エアコア・ドリーム   作:甲乙

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【D1】Bloody Honey
ルビコニアンデスヒロイン


 

 私は何を間違ったのだろう。

 私はどうすれば良かったのだろう。

 もしも。

 すべてが、夢であったなら。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 最近、強化人間C4-621には悩みがある。

 それはミッションごとにかかるACの弾薬費であったり、破損した装甲の修理費であったり、現地まで向かう輸送ヘリの燃料費であったり……お金の話ばかりだが仕方がない。こちとら独立傭兵である。お金が無いのである。

 だが今は、それよりもだ。

 

『レイヴン、やはりACとはガチタンだと思うのです』

 

 この脳内で響く、女性らしき声である。

 

 

 

 数日前に行った、ウォッチポイント襲撃作戦。惑星封鎖機構を相手どる夜間の単独作戦ではあったものの、配備された敵はMTや汎用兵器。ACの敵ではないと思われた。

 だがいざ仕事を始めてみれば高練度のMT達に四方八方から狙い撃ちにされ、這う這うの体でウォッチポイントまで辿りつけば手練れの独立傭兵にどつき回され、それすらようやく撃退したかと思えば、まさかのコーラル逆流である。

 コーラルとは画期的な新資源であると同時に、危険な爆発物でもある。毒性も強い。ついでに謎も多い。そんな物に巻き込まれたのだ。仕事中の事故である。労働災害である。

 そういう訳で己の飼い主(ハンドラー)である彼は、なんと特別手当をくれた。良い人だ。お金と食べ物とAC用パーツをくれる人は良い人である。それは旧世代型の強化人間でも分かる。でも色違いのエンブレムはいらない。

 閑話休題(それはそれとして)

 

『あなたのAC、ハウンド5と言いましたか? 機体構成(アセンブル)を確認させていただきましたが――』

 

 ハウンド5は中量級の二脚型に分類される、ごく標準的なアーマード・コアである。RaDと呼ばれる集団の手で作られた探査用機で、戦闘性能こそ控えめだが軽量でエネルギー負荷も低い。そして何より安い。安さは正義だ。ちなみに機体名はウォルター命名であった。

 最初に買い与えられたその機体を、621はそのままの形で使い続けていた。だがいくつかのミッションを遂行した後、「……せめてジェネレータだけでも買い替えておけ」と言われ、ちょうど傭兵支援システムのトレーニングで景品として貰った内装パーツに換装してある。あとは、同じく景品のリニアライフルと垂直発射ミサイルを搭載したぐらいだ。安く、扱いやすく、癖も無い。そして安い。良いACだと自負している。

 しているのだが。

 

『――まったく、なっていませんね』

 

 バッサリである。一刀両断である。まるでパルスブレードである。ブレードは好きだ、特に弾薬費がかからないという点が。

『はあぁー……っ』と、脳内で喋り続ける女性――エアは盛大に溜め息をつく。そうしてそのまま、心なしか大きな声で、あるいは耳元に近付いたような声で語り始めた。

 

『良いですかレイヴン、ACとはガチタンです。ACイコールガチタンである以上、ガチタン以外ノットイコールACなのです。

 つまり、そう……あなたの機体は、ACではありません!』

 

 621に衝撃が走った。具体的には、脳深部デバイスから少しだけコーラルが逆流した。もし自分に健全な声帯が残されていたなら「ギャアアアアアッ!」とでも悲鳴をあげていたかもしれない。

 ハウンド5はACではなかった……? じゃあ、いま乗っているこれは何だ? 確かにジェネレータには「作業MT用」と書かれていたが、まさかそんな。ウォルターがくれたのは、MTだった……?

 

――いやいやいや

 

 そんな事はない筈だ。現に621がこの機体で達成したミッションは既に十を超える。封鎖機構の大型ヘリをはじめ多数のMTや、時には同じAC、重装機動砲台(ジャガーノート)、更にはBAWS工廠に突然現れた()()()()()()()()()だって撃破しているのだ。あの時は僚機の女傭兵に何故かドン引きされてしまった。名前はたしかケイト……ケイト・マーンドだったか?

 とにかくつまりそういう訳で、ハウンド5は立派なACでありMTとは違うのである。汎用性の高い中量二脚でどのようなミッションにも対応することでパーツ代を節約し、軽さを活かした機動力により被弾を減らすことで修理費を削減し、ブレードとキックとアサルトアーマーを主軸とすることで弾薬費を浮かせる、そんな素晴らしい機体なのである!

 

『馬鹿な人ですね、レイヴン』

 

 ちょっとこの女の人はひどいんじゃないだろうか。621は戦慄した。碌に動かせもしない体をプルプル震わせていると、エアはまた溜め息をついてから口を開く。溜め息の多い人だな、エア。

 

『そもそも、その素晴らしい機体でボコボコにされていたのは誰ですか』

 

 まるでパイルバンカーが、心臓に突き刺さったかのような。

 そう、あれはウォッチポイントでコーラル逆流に巻き込まれる前のこと。突如として現れた独立傭兵――スッラ。第1世代強化人間の生き残りにして、半世紀も前から傭兵を続けてきた古強者。そのあまりにも洗練され過ぎた戦闘機動(マニューバ)に、621は成す術も無くボコボコにされた。

 攻撃を掠らせもできない事など序の口。まるで霧の中にでも迷い込んだかのように相手の姿を見失い、死角からボカスカと何度も蹴られた挙句、「NICE JOKE」と機体に落書きされて基地の入り口に放り出されてしまった。

 それから幾度となく再戦を挑み、その度に蹴り出される自分の姿を憐れまれたのか、封鎖機構の人達は「……コード15、侵入者を確認したが取り逃した」「……コード31A、くそーどこにいったー」などと、見逃してくれるようになった。お金が貯まったら封鎖機構に募金しようと考えている。20コーム……いや15コームぐらい。

 とはいえ鬼教官もといスッラとの激闘の甲斐もあり、621の操縦技術は各段に進歩した。機体のアセンブルを見直したのもこの時からだ。通算二十戦目にして得られた勝利の際には、防壁の上で観戦していた封鎖機構の人たちに拍手を送られた。スッラは機体を炎上させながらも、エンタングルの親指は力強く天を指していた。ウォルターにも褒められた。もし涙腺が残っていれば泣いていた。

 もっとも、その後に現れた特務無人機体(バルテウス)により621の受難は続いたのだが……。

 

『あんな無人機ごときに何度も負けたのも、ガチタンではなかったからです。あなたが最初からガチタンで来てくれていれば、あなたも私もあんなに苦労はしなかったのですよ? 分かっているのですか?』

 

 コーラル逆流に巻き込まれ、ウォルターとの通信も途絶し――エアに途絶させられ、致死量のコーラルを浴びて極度の酩酊状態(へべれけ)だった621は撃破寸前まで追い詰められた。そしてその度に、エアがどこからか調達してきたらしい補給シェルパの世話になりながら、なんとか今のコンディションでも勝てる攻略法を練ったのだ。

 なお、その間バルテウスは大人しくふよふよ浮きながら待っていてくれた。エアが必死に『タイムです! タイムと言っているでしょう!?』と説得してくれたのだ。ならもう、戦わず見逃してもらえば良かったのではないか……? 621は、そう考える。

 

『そういうわけで、あなたの機体はガチタンに変えさせていただきました』

 

 人工呼吸器から異音が響き、バイタル異常の警報が続く。ぶほぁげへっはビービー! と一瞬で騒がしくなったコクピット内で必死に脳深部デバイスを操作する。ガレージにアクセスし、ACのアセンブルデータを確認『どうしました、そんなに嬉しそうな声を出して』嬉しくない!

 そして、愛機は変わり果てた姿でそこに鎮座していた。

 

『どうです? 素晴らしいでしょう。これで私たちも安心してデー……仕事に出ることができますね』

 

 なんという事をしてくれたのか。確かにさっきから外でガッションガッションと機体を組み替えるような音がしていたが、まさか勝手にアセンブルされていただなんて……。コアを分解してコクピットごと移動させられていたとは、まったく気が付かなかった。すぐ元の機体に戻し――

 

『あぁ、不要なパーツは全て売っておきましたから。その分と残りのお金で武装も買えるだけ買ってあります。家計のやりくりには多少の心得があるもので』

 

 私の貯金が! 残金が! ……13コーム!?

 こ、(コーム)サーティーン……?

 

『まったく、いったい何をそんなに落ち込んでいるのやら。売ったパーツなら仕事の後にまた買い戻せば良いのですよ? なにせこのショップは、売り値と買い値が同額なのですから』

 

 え? そうなのか?

 今まで全く買い物をしてこなかった621には初耳である。強化人間である自分はACの操縦以外のことなど何も知らないが、商売としてそれはどうなのだ?

 

『さあ? きっとこのオールマインドというシステムを構築した方はよほどの太っ腹か、あるいはポンコツなのでしょうね』

 

 今どこか遠くで誰かが、くしゃみをした気がする。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

『さてレイヴン、そろそろ作戦時間です。準備を始めましょうか』

 

 げんなりと機体データを確認していた思考は、また唐突に打ち切られた。

 今、621はウォルターから休息を命じられているのだ。当然、仕事など無い。そもそもハンドラーでありマネージャーでもある彼がいなければ、企業から仕事を取ってくることなど……。

 嫌な予感がした。

 

『安心してください、すべて私がやっておきました』

 

 ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

 もしまともに動く手足があれば、621はきっとガレージの中を走り回っていただろう。今ならもう、どこまでも走られる気がした。

 この人は! なぜ! どうして! また勝手に! そんな事を!

 

『もう……そんなに喜ばれると照れてしまいます』

 

 蹴りたい(ブーストキック)このひと蹴りたい(ブーストキック)

 かつてない興奮状態に安全装置が働いたのか、脳深部デバイスから鎮静剤が投与される。それでも抑えきれない分は自前の精神でなんとかした。

 落ち着け、強化人間C4-621。第4世代の強化人間は感情の起伏が少ない。それにもし、自分が女性に暴力を振るっていたと知ったら、ウォルターはきっと哀しむだろう。……いや、もし621自身が女性だったなら別に良いのか? 蹴って良いのか?

 また不穏な考えが頭を過り、その前に目の前もとい頭の中のエアに事情を説明することにした。

 今はウォルターから休めと命令されている事、それが今の仕事である事、自分には再手術で人生を取り戻すという明確な夢――彼からそう言われた――がある事、その為にも彼の信頼を裏切るわけにはいかない事を、拙い語彙でなんとか伝えた。伝えられたと思う。

 

『あぁ、そうなのですか?』

 

 いくらこのエアという女性――声からして、おそらく女性――が、幻聴のように頭の中で喋り続け、更には人の大事なACをガチタンに改造した挙句に勝手に企業から仕事をとってくるような性格破綻者であっても、懇切丁寧に事情を説明すれば……。

 

『――で、それの何が問題なのです?』

 

 駄目だった。

 更には、眼球の裏側で見覚えのある光がチラつき始める。その赤く、あまりに(あか)い光はどこか、そうどこかで……。

 

『それと……誰が性格破綻者ですか、誰が』

 

 その紅い光が、どこか女性らしき相貌を象った様を621は幻視して。

 

『何を驚いているのです? 当然でしょう? 私はあなたの脳波と交信している。つまり、()()()()()()()()()()()

 

 顔が。紅い女性の顔がすぐそこに視える。その顔は、その表情はどう見ても、どう見ても……。

 

『行きますよね? あなたも私と一緒に仕事(デート)、したいですよね……?』

 

 

 

 仕事に行く  ⇔  仕事に行きたい 

+:選択 

 




(本来の)主人公機

AC名:ハウンド5(Hound5)

右腕武器:LR-036 CURTIS(リニアライフル)
左腕武器:HI-32: BU-TT/A(パルスブレード)
右肩武器:BML-G1/P20MLT-04(4連装ミサイル)
左肩武器:BML-G1/P01VTC-04(4連装垂直ミサイル)
頭部:HC-2000 FINDER EYE
コア:CC-2000 ORBITER
腕部:AC-2000 TOOL ARM
脚部:2C-2000 CRAWLER
ブースタ:ALULA/21E
FCS:FC-006 ABBOT
ジェネレータ:VP-20S
コア拡張機能:ASSAULT ARMOR(アサルトアーマー)

初期装備とオールマインドの景品だけで構成された安物AC。
なぜ5番機なのかは教えてもらっていない。
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