鉄色の巨人が踊る。人型を模したそれはだが猛獣のように地を駆け、時には猛禽のように空を舞い、そして何よりも人間らしく武器を振るってきた。
左腕から伸びるパルスブレード。一振り目で頭部を焼き斬られた
《ハウンド3 ロスト》
「く――」
くそ、と悪態をつく間すら無い。爆散するハウンド3ごと吹き飛ばすつもりでミサイルを放つが、敵ACの機動はミサイルの誘導すら振り切るほど。単純な機体の速さと、何よりもその技量によって。
「ぅるがぁっ!」
「待て62――」
突出する僚機。その動きは敵ACにも匹敵する鋭さだが、タイミングもマニューバも直情的に過ぎた。赤い単眼がゆらりと線を引く。
「が……!?」
意趣返しのように振るわれたブレードを、敵ACはただ機体を一歩ずらせるだけの動きで回避した。続く二振り目も、今度はクイックブーストの瞬発機動により躱される。ブレードを振り切って固まる僚機と、その背後でライフルを構える敵AC。既に決着はついていた。
《ハウンド4 ロスト》
僚機が全滅。これで一対一。もう私だけ。
嘘だろう。まだ始まったばかり。一分も経っていないだと。
何をしている。動け。戦え。どうやって。分からない。動け。動けうごけうご
「ぁ……」
赤い単眼を光らせた、鉄色のAC。私と、私たちとまったく同じ形のACがすぐ目の前に――
《ハウンド1 ロスト》
▼△▼△
《仮想戦闘を終了します》
《強化人間C4-617 通常モードに移行》
無機質な戦闘空間が端から崩れ、暗転した視界を覆っていたバイザーを外す。頸椎に挿された接続端子を抜いてから、私は大きく息を吐いた。疲れ切った溜め息だった。
「疲れたか、617」
「い、いえ……っ」
通信越しではない声に慌ててコクピットから這い出る。声の主――ハンドラーは、不安定なキャットウォーク上で杖をついていてもなお、その立ち姿には芯が通っていた。
ハンドラーの隣に並び、ガレージに並べられた
実機を接続しての戦闘シミュレータ。企業でも正式採用されているというその装置を使用した訓練が始まって数日が経過していた。
強化人間の処置には、ACに関わる基礎知識の「焼きつけ」も含まれている。故に基礎的な操縦訓練などは省くことが出来るが、戦闘となれば話は別だ。だからといって存在自体が非合法の我らがまさか外で実機を動かす訳にもいかず、このシミュレータは大いに役立っている。
汎用兵器の相手から始まり、対企業を想定したMT部隊、果ては同じACを相手どった仮想戦闘に危なげなく勝利できるようになった頃から、我らは我ら同士での戦いを始めていた。
当然というべきか、最も優秀な結果を出したのは618だった。レベル3の戦闘能力は想像以上で、一対一の戦闘では負けなし。ならばと二機がかりの非対称戦でも結果は変わらず、三機がかりでようやく土を付けられたかと思えば、それすら既に怪しくなってきているのだから恐ろしい。
619は最初こそ負けが込んでいたが、徐々に強くなってきている。同じ失敗をしないよう地道な訓練を続ける姿は普段の様子そのままで、620もまた普段通りだと言えるだろうか。思い切りこそ良いがとにかく詰めが甘く、だが時には618を撃破寸前まで追い詰める程の素質があることも事実だった。
そして、
「今日の訓練はここまでだ。戻って休め」
「まだやれます、ハンドラー」
我らの中で最も弱い強化人間、それが私だった。最初から今に至るまでそれは変わらず、618と戦おうものなら弾を掠らせることすらできない。それをレベル1の限界だと諦めることは簡単だが、それだけは出来ないのだ。それだけは。
「お前が良くても他の者もそうとは限らない。周りを見ろ」
ずるりとACから這い出てきた620が、鉄の床にそのまま寝そべる。まさか寝るのかと思った時にはもう寝息が聞こえてきた。医療ドローンに運び出される619は顔色が悪く、車椅子に乗せられた後も動こうとしない。618だけは戦闘中の激しさが嘘のようにいつも通りに見えた。
「仕事はまだ先だ。その前に潰れられては話にならん」
「……なら、私だけでも」
「617」
ハンドラーの手が私の肩を掴んでいた。その手は固く重く、だが決して冷たくはない。深い瞳が私をじいと見つめている。
「この際に言っておく。俺は、お前にAC乗りとしての能力は求めていない」
「――――」
それは、私が私に定義していた存在意義を否定するものではあった。強化人間はACで戦う為にこそ生み出された存在。それを否定された。そして――
そして、その時はじめて、私は私の望みを自覚したのかもしれない。
「俺はお前たちの
「休め」と、いつもの言葉と共に去って行くハンドラーの背中を無言で見送る。あの人の言葉に返事を返さなかったのは、この時が初めてだった。
虚ろな心地のまま日課を済ませていく。619の食事を介助し、食器を片付けない620の尻をひっ叩いた後で618の世話をする。体にしみついた作業を半ば無意識で行いつつ、考えるのはハンドラーの言葉ばかり。
私に三人の世話をさせる事は、きっと合理的だろう。ハンドラーは多忙で、そもそも彼自身が決して若くない上に脚まで悪くしている。医療ドローンにも限界はあり、部外者を雇うのも危険だ。だから同じ強化人間で、障害が少なく、そして戦闘では役に立たない私は、そう……「適任」だったのだろう。
だが、それでも、私は。
「618……お前が、羨ましい」
口から零れ落ちた言葉は完全な失言で、同時に私の本心でもあった。
私はきっと、あの人の役に立ちたかった。いつからそう望んでいたのかは分からない。最初からだったのか、今日だったのか。例えそれが何らかの処置によるものだったとしても、私はそれで構わない。
あの人の為に戦いたかった。618のように、ただそれだけを突き詰めた部品でありたかった。雑用しか出来ない体も、こんな甘ったれた苦悩ばかりの心もいらない。ただ、力だけがあれば良かったのに。
こつり、と小さな音を聞いた。
「……618?」
いつの間にか抱えていた頭を上げても、618には何の変化も見られなかった。じっと耳をこらしても、何の音も聞こえない。ただいつものように、618は身じろぎもせずそこに在る。
「……おやすみ」
618を休眠モードにし、部屋の灯りを落とす。私が部屋を出る瞬間まで、あの音は聞こえなかった。
▼△▼△
「お前たちの仕上げに入る」
一通りの訓練を終えた頃、ハンドラーから遂にその時が来たことを告げられた。シミュレータによる仮想戦闘ではなく、実機を用いた戦闘。しかも、それは模擬戦ですらない。
訓練、いや作戦内容を告げるハンドラーの表情は、いつにも増して重苦しい。
「作戦目標は、企業の防衛戦力の撃破。この基地はアーキバス系列の――」
我らの仕上げとして選ばれたのは、アーキバス傘下の企業が保有する基地。それを敵対企業に雇われた独立傭兵に扮して襲撃するという、ごく単純な内容だった。企業の規模は決して大きくなく、故にその戦力も相応。つまりはそんな、「初心者向け」の仕事だ。
「
「……、了解」
妥当な組み合わせだと思えた。同じレベル2である619と620は能力面でも適性面でも相性が良く、前衛と後衛として優れた成績を残していたからだ。ならば、後は余った者で組むことになる。例え、きっと、私が618の足を引っ張るのだとしても。……他に、もっと適任な者がいるのだとしても。
「ハンドラー、621は……」
気付けばそう口走っていた。
我らの中で最後のナンバーとなる筈だった621は、今この段階になってもなお凍結されたまま。データによれば621はレベル3、その中でも限界に挑んだとさえ言える処置を施されているのだという。疑似的な
だがハンドラーは重い口調で答えた。
「解凍が遅れている。急がせてはいるが……仕事には間に合わないかもしれないな」
未だ詳細は聞かされていないが、彼の言う「仕事」は別の惑星で行うらしい。惑星間の移動はそう簡単に行えるものでもない。我らが発つまでに間に合わなければ、仕事は四人で行わなければならないということだ。話を聞いていた620が大きく肩を落とし、619がその背を撫でている姿が横目で見えた。618からは当然、何の反応も無い。
カン、と場の空気を引き締めるように杖が床を叩く。
「お前たちだけでも仕事は果たしてもらう。猟犬としての価値を、示して見せろ」
▼△▼△
作戦は、星灯りもない夜に行われた。広域レーダーを警戒し、高台から基地を視認できるかどうか、そんな位置にAC――ハウンド1を立たせる。やや後方に、618のハウンド2が並んだ。残りの二機は、不測の事態に備えて輸送ヘリ内で待機だ。
「617、やれるか」
「問題ありません」
これまで数えきれないほどシミュレータの中で乗ってきたハウンド1は、だが実際に乗るという意味では今日が初めてだった。加速によるGからシートの揺れにいたるまで緻密に再現されていたとはいえ、やはりどこか違和感を拭いきれない。こればかりは慣れるしかないのだろう。
「618、お前はどうだ」
返事は無い。それを肯定と受け止め、ハンドラーが遂に号令を発した。
「ミッション開始」
その言葉が届いたと同時にペダルを踏み、簡易神経接続が開始される。レベル1の浅い接続であっても、心臓が熱を帯びたかのような鼓動。高揚。私という存在が、ただACを駆るという一つの為にこそ在るのだと改めて認識する。
ならレベル3は、618は。お前はハウンド2の中で、いま何を思っている?
《メインシステム 戦闘モード起動》
二機の猟犬が、闇夜の中を駆けだした。
闇夜を切り裂くアサルトブーストの光。後方にいた筈のハウンド2が、瞬く間に私を追い抜いていく。機体構成はほぼ同じ。ならば618は、最大推力で機体を駆っているということだ。
「敵レーダー圏だ、注意しろ!」
返事は無く、通信にも意味は無いだろうことは分かっている。基地に向かって最短距離を行くハウンド2から離れ、私は迂回気味に基地の側面へと向かった。
こちらの接近を感知したのだろう、基地内で警告灯が赤く瞬き、レーダーにも赤い光点が現れ始める。敵性反応。
――悪いが、死んでくれ
そんな思考の端でトリガーを弾いた。同時発射された四発のミサイルは、AC自体の速度も上乗せされてMTへと突き刺さる。爆炎と共に四散する敵機。ブースタを切り、慣性のみで滑空しながら放ったガトリング砲が飛び立とうとしていた武装ヘリを薙ぎ払っていく。最後に、パルスブレードの光刃がMTを溶断した。
彼らには何の恨みも無い。独立傭兵としての仕事ですらない。ただ、我らの「慣らし」の為。ただそれだけの為に初めて人を殺めたというのに、私の思考にはさざ波しか立たなかった。それは強化人間としての処置の一つなのか。あるいはこのような事に思考を割いている時点で、やはり私は出来損ないなのか。どちらにせよ、いま考えることではない。戦いに集中しなければ。
リロードと冷却を終えた端から武装を放つ。ミサイルが、ガトリングが、ブレードが作業的に敵機を破壊し続け、ひとしきりの戦闘機動を終えたと同時にハンドラーから通信が入った。
「周辺に敵反応は無い。618の援護に向かえ」
「了解」
送信されたマーカー情報に従って機体を走らせる。向かう先では、既にいくつもの爆炎と火柱が立ち上っていた。
「援護はまだか! 応答は!」
「くそッ! なんて奴だ、ば――」
「本当に独立傭兵なのか!? あんなの……
混線した通信から流れる阿鼻叫喚。適当な遮蔽物の傍に機体を寄せた私の目にも、その地獄の様相がよく見えた。
炎の中で、鉄色の巨人がくるくると回っている。比喩ではない、敵MTが編隊を組むそのただ中に立つハウンド2は両手に握ったアサルトライフルを別々の方向に向け、乱射としか見えない速度で銃弾を放っていく。目まぐるしく位置を変えるハウンド2をMT達は捉えられていない。銃を向けた先に友軍がいれば誤射防止にFCSがロックされるのだ。その理屈こそ理解できるが、それでも自殺行為に等しい立ち回り。
最後の銃弾が二機のMTを撃ち抜き、同時に両手の銃からマガジンが排出される。リロード。明確な隙。だがMT達はそれを突く前に
クイックブースト、からのアサルトブースト。大質量が激突する音が夜の空気に響き渡り、MTの頭を蹴り潰したハウンド2が宙を舞う。両肩に並ぶミサイルポッドの一斉発射。巻き上がる爆炎、四散する破片。かろうじて生き残ったMTに対し、リロードを終えたライフルを押し当てる。最後の銃声と共に、レーダーから全ての光点が消えた。
「防衛戦力の全滅を確認。ミッション完了だ」
は、と。ハンドラーの言葉でようやく我に返り、遮蔽の陰から機体を立たせた。私の存在にいま気付いたかのようにこちらを見るハウンド2に目立った損傷は無い。それは私も同じことだが、その意味はまるで異なる。結局、防衛戦力の八割以上を618は単機で仕留めたのだから。
……私は、
「……、……」
私は、これで価値を示せたのか? 猟犬の一頭としての価値を、あの人に。これで、こんなもので。
「ハン、ドラー」
あの時に与えられた意味に、報いることができるのか。
「どうした617、帰投……いや待て、通し――害が――――なれろ――6――……」
「……ハンドラー?」
突如として乱れる通信。予備回線もノイズを垂れ流すのみ。余計な事に思考を割いている間に起こった異常事態に歯噛みし、とにかくここを離れようと周囲を見回す。
618は、じっと基地の外郭に目を向けていた。
「――良い夜だな、猟犬ども」
ねとりと、垂れ落ちる血のような声だった。
ただ一言。それだけで背に冷たく汗が流れる。剥き出しの悪意を煮詰めて、研ぎ澄ませたような、そんな声。
焦燥と衝動のまま頭部とガトリング砲を向ける。618が動かず見つめるその先に、人型の影があった。
「ウォルター……いや今は
外郭の上に立つそれは一見、普通のACに見えた。中量級二脚型、アーキバス系列のフレームで組まれた機体。いくつか見覚えのない武装こそあるものの、そこまでの異形でもない。
違いがあるとすれば、それは言語化できない……きっと非科学的な何か。
《敵性ACを確認 識別名エンタングル》
「お前たちに恨みは無い……むしろ同情するが――」
黄色のアイセンサーが闇夜に糸を引く。その視線は私を、ハウンド1の中にいる「私」を見透かすようで。
「死ぬがいい」