていたのと同じく、リューは自分を思って渡してくれたのなら確かに受け取らない訳にはいかないと、ケルディオは笑ってリューにお礼を言った。
リューも満足気に微笑むと、コバルオン達にもお世話になった事に対して感謝の気持ちを伝える。
「我々こそ、ケルディオの特訓や助言をしてくれた事に感謝する」
「貴女ならより一層、剣士としての高みへ登れるでしょう。頑張ってください」
「また帰って来たらケルディオと腕試しでもしてやってくれ」
「はい。その時が来るまで、私もケルディオに負けないくらい励みます」
その後、ケルディオ達に見送られてリューは村へと戻っていった。
リューの姿が見えなくなり、ケルディオ達は住処へと戻って行くがデオキシスとダークライは顔を見合わせて頷き合うと、それぞれどこかへ行ってしまうのだった。
ゴーストタイプのポケモン達が彷徨う丑三つ時。
宿泊施設のベッドでスヤスヤと寝ていたリューだったが、コンコンと窓をノックする音で目を覚ます。
半分寝惚けていたが、毛布を退かした事で体をつつく様な冷気にブルッと体を震わせると同時に、意識が一瞬ではっきりとしてくる。
窓の方を見て、誰が来たのかと外を覗くと...
「サーナイト...?」
窓の向こう側となるバルコニーに立っていたのはサーナイトだった。リューが気付いてくれたのに対し、お辞儀をしている。
リューは開錠してから窓を開けた。掃き出し窓なため、そこからしか入れないからだ。
部屋よりも冷たい冷気が吹いてくるが、それよりも何故、サーナイトがここに居るのかという疑問で寒さも気にならなかった。
「サーナイト、どうかしたのですか?」
「サナ...サナサナ」
「話がある、と?...こんな真夜中に来たからには、重大なようですね。
どうぞ、入ってください」
そう言ってサーナイトを招き入れると、窓を閉めてベッドのそばに設置されたナイトテーブルの上に置いてある小型の魔石灯を付けた。
そうした事により、部屋が少し淡い光で明るくなる。
向き合うように椅子に座り、リューはサーナイトの話を聞き始めた。
果たして、サーナイトの話とは何なのか...?