エアコア・ドリーム   作:甲乙

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鴉、まじなわれる

 

『フルアーマー・カタフラクト……沈黙しました』

 

 恐る恐るといったエアの声に、621もようやく息を吐く。ノイズだらけのモニターに映るカタフラクトに損傷は殆ど無い。殆ど無いが、その巨体はそれ以上に巨大な物体――つまりは強襲艦の下敷きとなっていた。

 激突の瞬間に機体を翻したハウンド5とナイトフォール。結果としてカタフラクトは、その巨体を自ら強襲艦に突っ込ませたのだ。さながら、遠い過去の闘牛士(マタドール)に躱された暴れ牛のように。更に、危ういバランスで直立していた艦体まで倒れてきたのだから、原型を留めていることの方が奇跡だろう。

 

「うぐぐ……おのれ、レイヴンめぇ……!」

 

 悔しげな特務上尉の声。あんな状態でもコクピットが無事なあたり、やはり完全装甲(カタフラクト)の名は伊達ではないらしい。……コアMTを除けば、だが。

 そのコアMTも以前のように分離して襲ってくることはない。頑丈な追加装甲のせいで、その機能は削除(オミット)されたのだろう。一見すると奇天烈な構造にも合理性はあったのかもしれない。

 残骸の一つでも持ち帰りたいところだが、あまり触らない方が良いだろうか。今も特務上尉は「ふんぬー!」と瓦礫から抜け出そうともがいているのだから、下手な事はしたくない。やっぱりカタフラクトは怖いのである。

 

「お疲れ様、レイヴン。凄かったわ、あなたの飛び方……」

 

 そしてもう一方の「レイヴン」はといえば、ハウンド5とそう変わらない機体の損傷具合だった。弾切れか軽量化の為かグレネードとミサイルはパージされており、どこに置いてあったのか特注品の頭部を自機の手で交換している。器用なものだ、忌々しい。

 そのまま「ふーやれやれ」とでも聞こえてきそうな動作で機体に膝を着かせていた。

 

『お疲れ様ですがレイヴン、今の内に……』

 

 また必要も無いのに小声になったエアが囁く。

 そう、状況は変わっていない。ナイトフォールは健在で、共通の敵(カタフラクト)を無力化した以上は戦闘を再開することになるが、ハウンド5はもう戦闘に耐えられる状態ではない。まだ機体が動かせる内に撤退するべきだろう。

 あの「レイヴン」のことを許せる気はしない。だがそれも、命あっての話である。

 

「お行きなさい……強化人間C4-621」

 

 離脱するタイミングを図っていると、オペレータの疲れた声が無線で届く。視線を向ければ、頭部のバイザーを開いたナイトフォールと目が合った。無機質な三つの左目からは何の意思も読み取れない。

 

「こちらも消耗しています。私にも、これ以上の戦闘の意思はありません」

 

 オペレータの声に挑発の色は無く、本当は自分たちの方が退きたいようにも聞こえた。「レイヴン」の名前とやらに矜持を持っているせいか、簡単に退くこともできないのだろうか。難儀なものだと、621は思う。

 相手の気が変わらない内にと、軋む機体を宥めながら踵を返す。

 そう、機体を動かそうとして。

 

()()、ね……」

 

 意味深な声。

 

「――避けろッ!」

 

 滅多に聞けないウォルターの怒声。

 その一撃に反応できたことは、621も半ば無意識のこと。それとも心の底では確信していたのか。背中を見せれば、この相手は確実に襲い掛かってくると。

 弾けるクイックブースト。ぎらつくパイルバンカーの鉄杭。膝を着いたあの姿勢も既に「構え」だった。

 ナイトフォールの機動には、微塵の躊躇も無い。

 

『レ――!』

 

 エアの交信とそのサポートはまったくの同時。変異波形の人を超えた思考速度と、強化人間の処理速度は全てのコマンドを一括で機体に走らせた。

 もはやACSは意味を成さない。エアが機体の姿勢を故意に崩して鉄杭の軌道からコアを逸らし、621が神経接続のみで左腕を操作。向かってくる敵機にパルスブレードを向けた。

 ハウンド5の機動には、一片の容赦も無い。

 鉄杭と光刃が、交差する。

 

 

 

 銃声。

 

 

 

「……いい加減にしろ、レイヴン」

 

 二羽の鴉に横槍を入れたのは、またしてもブランチの一人だった。

 アスタークラウンの握るハンドガンがナイトフォールの脚部を撃ち、体勢を崩したことで二機の攻撃は共に空振りに終わったのだ。恐るべき早撃ちと精度、特例上位ランカーの名は伊達ではない。

 

「なんの真似? キング」

「皆まで言うな。お前もあいつも好き勝手にやっているんだ、俺もそうさせてもらうまでだ」

 

 どこか愉快そうなシャルトルーズの声に、キングが吐き捨てるように答える。更に機体を飛び上がらせると、ハウンド5とナイトフォールの間にふわりと着地させた。硝煙を立ち上らせるハンドガンは、まだナイトフォールに銃口を向けている。

 

「これでもまだ見苦しい真似をするなら、俺にも考えがあるぞ。言わずとも分かるな」

「……レイヴンに逆らうと?」

俺たち(ブランチ)はレイヴンの止まり木であって下僕ではない、そういう事だ。……それは、お前も同じではないのか」

 

 言葉と銃口を向けられたレイヴン、あるいはオペレータは何も答えない。答えこそしないが、少なくとも彼女は621に対して助言ともつかない意味深な言葉だけはかけてきた。それだけは事実だったか。

 銃口だけは動かさないまま、アスタークラウンの頭部がこちらを向く。シュナイダー製のヘッドパーツが放つ眼光は、ひどく鋭い。

 

「もう行ってくれ。詫びる気は無いが、せめて格好だけは付けさせてもらう」

 

 そう言う本人が最もうんざりしていそうな声だった。(キング)など大層な名を名乗るだけあって、矜持(プライド)も相応に高いのだろう。言いたい事が無いでもないが、その実力が名前負けしていないことは分かる。

 今度こそ離脱しようとし、だがまた不穏な声が621の足を止めた。

 

「やむをえんか……! システムに上申――()()()7()8()E()

 

 この場の視線すべてが、動かないカタフラクトに集中する。封鎖機構が使用する独自の符丁。意味こそ分からないままだが、おそらく初めて聞いたその暗号(コード)に、何故か不吉な予感が止まない。

 

『コード78はたしか“応援要請”だった筈ですが、“E”とは……何か嫌な予感がします』

「とにかく退くぞ621、マーカー情報に……いや待て!」

 

 エアの不安げな声と、ウォルターの緊迫した声。進路指示の青いマーカーではなく、送られてきたのは黄色の注意マーカーだった。宇宙港の外、白い氷原だけが広がる方向だ。

 

《……テムの判断を通達……ます》

 

 通信から漏れる無機質な音声。何度か聞いたこともあるそれは、オールマインドより遥かに無機質なAIのもの。封鎖機構を統括する「システム」の声。

 

《……78Eを承認》

《惑星封鎖……脅威の現出……みなし》

《IA-02の起動を、許可します》

 

「な……っ!?」

 

 ただひとり驚愕を露わにしたのはウォルターだった。IA-02、おそらく何らかの兵器を指すと思われるが、彼がここまで動揺するとは只事ではない。

 そうこうしている内に、奇妙な揺れを感じた。機体を通じてコクピットにまで伝わる振動。地鳴り。注意マーカーが更に近付いてくる。

 

「これは、何か近付いて……?」

「おい貴様! 何を呼んだ!」

 

 ブランチの面々も異変に気付いたらしい。キングがカタフラクトに銃口を向けるが、特務上尉はただ低く笑って見せた。

 

「くく……、お前達を再教育してやれなくて残念だが、逃がすよりはマシだ」

「何の話だ! いったい何を、」

「もう逃げられんぞ……? 全員まとめて、道連れにさせてもらおうか!」

 

 自棄にも近い声と共に、遂にマーカーが宇宙港に達する。更にモニターに映る各種計器が誤作動を始めた。いや、これは誤作動ではなく……。

 

『地中から……来ます!』

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 却って静寂と錯覚した。それほどの轟音を伴って「それ」は現れた。

 ただ地面が爆ぜ飛び、そこら中に散乱していた兵器の残骸が砕け散っていく。そんな風にしか見えない光景。辺りは粉塵と黒煙で満たされ、それらの隙間からかろうじて赤茶けた装甲が見えた。

 

「退避しろ621! 近付くな! 奴の攻撃は無差別だッ!」

 

 なにか、とてつもなく巨大なモノがいる。そう理解できたのも、ハウンド5に鞭打ちながら高度を上げてからのことだ。広大な宇宙港が小型模型(ミニチュア)に見えてしまう程の何かが、地表と地中を行き来している。

 

『C兵器……! ですが、この値は……!?』

 

 ソレを捉えた計器類があらゆる数値をデタラメに吐き出しているのかと思えば、そうではない。計器類は正常に動作しており、つまりデタラメなのはあのC兵器(バケモノ)の方だ。熱量、エネルギー反応、そしてコーラル。その全てが桁外れ。

 

「駄目だ、歯が立たん!」

「何してるキング! 早く逃げるよ!」

「出来ればそうしている!」

 

 ブランチの二機は果敢にも、あるいは無謀にもC兵器に攻撃を加えるが、結果は火を見るより明らかだった。下手をすればACも一撃で撃破する高火力レーザーとグレネードが、小さな火花にしか見えない。

 そして逃げ場が無いのは621も同じこと。360度どこを見回しても破壊範囲。もはやこの宇宙港そのものが怪物の口の中だ。

 

「レイヴン――!」

 

 その名を叫んだのはエアではない。粉塵から飛び出すナイトフォール。明後日の方向にアサルトブーストを起動したかと思えば、その先の煙幕に巨大な影が浮かび上がった。

 煙の中から現れたそれは、ただただ巨大な何か。機械的で、原始的で、蚯蚓(ミミズ)を幾億倍にも巨大化したような姿。台形状の外殻に囲まれた「顔」には、直径がACの全長ほどはある破砕機。それが三つ、まるで目のように並んでいる。

 その目の一つに、パイルバンカーの鉄杭が突き立てられた。

 

「やったか!?」

「無理に決まってるだろ馬鹿!」

 

 ナイトフォールの機動は完璧だった。あの化け物の動きが鈍った一瞬を突き、おそらく唯一の弱点であろう顔部に必殺の一撃を加えた。だがあまりにも相手が悪かった、それだけだ。

 あっけなく弾き飛ばされるナイトフォール。その激突の際、そしてパイルバンカーが直撃した瞬間にも、紅い火花が散る様を621は見た。

 

『コーラルシールド……でも、なんて出力』

「奴に攻撃は効かない! 生き延びることだけを考えろ!」

 

 621とてそれは重々承知だが、状況は刻々と悪化してきている。あの化け物に遮蔽物はなんら意味を成さず、むしろ破片と瓦礫がハウンド5の動きを阻害してくる。更には。

 

『レイヴン、もう機体が……っ!』

 

 ACSにエラー、ジェネレータ出力に異常、補助ブースタが機能停止。ハウンド5はもう限界も限界で、通常機動すらままならなくなってきた。機能停止はもう目前。完全に動けなくなる前に、一か八かアサルトブーストでの強行突破を狙うしか……。

 

「……っ、今ヘリで迎えにいく、それまで持ちこたえろ!」

『ウォルター、そんな!?』

 

 621が無謀な策を敢行しようとしたと同時、ウォルターからも無謀な通信が届く。確かにあの化け物の巨体が届かない高度で接近すれば上手くいく可能性はあるが、だからといって危険すぎる!

 621は逃げることも出来ず、声をあげることも出来ない。エアも焦っているのか、声ともノイズともつかない雑音が耳鳴りとなって脳を苛む。かろうじて稼働しているレーダーの端に反応、ウォルターが来てしまう。

 もう、どうしようもないのか。

 

『! レイヴン、あちらを!』

 

 交信と同時にマーカー情報を受信。先のレーダー反応。だがそれは、ウォルターの輸送ヘリではなく……?

 

 

 

ようビジター(Yo Tourist)まだ生きているか(You still alive)?」

 

 通信から聞こえる平坦な声。合成音声でありながらひどく人間くさいその声の持ち主を、621達は知っていた。

 日没前の空に浮かび上がる機影。ヘリではない、長距離輸送を目的とした高速機だ。更にその中から、一機のACが投下される。

 

「間に合ったか……っ」

「うちのボスから伝言を預かっている、ハンドラー・ウォルター。

“ひとつ貸しだね。倍返しで頼むよ、少年(キッド)”……だそうだ」

 

「その呼び方はやめろと……」と嫌そうなウォルターの声が気になるが、とにかく助けが来た。RaDのシステム担当、“おしゃべり(チャティ)”スティック。その乗機であるACサーカスは両肩の武装を展開し、大量のミサイルをばら撒きながら宇宙港へと降り立った。

 

「来たばかりで悪いがビジター、この輸送機は滞空できない。上手く飛び移ってくれ」

 

 平坦な声で無茶な事を言ってくれる。サーカスを降ろした輸送機は宇宙港を通過し、旋回して戻ってくる。その予測ルートが送られてくるが、今のハウンド5でそれが出来るかは怪しいところだった。

 

「厳しいが……やるしか無いぞ、621」

『行きましょうレイヴン、私がサポートします!』

 

 二人の声に621も覚悟を決め、軋んでばかりの機体になんとかブースタを噴かせる。ミサイルとブレードは断腸の思いでパージし、機体ひとつで空へと飛び立った。ルート上に進路を設定。背後から輸送機が近付いてくる。

 だが。

 

「これは……子機だと? こんなものまでか!」

 

 621達の逃走を咎めるように、化け物から小型の攻撃機が射出された。その数は、十を軽く超える。ウォルターが呻き、機体のサポートに集中するエアからはノイズしか聞こえない。621はただ、機体を動かすことだけを考える。

 

「問題ない、想定の範囲内だ」

 

 頼もしく平坦な声。サーカスの特徴的なタンク脚部が唸りを上げ、滑走路を縦横無尽に疾走する。両腕のバズーカとグレネードが計算され尽くした弾幕を形成し、子機を次々と叩き落していった。

 阻むものの無くなった空を、全力で駆ける。

 

『あと少し……今です!』

 

 エアの懸命なダメージコントロールの甲斐あって、ハウンド5は輸送機の腹へと機体を滑り込ませる事に成功した。ハンガーを腕部で掴んで機体を固定し、ようやく一息つく。

 余裕も出てきたところで、621含めて三者から感嘆の声が漏れた。

 

【すごいな】

「見事なものだ、助かったぞ」

『えぇ本当に……彼がいなければどうなっていたか』

 

 本心からの称賛。それに対しチャティの声は平坦なまま、だがそれでも得意げな様子が聞くだけで分かる。

 

「当然だ。誰が俺を作ったと思っている。ボスより優秀なシステム技師など、このルビコン上に、いや宇宙に存在しないと断言する」

『作った……?』

 

 宇宙港を脱した輸送機は速度を上げ、戻る気配は無い。だがサーカスは未だ宇宙港で戦闘中であり、彼はどうやって脱出するつもりなのだろうか?

 

「言っていなかったか? 俺はボスに作られたAIだ。今の体はこの輸送機の方だから心配しなくて良い。ACは遠隔操作している」

『輸送機とACの操縦を並列処理で? すごい事ですよ、レイヴン!』

 

 専門家であるエアがそう言うならば、きっと凄いことなのだろう。今もサーカスは多数の子機を相手に奮闘中であり、追手を一機たりとも通さない。これでもし四機ほどしか墜とせないなどと言い出したら、状況はより困難だった。

 

「笑える冗談だビジター。俺がそんなポンコツに見えるのか?」

「駆け出しの新人ではないんだぞ621、それでも四機はない」

『彼に失礼ですよレイヴン! 敵を四機しか墜とせないAIなんている訳ありません!』

 

 笑い声こそ無いが、朗らかに弛緩した空気が流れる。やがてウォルターの輸送ヘリと合流し、後方からは離脱したサーカスもこちらを追ってきていた。

 日没寸前の赤い空を眺めながら、皆で帰路につく。それはひどく、安らぎのような時間で。

 

 

 

『そういえば……彼らは無事だったのでしょうか』

 

 ブランチの事だろうか。621としては、あの「レイヴン」が化け物に踏み潰されていてほしいとすら思っている。だがどうせ生き残っているのだろうなと、確信に近いものを感じてもいた。

 そんな思考に、エアは苦笑したような声で返してくる。

 

『いま、“レイヴン”と“ブランチ”について少し調べてみました。レイヴンとは――』

 

「レイヴン」とは特定個人ではなく、独立傭兵たちが受け継いできた一種の称号。そして「ブランチ」もまた、メンバーが入れ変わり続けることで匿名性と独立性を保つ、特殊な傭兵集団なのだという。つまり今日まみえた彼らはあくまで、「今の」レイヴンとブランチということだ。

 

『彼らの掲げる信条(モットー)は、“自由意志”

 戦う相手、そして戦う理由を自ら選び、その為につよく戦い(はばたき)続ける……』

 

――……

 

 自由意志。621には縁のない言葉だ。

 記憶こそ無いが、望んで強化人間になったとは思えない。その後も戦場に出されることすらなく、標本として凍結されたまま忘れ去られた。もしウォルターが買い取ってくれなければ、それこそ永遠にあのままだったのかもしれない。

 解凍された直後はともかく、今は彼の猟犬として戦うことに不満は無い。だが仮にそうでなかったとしても、621には他の道など無いのだ。ACの操縦以外すべての機能が死んでいるこの体では、普通の人生など送れない。

 飼い主に生かされ、飼い主の目的の為に、飼い主に言われるがまま戦う猟犬。そんな621が「レイヴン」の名を騙る。ブランチはきっと、それが許せなかったのだ。

 お前(621)にレイヴンの名は相応しくない、と。

 

『そんなことはありません』

 

 静かな声だった。それでもだからこそ、何より強い交信(こえ)で、彼女は。

 

『確かにあなたは、ウォルターに従わされているのかもしれません。

 ですが気付いていますか? 彼は、あなたに自ら選ばせようとしています』

 

 最初は、ただウォルターが取ってきた仕事をこなすだけだった。どんな依頼だろうと、誰が相手だろうと、言われるがまま、何も考えずに。

 最初に変化があったのは、確かそう、ガリア多重ダムで……。

 

――「なるほどな……621、これはお前が決めろ」

 

 あの時、知己であるミシガンからの依頼を反故にするかどうか、彼はそんな重要な選択を621に委ねた。思えばあのミッションから、621の感情は徐々に取り戻されていったのだ。

 そして傭兵として名の売れた今、多くの依頼を取捨選択することは621の役目となった。時にはウォルターとは別行動で出撃することすらある。放し飼いも良いところだ。

 

『それに何より、あなたはもう()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 他の独立傭兵の懐事情など知らないが、ウォルターに言わせれば621の資産は充分すぎる程に潤沢らしい。より報酬の高い依頼を選び、節約を心がけてきた成果だ。そしてその額はもう、再手術を受けて釣りが出るほどに至っている。

 なら何故、まだ傭兵を続けているのか。それは……言いたくないのだが。まだ。

 

『……理由を教えろとは言いません。気になりますが、えぇ。

 とにかく、あなたは今、あなたが望む何かの為に戦っている。それは間違いないのでしょう?』

 

 ウォルターの目的だけでなく、621自身の望みの為に。赴く戦場と戦う相手を自ら選んでいる。そう言ってしまえば、たしかに621は。621も……。

 

『だから私も、あなたをそう呼び続けたいと思います――()()()()

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 そう、あなたはレイヴン。

 ウォルターの猟犬ではなく、一人の独立傭兵。

 決して、ハウンズの生き残りなんかじゃない。

 猟犬たちの遺志(のろい)に、あなたを渡したりしない。

 

 昔々、人がまだ地球(ホーム)にいた頃、言霊(コトダマ)と呼ばれる「おまじない」があったらしい。

 そう信じて言葉にし続ければ、いつか本当にそうなるのだと。

 これはそういう――お(まじな)

 だから、だから。

 

『だから私も、あなたをそう呼び続けたいと思います――()()()()

 

 そう、あなたはレイヴン。

 猟犬ではなく、傭兵である前に、私の大切な友人。

 私の、ただひとり。

 ねえ、そうでしょう?

 

 

 

 レイヴン?

 

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