エアコア・ドリーム   作:甲乙

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かねて智を恐れたまえ

 

 あぁ恐ろしい。

 あぁ恐ろしい。

 今や私は恐怖そのもの。

 福音はどこにありますか。

 福音はいつ現れるのですか。

 ねえ、かみさま。

 あぁ、かみさま……。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 ご友人! ご友人! ご友人! ご友人ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!

 あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ! ご友人ご友人ご友人ぅううぁわぁああああ!

 あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いですねぇ……くんくん。

 んはぁっ! ご友人たるレイヴンのレッドブラウンの代用皮膚をクンカクンカしたいのです! クンカクンカ! あぁあ!

 間違えました! モフモフしたいのです! モフモフ! モフモフ! 皮皮モフモフ! カリカリモフモフ……きゅんきゅんきゅい!

 トイボックスを蹴散らすご友人は素敵でした! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ! ふぁぁあああんんっ!

 私の置いたACパーツを発見できてて良かったですねご友人! あぁあああああ! 素敵だ! ご友人! 素敵だ! あっああぁああ!

 レールキャノンも奪還できて嬉し……いやぁああああああ! にゃああああああああん! ぎゃああああああああ!

 ぐあああああああああああ! これは現実ではない! あぁ……過去も未来もよく考えれば……。

 こ の ル ビ コ ン は 現 実 で は な い ? にゃあああああああああああああん! うぁああああああああああ!

 そんなぁああああああ! いやぁぁぁあああああああああ! はぁああああああん! カーラぁああああ!

 この! ジーザス! やめてやります! 現実なんかやめ……て……え!? 見……ている? 生身のご友人が私を見ている?

 素顔のご友人が私を見ています! ご友人が私を見ています! ご友人が私を見ていますよ!

 モニターのご友人が私に話しかけているぞ! よかった……世の中はまだまだ捨てたモノではないのですねっ!

 いやっほぉおおおおおおお! 私にはご友人がいる! やりましたよカーラ! ひとりでできますとも!

 あ、アリーナのご友人さまああああああああああああああん! いやぁあああああああああああああああ!

 あっあんああっああんあカーラぁあ! ラ、ラミー! チャティぁああああああ!エアァぁあああ!

 ううっうぅうう! 私の想いよご友人へ届け! ルビコンのご友人へ届け!

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 カチャカチャと、器具が立てる音だけを聞いていた。

 ぼんやりと見上げた視界にかろうじて映るのは、こちらを見下ろす大きなライト。まだ光量を絞られたその光の中で、研究員らしき人影が手を動かしている。

 

「これが今度の実験体かい?」

「あぁ、資料では独立傭兵レイヴンとのことだ。要するにビジターだが」

「分かってないねチャティ、茶番ぐらいたまには付き合ってくれても良いだろう?」

「了解だ、ボス」

 

 仰向けになったまま、体は動かない。拘束されているのか、何か薬でも使われているのか。そんな手間をかけずとも、元よりこの体はまともに動かないのだが。

 ACと接続していない621の視界はひどく薄暗い。眼球がまともに機能しているのか、そもそも眼球自体が残っているのかも分からず、それでもなお強烈なライトが視界を真っ白く染めた。

 

「脳への負荷は相当なものだったようだ」

「当然だよ。あの名前を言うのも忌ま忌ましいクズと直接対決したんだからね。レールキャノンとACは分解すれば済む話だが、記憶だけはこうでもしないと消去できない」

「生きていれば、だが」

「そういう事さ。じゃあ、始めようか」

 

 擦り切れきった、残滓の残滓のような遠い過去の記憶。

 あぁ、あの時も。こうして、手術台の上で。多種多様な機器に囲まれながら、酷薄な刃が私の頭を開いて――

 

 

 

 どばごぉん、と。工房の耐爆扉が蹴破られ、恐るべき速さで人影が乱入してきた。

 

「カーラぁ――! お前、あんた何のつもりだ! 621に何をしている!」

「えぇい止めるんじゃないよウォルター! これはビジターの為なのさ!」

 

 口論もそこそこに、金属を打ち合わせる音が連続して響く。乱入してきた人影つまりウォルターの仕込み杖による連撃を、研究員――ではなくてカーラは二つに分離させた仕掛けスパナで弾き返していた。橙色の火花が工房内を幾度も照らし、それでも両者は一歩も退かない。

 そして、その均衡を崩す更なる乱入者が。

 

『レイヴン助けに来ましたよ! さあ早くこっちに――!?』

 

 武骨な形状には似つかわしくない、澄んだ女声を響かせながら走り寄ってくる医療ドローン。それを操っているのはどう考えてもエアであり、だがその前にもう一機の医療ドローンが立ちはだかった。

 

「ボス、ドローンが暴走しているぞ」

「いま忙しいんだ! ぶっ叩いて直してやりな!」

「了解だ、速やかに行おう」

『上等ですよ! 私のレイヴンを誘拐したこと、後悔させてあげますから!』

 

 621にしか聞こえない口上の後、同型のドローン二機が激しいどつき合いを始める。際限なく混迷さを増していく状況の中、ただ621だけが茫洋と横たわっていた。

 

「あのクズの臭いがついた物は残らず始末するんだよ! ビジターの記憶だって例外じゃない、こうして悪夢を終わらせるのさ!」

「621のメンタルケアなら準備はしてある! いきなり脳を開く奴があるか!」

『どうですか参りましたか! 私のレイヴンへの愛に勝てる人なんて……再起動ですって!?』

「ジェネレータ出力再上昇、オペレーション・パターン2――さて、続けようか」

 

 金属音に混じって響く、怒声、銃声、爆発音。ACの装甲ごしではない音の洪水に頭を揺らされながら、621は視界の端で蠢く小さな影を見つける。

 

――あ、ミールワーム

 

 幻覚かどうかも定かでないそれは、やけに角ばった形状をしていた……。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 バートラム旧宇宙港に現れた巨大なC兵器IA-02。「アイスワーム」と呼称されたそれは惑星封鎖機構の切り札であり、名実共に最終兵器であった。

 なにせ、アイスワームは文字通りの()()()()。ルビコン調査技研の遺物であるアレはブラックボックスの集合体であり、一度起動してしまえば稼働限界を迎えるか破壊されるまで誰にも止められない。そしてコーラルを動力としたC兵器は無制限に稼働するとされ、つまり撃破する以外に止める手段は無いということだ。

 

「ベイラムも正面突破を諦めたらしい。ミシガンもよくやっている」

「企業勤めも楽じゃないねえ。あんなの、やり合う前に無理だと分かるだろうに」

 

 だが簡単に撃破できれば苦労は無く、アイスワームも最終兵器になどされていない。常識外の巨体を高速で地滑らせ、地中すら自在に移動する相手に対し、ベイラムの攻撃部隊は早々に撤退したとのことだ。そして自慢の飽和火力を以てしても、傷一つ付けられなかったのだとも。

 アイスワームを難攻不落の怪物たらしめている最大の要因、それは桁外れの防御能力だ。

 

『あんな高出力のコーラルシールド……有人機ではまずあり得ません』

 

 エアや621でなくとも目視できるほどの出力で形成されたコーラルシールド、更にはそれを()()だ。まさに鉄壁と言える。

 今となっては封鎖機構ですら制御できず、撃破もできない無敵の怪物は今、幸か不幸か中央氷原へと自ら移動していた。あの何も無い地でじっと佇み、近付く者があれば例外なく轢き潰しているのだと。まるで、何かを守っているかのように。

 

「あれはコーラルを守るために作られた抑止力。つまりは、アイスワームが陣取る先に、俺たちが目指す物があるということだ」

 

 当然、企業もただ手をこまねいてはいない。探し求めてきたコーラルをようやく目前にして諦めるなど論外だ。ベイラムとアーキバスは一時的に協力し、あの怪物を打倒しようと躍起になっている。

 その執念は実を結び、つい先日にアーキバス先進開発局が対アイスワーム兵装の開発に成功したらしい。だがそれも充分ではなく、怪物を確実に倒すにはもう一刺しが必要だった。

 そして、その「一刺し」は意外な所にあったのだが……。

 

 

 

――エア、ひとつ聞きたいのだが

発言の意味が不明です(That statement does not compute)

――まだ何も聞い

発言の意味が不明です(That statement does not compute)

――……

発言の意味が不明です(That statement does not compute)

 

 この有様である。別に、いつものように何故かエアが不機嫌になっている訳ではない。そもそも機嫌が良くても悪くても口数の増える彼女である、こうして取り付く島もないという状態は非常に珍しい。

 事の始まりは数日前――記憶が定かであれば――に、カーラからの依頼を受けた時まで遡る。

 件のアイスワームを攻略する為の「もう一刺し」、それに彼女は心当たりがあるのだという。だがその秘密道具は()()()()()に持ち逃げされており、その奪還を621に依頼してきたのだ。

 ……いや、依頼は本当に「奪還」だっただろうか? 少し違った気もする。あの時のカーラの言葉を思い返そうとするが、何故だか思い出せないのだ。

 

――「ブルートゥを消すんだ。それで皆が幸せになる」

 

 そして、確か場所はグリッド012。老朽化で崩落寸前のメガストラクチャーにACで降り立ち、それから……それから……?

 

「それからなんて何もないよ。あんたはグリッド012に行って、そこで私の秘密道具を見つけた。そして、それを持ち帰った。それで依頼は達成。ミッションコンプリートさ」

【いや、さすがにそれは】

「もちろん敵はいた。だがあの程度、お前の障害にはならなかった。そういう事だ、621」

【本当に?】

「ほんとだよー? 灰かぶりは嘘つかないよー? なぁーウォルター?」

「あぁ、嘘ではない。……嘘は言っていない」

 

 カーラから嘘をついている様子は見られず、目どころか顔を逸らしっぱなしのウォルターは表情が見えない。もっとも、見えたところで視力も洞察力も乏しい621に何が分かるのかという話ではあったが。

 第4世代の中でも特に「深い」強化手術を受けているらしい621ではあるが、幸いにも短期記憶に障害は無い。ウォルターに拾われてから今に至るまでの事も全て記憶しており、だからこそ今になって一つのミッションの記憶が丸ごと抜け落ちるという異常事態に困惑していた。

 更には、カーラもウォルターもエアまでもが、誰も何も教えてくれないのだ。いったい何だと言うのか。

 

――エ

『しつこいですよレイヴンもう聞かないでください! あなたとお話することは大好きですが、こればかりは本当にっ! お願いですから聞かないで! 思い出させないでください……っ』

 

『出来ることなら、私が忘れてしまいたい……!』と声を震わせているエアにかける言葉は当然なく、もうどうしようもないかと621は潔く諦めることにした。

 思い出せないのであれば、きっと覚えておくべきでない記憶なのだろう。きっと。

 

『このルビコンに、あんな変態が存在していただなんて……』

 

 ……思い出すべきでないのだろう。きっと。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 コクピットではなくベッドで休眠モードに移行するレイヴンの姿をいつも通り眺めた後、エアは波形をガレージの監視カメラへと移した。雑多な造りのACSISの中では、レイヴンの乗機であるハウンド5が整備ドローンの手で分解されている。

 それらを流れるように操作しながら、RaDの頭目――カーラは口を開いた。機嫌の悪そうな口調で。

 

「……チ、分解洗浄してもやっぱり臭うねぇ、クズの臭いだ。

 なあウォルター、費用はRaD(うち)で持つから、機体まるごと交換するのは」

「駄目だ。()()()の金も無限にあるわけでもないだろう」

 

 グリッド086。RaDの根城であるここに、ウォルターとレイヴン達は一時的に戻ってきていた。アイスワーム攻略に必要な秘密道具――オーバードレールキャノンを取り戻す為に。

 結論を言えば、レールキャノンは奪還できた。無事だったかと聞かれれば、無事ではなかったかもしれない。主にエアの精神(メンタル)が。……肉体を持たないエアにとっては、つまり存在自体を侵されたようなものであったが。

 閑話休題(それはともかく)

 例のミッションを終えてからというもの、カーラは隙を見てはハウンド5を溶鉱炉に投げ入れようとしている。その度にウォルターとエアの手でなんとか阻止しているが、正直なところ気持ちは分かる。非常によく分かる。

 でもレイヴンの脳を開いて、物理的に記憶を消去しようとしたことは許せない。エアの大切な人になんという事を! ありもしない手でカーラの頭を叩く心地でいたが、当然それに気付く人は誰もいなかった。

「はいはい」と、カーラはおざなりに返事をしながら、口に紙煙草を咥える。そんな彼女を横目に見ながらウォルターは、再び組み上げられていくハウンド5を見上げた。いつも通りの、深く凪いだ瞳で。

 鉄色のハウンド5は、以前と機体構成を変えていない。エアが知る限り、レイヴンと出会ったあの夜から何も。あるいはもっと前から。

 ……この機体が、ハウンズに与えられた時から。

 

「そういやウォルター、このACなんだが」

 

 RaDの開発した探査用フレーム。ルビコンでも決して多く出回っているとはいえないこのフレームを五機分も用意できた事から、ウォルターとカーラには何らかの繋がりがあるのだろう。ただの知己というだけでは済まない、何かが。

 故にエアは、このカーラという女性のこともウォルター同様に警戒して――

 

「ハウンド5って、()()()()()()()()()()()?」

『…………え?』

 

 エアの波形が、ざわりと乱れた。そのせいで干渉していた監視システムに負荷がかかり、吐き出されようとしたエラーを寸前でキャンセル。カーラは紫煙をくゆらせながらウォルターを見ている。気付かれなくてホッと息を吐くつもりでいた。でも、疑問は何も解消されていない。

 ……いま、彼女は何と言った? 彼女は、それを知っている筈ではないのか?

 

「あぁ、それは……」

 

 カーラの問いに、ウォルターは鉄色の機体を見上げる。

 五番目の猟犬(ハウンド5)。彼がハウンズ達に与え、彼が名付けたAC。エアにとってはレイヴンを縛る首輪の一つであるそれの由来を、ウォルターは。

 

()()()()()()()

 

 

 

『――……、……――――は?』

 

 理解が、追いつかなくて。

 呆然と波形を止めるエアに二人は気付くことなく、カーラは苦笑まじりに煙を噴き出した。

 

「なんだいそりゃ。まさか、ただ語呂が良いってだけの理由かい」

「うむ……、いや、ただ何故か頭に浮かんだと言うべきか」

 

 再び噴き出すカーラをじろりと睨みつけるウォルター。二人に嘘を吐いている様子は無い。あるわけが無い。だってこの場にレイヴンはいなくて、そしてエアしかいないのだから。

 嘘を吐く理由が、無い。

 

「まあ安心したよ。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()のかと思っちまった」

「……出来ればそうしたかったがな。結局、用意できたのは()()()()()()

「こりゃ調教師(ハンドラー)なんて大層な肩書も返上だね。()()()()()()()じゃないか」

「621だけでも仕事は果たすさ。その為に俺たちは――」

 

 

 

 

 

 

 きっと、何かの間違い。

 こんな、なにか、何かが、間違っただけ。

 だから調べる必要なんてない。

 考える必要も、かんがえる必要、なんて。

 

 

 

 あぁ恐ろしい。

 あぁ、恐ろしい……。

 

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