――あなたにとって「レイヴン」とは?
▼△▼△
「くそ……っ、もっと早く降りるべきだった……」
「あーもう、つっかれた……。ほんと、またつまらない仕事を受けちゃったわ」
黄昏空の下、赤く照らされる氷原の上を二機のACが歩いている。
歩いている、という表現は正しくないかもしれない。何せ二機の片方は脚が四本もあり、もう片方には脚すら無いのだから。
ACアスタークラウンと、ACアンバーオックス。二人の上位ランカーが駆る機体は、普段の悠然とした威容が嘘のようにだらりと姿勢を崩している。そのままの姿で、ひたすら氷原を進み続けていた。
「お疲れ様でした、二人とも」
通信で届く、謳うような女声。それと共に複合ローターの立てる風切り音がうるさく響き、大型の輸送ヘリが二人の前に降り立つ。二人の内の男性――キングが顔を顰めたような声で答えた。
「あぁ、まったくだ。本当にひどい一日だった」
「偽者騒ぎに、
心底からうんざりした声で同調する女性――シャルトルーズもまた、長々と溜め息をつく。
あの後、宇宙港に現れた巨大なC兵器は破壊の限りを尽くし、キングとシャルトルーズはなんとかそれを生き延びた。撃破したわけではなく、突如として動きを止めたC兵器が氷原へと戻っていったのだ。
理由など分かりようもないが、何にせよ生き延びたことに変わりはない。それもまた、二人が「レイヴン」の止まり木を名乗るに相応しい実力の持ち主だという証左でもあった。
そして、その「レイヴン」はというと……。
「おいレイヴン! ハンガーの固定ぐらいは自分でやれ!」
「……て、あんたそれ! そのコンテナ、いつの間に持ってきてたの!?」
「どうりで重いと思った!」と憤慨するシャルトルーズの機体に小突かれるAC――ナイトフォールは、地に横たわったままコンテナを抱きかかえていた。二人分の糾弾に対しても頭部のバイザーを下ろし、まるで堪えた様子も無い。
レイヴンの偽者――強化人間C4-621は予想外に腕が立ち、その激闘からすぐ例のC兵器とも戦い続けたナイトフォールは遂に限界を迎えたらしい。脚部が機能不全に陥ったことで自力での歩行が困難になったとのことで、キングとシャルトルーズの機体で牽引してきたのだった。
全員が独立傭兵ではあるが、仮にも同じ釜の飯を食う
「執行機体のジャンク品でしょこれ! 迷惑料! 迷惑料を請求する!」
「当然の報いだ! お前、我らにどれだけの借金があると思っている!」
「あぁっ、いけません! レイヴンの借金なら私が返しますから三日……三日だけどうか!」
「くどいぞ! だいたい、お前がこいつを甘やかすからだな……」
「この体で! カラダでお支払いします!」
「気色の悪いこと言わないでもらえるかなぁ!?」
ぎゃあぎゃあと虚しい口論が氷原に木霊する中、レイヴンだけがいそいそとジャンク品の選別を始める。厚顔無恥もいいところな態度は「レイヴン」の称号に夢見る傭兵の夢を粉々に打ち砕くものであったが、ある意味では非常に「レイヴン」らしくはあったか。
シャルトルーズ曰く「正真正銘のゲス」であるレイヴンはその評価を否定しない。むしろ「そうあれかし」である。
そんなレイヴンの視界に、ふと影が過った。同時にブランチの面々も押し黙る。
「――おや、これはこれは」
ACのレーダーでは走査が追いつかない程の速度。赤い空を切り裂く鋭い機動を以て、そのACは現れた。
鋭角な蒼色の装甲。人と鳥を掛け合わせたような異形のシルエット。空力を突き詰めたそれは、まちがいなくシュナイダー製の機体に他ならない。
「
開放無線に響く掠れた美声。色気すら感じる男の声はだが、抜き身の刃を思わせる剣呑さも孕んでいた。頭部のアイセンサーもまた、鋭い眼光を放っている。
「何あれ、新手?」
「アーキバスだ。ヴェスパー部隊の――」
「何用ですか、V.Ⅳ……ラスティ」
冷淡な声でブランチ達が構え、オペレータが一際に冷たい声でその名を呼ぶ。
無言で是と答える代わりに、ACスティールヘイズが氷原の地に降り立った。武装こそまだ構えてはいないが、機体ごしにも感じる戦意――あるいは、敵意。
それらを
「いやなに、私の戦友が
「……あの独立傭兵のこと? 救援を呼んでたとは気付かなかったわ」
「あぁ、一足遅れたようで痛恨の極みさ。ハハハ」
白々しい声に、レイヴン含めて全員が疑念を抱く。この男は本当に、あの
……まあ、それはレイヴン達に関係のない話ではある。問題は、
「それで、我らに何の用だ。まさか戦う気でもあるまい?」
キングが威圧感を隠さずスティールヘイズに武器を向ける。C兵器との戦いを経ても彼のACは健在、シャルトルーズも同様だ。ヴェスパーの上位ナンバーとはいえ、正面から単機で戦いを挑むとは考えにくい。ならば尚のこと、何をしに現れたのか。
「ひとつ、君たち“ブランチ”に聞きたいことがあってな」
機体に戦闘態勢はとらせないまま、微かに低くなった声音でV.Ⅳはブランチの名を呼んだ。
ブランチは特に秘密主義ではないが、その名が広く知られている訳でもない。キングはともかくシャルトルーズは名声に興味が無く、そしてレイヴンもまた表舞台に立つことが無いからだ。故にブランチの名を知っているとすれば、よほど情報に敏い者か独立傭兵、あるいは……。
カシャリ、と。スティールヘイズの細い脚が一歩踏み出す。
「君達が、コーラル再湧出の情報を星外にリークしたという話は――本当か?」
殺気、だろうか。
否定しても肯定しても、次の瞬間には戦いの火蓋が切られる。そんな数秒先の未来がありありと幻視できる。そんな声。
「本当か?」
蒼いACが、また一歩、近付いてきた。
「本当ですよ」
端的な問いに端的な答えを返した声は、オペレータのものだった。
瞬間、スティールヘイズが爆発的な加速で戦闘機動を始める――
「……理由は?」
――などという事はなく、V.Ⅳは次の問いを投げてきた。かろうじて冷静な声で。
「依頼だったからです」
「依頼だと? いったい誰から」
「質問が多いですね?」
彼女の声には明らかな険があった。C4-621に向けていたものと同等か、それ以上の。また悪い癖が出たかと、おそらくキングとシャルトルーズも密かに焦りだしている。
「大方、私たちがこの
えぇ、その通りですね。ですが、
カリカリと、爪でコンソールを掻く音が通信に混じり始めた。昔からの――少なくともレイヴンが初めて出会った頃からの彼女の癖だ。付け加えれば、情緒が不安定な時の。
「いっそ、焼いて綺麗に火葬してしまえば良いではないですか、こんな
カリカリ、爪の音が続く。
「どの道、救いようのない
コーラルに酔いながら、過去と未来から目を逸らし続けて、それで生きているつもりですか。
灰塗れの警句を白痴のように唱えながら、自決同然に突撃して、それで戦ったつもりですか。
そんな在り方……ミールワームと何が違うというのですか」
カリカリカリ、ガリガリガリ。
レイヴンもキングもシャルトルーズも、そしてV.Ⅳも、誰も言葉を発さない。ただ彼女の、オペレータの言葉だけを聞いている。
名の無い女の言葉を、聞いている。
「私たちはそうではない。私もレイヴンもミールワームなんかじゃない。だから、わたしは、」
「君は、まさか。なら何故、なぜ同じルビコニアンが――」
「わたしをその名で呼ぶなッ!」
があ、ん。
爪どころか拳を叩きつけた音。まさか頭ではないだろうな。また怪我でもしていなければ良いのだが、とレイヴンは場違いに呑気なことを考える。考えないとやっていられない。
回線を切ることも音量を絞ることも忘れたのか、通信からは彼女の荒い息遣いが聞こえてくる。その声が鎮まり切らない内から、彼女は再び口を開いた。
「……まあ、私の私情は、関係ありません。
依頼主は明かせませんが、リークしろと依頼があった事は本当ですよ。だから私たちはそれを果たした。ただ、それだけです」
「本当に……それだけか」
「話は終わりですV.Ⅳ。いえ、“裏切者”のラスティ。
企業の走狗であれコーラルの戦士であれ、縛られた獣にかける言葉などありません」
ようやく彼女が普段通りの声音に戻り、キングとシャルトルーズが機体を割りこませる。ヘリに乗る彼女を守るように立ちはだかった。
「そろそろ帰ってくれる? あの子の機嫌とるのも骨なんだからさ」
「まったくだ。後でレイヴンにやらせよう」
まさか一人でやらせる気ではないだろうな。頼むから見捨てないでほしい。
未だ横たわったままのナイトフォールの中で、目の前の景色を眺める。睨み合う一機と二機のAC。黄昏空が暗くなり、ついには宵闇となろうとした頃。
「――なるほど、話は終わりのようだ」
二機から銃口を向けられているというのに、スティールヘイズはあっさりと背を向けた。軽装甲の華奢なフレームを隠そうともせず、ブースタを吹かしてふわりと滞空する。
「だが最後に二つだけ」
V.Ⅳの声はいっそ平坦で、凝縮された火薬を思わせた。一度でも火が点けば、この男はきっと容易には止められない。
「まず一つ。君の言うことは間違ってはいない。
ルビコンには火が必要だ。燃え殻の全てを灰にするような、大きな火が」
スティールヘイズの眼は遠くを見ていた。そちらには何も無いが、そういえばC4-621達が去っていった方角はあちらだっただろうか。
「だから君たちには感謝しよう。
だが次に会った時には、そうだな……――殺そうか」
皆が一斉に銃口を向ける。引き金は誰も弾かなかった。レイヴンは弾きたくとも弾けなかった。
V.Ⅳの声には剥き出しの戦意があった。コクピットの中には牙をぎらつかせた狼が乗っていると言われても、信じてしまえそうな。
「もう一つ、……ここに来る途中、
ひび割れた空気が今度は凍りつく。いま、なんと言った?
だがまだ焦る時間ではない。仮に万が一、V.Ⅳの言う特務機体がアレだったとして、アレはとても自力で脱出できる状態では……。
「助ける義理も無かったが、見捨てるのも気が引けてね。瓦礫を少しだけ退かしてやったのさ」
瞬間。どこからか飛来したアンカーが、手錠のようにナイトフォールの手首に巻きついた。そこから伸びるワイヤーをゆっくりと視線で辿った、その先に。
「どこに行こうというのだね、レイヴウゥゥン――――っ!?」
大型のアンカーショットを構えた、カタフラクトの姿。
キングの呻き、シャルトルーズの悲鳴、オペレータがコンソールに頭を打ち付けた音。そしてレイヴンは、バイタルが何か駄目な感じにきゅっとなった。
「V.Ⅳォー! おまえ、貴様……嫌がらせか貴様ッ!」
「性格が悪すぎるでしょ! 良いのは顔だけなわけ!?」
「犬! この企業の犬! やっぱりルビコニアンなんて嫌いです! 大っ嫌い!」
「ハハハ光栄だな。助け合いの精神でがんばってくれたまえよハハハ」
「最低です最低!」と叫び散らすオペレータを置き去りに、スティールヘイズは空高く舞い上がると瞬く間に空へと消えていった。ついでにカタフラクトも連れていってくれれば文句なしだったのだが。
それはそれとして、手首に巻きついたアンカーが急速に巻き取られ始めた。ズルズルと引きずられ始めるナイトフォール。レイヴンの窮地を目にしたオペレータが悲鳴をあげ、そしてブランチの二人は。
「よし行くぞシャルトルーズ、長居は無用だ」
「気が合うねキング、帰ろ帰ろ」
「二人ともぉ――!?」
こちらには目もくれずヘリに乗り込もうとする二機に対し、彼女はハッチを強制閉鎖して抵抗する。心温まる光景だ、涙が出る。色んな意味で。
「駄目ですダメ! めっ! レイヴンを乗せないと乗せてあげませんからっ!」
「どうせ殺しても死なないよあいつは! 乗せてってお願いだからさオペ子!」
「誰がオペ子ですか!」
「しつこいぞレイヴン! お前が囮になれ囮に!」
「相変わらず仲が良いなレイヴン一味! まとめて再教育を受ける権利をやるから安心しろフハハハがべらっ!?」
出力全開で巻き上げられたアンカーに繋がっていた物――HC機の残骸がカタフラクトの顔面に直撃する。なんとか寸でで縄抜けに成功した。そのまま機体を立ち上がらせ、全速力で氷原を駆け始める。脚で。
「……ってレイヴン、あんた歩けるんじゃない! あんたはもう! ほんとにもう!」
「そら見たことか! ああいう奴だぞアレは!」
「あぁ、レイヴン……なんて狡猾な……!」
「惚気ている場合か!」
「排除だ排除! 逃がさんぞレイヴウゥゥン――――っ!」
ガッションガッションと氷原を走り、背後から追ってくる罵声と彼女の声とその他諸々から逃げる。その姿は「レイヴン」の称号に夢見る傭兵の夢を粉々に打ち砕くものであったが、ある意味では非常に「レイヴン」らしくは――あったような、なかったような。
どちらにせよ、何にせよ。こんな日常が嫌いではないのだ、少なくとも自分は。
氷原をひた走るナイトフォールの内側で、「レイヴン」はそう思った。
▼△▼△
――あなたにとって「レイヴン」とは?
「名」だ。それ以外の何物でもない。だが厄介なことに、レイヴンの名が意味するところも一つではなくてな。
レイヴンが元は蔑称であった事は俺も知っているさ。これでも傭兵としては長いからな。……故に今の
愚かなことだ。そうだろうと、どうあろうと、俺達はどこまでも傭兵でしかないというのにな。
……俺か?
当然だろう、そうでなければ「王」などと、こんなけったいな名は名乗らん。
殺しを
――あなたにとって「レイヴン」とは?
いきなり小難しいこと聞くね、あんた。
別に、レイヴンなんてただの役職みたいなものでしょ? 強くて、強いから、こんな世の中でも我を通せる、そんな奴がつく役職ってやつ。
あの子やキングに聞かれると嫌だけどさ、私は別に、レイヴンだとか、ブランチだとかに拘ってはいないよ。ただまあ、その……どうせ生きるなら一人より、一人じゃない方が楽しいと思わない?
今のは
……あんた、名前なんだっけ? ST……えぇっと、覚えにくいね、ほんと。
――あなたにとって「レイヴン」とは?
意思の表象。自由の象徴。力もつ者の権利と義務。
戦に優れ、無慈悲で、何より勝利を重んじる、全てを焼き尽くす黒い鳥。
あの翼が、あの火が、この
だから、私も「レイヴン」で良いのです。
呼ぶ者もない名前などいりません。私はレイヴンの隣に在れば、それで良い。
――あなたにとって「レイヴン」とは?
傷が痛むから、またの機会で良いだろうか?
せっかく生き延びたのに袋叩きはひどい話だ。あんまりじゃあないか。