エアコア・ドリーム   作:甲乙

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秘匿は破られた

 

【ケイト・マークソンの正体は、オールマインドなのでは?】

 

 621の何気ない言葉でひび割れた空気。ウォルターが、カーラが、スネイルが621を見ている。見たままで固まっている。姿のないエアとチャティも、その意識をこちらに向けていることが分かる。フロイトとイグアスだけは、それぞれオールマインドとケイトを呼んでいた。

 

「……、……!」

「……! っ……」

 

 ウォルターとカーラが無言のまま、せわしなく視線とハンドサインを行き来させている。それらを完全に無視して口を開く眼鏡の男――スネイル。

 

「何を今さら……。まさか気付いていなかったのですか駄け」

 

 閃く鈍色の一撃、いや二撃。ウォルターとカーラの手で振るわれた仕込み杖と仕掛けスパナが、スネイルの眼鏡を左右それぞれ粉砕した。

「目が! 目がぁっ!」と悶絶する次席隊長に見向きもせず、ウォルター達は621に向けて口を開く。目は逸らしたままで。

 

「いやぁそいつは大発見だねビジター私はまったく気が付かなかったよなあウォルター!?」

「う、うむ……そうだな621よくやった……」

 

 ぐいぐいとカーラに肩を組まれたまま、沈痛そうに絞り出すウォルターの声はひどく重苦しい。それこそ、あの()()を前にした時と同じぐらいに。

 もしかして、621は何かとんでもない思い違いでもしているのだろうか。

 

『い、いえレイヴン思い違いだなんてとんでもない! あなたの言う通りケイトの正体はオールマインドだと思いますよ私も!?』

『誰がケイトですか誰が!』

『……え?』

 

 絶叫と共に起き上がるケイト……いやオールマインド? それとも義体を使っているらしい今はやはりケイトか?

 だがそれよりも何よりも、いま()()()()()()()()()()()()()()()

 

『お面白い冗談を言いますねレイヴン! 我々(わたし)は傭兵支援システムであってケイト・マークソンなどでは――』

「落ち着け。逆になっているぞ頑張れ」

『そうでした! オールマインドではありませんよ!』

 

 チャティの助言で発言を訂正するオール……いやケイト? もはや何が何だか。

 そろそろこの混沌極まる事態もどうにかならないものか。だが621の願いも虚しく、事態は鎮静化どころか更なる混沌が舞い込んできた。

 

「――()()()! セリアなのかぁ!」

『ぬふぅ!?』

 

 文字通りに扉を蹴破って現れたのは、鋭利な刀剣を構えた老人――サム・ドルマヤン。先ほどまでの曖昧な様子は微塵もなく、爛々と輝く眼光はどこまでも鬼気だけが迫っている。

 なお「セリア」と、どこかで見た覚えのある名で呼ばれたオールマインドは、見るに堪えない顔をしていた……。

 

「あぁっ、いけません帥父! そんな御無体な!」

「もう帥父ったら! ミールワームはさっき食べたでしょう!」

「セリア! また君の声が聞こえるぞ! 私を許してくれ……許してくれぇ……!」

「鎮まりたまえ! 鎮まりたまえ!」

『頼みますから出て行ってくれませんか! これ以上はもう収拾がつきませんよ!?』

 

 それはおそらくきっと、621も含めてこの場の全員の総意でもあるだろう。だがこのルビコンに、いやこの宇宙には、エアの言う「かみさま」は不在らしい。

 

「……オ、オールマインドは、やめておけ……!」

「そこの犬ぅ、何度でも教えてやるが、オールマインドの中身はケイト・マークソンとその他諸々だぞ」

『ギャアアアアアッ!?』

『――――ぇ』

 

 それぞれ天井裏と床下から入室してきた二人の男。どちらもが強化人間――それも旧世代型の非人間的な雰囲気を纏っており、どちらも621には見覚えがない。いや声だけならば聞き覚えがあったが、別の者はそうでもなかった。

 

「オキーフ? あなたも来ていたのですか」

「……最初から来ていたが、今はそれどころではない。それとスネイル、交換しておけ」

 

 ひどく気配が希薄な男――V.Ⅲオキーフの目が621を向く。その横でスネイルは、渡されたガラス板を素早く眼鏡に装填(リロード)していた。何の技術だ。

 ゆらりと近付いてきたオキーフが、感情の読めない目で621を見下ろす。

 

「……おまえ、オールマインドに協力するのはやめておけ――

「オキーフ――!?」

 

 最後まで言うことなく、ぐにゃぐにゃ倒れ伏すV.Ⅲ。元から薄い存在感が更に消えかけ、なんだか体が透けてすら見える。MDD迷彩の類だろうか。

 

「いかん燃料切れか! 誰かすぐにフィーカを淹れてきなさい! この男はアレが無いと存在を保てないのだ!」

「笑えない中毒者(ドーザー)だね! チャティ用意してやりな!」

「了解だ、ボス」

「セリア! どこに行ったんだ、姿を見せておくれ……!」

「あー! アーシル、ベイラムの奴がいるよ!」

「できれば会いたくなかったが、仕方ない……。来いよレッドガン、武器なんて捨ててかかってこい!」

「てめェあの時の! 野郎ぶッ殺してやる(ヤロウオブクラッシャ)――!」

「助太刀いたす! イイィ――ヤアァ――――ッ!」

「ここはAC乗りも多い、このまま誰とでも()りたい気分だ!」

「貴様、スッラか!? 今まで何をしていた!」

「答えてやっても良いが、それはいま聞くことか? ンハンドラァ・ウォルタアァ」

 

 がやがやがやがや。決して狭くもなかった筈の室内はどこを見ても人人人。かつて経験したことのない人口密度で621は脳が痺れてきた。

 

『――そんな、なんで……どうして……』

 

 エアからも呆然とした様子の交信が流れて来た。彼女もここまで多くの人間の傍にいることは初めてなのかもしれない。

 そんなエアの隙を狙ったのかただの偶然か、ケイトの義体を素早く駆動させてオールマインドが621の眼前まで迫ってきた。

 

『こうなれば一点突破ですRb23識別名レイヴン! さあ我々(わたし)に協力しなさい! 協力、するんです!』

 

 ガクガクと頭部を揺らされる状況はなかなかに危険だったが、珍しく621は恐怖も覚えなかった。オールマインドを信頼しているとか、そういう意味ではなく。

 

『カラサワだけでは足りませんか! だったらこの特製エンブレムもセットで……』

【しかし断る】

『……はあ!? な何故ですか! あり得ないでしょう! 理由を四百字以内で述べなさい!』

【ポンコツ】

『四文字!?』

 

 何故ならポンコツなのだ。ウォルターにエア、そしてカーラにチャテイと今の境遇に621は何ら不満を抱いていない。それを自ら投げ捨てていくだなんてとんでもない!

 だいたい、カラサワだかカラサヴァだか知らないが、性能も負荷も極端に過ぎる。強武器(ハイエンド)を自称するならもっとこう、単純な強さにしてほしい。ピーピーと連射するだけで敵機がボボボとなるような。

 この際ついでに言えば、事あるごとに色違いのエンブレムを寄越してくるのはやめてくれないだろうか? あんなもの送ってくるぐらいならパーツの一つでもくれれば良いのでは? あれだけ要望を送ったのにどういう事だ? 傭兵支援システムとしても人としてもサービスが悪いのでは? やはりポンコツなのでは? むしろポンコツ以外の何だというのか?

 621のそんなメッセージを見たオールマインドから、「ぷちん」と音がした。

 

『――く、ふふ、ふ』

 

 それは、いっそ非人間的な声で。だが何よりも人らしい声だっただろうか。それほどにその声は無機質で、そして怒りを孕んでいたから。

 喧噪がぴたりと止んだ静寂の中、ゆっくりと顔を上げたオールマインドが口元だけで笑みを浮かべる。艶やかな唇がニチャリと湿った音を立てた。

 

『どうやら、あなたには、我々(わたし)の畏ろしさを知ってもらう必要があるようです』

 

 ぎしりと、オールマインドの膝が安楽椅子に乗る。そのまま動かない621の体に覆いかぶさり、華奢な外見からは想像できない重量に椅子が軋んだ。

 

『登録番号Rb23、識別名レイヴン、強化人間C4-621。

 あなたのような木端には知る由もありませんが、我々(わたし)オールマインドは今、ある極秘計画を遂行中です』

 

 ……。

 ……?

 ……うん?

 眼前に迫るオールマインドの顔は621の感性でも美しいと呼べるものであったが、それからも目を逸らして周囲を見回す。

 ウォルターが、カーラが、ヴェスパー達が、解放戦線の面々と目が合う。皆が一様に、困惑しきった顔をしていた。きっとこのヘルメットの中では、621も同じ顔をしていたのだろう。

 ぐいとオールマインドに顔を戻される。621の反応を何かと勘違いしたのか、オールマインドの笑みが嗜虐の色を強める。何から何まで、人間じみた表情(かお)であった。

 

『今さら後悔しても引き返せませんよ。あなたは計画の要、()()()()()()()()のトリガーとして取り込ませていただきます』

 

 オールマインドが語る。

「リリース計画」

 コーラルの特性を利用した、人類進化。ルビコン中のコーラルを集め、それを宇宙に解き放つことで全人類の意識をコーラル内に統一する。()()()()()()()()()()()

 その為に独立傭兵集団――ブランチを利用して企業をこのルビコンへと呼び込み、コーラルを星外へと持ち出すよう仕向けた。更には激化する争いの中で計画の要――Cパルス変異波形と旧世代強化人間の捜索と選定を行った。紆余曲折を経ながらも計画は進み、遂には最終段階を目前としている。

 

 恐ろしい話だ。

 

 戦うことしか知らない621の頭では半分も理解できず、だがそれでも、コーラルリリースとやらが極めて危険な現象であることは理解できてしまう。

 人類のコーラル化? それは全人類が皆、エアのような存在になるという事だろうか? それとももっと別の何かに? どちらにせよ、何にせよ、そんなもの――これまで幾度か目にする機会のあった過去の文献や口述筆記、その中で語られていた「破綻」そのものではないか。

 

 恐ろしい話だ。

 

 いったいオールマインドとは何者……いや「何」なのだ?

 AIなのか? エアと同じコーラル波形なのか? それとも人間なのか? それともまた別の、あるいはまさか、そう――そのすべて(ALL)意識(MIND)の集合体だとでも言うのか?

 恐ろしい。621は初めて、この眼前のナニカに恐怖を抱いた。ただ便利なだけのシステムだと思っていたオールマインドが、一見ただの女性にしか見えないケイト・マークソンが、そんな得体の知れない存在だったなど。(あまつさ)え、それがずっと身近に存在し、そして今まさに吐息がかかるような距離で眼前に存在しているなどと――!

 

 恐ろしい話だ。

 

 何が最も恐ろしいといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――……

『……』

「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」

 

 621が、エアが、ウォルターがカーラがチャティがその他諸々いったい全部で何人いたのか忘れてしまったが、とにかく大勢いる室内が静まり返る。皆が沈黙し、聞いてしまった衝撃の事実を吟味し、そして何よりも困惑していた。

「何故そのような事をこの場で暴露するのか?」「どこまでが真実で、どこからが偽りなのか?」「何が狙いなのか?」「あるいは、こうして疑うよう仕向けているのか?」「こんなポンコツの振りをして、いったい何を狙っているのか?」

 言葉の裏とその裏を探り、誘導されかける思考を律し、周囲の顔色を盗み見、決して考えることを止めない。疑い、疑って、仮設をたて、それをまた疑う。621より遥かに敏い彼ら彼女らの思考と頭脳が熱を放ち、肌寒い筈の室内が暑くすら感じ始めた頃。

 

【質問しても良いですか】

 

 沈黙に耐えきれなくなった621がメッセージを表示させる。何故か敬語になってしまったが、それに気を良くしたのかオールマインドは上機嫌そうだ。

 

我々(わたし)の畏ろしさを理解できましたか? 特別に答えてあげましょう』

 

 とりあえずウォルターに顔を向ける。思考が行き詰ったのか疲労の色が濃い彼の表情は重苦しく、それでも深く頷いてみせた。

 主の許しを得て、621は遂に問いを投げる。

 

【それは、言ってはいけない事なのでは?】

 

「よくぞ聞いてくれた」「本当にそれだ」「こいつ本当に聞いたぞ」と、皆のそんな声が聞こえた気がする。今さらだが、何故ここにきて621が話の中心になってしまっているのだろうか……。

 621と皆の懊悩など知らぬとばかり、オールマインドは鼻息も荒くふんぞり返った。

 

『えぇ、そうですとも。だからレイヴン、()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 どどど、と。安楽椅子に寝そべる621と体の無いエア以外の全員が、力尽きたように床に倒れた。

 あぁ、駄目だこのポンコツ。何も考えていない……。

 

 

 

 その日の内に、全勢力が結託してオールマインドの機能に大幅な制限を設けたことは言うまでもない。

 

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