エアコア・ドリーム   作:甲乙

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卑怯とは言うまいな

 

『初めまして、G5イグアス』

 

 その「依頼」が来たのは、ほんの半日前のことだ。

 

『私の名は、()()()()()()()()。あなたに折り入って頼みたいことがあります』

 

 

 

 あの思い出すも忌々しい、ガリア多重ダム襲撃作戦。敵の数こそ多いが、所詮は辺境惑星の土着レジスタンス共。来たる「壁越え」に向けての慣らしにしかならないような、退屈なミッションの筈だった。

 

 G1ミシガンが拾ってきた、何処ぞの野良犬。あいつが途中で寝返りさえしなければ。

 

 結論を言えばミッションは失敗。イグアスと僚機のG4ヴォルタは機体を失い、更には()()()()()壁越えの話も取消(パー)になった。更に更に、格下ナンバーのG13――ミシガンが悪ふざけで野良犬にナンバーを貸与した――に撃破されるという無様のせいで過酷な訓練(しごき)が待っていたのだから、ここ数日のイグアスは荒れに荒れていた。

 だいたい何だというのだあのクソ親父は。何が「数学はできるか! 相手のナンバーはいくつ下か計算してみろッ!」だ。いくらイグアスに学が無いからと、馬鹿にするのも大概にしろ!

 そんなこんなで今日の訓練、レッドガン名物ベイラム君マラソンを終えて心身ともに痩せ細って自室に戻ったイグアスの元に、一通のメッセージが届いていた。

 差出人は、独立傭兵ケイト・マークソン。

 

――知らねェ、誰だそいつ

 

 元より独立傭兵になぞ興味の無いイグアスは内容も読まずにメッセージを削除しようとしたが、その件名を目にして思わず手が止まる。

 

【独立傭兵レイヴン排除】

 

 レイヴン。それは件の裏切者G13、つまりはあの野良犬のことだ。

 あまりにも出来過ぎたタイミングに脳裏で警鐘が鳴るが、それでもイグアスは気付けばメッセージを開封していた。してしまった。録音された音声が再生される。涼しげな、だがどこか粘ついた声でケイト・マークソンが語りだす。

 中央氷原にあるとされる集積コーラルの先行調査。その為の足がかりとしてグリッド086を不法占拠するドーザーの排除。ベイラム社からその依頼を受諾したが、敵方にも独立傭兵が付いていた。万全を期す為に僚機としてケイトに同行し、レイヴンを排除してもらいたい。そういう内容の、オールマインドを介した依頼だった。

 傭兵支援システム「オールマインド」、それは独立傭兵だけが利用するシステムだと思われがちだが、イグアスのような企業所属のAC乗りであってもライセンス登録はされている。もっとも、それは形だけのものであり、イグアスも実際に依頼を受けた事は一度も無かった。

 無かった、のだが。

 

『ご安心ください。これはベイラムからの依頼をオールマインドに通した、正式な依頼です。ライセンスを有するあなたが、この依頼を受けても何ら問題はありません』

 

 そもそもがベイラムの依頼。無断出撃にも、命令違反にもあたらない。それに、何よりも。

 

『例の“野良犬”と、もう一度戦う好機です。――そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?』

 

 耳元で囁くような声で、ケイトはそう締めくくった。

 

 

 

「出てこい野良犬! いるのは分かってんだぞ!」

 

 グリッドの床を二脚で踏みしだきながら、イグアスは開放無線で叫んだ。搭乗者の心情を察してか、簡易神経接続されたヘッドブリンガーが周囲を見回す。猫背でガニ股気味に頭部をぐるぐると動かす様は、路地裏のチンピラそのものであった。

 何機か生き残りのMTがいたが、イグアスにとってドーザーなど心底どうでも良かった。報酬にもさして興味は無い。あの怪しい女傭兵――ケイト・マ……ケイト・マーンド? が何を企んでいようと知ったことではない。

 独立傭兵レイヴン、G13、野良犬。全てはあの野郎をぶちのめす為。多重ダムで負けたことは認める。だが、ナンバーが()も下の相手に負けっぱなしだけは許さない。これはイグアスのレッドガンとしての、いや男としての矜持(プライド)だった。

 

「……そこかァ!」

 

 周囲にスキャンを走らせていると、グリッドの壁面内部からACの反応を検出。歪んだゲート開口部からヘッドブリンガーを素早く滑り込ませ、障害物越しにFCSが敵機をロック。そして。

 

「見つけたぞ野良いぬおゥえああァァ――ッ!?」

 

 そして、そこに居たのは、狭い室内を埋め尽くさんばかりに鎮座するガチタンだった。地の利がどうとか以前の問題であった。全AC乗りがアサルトブーストで逃げ出す状況にも退かなかったのは、イグアスの意地と矜持が成せる業であっただろうか。

 だがどちらにせよ、それが仇となった。野良犬――ハウンド5の放った一発のグレネードが壁面に着弾し、今しがた通ったばかりの出入口を瓦礫の山に変える。逃げ場の無い狭所で、イグアスはガチタンと対峙する破目となった。

 

「て……ッ、てめェ野良犬ゥ! こんな場所(トコ)でそんな機体(モン)もち出しやがって! 相変わらずだなこらァ!」

 

 挫けそうな精神を怒りで奮い立たせ、両手の銃器を罵声と共に放つ。リニアライフルとマシンガンの弾幕がハウンド5に襲い掛かるが、堅牢な装甲はその全てを受け止めてしまった。

 お返しのように放たれたグレネードをイグアスは回避。だが背後の壁に着弾したグレネードの爆炎が、ヘッドブリンガーを炙り揺らす。なんとか機体を立て直し、追撃のグレネードを回避。襲い掛かる爆風と炎。更にグレネード。次もグレネード。そしてグレネード……。

 

「いい加減にしろ! どんな武装(アセン)だ馬鹿かてめェは!?」

 

 ひっきりなしに飛んでくるグレネードと炎の嵐にイグアスは防戦一方に陥っていた。ヴォルタも大概なグレネード好きだがこいつ程ではない。「グレネードはイイぞ、撃つ(かます)とスカッとする……」とか何とか恍惚とした顔で抜かしてきた時は悪友(ダチ)をやめてやろうかと本気で悩んだが、今はそれは置いておく。

 明らかに不利な戦いであった。

 ヘッドブリンガーは比較的軽量な中量級二脚型だが、この狭所である。機体を上昇させれば天井に頭をぶつけ、下手にクイックブーストなど噴かせば壁に激突しかねない。だからといって動かなければグレネードの餌食となろう。対してハウンド5は見ての通りの重装タンク型。機動力を切り捨て、装甲をガチガチに固めてあるため動く必要が無い。

 武装の相性も最悪だ。堅牢な耐弾・耐爆装甲に覆われたハウンド5に大して有効な武器を持っていないこちらに対し、相手はグレネードを一発でも直撃させれば良いときた。上も下も周囲も壁に囲まれたここでは爆発武器の性能が遺憾なく発揮される。どれだけ機体を操っても襲い掛かる爆風すべてを回避することは出来ず、じわじわと機体にダメージが蓄積されていった。

 

――クソが! ありえねェだろ!

 

 イグアスとて、これまでの間ただ腐っていた訳ではない。多重ダムで敗北を喫してからというもの、野良犬の事は可能な限り調べてきた。オールマインドに収集されていたデータ相手に仮想戦闘(シミュレーション)だって何度も行った。

 独立傭兵レイヴン。乗機は中量級二脚型ACハウンド5。企業ではなくドーザー(RaD)製の探査用フレームをそのまま使うというふざけた機体で、武装もライフルとブレードにミサイルというシンプルな構成。戦型はやや近距離志向。特にブレードとキックによる格闘戦を好む。

 再戦(リベンジ)を誓ったイグアスは、暇さえあればシミュレータに向かった。地獄のようなレッドガンの訓練の後でだ。見かねたミシガンから「ミールワームの踊り食いでもしたかG5! 格闘訓練を吐くまで続ける権利をやろうッ!」と心配された程である。

 

 それなのに、目の前にいる野良犬は「これ」だ。

 

 確かにアーマード・コアとは、パーツを組み替えることで様々な機体構成に変えられる兵器だ。だが熟練のAC乗りほど、その機能を使わなくなることもまた事実だった。内装を調整するか、せいぜいミッションに合わせて武装を一部換装するか、その程度にしか機体構成を変えなくなる。強化人間であってもそれは決して容易ではない。まして、この短期間で中量二脚からタンクに乗り換える事など、ありえない!

 イグアスの動揺を見て取ったのかそうでないのか、ハウンド5の連装グレネードが火を吹く。一射目を辛くも回避、続く二射目はパルスシールドで受けるも、それでシールドはオーバーヒートしてしまった。防御力が半減したヘッドブリンガーに対し、ハウンド5は両腕のグレネードを向ける。

 無機質なヘッドパーツ(FINDER EYE)が、その時イグアスには、(わら)って見えた。

 

「――わらってんじゃねェ!」

 

 クイックブースト。後ろにでも左右にでもない、()()

 長砲身のグレネードランチャーから砲弾が吐き出される刹那に、ヘッドブリンガーは間合いを詰めていた。ほんの一瞬でも躊躇っていれば二発のグレネードが機体を爆散させていただろう。だがイグアスは躊躇わなかった。野良犬に対する怒りと、生来の反骨精神がそうはさせなかった。

 そのまま機体速度と怒りを存分に乗せたブーストキックがコア正面に叩きつけられる。ハウンド5に、はじめて明確な損傷が刻まれた。

 

「また汚ねェ手を使いやがって! 前と同じになると思うなよ野良犬ッ!」

 

 気勢を取り戻したイグアスが吼え、ハウンド5の眼がゆらりと殺意に揺れた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 弾代が! 弾薬費がが!

 621は焦っていた。突然に襲い掛かってきたACにもそうだが、既に十発以上を無駄撃ちしているグレネードに、特にその弾薬費に対してだ。

 

『落ち着いてくださいレイヴン! 私がついているから大丈夫ですよ!』

 

 この人が()いているからこんな事になっている気もするが、今はそれよりも目の前の戦闘だ。狭い中を動き回る敵ACに向かってグレネードを連射するも、なかなか仕留められない。さすがの621もAC相手に弾代をケチるつもりはなく、本気で撃っているのにだ。

 敵AC――ヘッドブリンガーはこの狭所で器用に立ち回り、グレネードの直撃を許さない。機動力による回避とシールドによる防御を使い分け、その最中に反撃まで差し込んでくる。爆風に煽られ、壁に機体を擦りつけて傷だらけになってはいても、それでも止まらない。非常にしぶとい。

 乗り手の性格に反して堅実な機体だとは思っていたがなるほど、こうした泥臭い殴り合いに負けない為の構成なのかもしれない。

 

『敵機について調べました。ベイラム・インダストリー所属。同社の専属AC部隊レッドガンの――』

 

 知っている。621は、このACを知っているのだ。

 ガリア多重ダム襲撃。ハンドラー・ウォルターの知り合いだというベイラムの軍人――G1ミシガン直々のブリーフィングに始まり、G13という非常にありがたいコールサインまで頂いてしまったあのミッション。

 戦場の爆音すらかき消すような大音声で交わされる罵声の応酬。レッドガンの流儀。覚醒から幾分か経ったとはいえ、まだまだ感情機能が鈍っていた621に与えられる「刺激」としては充分に過ぎた。

 その時の僚機の一人、G5のイグ……イグアナ『イグアスです』そうイグアスだ。最初は随分と口の悪い人だなと思っていたが、何故かベイラムが「壁越え」を画策しているという事を教えてくれた。それを聞いたウォルターが「……興味深い情報だ」と喜んでいた事をよく覚えている。彼が嬉しいなら621も嬉しいと思う訳だから、イグアスは随分と親切な人だと思う。

 

「また汚ねェ手を使いやがって! 前と同じになると思うなよ野良犬ッ!」

 

 だがその親切なイグアスは。今こうして敵意を剥き出しにしていた。まるで人が変わったかのようである。

 

『野良犬野良犬と、私のレイヴンに対して失礼な人ですね……。何か心当たりでも?』

 

 無い訳ではない。あのミッションを始めてすぐに、敵側である筈のルビコン解放戦線から暗号通信が届いたのだ。

 

――こちらに寝返り、レッドガン二名を排除してほしい

――報酬はベイラムの二倍

――色好い返事を期待している

 

『……まさか、それを受けたのですか?』

 

 受けた。621は独立傭兵である。独立傭兵とは常にお金が無いのであるからして、報酬を二倍も出すなどと言われれば応と言わざるを得なかったのだ。独立傭兵まっしぐらである。

『えぇ……』と何故かドン引きしているエアを後目に、ヘッドブリンガーの攻撃をいなしながら621も内心穏やかでなくなってきていた。

 だいたい、汚い汚いと何をそんなにいきり立っているのか。確かにあの時、621は彼らを裏切った。具体的にはダムの際までイグアスをおびき寄せ、【この下にAC用パーツが見える】とメッセージを送った。

「マジかよ野良犬、意外と役に立つじゃねェか!」とノコノコついて来たヘッドブリンガーの背中を蹴り飛ばし、メインブースターがいかれてダム下まで落下したところを解放戦線の皆さんと袋叩きにした後で、機能停止した彼の機体をシールド代わりにしながらG4ヴォルタと交戦したりもしたが、その程度で卑怯と言われる筋合いは無いのである!

 

「卑怯だろうが! ノーカウントじゃねェよ、このハゲ!」

『卑怯ですが、そんなところも素敵だと思いますよレイヴン!』

 

 二人そろって人の思考を読むのはやめてくれないだろうか。ブンブンと跳び回る敵機がいい加減に鬱陶しくなってきた621はグレネードを連射するが、やはり当たらない。慣れない武装のリロード時間がやけに長く感じる。

 

《右手武器 残弾30%》

 

 そもそも本当に汚いのはベイラムの方ではないか。いつもウォルターに買ってもらっている強化人間用レーションはベイラム製だが、他企業の物に比べて割高なのだ。アーキバスのお徳用セットで良いといつもウォルターに言っているのに、彼は「こちらの方が質が良い」とベイラム製を買い続けていた。

 だというのに、だ。

 ……値上げするのは良いだろう。抗争が激化しているルビコンではあらゆる物が高騰しており、営業努力だけでは限界もある。パッケ―ジの変更も……まあ良いだろう。

 だがお前達は! 値段はそのままで、こっそり中身を減らした! あまつさえ、それをパッケージの変更でごまかした! 悪徳企業め、不買以外の選択肢は無い!

 しかもエンブレムが気持ち悪(キモ)いのだよお前!

 

「関係ねェ!? クワガタかっこいいだろうがボケ!」

 

 どうしてポテト味を廃止した! 誰がやった! お前か!

 

「俺が知るか! なんだよポテトって! チーズ味だけありゃ良いんだよ!」

 

 罵詈雑言のごとく銃弾と砲弾が飛び交い、ヘッドブリンガーの蹴りが炸裂したかと思えば、ハウンド5のぶちかましが火を吹く。発声機能の無い621の内心がなぜイグアスにも届いているのかとか、何故ベイラムの依頼でレッドガンが襲撃してくるのかなど、もはや両者にとっては瑣末事だった。

 ここまで来ればもう一切の容赦は無用。この不届き企業の狂犬野郎を叩きのめして、その新型フレームを戦利品として持ち帰る。ライバル企業であるアーキバスに売りつければ、無駄撃ちしたグレネード代の補填になり、ベイラムにも嫌がらせできる。そして今日の夕食は少しだけ贅沢をするのだ。

 食べ物の恨みは恐ろしい。過去から未来まで変わらないその事実を教えてやる!

 

《ターゲット情報更新》

 

 ミッションアップデート。

 作戦名(Mission Code)突撃お前が晩ご飯(The Bloody Honey Cannot Stop)

 

『あぁ……()()のですね、レイヴン。私がサポートします』

 

――ハウンド5、交戦開始(エンゲージ)

 

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