エアコア・ドリーム   作:甲乙

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墓標

 

 それは、こちらが有利な筈の戦いだった。

 敵AC――エンタングルの所属は不明だが僚機らしい反応は無い。基地の防衛戦力は全滅しており、相手は完全な単機。対してこちらはほぼ無傷のACが二機。そして私はともかく、618は旧世代型とはいえレベル3の強化人間だ。負ける道理は無い筈だった。

 だが逆に言えば。あのACの搭乗者には、そんな不利すら覆す自信と実力があったのだ。

 

《警告 損傷拡大(  AP50%  )

「く……っ」

 

 早くも私は劣勢に立たされていた。エンタングルの動きには掴みどころが無く、追えば退かれ、退けば追いつかれる。攻撃が当たらない訳ではないが、ここぞの一撃は確実に躱される。逆に、相手の主兵装であるバズーカはまるで外す気配が無い。私たちの機体は決して重装甲ではない。これ以上の被弾は危険だった。

 

「そぅら直撃だ、そんな動きでは生き残れんぞ」

 

 だが躱したくて躱せるなら苦労はしない。今もまた、プラズマミサイルの電磁爆発をなんとか凌いだ瞬間にバズーカを貰った。ACSが機体を反らせて衝撃を逃してはいるが、そろそろ限界が近付いている。あの敵を相手に負荷限界(スタッガー)など晒せば……どうなるかは分かり切っていた。

 

「二匹とも第5……いや第4世代か? 随分と懐かしいモノを持ち出したものだ」

 

 悪意と嘲笑を孕んだ声が止まない。戦闘中によく喋る男だが、それも余裕の現れということか。その慢心を突いたのかどうか、ハウンド2が鋭く回り込んだ。

 放たれる4発のミサイル――と同時にクイックブースト。エンタングルの頭上をとったハウンド2が両手のライフルを向ける。ACの機動力が成しえる、単機での十字砲火(クロスファイア)。ミサイルを回避すれば、その先にライフル弾の雨が降り注ぐだろう。

 

「ふ、」

 

 それに対してエンタングルがとった行動は、跳躍。ミサイルを跳び越えて躱すと同時にハウンド2の間近へと踊りかかる。618は当然ライフルで迎撃したが、間合いが近すぎた。長い銃身の内側まで近付かれてしまえば、近接武器を持たないハウンド2に打つ手は無い。

 

「惜しかったな、犬」

 

 突き刺さるエンタングルの蹴り。地上に叩き落とされたハウンド2にバズーカが向けられた。硬直する機体、今。

 

――させるか!

 

 ミサイルとガトリングを同時斉射。殺到する弾幕には、あの手練れであっても無視はできなかったらしい。小刻みなクイックブーストで致命弾は躱されたものの、無傷ではない。ここで決める。

 ペダルを全力で踏み込む。爆発的なブーストでハウンド1が加速し、神経接続を通じてパルスブレードに最大出力をコマンド。闇夜を照らす程に輝く光刃を、眼前に迫ったエンタングルに――

 異音。衝撃。

 

《左腕部 破損》

「な――」

 

 私の――ハウンド1の左腕に突き立つ()()()。両手に火器を握るエンタングルにはあり得ない筈の近接兵装。その根本に続いていたのは……。

 

「ほおぉ、飾りだとばかり思っていたが、意外と役に立つ」

 

「あの女もただの間抜けではなかったらしい」と、くつくつ笑う男が掲げたバズーカ。その銃身に据え付けられた銃剣だった。

 奇怪な武器とそれを使いこなす相手に驚愕する間もあればこそ、再び炸裂した蹴りに弾き飛ばされる。入れ替わるように間合いを詰めたハウンド2がライフルを連射し、エンタングルと激しい戦闘機動を繰り広げ始めた。

 こちらが有利な戦いの筈だった。だがあの男は私と618を交互に相手取るように立ち回り、数の利を封殺してくる。それはどこまでも洗練された技量と、老獪さが為せる業。いったい、何者だというのか。

 

「ふん?」

 

 男の漏らした声と共に熱源反応を感知。夜空に尾を引きながら迫ってくるそれは間違いなくミサイルだが、それは私や618に向けられた物ではなかった。

 

「か回避え!」

 

 ノイズまじりの通信から聞き慣れた吃音。そしてミサイルと共に迫る、ミサイル以外の光源。

 

「げるがぁ――っ!」

「――チ、」

 

 明らかに速度制御を誤った機動を見せるAC――ハウンド4。だがその粗い動きは、手練れのAC乗りにとってはかえって読み辛かったらしい。乱射されるライフル弾とレーザーを大きな動きで回避した先にも降り注ぐミサイルの雨。エンタングルに初めて明確な損傷が刻まれた。

 

「は、随分な多頭飼いじゃないか……なぁ? ウォルター」

「! 貴様……スッラか」

 

 通信と広域レーダーを復旧したのだろうハンドラーと共に駆けつけてきた二人の救援。一気に事態が好転したものの、私はハンドラー達の会話に気を取られていた。両者が知り合いであった事とそして、襲撃者――スッラの声から滲み出る並々ならぬ悪意に。

 

「骨董品の犬共を躾けてハンドラー気取りか。まだあの火を忘れられないと見える」

「……、何故この仕事を知った」

 

 互いに答える気が無いのだろう、噛み合わない会話だけが続く。私を含めて四機のACに囲まれてなお、スッラに恐れの色は見えない。きっと我らなど最初から眼中にはなく、あの男が見ているのは……。

 

「あぁ哀れだ、まるで火に惹かれた蛾のようだよ……ハンドラー・ウォルタアァァ

 

 ぶちぶちぶち、と通信から聞こえた音は幻聴ではない。ならばそれは、スッラが己の唇を噛み切った音なのだろう。

 今この時になってようやく、私は背筋を凍らせた。この男は危険だ。生かしておけば確実に我らに、ハンドラーに牙を剥く。今ここで仕留めなければならない!

 

「妄言に構うな。全機、敵ACを排――」

 

 ハンドラーが指示を出し終える前に、私は引き金を弾いていた。続く三機も攻撃を始め、ACどころか大型MTすらスクラップにできる弾幕がエンタングルに殺到する。だがそれでも、あの男は墜とせない。

 

「吠えるな。それとも、もう躾けられたか? 忌々しい……」

 

 のらりくらりと攻撃を躱しながら舌打ちし、包囲網の隙をついたエンタングルが距離をとる。さすがに四機相手は分が悪いと判断したか。だが逃がす気は無い。アサルトブーストで離脱する素振りを見せた敵機の背中へと距離を詰め――

 

「一匹ぐらい、殺しておくか?」

 

 反転する敵機。起動するアサルトブースト。殺意に輝くアイセンサー。加速する時間の中で、エンタングルが銃剣を構える。回避は、間に合わない。

 それでいい。躱せないなら刺し違える。私の命ひとつでこの敵を墜とせるなら悔いは無い。破損した左腕を無理矢理動かし、パルスブレードを構える。

 迫る銃剣。突き出すブレード。あの時に与えられた意味に、いま報いて――

 

 

 

 ばきぃいん、と致命的な音が響いた。

 

 

 

「…………え」

 

 私の眼前にあったのは赤いエンタングルの装甲ではなかった。鉄色の、私と、我らと同じ機体の色。

 その背から突き出た銃剣から、血のような機械油が赤く滴って……。

 

「61、8」

 

 618が、ハウンド2が、私の眼前に立っている。動かず、そのままで。

 コアを貫かれたハウンド2は動かない。

 もう、動かない。

 

「う、あ」

 

 私は叫んだ、気がする。叫んで、動かないハウンド2を押しのけながらブレードを振るった気がする。エンタングルの脚をそれで斬り落とした気がする。それだけで、あの男を逃がしてしまった、気がする。

 

「まて……待てぇ!」

「よせ617! 追うな!」

 

 ハンドラーの声。私を押さえる二機のAC。彼方へと消えていく敵。もう動かない618。

 叫びながらトリガーを弾く。何の意味もない弾丸が夜空へと消えていく。叫んで、撃って、意識が急激に落ちていく。休眠モードへの強制移行。

 

「あ、ああぁ」

 

 消えていくモニター。閉ざされていく視界。全てが暗闇に塗りつぶされる瞬間まで、618は動かなかった。ただ動かないハウンド2だけが、墓標のように立ち尽くしていた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 雨が降っていた。

 分厚い雲に覆われた空の下、夜のように薄暗い拠点の中を進む。ガラガラと、いつものように台車を押しながら、いつものように大部屋の扉を開けようとする。それが出来なかったのは、扉の前で一台の車椅子が私を待っていたからだ。

 

「どうした、619」

「……」

 

 619は車椅子に座ったまま動かない。動かないまま、じっと私の目を見つめていた。619はひどい吃音ではあるが口数自体は多い。それが何故、こんなに押し黙っているのか。よく見れば、車椅子の陰に隠れるように620もいた。普段の騒がしさが嘘のような静かさで。

 619の視線は私の目を離れ、徐々に下へ。そして私が押す台車へと注がれていた。台車にはいつものように、私の日課に必要な器具が乗せられている。

 

「どいてくれ、618が待っている」

「えない」

 

 ? うまく聞き取れなかった。だが穏やかな口調で話すことが多い619には珍しい、決然とした口調だったように思う。

 

「も、もうえない。ろろく18わは、し……しんだっ」

「――……あぁ、」

 

 あぁ、だから619達はここにいたのか。この台車も、この器具も、私の日課も、もう必要ないのだと伝える為に。私はそれを、今になって思い出したのだ。

 

「そういえば、618は死んだんだな」

 

 何故そんな事を忘れていたのか。私に過去の記憶は無いが、レベル1の浅い処置では短期記憶にまで障害が出ることは無い。目覚めてから今に至るまで、全て記憶している。618が死んだ事も、覚えているのだ。

 そう、618は死――

 台車を置いて、619も620も振り切って大部屋に入る。部屋の灯りは落とされ、雑然と並ぶ全ての機材も動いていない。もう必要が無いから。もう、そこに繋がるべき者はいないから。

 ただ、空の寝台だけが私を見返していた。

 

 

 

「617」

 

 どれぐらいそうしていたのか。聞き慣れた低い声に、のろのろと振り返る。私を見るハンドラーの表情はいつもと変わらず鉄のようで。

 

「お前は……泣けるのか」

 

 (ひび)の入った鉄のようで。

 

「なく、とは」

「今のお前のことだ」

 

 言われて目元を撫でる。ひやりと、指先は冷たく湿っていた。

 泣いている。涙。感情の発露。戦場には、強化人間には不要なもの。

 だから私はハンドラーに懇願した。調整してほしいと、こんなものはいらないのだと。

 何故こんな事になったのかと。何故618は死んだのかと。何故618は、あの時に私を庇ったりした。私が、私が死ねば良かったのだ。

 後悔。無意味なもの。

 感情。不必要なもの。

 いったい、なぜ、私ばかり、こんな。

 

「そうだ、(それ)は今のお前たちには不要な物だ」

 

 なら。

「だが」

 

「俺達の仕事が終わった後……お前たちが人間に戻った後には必要な物だ」

 

 そしてハンドラーは語ってくれた。彼の、私たちの仕事を。

 惑星ルビコン3。そのどこかに眠るコーラル。誰よりも早くそれを見つける。その為に我らはルビコンへと渡り、独立傭兵集団「ハウンズ」として動く。そして。

 

「コーラルを手に入れれば、お前たち全員が再手術を受けられるだけの大金が得られるだろう」

 

 我らはもう人間ではない。何かの為か、何かのせいか。我らは人である事を捨て、奪われ、売り渡して今ここにいる。それを取り戻せと、ハンドラーは言っていた。

 

「だからその時まで――(それ)は大事に取っておけ」

 

 

 

 

 

 

 我らは拠点の外に墓を掘った。降りしきる雨の中、何の意味も無い墓を。

 掘った穴に入れるものは何も無い。618の死体もハウンド2の残骸も回収はできず、あの場で焼却したのだから。形見となる私物などある筈もなく、故にこの穴には我らの記憶だけを埋めた。

 619も、620も、私にも言葉は無かった。祈りの言葉すらもない歪な葬送は、それでも我らには必要なものだったのだ。

 

「いくぞ、ルビコンへ」

 

 雨の中で、我らは誓いをたてた。

 ルビコンに渡り、コーラルを手に入れる。あの人の――いや我らの仕事を必ず果たす。618がいなくとも、我らの誰かが道半ばで果てたとしても、振り返ることも恐れることも無い。過去に泣くことは、全てが終わった後。その時まで涙は見せるな。最後の一頭(ひとり)になろうとも。

 例えハンドラーの言葉が全て嘘であっても構わない。我らが同じ静寂の中に忘れ去られ、それをあの人が引き上げてくれた事実は何も変わらない。

 我らは恐れと誓いを分かち合った同胞(きょうだい)。同じ主の元に集い、同じ道を駆ける猟犬(ハウンズ)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 こつり。

 背にした墓標から音が聞こえた。確かに耳にしたその幻聴に、私は振り返ることはなかった。

 

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