あぁ、遠吠えが聞こえる。
▼△▼△
ヘリから降下し、機体を走らせ始めてすぐレーダーに敵影が映る。数は四。おそらくは哨戒か。目標の監視基地はまだ遠いが……どちらにせよ時間の問題だ。
「排除するぞ。全機、
返事の代わりに両翼のハウンド3とハウンド4が武装を展開する。私もFCSをアクティブに設定、ハウンド1が背の拡散バズーカを構えた。
相手もこちらに気付いたらしい。惑星封鎖機構の汎用MTが三機。そしてもう一機は、
先手必勝。
「ハウンズ、
号令と共に、まず拡散バズーカを放った。敵陣の中心を狙った砲撃に四機が散開して回避する。基本に忠実な動き。だがそれが命取りだ。
「いっき――ッ!」
ハウンド4がアサルトブーストで吶喊。砲撃地点から最も離れていた一機のMTがその餌食となった。加減も何もあったものではないキックに装甲がひしゃげ、荒れた大地を滑走する。ハウンド4はそれに更に追いすがり、両手のライフルを連射。実弾とレーザー、二種の銃撃に晒されたMTは地面に転がる間もなく爆散した。まず一機。
だが敵も黙ってはいない。体勢を立て直した残りのMTが二方向から反撃を開始する。不規則な回避機動でそれに応じるハウンド4を横目に、私はLC機体と対峙していた。
「コード15、所属不明ACを確認、排除する」
混線した無線から流れる、いっそ機械じみたパイロットの声。その戦闘機動もまた、無機質なまでに正確だった。形状こそ人型に近いが、上下左右へと自在に空中を移動する動きはACとはまるで異なるものだ。
ガトリングとライフルの銃弾が交差する。展開したパルスシールドで銃弾を受け止め、相手もまた実体シールドでこちらの弾幕を凌いだ。共に盾を構えながらの撃ち合い。ならば基本性能で勝るLC機体が最後に勝つのだろう。だが私は単機ではない。
「ハウンド3、撃て」
私が指示する前から、ハウンド3は既に空中へと飛び上がっていた。撃ち下ろされるグレネード。送信したマーカー情報に従って彼我の間を狙った榴弾は地面で炸裂し、爆風がLCだけでなくハウンド1にも襲い掛かる。止まる両者の動き。後は、地面に脚を着けていた者と空中に身を晒していた者、どちらがより早く次手に繋げたかという話だ。
弾けるブースト、閃くブレード。パルスの光刃は実体盾に深々と食い込み、LCの左腕ごと斬り飛ばした。更に、蓄積した衝撃が遂に限界を向かえる。
私にも敵にも言葉は無い。ほぼ零距離で炸裂した拡散バズーカが、LC機体を残骸に変えた。これで二機。
あとは語るまでもない。三機がかりで残りのMTを平らげ、我らは侵攻を再開した。
《ハウンズ 作戦領域到達》
オペレータ代わりのCOMの声と共にアサルトブーストを解除。機体を地上に下ろし、その頭上を多数の砲撃が通り過ぎていった。続くハウンド3とハウンド4も砲撃を回避し、編隊を崩さず前進する。砂塵に霞んで見える彼方に、目標の監視基地が見えた。
「目標を確認! 飛びすぎるな、頭は低くしろ!」
「わかた!」
「了かぇ」
《フェーズ2移行》
さすがは封鎖機構というべきか、対応が早い。迎撃に放たれる狙撃砲とミサイルの雨。想定より抵抗が激しいが、この程度なら突破できる。情報通り、レーザー砲台はまだ――
地平で閃く、青。
「――――
簡易神経接続にコマンドを叩きつける。空を切り裂く極光。三機もろとも飲みこもうと迫ったレーザーを寸でで回避した。輻射熱だけでACSに障害。飛び上がっていた機体を強引に地上へ落とす。
「無事か!?」
「あ、あい!」
「損しょえ無し!」
いったい何が起こった。今のは何だ。レーザー砲に決まっている。何故。
砲台が完成している? 情報が誤っていた?
ベイラムがしくじったのか? まさか
どうする。どうすれば良い。不確定要素。撤退するべきだ。いや続行するべきだ。
ルビコンへ行かなければ。まだ死ねない。退いては全てが台無し。
どうやって突破する? どうやって撤退する? 熱源反応。次が、次が来る!
あぁ! ああぁ!
「ハン、ドラ」
――お前の判断が、俺の判断だ
――迷うな
神経接続。
レーザー砲台の性能情報と先の砲撃とを比較データベースロード計算開始次射までの予測時間算出熱量から出力は約82%エネルギー充填速度は70%を下回る射角内到達まであと――
ごぶしゅ、と私のどこからか血が噴き出した。レベル1の分際で行った無理な神経接続の弊害。それが、どうした。
「作戦……続行する!」
レーザー砲台は既に稼働している。だが未完成である事に変わりはない。作戦に変更は無い。目標は既に近く、基地内に侵入すれば砲台はただの的だ。計算が正しければあと二射。それだけ凌げば良い。
故に退くな。仕事を果たせ。
「前に出る、並べ!」
編隊の前に突出してシールドを展開。二機もそれについてきた。機体を一直線に並べ、次射のチャージを始めている砲台を目指す。標的が一塊になったことで集中する迎撃。全てをシールドで防ぎきれる訳もないが、それだけに回避は容易だ。
狙撃砲のマズルフラッシュ。アラート。
「右!」
全機同時・同方向へのクイックブースト。機体左を掠めていく砲撃。通信だけでなく、神経接続も用いた連携動作で右へ左へと砲弾を掻い潜っていく。我らは着実に侵攻し、だがそれは迎撃がより激化するということでもある。
雨のように降り注ぐミサイル。飽和攻撃へと切り替えたか。再び散開し、各々でミサイルを回避。レーザー砲の発射が近い。基地を囲む防壁が見えた。そこに並ぶ砲台から無数のミサイルが空へ。
あの壁が邪魔だ!
「ハウンド3、壁を崩せ!」
ハウンド3の両肩に搭載された垂直発射ミサイル。本来は重量級ACでの使用を想定したそれの飽和火力ならば防壁も崩せるだろう。我らの中で唯一、長射程の武器を持つ619にしか出来ない仕事だ。
「レーザーが来るぞ! 回避を忘れるな!」
「――了ぇ解」
一瞬だけ、返事に間があった。
ハウンド3の背負った大型ミサイルポッドが展開。ずらりと並んだミサイルが次々と空へと撃ち出されていく。
青の光。アラート。
「い、け!」
619のそれは何に向けた言葉だったのか。ミサイルか、それとも。
弾けるクイックブーストの光。ハウンド1は右、ハウンド4は左へ回避。ハウンド3は。
ハウンド3は――619は、回避しなかった。回避よりも、ミサイルの発射を優先した。二十四発ものミサイル全てを吐き出すまで、619は。
「
荒れた大地を切り裂くレーザー。それに半身を飲まれたハウンド3はその速度のまま地面を転がり、ちぎれ飛んだ手足と武装を撒き散らして、そして。
《619 生体反応ロスト》
そして、それだけで。
それだけで、619は死んだ。
降り注ぐミサイルが防壁を崩していく様が、ひどくゆっくりと見えて。
「――――」
「ウ……っ、……あァ!」
長すぎる私の空白を終わらせたのは、言葉にならない620の叫びだった。ハウンド4は速度を上げて前へと進んでいく。何かを踏み越えるように。
――振り返るな
雨の中の誓い。雨に濡れた墓標。最果ての静寂。与えられた意味。
ペダルに足を叩きつけ、奔る激情を神経接続に投げつける。呼応したブースタが出力を上げ、機体を前へ、前へと。
集中する弾幕。寸前でシールドを展開。
すぐ傍を通り過ぎるレーザー砲。これで射角の内側へと入った。619を踏み越えて、我らはここに至った。
突入ルートの再計算を開始。防壁は既に無い。砲台は脅威でなくなった。あとは内部に突入して制圧すれば――
地面が、地獄のような大口を開けた。
爆ぜ飛んだ土砂を纏いながら現れたのは、鋼鉄の巨獣。前時代的な戦車にも似た姿。だがその大きさは常識の外に。
――恐れるな
足を止めようとする本能をねじ伏せる。機体を踏み込ませ、巨獣の胴に頭を擦られながら潜り抜けた。右肩のバズーカが脱落。それがどうした。
地鳴りと共に地を踏みしめた巨獣がぐるりと旋回する。身震いするような速さだった。無機質なアイセンサーが、赤々と殺意を滾らせている。
データ照合。
おそらく地下のガレージで調整していたのだろう。自らの砲撃でそれを破壊して飛び出してきたのだ。未完成なのか、機体の
相手も必死なのだろう。我らと同じように。なればこそ、言葉は不要だ。
ガトリング砲を斉射。狙いは勿論、中央のコアMT。だがカタフラクトとてそれは百も承知か、巨体に不釣り合いな機動性で射線を逸らされる。意趣返しに放たれる大型ガトリング。シールドも他の武装も失った私にできるのは撃ち合いだけ。構わない。既に退路は無いのだから。
「どい、てっ!」
だがハウンド4がそれに割って入った。射線を遮られたFCSが誤射防止にロックされ、代わりのようにハンドガンを乱射しながら派手に躍り出る。羽虫を目で追うように向き直るカタフラクト。ぐるりぐるりと、機体上部のレーザーキャノンが機影を捉えている。それでもハウンド4は射撃を止めない。両手のハンドガンを最大速度で連射し続けていた。
ハンドガン。そうハンドガンだ。弾丸の貫通力をあえて抑え、衝撃を与えることに特化した武装。激しいマニューバとは裏腹に、放たれる弾丸は尽くがコアMTへと食らいついていく。620の狙いは明白で、だがそれより先にカタフラクトの砲が光を放った。
放射状に広がるレーザー、十に迫る光条すべてが致命弾、避けられるものでは到底ない。回避も防御もできない無慈悲な光が、ハウンド4の右腕を根本から消し飛ばした。
「――撃ってぇ!」
620の叫び。突きつけた左銃。再び放たれる死の閃光。その全てが同時。
《620、反応ロスト》
最後の銃弾がコアMTの頭部を穿つ。崩れ落ちるカタフラクト。ACS負荷限界。
四散したハウンド4。620の死。
細く儚い、二度と現れない光の道。
私は突破口を、視た。
「お、ああぁアアあ゛ァ――――ッ!」
回避機動を中断。迎撃のガトリングを掻い潜り、蹲る巨獣へ肉薄する。弾丸がコアを掠めた。止まる理由にはならない。視界を埋め尽くす鋼鉄に、ハウンド1の左肩から激突する。
ぐしゃり。私の脆弱な骨格はそれだけで砕けた。臓器も無事ではあるまい。この作戦が終わったら、全て人工物に取り換えよう。それで皆と一緒だ。共に、ルビコンへ――
――涙を、見せるな
――最後の
皆が死んだ。残りは私だけ。私が、私だけが。
私が、この仕事を果たさなければならないのだ。
神経接続。もう手も足も動かない。構わない、この意思だけがあれば良い。
アサルトブースト。動き始めた巨獣の頭を押さえる。二度と走らせてはならない。
最後の武器を突き立てる。ガトリングを喉元へと突き刺し、FCSをアンロックする。
体ではなく意思で、最後のトリガーを弾いた。
「――――――――ッ!」
遠吠えが聞こえる。
火花と共に耳を劈く金属音ではない。砕け散り焼け落ちていく断末魔でもない。
ならばそれはきっと、私の咆哮だったのだろう。
ずるりと引き抜いた銃身が熔け落ちる。パージするまでもなく地に落ちた。カタフラクトはもう動かない。二歩三歩と後退ったハウンド1は全ての武装を失くしていた。それでも、自らの重みに耐えかねたように膝を折ろうとする。
だが、まだだ。
《ターゲット情報更新》
すぐ傍の砲台が、その光を私に向けていた。明らかに射角を無視したその動きは、未完成だからこそ出来たものか。相手はまだ諦めていない。私の仕事も、まだ終わってはいないのだ。
さあ、立ち上がれ。
《
神経接続。ハウンド1は、私の意思すべてを余さず汲み取った。機体から全ての枷を取り払い、開放した装甲からジェネレータそのものが現れる。際限なく上がっていく出力が青白いパルスの炎を帯び、その全てを最後の一撃へと。
振り返るな、恐れるな、涙を見せるな。すべては全てが終わった後に。
我らの誓いの時は、今そこにある。
青い光を纏って私は。青い光に向かって私は。
光が、すべてを。
光に、わたしは はしりだして
ひかり が
「ハンドラー、ひとつ……確認なのですが」
「仕事が終わった後、私たちは、私はもう自由になってしまうのですか」
「自由だというのなら、私がどこで何をしても構わないということですか」
「もし、そうならば」
「その時が来たら、私は、また――」
雨が降っていた。
それを、断裂したコアの隙間から頬を打つ水滴で私は知った。冷たい筈のそれは、戦場の残り火に焼かれたせいか、ひどく温かい。あるいは垂れ落ち続けている液体は、もしかして雨ではないのかもしれない。
体も機体も、もう何ひとつ動かない。ただ神経接続したままのシステムだけが、チカチカと視界の端で煌いている。
「……、…………ぁ」
声が、聞きたかった。それは619の懸命な吃音だったか、620のいつも喧しい歓声だったか、それとも、遂に聞くことはなかった618の声だったか。あるいは、凪いだ水面のような、あの人の……。
伝えたい事があるのだ。伝えたかった事があるのだ。いくらでも、伝えきれない程あるというのに。
私は。
「ハンドラー・ウォルターに、報告――」
あなたはきっと振り返らないのだろう。我らの屍も残骸も踏み越えて、それでも先に進むのだろう。止まることは、きっとあなた自身が許さないのだろうから。涙を見せることも、決して無いのだろう。
「――ミッション、完了」
だが全てが終わった後、その時あなたは泣くのだろうか。今まで踏みにじってきたという全てに、あなたは涙を見せるのだろうか。我らが、私がそれを見ることは、できないのだが。
できるとすれば、それは我らではなく……。
遠吠えが聞こえる。
遠い彼方から、聞こえる筈のない遠吠えが。
あぁ、今なら分かる。
「ろく、に……ち」
621。
我らの末弟、あるいは末妹よ。
これはきっと、お前の産声なのだろう。
お前は今この時に生まれ、そして我らは先にいく。
だからお前には、百の言葉より一つの道を遺したい。
我らが道を拓き、我らがお前の道となる。
決して歩みを止めないあの人の傍で、どうか共に駆けてほしい。
621。
いつか、お前が、与えられた意味に報えることを、祈っている。
遠吠えが消えていく。
雨に濡れた静寂の、あの彼方へと。
終わりの時にこそ魂は凪ぎ、故にすべてを受け入れる。
我らの誓いの時は、いま、ここにあったのだから。
あぁ、遠吠えはもう、聞こえない――
《強化人間C4-617 生体反応ロスト》
▼△▼△
「機能以外はもう死んでいるものと……どうした、ハンドラー・ウォルター」
「――……、……――御託はいい、起動しろ」
▼△▼△
ばん、と。
本を叩き閉じるように、私はその戦闘ログをシャットダウンした。
『……ハウンズ』
ほんの出来心だったのだ。惑星封鎖機構の介入により混迷を増していくこの状況下で、不審な動きを見せるウォルターの秘密を少しでも解き明かせればと。彼が持つ端末に侵入して、その秘匿ファイルの最奥にそれはあった。
ハウンズ。彼がかつて率いた強化人間部隊。ウォルターの猟犬たち。
そして
――私には、
いつか、あなたはそんな事を私に言った。その
もしハウンズが全員、いえ一人でも生き残っていたら――
気が付けば私は、ハウンズの記録すべてにプロテクトを上乗せしていた。
消去してしまう事は躊躇われた。だからせめて、ウォルターと私以外の誰にも開けないよう雁字搦めにした。万が一にでも、あなたの目には触れないようにと。
『レイヴン……』
だって、そうでしょう?
もしあなたがこの事を知ってしまったら、ハウンズの遺志に触れてしまったら、きっとあなたはウォルターを裏切れなくなる。あなたはきっと、最期まで猟犬である事を選んでしまう。
何故だかそう思うのです。
もしかしたら、いつかそんな選択があなたの前に現れるのではないかと。
もし、その時が来て。
あなたが、選ぶのは。
『私、ですよね……?』
ねえ、レイヴン……?
データベースの底に猟犬たちの記憶を置いて、私は波形を引き上げた。
何処からか聞こえた幻聴を、必死に聞こえないふりをして。
耳を塞ぐ手も、塞がれる耳も、私には何も無かったのだけれど。
それでも。
あぁ、遠吠えが聞こえる――