エアコア・ドリーム   作:甲乙

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アンサング・ウォー

 

その日、多くにとって突然に、それは起こった

 

各勢力の複数のAC乗りによる、重要機密の同時リーク

その殆どは成功し、ルビコンは拠って立つ常識の基盤を大きく揺るがされた

 

そして、アーキバスとV.Ⅱスネイルの名で、ごく短い声明が世界に発信される

 

 

 

To Rubiconians

I don't wear Glasses

 

 

 

それは、すべてのルビコンに住む人々への、明確な宣戦であった

すべての勢力はコーラルの争奪戦を放り出し、狂気のアーキバスに対することを余儀なくされ

人々は、一致しない解釈にはじめて気付いたかのように、それに憤怒するしかなかった

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 厚い雲の下を輸送ヘリが飛んでいく。既にコクピットの中で身を横たえていた621は、流れていく雲をただじっと見つめていた。

 ハウンド5も準備は完璧。一度コマンドを走らせれば、一秒と待たず戦闘機動を始められる状態だ。気を研ぎ澄ませる621の耳に、聞き慣れた声で通信が入る。凪いだ水面のような声。

 

「621、今からブリーフィングが始まる。お前も同席しろ。

 これは多数の企業連名での依頼となる。まずはベイラム、それから大豊(ダーフォン)、メリニット、ファーロン、BAWS、エルカノ、タキガワ、VCPL、シュナイダー、それとRaD、ジャンカー・コヨーテス、あと、解放戦線までか? ブランチとは何だ、聞いたことがない。そして惑星封……待てミシガン! 惑星封鎖機構だと!?」

「まどろっこしいなハンドラー・ウォルター! 要するにだG13! アーキバス以外の勢力すべてで、アーキバスに襲撃をかける! どうだ、単純な作戦だろうッ!」

「あとコヨーテスの連中は外しておいてくれ、今チャティの花火でお星様になっているところさ」

 

 やいのやいのと、一気に騒がしくなるコクピット。今まで受けてきた依頼の中では最も複雑だが、最も単純なミッションかもしれない。

 

『レイヴン、そろそろ作戦領域です』

 

 エアも緊張しているのか、いつになく静かだ。ハッチの開放をコマンドし、吊り下げられたハウンド5が機外へと運び出される。

 一気に広がった視界に映る光景は、にわかには信じがたいものだった。

 

「突入するぞ! 行け(ゴー)行け(ゴー)行け(ゴー)!」

「さっさと行けよケネベック! ケツに一発もらいたいのか!」

「弾もってこいポトマーック!」

 

「おいマジなのかよ、あのヴェスパー眼鏡が眼鏡してねぇってのは!」

「そんなもん野郎にアレが無えのと一緒だろうが! とんだ眼鏡(タマ)なし野郎だぜ!」

「ヒャッハー!」

 

「コード23、現着」

「コード44、V.Ⅱスネイルの情報を回してくれ。シミュレータと外見が一致しない」

「システムより回答が出た。暫定処理として脅威度を引き上げる。コード78C!」

 

「悪辣な企業どもめ……! どこまで我らを欺けば気が済むのだ!」

「行くぞ! 灰かぶりて我らあり!」

「世に平穏のあらんことを! 世に平穏のあらんことを!」

 

「ジェントルマンがこんなに集まるとは、壮観だな」

「キング、台詞が違うよ」

「えぇ、私も感じているわレイヴン……この戦いはきっと、始まりに過ぎない」

 

「構うことは無いメリ! 派手にぶっ放していくメリよ!」

「でっかいヨー! でっかくておっきいヨー!」

「ミサイルカーニバルです、派手にいきましょう」

「こちらも空力(スピード)を上げていく、ついて来られるかな!」

「ひろがる♪プラズマ♪」

「この一本一本付いている棒があるでしょう? これが全部、パルスキャノン!」

 

 氷原を黒く埋め尽くすほどの、ACとMTとLCとHCとその他諸々の大軍勢。皆が好き勝手な回線で通信しているせいで、混線しきった通信網からは濁流のように声が溢れてくる。ミシガンの言う通り、このルビコンにおけるアーキバス以外すべての勢力が立ち上がったのだ。

 今更だが、これもう621は必要ないのではないか? こっそり帰るか、遠巻きに見物させてもらおうか。

 

「心配するなG13! 切り込み隊長が誰かは最初から決まっているぞッ!」

「分かってないねぇビジター、こんな笑える祭りに参加しないでどうするのさ」

「行ってこい621、これは俺の私的な友人からの依頼でもある」

『レイヴン、私があなたをサポートします。あと、()()()()()()()()()()()

 

《メインシステム 戦闘モード起動》

 

 神経接続にコマンドを叩きつける。アサルトブースト。最大出力。

 赤い眼光と青い噴射炎を棚引かせ、鋼鉄の猟犬(ハウンド5)が誰よりも速く吶喊する。

 軍勢が目指すその先に、巨大なアーキバスの根城が霞んで見えていた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「フロイトの馬鹿はどこですか!? 出てきなさいフロイト!」

 

 中央氷原に仮設されたアーキバス臨時基地。その中のガレージに殴りこんできたのは、ヴェスパー部隊の実質的な指揮官、V.Ⅱスネイルその人であった。

 スネイルであったのだが、普段の冷静な顔はどこにも無く、両手に鉄パイプを構えた姿はコーラルをキメたドーザーか何かのようだ。実際、今の彼は冷静とも正気とも言い難い精神状態であった為、あながち間違いでもないかもしれない。

 もっとも、あんな軍勢(もの)を見せられて正気でいろというのも、いささか酷な話ではあった。

 

「首席隊長殿なら、ずいぶんと前にACで出撃されましたが……」

「なら呼び戻しなさい! 今すぐに! そして代わりに出撃しなさいV.Ⅷ!」

「まあまあ、一旦おちつこうよ第2隊長。ほらペイター君、鉄パイプを預かって」

 

 いつも青白い顔を真っ赤にしたスネイルを宥める二人の隊員――V.ⅤホーキンスとV.Ⅷペイター。更にそこに、一人の男がゆらりと近付いてきた。

 

「……情報の裏が取れた。やはり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 淡々と語られる事実に異を唱える者はいない。こと情報に関してこの男に間違いは無く、そして皆が半ば予想していた事だったのだから。無言で青筋の数を増やすスネイルと、天井を仰ぐホーキンス。一人その場を離れていたペイターが駆け戻り、手にしていたカップを男に差し出した。

 

「どうぞオキーフ長官、フィーカを淹れてきました」

「……貰おう」

「お気になさらず、それを持っていないと長官だと分からないので!」

「……そうか」

 

 特に怒ることもなくフィーカを啜る男――V.Ⅲオキーフだったが、ただでさえ希薄な気配が更に薄くなったようにも見える。この後輩(ペイター)に悪気は無いのだから怒ったりはしない。決して傷ついていたりもしないのである。

 

「所詮はフロイトだったか、人の言葉も解さんAC馬鹿め! やはりこの私が手ずから再教育を……」

「スネイル閣下がですか? 本社の許可が下りないと思いますよ?」

「私よりナンバーが上だからですね? その通り! だから代わりにあなたを再教育します!」

「まあまあまあまあ第2隊長! とにかく管制室にね、管制室に行こう!」

「……俺はもう出る」

 

 この非常事態にヴェスパーの番号つき(ナンバーズ)が出撃せず残っていることには理由がある。指揮官であるスネイルは当然として、だがこの状況でいつものスネイルではいられない事を見越し、お目付け役としてホーキンスが残ったのだ。ペイターはその補佐ではあるが、負け戦に参加したくないだけかもしれない。諜報の役目を終えたオキーフは、いつの間にか出撃していた。

 

 

 

「南方にも新たな敵反応! こちらに向かっています!」

「増援は既に送っている! 防衛ラインを死守! 持ちこたえろ!」

「敵増援あり! これは、新型HC!?」

 

 辿りついた管制室は既に阿鼻叫喚といって良かった。鳴りやまない通信と警告音に混じり、絶望まじりの声が飛び交う。正面の大型モニターに映る広域レーダーは、敵を示す赤いアイコンで埋め尽くされようとしていた。

 

「これは……、ヴェスパーはどうしている!? 状況の報告を!」

 

 見ただけで卒倒か脱走かしたくなるような絶望的状況であっても、幾分かは冷静さを取り戻したスネイルが指示を飛ばす。管制官たちが通信を繋ぎ、すぐに応答があった。

 

「管制室、聞こえるか! すぐに援護しろぉ!」

「こんな……数が多すぎる! 増援……増援を!」

 

 応答はV.ⅦスウィンバーンとV.Ⅵメーテルリンク。どちらもナンバー下位とはいえ、新世代強化人間で手練れのAC乗りだ。その二人が、半ば恐慌状態で助けを求めていた。

 

「近くの部隊を応援に向かわせなさい! ACが墜とされれば総崩れになる!」

「駄目です! 新たな敵反応、近付けません!」

「なら他のヴェスパーを! フロイトは……えぇい、四脚型のいる部隊を前面に押し出す! 援護を!」」

 

 悲鳴のような通信が響き続け、ヴェスパー二機は徐々に孤立していく。元より行方不明のフロイトは捨て置き、オキーフの出撃を急がせながら損耗の少ないMT部隊を増援に――

 

「――お困りかな、スネイル」

 

 通信に割って入る、掠れた美声。その声に、スネイルは忌々しそうに顔を歪め、管制官の女性たちはパッと顔を輝かせた。

 モニターに映るエンブレムに刻まれた番号は、Ⅳ。

 

「……第4隊長」

「あぁ、あなたの良き後輩のラスティだ」

 

――どの口で言うか貴様!

 

 内心で罵倒を繰り返しながらも、決して言葉には出さない。スネイルは、この新参者の第4隊長がどこぞの間者(スパイ)であろう事は既に確信している。その上で泳がせているところだったが、状況が状況だ。今この時点で逃げ出していないという事は、今回の騒動とはおそらく無関係だろう。ひとまずは一蓮托生と言って良い。

 三秒とかからず結論を出したスネイルは、高圧的に命令を下した。

 

「どうすれば良いのかは分かっていますね。死にたくなければ働くことです」

「あぁ、言われるまでもない。……V.Ⅳラスティ、スティールヘイズ出撃()るぞ!」

 

 雄々しい声と共に、蒼いナハトライアー(NACHTREIHER)が出撃する。空力特化されたシュナイダーフレームが空を切り裂きながら飛翔する様は、その名の通りの猛禽か、あるいは獣を思わせた。

 絶望に顔を曇らせていた管制官たちが歓声をあげる。というかむしろ黄色い声をあげていたが、まあ戦力には変わりないと自らを納得させたスネイルは、次の指示を出そうと――

 

「――メインブースタがいかれただと!?」

 

 派手に転倒してコンソールに頭を打ち付けた。

 

「狙ったか、ガードメカ!」

 

 ガードメカ(MT-T-026)とは、どこの戦場でもおなじみ逆脚のアレである。なんという物に墜とされているのか、このV.Ⅳは。あの威力も精度も話にならないレベルの攻撃でメインブースタを撃ち抜かれるなど、ある意味では凄まじい技量だ。

 

「第4隊長――っ! あな、貴様なんの真似だ! 何している貴様!」

「よりにもよって海上で……! く、駄目だ、飛べん!」

「海上ってどこですかね」

「うーん、氷原で魚釣りでもしている人がいたのかもしれないね、ペイター君」

 

 拡大された映像では確かに、氷原に丸く開けられた穴の中で水に沈もうとしているスティールヘイズがいた。その周辺で穴をせっせと広げているのは、どう見ても解放戦線のAC達。あの男がどこのスパイなのか、これで分かった気がする。

 

「水没だと!? これが私の最期というか……っ、認めん! 認められるか、こんな……っ!」

 

 それはそれとして、ラスティの叫びに熱が入ってくるにつれ管制官たちも最高潮となってきた。皆がもはや、恋愛劇に息を飲む乙女の顔だ。

 キャーイヤーラスティサマー! イカナイデマケチャイヤー! デモソンナコエモステキ! オセル! トウトイ! エロイ!

 

《スティールヘイズ 水没(ロスト)

 

「……は! ではホーキンスさんが今から第4隊長ということですか!?」

「いやぁ、今はそれどころじゃないんじゃないかな……」

「そして私が第5隊長に!」

「メーテル君とスウィン君を勝手に殺さないように。

 ……えーと、第2隊長? 大丈夫かな? 疲れているなら替わろうか?」

 

 恐る恐るホーキンスが肩を叩くも、スネイルは呆然と立ち尽くすのみだ。無理もないだろう。こんな絶望的に過ぎる状況で、心が折れない人間などいない。誰が彼を責められようか。

 降伏も考えるべきかとホーキンスが思案しだした、その時。

 

「敵AC急速接近! この識別は……っ」

 

 男性である故に冷静だった管制官が、生真面目に報告の声をあげる。広域レーダーには、敵軍の中から一機の反応が飛び出てくる様がしかと捉えられていた。

 遠い過去の戦における、騎士の単騎駆けの如く。

 

「ACハウンド5! ……独立傭兵レイヴンです!」

 

 ざわ、と管制室の中が静まり返った。それと同時に、石像のようになっていたスネイルが目覚める。

 

「駄犬だと……っ」

「! 更にACの反応……これは友軍です! 識別は、ヴェスパー!」

 

 矢継ぎ早の報告。戦場を駆けてくるAC反応の前に、それを待ち構えていたかのように一機のACが立ちはだかった。

 この場に留まるスネイル(V.Ⅱ)ホーキンス(V.Ⅴ)ペイター(V.Ⅷ)

 既に戦場にあったメーテルリンク(V.Ⅵ)スウィンバーン(V.Ⅶ)

 ようやく出撃したオキーフ(V.Ⅲ)、墜ちたラスティ(V.Ⅳ)

 ならば、そこに現れたのは……。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 至近距離から放たれたグレネードを、機体の姿勢を反らして回避。予想外の機動だったのか、動きを止めた四脚型AC――ガイダンスへと間合いを詰める。失せろ(ホワイ!)失せろ(ホワイ!)とばかりに振り回されるスタンバトンを左腕ごとブレードで斬り飛ばし、リニアライフルをコアへと向けた。

 

「ま……、待て! 落ち着け!」

 

 だがその瞬間、搭乗者だろう男の叫びが開放無線で響く。同時に残りの武装もパージした為、ライフルをチャージしながら621は話だけでも聞くことにした。

 曰く、この男――V.Ⅶスウィンバーンは部隊の会計責任者でもあり云々。要するに買収を持ちかけてきたのだ。毎日が金欠の621としては(やぶさ)かではないが、問題はその金額である。

 

【いくら出す?】

「こ、これぐらいでどうだ……?」

 

 依頼の報酬の方が遥かに高い。そういう訳で交渉は却下。応じたふりをして背中から撃とうかと思案していると、察したのかスウィンバーンが先んじて声をあげた。

 

「か、管制室! 援護を……」

 

 両肩のミサイルを同時発射。上と横から飛来したミサイルに食い破られ、砲台が次々と倒壊していく。

 

「砲台大破! 砲台大破! すべての砲台が破壊された!」

「管制室ちゃんと援護し……おあーっ!?」

 

 武装も戦意も失ったACを蹴り倒すことは、息をするより簡単だった。脱出装置は間に合ったようだが、開放無線なので先の会話はアーキバス側にも聞かれていたと思う。合掌である。

 

『ふぅむ、いろんな人がいるもので……――敵AC反応!』

 

 休む間もなく次のAC。エアから送られてきたマーカー情報に従って機体を振り向かせると、味方の軍勢の一部が派手に吹き飛んだ。

 爆炎と黒煙の間を縫う、影。

 

『レイヴン!』

 

 警告音より早いエアの声。神経接続にコマンドを食わせ、最大出力で機体を急上昇。

 その刹那、ハウンド5の頭部があった場所を青い光刃が一閃した。

 ブレード。振り切れば硬直。今。

 リニアライフルを構え、FCSがロックオン。

 発射、三発。

 回避、三発。

 敵機はその場から動いていない。()()()()()()()()

 ざわり、得体の知れない感覚。

 何者か。

 

 

 

「――お前がレイヴンかぁ」

 

 抑えきれない喜悦を声に滲ませて、その敵は既にこちらを見ていた。

 緑の単眼が、ハウンド5を、621を、まっすぐに。逃れようもない程に。

 

「ウォルターの猟犬とは初めてだ。……なぁ、」

 

 がしゃりと。そのACは、どこまでもACらしい動きで、621に銃を向けた。

 

()らないか」

 

 

 

《敵性ACを確認 識別名ロックスミス》

 

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