エアコア・ドリーム   作:甲乙

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これで君もドミナント

 

 バートラム旧宇宙港。ルビコンにおける戦乱の主戦場が中央氷原に移ってからというもの、既に複数回の激戦が繰り広げられた場所である。特にアイスワームによって壊滅的な被害を受けてからはその機能の大半を喪失し、広大な敷地は巨大な廃墟と化している。

 だが、そんな廃墟にこれ幸いと群がる勢力がひとつ。

 RaD。ドーザー最大派閥とも言われ、ここ最近は不穏な動きも目立ち始めた武器商人たちは、企業の目がアイスワームに釘付けとなった隙に宇宙港を占拠してしまったのだ。今やそこは完全に彼らの根城であり、RaDの中央氷原支部とすら言える。

 更には、あの独立傭兵レイヴンとその代理人までもが拠点にしているとあって、企業も封鎖機構もそう易々と手は出せなくなってしまった。全方面に緊張を極めたこの局面で、あの爆弾のような傭兵を敵に回そうとする勢力はいないのだから。

 そんなこんなで、そこはある種の緩衝地帯、中立の場ともなっていた。そして今日もまた、()バートラム旧宇宙港に客人が訪れる……。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「独立傭兵レイヴン、こうして顔を合わせるのは初めてになるか」

 

 廃材で作られた安楽椅子に揺られながら、621は聞き覚えのある声を聞いていた。ルビコン解放戦線から依頼があった際に連絡役となっていた男性――名前はたしか、アーシルと言ったか?

 そのアーシルは、実直そうな顔に微笑を浮かべながら更に口を開く。……621の傍らで待機する医療ドローンに向かって。

 

「あなたにはいくら感謝しても足りないぐらいだ。……たしかに我々の中にも未だ独立傭兵を信用できない者もいる。壁とストライダーの損失も痛手だった。

 だがそれでも、少なくとも私は、あなたが企業の走狗ではないと思っているし、何よりもツィイーを助けてくれたことには――」

「アーシル、アーシル! それたぶんレイヴンじゃないから!」

 

 アーシルの腕を叩きながら指摘する若い女性……いや、少女か。バシバシとかなりの強さで叩かれながらも体は揺らがせないまま、アーシルは驚愕に目を見開いた。

 

「え? でもツィイー、たしかレイヴンは重度の強化人間だと帥叔が」

「ドローンだよ! いくら何でもこんなメカメカした強化人間はいないって! レイヴンはたぶんこっちのゴ……えぇと、この……なに、この」

 

 明らかに「ゴミ」と言いかけてから言葉を濁す少女――ツィイー。無理もない。621がいま腰掛けている椅子の方がまだ綺麗なゴミに見えるだろう。今更この程度で傷ついたりはしないのである。いや本当に。

 ぎゃあぎゃあと621そっちのけで口論を始める二人を眺めながら、それにしてもと621は思う。

 

「あんたはもうっ! 図体ばかりデカくなって中身はガキのままなんだからさ!」

「ごめんごめん、ごめんってばツィイー」

 

 ボカスカとアーシルを拳で叩くツィイーは少女らしい小柄で、そして隣のアーシルはというと、声の印象よりは多少、いやかなり……非常に大柄であった。190cmはありそうな体躯に大量の筋肉を搭載した姿は、彼もまたコーラルの戦士なのだと確信させる。

 だが顔だけは声の印象そのままな好青年なものだから、見ていると余計に混乱してくる。粗雑な合成画像(コラージュ)か何かと言われれば信じてしまいそうだ。

 見るからに固そうな腕を殴ることに疲れたのか、今度は指先でさすりながらツィイーが呟く。どこか、モジモジとした所作で。

 

「ま、まあね? あの時に助けにきてくれた時は……かっこいいなって思ったりもしなかった訳じゃないけどさ……っ」

「ツィイー……」

「ち違うよ!? ベイラムの奴らをぶっ飛ばしながら出てきたアーシルに惚れ直したとかそういう意味では断じて!?」

 

 え? まさかあの時、収容所にはアーシル自身が突入していたのか? たしかに、いま思えば通信で聞こえた声は彼ひとりだったが……。

 そうメッセージを表示させると、机の上の端末から顔を上げた二人は朗らかに笑った。

 

「まさか! 私だけではなく、六文銭もいたさ。()()()()()()()()()

「そうそう! いくらアーシルでもさすがに一人は無理だって!」

 

 なるほど……なるほど?

 六文銭、と。ひどく独特なコールサインには聞き覚えがあり、今まさにアーシルとツィイーの背後で仁王立ちしている男がそうなのだろう。アーシルと並んでも見劣りしない程の体格で威圧しながら周囲を警戒している姿から隙は見いだせず、AC戦だけでなく肉弾戦にも長けているのだと分かる。生身がこの有様の621としては羨ましい限りだ。ただその……服の趣味だけは、アレだが。

 咳払いと共に居住まいを正したアーシルが口を開く。今度こそ621に向かって。

 

「失礼をしたレイヴン。それで日頃の礼と言うわけではないのだが、これを受け取ってはもらえないだろうか」

 

 今まで微動だにしなかった六文銭が音もなく動き、彼らと621の間に大きなコンテナを置いた。いかにも頑丈そうなそれは何故かガタガタと揺れている。

 

「これは、EX-s高機動ミールワーム改……我ら解放戦線が企業と戦う為に用意した新兵器のひとつだ」

【今なんて?】

「EX-s高機動ミールワーム改だ」

 

 いや名前ではなくて。

 

「レイヴンあんたもさ、ACに乗るからには高機動でブイブイ言わせたいと思わない? でも武器をアレコレ搭載している内にしょっちゅう地盤沈下しちゃうよね?」

 

 地盤沈下!?

 

「でもそんな重量過多生活(BBライフ)を送っていたのも昨日までの話だよ!

 ――そう、このコアパーツがあればねっ!」

 

 コアパーツ!?

 ニコニコと満面の笑みで紹介(プレゼン)するツィイーに対して、621一人ではつっこみが追いつかない。ウォルターは別室でまた他の来客対応中なのだ。

 傍らに佇む医療ドローンは、まったく動かない。

 

「このコアにはジェネレータもブースタも不要! 餌としてコーラルをあげれば済むだけの完全クリーンエネルギー! しかも自動で酸を吐いてくれる攻撃機能まで搭載と、至れり尽くせりの内容っ!」

 

 そのコーラルを得る為にみんな戦っていると思うのだが。第一、ミールワームをコアにしてしまったら621はいったい何処に乗れば良いのか。まさか口の中ではなかろうな。

 とはいえ本当に内装パーツが不要になるというのなら、少しぐらい試してみても良いかもしれない。コクピット(?)の具合と、あとはコーラルを燃料もとい餌にする事に対して「彼女」がどう言うか……。

 

「さあ後は百聞は一見に如かず! これを使えばレイヴンもきっと私たちの同志に――」

 

 バカン! と開かれるコンテナ。

 そしてその中には、鬼気迫る表情でミールワームを丸かじりする老人がいた。

 

「……」

「……」

【……】

 

 ボリボリボリボリッ……。

 皆が沈黙する中、謎の老人がワームを喰らう音だけが響く。その中でただ一人動く、真紅の装甲服を纏った男――六文銭が老人の元に跪き。

 

「――ごゆるりと」

 

 コンテナを閉めた。

 

「知っての通り、我々には手札が乏しい。ACも用意できないわけではないが、肝心の乗り手が足りていない状況だ」

「大丈夫だよアーシル! わたしだってコーラルの戦士だ、最近は訓練でも――」

 

 話を逸らすのはやめてもらえないだろうか。

 件のEX-s高機動ミールワーム改はいったいどうなってしまったのかとか、あの老人は何者なのかとか、とにかく何かもう色々と621は限界なのである。一人で来客対応をするにはまだ早かったのである。ひとりで出来ないのである!

 

帥父(すいふ)も最近はその……()()な時が多いんだ。これでは――いや、よそう」

「本当に惜しいね。剣聖ドルマヤンの伝説なら、わたしも何度も聞いたのに……」

 

 帥父とはあの帥父? サム・ドルマヤン? 解放戦線の指導者の? あの老人が? 剣聖?

 というかもう解放戦線は全員、()()()()()()()()()()()? ACはいらないのでは? むしろ枷では? AC(ハンデ)戦なんてやっているから戦況が泥沼化しているのでは?

 冗談抜きで頭部から煙が出そうになった頃、部屋の扉が開かれる音が聞こえた。続いて、杖が床を突く規則正しい音。621はホッと安堵の息を漏らした。

 

「話は終わりか? すまないが次の客がいてな、続きがあるなら日を改めてもらおう」

「あぁいや、すまないハンドラー・ウォルター。これでお(いとま)させていただく」

 

 来室者――ウォルターが有無を言わせない口調で退室を促す。「次の客」とはつまり、おそらく企業の何者か。ならば解放戦線のアーシル達と顔を合わせても面倒にしかならないという事だろう。

 手短に謝意を述べたアーシルを先頭にツィイーが続き、最後にコンテナを背負った六文銭とすれ違った時。ウォルターの深い瞳が、真紅の装甲服を流し見て。

 

「――良い趣味(センス)だ」

「――フッ」

 

 何か通じ合ったかのように視線だけを交わし去って行く六文銭。

 今のはウォルターなりの冗談(ジョーク)か何かだろうか? 621が知る限り、彼の服装は常に地味な色合いで整えられているが……。

 考える間もあればこそ、ひとつ息を吐いたウォルターはキリと表情を正した。

 

「621、疲れているようだが次の客だ。俺も同席しよう」

 

 頷いて返すと、足音と杖を突く音が遠ざかっていく。621もヘルメットの中で息をついてから、脳内で「交信」をイメージした。

 

――エア

 

 ずっと傍に置かれていた医療ドローンに反応は無い。この中にはいないのだろう。そして彼女にしては非常に珍しいことに、今日はまるで話しかけてこなかった。こうして621から交信するのは、もしかすれば初めての事かもしれない。

 

――エア?

『え――あ、ァ……は、はいレイヴン? 何でしょうか?』

 

 もう脳に馴染んだ、聞き慣れた澄んだ声。だがひどく歯切れも悪い口調はどこか、寝起きを思わせた。Cパルス変異波形である彼女は眠ることが無く、故に寝起きであることもあり得ないのだが。

 

――今日は、話しかけてこないから

『あ、その……すこし考え事をしていました。心配してくれたのですね、レイヴン』

 

 心配といえばそうなのだろうか。肉体のない彼女が体調不良というものに縁があるのかどうかは分からないが、気分が落ち込む日ぐらいはあるのかもしれない。

 あとはそう、一人で来客に対応するとしても、脳内に彼女がいてくれれば心強かったか。……我ながら、随分と絆されたものである。

 

『これでもちゃんと話は聞いていましたよ? チャティ程ではありませんが、私も並列処理は得意ですから。

 ――とりあえず、私のレイヴンの前でイチャイチャするのはやめてほしかったですね! うらやま……羨ましい!』

 

 言い直せていない。

 と考えている内に、動き出した医療ドローンに621は抱きかかえられた。そのまま、ぎゅうぎゅうとアームで抱きしめられる。

 

『だから私たちもイチャイチャしましょう! 痛かったら言ってくださいね? やめませんけど』

 

 痛いほど抱きしめられてさっそく痛い。言っても意味は無いのだろう。やめないのだから。

 だがまあ、元気そうで何よりか。元気すぎる気もするが。

 

『――はい私は元気ですよレイヴン。とても元気です!』

 

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