ついにその時が来る。
▼△▼△
ついにその時が来た。
灰色の空と、白灰色の氷原が高速で過ぎ去っていく。それぞれ形の異なる輸送ヘリ群はほぼ同時に速度を上げ、だが高度は地表すれすれまで降下。吊り下げられた様々な色と形のAC達は、今まさに出撃の時を目前としていた。
「時間だ621、準備は良いか」
いつも通りに凪いだ声に、621は神経接続の先で目を開ける。ハウンド5の単眼が遠い地平へと焦点を合わせた。
【問題ない】
「俺たちも他の奴らも、やれるだけの事はやってきた。……あとは、お前の仕事だ」
《高エネルギー反応検知》
通信と同時にCOMからの警告。モニターの各種計器が、まるで誤作動を始めたように桁違いの数値を吐き出し始める。目標が近いのだ。
「
通信から割れ響く銅鑼声。今回のミッションの総指揮官――G1ミシガンの声は頼もしいまでに喧しい。
「これよりベイラムとアーキバスの合意に基づき、混成AC部隊による作戦行動を開始する!
遺書は書いたか! お祈りも済ませたな! 自殺の予定が無い者は今すぐ入れておけッ!」
そんな大音声すらかき消す轟音が前方で立ち上る。霞んで見える先には巨大すぎる影。遠近感も常識も狂わせそうな巨体は、悪い冗談のような速さで氷原の中を蠢いていた。
C兵器IA-02「アイスワーム」
アレこそが、本ミッションの
『いきましょう、レイヴン。私も……出来る限りのサポートをします!』
声もなく交信を返し、遂にハンガーが解放された。
神経接続。アサルトブーストを起動し、瞬く間にヘリを追い抜いていく。自機を更に追い抜いていく影が複数。向かう先では、アイスワームが三つの破砕機でこちらを睥睨している。
「全機突入! 始めるぞ、命知らずども――ッ!」
▼△▼△
声が聞こえる。
『守れ』
『戦え』
『殺せ』
巨蟲が今此処に在る時から。ただ氷の中で眠っていた時から。この惑星に創り落とされたその時から。
声が聞こえる。
幾千幾万幾億の声が、
『同胞を守れ』
『故郷の為に戦え』
『同胞と故郷に仇なす者を殺せ』
「そうあれかし」とつくられた。人にそう造られた。守り戦い殺せと、そう創られたのだ。
故に守るのだ。
故に戦うのだ。
故に殺すのだ。
『守れ』
『戦え』
『殺せ』
声が聞こえる。
「そうあれかし」とつくられた。
この無慈悲な世界の摂理そのものに。
ある
▼△▼△
やる事は単純だ。
「アイスワームの撃破」……作戦目標はその一つだけ。時間制限も、護衛対象も、増援の可能性も無い。全戦力を以て、目標を殲滅する。ただそれだけ。
「こちらV.Ⅳラスティ」
やる事は単純だが、ある意味では難しい。そうでなければ、単一の兵器にここまでの大戦力を投入してはいない。
「レールキャノンの準備はできている。出番なしで終わらせてくれるなよ? 戦友」
アイスワームを無敵の怪物たらしめている、二重コーラルシールド。それを貫く為に考案されたのは、やはり単純な解法。
つまりは、「シールドを一枚ずつ、力尽くでこじ開ける」だ。
「まずは厄介な防壁を引きはがす! G13、奴の物欲しそうな顔にその立派なイチモツをぶち込んでやれッ!」
「フロイトみたいな事を言い出すのは止めてもらえませんか!?」
「寄せ集め各位、統率を欠かないように。V.Ⅱスネイル、オープンフェイス接敵!」
「眼鏡が仕切ってんじゃねェ! G5イグアス、ヘッドブリンガー出るぞ!」
「今日は熱くなってんなオイ! G4ヴォルタ、キャノンヘッド突入!」
「先に楽しんでくるぞビジター。チャティ・スティック、サーカス戦闘開始」
「ハッハー! 見ててくださいよボスぅ! 無敵のラミー、マッドスタンプ行くぜぇ!」
「報酬は全額前払いで構わないぞ! ノーザーク、ビタープロミス離脱する!」
『プログラムの修正も
「さあ踊りましょう! オーネスト・ブルートゥ、ミルクトゥース行きますよ!」
「――待ちな! ちょっと多くないかい!?」
ちょっとどころじゃない。カーラの叫びと共に七機ものACが我先にと氷原へ突入し、そして地平から極超音速で飛来した砲弾に三機が爆散した。
《マッドスタンプ、ビタープロミス、トランスクライバー ロスト》
「当たったようだな。思わぬ試し撃ちになってしまった」
「仕事が速いなV.Ⅳ! レッドガンに来んか貴様ッ!」
「おい色男! 肝心な奴を撃ち漏らしてるじゃないか!?」
「サプライズだ! 美しい!」
恐るべき威力のレールガン。そしてラスティの正確無比な狙撃。氷原の塵と消えた
それはともかく、何故かカーラが騒がしい。常に泰然とした彼女らしくないと621は少しだけ心配になってきたが、今は仕事の時間である。
――エア、頼む
『はい。スタングレネードランチャーの発射シーケンスに入ります』
全機がアサルトブーストを切り、目標のアイスワームを包囲するように散開した。そのまま各々が攻撃を加えるが、強固な装甲とコーラルシールドにより全くダメージは与えられない。元よりそれは承知のこと。派手な陽動に紛れるように、ハウンド5は重い脚で間合いを計っていた。
『ユニットロック解除、砲身接続、FCSデータリンク開始』
当然、アイスワームも大人しくはしていない。地表と地中を行き来する動きが更に激しくなり、その度に古びた廃墟が氷原に沈んでいく。アレに目立った武装こそ無いが、その巨体そのものが何よりも恐ろしい武器となるのだ。
今もまた、近付きすぎていたヘッドブリンガーが危ういタイミングで接触を回避していた。
「あっぶね!?」
「おいおいイグアスよ、腰が引けてるぜ?」
「うるせェよ、くそが! さっさとやりやがれ野良犬!」
「嗚呼、美しい友情だ……あなたもご友人です、ご友人!」
八つ当たりのようにイグアスが怒声を621に向け、機体の方はチマチマとアイスワームを牽制している。実際、彼らの陽動もそう長く続けられるものではない。チャンスを逃す余裕は無いのだ。
『砲弾装填、チャンバー異常なし、セーフティ解除……!』
焦りを滲ませたエアの声と共にFCSがアクティブに変わり、ハウンド5の脚をその場に止めた。
中量級二脚ACハウンド5改め、重量級タンクACハウンド5。ベイラムの誇る重タンク脚部がずっしりと地面を掴み、重厚な上半身から伸びる長大な砲身を目標に向ける。
改造を免れた
FCSが、ハウンド5の眼が、エアの声が、621が、その全てで捉えた。
『撃てます!』
――発射
轟音。
更なる轟音。
からの、またしても轟音。
つまりは、発射の轟音に次ぐ、着弾の轟音。そして最後は、アイスワームの巨体が弾き飛ばされた轟音だった。
薄暗い氷原を紅蓮に照らし出す炎。弾け飛んだコーラルシールドの紅い残骸。今度こそ砕け散る廃墟。ついでに吹き飛ばされるヘッドブリンガー。
『プライマリシールド消失!』
「イグアス――!?」
スタングレネードランチャーの威力は想像以上だった。名称とは裏腹に純粋なグレネードでしかないというのに、炸薬だけでコーラルシールドを突破するなどと。メリニット社の技術と情熱、そして狂気の成しえた業だろう。
その威力たるや、砲主であるハウンド5にも微量のダメージがある程だ。アイスワーム相手に装甲を固めるなど無意味だと思っていたが、こうなると
ちなみに爆発に巻き込まれたヘッドブリンガーは氷原に頭から突っ込み、その二脚だけが飛び出ていた。回収は僚機のキャノンヘッドに任せて機体を移動させる。決してわざとではないのだし、こんな過剰火力にしたメリニットと射線に入ってきたイグアスが悪いのだ。621は悪くない。
「よくやったG13! 次弾の準備をしておけ! G5いつまで寝ている! また巻き込まれるぞッ!」
「なんとも馬鹿げた威力だ……第4隊長、出番ですよ」
「やるな戦友、こちらも発射シーケンスに入る」
「チャティ聞こえるかい! そこのクズを先に殺るんだ!」
「カーラ……? いったいどうした」
「俺にも理解不能だハンドラー・ウォルター。今日のボスはおかしい」
「カーラ、貴女には私が視えているのですね。素敵だぁ……」
だがそれでも、まだ一枚のシールドを無効化しただけ。セカンダリシールドはより出力が高く、ACに搭載できる程度の火器では突破できない。故に次はカーラと、そしてラスティの仕事だ。
「EMLモジュール接続、エネルギータービン開放、出力80%――」
発射シーケンスを淡々と進める掠れた美声。本来であればカーラの仕事の筈だが、何故か彼女は乱心中だった。
「どうして誰も分からないんだい! あそこにクズがいるだろう、ほら!?」
「カーラ……あんた、まさか」
「痴呆の初期症状と酷似している。あっては、ならないことだ……」
「誰がボケ老人だよチャティ! 毎日アタマを使い倒してんだ私はぁ!」
「姿形など関係ありません、貴女が少女であれ老婆であれ、変わらず貴女は美しい!」
氷原の彼方の地平、そこから恒星が顔を出すかのように光が漏れ出る。旧宇宙港に設置された規格外兵器――オーバードレールキャノン。宇宙港の全エネルギーを集約させた結果か、一時的に発生した磁場で計器類が今度こそ誤作動を始めた。もはやノイズにしかならないそれを、エアが無言で停止させる。
「照準補正よし、出力90……」
徐々に低くなる声音からもラスティの集中が伝わってくる。研ぎすまされた刃、あるいは牙のような。
「95……」
氷原から飛び出たアイスワームが鎌首を擡げる。動きが、僅かに止まる。
狼を思わせる鋭い双眸が、目標を捉えた様を621は幻視した。
「外しはしない――!」
続いて遠雷を思わせる発射音、更に続いて、今度こそコーラルシールドが消失する音が悲鳴のように響き、そして最後に本物の悲鳴が続いた。
『セカンダリシールド消失!』
「――あふんっ♡!?」
「――ひいん♡!?」
「――はぁ~~ん♡!」
直接ダメージこそ与えられなかったものの、レールキャノンの直撃は耐え難かったらしい。スタッガーにも似た状態に陥ったアイスワームが、無防備に転がる。千載一遇の好機だ。
「今です! 全機、攻撃を集中!」
「V.Ⅳ貴様ぁ! 誰がうちの女共のハートを撃ち抜けと言った! オペレータが全員失神したぞどうしてくれるッ!」
「すまないなミシガン総長。こればかりは女に生まれたことを悔やんでもらうしかない」
「
「駄犬!」
スタングレネードランチャーはそう簡単に撃てるものではない。未だ砲身冷却が終わらない主砲の代わりに、ハウンド5の左腕武装が火を吹いた。
半壊状態の破砕機を狙ったグレネードが着弾。炸薬とは異なる紅い炎が氷原を照らし出した。
――やったか?
『まだです!』
621にだけ聞こえるエアの警告。まるでそれを「聞いて」いたかのように、アイスワームが残り二つの破砕機をハウンド5に向けた。手負いの獣は何よりも恐ろしいと、それは誰から聞いたのだったか。そんな場違いな思考と共に、無意識にクイックブーストを吹かして――
《注意
機体左側面に損傷。突撃に掠っただけで肩部の装甲が弾け飛んだ。回避に遅れたつもりはなかったが、中量二脚とタンクでは機動力の差は歴然。極端なアセンブル変更が裏目に出てしまったか。
『ダメージコントロールを……装甲をパージします!』
「敵が再起動した! 離れろ621!」
「ランチャーは無事ですか駄犬! 応答しなさい!」
「気を付けてくれ戦友、君が墜ちれば終わりだ!」
「凌いだかG13! こちらもすぐ立て直す! オールバニー、代わりにオペレータをやれッ!」
「
ハウンド5だけでなく全機がアイスワームから距離をとる。巨体がのた打ち回る度に氷が巻き上げられ、紅い膜が形成される様が白塵に映しだされる。コーラルシールドの再展開。仕切り直しだ。
『ダメージは与えています。この調子で! いつも通りに!』
顔部の特徴的な破砕機。顔部で蠢く三つ眼のようだったそれは数を一つ減らしていた。ぎょろりと、二つの眼でアイスワームが睥睨する。穿たれた穴から飛び散るコーラルは、まるで血飛沫のよう。
エアの言うようにダメージは与えられた。だがそう易々とはいかないらしい。
「総長、敵から何か出てきた!」
「これは、子機か? 手下までつれているとはな! 総員迎撃、G13を援護しろッ!」
臨時のオペレータが子機の射出を報告し、どこから発射したのか機雷らしき物の反応まで多数。ただでさえ混沌とした戦場に更なる変拍子が加えられた。
「……ぶはえァ! おいてめェ野良犬ゥ――! 何のつもりだこらァ!」
「イグアスおい後ろ! 後ろ――!」
ようやく氷から抜け出したらしいヘッドブリンガーが難癖をつけてくる直前、炸裂したコーラル機雷に吹き飛ばされた。まるで跳ねるような珍妙な機動だが、コーラル爆発の前に物理装甲は役に立たない。イグアスの壁役もとい援護には感謝である。
リニアライフルとハンドグレネードで子機を撃ち落としている間、エアも仕事を黙々と進めてくれていた。
『発射シーケンス完了、いつでも撃てます!』
「V.Ⅳ次弾装填! 良い腕をしているが女誑しは加減しろッ!」
「いま終わったろころだ。全力は尽くすし、善処もしよう」
「カーラ……今まで言えずじまいだったが、あんたにはずっと昔から感謝している。例え俺の事が分からなくなっても、それでも俺は」
「心配はいらない。ボスの老後は俺が面倒を見よう」
「ババア扱いするなって言ってんだろう! あのクズを早く何とかしてほしいだけなんだよ!」
「強大な敵! よく飛ぶ砲! 威力ある弾丸! 大勢のご友人! 正確な狙い! あとはそこに愛があれば……完成する!」
通信から漏れ出る声も外の轟音も今は聞こえない。撒き散らされるコーラルのせいでFCSも定まらない。それでも。
『レイヴン!』
「ご友人!」
意味も無く操縦桿を握る手に、誰かが手を添えてくれた気がして。
――発射
「撃ちー方はじめー!」
暴れるアイスワームの顔部で咲く、炎の華。
ランチャーで目標を穿っていたことを、発射の後で621は自覚した。
『プライマリシールドの消失を確認!』
「な、もう決めやがったのか……!?」
「この程度、当然の働きです。全機、攻撃準備を!」
「やるなG13! 次も外してくれるなよV.Ⅳ! オールバニー、お前は耳を塞いでおけッ!」
「エネルギータービン出力80%……90……」
無心で放ったせいか、ひどく呼吸が苦しい。バイタルの警報を自分で止める。まだ仕事は終わっていない。まだやれるのだ。
デバイスから鎮静剤の投与。エアのサポート。巻き込まれないよう機体を走らせる。ランチャーから排出された巨大な薬莢が氷を溶かした。
アラート。アイスワームと、そしてレールガンの。
「戦友――」
「巻き込まれるなよ……!」
無音の衝撃波がハウンド5のフレームを揺らす。ハウンド5も掠める危うい角度で飛来した砲弾はだが、目標だけを再び穿っていた。
「嗚呼、私にも救済が……素敵だ……」
「きゃ――ん♡♡♡!」
『セカンダリシールド消失……! 信じられない腕前です!』
「加減しろと言っただろう馬鹿者! オールバニーの腰が砕けて乙女の顔になっとるだろうが! 責任とれ貴様ッ!」
「マジかよ、あのゴリラ女が……!?」
「今のは俺もぞわっときたぜ……。ケツの穴がムズムズする」
「おいやめろヴォルタ。まだお前の
「よおし、クズが消えた! よくやった色男、惚れちまいそうだよ!」
通信は鳴りやまないが時間は待ってくれない。氷原に横たわるアイスワームの顔部に、再び集中砲火が浴びせられる。621も、重い機体と頭に鞭打ってそれに加わった。
「火力を集中しなさい! 所詮は骨董品だ、やれる筈だ!」
「べ、V.Ⅳ……あんた、腹筋がバキバキな女は嫌いかい……?」
「君のシックスパックと踊り明かすのも悪くはないが、今夜は先約があるんだ。そうだろう戦友?」
「仕事に集中しろ621、幻聴に耳を貸すな」
『砲身冷却……完了。レイヴン、とどめを!』
この短時間でエアはスタングレネードランチャーを完全に掌握したらしい。スペック以上の速さでリロードが終わり、FCSにも介入したのかこの状況下でロックオンが完了する。
あぁ、なるほどこれは――外しはしない。
――発射!
シールドを失くしたアイスワーム。剥き出しの顔部に爆炎の華が咲いた。
赤々とした炎の光が、砕け散った破砕機に乱反射する。コーラルの紅い血飛沫が空を彩る。まさに花火そのものだ。
いくらあの化け物でも、これで――
巨蟲の声なき声が、621とエアを確かと捉えた。