「まず俺から前提を説明しよう。
これはベイラムとアーキバス、両社が合意した一時停戦協定に基づいて開催される、時間無制限・禁止武器なし・ACだらけの
フルスイングでぶん投げられた椅子が壇上の男――V.Ⅰフロイトの顔面に直撃した。
巨大C兵器「アイスワーム」の撃破作戦。
ベイラムとアーキバス、更にはRaDの全面協力によって準備が進められてきたこの一大作戦は、決行の日を目前としていた。作戦の要となる二つの兵器は既に完成しており、後は誰が前線に出て何を成すか。その最終打ち合わせを、またこの旧バートラム旧宇宙港もといRaD中央氷原支部で行うことになったのだが……。
「痛いぞスネイル。俺が真人間だってことを忘れていないか? ACの話をしていなかったら死んでいた」
「黙らっしゃい! こんな大事なミッションの時ぐらい真面目にできないのか!」
今日も今日とて繰り広げられる混沌。それを前にした621は安楽椅子に揺られるしかなく、ただ嵐が過ぎ去るのを待つのみだ。ウォルターに同席しろと言われて参加したブリーフィングではあったが、もう帰っても良いだろうか。
「大マジメだぞ俺は? 数で押して勝てる相手でもないんだ、
「生憎ですがフロイト、今日はあなたに付き合っている暇は無いのです。そもそも、
フロイト、
そんな幻聴が聞こえたと同時に、アーキバス社マスコットの着ぐるみ達にフロイトが連行されていく。「不公平だー! やってらんねー!」という叫び声が遠ざかり、会議室に一時の静寂が戻った。
「……話を戻しましょう。この作戦は――」
既に疲れた顔で眼鏡を押し上げたスネイルが作戦の概要を説明する。二社合同で行われる、惑星封鎖機構に対する大規模な同時攻撃。そしてこの場にいる者たちが
「それで、あの化け物の守りをぶち抜く手段は用意できたのか」
口を開いたのはベイラム軍人にして今回の作戦の総指揮官。G1ミシガンが、いつになく静かな口調で問いを投げる。アイスワームが有する二重コーラルシールド。あれを何とかしないことには傷ひとつ付けられないのだ。
だが当然、それに対処できないアーキバスとこの男ではなかったか。
「一枚目を突破する手段はアーキバスが提供しましょう。我が社の先進開発局が、対アイスワームに特化した武装を開発済みです」
眼鏡の奥で双眸をニヤリと歪め、そのまま視線を向けた先で一人の人物が席を立つ。アーキバスの社章が入った白衣を纏った、いかにも研究員らしい出で立ち。手にした端末を操作すると、壁面の大型モニターが映像を変えた。
「これが、アーキバス先進開発局で製造した新兵器スタングレネードランチャー、こいつを顔部に当てれば、求める結果を得られるメリよ」
「――待て、
ひどく聞き覚えのある語尾とそしてモニターに映し出されるグレネードに、621の脳内で「依頼拒否」の文字がチラつき始めた。グレネードはもう懲り懲りなのである。
とはいえこの大仕事、作戦の規模と危険性に相応しいだけの報酬も約束されている。「アレ」を買う為にも621は鋼の精神力を以て謎の研究員を直視した。
「誰とはひどい話メリねスネイル第2隊長閣下?
「嘘をつくな嘘を! メリニットの者だろう貴様!」
「な、なぜ分かったメリか――!?」
ドゴーン! と背後で爆発を幻視させるアーキバス先進開発局員もといメリニット社員。いったい何故どうやっていつの間に潜入したのかなど知りたくもないが、どうせ碌でもない理由だろう。621は詳しいのである。
ババッ! と白衣を脱ぎ捨てたメリニットは、勝ち誇った顔で開き直った。
「バレているなら仕方ないメリね! お宅の先進開発局は完っ全に! 我がメリニット社が乗っ取らせてもらったメリよ!」
「こ、この花火狂人どもが……っ!」
真っ赤を通り越して赤黒くなってきたスネイルの顔に青筋が増えなくなってきた頃、意外にもウォルターとカーラの二人が助け船を出した。
「……もう時間もない。そのスタングレネードとやらを使うしかないだろう」
「で? その自慢の大砲はちゃんと仕事をするのかい?」
溜め息まじりな諦めの声と確認に、メリニットはキリと表情を引き締める。モニターには、三つ折りされた砲身を展開させる長大なグレネードランチャーが映し出されていた。
「このグレネードの正式な名前はまだ決まっていないメリ。ただ我がメリニットの社長が直々に設計したことから、
曰く、メリニットの
威力が足りるなら結構だが、スタン要素はどこに行ったのだろうか……。
「これで一枚目は抜けるとしてだ、二枚目はどうする」
「それなら、夜なべして作ってた
「そっちもメリニットが何とかするメリよ!」
話題が二枚目のシールドを破る方法に移ると同時、カーラを遮ってメリニットがミシガンに迫る。鼻息荒く目も血走った狂人の顔にも怯まないあたりは流石の総長だ。「そ、そうか」と冷や汗を一筋だけ流してはいたが。
「我が社の最終兵器オーバード・グレネード・ヒュージキャノンを使うメリ! こいつは炸薬だけで“アイビスの火”を再現する為に作られ――」
メリニット、
再び開いた落とし穴に消えていく花火狂人の事はひとまず忘れて、カーラが改めて玩具つまりレールキャノンの説明を始める。ACと比較しても巨大としか言いようのないこの規格外兵器を、ここ旧宇宙港の電力を総動員して発射すればコーラルシールドも確実に貫通できる。直撃させることが出来れば、だが。
「威力は足りる計算だが……問題は命中精度だねぇ」
「そういうことなら、射手は任せてくれ」
沈黙を守っていた男が手を挙げる。皆に向けられる視線を悠然と見返す、鋭い相貌の美丈夫。ヴェスパー部隊の
「大した自信だが色男、こいつはACの武装とは訳が違うよ」
「問題ない。狙い撃つのは得意なのさ」
カーラの指摘にも動じず、ラスティは指で銃を象りながら「
ウォルターが無言で落とし穴を作動させようとする前に、ミシガンがいつも通りの銅鑼声を響かせる。
「いい度胸だ気に入った! ついでにうちの役立たず共を誤射する権利もやろう! G4、G5! ケツを撃ち抜かれないように気を引き締めていけッ!」
「いやどういう流れだよ!?」
「やってられるか! 俺は遠巻きに見物させてもらげ!?」
言い切る前にレッドガンの二人組――G4ヴォルタとG5イグアスが壁際まで吹き飛ぶ。ミシガンの鉄拳は、強化人間である621をして反応できない程の速さであった。
「遠慮をするな! こんな規模のミッションはそうそう無いぞ楽しんでこい! G4G5復唱ッ!」
「G4、
「G5、
見た目は派手に吹き飛んでもすぐに起き上がるあたり、ミシガンの力加減が絶妙なのか、それとも単にあの二人が頑丈なのか。前線に出るメンバーが決まったことで、スネイルとカーラが構わず話を進めていく。
「私もACで出ましょう。この面子では何をしでかすか分かりませんから」
「火力がもう少し欲しいところだね。頼めるかい、チャティ」
「了解だ、ボス」
『良いでしょう。
ケイト、
不安要素しかない
「あとは、誰がこのスタングレネードランチャーを使うかだが……」
ラスティの言葉に皆が沈黙し、モニターの「社長砲」に視線が集まる。
うおおぉん! と聳え立つ立派な砲身はいかにも重そうで、明らかに重量級AC向けだ。必然的に視線はタンクAC乗りであるヴォルタへと集まり、だが彼はサッと顔を逸らした。それもそうだろう、あんな見るからに狂気の産物なグレネードを担ぎたい者がいるとは思えない。
「……砲手が墜ちれば終わりだ。もっと腕の立つ奴にやらせるべきだろう」
部下を庇った訳ではないだろうが、ミシガンの言に異を唱える者もいなかった。レッドガンの精鋭とはいえ、それでもこの場に集ったAC乗りの中ではランク下位。作戦の要を担うには役者不足なのだ。
とはいえ、ラスティはもう一つの要であるレールキャノンの砲手を務め、カーラも設計者としてその補佐にあたる必要がある。現場監督であるスネイルにも難しいだろう。そうなると……。
「やれと言うならやるが?」
「見上げた心意気だが、もっと適任な奴がいるぞ、チャティ・スティック。
話は聞いていたな? ――G13!」
ドローンを一歩前進させたチャティの肩(?)を叩き、ミシガンの銅鑼声が再び響く。響いたが、いま何と言ったのだろうか……。
「待てミシガン、621の機体では……」
「それは分かっているハンドラー・ウォルター。だが忘れていないか?
中量級二脚型であるハウンド5と大型キャノン兵器は相性が悪い。ならば、相性の良い機体構成に変えてしまえば良い。ミシガンはそう言っているのだろう。そして、件のグレネードが最も適した機体構成とは……。
621は嫌な予感がした。
「泣いて喜べ! お前達にはベイラムと
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
621の脳内に悍ましい記憶が蘇る。
暴走するクリーナー……グリッドに大穴をあけた大爆発……ケイトの火……。
グリッド086……轢き飛ばした大量のMT……何故か現れたヘッドブリンガー……。
勝手に改造されたハウンド5……無断で受諾されたミッション……。
621を困惑させた、脳内で喋り続ける……。
……?
思い出したくない記憶の中、妙な引っかかりを覚える間もなく621の意識は現実へと引き戻された。
「621しっかりしろ! 見ての通りだミシガン、621はタンクに
「ところでウォルター、そしてG13。お前達にはガリア多重ダムで貸しがあったな?」
621とウォルターは同時に目を逸らした。
ミシガン直々のブリーフィングから始まった、621初の協働ミッションにして初の裏切り。本来であればベイラムのバウンティボードに載せられてもおかしくない暴挙が許されてきたのも、偏にミシガンの人徳によるものだ。だが何も今こんな時にツケを突きつけてこなくても良いではないか! 地獄かこの男は! 地獄だった!
ぐうの音も出ず撃沈された621とウォルターを見下ろしつつ、情け容赦の無い英雄は高らかに締めくくる。
「決まりのようだな! さあ、愉快な遠足の始まりだ――ッ!」
どうしてこうなった? 621は目の前がまっくらになった……。
《強化人間C4-621
▼△▼△
▼△▼△
なんという事だろうか。
621が目を覚ました時にはもう、ハウンド5は変わり果てた姿でガレージに鎮座していた。あの後でミシガンは本社に「提案」することでパーツを最短で取り寄せ、それを「商談」で手に入れたカーラが手ずから
げんなりと見上げた先には最重量級のタンクAC――つまりはガチタン。元の姿から倍ぐらいには重くなっていそうな機体の両肩には、そんなガチタンすら押し潰しそうなグレネードが搭載されていた。これは最早、ACという規格に収まる兵器なのか疑問すら覚える。
やはりこの世界に「かみさま」はいないのだろうか? 621は世の理不尽を嘆いた。
『――いない、のかもしれませんね』
無人のガレージではなく、621の脳内に響く神秘的な声。もう慣れ親しんだその
そういえば彼女――エアは今日、何故か全く話しかけてこなかったのだ。
『……いえ、やっぱり。かみさまは、いると思います。……きっと』
いるのかいないのか良く分からないが、エアに元気が無いことは分かる。彼女が肉体を持たないルビコニアンで、そして621が旧世代強化人間であっても、それぐらいは分かるつもりなのだ。何せもう、それなりの付き合いなのだから。
――エア、具合でも悪いのか?
『……面白いことを言いますねレイヴン。私に体はありませんよ』
否定しないということは、やはりそういう事なのだろう。肉体的な不調は無くとも、精神的にという意味でならあり得る話だ。心配ではあるのだが、ならば無理に話しかけない方が良いか。だからといって放っておくのも気が引ける。
無い頭を絞っていると、エアの声が少しだけ近くなった、気がした。
『……、……レイヴン。あなたは、あなたですよね? いま、
急に難しいことを言われた。また何かこう、ネットワーク上の情報の引用だろうか? 遠い過去の哲学者か何かの。
どう答えたものかと考えだす前に、エアから苦笑とも溜め息ともつかない声が伝わってくる。
『……変なことを聞きました、忘れて下さい。たぶん、私も疲れているのだと……思います』
ならば交信もここまでにした方が良いだろうか。何せ、明日はアイスワーム撃破という大仕事が待っているのだ。ベイラムとアーキバス、更にはRaDまで巻き込んだ総力戦であり、エアのサポートももちろん必要なのだから。
と、その時だった。秘匿回線を通じ、脳内デバイスに直接メッセージが送られてきたのは。
>To:Raven
>From:“Cinder” Carla
>例の物は仕上がったよ
>お財布を握りしめて待っていな
人工の心肺が一度だけ高く脈打ち、エアが怪訝そうに呟く。
『これは、カーラですか? ……そういえば、最近は秘匿回線でコソコソと何かやりとりしていましたね』
バレていたようだ。むしろ、エア相手に内容だけでも隠せていることが凄いと言うべきか。やはりチャティの言う通り、カーラの技術は人類の中でも最高峰らしい。
故に、621もカーラを頼ったのだ。
――エア
『はい』
姿のないエアがこちらを向いたような感覚。ならばこの辺りかと、ゆっくりと腕を持ち上げて、彼女に触れるつもりで手を掲げた。
――明日のミッションが終わったら、渡したい物がある
『――――』
風のうなりか、通信のノイズのような。そんな音とも声ともつかない何か。その意味は動揺か困惑だろうか。できれば歓喜であってほしいのだが。
『――……、レイヴン』
長い数秒の末。聞こえてきた声は笑いを含んでおり、苦笑した表情を幻視するようだった。
『そういう台詞を、“死亡フラグ”というらしいですよ?』
――死亡フラグ
『えぇ、死亡フラグ』
簡単に言えば、口にすれば遠からず死んでしまうような、ひどく不吉な台詞なのだと。明日の予定を話しただけだというのに、どうしてそうなるのか。ひどい話である。
だからといって撤回することもできずにいると、エアはまた笑った。
『なら……私も言ってしまいましょうか』
声が近くなり、視界が大きく煌く。近いな、と。根拠も無くそう思った。
『私も、明日のミッションが終わったら……。
終わったら……伝えたいことが、あります。
伝えたいことがあるのです、レイヴン』
――それも、死亡フラグという物?
『えぇ、そうです』
何故これが不吉な行為なのか、そして何故エアはわざわざそれを重ねるのか、621は理解に苦しんだ。戦場で運を当てにするなど言語道断だが、それでも最後に勝敗を運が別けてしまうことはある。迷信だろうと不吉な行為は慎みたいところだ。
――残念だが、それは私には効かない
『頼もしいですね?』
――何故なら、G13はラッキーナンバーだとミシガンは言っていた
『レイヴン、それはおそらく言葉通りの意味では……』
『いえ』と、エアは言い直して。
『……そうだと、良いですね』
それきり交信は途絶え、だがガレージの搬入口が急に開きだす。誰がやったのかなど考えるまでもなく、彼女が何故そうしたのかはすぐに分かった。
視界に広がる、漆黒の夜空。
無数に煌く、名もしらない星々。
神秘的に流れる、紅いコーラルの潮流。
この
その間、空も夜空も何度も目にしてきてはいた筈なのに。
それでも強化人間C4-621は、この空をこそ最も美しいと感じたのだ。
あぁ、そうだ。
こんな、まるで――
『――まるで、