「
それは最強の人型兵器「アーマード・コア」を操り、多額の報酬と引き換えに依頼を遂行する傭兵。
支配という名の権力が横行する世界において、何にも与する事のない例外的な存在。
だがそれも過去の話。
今やACは最強の兵器でも何でもなく、封鎖機構などからは「寄せ集め」と揶揄されてすらいる存在だ。
「最強」の座を追われ、「最優」にもなれなかった
それでも。否、だからこそ。
「
時を経て、その名は別の意味を持ち始めた。
曰く、その名は意思の表象。
曰く、その翼は自由の証。
曰く、その力はすべてを焼き尽くす暴力。
それは夢破れた傭兵たちの、夢の残骸を積み重ねた末の幻想。
時と共にその意味は変質し続け、いつしかそれは「称号」となった。
まず強く、何者にも与せず、自らの意思を忘れない。
そんな傭兵だけが、この称号を受け継いでいくのだと。
なればこそ、この戦いは必然であったのだろう。
「レイヴン」は常に一人。鴉は二羽もいらないのだから。
▼△▼△
ガラガラと残骸が崩れていく。餞別として受け取った筈の新型HCには大穴が空き、動力部が破損したのか火まで吹き始めた。これでは到底、売り物になどならない。
「……621、大丈夫か。バイタルが乱れているぞ」
『レ、トーマ………レイヴン? 落ち着いて下さいね? ねえ?』
落ち着く?
あぁ、落ち着いている。
だって第4世代強化人間は感情の起伏が乏しいのだから。だからこんな、騙し討ちで背中から刺されようとも気にしてなどいない。本当だ。それは本当。
あぁ、だがそれでも。
それでも、
《敵性ACを確認 識別不能 該当データなし》
「――ナイトフォール」
COMはレイヴンの機体を識別できず、だがオペレータが補足するように謳った。
「それが、この翼の
左肩に描かれたエンブレム――黄昏を背に翼を広げた
「強化人間C4-621、レイヴンからの言葉を伝えます」
自機と同じ探査用フレーム。その中でただひとつ異なる頭部が更に形状を変える。起き上がったバイザーがアイセンサー部を覆い、新たな複眼がその全てでハウンド5を見据えた。
「“勝負だ
ナイトフォールがアサルトライフルを構え、
同時にハウンド5は足元のHC機を蹴り飛ばした。
「
『レ――』
二人の言葉は聞こえている。だがそれよりも衝動に突き動かされた。
発射したリニアライフルの弾丸は狙い通り、HCに開けられた大穴へと吸い込まれる。直後、還流ジェネレータの青い爆炎がナイトフォールの機影を飲みこんだ。
▼△▼△
「この
621が目覚めてすぐに教わったのは、お金があれば大抵の望みは叶えられるという事だ。
買えない物もある、命がそうだ。だが人生は買い戻せる。
この
「621、金もそれなりに貯まったぞ。そろそろ何かパーツを……。オールマインドの景品がある? そうか……」
だから稼いだ。稼いだお金はなるべく使わなかった。そうすればもっと多く、もっと早くお金が貯まるから。
そうすれば、もっと早く、私は。
私は、どこにでも、ひとりで――
「621、よくやった」
『レイヴン、お疲れ様でした』
「話って何だいビジター? まったく、“手紙”なんて私も初めて貰ったよ、本当に笑えるね。
あぁ、これは秘匿回線さ、このカーラ特製のね。
……なにか、内緒の話があるんだろう? 面白そうだから聞いてやろうじゃないか」
▼△▼△
「621! 気持ちは分かるが三対一だぞ! 冷静になれ!」
『トーマ……あぁもう! レイヴンあまりに不利です、撤退しましょう!』
ウォルターとエアの声が同時に響く。それは分かっているのだ。621自身もここは退くべきだと思っている。
だがそれでも、衝動を抑えきれない。
「ここまで、感情が戻っていたとは……」
ウォルターの声には驚愕と困惑、そして僅かな歓喜が含まれていた気がする。それは621も似たようなもので。
――あぁ、
『……レイヴン?』
あの「レイヴン」が憎い。
後ろから刺すのは良い。私も似たような事は何度もした。今まで刺してきたのだから、刺されもするだろう。
だが。
だが、人の仕事を台無しにして、
だいたい、「レイヴン」の名前なら返すと言っているではないか。名前だけではなくライセンスも返せと言うのか? それならそれで、残金を引き出した後なら返しても良い。
それとも何か? まさか
もし、それも寄越せと、言うのなら。
《ターゲット情報更新》
ミッションアップデ―ト。
青い爆炎を切り裂き、ナイトフォールがその姿を現わす。まるで損傷していない。それどころか、いくつも輝く複眼は爛々と戦意を滾らせている。
あぁ、上等だとも。奪うというならば、お前から奪ってやる。
――ハウンド5、
金目の物を置いていけ――!
『強盗じゃないですか!?』
▼△▼△
エアの見ている前で「レイヴン」同士の戦いが始まった。始まってしまった。
互いにAC、一対一。いつもなら不安を覚える事なんてない。
それなのに。
『このAC、強い……!?』
その
ナイトフォールの機体速度は標準的で、FCSでも充分に捉えられる。だが隙のない回避機動と、無駄のない戦闘機動で、速度以上に「速く」見える。V.Ⅳのスティールヘイズが見せるような、全てを置き去りにする
何かが突出しているわけではない。何が強いかと問うならば「全てが」強い。そんな隙のない、恐ろしく厄介な相手だ。
「621、奴らはAC三機で全てを片付けている。その相手も並では――」
「それは違う、ハンドラー・ウォルター」
通信に割り込む男――キングの声。彼と片割れのシャルトルーズの機体は未だ強襲艦の上から動いておらず、参戦してくる気配は無かった。
「今回はブランチの仕事という訳ではないからな、この場は全て
『な――』
信じがたい事実に言葉を失くす。ウォルターも同感だったのか、息を飲むような唸りが漏れ出てきた。
「
「腐ってもレイヴンだからね……頭の方は残念だけど」
「まったくだな。だからこうして俺たちが目付けなどしなくてはならん」
「私のレイヴンがいつもお世話になります、二人とも」
悠長にお喋りまで始める「ブランチ」の面々に焦りの色はなく、その余裕さにエアは歯噛みした。だが実際、彼らの方が圧倒的に優位な事実に変わりはないのだ。
――このまま、見殺しなんて……!
そんなの冗談ではない。何か出来る事はないか、使える物は無いか宇宙港のシステムに侵入する。だが既に電子的な意味で破壊され尽くしており、何者かにクラックされた後だった。あのいけ好かないオペレータがやったのかもしれない。
頭があったら掻きむしっていただろうエアだったが、ウォルターはもっと冷静だった。暗号通信の粗い音声が
「奴らはああ言っているが、残りの二機も油断できん。背中は見せないでおけ」
それはエアも同意見だ。こんな決闘まがいの場を整えてこそいるが、ともすれば三機がかりで襲い掛かってくる予感がする。特にあの「レイヴン」にはそんな、いっそ信条めいた悪辣さを感じるのだ。状況は依然として三対一のままといって良い。
「今、カーラと連絡がついたところだ。助けを寄越してくれるが、間に合うかは分からん。だから、
どこか言いづらそうなウォルターの声。珍しい態度に疑問を覚えるが、今はそれどころじゃない。
「やれ、
いつも通りに端的な彼の言葉に、ハウンド5の動きが鋭さを増した……気がした。
焦りも苛立ちも振り切って、エアは交信を強く再開した。
『やりましょう、
そう、
ハウンド5の全てのセンサーに波形を同調させる。機体そのものに寄り添うようにして、エアは眼前の「レイヴン」を睨みつけた。
エアの存在しない視線を感じたかのように、ナイトフォールの複眼がチカチカと