エアコア・ドリーム   作:甲乙

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晴れ時々ガチタン

 

 べリウス西部、グリッド086。ルビコン開発中期に造られたそこは今やドーザーの巣窟であり、特にその中でも一大勢力であるRaD(ラッド)の縄張りとしても知られている。彼らもドーザー達の例に洩れず非常に好戦的ではあるが、同時に狡猾な部類でもあった。下手な小企業すら上回る程の戦力を有するRaDに手を出す命知らずはいない事もないが、決して多くはない。

 故にその日もまた退屈で平穏な一日であると、構成員たちはそう思っていたのだ。一機のACが、カタパルトで侵入してくるまでは。

 

 

 

「ボス、ラミーから緊急通信が入っている」

 

 メインガレージとなるRaD第一工房。そこで得体の知れない機械を弄り回していたRaDの女頭目――カーラは油に汚れた顔を上げた。

 

「あんたが喋るとは珍しいねチャティ。今日はACでも降ってくるかもねぇ」

「本当に、そうかもしれないな」

 

「はあ?」と半笑いで手を拭いながら端末を操作する。チャティはカーラ自身が作った提案型AIであり、今は特に何の「体」に入ることもなくネットワーク内に存在している。そして件のラミーとは、カーラの用心棒を自称する構成員であり、心身ともに頑丈さだけが売りのどうしようもない馬鹿であった。

 だがその馬鹿は、RaDの警備を担当する番犬でもある。いや、鳴子とでも言う方が妥当か。とにもかくにも、またコヨーテスの連中でもつっかかってきたのかと回線を開き――

 

 

親方(ボス)! 空からガチタンがあばばばべぶし――――ッ!!?」

 

 

 ドンガラガッシャンバキベキゴキィンカァオドゴーン!

 無駄にデカい悲鳴と物騒な騒音が工房に響き、耳を痛める前にカーラは回線を切断した。

 しばし沈黙し、愛用の眼鏡を外し、眉間を揉み、眼鏡をまたかける。着古した作業服(つなぎ)の懐から紙煙草を取り出し、口に咥えて火を点け、紫煙を宙に吐き出す。そこまでしてからようやく、端末内のチャティに向けて口を開いた。

 

「……空から、何だって?」

「ガチタンだ」

「ガチタン」

「あぁ、ガチタンだ」

「……」

 

「報告は以上だ」と話を終わらせようとするチャティを電子的な意味で引っ捕まえ、グリッド内の監視ドローンを全て起動させる。ピックアップされた映像を拡大すれば、そこには無残に破壊されたAC――マッドスタンプと、ついでにその搭乗者が鉄の床にへばりついていた。

 まあ、それはどうでも良い。あの口と図体ばかりデカい馬鹿(ラミー)が侵入者を撃退できた前例など無く、だからこそアレは番犬ではなく鳴子なのだから。機体はジャンクパーツで適当に直してやればいいし、本人は勝手にコーラルをキメて今日の事もすぐ忘れるだろう。

 重要なのは侵入者だ。さすがのラミーでもMTとACの区別がつかないなんて事はないだろうし、ドーザーでもACを保有する勢力はごく少ない。まさかあのクズ野郎(ブルートゥ)かと眼鏡の奥の双眸がドーザーらしからぬ鋭さを帯びた時、遂に一機のドローンが侵入者の姿を捉えた。

 

「見つけたよ余所者(ビジター)! ずいぶんと好き勝手に――」

 

 カーラの言葉はそこで途切れ、開いたままの唇から落ちた煙草が、鉄の床を転がった。

 

 

 

 

 

 

それは、ACと呼ぶにはあまりにも重すぎた

大きく、硬く、遅く、そして重武装すぎた

それはまさに――鉄塊(ガチタン)だった

 

 

 

 

 

 

「ガッチターン」

「笑えないよ」

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

『レイヴン、右後方に敵機です。迎撃してください』

『前方からも敵反応。高火力型です、優先して排除を』

『熱源反応! 上ですレイヴン!』

『敵性機体が接近、増援です!』

『レイヴン、対処を!』

『レイヴン!』

 

 重い! 遅い! そしてうるさい! 何とは言わないが! 誰とは言わ『何ですって?』ごめんなさい!

 中量級二脚型ACハウンド5改め、重量級タンク型ACハウンド5は早速ピンチに陥っていた。なにせグリッド内は開けた場所が多く、高低差にも富んでいる。RaDの構成員たちも当然それは理解しており、前後左右、時には上下からまで様々な形状のMTが殺到してきていた。包囲を抜け出そうにも、このタンクである。絶望的な足回りの悪さと地形がハウンド5を逃がそうとはしてくれなかった。

 加えて。

 

『何をやっているのですかレイヴン! はやく撃ってください!』

 

 先程から飛び交う銃弾や巻き起こる爆炎はどれもRaDのMT達による物であり、その中にハウンド5の物はほとんど無い。理由は単純で、621が攻撃を躊躇っているからだ。そして、その理由もまた至極単純なものであった。

 

『弾代をケチっている場合ですか! 命あっての物種ですよ!』

 

 機体構成を大幅に変更したハウンド5は、その武装も一新している。まず右腕にはメリニット製のグレネードランチャー、左腕にはサブウェポンとして大豊(ダーフォン)のグレネードを装備。右肩には大型のグレネードキャノン、左肩には小型連装グレネードが砲身を連ねていた。要するに全身グレネードであった。グレネード×4である。今時、独立傭兵でもこんなアセンブルで戦場には出る者はいないだろう。……いるかもしれないが。

 だがグレネード弾とは火力相応に弾薬費も高い。具体的には、621が愛用するリニアライフルの弾15発分だ。15発もあれば汎用MTが何機撃破できただろうか? つまりは爆発武器の利点を活かして複数の目標を巻き込まなければ割に合わない。だがドーザー達とて馬鹿ばかりではなく、グレネードを満載したタンク相手に密集するような真似はしてくれない。散開したMT達は、ハウンド5を遠巻きにしながらチクチクと攻撃を加えてきていた。

 

『安心してくださいレイヴン。ベイラムには進行ルートの障害を排除しておくという名目で、ドーザー撃破による追加報酬を取り付けてありますから。あなたのパートナーとしては当然の働きです。もっと褒めてくれても良いのですよ?』

 

 パートナーはACを勝手にグレネードタンクに改造したりはしないと思うが、追加報酬はありがたい。

 こうなれば最低限の被弾と最小限の攻撃で最大限の戦果をあげるしか道は無いだろう。最近はミールワーム肉だって値段が高騰しているのだ。ウォルターに無断で出撃している以上、己の食糧費ぐらいは稼いで帰らなければ。

 目の前を動き回るMTがミールワームに見えてきた621の視界に、各MTの撃破報酬が表示される。各種グレネード弾の火力と爆発範囲と弾薬費……MTの耐久力と撃破報酬……強化人間として調整された脳髄が一秒とかからずに計算を完了。

 621の――ハウンド5の単眼(アイセンサー)がギュンと収束する。

 各所のブースタを瞬間噴射(クイックブースト)、最重量級の機体が急激に旋回し、最も大型のMTを正面に捉えた。間髪入れずに巡航噴射(アサルトブースト)をコマンド。ハウンド5が、跳ぶ。

 

「がべらッ!?」

「あみだァ!?」

「ギャアアアアアッ!」

『えぇ……』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。まさに砲弾の如く飛来したハウンド5に弾き飛ばされたMTはACSを作動させる間もなくグリッドの床を滑り、周囲の小型MTを巻き込みながら下層へと落ちていった。更にはコアと脚部の接続部分がぐるりと回転、横薙ぎされたグレネードの砲身で哀れなMTを次々と後追いさせていく。

 これぞアーマード・コアが誇る「コア理論」、機動兵器による近接格闘という、荒唐無稽もいいところの戦闘機動(マニューバ)である。

 

『初めて会った時から、ただの強化人間ではないと思っていましたが……』

 

蹴り(キック)」はAC乗りなら使えて当たり前の技術ではあるが、それをタンク型で、まして過剰積載のガチタンで行う者はそういない。近付かれる前に自慢の銃火器で制圧すれば済むのだから。何の為のグレネードだという話である。

 今のハウンド5にはパルスブレードもアサルトアーマーも無い。コア拡張機能まで変えられていたのだ。ならばもう、後は蹴るというか轢くしかないではないか。弾薬費がかからなければ報酬は総取り! 独立傭兵は、そう考えるのだ!

 かくして、暴走戦車と化したハウンド5は轢き逃げ魔のごとくMTを弾き飛ばしていく。混線した無線から流れこむドーザー達の悲鳴に混じり、脳内でエアの溜め息がまた響いた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「おいおい飛んだよチャティ……うちのMTが。一発も撃たずに何考えてんだい、あのビジターは」

「SUMOU部屋か。ドーザーだけに」

 

 工房へ併設された管制室には、今も侵入者(ビジター)による被害報告が鳴り響いている。カーラとてそれを黙って見ていた訳ではなく、増援のMTを送りつつ防衛線を敷いてはいるが、まあ無駄だろう。せめて人的被害は抑える為に、早めに脱出装置を使うよう指示しておく。それだけあのACの強さは見て明らかだった上に、何よりもカーラは()()()()()()()()()()()()

 

「チャティ、クリーナーを用意しておきな。ウォルターがどんな毛並みの猟犬(いぬ)を拾ってきたか、特等席で見てやろうじゃないか」

「了解だ、ボス。……楽しそうで何よりだ」

 

「何か言ったかい?」と聞き直しながらも指揮の手は止めず、チャティも答えない。その内にMTを文字通りに蹴散らしたACはグリッド奥にまで侵攻し、だがその手前で突如として動きを止めた。

 

「なんだい、まさかやられたのかい?」

「いや、カタパルトを使おうとしているが、重量オーバーらしい」

「はぁ?」

 

 二本目の紙煙草を咥えながら映像を確認する。見れば確かに垂直カタパルトの上で挙動不審になっているACがいたが、違和感がカーラの脳裏を過った。あのカタパルトはACどころか大型MTでも打ち出せる仕様だ。いくら過剰積載とはいえ、AC一機で使用不能になる筈が……?

 映像を拡大する。カタパルト上を行ったり来たりするAC、ベイラム系列のパーツを主体で組まれたタンク型、四基のグレネードキャノン。そして、背中に積まれた大量のグレネード弾。

 吸い込みすぎた煙に肺を焼かれ、カーラは盛大に()せた。

 

「ぐほェっ!? げほげほッ、うおォえおっほっげほ――!?」

「大丈夫かボス。だから年甲斐もなく煙草はやめろとあれほど」

「余計なお世話だよチャティ! というかぜんぜん大丈夫じゃないだろアレはぁ!?」

 

 グレネードやバズーカといった武器の弾頭は大型で、故にどうしても総弾数は少なくなる。それを補うつもりなのかどうか知らないが、箱型のコンテナに詰め込まれたグレネードはいまにも溢れんばかりだ。あれが全て爆発したりすればグリッド086は地図から消えるかもしれない。むしろあんな雑な入れ方をして今まで暴発しなかったのが奇跡である。

 大慌てでグリッド内に通信を繋ぐ。そして性懲りも無く爆弾ACに向かって撃ち散らす馬鹿(ドーザー)共にハウリングが鳴る勢いで叫び散らした。

 

「聞こえてるかい馬鹿どもとそこの馬鹿ビジター! 戦闘は中止だよ! お星様になりたいのかい!?」

「ちなみに今までビジターに撃たれた銃弾は約1000発だ、ボス」

「よく無事だったね私らは! やっぱり日頃の行いは大事だよチャティ!」

 

 一千発の銃撃戦の中、一発でもあのグレネードに当たっていたら……。アイビスの火には遠く及ばなくとも充分すぎる大惨事である。ドーザーの火。まったく何ひとつ笑えない。

 

「とにかくもう撃つんじゃない! 良いね撃つんじゃないよ! 絶対だよ!」

「ボス、その命令はおそらく逆効果だ」

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 ドーザー達の攻撃が苛烈さを増してきた。今も混線したままの無線からは「おいボスが()()ってよ!」「マジかよボスいかれてんな!」「ヒャッハー!」と元気すぎる声が駄々漏れだ。

「あああ゛ァもうこのドーザー共がぁー!」と女性の声も混じって聞こえてきたが誰だろうか。

 殺到するマシンガンの銃弾に対して真正面に構え、最も装甲の厚いコアを射線に置く。元気に稼働中のACSが小刻みに機体を揺らして銃弾を尽く跳弾させていった。

 Poo! と聞きなれた警告音。景気よく飛来してくる大型ミサイル。脳内だけで舌打ち。あんな高そうな物をよくもまあ使えるものだ。ドーザーには家計も無いのか? 生きやすいものだな(ふらや)ましい!

 八つ当たり気味に砲身を振りかざし、遂に本日一発目のグレネードが発射される。空中で衝突したミサイルとグレネードが爆発し、続いて飛来していたミサイルにも次々と誘爆。そして壁際にいた哀れなMTは、ミサイル発射体勢のまま爆発四散した。

 

『レイヴン、ちょうど良い入り口ができましたね。マーカー情報を更新します』

 

 MTがいた場所には閉鎖されたままのゲートがあったが、それも今の爆発で出入口へと変わっていた。カタパルトが使えない以上はこれで侵入しようとハウンド5を転進させ、ぐいぐいと機体を押し込んでいた、その時。

 

『敵反応、急速接近! この反応は――』

 

 

 

「おいてめェこら野良犬ゥ――ッ!」

 

 

 

 メガストラクチャーを縫うように飛来する炎の光。変則的かつ生物的な軌道を描くそれはAC特有のアサルトブースト。空中で四肢を広げ、空気抵抗と重心操作による姿勢制御を行った機体がグリッドに着地し、赤い火花を足跡に残していく。

 綺麗な人型を保った中量級二脚型。平面装甲を主体としたベイラム社の量産フレーム「メランダー(MELANDER)」――そのカスタムモデル。カラーリングの特徴的な赤の差し色と、いくつか並んだエンブレムがその正体を声高に叫んでいた。

 ベイラム・インダストリーの社章。クワガタの頭を運ぶアリ。そして「G5」の文字。

 

「ここで会ったが百年目ェ! 勝負だ野良犬おらァ!」

 

 ベイラムグループ専属AC部隊レッドガン、その5番手。

 (ガンズ)5イグアスの駆るAC――ヘッドブリンガーが、その場に乱入した。

 

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