アーキバスが擁する実働精鋭部隊、ヴェスパー。
冷酷無比と恐れられる
音に聞こえる彼らの実力と、様々な武勇伝。玉石混交なそれらにおいて、最も事実と齟齬のある噂が一つ。
曰く、
正確には、それはV.Ⅱスネイルの事であり、フロイトはそうではない。彼は多重強化など受けてはおらず、それどころか
V.Ⅰフロイト。それは、只人のままで強化人間部隊の頂点に君臨する男の名だ。
▼△▼△
無言でリニアライフルを放つ。電磁気力によって加速された弾丸はFCSの計算通りに敵AC――ロックスミスへと迫るが、その紺色の装甲を掠めるだけで終わった。アーキバスとベイラム、二社のパーツで混成された中量級二脚型ACが、無機質な動きで悦びを露わにする。
「返事はイエスだな。さあ
ロックスミスが機体をわずかに屈ませ、ブースタの噴射と共に動き出す。流れるような一連の動作に何ら特殊なものは無かったが、それでも621はうすら寒さを感じた。
好戦的な言葉とは裏腹にロックスミスは横方向へと、ハウンド5の死角に入るような円周機動を見せた。そのまま、右腕の
感傷に付き合うつもりはなく、クイックブーストでの回避と接近を同時に行う。ライフルからマガジンを排出している敵機に、チャージもそこそこにリニアライフルを発射。
「がっつくなよ、まだ早い」
氷の大地へと突き刺さる銃弾。まただ。また躱された。敵はクイックブーストすら使っていないというのに、まるで銃弾が自ら避けていったかのような。
『レイヴン、今のはもしかして……』
「621、あれはFCSへの欺瞞機動だ」
ウォルターが手短に語る。FCSの未来予測を逆手に取った操縦技術。撃たれる瞬間に機体をわずかに振ることで、FCSに揺さぶりをかける。その結果、弾丸が明後日の方向へ飛んでいってしまうのだと。
「“
FCSだけでなく自機の向きも意識しろ。お前なら出来るはずだ」
助言に従い、神経接続でFCSの照準に介入。銃身で相手を「刺す」ようなイメージでリニアライフルを放った。ロックスミスが痙攣するかのように機体を揺らす。だが。
「お?」
コア正面を跳弾する弾丸。当たりこそしたが、ACSによってダメージはほぼ与えられていない。それでも、搭乗者へは何かを齎してしまったのか。
「
ハウンド5の周囲を旋回していたロックスミスが動きを変える。跳ぶように上昇した直後、肩部から見慣れない兵装が射出されてきた。その数、六。
『レーザードローンです、レイヴン!』
自機を包囲したドローン全てにマーカーが表示され、間髪いれず撃ち込まれたレーザーを回避。初見の武装ではあったが、エアの警告で難を逃れた。
幸いレーザーの精度はそれほど高くなく、回避も容易だった。だがそれと織り交ぜるようにして、正確なライフル弾が装甲を削ってくる。ACSにも負荷がかかってきた、そろそろ仕掛けてきそうだ。
案の定、ロックスミスが間合いを詰めてくる。ブースタを小刻みに吹かす、飛び跳ねるような動き。一見、珍妙にも見えるその機動はだが、やはりFCSへの攪乱も狙ったものか。
ならば、それの裏をかく。
《FCS
右肩の小型ミサイルを発射。ただしFCSとの接続は切り、ただ前方に向かって射出した。直進するのみのそれは単なるロケット砲と同じだったが、それだけにFCSへの欺瞞は通じない。四発のロケットが、愚直にロックスミスへと迫る。
「は、は」
対してV.Ⅰは変則機動で迎え撃った。
キックの要領で脚部を投げ出し、反動で機体を後方へと傾ける。転倒する寸前に吹かされたブースタが絶妙なバランスで姿勢を安定させ、ロックスミスは飛来するロケット全てを鼻先で回避してみせた。
なんという動きか。あれを全て手動操縦で行っているというのだから、V.Ⅰの技量は凄まじいとしか言い様がない。
ロックスミスがブレードを構える。近くも遠くもない最適な間合いで振るわれた光刃が、ハウンド5のコアを斬り裂こうと。
「は――」
神経接続。
ACSを一時停止。ブースタを吹かし、機体を前方へと倒れ込ませる。
直後、ハウンド5の頭上または背後をレーザーブレードが横薙ぎ。
直後、左肩のミサイルを発射。本来は垂直に撃ち上げられるそれは、今この瞬間に限って
直後、ロックスミスのコアに四発のミサイルが直撃した。
「立て直せ621! 無事か、応答しろ!」
『姿勢制御安定……ACS再起動……! レイヴン、なんて無茶を!』
メインブースタの付いた後方はともかく、前方へ機体を倒すことはやはり無理があったらしい。あっけなく転倒したハウンド5を素早く立ち上がらせながら、通信と交信に響く声を聞く。
あの瞬間、ロックスミスが見せた変則機動。咄嗟にそれを真似たつもりだったが、ぶっつけ本番ではこんなものだろう。一応は成功しただけ上出来だと思うことにする。
……
『敵機、沈黙しました』
ロックスミスは仰向けに倒れていた。アーキバス製のコアは正面装甲が大きくへこんでおり、内部のジェネレータにも衝撃が伝わったのかスパークまで走っている。爆発や炎上こそしていないが、見た目以上にダメージは大きそうだ。あるいは、搭乗者が失神でもしたのかもしれない。
「V.Ⅰは強化手術を受けていないという話だが……情けは無用だ、621」
言われるまでもない。今までのごく短い戦闘のみでも、相手の並外れた技量は分かった。
――瞬間、ロックスミスのライフルが弾けるように動いた。
『な、再起動!?』
互いのコアにライフルを突きつけたまま静止する。損傷具合はほぼ互角、ならば機体を立たせている621に分がある筈だが、通信から漏れる声は変わらず愉しげだった。
「は、はは、は……今のは効いたな、危うく
ひとしきり笑った後で苦しげな息を漏らすフロイトは、やはり無傷ではないのだろう。それでも621は、今この瞬間にでもロックスミスが飛び掛かってきそうな予感を禁じ得ない。
緊張に機体を強張らせる621に対し、フロイトは天気の話でもするかのように気安く話しかけてくる。
「やっぱり声明は流して正解だったな、お前みたいな奴と
さらりと口にされた事実に、ウォルターが理解できないモノを前にしたように呻いた。この男がスネイルの名を騙って声明を流した事が事実だったとして、いったいそれに何の意味があるというのか?
こちら側の疑問を察したのか、フロイトの愉しげな声は続く。
「一度やってみたかったんだ、
曰く、無補給かつ単機で戦い続けた場合、どれだけの敵を撃破できるだろうか? とりあえず百機ぐらいはいけるのではないか? と、そんな疑問を解消する為に、この状況を作りだしたのだと。
それはまた、随分と。
『頭のおかしい人です』
「だがまあ、まさかこんなに集まるとはなぁ。みんな意外と暇だったんだな」
「……それで、百機は撃破できたのか」
「いやどうかな、数えるのを忘れた」
V.Ⅱも大変だなと、621は少しだけ同情した。同情してもお金はあげないが。
呆れ果てたような溜め息を漏らしながら、ウォルターが諫めるように言う。
「俺達には関係のない話だが、組織に属するならもう少し周りを見てはどうだ。戦いたいだけならシミュレータを使えば良かっただろう」
「――シミュレータは嫌いだ」
ひたりと、死体の手に触れられたような声。悪寒。
「アレは便利だが、やっぱり違う。俺は直に
倒れたままのロックスミスがジェネレータの出力を再上昇し、比例するようにフロイトの声にも熱が入ってくる。カタカタ震えだす機体はまるで、喜悦に体を振るわせているようで。
「
みんな
「そうだろう、レイヴゥン――!」
互いに躊躇わず引き金を弾く。コアに銃創が刻まれ、二射目を放つ前にロックスミスの背後が爆ぜた。クイックブーストで弾き飛ばされた機体を空中で制御し、ほぼ真下に位置するハウンド5に肩のバズーカを撃ち下ろす。
クイックブーストで回避、の直前に垂直ミサイルを射出。完全な盲撃ちだったが一発は当たった気がする。撃破には遠く及ばない、それをレーザードローンに取り囲まれて621は知った。
避けきれるものではない。ならば避けるな。レーザーの雨を強引に突っ切りながら接近。この男を相手にFCSは枷にしかならない。ブレードを交わす距離で銃火を交える。
殴り合うようにライフルを撃ち合い、自爆も厭わずミサイルとバズーカが火を吹く。緑と青の光刃が、幾度となく交差した。
より速く、より鋭く、相手より一手でも多くと、手札を切り続ける。
それは、洗練された動きであってもなお凄惨な削り合いだった。
「は、はっ!
好戦的と呼ぶにはあまりに狂気的な声と共に、ロックスミスの
そして何より恐ろしいのは、この戦闘の最中で更に「巧く」なってきているということだ。
「こうか!? これが
真の強者は成長する事を止めない、とは誰の言葉だったか。ミシガンだったかラスティだったか。何にせよ、その言葉は正にこの男の事を指していたのかもしれない。
「……」
『……』
それはともかく、さっきからウォルターもエアも沈黙しているのは何故なのだろうか。ついでに周囲の味方もアーキバス軍も、621達を遠巻きに眺めている。というか引かれている。
そんな疑問も、開放無線で叫びながら迫ってくるフロイトにかき消される。片手間でどうにかなる相手ではなく、音もなく水に沈むように621は戦闘に集中した。
「教育に悪い……」
『様子のおかしい人ばかり……』