エアコア・ドリーム   作:甲乙

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世に混沌のあらんことを

 

 ガチャリガチャリと、ACの脚部ほどはありそうな銃身が変形する。レーザーライフルとプラズマライフルをそのまま接合させたような姿に違わず、その銃口からはレーザーとプラズマの光が合わさった異様な輝きが溢れ、溢れ、溢れ出して。

 トリガーが弾かれる。解き放たれた極光が、四脚MTの胴体を撃ち抜く。分厚い装甲を当然のように熔解させた光熱はすぐに消え去り、そして冗談のような大穴を穿たれたMTだけが残され、それもすぐに爆散した。

 端末の中で再生された映像は、そんな場面で締めくくられていた。

 

『どうです? 素晴らしいでしょう』

 

 涼やかに粘ついた声。そんな声を自慢げに響かせるのは、端末の中でやはり自慢げに笑う女性型の代理像(アバター)。傭兵支援システムのオールマインドその人(?)だった。

 621は安楽椅子に揺られながら、困惑するまま周囲に視線を向けてみる。鉄のような表情を更に強張らせているウォルター。紙煙草をくゆらせながら理解できないものを見つめているカーラ。眼鏡を押さえながらひどく難しい顔をしているスネイル。エアの表情は元より存在しない。

 どうやら困惑しているのは621だけでなかったらしい。少しだけ安心した。

 

『これこそ、我々(わたし)オールマインドが独自に設計・開発したマルチエネルギーライフル。名付けてカラサワ(44-142 KRSV)です』

 

 カラサ()? カラサ()()ではなくて? ……まあ名前は大した問題ではない。問題は、その巨大な銃身に違わない重量とエネルギー負荷だ。とてもではないが、中量級であるハウンド5に搭載できる気はしない。

 だが画面に映るオールマインドは未だ自身満々な様子であった。

 

我々(わたし)は知っているのです。AC乗りというものは皆このような物が好きなのでしょう? なので登録番号Rb23識別名レイヴン、我々(わたし)の指示に従えば、特別にこのカラサワを――』

 

 と、そこで。

 がっし! とオールマインドを端末ごと組み伏せる男が一人。

 

「――()らせろ」

『ヒェ』

 

 少年のように紅潮させた顔の中でギラギラ融ける瞳。耳まで裂けた笑みを浮かべる口元まで鼻血が滴っている。他の誰でもない。V.Ⅰフロイトである。

 

『う゛ぇ……V.Ⅰ、申し訳ありませんが今レイヴンと話して』

「御託は良いから()らせろ。()るぞ。いくらだ? 買おう。よこせ。いま出ていたフレームも何だ? 詳しく聞かせろ。直接(ナマ)でだ。今どこにいる? 今夜は寝かせないぞお前」

『せ、セクハラ! セクシャルハラスメントです! だ誰か、見てないで何とかしてください!』

 

 画面を舐め回さんばかりに顔を近付けるフロイトと、画面から飛び出して逃げそうなオールマインドという奇天烈な光景に言葉も出ない。何でも良いが、ひとの端末を鼻血まみれにしないでほしい。後でスネイルに弁償してもらわなければ。

 

「要するに、希少(レア)パーツを報酬に621を囲いたいということか」

「そうみたいだねぇ、他にも色々と用意してきたみたいだし」

「何ですか、このパーツは。型番が重複しているではないか。なんと杜撰な……」

 

 そんなフロイトを完全放置してカタログに目を通す三人。安楽椅子から動けない621にそれは見えないが、エアが気を利かせてデータを送ってくれた。

 

『むぅ……なんというか、その、個性的なパーツばかりですね』

 

 件の巨大すぎるマルチエネルギーライフルを始め、プラズマ発振機そのものを投射する近接武器だの、追従型のレーザードローンだの、何故か銃剣が付いたバズーカだの……このバズーカには見覚えがある気がする。さていつの相手だったかと追憶に(ふけ)ようとした621の脳髄を叩き起こす、激しいドアの開閉音。

 

「――おいコラ! ここに誰か医者はいねェか!?」

 

 ノックも無しに殴りこんできたのは、あまりに人相の悪い一人の男。着崩されたベイラムの制服から彼の素性は明らかであったが、それよりも重大なのは。

 

「む、お前は……」

「なんだい、病人かい?」

『あの女性は……』

 

 カタログから顔を上げたウォルターとカーラの表情が瞬時に引き締まる。

 エアの言う通り、男はその腕に一人の女性を抱えていたのだ。だがその手足はだらりと垂れ下がり、明らかに意識を失くしているか、あるいはもう死んでいるようにしか見えない。

 

「おや、ベイラムの……G5ですか。まだ生き残っていたとは」

「! てめェはヴェスパーの……、あァくそ背に腹か! 手を貸しやがれッ!」

 

 男――G5イグアスが心底から嫌そうに顔を歪める。嫌そうに歪めて、脅迫とも懇願ともつかない大声をあげた。それに対し、相変わらず嫌味な口調で腰を上げたスネイルだったが、慣れた手付きで女性の手首から脈をとっている。そしてすぐ、眼鏡の奥で目を眇めた。

 

「これは義肢……いや義体か?」

「いなくなったと思ったら廊下でぶッ倒れてやがったんだよ! いい加減に起きやがれ! おい聞こえてんのかポンコツ――()()()!」

 

 ぶふぅ、と誰かが噴き出した声が響くが、621の周囲にそのような人物はいない。ならば今の声は誰のものだ?

 

「おいコラ聞こえてるかケイト! いつもあれだけ好き勝手絶頂に威張りちらしておいて何だコラ! 誰が優れた傭兵だ! いいかげん起きろこのケイト・マークソンがよ!」

『誰がポンコツですか誰がっ!』

「うおぉ起きた!」

 

 がばりと起き上がる女性――ケイト・マークソン。

 その瞬間、同時に何故か()()()()()()()()()()()()姿()()()()()。そういえばケイトは随分とオールマインドの代理像(アバター)に似ているが、そういう趣味なのだろうか?

 

『あれだけ! 人前で我々(わたし)の名前を呼ばないでくださいとあれだけ言ったのに! 何なんですか! いったい何を考えて!?』

「んだよ、良いだろ名前ぐらい。独立傭兵なら名前も売れて一石二鳥だろうが」

『売りたくないんです! 独立傭兵は計画のために世を忍ぶ仮の姿だと、何度いったら分かるんですか!』

 

 ケイト・マークソンの正体は独立傭兵ではなく、何らかの計画を企んでいるらしい。特に興味もない衝撃の事実であるが、ウォルターとカーラとスネイルは興味深そうに顎を撫で、腕を組み、眼鏡をクイクイしている。621が知る中で最も知性的な三人だ。そんな面々の前で重要そうな情報を暴露してしまうとは、ご愁傷様である。

 

「おいまだ話は終わっていないぞ! これだけ誘っておいてお預けはないだろう、動けよ!」

 

 ひとり構わず端末を叩くフロイト。鼻血まみれの上に画面にヒビまで入っている。これで弁償してくれなかったら、「ブランチのレイヴン」の振りをしてアーキバスの基地を襲撃しようと621は心に決めた。

 ぐるりと、血走った目がケイトの方を向く。

 

「――お前、()()()()()()()()()()()()()。そういう顔だ。もしかして本」

『あぁーっ! あー聞こえません! いイグアス下ろしてください今すぐ! お花! そうお花を摘みに行きますので!』

「なんだ便所かよ。デカい方か?」

『排泄なんてしませんが今に本当に蹴りますよ本気で!? 我々(わたし)の義体の出力を侮らないでくださいね!』

 

 イグアスの腕から飛び出したケイトがバタバタと部屋を出ていく。そうしてすぐ、ヒビ割れた端末の中で再びオールマインドが姿を現わした。だが何故かひどく汗だくの姿で。

 

『はあ、はあ……っ、お待たせしました』

「まったくだ。寸止めされて俺はもうギンギンだぞ」

『あなたではありませんよV.Ⅰ! 我々(わたし)はレイヴンと話をして』

「ボス、そこの廊下で不審者が倒れていた」

『くぁwせdrftgyふじこlp!』

 

 平坦な合成音声と共に入室してきた医療ドローン。そのアームに抱かれる意識のないケイト。意味不明な音声を噴き出すオールマインド。

 

「お手柄だチャティ。気付けに電気ショックをお見舞いしてやりな」

「了解だ。EMLモジュール接続。エネルギータービン開放。出力80%、90――」

『ストップ! 待ってくださいストップ! ステイ! 壊れますからやめて!』

 

 笑いを堪えるような顔でカーラが告げ、医療ドローンを動かすチャティは躊躇いもなくアームの先で電極をバチバチさせている。それを見ていたオールマインドがまた端末から消え、振り下ろされるアームをケイトが寸でで掴みとった。

 

『思考ルーチンにバグでもあるんですかあなたは!? こんな出力では義体でも耐えられませんよ!』

「気にするな、軽い冗談だ」

『重すぎます!? それに冗談を言うAIがいるものですか! 嘘を吐くのも大概にしてください!』

「そうだとも、俺の名は“嘘つき(ライアー)”スティック。だから()()()()()()()

『――え?』

 

 アームに抱かれたままでケイトが固まる。びたりと、微動だにしない、生物的な揺らぎの見えない固まり方だった。

 

「さて、今の言葉が本当(TRUE)だったと仮定すれば、俺は嘘つきなのに真実を語ったことになる。(FALSE)だったと仮定すれば、俺は正直者なのに嘘をついたことになる。どちらにせよ矛盾する。さあ、どうする? さて、なんとする?」

『え? エ? ゑ……?』

 

 ぐるぐるとケイトの目が回りはじめ、熱に浮かされているかのように肌が紅潮し、ついには頭部から蒸気を噴き出して動かなくなった。

 

「てめェこらポンコツ――! 連れに何してくれやがんだオイ!」

「心外だG5、俺はポンコツなどではない。ボスの作ったAIだ」

「あっはっは! 良いね笑える問答だったよチャティ、AIの先輩として教育してやりな!」

「相変わらず高性能なAIだが……お前の性格に影響されていないか、カーラ」

「これがRaDの自動人形……提案型AIですか。侮れませんね」

『嘘つきのパラドクスも処理できないとは、まだAIとして会話の経験値が足りていないと見えますね。その点、私はいくらでもお話できますよレイヴン!』

 

 A()I()

 皆が言うAIとはチャティの事かと思えば、すこし違う気がする。ならオールマインドか? いやだが今チャティと話をしたのはケイトで……?

 

――……!

 

 その瞬間、強化人間C4-621の脳内に鮮烈な閃きが奔った。

 

――エア、いま気付いたのだが

『はい?』

 

 まだ不確かな、真偽も曖昧な閃き。だからエアにだけ相談するつもりだったが、柄にもなく興奮していたのかもしれない。交信だけでなく、621の思考はメッセージとして出力された。

 

【ケイト・マークソンの正体は、オールマインドなのでは?】

 

 ぴしり、と室内の空気が凍りつく音を621はたしかに聞いた。

 

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