エアコア・ドリーム   作:甲乙

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鴉、怒る

 

レイヴン(Raven)

 それは最強の人型兵器「アーマード・コア」を操り、多額の報酬と引き換えに依頼を遂行する傭兵。

 支配という名の権力が横行する世界において、何にも与する事のない例外的な存在。

 

 

 

 だがそれも過去の話。

 今やACは最強の兵器でも何でもなく、封鎖機構などからは「寄せ集め」と揶揄されてすらいる存在だ。

 機体構成(アセンブル)の変更による高い汎用性と言えば聞こえは良いが、肝心のその機能を使いこなせる者はそういない。適性に欠ける者が操るACの戦力はMTと大差なく、それでいて製造費も維持費もMTのそれより遥かに高い。搭乗者が強化人間でもあればその限りではないが、その強化人間もまたコストパフォーマンスに優れた「兵器」であるとは言えなかった。

「最強」の座を追われ、「最優」にもなれなかった兵器(AC)は徐々に廃れ、それを駆る傭兵(レイヴン)たちもまた数を減らし、そして忘れ去られていったのだ。

 それでも。否、だからこそ。

 

レイヴン(Raven)

 時を経て、その名は別の意味を持ち始めた。

 曰く、その名は意思の表象。

 曰く、その翼は自由の証。

 曰く、その力はすべてを焼き尽くす暴力。

 それは夢破れた傭兵たちの、夢の残骸を積み重ねた末の幻想。

 時と共にその意味は変質し続け、いつしかそれは「称号」となった。

 まず強く、何者にも与せず、自らの意思を忘れない。

 そんな傭兵だけが、この称号を受け継いでいくのだと。

 

 なればこそ、この戦いは必然であったのだろう。

「レイヴン」は常に一人。鴉は二羽もいらないのだから。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 ガラガラと残骸が崩れていく。餞別として受け取った筈の新型HCには大穴が空き、動力部が破損したのか火まで吹き始めた。これでは到底、売り物になどならない。

 

「……621、大丈夫か。バイタルが乱れているぞ」

『レ、トーマ………レイヴン? 落ち着いて下さいね? ねえ?』

 

 落ち着く?

 あぁ、落ち着いている。

 だって第4世代強化人間は感情の起伏が乏しいのだから。だからこんな、騙し討ちで背中から刺されようとも気にしてなどいない。本当だ。それは本当。

 あぁ、だがそれでも。

 それでも、()()()()()だろう?

 

《敵性ACを確認 識別不能 該当データなし》

「――ナイトフォール」

 

 COMはレイヴンの機体を識別できず、だがオペレータが補足するように謳った。

 

「それが、この翼の(なまえ)

 

 黄昏(NIGHTFALL)と、そう銘付けられたACがゆらりと姿勢を正す。左腕から伸びた鉄杭が元の位置まで戻り、新たな炸薬が装填された。夕日を背にした機体は影の色に染まっている。

 左肩に描かれたエンブレム――黄昏を背に翼を広げた黒鴉(レイヴン)そのままに。

 

「強化人間C4-621、レイヴンからの言葉を伝えます」

 

 自機と同じ探査用フレーム。その中でただひとつ異なる頭部が更に形状を変える。起き上がったバイザーがアイセンサー部を覆い、新たな複眼がその全てでハウンド5を見据えた。

 

「“勝負だ()()()()、どちらが本物かは戦いで決めよう”」

 

 ナイトフォールがアサルトライフルを構え、

 同時にハウンド5は足元のHC機を蹴り飛ばした。

 

()――」

『レ――』

 

 二人の言葉は聞こえている。だがそれよりも衝動に突き動かされた。

 発射したリニアライフルの弾丸は狙い通り、HCに開けられた大穴へと吸い込まれる。直後、還流ジェネレータの青い爆炎がナイトフォールの機影を飲みこんだ。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 お金(コーム)が欲しかった。

 

「この惑星(ほし)でコーラルを手にすれば、人生を買い戻すだけの大金を得られるはずだ」

 

 621が目覚めてすぐに教わったのは、お金があれば大抵の望みは叶えられるという事だ。

 買えない物もある、命がそうだ。だが人生は買い戻せる。

 この死体(ゴミ)のような体を綺麗に直して、ACに繋がれた見えない鎖を断ち切ることができる。そうすれば621は、いや()はどこにでも行けるのだと。

 

「621、金もそれなりに貯まったぞ。そろそろ何かパーツを……。オールマインドの景品がある? そうか……」

 

 だから稼いだ。稼いだお金はなるべく使わなかった。そうすればもっと多く、もっと早くお金が貯まるから。

 そうすれば、もっと早く、私は。

 私は、どこにでも、ひとりで――

 

「621、よくやった」

『レイヴン、お疲れ様でした』

 

 

 

「話って何だいビジター? まったく、“手紙”なんて私も初めて貰ったよ、本当に笑えるね。

 あぁ、これは秘匿回線さ、このカーラ特製のね。()()()盗み聞きなんて出来やしない。

 ……なにか、内緒の話があるんだろう? 面白そうだから聞いてやろうじゃないか」

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「621! 気持ちは分かるが三対一だぞ! 冷静になれ!」

『トーマ……あぁもう! レイヴンあまりに不利です、撤退しましょう!』

 

 ウォルターとエアの声が同時に響く。それは分かっているのだ。621自身もここは退くべきだと思っている。

 だがそれでも、衝動を抑えきれない。

 

「ここまで、感情が戻っていたとは……」

 

 ウォルターの声には驚愕と困惑、そして僅かな歓喜が含まれていた気がする。それは621も似たようなもので。

 

――あぁ、()()

 

『……レイヴン?』

 

 あの「レイヴン」が憎い。

 後ろから刺すのは良い。私も似たような事は何度もした。今まで刺してきたのだから、刺されもするだろう。

 だが。

 だが、人の仕事を台無しにして、お宝(ジャンク)を見せびらかして、それを「やる」と言った後に後ろから刺すなど、そこまではしていない。

 だいたい、「レイヴン」の名前なら返すと言っているではないか。名前だけではなくライセンスも返せと言うのか? それならそれで、残金を引き出した後なら返しても良い。

 それとも何か? まさか()()()()()()()()とでも言うつもりか? 元は素寒貧(すかんぴん)だっただろう? これは私のお金だろう?

 もし、それも寄越せと、言うのなら。

 

《ターゲット情報更新》

 

 ミッションアップデ―ト。

 作戦名(Mission Code)お前の物は私の物(Welcome to the Earth)

 

 青い爆炎を切り裂き、ナイトフォールがその姿を現わす。まるで損傷していない。それどころか、いくつも輝く複眼は爛々と戦意を滾らせている。

 あぁ、上等だとも。奪うというならば、お前から奪ってやる。

 

――ハウンド5、交戦開始(エンゲージ)

 

 金目の物を置いていけ――!

 

『強盗じゃないですか!?』

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 エアの見ている前で「レイヴン」同士の戦いが始まった。始まってしまった。

 互いにAC、一対一。いつもなら不安を覚える事なんてない。621(レイヴン)の実力はそれだけ確かなもので、エアもそれを疑っていない。あのV.Ⅰ相手でさえ互角だったのだ、元はFランクの独立傭兵になんて負けはしないと確信している。

 それなのに。

 

『このAC、強い……!?』

 

 その621(レイヴン)を前にして、あの「レイヴン」は互角の戦いを見せていた。乱射しているようにしか見えないライフル弾は大部分がハウンド5の装甲を削り、隙を見せればグレネードが飛んでくる。ミサイルは次の攻撃への布石となって、確実にこちらの選択肢を狭めてきた。

 ナイトフォールの機体速度は標準的で、FCSでも充分に捉えられる。だが隙のない回避機動と、無駄のない戦闘機動で、速度以上に「速く」見える。V.Ⅳのスティールヘイズが見せるような、全てを置き去りにする速力(スピード)とは異なる、つかみどころの無い「速さ」だった。

 何かが突出しているわけではない。何が強いかと問うならば「全てが」強い。そんな隙のない、恐ろしく厄介な相手だ。

 

「621、奴らはAC三機で全てを片付けている。その相手も並では――」

「それは違う、ハンドラー・ウォルター」

 

 通信に割り込む男――キングの声。彼と片割れのシャルトルーズの機体は未だ強襲艦の上から動いておらず、参戦してくる気配は無かった。

 

「今回はブランチの仕事という訳ではないからな、この場は全て()()()()()()()()()

『な――』

 

 信じがたい事実に言葉を失くす。ウォルターも同感だったのか、息を飲むような唸りが漏れ出てきた。621(レイヴン)の動きに変化は見られない。

止まり木(ブランチ)」とやらが何かは気になるが、今はそれよりも目の前の「レイヴン」だ。キングの言葉を信じるならば、相手は封鎖機構の攻撃部隊とアーキバスの防衛部隊をAC単機で殲滅したという事になる。ライセンス自体が偽装だったのか、何にせよ明らかにFランクの傭兵などではない。

 

「腐ってもレイヴンだからね……頭の方は残念だけど」

「まったくだな。だからこうして俺たちが目付けなどしなくてはならん」

「私のレイヴンがいつもお世話になります、二人とも」

 

 悠長にお喋りまで始める「ブランチ」の面々に焦りの色はなく、その余裕さにエアは歯噛みした。だが実際、彼らの方が圧倒的に優位な事実に変わりはないのだ。

 

――このまま、見殺しなんて……!

 

 そんなの冗談ではない。何か出来る事はないか、使える物は無いか宇宙港のシステムに侵入する。だが既に電子的な意味で破壊され尽くしており、何者かにクラックされた後だった。あのいけ好かないオペレータがやったのかもしれない。

 頭があったら掻きむしっていただろうエアだったが、ウォルターはもっと冷静だった。暗号通信の粗い音声が621(レイヴン)を通じてエアにも届く。

 

「奴らはああ言っているが、残りの二機も油断できん。背中は見せないでおけ」

 

 それはエアも同意見だ。こんな決闘まがいの場を整えてこそいるが、ともすれば三機がかりで襲い掛かってくる予感がする。特にあの「レイヴン」にはそんな、いっそ信条めいた悪辣さを感じるのだ。状況は依然として三対一のままといって良い。

 

「今、カーラと連絡がついたところだ。助けを寄越してくれるが、間に合うかは分からん。だから、()()()()()()()()()()()()。……苦肉の策だがな」

 

 どこか言いづらそうなウォルターの声。珍しい態度に疑問を覚えるが、今はそれどころじゃない。

 

「やれ、()()()。俺達の仕事はまだこれからだぞ」

 

 いつも通りに端的な彼の言葉に、ハウンド5の動きが鋭さを増した……気がした。

 奴ら(レイヴン)の言葉に惑わされるな。お前はお前(621)だと――そんな言葉をエアは聞いた気がして。

 焦りも苛立ちも振り切って、エアは交信を強く再開した。

 

『やりましょう、()()()()。私達であなたをサポートします!』

 

 そう、621(レイヴン)も一人じゃない。今まで幾つものミッションをこなしてきた。どんな困難でも切り抜けてきたのだ、三人で。

 ハウンド5の全てのセンサーに波形を同調させる。機体そのものに寄り添うようにして、エアは眼前の「レイヴン」を睨みつけた。

 

 

 

 エアの存在しない視線を感じたかのように、ナイトフォールの複眼がチカチカと(わら)った。

 

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